最弱の国の隠れた名将に 作:韓人
苦手な方はアンケートは無視してほしいです。
申し訳ありません。
農業と軍略、二つの研究所の視察を終えてから十日。
あの後数日かけて、政務と領地で行う催事などのいくつかの会議を終わらせた俺は、今度は千人の兵士とともに、韓は王都、新鄭に向けて移動していた。
領地の運営だとか戦の休息だとかで後回しにしていたが、対楚戦線から帰城した際に紫詠から報告を受けた中央からの招聘である。
向こうの言葉を拡大解釈して時間を引き伸ばしたとはいえ、完全に無視してしまうのは流石に今の状況では良くない。
今の状況では、なんて含みをもたせて考えてみたものの、中央の文官や名家共と仲が悪いとはいえ、俺は大王や王族、韓という国に対する忠誠はある。
ただその忠誠は国家と王族であって、その下で働く文官共ではない、というだけの話だ。
その辺りを大王や大王の側で軍事に関する助言をしている洛亜完は理解しているので、他の文官共の言葉を聞いて俺に戦争や課題を課すことはあっても、一線を超えるようなことはしてこない。
要するに、互いに適度に利用し合いつつ、適度な距離感でいましょう、というのが中央の中でも賢い者たちと俺の共通認識である。
そんな中で今回の呼び出しだが、まあ一年に一回ぐらい顔を出しに来いということだろう。
前回行ったのは確かに一年以上前になる。
その一年のうち半年以上戦争か前線の監視に駆り出されていたわけだが。
「今回は一体何の用件でしょうな」
隣で馬を並べている
ちなみに彼は、事あるごとに田楽と言い合いをしている人物だ。
「大した用件は無いだろ。軍事の相談ならば洛亜完がいるし、政なら丞相がいる。わざわざ俺を呼び出して話すぐらいならば命令を出したほうが早い」
「では、用も無く呼び出した、と?」
「たまには参内して大王様への忠誠を示しておけということだ。ついでに中央の文官どものご機嫌伺いもな」
「……くだらんことですな」
「まったくだ」
吐き捨てるように言う岳羽に俺も同意を示す。
ちなみにこんな形で普通に毒舌を吐く岳羽だが、中央で有力者達と会う際には波風立てない会話が出来る分別がある。
だから俺がいない間も指揮をとれる人物として連れてきたのだ。
「ですが、藍章様は大王様のことがお嫌いではないのでしょう?」
そしてもう一人連れてきたのが、同じく文官に対して卒のない会話が出来る岳陵である。
この二人以外にも何人か候補はいるが、紫詠はかつては連れてきていたものの、今では俺と並ぶ程の能力があるので俺不在の間の軍と領地を任せたいし、田楽と番香はそもそも文官相手の化かし合いには向いていない。
そういうことを考えると、適度に階級の高い者の中から選ぶならば岳陵と岳羽が適任なのである。
ちなみに二人とも国の階級としては五千人将で、俺の軍でも同程度の部隊を率いている。
他国の一般的な下級中級の将軍と比較すると、能力的には将軍になっていてもいいとは思うのだが、韓は兵士の数が少ない分必然的に頭の数も少なくなる。
俺の領地だけで、俺、紫詠の他に、あと一人階級将軍を抱えているので、それだけでも韓の地方領主の一軍としてはそれなりの規模ということになるため、うちにいる間は昇進は難しいのである。
ちなみに番香は能力も俺の軍内での扱いも将軍級だが、席が少なく階級を上げることが困難なのを考えて、敢えて五千将でとどまっている。
本人は国の階級は辞して俺の私兵で良いと言っていたが、せっかくもらえる禄は貰っておいた方が得だ。
この三人の他にも、そういう能力と階級が見合っていない将は何人かいる。
だがこれは、俺の領地にいる将たちが、キングダム原作に登場する有力な将軍大将軍に匹敵するほどに優れている、ということは意味していない。
そもそも中華の将軍の幅が広すぎるのだ。
大将軍の下で先鋒八〇〇〇を任される、戦闘の一翼を担う能力すらない下級将軍がいるかと思えば、一万から二万程度を任されて合戦の片翼を担う将軍や、大将軍顔負けの能力で数万を容易く率いて、一戦争全体の指揮を取る将軍まで存在する。
俺の軍に将軍になれる程度の指揮官がそれなりにいる、というのは上記の中でも一つ目と二つ目程度ならばそれなりにいる、ということだ。
流石に三つ目レベルとなると、俺と紫詠、後は番香ともう一人の階級将軍なら一万から四万程度、他の将達も一万から二万程度ならば何人か、といったところだろうか。
とはいえ、一地方の領主兼将軍が有する軍としては十分以上のものではある。
そう言ったわけで、俺の軍の人材は将についてはある程度は足りている。
というか韓の少ない軍の規模に対してそれなりのものを持っていると言っても良い。
だからこそ、中央の文官共に地方に強大な勢力を築いていると目をつけられたわけだが。
「確かに俺は大王様に忠誠を誓ってはいる。王という正当性は国家をまとめるために必須だからな。それに今の大王は愚鈍ではない。稀代の賢王というわけではないが、王という大役を務められることを尊敬している」
「しかし、先程は不満を言われておりませんでしたか?」
「王と一部の文官どもには不満はない。だが本営はそれだけではないからな。名家どもや王族ども、文官どもが口を出すし、大王もその全てを無視することは出来ない」
俺の説明に、岳羽がやっと納得がいったという表情をする。
実際今の俺と中央の関係は少々複雑だ。
大王とその側近は俺たちの重要性を理解しているしそこまで危険視していないが、それ以外の発言力や権力がある者たちがこぞって危険視している。
その結果大王もその者達を無下には出来ず、表上はこちらに厳しい態度を取るしかない。
まあとはいえあちらも権力争いばかりではなくちゃんと政や外交を通した国防を、本人たちの方針に則ってだがやってはいるので、仲が悪いとはいえ排除しようとは思わない。
結局のところ、国内の一地方領主が力をつけて国王や中央の者たちに警戒されるのは、いつの時代も封建制度で見られる光景ということである。
欧州の封建制だってそれで大貴族と国王が争ったりしているわけだ。
この辺この中華においては秦だけが、商鞅という傑物によって施行された法によって、いち早くこの封建制の問題点から脱しつつある。
他の六国はそれに対して遅れているとも言えるが、一方で俺のように地方で力を蓄えることが出来る者もいるので、一概には良し悪しとは言えないのだ。
*****
数日かけて移動し、ようやく王都新鄭に到着する。
いくら韓が中華では小さい国とはいえ、一日で横断できるほどに狭くはない。
現代の時間感覚だと不思議に感じるかもしれないが、敵が侵攻してきたという報が入ってから将軍を呼び出すのに平気で数日かかるのが今の中華だ。
例えば原作キングダムで秦の王都咸陽に集結した軍だって、魏や韓、趙の国境沿いまで移動するだけで十日近くかかる。
大軍の行軍がそれほど時間がかかるということでもあるし、シンプルに中華が広いということでもある。
そのため、王都に行くのだって数日がかりの旅行のようなものなのだ。
まあこの時代に生きていると、その現代では旅行のような時間をかけた移動も当たり前のことに感じるようになってくるのだが。
「岳羽」
「はっ。七百は俺とともにここで待機だ」
「残りは私と藍章様の護衛だ。ついてこい」
「「「ははっ」」」
王都新鄭の門をくぐったところで隊を二つにわけ、俺は少数の護衛を率いて岳陵とともに大王のおわす本殿へと馬を進める。
ちなみに中華に関する知識をいくつか補足しておくと、まず中華の都市、とくに王都などの大都市というのはとにかくでかい。
それこそ俺が連れてきたのは千程度だが、既に存在している建物以外の空き地で十万かそれ以上の兵や民が寝泊まり出来るほどには広い。
加えてそれに合わせて通りなども大きく、例えば何かしらの戦に軍を発するときなどは、王都に一度兵と軍を集めた上で、そこから多くの民が見守る中出陣することもある。
流石にその場合は行進するのは数千から一万程度にはなるが。
つまり、俺が率いてきた千程度の兵ならば、特に通行の邪魔になることもなく本殿前まで移動することが可能なのである。
ならばなぜそうしないかというと、単純に下手に軍を本殿に近づけると無駄に警戒する奴らがいるからだ。
それに本殿に入ることが出来るのは基本的に身分がある者か招かれた者に限られるので、連れて行った兵は本殿の外で待機することになる。
別に本殿の前は数千ぐらいは並べる空間はあるのでそこで待機させてもいいが、これについては他の将軍らも大半の兵については都市外縁部に残して参内するので、俺もそれにならっている形だ。
これの合理的な意味合いについては、本当に無い。
「随分と、見られていますね」
「ああ。民にとっては珍しいのだろう」
俺の存在というのは、韓中央にとってはいささか不都合な存在だ。
中央に匹敵する、とは言わないまでも大きな勢力を持つ地方勢力が存在し、しかも時折王の命を無視したりする。
もちろん無視する命令については、王の意思ではなく他に対する配慮であったり王が押し切られたもののみだし、それらについては無視をすると予め大王には伝えているので、実際の国の統治や政治としては問題はない(ある)。
だがそんな形だけだったりパフォーマンスのための王命でも、無視していれば文官達にとってはおもしろくない。
それにそんな存在、つまり大きな力を持ちながらも王の命に従わない存在がいるとなれば、王の権威が揺らぐことに繋がりかねない。
そこで中央の者達は、俺たちの存在を隠してしまうことにしたのだ。
その戦勝の祝なども、俺の領地では行われるものの王都や他の地方では一切行わず、どころか戦をしたという情報すら一部本営の上層部だけで共有し、他には噂としてすら流さない。
これによって、俺が下手に人気になったり英雄になったりしてしまう事を妨げていたのである。
だから王都の民たちは、俺や俺の配下の軍のことをほとんど知らないのだ。
年に一回来る謎の軍団、と気づいている者も少数だろう。
大方前線の将が呼び出された、ぐらいに思って見ているはずだ。
何か大きな戦果を挙げたなら祝い事になるはずだけどそれもないし、というぐらいが民の認識だろう。
そして俺も、自分の領地では好きにやらせてもらうことを条件にこれをのんでいる。
そもそも封建制の時代においては、中央よりも地方の一貴族や領主が力を持つことは、場合によっては国家の崩壊や内乱に繋がってしまう。
故に俺が力をつけたいということと国家に忠誠を尽くすことが、既に矛盾するものだったのだ。
例えば俺が普通に軍で名をあげて将軍になるならばまた違った展開があったのだろうが、俺には広い領地と多くの民がいた。
そのため、ただ軍で名をあげて将軍になるのではなく、領地を発展させそこの民を兵に、将に育て上げる、という方法を取ることにした。
そして高めた力で出来る限りは、国に尽くしてやろうと考えたのだ。
ここで忠誠忠誠とは言っているが、これは盲目的に従う、というわけではない。
俺は俺の考える範囲で、韓という国家のためになすべきことをなす、という話だ。
そんなわけなので、地方で好き勝手にやりたい俺と、俺の存在を他の地方や王都圏の民に隠したいという中央の間で、互いに利益がある形で今のような状況が出来上がっているのである。
ついでにその副産物として、俺の名前が他国にも隠される、という利点があったので、俺はこれを飲んだ。
その結果、王都に来る道中の村々や来た際にはこうして珍しいものを見る視線で見られるのだ。
まあ英雄として名前が知られていないくせに、俺も将も率いる兵たちも放つ雰囲気が凄まじいからね。
そりゃあ気になりもするだろう。
「止まれい! 何者か!」
「中梁城主の藍章だ。大王様の招聘に応じ参上した」
「藍章殿か。話は伺っている。中に通られよ。大王様がお待ちだ」
警備の兵とのやり取りをして、俺と岳陵だけ本殿へと進む。
ここまで来た護衛の兵士たちもここで待機だ。
基本的に有事ではない限り本殿に兵士が入ることは出来ないのである。
だからまあ、ここでなら暗殺もうまく行ったりするわけではあるが、大王の御前を汚そうという奴もそうはいない。
実際俺も狙われたことは流石に無い。
そのまま案内の文官に続いて階段を昇り、本殿へと向かう。
そして先に文官が中に伺いをたててからようやく、俺が王の御前に出ることが出来るのだ。
「藍章将軍が参られました」
「通せ」
文官の言葉に、おそらく王から指示された丞相が指示を出すことでようやく、俺に対して玉座の間の扉が開かれる。
開いた扉から中に入れば、俺が通ることが出来るように道をあけた文官達からの視線が一気に集まった。
何かしらの議論でもしていたのだろう、それなりの人数が揃っているように見える。
その全て一切を無視して、俺は大王の前まで足を進めた。
そして膝をつき、拱手とともに一礼をする。
「大王様、この藍章、お呼びに従い馳せ参じた次第にございます」
「うむ。よく来てくれた、藍章」
この固すぎる言葉は、大王様への敬意と同時に、文官達への当てこすりも含んでいる。
普通ならば「大王様、藍章ただいま参りました」ぐらいで十分だ。
流石に将軍というのは身分が高いこともあって、大王との会話でも必要以上にかしこまる必要がなくなるのだ。
それに俺は大将軍位は貰っていないだけで扱いはそれだ。
にも関わらず、あえて固い言葉を使う。
そこには文官への当てこすりもあるが、俺と大王の表上の立ち位置、すなわち大王とその命に従わぬ城主兼領主兼将軍となれば、これぐらい距離を感じさせる方が相応しいという実利的な理由も存在する。
「楚との戦見事であった。何か褒美を取らせよう」
「恐れながら、大王様。韓の、大王様のために戦うのは韓の民の義務なれば、この藍章、大王様の命とあらばいくらでも血を流しましょう。そこに褒美は不要に思いまする」
ここでようやく文官どもがイラッとした空気を感じた。
彼らからすれば、俺は勝手に力を蓄え大王様の命を聞かない反逆者予備軍だ。
そんな奴がこんなことをぬけぬけと抜かせば、どの口がと怒りたくもなろう。
だが一方で俺もまた、この言葉で文官どもに釘を指している。
『大王様に従うのなんて当たり前だよなあ? なんか俺が大王様に従わないとか言ってる奴らいるみたいだけど、頭ちゃんとついてんの? てかお前らの気持ちとか知らねえから、俺は大王様だけの臣だから』
ということを今の発言に含んでいたわけである。
こういうのをわかりやすく表現するときには、こういう前世の若く荒い言葉が便利だと思う。
「ふむ、だが楚の侵攻を幾度も跳ね返した者に褒美を与えぬわけにはいくまい」
「……ありがたく。では以前より進言していたものに裁可を頂きたく思います」
とはいえ、ここでいつまでも大王からの褒美を断るのは大王との関係を悪化させる可能性がある。
王は臣下に褒美を与えることで権威を保ち、臣下はそれに感謝して一層王に使える。
鎌倉幕府のご恩と奉公しかり、封建制度というのはこれで成り立っているのだ。
ここで大王からの褒美を受け取らないということは、すなわち叛意があるということである、と言われてもおかしくないぐらいには、この王が与える恩というのは大切なのだ。
「……わかった。その件については後ほど話そう」
ついでに恩賞という形でねだっておけば、俺が考えているあれについても文官どもに口を挟まれずに話をつけられるかもしれないし。
「ああ、それとだ藍章。韓非がそなたと話したいと言っていた。今日は酒でも飲んでゆるりとして、明日もう一度来てもらいたい」
「承知しました」
そこで少し言葉が途切れる。
正直な話をすれば、俺も大王も多くの文官がいるこの場ではいささか話づらいのだ。
俺の思惑や目的だって、大王には密かに伝えているものの、それを多くの文官達のほとんどには伝えていない。
間諜を警戒しているのもあるし、そもそも俺の存在を大王が肯定的に認めているとなれば今度は名家の中から大王に離反する者が出かねない。
結局のところ、俺がやりたいようにやるにはある程度韓にとっての必要悪のような形でやるしかないのだ。
「して、藍章殿、何やら藍章殿の部下が持っているようだが、そちらは何かな?」
俺と大王の言葉が途切れたのを見計らってか、あるいは間を繋ぐためか、丞相が岳陵に持たせた荷に目をやりながら尋ねてくる。
「はい。こちらは私の領土で作った、植物から作る全く新しい布にございます。大王様に献上したく思い持参した次第です。洛亜将軍、よろしければ」
俺達が自ら大王に近づくわけにはいかない、と、ここで初めて、大王の側に控えていた大将軍の洛亜完に声をかける。
布を岳陵から受け取って大王に渡してくれ、という頼みを含んだ言葉だ。
「ほう、布の献上か」
そう言って動いた洛亜完は、一瞬俺のことを見下ろすと布を受け取り、それを大王様へと献上する。
ちなみに一瞬見下ろす間があったのは、おそらく俺に対する当てつけ半分、文官達に見せるつもり半分といったところか。
「ふむ……。良き布だとは思うが、絹には劣るな」
その大王の言葉に、周囲がざわつく。
大王に献上したものの質が悪い、と大王が自ら断言したからである。
それは献上の品が大したものではない、という評価であると同時に、大王が俺の忠義を部分的に否定したことにも繋がるからだ。
そしてそれに、ここぞとばかりに俺のことが気に入らない文官共が騒ぎ始める。
「藍章将軍! 貴様は大王様に粗末な布を献上したのか!」
「大王様を何だと思っている!」
「将軍とて許されませんぞ!」
そんな風に沸き立つ文官どもを黙らせるのは、将軍の側に控えた丞相と洛亜完の役目である。
「どういうつもりでこのような程度の低いものを献上したのだ、藍章将軍。ことと次第では、この洛亜完が許さんぞ」
「しかしな、藍章将軍。その方がこのようなものを献上したということは、何かの意図があるのではないかと思うのだが、どうだ?」
下が憤りを感じて騒いでいるときは、率先して上がその下の意見を吸い上げて代弁する。
それによって、無秩序に放たれていた怒りが、上の言葉に集約されて今度は俺の返事を待つ段となり、無秩序だった頃とは比べ物にならないほど静かになる。
そしてそうなれば、今度は俺の言葉が響く。
「こちらの綿布は、たしかに絹より劣る布です。しかしながら、この布の原料は植物にございます。布を作るまでにいささか手間はかかりますが、絹よりも遥かに多くの綿布を容易く作ることが出来ましょう」
「……なるほど。これが大量に作れるならば、麻布など遥か超えると、そういうことか?」
布を触れて確認していた大王が、それを丞相に渡してこちらに問いかけてくる。
「はっ。しかしながら一方で、これが生む波は場合によってはいささか大き過ぎるものになりえます。故にどう扱うべきかと、大王様にお伺いしたく、中梁一帯の領主として献上させていただきました。粗末な献上品となったこと、平にご容赦を。しかし、私の献上品は『これ』を作る技術にありますれば。目に見えぬ献上品、受け取っていただきたく」
少しの間大王が、口を閉じて考える。
大王もこの国ではかなり賢明な部類に入る。
俺が持ってきたこれが生む波とはどの程度のものになるのか、思考を巡らせているのだろう。
「……これについては会議で検討する。それまではその方の領地に収め、けして外に漏らすことが無きように。加えて、領地で使った際、どのように広まったか報告せよ。それをもって、程度の低い献上品に対する罰を免除する」
「ははっ。大王様のご温情に深く感謝を」
深く大王に一礼をする。
いくらこの話題に入るためのものだったとはいえ、一見程度の低い献上品であることに間違いはない。
それを罰さないと大王としても配下に示しがつかないのだ。
そこを報告でうまく相殺したのは、大王の政治的技量が優れていたということだ。
「下がって良いぞ」
「ははっ。では、失礼致します」
最後にもう一度礼をして、岳陵とともに御前を玉座の間を退出する。
俺が退出して扉が閉まるか閉まらないかのうちに、俺を罵倒する怒声が響くのは一体どうなんだ、と思わんでもないが。
そもそも本当にいろんな理由で俺は中央の文官共に嫌われているし、それはただ成り上がりものに対する恨みではなく、儒家の思想であったり中華の身分秩序だったりという文化に基づくものであるので、無理やり止めるのも難しいのである。
だからこそそれを逆手にとって、俺の名前が外国に広まらないようにうまく情報操作をしてくれているわけでもあるのだが。
「岳陵、今日は屋敷でゆっくりしておけ。兵たちも兵舎に移動させるようにしてくれ。岳羽にもそう伝えておいてくれ」
「藍章様は如何なさるのです?」
その問に、言っておくべきかどうか悩んだが、今後俺について王都に来ることが多くなりそうな岳陵にも伝えておくことにした。
「……さっきのあれは、大王様と俺、後は洛亜完と丞相の打った芝居でな。この後事情を知る少数だけの場でもう一度お会いすることになる」
「……そういうことですか。藍章様がやたらと固い言葉を使われていると思えば、事情があったのですね」
「まあな。文官どもの前では、俺と大王様は不仲で無ければならんということだ」
それを聞いた岳陵は、細かい事情を察したわけではないだろうが、おおよそ俺の言わんとしていることを理解したようで、それ以上問いかけてくることなく話題を変えた。
「となると今日は泊まって明日帰りですか?」
「……わからん。場合によってはもう一日長引くかもしれん」
「そうなのですか?」
岳陵の疑問はもっともだ。
俺は特に王都新鄭に用事は無いし、なんならこんな睨まれる場所早く帰りたい。
が、おそらく明日は明日で長引くことになる。
「韓非子様がな。少々俺と相性がよろしくない割に好んで話しかけてくるのだ。話し出せば止まらん可能性がある」
「それでもう一日、と」
「二日は絶対にかけさせん」
その決意に岳陵は驚いた顔をするが、一度熱中して話し始めると数日がかりになってしまうのが、この時代の法の化け物、韓非子という人物なのだ。
「では、俺は大王様の元に行く。隊は頼むぞ」
「はっ」
岳陵の拱手を受けて、俺は密かに俺を呼びに来た男の方へと歩いていく。
俺を迎えに来るのではなく、小さな通路の影にわずかに体の一部が見えるように立っているあたりが本当に性格が悪い。
「ふっ、相変わらずの嫌われようだな」
「仕方あるまい。俺なりの忠義の尽くし方をすれば嫌われるのだ。甘んじて受けよう」
そう言って笑うのは、さっきまで玉座の間で俺を高圧的に詰っていた韓の第一将洛亜完である。
もちろんその姿は文官達に見せるための演技で、俺と洛亜完は互いに衝突する部分はあるものの互いのことを認めあっている。
友かと言われると少し首を傾げはするけど。
少なくとも廉頗と藺相如の刎頸の交わりと言われるような友情関係ではない。
まあ良くて有能で話もある程度合う同僚ぐらいか。
将軍や大将軍に同僚ってそれだけで希少なんだが。
「さあ、大王様がお待ちだ。先程は何も話せなかったと嘆いておられる」
「それは急がねばな。おまたせするわけにはいかん」
洛亜完に案内されて、俺は細い通用口のような通路を通り、大王様との密談の場へと向かうのだった。
アンケートはただの調査で、実際にやると決めたわけではないです。