最弱の国の隠れた名将に   作:韓人

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第9話 後方を脅かす

 案の定というべきか、まさか抑えた城を攻められるとは思っていなかったのだろう、城を守っている秦兵の数は少ないらしい。

 とはいえそれもそのはずで、既に秦が落とした城の数は十を越える。

 そのそれぞれの城を確保するために千ずつ兵を置いたとしても一万、大規模な城に五千を置くだけで二、三万は兵の数が削られることになる。

 

 あえて奪われた城を奪還し退路と絶とうというこちらの策を知らなければ、わざわざ多くの兵を残そうはずもない。

 それに今回の秦の目的はあくまで侵攻なためか、敵の後続がまだ到着してないのも良かった。

 もし敵がガッチリ固め自領にするつもりで来ていたなら、侵略した端から後続の兵や民を送り、完全に秦のものにされているところだった。

 

 更に言えば、韓と秦の国境が狭いとはいえ山脈などで阻まれているわけでもなく、この城を奪還されたところで、秦からすれば素通りして撤退することは簡単である。

 そのため、兵を多数割いて確保しておくほどの旨味が無いのだ。

 

 こうした理由のおかげで心置きなく、敵兵の少ない城攻めが行える。

 

 下からの矢の雨によって敵兵は顔を出すのが困難になり、はしごを運んでいた部隊がゆうゆうと高右の壁にはしごをかける。

 

 城攻めは基本的に、いかにして城壁の上の敵を黙らせてはしごをかけるか、そしてかかったはしごから如何に侵食して、城門を開けるかにかかっているといえる。

 こればかりは策とかなんとかではなく、無理やり壁を乗り越えて城門を開け大軍を中に入れるしか方法がないのだ。

 

 もちろんその中で、上に上がった後にいかに拠点を作りそこから攻めるか、あるいはどうやって城門の開閉装置までの道を切り開くか等、策らしくものが使える場面はいくつかある。

 

 だが、こと城攻めにおいて、その根幹は非常に単純でわかりやすい。

 

 壁を乗り越えて、向こう側から門を開ける。

 そのために策や戦術、隊の力を弄するわけで、逆にそれが出来るのならば、難しい考えなどいらない。

 

「藍章様、幻徳(げんとく)様が出番はまだかって騒いでるんですけど」

「先に兵がもう少し上がってからだと言っておけ」

「はーい」

 

 話しかけてきた人物が、そのまま近くの兵に声をかけて伝令を走らせている。

 まだ若い見た目をしたこの男の名前は楽士(がくし)

 彼いわくはあの楽毅の一族に連なる者にして、本当の意味での俺の副官である。

 

 紫詠や岳陵など右腕として動いてもらってはいるものの、紫詠は育ちすぎた結果俺の副官に収めておく器ではないし、岳陵もまた自分なりの将の道を志す者だ。

 そういった、副将を務める者たちとは違って、()()()()()()()()()()()()()()のが、副官を務めている楽士という男である。

 当然彼自身も岳陵らと同じかそれ以上に軍を率いる力はあるのだが、それでも俺の副官をやってくれようという奇特な人物だ。 

 

 ちなみに以前の対楚戦や新鄭訪問で彼が付いてこなかったのは、ちょうどいいタイミングで彼の子が生まれる時期がやってきたからである。

 この時代子供が生まれても戦等があれば行くのが普通だが、俺は出来る限りは一兵卒であれ将であれ子の誕生に合わせるようにしている。

 

 民に優しくしたい、というのももちろんあるが、自分の子供が生まれる瞬間と、それを生んだ妻の苦しみ、そして笑顔。

 そして生まれた赤子の泣き声に笑顔。

 

 それらこそ、本質的に人が守りたいと考えるものであり、それを知るからこそ軍はより強靭に、より強く自分たちの所属する鎮央という領地に忠誠を誓う。

 そういう目論見もあってのことだ。

 

 そんな楽士も、ある程度子供が生まれてから経過したので今回の戦から復帰してきている。

 

 そんなことを考えているうちに、多少歩兵隊が上に上がった。 

 様子を見る限り、やはり敵の反撃は散発的だ。

 これは負傷兵ばかり置いていったのかもしれない。

 まあこちらがそれに忖度する必要は一切ないのだが。

 

 あれだけ上がれば、拠点が出来ているとは言わないが、はしごのすぐ上は乱戦状態にはなっているだろう。

 そしてこういうときこそ、最大の矛の使いどころだ。

 

「各方面幻徳の隊を上がらせろ。陽動に残りのはしごも全部だせ」

「はいはい。幻徳軍上がらせちゃって。一気に城門まで行けってさ。はしごも全部出していいよ」

「はっ。幻徳軍は登壁を開始せよ!! 城を一気に攻め落とせ!! 他は更にはしごをけるぞぉ!!」

 

 幻徳軍にゴーサインを出したことで、一気に戦場の歓声の勢いが上がる。

 うちの軍においては、城攻めをするならあの軍は絶対に欠かせない。

 そういう扱いを受けるのが、幻徳の軍だ。

 ちなみにこの幻徳が、俺と紫詠に続く、俺の軍最後の階級将軍である。

 

 一人ひとりが通常の兵士たちとは形状の異なる鎧を纏った歩兵の一団が前へと出る。

 重厚な兜を背負い、背中に背負ったときに頭の上まで覆う奇妙な形の盾を背負った頭以外は軽装の兵士や、肩の鎧のみ大きく作った軽装の兵士。

 あるいは鎧を腕甲とガントレット、膝と肘、脛などにだけ装備した軽装の兵士など、その姿は様々だが、その殆どが、普通の兵が鎧で守っている胴体に一切の守りを置いていないか、普通の鎧より遥かに薄い革鎧一枚で済ませている。

 

 そんな彼らははしごに取り付くと、先程までの兵士達が遊びに見えるぐらいにスルスルとはしごを上り、壁上に登っていった。

 

 

 

《高右壁上》

 

 

 

 高右城の城壁の上では、今まさに城を攻め落とさんとする韓軍と、なんとしても城を守らんとする秦軍の間で戦闘が行われていた。

 

「奴らを一歩も中に通すな!! 上がってきたところを討ち取れ!!」

「「「おおおおお!!」」」

「全員叩き落してやる!」

「新たな敵のはしごが来ます!!」

「弓隊で対処せよ! こちらがどんどん上がってきておる!」

 

 少数で城を守る秦の兵たちは、敵の射撃が激しく顔を出すことすらままならない中でもなんとか顔だしては弓を打ち返し、他の部隊で壁に上ってくる敵歩兵に対する防御を行っていた。

 なんとかしのいではいるものの、敵はどんどん上がってくる。

 それでも彼らが自分たちより遥かに多数の相手に耐えているのは、ここより先に侵攻している味方の軍がいるからだ。

 

 負傷者が多いこの軍でも、味方の背を守ることが出来る。

 守らなければならない。

 その思いが、彼らに力を与えていた。

 

 当然、その思いが報われることは、少なくともこの城の守りにおいてはない。

 負傷者ばかり三千人程の兵士しかいない秦軍と、六万を数える韓軍。

 戦えばその結果は見えている。

 

 狼煙によって先を行く秦軍にも高右が攻められている情報は伝わるだろうが、そこから戻ってくるだけで数日はかかる。

 その上、戻ってしまえば一度侵攻したのが無駄になってしまう。

 

 故にこの抵抗は、せいぜい韓軍をわずかに足止めする程度の効果しかない。

 だが、それでも、あるいはそれを知らずとも戦うのが軍である。

 

 だが、しかし。

 

「が、“牙獣”が上がってきたぞ!」

「よし、よぉし!」

 

 変わった格好をした兵士たちが上がってきたことで、壁上の戦況は一変する。

 他の兵士よりも遥かに軽装な分素早い剣裁きで易易と秦の兵士を切り裂く剣士。

 あるいは、攻撃を受け止める程に頑丈な腕甲を装備し、槍を縦横無尽に振り回す槍使い。

 あるいは、手の甲に爪のような武器をつけ、獣のように秦の兵士を屠る兵士。

 

 そんな、それまでの韓軍とは全く異なる強さを持つ兵士の出現を受けて、一気に戦況が韓の方へと傾いた。

 

 二本の曲刀で二人以上の敵を同時に斬り伏せる兵士。

 複数の秦兵を続けざまに貫く槍使い。

 秦兵の群れの中に飛び込んで集団を荒らして回る爪の戦士。

 他にも様々な格好の兵が上がってきては、秦の兵士を討ち取っていく。

 

「牙獣に続けえ!」

「絶多隊、城門の開閉装置を探すぞ!! 綱で降下する!!」

 

 四方のはしごから登ってくる異形の戦士たち。

 その一人一人が、一騎当千、とは言わないまでも圧倒的な強さを見せつけて、城壁の上から秦の兵を駆逐していった。

 そしてそれに連動するように、他の歩兵達も行動を活発化させていく。

 

 これにより、高右城の戦いの趨勢は決定したのである。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「城門の前に騎馬隊を集めておけ。すぐに門が開く」

「「ははっ」」

 

 幻徳の部隊の兵士たちが城壁の上に上がってからはあっという間であった。

 それまで城壁上に上がって戦ってはいるものの、敵に囲まれ押し込まれ、ときに城壁から落とされていたこちらの兵が、一気に敵陣を深く侵食し粉砕していったのである。

 その要になったのが、幻徳の部隊の歩兵だ。

 

「相変わらず早いですねえ」

「あの歩兵馬鹿が育てた歩兵だ、それは強いだろうさ」

 

 この戦で重要な役割を果たした幻徳軍だが、その強さには理由がある。

 それは、幻徳の率いる軍のその全てが、歩兵戦のみに特化した特殊歩兵隊で出来ていることだ。

 

 通常将軍の率いる軍は八千人以上となるが、幻徳の場合はそれを最低限の八〇〇〇に抑えるとともに、それら全てを歩兵部隊にしてしまったのである。

 そしてその歩兵に、幻徳自らとんでもない調練を化した。

 

 将軍のくせして軍が全部歩兵でいいのか、というツッコミもあるかもしれないが、そこは俺の配下に位置づけられている将軍幻徳だ。

 基本的に将軍藍章か将軍紫詠とともに戦に出るので、歩兵のみであることのデメリットはそう大きくはない。

 

 いやまあぶっちゃけ幻徳を階級将軍に上げるよりは番香を将軍にしてほしかった気持ちはある。

 そして幻徳を五千人将に、その副官を三千人将にすれば幻徳の部隊は八〇〇〇を確保できる。

 

 そちらの方が、将軍に一軍、一戦場を任せるという軍の基本がやりやすい。

 幻徳の部隊は強力ではあるが、単体で一つの戦場を任せることは不可能だ。

 使うには、どこかの将の下につけなければいけない。

 

 そしてそうすると、場合によっては階級は五〇〇〇人将の番香の下に階級が将軍の幻徳がつくことになってしまう可能性もある。

 もちろんうちの軍でのことだし幻徳もそれに不満を言うような人物ではないが、わざわざ変則的、例外的なことをしなければならないような状態にしなくても、と思ってしまうのだ。

 

 そうこうしているうちに、城門が開く。

 城壁を超えた歩兵部隊が、城門の開閉装置にまで到達したのだ。

 そもそもこの高右は我ら韓の城なので、その構造は最初から理解していた、というのもある。

 

 後は騎馬が突入して、中で待ち構える秦兵を粉砕して、高右での戦いは終了である。

 

 だが、俺とその軍が高右に入ることはない。

 

「この場は番香に任せる。我らは安朱を攻め取る」

「「はっ」」

「全軍移動だー!!」

 

 高右の完全な制圧と万が一のためのまもりに番香の軍一万を残して、残りの五万で今度は高右の北にある都市、安朱へと攻め寄せる。

 高右を一つ取っただけでは、敵の退路を断つことが出来ないからだ。。

 

 地形図を見れば、南北に伸びる秦と韓の国境線に平行に三つ並んでいるのが、安朱、高右、南処の三つの城だ。

 俺たちは、出来る限り早くこの三つを奪還して、更に出来ることならば、そこから敵が城を侵略していったのと同じように、その背中を負って城を取り返していく必要がある。

 

 その理由は、この秦による侵攻が終わった後に、少しでも韓の領土を秦に奪われていない状態にまで戻す必要があるからだ。

 今のまま行くと、秦国軍の侵攻によって深くまで侵略されたままに領土を奪われて、多くの領土を損失することになる。

 

 そうさせないために、早い段階で敵後方を脅かすと同時に城を取り返していき、敵が侵略した分を帳消しにする必要があるのだ。

 

 とはいえ、高右、安朱、南処の三城は、秦と韓の国境沿いにある、韓からすれば対秦の最前線の城だ。

 それは逆に言えば、秦としてはここまで取り返されてしまえば今回の侵攻の成果が一つも無くなってしまう。

  

 故におそらく、ここから東の大きな城、南山辺りを新たな対秦の要として、それより以西は秦にくれてやることになるのだろう、とは思うが。

 

 取り敢えず俺たちに与えられた役目は、奪われた城をどんどん奪い返していくことである。

 そこから先の指示がどうなるかは中央の軍と秦軍次第だ。

 

 このまま俺たちが城を奪い続けているところに、秦軍が撤退してきて、それを魏、趙、韓の連合軍が追撃。

 挟撃をかけると見せかけて直前で回避し、敵を逃すか。

 

 あるいは、秦がこちらを気にせず連合軍と戦闘を開始した場合には、俺たちは待ち受けるのではなくこちらから秦の後背をつくために移動する可能性もある。

 

 まあ俺なら、よほど容易く時間をかけずに連合軍を粉砕する自信が無ければ、下がった先で他の軍とぶつかるとわかっていても撤退を選ぶ。

 強引にでも数が少ないそちらを突破した方が危険が少ないからだ。

 

 下手に連合軍と先端を開いたところに背中から俺たちに突かれては、場合によってはとんでもない被害を出すことにもなりかねない。

 かといって一切得られるものが無ければそれはそれで秦としては下がれなくなるが。

 

 その辺りの調整が美味いのが韓が中華に誇る文官達の強さだ。

 そこは変な失敗はしないだろう。

 

 取り敢えず俺たちは、言われたままに城を落としていくだけである。

 そして仮に敵がこちらに来てくれるのであれば……そのときは、ぜひとも戦わせてもらうとも。

 

 

 

******

 

 

 

 

《秦 韓侵攻軍 》

 

 韓に侵攻していた秦の軍勢が、後背に出現した大規模な敵軍に気づいたのは、高右、安朱、南処の三城がわずか二日で落ちた二日後のことであった。

 攻められた城が伝令を出すことが出来ない中でそれが伝わったのは、三城の後に攻め落とされた開という小城が、その三城が上げた狼煙を受けて、前を行く軍に対して伝令を走らせることが出来たからである。

 

 それが無ければ前に集中していた秦軍は後方の異変に気づくのが遅れ、より致命的な状況に陥っていただろう。

 

 まっさきにこの報を受けたのは、わずかに他の二軍より侵攻速度を落としていた、今回の韓侵攻軍の副将の一人、王翦だった。

 徹底して民を逃がすという韓の動きに、何かの意図が働いているのに気づいた王翦は、いつでも行動できるようにと力を緩めていたのである。

 それでも容易く城を落とすのだから、王翦軍の強さと韓の弱さがわかるというものだ。

 

「伝令! 伝令」

 

 突如として()()()()伝令の兵士が走り込んできたことに、城攻めをしていた王翦の本陣はどよめきに包まれた。

 

「こ、高右、安朱、南処の三城より『敵襲あり』の狼煙があり、斥候によりこれを確認しました! 斥候が向かった時点で既に高右ははしごをかけられていたようです!」

「他二城ははどうなった」

「は、斥候が確認しておりますが、私は高右が攻められているという情報ですぐに発ちましたので……」

 

 伝令の言葉にあたりがざわつく。

 

「敵の規模は」

「す、数万はくだらない、とのことです」

「現在の位置はわかるか?」

「いえ、申し訳ありません……」

 

 本陣の兵士たちの視線が王翦に集まる。 

 こういった場面でも適切な指示を下すのが王翦という将である、という信頼が部下たちにはあった。

 多くの兵士たちが、この城を今から更に勢いを増して攻め落とした後に、反転して後方から迫る敵を叩くだろう、と王翦の指示を待った。

 

「城攻めは中止だ。引き返すぞ」

 

 しかし王翦の指示はそれよりも更に先を行くものだった。

 

「お、王翦様?」

「は、しかし……」

 

 多くの兵が混乱して言葉をこぼす中、他の兵たちを落ち着かせるために、王翦の信頼する第一将亜光が口を開く。

 

「よろしいので?」

「後方に蓋をしたならば、次は正面から強力な軍が来る」

「は……」

 

 確信をもって告げる王翦だが、それでもやはり兵たちはそれを信じきれない。

 そこに新たに伝令の兵士が走り込んできた。

 

「報告! 魏、趙の大軍が韓との国境を越境し、韓軍と合流してこちらに向かおうとしているようです!」

 

 それは正しく王翦がわずか直前に予言した、正面からやってくる強力な軍の出現だった。

 

 これにより、王翦は他の二軍と相談することなくすぐさま城攻めの構えを解き、反転。

 後方に蓋をしている敵軍を叩くために、七万の全軍をもって、韓と秦の国境線に向けた行軍を開始したのだった。

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