今回は、とある鬼との昔話です。
閑話 小生の名は
「君の書き物はつまらない、すべてゴミのようで美しさも儚さも凄みもない」
男の知人は手にしていた原稿を、ごみを捨てるかのように床にばら撒く。
「紙と万年筆の無駄遣いだから、もう書くのはよしたらどうだい」
原稿を足で踏みつけると、知人は男に背を向けた。
(そう。一線を越えてしまったのはあの日だ)
収まらない怒り。
文筆家としての半生を否定され、その感情は男を
ポンっと鼓の音が屋敷に響き渡った。
男……響凱は目を開く。
(たがあの日々が、あの怒りが小生をここまで昇華させた)
小生は十二鬼月。末席ではあるものの、鬼舞辻様に実力を認められ、瞳に数字までいただいた。
あの御方の血の力は凄まじい。小生は依然と比べものにならぬ度合いで強くなった。
今日、鬼舞辻様は小生の屋敷へとお越しくださるらしい。なんとこの小生に入れ替わりの血戦を申し込もうという輩がいるらしいのだ。
(小生は負けない。これからも人を貪り喰い尚一層強くなる。なれるはずなんだ……)
胸に抱く一抹の不安に気づかないふりをしつつ。響凱は立ち上がった。
(こいつが……)
子供の鬼だ。蜘蛛の足のような癖のある白髪に、白い着物。全体的に白という印象を受ける容姿だ。
「響凱。この者は累と言う。十二鬼月として恥じない戦いをしろ」
響凱は床に片膝をつき、頭を下げる。
鬼舞辻様は累という鬼にも声をかけた。
「累。家族が欲しいと言ったな。この戦いに勝ち、十二鬼月に相応しい力を証明してみせろ。己が手で、権利を勝ち取れ」
「はい」
累は短く応えると、響凱のことをじっと見つめた。
(鬼は見かけによらないと分かってはいるのだが……この体つき……余程強力な血鬼術でも使えるのか?)
響凱はこの鬼に十二鬼月が務まるとは到底思えなかった。
響凱は強靭な肉体を持っている。対して累の体は痩せ細った子供としか言いようがない。誰の目から見ても明らかだった。
すぐに鬼舞辻様が開始の合図を口にする。
意外にも累は響凱から距離をとったまま攻撃してこない。
(なるほど。頭は悪くない。ここが小生の領域であると理解している)
響凱の血鬼術は主に空間を操作するものだ。空間内の上下や重力を操作することができる。
(そちらがこないなら)
右肩を叩くと部屋が右方向に回転した。
累は体勢を崩し、宙に放り出される。
「!」
響凱は腹部の鼓を叩いた。不可視の爪痕が累を目掛けて飛んでいく。
累が腕を振ると糸が放たれ、斬撃が塞が……
(⁉︎ 小生の刃が負けた……⁉︎)
糸によって、爪痕の血鬼術は一刀両断された。勢い止まらず、糸の直撃を受け響凱の片腕が切断される。
歯を食いしばると、気合いと共に腕を再生させた。
(ならば、防げぬよう攻撃するのみ!)
術に対応し始める前に倒す。
「血鬼術 尚速鼓打ち!」
左右の肩、両足、腹部にある鼓を目にも留まらぬ速度で打ち始める。部屋が上下左右に回転したかと思うと、無数の爪痕が発生し追い打ちをかけた。
「これは防げ——」
「血鬼術」
戦闘が始まったから初めて累が声を出した。
「斑毒痰」
バランスがとれず、空中でぐるぐると回転する累から液体のようなものが飛散した。不可視の爪痕に触れた途端、こちらの攻撃が中和される。
累は優雅に着地した。
「十二鬼月の実力を見たい。この程度でしかないならお前と戦うこの時間が無意味だ」
無意味? 小生が?
かつて自身を嘲った男の姿が脳裏に浮かび、響凱は怒りに我を失った。
「小生の血鬼術は凄い! あの方に認められたのだ! 血鬼術! 音速鼓打ち‼︎」
背中を含めた全身の鼓を先程よりなお速く乱打した。
背中の鼓には相手の座標を操作する能力がある。
受け身を取れないような角度で累を吹き飛ばし、その先に不可視の斬撃を発生させた。
これでもかというほど累をあちこちに叩きつけ、斬撃を浴びせる。
「……右肩は右回転……左肩は左回転で、右脚は……」
(なんだ? 何を)
「腹部が不可視の刃で背中が空間操作か」
そう呟くと、累の気配が変わるのが分かった。
(なんだ……この違和感)
直後、累の動きが劇的に変化する。回転に対応しはじめた。部屋が回転しても、新たなる足場を的確に見切り、着地。だんだんこちらへと近づいてくる。
「小生の鼓が見切られている……⁉︎ そんなこと、あるはずがない!」
「血鬼術」
眼前に累がいた。背中の空間操作の鼓が効いていない。
「刻糸牢」
このあとのことは良く覚えていない。気がついた時には既に累が去った後であり、そこには鬼舞辻様だけがいた。
「あ、ぁ……小生は、十二鬼月から」
「響凱」
言葉が遮られる。
「戦って疲れただろう。喰え」
そういうと鬼舞辻様は人間の死体をこちらに投げる。
響凱は人間を食べ始めるが、すぐに口が止まった。
「響凱、もう喰えないのか?その程度か?」
響凱は薄々気づいていた。
段々と人間を喰えなくなってきた。もちろん継続して喰わねばならぬのだが、以前ほどの量を受けつけなくなってきているのだ。
「いいえ。いいえ、まだ」
「もういい、数字を剥奪する。それがお前の限界なのだ」
“下陸”の文字が刻まれた響凱の右の瞳が、切り裂かれる。
「今日から累が新しく十二鬼月になった」
鬼舞辻様はこちらに背を向ける。
「しょ、小生を」
響凱は慌てて声をかけた。
鬼舞辻様の歩みは止まらない。
「負けた小生を、罰さないのですか」
入れ替わりの血戦に負けた。それは死を意味することにも等しい。敗者は勝者に吸収されることもあると言う。下弦など無惨にとってはいくらでも代わりのきく存在でしかないのだ。だが、何故か響凱は数字を剥奪されるだけで済んでいる。
鬼舞辻様は一度だけ足を止めたものの、二度と振り返ることはなかった。
響凱は負けた悔しさに、拳を床に叩きつける。それだけではない。自身の、鬼としての素質が足りなかったことにも怒っていた。
いや、違う。人間をこれ以上喰なくなったのは鬼としての成長の限界を迎えたから、というだけではない。
人間のころの記憶を失うのが恐ろしかった。強くなるにつれ、人間のころに抱いた、文筆家として生きたいという想いが消え失せつつあるのが分かった。生前の名など、もはや思い出せぬ。
そして人間を食べることが減り、鬼としての力が弱まるにつれ、生前の想いが自身を、鬼としての日々を否定しているのがわかった。
誰かに、認められたかった。誰かに認められる存在になりたかった。
小生は無価値ではない。
『お前の才能は十二鬼月に相応しい』
あの時、初めて認められた気がした。あの方が一体、小生の何に価値を見出したかは分からない。だが、初めて認められたのだ。
だから。
響凱はもう一度拳に力を込め、立ち上がった。
「小生の名は……響凱。もう一度十二鬼月に戻る」
もう一度あの方に認めていただく。より強力な鬼になり、あの頃の想いを保持したまま、より高みに登ってみせよう。打開策はある。
近い未来、この屋敷には額に火傷後のある耳飾りの少年が訪れることになる。
その少年の刃は、響凱を圧倒し、累の頸をも穿つことになるのだが、響凱がそれを知ることはなかった。
十二鬼月だったころの響凱は体に生えてる鼓の数が少なかったとかそういうのは気にしないでください笑
実はアニメ版でのみ、響凱が十二鬼月在任中には既に累も十二鬼月であったことを示唆する描写があったのですが、それも気にしないでください笑笑
こういうエピソードがあったらいいなと思い、書かせていただきました。
次回からは新章開幕——!
本作で、累はどれくらいの強さになって欲しいですか?
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継国縁壱
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鬼舞辻無惨
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上弦の壱
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上弦の弐
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上弦の参
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上弦の肆
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上弦の伍
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上弦の陸