その日は寒かった。川の水は凍りつき、地面には霜が降りていた。
川にかかる橋の下に少女が倒れている。
零度を思われる極寒の中にも関わらず、薄着で少女は泣いていた。
(そうだ……これは……人間の頃の私だ)
鬼としての力が消えていくにつれ、かつての、人間であった頃の記憶が蘇る。
何日も湯浴みをしていないのだろう。汚れた少女は、今の自身の境遇を信じることができずにいた。
(なんで……お母さん……お父さん……)
両親の仲は良くなかったと思う。とても貧乏だった。その日暮らしていくことも難しいくらい貧乏だった。
私には2人の兄がいたが、両親は兄を1人ずつ連れると私に告げた。
『お前はいらない。父さんとあたしが兄ちゃんたちを連れていくから。お前はいらない。余った子』
両親は離婚した。片方の兄は父親に、もう片方の兄は母親に連れられる。わたしだけが両親に選ばれず、残された。
冷たい目で母親に口にした言葉は幼い少女の胸を強く傷つけた。
家庭という名の器から零れた私は、気がつくと知らない場所、橋の下に捨てられていた。
物心ついた時から子供の中で私だけが両親から愛を貰えてないと気づいていた。だから、いつかこういう日が来ることを覚悟しておくべきだったのかもしれない。
生きるためにはなんでもしてきた。強盗、殺人、その他諸々。時には、時の権力者に媚を売ったりもした。なんの皮肉か、容姿は人よりも秀でていたため、何をしても上手くいった。
でも、何をやっても生きた心地がしなかった。現実を直視したくなくて、無機質に生きていたからかもしれない。
とにかく、とにかく財を蓄え続けた。自分を、自分の価値を証明するために。
心の底から人間を信用できなくなった。自分を満たしてくれるものは物品だけ。他人が持っていないような高級品こそが自分が存在するための意義だった。寂しさを紛らわせるため、高級品を身につけ、自分の存在を強調した。
「私は余った子じゃない。選ばれた、選ばれた子」
そんなある日、あの方が私の前に姿を現した。
「お前には人より秀でた才がある。私に選ばれたのだ」
選ばれた。私はついに選ばれのだ。選ばれた者しかなることができない鬼として。
そこからは無惨様の役に立つために一生懸命生きた。強く、より強力な血鬼術を身につけるため、人間だけではなく鬼を喰うこともあった。
十二鬼月になった。無惨様の野望を果たすための財源として、十二鬼月に抜擢された。それから、もっともっと。私は無惨様の役にたって。ゆくゆくは上弦の鬼にもなれるはずだったのだ。
「ヒノカミ神楽!」
そう。
「円舞‼︎」
この少年に出会うまでは。
無惨様は私に、耳飾りの鬼狩りを殺せと命じた。他の下弦の鬼を出し抜き、上弦になるチャンスだと思った。
だから、下弦の陸と伍と協力することにした。もちろん、耳飾りの剣士を殺したら、こいつらのことを吸収しようと考えていた。
入れ替わりの血戦に勝たないと、十二鬼月を吸収することはできないが、無惨様をも出し抜くはずだった。
なのになのになのに。
無惨様どころか、格下の伍や陸にも愚弄され、私は今にも命が尽きようとしていた。
こんなところじゃ死ねない。まだ——
「悲しみの匂いがする」
かな、しみ……?
不思議と声が伝わってくる。
頸のない私の体の側にいる耳飾りの少年が呟いた。
いや違う。これは怒りだ。私は悲しくなんか……
「どうして君が鬼になったのかなんて知らない。何があったのかなんて分からない。でも、それは人を殺していい理由にはならない」
哀れみの目だ。このような目を向けられたことは今までなかった。
……いや、あった。あの日、捨てられた日だ。
(あ……っ)
どうしていままで忘れていたのだろう。
『お前はいらない。父さんとあたしが兄ちゃんたちを連れていくから。お前はいらない。余った子』
母親が私に背を向ける。ショックで私は泣き出して、この後、母が言ったことなど忘れていた。
『……ごめんね……ごめんね……零子……っ!』
消えゆく声でそう言ったことを。涙を流していた母を。
(そうだ……私の名前は零子。零余子なんて醜い名前じゃなかった)
きっと何か理由があったのだろう。そうだと信じたい。
でも、それは子供を捨てていい理由にはならない。
だからこれは、私が人間として、鬼として、今後殺人をすることを知っていた、神さまが私に下した天罰なのかもね。
(もし、もし今度も)
償いきれない罪を犯した、私が人間として生まれてくることが許されるのであれば。
家族を。家族の暖かみをください。
貧乏でもいい。人肌の、家族の温もりさえあれば。
「ごめん……な、……さい……」
零余子……いや、零子は、醜い鬼の肉体の中に沈んだ。
この回アニメ化したら絶対号泣するよ……
零余子が身につけている服や装飾品は、当時の水準では高価なものが多いです多分。そこから零余子の過去を連想しました。