秘密の稽古で訓練していたわけです
閑話 元炎柱
『無駄なんだ。俺らとは比較にならない強さの、その剣士ですら無惨には勝てなかった』
まさに名の通りの、煉獄の炎のような髪をもつ、元炎柱・煉獄槇寿郎はそう言った。
(日の呼吸……恐らくヒノカミ神楽はそれと同じものだ)
日の呼吸という呼吸にどのような型があるのかは分からなかったが……霞柱・時透無一郎はその確信があった。
「煉獄槇寿郎さんですよね?」
冴えない顔をした、若い剣士だ。まだ14か15くらいだろうか。
「耳飾りをつけた剣士、またはヒノカミ神楽、火の呼吸などというものについて知っていることはありませんか」
彼は霞柱だと名乗った。
無一郎という少年は驚きの発言をした。日の呼吸。それを自分の他に知るものがいるとは。
「何かご存知でしたら、教えてもらえませんか」
「無駄だ! 柱とはいえお前がどれだけ鍛錬しようが、鬼舞辻無惨には敵わない‼︎」
「ならはお手合わせをお願いします。それとも、僕が怖くて戦えませんか?」
(強い)
14歳。これだけの若さにして、ここまで練り上げられた剣技……天才だ。杏寿郎や俺などとは比較にならない才能。
(しかも)
それだけじゃない。血が滲むような努力をしたのだろう。一つひとつの剣技からその片鱗を感じ取ることができた。
「霞の呼吸 肆ノ型 移流斬り」
(速い‼︎)
「炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり!」
咄嗟に防御の型を出した。しかし、あまりの威力に防ぎきれず、槇寿郎は木刀を手放してしまった。
(霞の呼吸は独特な緩急をつけた素早い動きが取り味……今のはただ刀を振っただけのもの……手加減しているな)
「まだ続けますか?」
本来なら、この男に全力を出せと喝を入れるところだったが、今回ばかりはその必要はなかった。
最近鍛錬をしておらず、歳もとり槇寿郎の身体能力が下がりつつあるというのもあるが、2人の間にはそれだけの圧倒的な実力差がそこにはあったからだ。
「ふん……いいだろう。ついて来い」
槇寿郎は自身の知る、日の呼吸についての情報を全て無一郎に伝えた。
彼は無惨に勝てないことを悟ると、炎柱の書を破いてしまったのだ。実際の書を読ませてあげたかったが、今更後悔しても遅い。
「水も炎も風も。全て日の呼吸から派生した、劣化した呼吸だ」
自分が極めあげてきた炎の呼吸が、日の呼吸の劣化版であると知った時の衝撃ははかり知られなかった。そしてまもなく妻の瑠火が死んだ。それで槇寿郎は酒に溺れたのである。そうする他なかったのだ。
「知っているとは思うが、お前の使う霞の呼吸は風から派生したものだ。更に派生した、劣化したもの」
(と、思っていたのだがな……何と言ったらいいか……違和感というか)
この少年の最適正の呼吸は霞ではないような気がした。いや、霞なのか?
(小柄な体格だから、高い筋力が必要な炎は無理……だと思うのだが、どうにもなんかが)
強く地面に足を踏み締め、馬力が必要な炎の呼吸は無一郎には扱いきれないとは思うのだが、この少年にはそれを超越した何かがあるような気がした。
この少年は霞がかっているような、どこか掴みどころのない人間に思えるが。
(まさか、こいつ……)
全力を出していないのではない。
出せていない?
いや、もちろん故意に手加減されているのだろうが、それだけでなく、全力を出せていないように思えた。
「お前、いったい何を恐れているんだ?」
「え?」
(よく考えたら、さっきの型もそうだった。俺を上回る実力があるのに、わざわざ肆ノ型を……速さに特化したかたはほかにもあるというのに)
焦っていた? 力技で、早く決着をつけたがっていた?
「僕には柱になる以前の記憶がほとんどありません。どんなこともすぐに忘れるので、それはちょっといやかも」
なるほど。記憶喪失に加えて、記憶障害を併発しているのか。
(だとしたら、とんでもないな……肉体的にも、精神的にも不完全だというのにこの実力とは)
それが日の呼吸に関係があるかは別としても、この剣士を鍛える価値はありそうだった。
「わかった。とりあえずお前に修行をつけてやる。無一郎、お前は確かに俺より強いかもしれないが、まだ経験の浅さから判断を間違えることだってあるだろう」
十二鬼月などの強力な鬼との闘いではひとつの判断ミスが命取りになる。だから、徹底的にしごいて、こいつに十分な経験を積ませる。そして、鬼舞辻と戦える剣士に育てる。
「お前が今までどんな修行をしてきたかは知らんが、俺の稽古は厳しいぞ。杏寿郎にもやらせていないのがある――」
誰も知らない、元炎柱稽古が始まった——