コツン、コツンと、普段の学校であれば響かないような上履きの音が聞こえるくらい静かな廊下をゆっくりと歩んでいく。時刻は7時55分。あと5分で声が聞こえる噂の時間になる。
私たちは少し早めに生徒会室を出て、3階にある開かずの教室へと向かっていた。
「うーん。いかにも出そうな雰囲気だねー。」
「夜道だったり、電気を消した家の廊下を歩くのと違って、暗い学校を歩いていると何か独特なオカルトチックな雰囲気を感じるわよねぇ。」
幽霊や妖怪といったオカルトチックな話を信じてはいないけれど、それはそれとしてこんな状況だもの。こういった話はしたくなるわよね。
......ただ横に、私たちとは対照的に、震え上がっている人が1人......
「この先に理科室がありますが、かつて読んだホラー小説に似たようなシュチュエーションがありました。あの小説では急に理科室内の人体模型が動き出して主人公を追い回す、という展開でしたね。」
「エイド。縁起でもないことを言わないでちょうだい。そんなこと非科学的よ。」
「リカお姉様。口調は凛々しいけれど、手が震えていま......」
「ルア?何か今......言ったかしら......?」
「いえ、何でもありません!」
顔は笑っている。しかしその笑顔が纏う絶対に笑顔とはかけはなれた感情に起因するであろうオーラに、私は思わず言いかけた言葉を飲み込む。反応を見ればわかると思うけれど、震え上がっているのはそう。リカお姉様よ。口では否定してるけれど、この人、実はオカルト全般が大の苦手なのよ......今回着いてきたのは使命感もあったのでしょうけど、複数人なら大丈夫だろうと思ったからね。前にも似たような事があったし。だけれど、やはり恐怖は拭えなかったみたい......
......それにしても、今のリカお姉様の笑顔、幽霊や妖怪よりもよっぽど怖かったわ......
「お、着いたね。」
チヨの言葉に全員が足を止める。チヨの言う通り、私たちの目の前には今回の現場、開かずの教室があった。噂と夜の暗がりのせいか、昼間に見るよりも不気味で近寄り難いものを感じる。
「エイド。時間は?」
「現在時刻は夜7時58分です。」
「あと2分......よし、中央階段の影で待って、8時になったら全員で教室の前を歩いてみましょう。」
全員ですぐ傍の階段の陰に隠れ、開かずの教室を注視する。緊張からか、ただ見るだけで、声を発するものはいない。
「エイド。残り時間は?あと30秒です。」
「残り10秒になったら秒読みをしてちょうだい。」
「かしこまりました。」
エイドに秒読みを任せ、また静寂に戻る。あまりに静かすぎて靴の鳴る音どころか、心臓の音まで聞こえてきそう。
「秒読み、開始します。10、9、8......」
エイドの秒読みが始まった。全員が訪れるその時刻により全員の緊張感が高まる。
「7、6、5、4......」
淡々と告げられる秒読みなどそっちのけで、全員が開かずの教室を固唾をのんで見守る。
そして、遂に。
「3、2、1、0。午後の夜8時です。」
「「「「!」」」」
その時は訪れた。
......しかし。
「あれ?何も聞こえてこないよ?」
「おかしいわねぇ......8時になったのだけれど......」
「あくまで8時台であって、必ず8時に起きるとは限りません。」
「と、とりあえず。9時になるまでこの教室の前を行ったり来たりしてみるのはどうかしら......!」
「そうね。とりあえず9時まで粘ってみましょう。」
その後も教室の前をウロウロしてみたり、階段の影から教室を観察してみたりしたけれど、結局何も起こらなかった。
「現在時刻夜9時。8時台を超えてしまいました。」
「声、聞こえてこなかったね......」
「となると、やっぱり聞き間違いとかだったのかしら......」
「や、やっぱりね!そんな非科学的な事はなかったわ......!」
「となると、やはり聞き間違いに尾ひれがついた結果なのかしら......」
拍子抜け、というのは些か不謹慎だけれど、クリーチャーによる事件も視野に入れていた私たちにとってこの結果は肩透かしを食らった気分なのは間違いない。
まぁ、でも。ある意味ホッとした自分もいる。普段日常を過ごしている学校にまでクリーチャーがいたら気が休まらないもの。とりあえず、続きの調査は後日にして、天文部と合流するとしましょう。何やかんや、流星群を見るのも楽しみだったしね。
「皆。とりあえず今後の調査は明日からするとして、今日は引き上げて天文部のところへ向かいましょう。」
「そうだねー。」
「特に何も起こらなかったし、これ以上の調査もできないものねぇ。」
「はい。それに、早く天文部と合流できれば、我々に対する疑念も少なく済むでしょう。」
「えぇ。そうと決まればさっさと向かいましょう......!」
今日できることはもうない。そう結論付けて、全員で天文部の元に向かうことにしたその時だった。
「あ!皆さーん!」
「あら?あなたさっきの......」
生徒会室を出る前、私たちを訪ねに来た天文部の生徒が中央階段を駆け下りてきた。
「どうしたの?」
「あ、いえ!先ほど訪れた時に伝え忘れたことがあってもう1回生徒会室に行ったのですが、誰もいなかったので探してたんです。皆さんはどうしてここに?」
「ちょっとトイレに行くついでに校内の見回りをしていたの。お手を煩わせてしまったわね。ごめんなさい。」
「いえいえ!こちらこそ!何度もすいません!」
どうやら私たちを探して、校内を歩き回っていたようだ。調査のことを考えるあまり、生徒の再訪という可能性を考えてなかった。せめてメモ書きを残していくべきだったわ......迂闊だったわね......
「それで、伝え忘れたことって何?」
「はい!それはですね......」
生徒が口を開いたその瞬間、その声は響いた。
『貴様ぁっ!宿題を忘れてきたなぁっ!』
「「「「「「!?」」」」」」
それは、つい先ほどまで私たちが待ち焦がれていた声だった。
「ひぃっ!」
「ルアちゃんこれって!?」
「えぇ!間違いないわ!噂通りの声よ!」
「かいちょー!どうする!?龍化する!?」
「ダメですチヨ様!一般人の前で龍化するわけにはいきません!」
「な、なんですか今の!?もしかして......噂の!?」
声と共に、ペタリ、ペタリと、まるで素足で床を歩いた時のような音がゆっくりとこちらに近づいてくる。
唐突に訪れたその時に私たちは混乱しつつも、音の発生源を探し、あたりを見渡す。しかし、声の主の姿は見えない。
「も、もしかして......
いきなりの出来事に怯える生徒の口から気になるワードが飛び出す。「あの課題データ」とはなにかしら......?
「す、すいません皆さん!今日の天体観測は中止にします!私、用事を思い出しました!」
「あ、ちょっと!」
何かに気付いたのか、生徒はまるで何かから逃げるように急いでこの場を立ち去る。何が彼女を動かしたのかまでは分からないけれど、その反応を見るに、この声に関して何かを知っているのは明白だ。とにかく、彼女を引き留めて話を聞かなければ。
「あなた!待ってちょうだい!」
私は話を聞くため、生徒を追いかける。
『待て!逃げるなっ!宿題を出すまで絶対返さないぞ!』
声の主も生徒の逃走を察知したのか、先ほどの声よりもより大きな声で叫び、足音も追いかけるような激しいものへと変化する。
「!かいちょー!後ろ!気を付けてっ!」
チヨの叫び声を聞き、私は咄嗟に後ろを振り向く。そこには正に幽霊、妖怪の類いと言われるような異形がいた。
第一印象は動く学校の模型。しかし、よく見ると土台にあたる部分にはガバリと開いた巨大な口があり、その上からは人とは異なる灰色の手が、下からは足が生えていた。この姿にこのオーラ......間違いない。こいつはクリーチャーだ。
こちらの確信など意にも留めず、ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!とそのクリーチャーは人間ではありえない速度で私に近づき、やがて、私を追い越した。
「止まれぇっ!」
「ひぃっ!た、助けてっ!」
錯乱した生徒が廊下を一直線に走っていく。しかしきっと、彼女には前が見えていない。だって。
「!待って!あなた!ちゃんと前を見て!」
「前!?あ......」
ゴン!と、固いもの同士がぶつかり合う鈍い音が廊下に響く。逃げることに意識を取られたあまり、彼女は廊下の突き当りに激突してしまったのだ。
ぶつかった衝撃で意識を失ってしまったのか、生徒はその場に倒れこんでしまう。
「やっと止まったか......ふんっ!ちゃんと宿題を出せば良かったものを......まぁ良い!このまま連れ帰って宿題をさせるまでだ......」
クリーチャーが床に倒れた生徒を連れ帰ろうと手を延ばす。
「させないわ!『
私の声に呼応して、どこからともなく銃が3丁出現する。その銃は謎の生物の骨で飾り付けられており、目の前のクリーチャーに負けないほどのおどろおどろしさを醸し出している。
「撃てっ!」
私の号令と共に、銃の引き金が引かれる。3丁の銃から放たれたエネルギーの弾丸は、目の前のクリーチャーに吸い込まれるように向かっていき......
「ぐはっ!?」
やがて被弾した。
「誰だ!貴様らっ!」
クリーチャーがこちらを振り向き吠える。
「私たちはドラゴン娘。あなたのようなクリーチャーを取り締まる警察みたいなものよ。」
私は怯むことなく、毅然とした態度でクリーチャーの問いに答え、続ける。
「さぁ、覚悟はいいかしら?」
今宵も、日常を守る戦いが始まる。