十二鬼月・累の物語 〜Another〜   作:葵巴鈴蘭

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無限城編は劇場版三部作に決定しましたね! 
映画オリジナル要素で、累が上弦の伍として復活すると予想しているのは私だけではないはずです(◍•ᴗ•◍)



34話 惹かれる

 

「いやー頑丈な奴だ。あれだけ殴ったのに半刻もせず目を覚ますとは」

 

 見知らぬ天井。目を覚ますと、目の前に先程の男がいた。

 

 そいつは慶蔵と名乗った。

 

 こいつは素流という素手で戦う武術の道場をやっているが門下生が一人もおらず、便利屋のようなことをして日銭を稼いでいるらしい。

 

「お前にまずやってもらいたいのは病身の娘の看病だ。俺は仕事があるもんで任せたい。先日妻が看病疲れで入水自殺してしまって大変なんだ……本当に俺が不甲斐ないせいで妻にも娘にも苦労をかける」

 

「娘一人の家に罪人の俺を置いてっていいのかよ」

 

 馬鹿なことを言い出す慶蔵を睨みつつ口を開けた。

 

 だがこいつは笑ったままやはり馬鹿なことを言う、

 

「罪人のお前は先刻ボコボコにしてやっつけたから大丈夫」

 

 

(そうか、お前がどうにも不快だったのは、こんなつまらない過去を想起させるからだったんだな。無一郎と慶蔵はまったく違うタイプだが、不愉快だということは共通している)

 

 なんせ、この俺を圧倒したのだから。

 

 

「俺の娘の恋雪だ」

 

(くだらない過去。くだらない……)

 

「あの……か……顔……怪我…々だいじょうぶ?」

 

 恋雪が恐る恐る話しかけてくる。

 

 きっと治す。助ける。守る。俺の人生は妄言を吐き散らすだけのくだらないものだった。

 

 

 

 

 病で苦しむ人間は何故いつも謝るのか。手間をかけて申し訳ない。咳の音が煩くて申し訳ない。満足に働けず申し訳ない。自分のことは自分でしたいだろう。咳だって止まらないんだ。普通に呼吸できりゃあしたいだろう。一番苦しいのは本人のはずなのに。

 

「いつもごめんね。私のせいで鍛錬もできないし遊びにも行けない」

 

 なんだかんだ言ったものの、結局俺は恋雪の看病をしていた。

 

 恋雪は本当に体が弱かった。一晩中つきっきりで額に乗せる手拭いや寝巻きを替えたり、こまめに水を飲ませたりしなければならない。

 

「ごめんなさい。重いでしょう?」

 

 厠に行く時は当然抱えて行かなければならなかった。

 

「元々俺は父親の看病をしていたし、人並み外れて辛抱の利く体だったから、お気になさらず」

 

 看病で一番面倒だと思ったのは会話の途中で恋雪がやたらめそめそと泣くことだった。病床で気が滅入っているのだろうが、泣かれるとどうにも居心地悪くなる。

 

 恋雪は申し訳なさそうな、また、悲しみを馴染ませた目で俺を見上げる。俺にはそれがどういった意味なのかが分からなかった。

 

「気分転換に……今夜は花火も上がるそうだから行ってきて……」

 

「そうですね。眩暈が治まっていたら背負って橋の手前まで行きましょうか」

 

「えっ…」

 

 

 

 

 細い音と共に球体が空へと舞い上がる。一定の高さに到達すると、ドンっという音と共に、天空に大輪の花が咲いた。火花が流れ星の如く夜空に散る。

 

 花火だ。

 

「きれい……」

 

 恋雪の体調が良いときを見計らい、狛治は彼女を連れ出していた。もちろん俺が背負っている。

 

「わたし……いままで花火を見たことなくて……ずっと家にいたから」

 

 狛治は息を呑んだ。恋雪は涙を流していたのだ。

 

 驚きのあまり狛治は口を少し滑らせてしまう。

 

「俺もですよ。初めて見れたのがあなたと一緒で……」

 

「え?」

 

「‼︎」

 

 狛治は慌てて目を伏せた。

 

「また……見たいな……」

 

 恋雪は散りゆく花火を見、寂しそうに言った。

 

「来年も再来年も花火は上がるから、その時また行きましょう」

 

 その時、狛治は目を伏せていたがために、恋雪の驚いたような、きょとんとした笑顔を見ることができなかった。

 

 

 彼は自分の胸にある想いの正体を、まだ知らない。

 

 

 

 

「あーなるほど、ハクジのハクはコレか、狛犬の狛かあ。なるほどな。お前やっぱり俺と同じだな。何か守るものが無いと駄目なんだよ。お社を守ってる狛犬みたいなもんだ」

 

 慶蔵はある日、そんなことを俺に言った。確かに、恋雪を看病するようになってから俺はかなり精神的にも肉体的にも安定してきたように思える。

 

 前よりずっと調子が良いし、生きがいを感じてすらいた。

 

 侍でも何でもない師範がこれ程の土地と道場を持っているのは、老人が山賊に襲われていたのを助けた所、その老人は素流の技に甚く感動し、継ぐ者がいなかった土地と古い道場を師範に譲ったかららしい。

 

 しかしその土地と道場を自分たちのものにしたかったやつらは面白くない。隣接した剣術道場は素流道場に嫌がらせをしてた。そのせいで素流道場には門下生が増えなかった。

 

 だがここでの稽古と恋雪の看病で俺の心は救われた。

 

 

 

 

 

 三年経って俺は十八になった。恋雪は十六。臥せることも殆どなくなり、普通に暮らせるようになっていた。

 

「狛治、ちょっと」

 

「はい」

 

「この道場、継いでくれないか狛治。恋雪もお前のことが好きだと言っているし」

 

「は?」

 

 罪人の入れ墨が入っている自分の未来なんてうまく想像ができなかった。

 

 ましてや誰かがそんな自分を好いてくれる未来なんて尚更。

 

 

 

 

 

「本当に俺でいいんですか?」

 

 あの日、初めて花火を見せた日と同じ。雲一つない澄んだ夜だった。今日も綺麗に花火が虚空に煌めく。

 

「子供の頃、もう一度花火を見に行く話をしたの覚えていますか?」

 

「えっ? いや……ええと……」

 

 恥ずかしくなり、咄嗟に覚えていないふりをした。

 

 だが恋雪はそんな狛治に構わず続ける。

 

「狛治さんとのささいなお話で私、嬉しいことがたくさんありました。今年花火を見れなかったとしても来年……再来年見に行けばいいって言ってくれた」

 

 あの日の花火を何度も脳裏に思い浮かべた、と恋雪は続けた。

 

「私は来年も再来年も生きている自分の未来がうまく想像できませんでした。母もそうだった。だから私が死ぬのを見たくなくて自殺したんですきっと。父も心のどこかで諦めているのがわかっていました。私があまりにも弱すぎて……」

 

 恋雪の顔に影が刺す。

 

 しかしそれは一瞬にして消え去った。

 

「だけど狛治さんには私の未来が見えていた。当たり前のことのように来年再来年の話をしてくれたんです。本当に嬉しかった。私は狛治さんがいいんです…………私と夫婦になってくれますか?」

 

 もしかしたら俺は親父が言ったように、これから真っ当な生き方ができるのか?

 

 人生をやり直せるかもしれないという淡い期待が収拾もつかない程大きく膨らんで……

 

「はい。俺は誰よりも強くなって、一生あなたを守ります」

 

 花火が爆ぜるようなドン、ドンと言った音が自分の胸から聞こえる。何でだろう。

 

 恋雪が目を瞑る。狛治が恋雪の肩に手を置き……

 

 今日1番の花火が夜空を真昼へと染め上げた。

 

 この時の白銀の綺羅星と恋雪の表情を一生忘れることはないだろう。幸せが最高に達した瞬間だった。

 

 

 だから。

 

 この時の俺は命に代えても守りたいと思った二人が。

 

 

 毒殺されるなど、夢にも思わなかった

 







惹かれるです……惹かれる……

いよいよクライマックスへ突入です!!
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