私が殺した、ゆめにっきの女の子   作:最後のかしわもち

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 ネタバレ注意。
 ゆめにっきの全部を考察していきます。
 全部で600項目くらいで、文字数は15万文字くらいです。


作者のゆめにっき考察集

   『考察を始める前の前置き』

  ・ゆめにっきの全マップ、全主要キャラクター、全エフェクトの意味。

 たぶん、作者には、ほぼ分かった。

 

 

  ・ゆめにっきの答え

 本当は、結局、用意されていた。

 100万人くらいが20年くらい気付けなかっただけだった。

 そしてそれに、作者は(この小説を書いてる途中になんか偶然)気付いてしまった。

 

 

  ・ゆめにっきの犯人(窓付きを虐めていた相手)

 ふえと、自動販売機と、解釈の余地。

 ……たぶん、この考察集を読んでくれたら意味は分かります。

 

 

  ・窓付きがやっていた事

 優しさのバトンリレーのアンカー。

 ……これも、この考察集を読んでくれたら意味は分かると思います。

 

 

  ・ゆめにっきという謎の作品の正体

 世界一解きたくないひっかけ問題集。

 ……マジのガチで、最後まで見て貰えたら意味は分かります。

 

 

 

 

  ・ゆめにっきで描かれているもの

 1つ1つに意味があった。

 本当は、全てが一貫した設定の上に成り立っていた。

 なので、全ての意味を理解して繋げれば、ちゃんとしたストーリーだけがそこにあった。

 ききやま様は「窓付きの人生」というものをきちんと最初から最後まで設定していて、その上で、それを表現する為にゆめにっきという作品を作っていた。

 ……なので本当は、正解という概念も、不正解という概念も、あってしまった。

 

 ゆめにっきという作品は、認知的不協和という概念を表現していた。

 「矛盾する認知」というものをプレイヤーに抱えさせて、それにストレスを感じさせる事で、怖さというものを感じさせる作りになっていた。

 なので、ゆめにっきの答えを真に突き止めてしまえば、ゆめにっきは怖くなくなる。

 ……その代わり、解釈の余地というものも、なくなる。

 なので、ゆめにっきの答えというものを知れば、ゆめにっきは「不気味で意味不明なホラーゲーム」ではなくなり、ただの「窓付きの人生を描いたゲーム」になってしまう。

 

 

  ・窓付きが現実で生きていた世界

 普通に、現実の現代日本がベースの世界だった。

 なので、宇宙人とかはいないし、意味不明な殺人鬼とかもいなかった。

 ただひたすらに、本当の現実の世界と同じルールが適応されていた。

 交通事故で両親が死ねば親権が親戚とかに移る。ゴムなしでセックスをすれば子供が出来る。人間が人間を愛していたり愛していなかったりする。

 誰もが知っていて、誰もがよく知らない、そんな何処までも不思議な世界が、舞台だった。

 

 

  ・窓付きから見えている世界

 窓付きは「この世界がどんな形をしているのか」を100%正確に理解していなかった。

 (社会のルールとか、大人達の考えとか、世の中というものの在り方とか、そういうものが全部は分かっていなかった)

 なのでききやま様は「窓付きの主観で見えているもの」と「実際にそこにあるもの」をそれぞれ分けてこの作品を作っていた。

 (窓付きから見て怒っているように見える人が100%怒っている訳ではないし、逆に窓付きの印象にあまり残っていないものが本当に全部どうでもいいものである訳でもなかった)

 

 ただし「窓付きが感じている想い」だけは全部本当だった。

 なので、例えそれがどれだけ状況的におかしくても、世間の常識からズレていても、「曲や絵で表現されている窓付きの想い」だけは100%全てありのまま感じ取れなければならなかった。

 

 だから、実際の窓付きの境遇を想像する為には、「窓付きが何を感じているのか」と「現実的に考えてそこに何があるのか」の2点を両方ともきちんと考えないといけなかった。

 

 

  ・ゆめにっきを見て自分自身が感じたもの

 本当は、あまり重要ではなかった。

 「窓付きがどう感じていそうか」と「現実的に考えたらそこに何がありそうか」の2つだけが大切だった。

 人間の気持ちは分かる必要があるので、共感性というか、「窓付きとシンクロをした自分の感想」は必要だった。

 しかし「ただの他人である自分の表面的な感想」(理解したくない、何となく怖い、哀れに思う、不快に感じる、等々)は、考察という観点からはむしろノイズにしかならないものだった。

 

 例えば、ほうちょうを使えばみんなが面白いように反応してくれる。

 だから、普通にやっていれば「ゆめにっき=ほうちょう」というイメージになる。

 しかし、それはあくまで自分の感想なので、実際に窓付きがほうちょうを大事にしていたかどうかは、本当は分からなかった。

 

 また、例えば、窓付きが死ねば俺達は悲しい。

 しかし、窓付きにとっての死というものがそうであったかどうかは、本当は分からなかった。

 

 ……そういうノリの、話だった。

 

 

 この世界を見る上では、自分の想いというものは大事にしなければならない。

 しかし、常識から来ているだけの先入観や、ただ自分が見たいだけのものや、この世界がそうであって欲しいというだけの願望は、本当は別に大事ではない。

 ……おそらくそういうテーマが、本当のゆめにっきという作品には、常に、込められていた。

 

 

 

 

   『マップ考察』

  ・白黒の世界A(モノ子達がいる世界)

 ゆめにっきの始まりの場所。

 窓付きの生後~3歳くらいまでの記憶が投影された世界。

 モノクロUFO(謎の首だけ死体の男女)が父親と母親で、モノ江とモノ子が姉。

 

 窓付きは3歳くらいの時に、一家の全員と共に、普通に平和に歩道を歩いていた。

 そして、おそらくトンネルのような閉所で、飲酒運転のトラックか何か(=たこ風船)が突然、歩道に突っ込んできた。

 だから、本当に突然、意味も分からないまま一瞬で、目の前で家族全員が跳ね飛ばされて、直ぐ手前の壁とかに挟まれて、大破の爆発に巻き込まれて、グチャグチャに潰れ合って、四肢がバラバラになって、気が付けばそれぞれが苦悶の表情を浮かべながら死んでいた。

 (ただし、モノ江だけは位置や状態的に死んだ所が見えなかった)

 

 何が起きたのか当時の窓付きには全然分かっていなかったので、記憶が抽象的になっている。

 それと同時に、最も強烈なトラウマ体験でもあるので、この時の窓付きの記憶には強いフィルターがかかっている。

(この世界に簡単に行けない事や、父親母親が生首UFOになってるのを窓付きが見れないようになってるのは、それが原因)

 本来なら暖かい記憶とかも沢山あるのだろうけど、思い出す事全てが最終的にバラバラ死体に繋がるので、トラウマ以外の記憶を辿れない。

 

 

  ・目の部屋(白い目玉親父っぽいのが一杯いる部屋)

 お葬式会場。

 この時期の窓付きはまだ3歳くらいなので、自分に何が起きたのか本当に何も分かっていない。

 

 道路交通法とか飲酒運転とかそういう概念は何も分からないし、そもそもまず、死という概念すら分かってない。

 子供が「生死」という概念を理解出来るようになるのは一般的に4~7歳くらいから。

 だから窓付き視点では、本当に、何が起きているのか何一つとして分かっていない。

 

 

  ・白黒の世界B(歯軋りをしているように見える怪物などがいる世界)

 窓付きの3歳~5歳くらいまでの記憶が投影された世界。

 死体さんと鳥人間の家。

 死体さんが血の繋がった親戚。鳥人間はその妻。歯軋りはたぶん飼い犬。

 2人はおそらくまだ新婚で、自分達の子供はまだいない。

 

 窓付きは交通事故によって家族を全員失った。

 そして、モノクロUFOの2人は既に割と高齢だったので、それより更に高齢なヨボヨボのおじいちゃんおばあちゃんではなくて、若い親戚の人(=死体さん)が窓付きを引き取る事になった。

 なので窓付きは、何が起きたのかすら分からないまま、知らない人の家で暮らす事になった。

 

 ……ゆめにっきの世界は現実と同じルールの世界が舞台なので、親権とかそういう概念がある。

 しかし、当時まだ3歳くらいの窓付き視点では、親権とか、後見人とか、おそらく目の部屋で行われたであろう親戚間の話し合いとか、そういう社会のあれこれは当然何も分かっていない。

 なので窓付き視点では、何が起きたのかも分からないまま、謎の恐ろしい怪物に誘拐されてここに連れてこられたように見えている。

 しかし、それらは実際には怪物ではない。

 

 この世界の入り口の、黒かったり赤かったりする謎の恐ろしい怪物は、死体さん。

 それは、本当は、トラウマに苦しむ窓付きを見守ってくれているだけの親切な親戚。

 赤い状態の時が、窓付きと初対面の状態。

 窓付き視点ではとてつもなく怖い。そして、大きな手で誘拐してきたように見えている。

 黒い状態の時が、窓付きと出会っておそらく1年以上経った後の状態。

 窓付き視点ではまだかなり怖いが、赤い時程ではない。本当はただただ心配そうに、窓付きを見守り続けてくれている。

 

 入口から進んだ先にある、大きなスライムのようなドロドロは、本当にただの幻影。

 交通事故で苦しんで死んだモノ子の幻影。

 窓付きはそれを、ずっと、恐怖と絶望だけを抱きながら見上げている。

 

 その奥に進んだ先は、おそらく、新居での窓付きの部屋。

 歯軋りをしているように見える怪物は、たぶん、ただの可愛い大型犬。

 本当は別に、怒っている訳でもないし、責めている訳でもない。

 しかし、窓付き視点では、訳も分からないまま、一人だけ生き残ってしまった自分がこの世の全てに責められているように見えている。

 頭から手が生えているのは、トラウマのせいでそう見えてしまうから。

 顔が半分になっているお釈迦様は、ただの仏像。これも、トラウマのせいでそう見えてしまうだけ。

 

(つまり、この時期の窓付きに見えているものは殆ど全部がデタラメ。

 白黒の世界Bは特に「現実的に考えてそこに何があるのか」だけを考えないといけない。

 全てのゆめにっきファンが大前提として抱えている、「ゆめにっきは意味も脈絡もないただのホラーゲームである」という常識と先入観を、完全に捨てなければならない。

 このマップの意味を理解するのが、メタ的にも心情的にも論理的にも滅茶苦茶難しい事が、この作品の考察難易度を爆増させていた)

 

 この時期の窓付きは、実際には、「交通事故のトラウマのフラッシュバック」というものでずっと苦しんでいた。

 ……俺達が思っていたよりも、本当は遥かに、窓付きはモノ子ドンドコで苦しんでいた。

 なので、ここではずっとただ引きこもってた。

 幼稚園とかにも行かなかったんだと思う。

 仏壇は用意して貰えたが、全部がまだどうしようもないほどバラバラ死体で、犬も頭から手や足を生やしてお座りをしてくれるだけだった。

 トラウマのフラッシュバックがモノクロUFO達と比べてモノ子だけやたらと鮮明なのは、仲が特別に良かったのもあるんだろうし、たぶん目の前でそれだけ苦しみながら死んでいったんだと思う。

 

 

  ・ブロックの世界

 死体さんの家で引きこもってた時の心象風景。

 背景にあるサタデーナイトフィーバーはモノ子ドンドコと同じもの。

 それが少しずつ薄れていっている。

 ぼうしとマフラーは外に出たい気持ち。

 

 家主である死体さんが出てこないのは、気を使ってくれてたんだと思う。

 鳥人間もおそらく、この頃はまだ普通に気を使ってくれていたのだろう。

 

 

 

 

  ・雪の世界

 窓付きが白黒の世界B(=ブロックの世界)からようやく出れるようになり始めた頃の記憶。

 窓付きは死体さんに誘拐されたと思っているので、死体さんは自宅待機。

 変わりに鳥人間が窓付きを見守ってくれている。

 

 この頃の鳥人間は、まだ窓付きを憎む理由が何もない。

 だから、この頃の鳥人間は、ただただ普通に優しい「後見人のお母さん」だった。 

 

 

  ・バラック集落の辺り

 死体さんの家の外辺り。

 ここにある温泉部屋だけは、時系列的にかなり後の方の存在。

 (それがあるので、死体さんが死んだ後も、ここにはかなり長い間住んでたのかもしれん)

 

 

  ・荒野

 窓付きの幼い頃の心象風景。

 何処にも温もりがなくて、とても寒い。

 ここにあるエフェクトのタオルは、人の温もりが欲しい気持ち。つまり寂しさ。

 窓付きはおそらく、ここにいるくねくね動くタオルのようなものを、生涯に渡って探し続けていた。

 

 

  ・鳥人間ピクニック

 たぶん誰もが「窓付きが疎外されている」「あるいは虐められている」と感じる場所。

 しかし、おそらく真相は、真逆。

 窓付きは混ぜて貰えなかったんじゃなくて、混ざらなかっただけ。

 本当は鳥人間は凄く混ざって欲しがってたけど、当時はまだモノ子がドンドコしてたから、窓付きは混ざろうと出来なかった。

 

 鳥人間が何人もいるけど、これは鳥人間の友達とかそういうものではなく、全員が同一人物。

 おそらく鳥人間は、何度も何度も、窓付きをこんな風に誘っている。

 (実際にピクニックに誘ったのかはまで分からないが、)ずっと引きこもり続ける窓付きに対して、ごく普通に、後継人のお母さんとして、「早く外の世界に出てきて欲しい」と願っていた。

 だからおそらく、「外の世界は楽しいよ」というような事をよく言っていた。

 

 鳴り響いてるラジカセとかは、鳥人間の幸せを共有したい気持ちみたいなもの。

 窓付きは、それがそこにある事が分かってはいるが、それでも、何度誘われても、まだこの段階ではサタデーナイトフィーバー(=交通事故のトラウマのフラッシュバック)が終わっていなくて、無理だった。

 

 

 おそらく、鳥人間ピクニックが開かれる度に、窓付きの鳥人間に対する好感度は上がっていった。

 しかし逆に、鳥人間ピクニックが失敗に終わる度に、鳥人間の窓付きに対する好感度は下がっていった。

 窓付きは鳥人間に対して大きな親愛の情を抱き始めて、子供が母親に抱くような感情を抱き始めていった。

 しかし逆に、鳥人間は窓付きに対して愛想を付かし始めて、窓付きを自分の娘だと思うような気持ちを失っていった。

 ……それが、この後のストーリーに繋がっていく事になる。

 

 

  ・空中庭園

 ここも、死体さんが死ぬ前の記憶。

 (色んな意味で)子供にはとても長かった階段を抜けて、何処までも綺麗な場所にたどり着く。

 そしてその果てに、やっと綺麗な彼岸花に会えている。

 広がっているこの世界は、本当はとても美しい。

 モノクロUFOはもう殆ど見えない。

 ただドンドコされているだけではない、モノ子達との本当の思い出が蘇るまで、きっと後もう少し。

 

 

 

 

  ・道路沿いの森の、プロペラのようなおばけが沢山いるループしている道路

 家族3人で車に乗って森に出かけた時の記憶。

 道路の周りに一杯ある奴は、周りを走っている車。

 マップ移動する瞬間ちらっと見てくる奴から、死体さんが助けてくれた。

 

 普通に見れば、どうやっても、道路の周りにある何かは車には見えない。

 子宮とかそういう全然関係ないものにしか見えない。頑張っても通行人くらいにしか見えない。

 ……でも、たぶんあれこそが窓付きという人間個人にとっては、車なのだと思う。

 

 

  ・樹海C(死体さんが死んでいた場所)

 森の中で、おそらく3人はキャンプか何かをしようとしていた。

 だから、陽が落ちた夜遅くの時間に、深い森の中に3人はいた。

 そんな折。窓付きはふと喉が渇いたので、ジュースを飲みたがった。

 死体さんは鳥人間をキャンプ地に残し、窓付きだけを車に乗せて、2人で自動販売機のある場所まで向かった。

 そして、ジュースを買い終えて車に戻る時に、窓付きがふらふらと車道に飛び出した。

 ……たぶん、ジュースを落としたりとかそういう事をして、それをぼんやりと拾いに行こうとした。

 そこに車が来て、死体さんが庇ってくれた。

 

 ……ゆめにっきを見た人はたぶんみんな「死体さんは窓付きの関係者ではない」と思うと思う。

 作者も当たり前のようにずっとそう思ってた。

 だけどそれが、ゆめにっきの凄い所で、ききやま様のある意味最も狂ってる所なんだと思う。

 

 死体さんは綺麗に死んでる。

 まるでただの芸術品のように、珍しく人の形をしたカッコいいだけの男の人が横たわってる。

 ……窓付きは、モノ子ドンドコで明らかに苦しんでいた。

 たぶんどんな人でも、「あれは相当なトラウマ体験だったのだろうな」という事だけは分かる。

 だから、そういう事に深く傷つける人間が目の前で人が死ぬのをまた見たら、ましてやそれが大切な身内だったりなんてしたら、それがあんなに綺麗に見える事はあり得ない。

 あり得ないと、普通は思う。

 だから、みんなはこの場所に対しては、「散歩をしていたら道に転がっている死体でも見たんだろうな」というような事を自然と思う。

 あるいは、もっと突き詰めた場合、「この死体の人はおそらく窓付きの友達か誰かを殺していて、だから、窓付きはこの人が死んでせいせいしたのだろうな」というような事すら考え始める。

 間違っても、「窓付きの目の前で、窓付きの大切な人が、窓付きを庇って轢かれて死んだ」なんて事は思わない。

 

 だけど、おそらく、実際はそうではない。

 何故なら、窓付きは死体さんが死んで「本当に心から嬉しかった」

 ……それは、死体さんが嫌いだったとかそういう意味では全くない。(むしろ窓付きにとって死体さんは、それが人間の形に見える程に特別な人だった)

 死体さんが死んだ瞬間、窓付きは一生苦しむくらいの罪悪感を抱えただろうけれど、おそらくそれ以上に、一生心が洗われるくらいの人の温もりに触れた。

 

 死体さんはおそらく、命を賭してただの親戚の子供でしかない自分を助けてくれた。

 それまではずっと、死体さんは窓付きにとって、ただの恐ろしいおばけだった。

 けれど最後、その瞬間に、窓付きは死体さんがおばけではなかった事に気が付いた。

 死体さんが死体になった瞬間。それは窓付きにとって、「おばけがおばけではなくなった」という瞬間だった。

 ……それはたぶん、ウボァと対になるような体験だったんだと思う。

 

 窓付きはたぶん、まだ幼かった。

 だからたぶん、死体さんがどれだけ凄い人かとかそう言う事も、まだ全然よく分からなかった。

 だから、それで「ありがとうパパ……、これからは私は一生人間を信じて生きていくよ!」みたいなノリにはならなかった。

 「また、なんかよくわかんないことがおきた」としかまだ思えなかった。

 だけど子供心に、死体さんの美しさだけは分かった。

 ……たぶん死体さんは、自分の行動に何の後悔も抱かず、笑いながら満足そうに死んでいった。

 だから窓付きには、そこにある赤クラゲ(=死というもの)が、本当はただおぞましいだけのものではなく、どうしようもなく美しいものでもある事が一生目に焼き浮いて離れなかった。

 

 だから、「窓付きは交通事故のトラウマで苦しんでいて、そんな状態の時に、本当に大切な身内がまた目の前で車に轢かれて死んだ」のに

 心というものでは、それをどうしようもなく暖かく、美しく感じていた。

 

 ……たぶん、ゆめにっきを作ったききやま様は、ただ変な絵が描けるから狂っている訳ではない。

「窓付きは死体さんに命を助けられ、それに心すら救われたから、その心象風景では、まるで他人事のようにあの死体がただただ美しく見えていた」

 これが、本当はゆめにっきの世界の中で最も人の狂気というものが描かれている、ただ美しいだけのこのマップの答えなんだと思う。

 

 

  ・水たまりの世界

 死体さんがひき逃げされた後の世界。

 鳥人間の所まで一人で歩いて戻っている。

 何もない時間だが、窓付きにとって永遠にも感じたような時間。

 果てしない闇への恐怖の中、それでも水溜まりに映る月に、この世界の美しさを感じ続けていた。

 

 

  ・森の世界

 鳥人間の所にたどり着いた時の世界。

 おばけが取り付くのは罪悪感。

 段々と冷静になり、自分がしてしまった事がたこ風船と本質的に同じである事に気付き始めてしまっている。

 だから、本来の罪悪感などを抱き始めて、夢のような心地はもうなくなってしまっている。

 そして、一度はもう殆ど忘れる事が出来ていたサタデーナイトフィーバーも、背景で再び色を取り戻してしまっている。

 

 

  ・顔絨毯広場

 おそらく、ただの楽しいキャンプ地になる筈だった場所。

 一連の出来事を鳥人間に報告した時に、窓付きが見た景色。

 周囲に浮かんでいる大量の謎の鬼は、鳥人間の怒り。

 

 窓付きはおそらく、この時、ぼんやりとこういう事を思っていた。

 

「自分は死体さんに命を救われた」

「だから、自分は死体さんの分まで幸せにならなければならない」

「もう、後ろを向いて、何かに怯え続けて生きるのはやめよう」

 

 森の世界には、エフェクトの「かえる」がいる。

 かえるは、「自然に帰りたい」という思い。

 つまり、キャンプを楽しみたい気持ちとか、そういうもの。

 ……おそらく窓付きは、この時、普通に楽しいキャンプを再開しようとすらしていた。

 それが、命を救われた自分の義務なのだという事を、子供心に何となく理解していたんだと思う。

 

 ……そして、そんな中で、鳥人間はおそらくこの時、ただこう思っている。

 

「何故、この子は悲しんでいないんだろう?」

「何故、モノ子達が死んだ時のように、途方もない程に苦しんでくれないのだろう?」

 

 鳥人間は、おそらく、死体さんを愛していた。

 そして鳥人間は、おそらく、何時までも懐いてくれない(ように見える)窓付きの事をもうそこまで可愛いとは思っていなかった。

 だから鳥人間は、死体さんとの間に子供を作ったりして、自分の本当の子供とも一緒に、これからも幸せな人生を歩んでいきたかった。

 だから、鳥人間は、窓付きに全てを奪われた。

 

 鳥人間は、怒った。

 殆ど言葉すら紡げない程に体を震わせながら、果てしない絶望中で、窓付きに怒った。

 「ふざけるな」と、そのような事だけを言った。

 ……たぶんその時、窓付きは純粋に意味が分からなかった。

 窓付きにとっては、このキャンプを例え泣きながらでも楽しむ事が、命を助けられてしまった自分の贖罪だった。

 

 鳥人間は、意味が分からなくて発狂した。

 ……窓付きは、そんな鳥人間に、ただただ、びっくりした。

 

 そして、窓付きはその場から慌てて逃げ出してしまった。

 ここは暗い森の中で、だから、その場から逃げ出す事自体は、物理的には容易だった。

 

 窓付きはぼんやりと、鳥人間が怒り狂っている事を感じていた。

 しかし、その怒りがどれ程深いのかを、この時の窓付きはまだ把握していなかった。

 鳥人間がどれだけ嘆き、苦しみ、悲しみ、狂ったのかを、この時の窓付きはまだ分からなかった。

 だから、鳥人間が完全に壊れてしまうまで、謝りに行ったりとか、そういう事が出来なかった。

 

 ……おそらく、ここではそういう事があった。

 なので、ここから、窓付きの本当の地獄が始まる。

 

 

  ・コンクリート廃墟

 空中庭園の崩壊。

 彼岸花は、もう見えない。

 

 

 

 

 ・数字の世界

 チンポにゃ!

 ……マジレスすると、ここだけは考察を始める前からそうにしか見えなかった。

 「窓付きは子供なのに風俗で無理やり働かさせられてる」と何でみんな思わないのか逆に謎だった。

 

 当然、まともではない違法風俗。

 現代だとどうやっても不可能かもしれないが、ゆめにっきは制作年月的に20年くらい前の日本(2004年くらい)がモデルなので、おそらく物凄く頑張れば可能。

 

 「まだ5歳くらいの子供が、現代日本で、風俗で働く」

 言葉にすればあまりにも荒唐無稽だが、それでもおそらく、本当は、可能。

 

 想像するのが一番難しいけど、それでも一応想像すると、おそらくただの風俗じゃなくて自称会員制のデートクラブとかそういうタイプのお店。

 小説では分かりやすいようにきらきらしたお店として書いたけど、本当にリアルに考えたら、ちゃんとした店舗を構えてやってるような形式は逆にしてないのかもしれん。

 お客さんはたぶん、この小説のポニ子のお父さんくらいの社会的地位の人ら。

(ここから作者の書いたゆめにっき二次創作小説の話を交える場面が何度か出てきますが、なるべくそれを読んでいなくても、大まかな全容は理解出来るようには書いておきます)

 

 窓付きに児童買春をさせる事が、全てを失った鳥人間が選んだ復讐の形。

 

 

  ・ギロチン部屋

 窓付きが鳥人間達に逆らった場合に見る事になる世界。

 ギロチン台は、窓付き自身の罪悪感。

 そして「なまくび」は、窓付き自身のなりたい自分。

 つまりエフェクトの「なまくび」とは、自罰心。罪悪感を抱えて生きたい気持ち。

 

 鳥人間が何人もいるのは、そのくらい、窓付きにとって鳥人間の存在が大きいから。

 色んなマップに鳥人間がいる理由と同じ。

 それぞれが別人という訳ではない。

 

 窓付きは、鳥人間に対して激しい罪悪感を抱いている。

 なので、なまくびのまま生きる事を、他でもない窓付き自身が望んでしまっている。

 ……おそらく、この小説でポニ子が言っていたような方法で本気を出せば、窓付きは(数字の世界からは)助かる。

 しかし、窓付きにはそれは出来ない。

 

 窓付きは今でも、鳥人間ピクニックの事を覚え続けている。

 雪の世界で、鳥人間が優しく見守ってくれていた事も、覚えている。

 ……だから、どれだけの仕打ちを受けても、窓付きは鳥人間の事を嫌いきれない。

 そのくらい、窓付きという人間は本当は優しく、きちんとした理性というものがある。

 だから、窓付きはここまで苦しんでいる。

 

 

  ・鳥人間ピクニックの、柵の向こう側

「窓付きはこの柵の向こう側に行く事が出来なかった」

 たぶん、あのマップを見た人は、誰もがそう思う。

 ……しかし、本当は、窓付きはあの柵の向こう側にもいた。3人もいた。

 鳥人間ピクニックの開催地に転がっていた、顔の書かれたブロックは、窓付きのなまくび。

 

 窓付きは、本当の本当は、常に鳥人間ピクニックに参加している。

 あの場所の中に、窓付きの心は囚われ続けている。

 人間にとっての本当の地獄とは、砂嵐だけが吹き荒れるような場所の中にあるのではない。

 ……だから、窓付きの心は張り裂けている。

 

 

  ・「あ」の部屋。

 心の牢獄。

 数字の世界で鳥人間を攻撃し、捕まった時に送られる場所。

 「あ」を踏んだら、ああああああああああで世界が埋め尽くされる。

 右の壁が苦しんで死んだモノ子の幻影で、左の壁が壊れてしまった鳥人間の狂気。

 目の前にあるその2つに、四方を壁に囲まれたまま、一切の逃げ場もなく責められ続けている。

 

 おそらく、もはや文字では形容出来ない程の、想像を絶する苦しみの場所。

 

 

  ・足跡通路

   r ‐、

   | ○ |         r‐‐、

  _,;ト - イ、      ∧l☆│∧   良い子の諸君!

(⌒`    ⌒ヽ   /,、,,ト.-イ/,、 l

 |ヽ  ~~⌒γ⌒) r'⌒ `!´ `⌒)  「やればできる」

│ ヽー―'^ー-' ( ⌒γ⌒~~ /|  いい言葉だな!

│  〉    |│  |`ー^ー― r' |  我々に避妊の大切さを

│ /───| |  |/ |  l  ト、 |   教えてくれている!

|  irー-、 ー ,} |    /     i

| /   `X´ ヽ    /   入  |

 

 ここにいる大量の胎児のような何かは、全員、実際に窓付きが堕す事になった子供達。

 座り込んでいる者達とその先の道で苦しめられている者達を、同じ個体として見るか別々の個体として見るかで、その数は変わる。

 別々の個体として見た場合、合計10人いる事になるが、人間は早いと10歳くらいで初潮が来るので、物理的には、おそらく可能。

 

 「窓付きには中絶経験がある」という考察までは、たぶん多くの人が辿り着ける。

 そういう風にしか見えないものが沢山あり、だから、そこまでは誰でもそう思える。

 けれど、みんなが、それは1度だと思う。

 2度も、3度も、そんな事をしているというのは、全く想像の難易度が変わってくる。

 だから、誰も答えに辿り着けない。

 だから、そこにあるものの整合性が次第に取れなくなっていき、最後には考察を放棄してしまう。

「窓付きは、定期的に、中絶をしていた」

 ……これが、100万人くらいが20年くらい分からなかった、ゆめにっきの答え。

 

 窓付きを苦しめるのが目的とは言え、普通の病院で堕ろしてたから、中絶期間のルールなどは毎回守ってた……とは流石に思いたい。

 

 

  ・温泉部屋(荒野にある部屋)

 1人目の赤ちゃん。

 緊迫した曲が流れているが、真っ暗で何があるのかは分からず、でんとうで照らさなければその正体は何も見えない。

 

 窓付きにとって鳥人間にずっとさせられている事は、ただのよく分からない贖罪行為だった。

 だから、窓付きはおそらく当時、もう5年以上風俗で延々と働かされてたのに、自分がさせられている事で子供が出来る事すら未だに知らなかった。

 ……たぶん、そういう天使のような無垢さを保ったままの子でいる事が、窓付きの嬢としての商品価値だったんだと思う。

 

 

  ・落書きの世界

 妊婦としての感覚。

 比喩とか、大人になる事への恐怖とか、心理学的なうんたらとかじゃなくて、ただただ窓付きが実際に感じているそのままのリアルな感覚。

 じてんしゃにはたぶん、現実では乗れなくなる。

 

 たぶん本来なら、この世で誰からも祝福されるもの。

 これをここまで気持ち悪く感じてしまう事が、窓付きの心の壊れ方そのもので、鳥人間の復讐の成果。

 

 この扉の中は、ここまでおぞましく描かれてしまっている。

 しかしそれでも、窓付きは「ふとる」にも本当は憧れてもいた。

 そして赤クラゲに会う為には、「ふとる」もきちんと捨ててくる必要があった。

 ……つまり、「ふとる」は子供を産みたいという願望。

 

 エンディングでは赤クラゲ(=死)が2匹出てくる。

 みんなはそれを、演出の画面レイアウト的な問題だと思う。

 そんな部分に意味があるとは、何も思わない。

 しかし、ゆめにっきという作品は、本当は全然、何となくの雰囲気ゲーではない。

 描かれているものの1つ1つに、あり得ない程に、一々意味が込められている。

 

 ゲーム本編中の窓付きは、妊娠している。

 そして窓付きは、あのエンディングで、赤ちゃんを抱いて死んでいる。

 

 

 作者の一連の想像は、たぶん、当たっている。

 どうしようもない程に、あまりにも、全ての整合性が取れ過ぎてしまう。

 ……ゆめにっきという作品は、本当は、こういう事に向き合えないと真相には辿り着けないようになっている。 

 

 

 

  ・夢の中のベッドで眠った後に、稀に辿り着く下りの階段

 朝。

 今日の、この世の始まり。

 周囲から伸びている手は、「窓付きに今日を生きて欲しい」というこの世界の想い。

 後述する湖回廊にある自動販売機と同じようなもの。

 窓付きのお仕事の相手も、別にそうじゃない人も、鳥人間も、セコムマサダ先生も、この手の中の一つ。

 

 窓付きの赤ちゃん達が辿り着く事が出来なかった場所。

 ただ眠ったままで終えられて、辿り着かなくてもよくなった場所。

 ……これが朝というものに全く見えない人達は、たぶん、全員がそこそこ恵まれている。

 

 

  ・デパート

 産婦人科。

 現代日本をモデルにした世界の、おそらく高架下の、何処か。

 窓付きが定期的に、中絶の為に訪れていた場所。

 死体さんを亡くした後の鳥人間は、たぶんこの瞬間の為だけに生きている。(だから何もしてこないのに発狂だけしてる)

 何故か鳥人間がカウンターにいるが、それはたぶん、鳥人間がここで働いているみたいな意味ではなくて、窓付きからそう見えるというだけなんだと思う。

 

 エフェクトのねこは、猫を被る事。

 可愛い子ぶる事。それによって、周囲から可愛がって貰う事。

 ……つまり、女としての振る舞いであり、女性としての願望のようなもの。

 

 たぶん、窓付きという人間は、はっきりとした物心がつく前から、ずっと風俗で働いている。

 なので、子供なのにねこになる事が出来るし、逆に、ねこにならない生き方を知らない。

 だから、現実の窓付きはおそらく、ここでもねこになってみた事がある。

 

 ねこになれば、大抵の人達は近寄ってきてくれる。

 喜んでくれて、窓付きを可愛がってくれる。

 しかし、ここでねこになった場合だけは、顔をしかめられる。

 そして、泣いているような反応すらされる。

 ……たぶん、ここにいるふえの人だけは、何時もここに来る子がねこになる事に、あの世界で唯一泣いてくれたのだと思う。

 

 

 ・デパート屋上

 朝→デパートの順番で来れる場所。

 幸せな場所で自由に空を飛ばせて貰える場所。

 だけど、結局叩き落される場所。

 

 作者の考察が全部当たっていたら、多分この場所は、ききやま様の罪悪感とかそういうものの場所。

 劇中で最もメタな意味を持つ場所なので、この場所の意味を考えるには、ききやま様の人物像とか、そういう部分にまで考察の手を伸ばさなければならない。

 なので、この場所の考察は最後の方に書く。

 

 

  ・腹の中、湖回廊

 この辺は、流石にもうよく分からない。

 腹の中は、中絶手術の為に麻酔で眠らされる瞬間の心象風景?

 湖回廊は、中絶手術を終えた後の感覚?

 ……堕胎に関係する何かではあるんだろうけど、ここはもう、窓付き以外誰にも理解出来ないものなのかもしれん。

 

 窓付きはおそらく、人は生まれてくる事だけが幸せではないみたいな事は思ってしまってると思う。

 だから、ふえの所は、おそらく中絶をする部屋なのに、狂った曲じゃなくてただただ夕暮れのような物悲しい曲が流れてる。

 ……だからこの辺りの場所は、どうしようもない程に悲しい場所だけど、その悲しさはもう心が張り裂けるようなものですらないのかもしれない。

 

 

  ・湖回廊に何故か自動販売機がある理由

 「資本主義」というこの世の特徴。

 国が、出生率というものを大切にする理由と同じ。

 GDPとか、労働力の確保とか、そういう事の為に、赤ん坊が生まれてくる事がこの世から祝福されているから。

 

 窓付きは、数字の世界で生きている。

 だから、子供心に漠然と、世の中というものが何かがおかしいと感じている。

 自分が何か、とてつもないく大きなものに苦しめられていると、そういう事を感じ続けている。

 ……だから、窓付きの夢の中でも、ここに自動販売機がある。

 自動販売機があって、そしてその直ぐ隣には、現世への入り口がある。

 その自動販売機は、赤ちゃん達から150円を毟り取る為に、大口を開けて待機している。

 そしてだから、窓付きは、「人は生まれてくる事だけが幸せではない」というような事を感じている。

 

 

 言葉にすれば、「反出生主義」と言われるような思想。

 ゆめにっきという作品は、今まで延々と誰も気付かなかったが、本当は明らかに、そういうものがテーマの一つとして描かれている節があった。

 だから、ゆめにっきという作品は、そういうものの意味が分からないと答えに辿り着けないようになっている。

 

 そして、湖回廊には「ふとる」のエフェクトがある。

 「ふとる」は、赤ちゃんを産みたかったという気持ち。

 窓付きはおそらく、自分にそういう願望がある事そのものに、罪悪感を抱いている。

 ……窓付きという人間は、そういうものにも、どうしようもない程に苦しめられ続けている。

 

 

  ・自動販売機の置いてある場所。

 道路沿いの森。地獄。湖回廊。

 その3つに、自動販売機は置いてある。

 そしてこの3つには、それぞれ、意味が込められている。

 

 道路沿いの森の自動販売機は、ストーリーの描写。

「窓付きがジュースを飲みたがって、そのせいで一連の事件が起きた」という事の示唆。

 そして、「窓付きが何となく、本当に何の意味もなく、ジュースを飲みたがったせいでそうなった」という事の描写。

 

 地獄の自動販売機は、窓付きの心情の描写。

 おそらく窓付きは、自動販売機を地獄の象徴だと思っている。

 この機械のせいで自分の地獄が始まったという事を、認識している。

 つまり、たこ風船と同じようなもので、窓付きはこれを不幸のきっかけとして恐れている。

 ……それはたぶん、窓付きが責任転換をしているとか、そういう訳では別にない。

 窓付きは、自分が悪いとは心から思っていて、自動販売機が悪いとまではおそらく思っていない。

 ただそれでも窓付きは、「意味もなく自動販売機でジュースを飲みたがる」というような行為に対して、おそらくかなり思う所がある。

 ……だから、樹海Cには自動販売機がない。

 樹海Cは、ただ美しいものしか無い窓付きにとっての心の聖域だから、自動販売機が本当はあるのに無い。

 

 湖回廊の自動販売機は、この世の描写。

 (上で説明した)窓付きの人間性の描写みたいなのもあるだろうけど、おそらくそれだけではない。

 ききやま様自身がこの作品に込めているテーマ性とか、そういうものが、おそらくこの3つ目の自動販売機には込められている。

 おそらく、劇中の中での最も痛烈な社会風刺として、この3つ目の自販機は描かれている。

 

 

 ゆめにっきでは、ほうちょうを使えばコインが手に入るようになっている。

 そして、コインを使えば自動販売機でジュースを買えるようになっている。

 自動販売機でジュースを飲めば、ステータス画面でハートの数が増えるようになっている。

 ……しかし、それには何の意味もない。

 本当に、別に、嬉しくなるような事は何もない。

 

 ……ききやま様は、別に特別な思想とかはないと思う。

 「社会制度は本来はこうあるべき」みたいな思想は、ゆめにっきという作品を通じては特に見えてはこない。

 ただし、改善案がない事と不満がある事は、両立する。

 だから、おそらく、ききやま様は、資本主義というものに対してかなり思う所がある。

 

 なので、ゆめにっきという作品は、当然のように「物欲はおぞましい」「(目先の)快楽主義はクソ」みたいなノリで話が進んでいく部分がある。

 ……だからたぶん、それが何を言っているのか全く分からない人もまた、ゆめにっきの答えというものには辿り着けない。

 

 

  ・ふえの所で流れている、美しく、だけど寂しい、夕暮れのような曲

 言葉にすれば「反出生主義者の妊婦が泣いて中絶をしながら子供に送っている子守歌」

のようなもの。

 

 

 

 

  ・目玉の世界

 今でも続く、家族全員が事故死したトラウマのフラッシュバック。

 しかしそれでも、ここにはエフェクトである「めだまうで」が落ちている。

 

 「めだまうで」は、本当の家族の事を忘れたくない気持ち。

 母性とか、父性とか、姉妹愛とか、そういう無性の愛情を求める気持ち。

 ……窓付きという人間は、そういう人にとって本来何よりも暖かい筈の感情が、常にこの目玉の世界のバラバラ死体と結びついてしまっている。

 

 

 ここにあるグロテスクな生首は、両親(=モノクロUFO)の最後の瞬間の表情。

 黒い方が母親で、白い方が父親。

 白い方は、本当は、窓付きに向かって懸命に微笑んでいる。

 自分の命が尽きる最後の瞬間に、愛する娘に向かって、最後の力を振り絞って何かを伝えようとしてくれている。

 ……窓付きにも、俺達にも、それはただ恐ろしい物にしか見えない。

 しかしそれでも、本当は、そこにはちゃんとした意味がある。

 本当に恐ろしい程に、この作品には一々、描かれているものの全部に意味がある。

 

「産まれてきてくれてありがとう」

 たぶん、あの血涙を流している白い生首は、窓付きにそのような事を伝える為に微笑んでいる。

 ……ききやま様が作者の想像する通りの人物なら、ききやま様はおそらくこれを、本当は感動して泣きながら描いていた。

 

 

 (キャラ考察のデーブの所で書いてる事が当たってるなら、)後ろの絵とか死体じゃないニヤニヤしてる顔は鳥人間。

 それが持っているものは、箒……と見せかけて、窓付きのなまくび。

 口から吐いているものは、カリンバやウボァの正体が吐いていたものと同じもの。

 つまり、嘘。

 悲しみに耐えられない鳥人間は、この世の人々と同じように、それを吐き続けざるを得ない。

 だから、窓付きはこれに、「死体さんは贖罪を望んでいる」「お前の罪を忘れるな」的な事を日々言われ続けている。

 

 

  ・盾民族の世界

 心の盾というものがある場所。

 様々なものを地面に埋めたりモザイクにしたりして、盾民族で取り囲んでる。

 ……つまり、「トラウマの封印」という事を窓付きはこの世界で行っている。

 

 ここにFC世界へと繋がる道があるのは、FC世界が窓付きにとっての心のオアシスだから。

 FC世界入口の周りにめっちゃモザイクがあるのは、この扉から、思い出せない温もりのようなものが溢れ出ているから。。

 

 

 たぶん、ここは本来、人間が誰でも心の中に持っている部屋。

 そして、人間というものにとって、この世で生きていく上で一番必要な部屋。

 背景のお猿さんは、その人にとっての認知の歪みたいなもの。

 この背景のお猿さんが頑張ってくれてるから、みんな適当に自分を誤魔化して、今日という日を生きていられる。

 

 この背景のお猿さんは、人間にとってどうしても必要な生き物で、決してただの悪者という訳ではない。(と作者は常々思っている)

 ……しかし、このお猿さんが頑張り過ぎると、人というものは自分が誰なのか分からなくなってしまう。

 だから、そういう不条理な性質を抱えているから、人というものは常に何かが矛盾している。

 

 ある意味、この背景のお猿さんが、ゆめにっきの中での最も重要なキャラクター。

 何故なら、このお猿さんが各々の心の中に住んでいるせいで、みんなはゆめにっきの答えが分からないから。

 数字の世界が風俗であるとか、窓付きは児童売春をしているだとか、資本主義は狂っているだとか、そういう嫌な事を「想像したくない」と自然と思ってしまうから。

 

 

 ……ゆめにっきという作品は、本当は、常にそういう風に作られていた。 

 人間が抱えている「認知の歪み」(=嫌な事を想像したくない気持ち)という概念そのものを、おそらくききやま様は、この世のおかしさのようなものを表現する為に、もはや執念すら感じる程に、終始あらゆる方法で描こうとしていた。

 

 そして、ききやま様があまりにも「プレイヤーの心の中にある嫌な想像をしたくない気持ち」を引き出す天才過ぎて、20年間、この作品が「嫌な想像をしたがらないという人間の性質」みたいなものを描いている事そのものに誰も気付けていないだけだった。

 

 

  ・FC世界

 窓付きにとっての心のオアシス。

 死体さんが死んでしまう前の、窓付きの幼少期の頃の記憶の場所。

 窓付きは鳥人間に虐められてるので、死体さんが死んでからはずっと、NASUくらいしか買って貰えない。

 (小説ではあのように描いたが、実際の本編では、窓付きは死体さんが死んでからおそらくまともにゲームをした事がない)

 なのでFC世界は、常に窓付きの過去の記憶とだけ繋がっている。

 

 FC世界は本当は、全然、作者がふざけて何となく作った場所ではない。

 窓付きにとっての、童心とか、心の故郷とか、そういうものの象徴としてあの一連のマップは作られている。

 

 

  ・FC小屋入口(盾民族の世界から行ける、マザー2風の家がある場所)

 別に何のイベントもない場所。

 道も短く、キャラクターなどもおらず、次のマップに繋がっているだけの場所。

 うんざりするような迷路をやっと抜けた先にある、完全な一本道のマップで、おまけに目の前には明確に興味が惹かれるものがあり、逆に、迷う術すらない場所。

 ……しかし、ここでふと立ち止まれば、本当はおかしな事が起こっている事に気付ける場所。

 このゲームの中で唯一、BGMがちゃんとした曲になっていて、短くループしていない場所。

 

 その曲をじっくり聞いて貰えれば、感覚のようなもので分かると思う。

 ……ここは、窓付きの本当の家族が住んでいた家。

 窓付きに物心が完全に無かった頃の、この世界で唯一の、モノクロの世界Aよりも更に前の記憶の場所。

 窓付きがブロックの世界で懸命に思い出そうとしていた、空中庭園の先にあったであろう場所。

 この世の、本当の愛があった場所。

 

 

 ……ゆめにっきをやった人は、たぶん誰もが、FC世界の意味が何となくは分かる。

「ここはファミコン風の世界なのだろう」

「何らかの理由で鬱々としている窓付きにとって、心の安らぎの場所なのだろう」

 そのような事を、おそらく誰もが思う。

 ……しかし、それが分かった事に満足して、考察の手をもう止めてしまう。

「ここはスーファミのマザー2とかをリスペクトしているのだろう」

「ここはドラゴンクエストとかをリスペクトしているのだろう」

「作者の遊び心とか、そういうものなのだろう」

「何となく癒されれて、好きだ」

 そのような、正直、どうでもいい事を考え始めてしまう。

 

 みんなの中には、おそらくこういう常識もある。

「ゲームというものにそこまで深い意味は別にない」

「人間の心というものに、そこまで深い影響は落とさない」

 だから、時々、このような事すら言われてしまう事がある。

「現代人である我々には、心の故郷のようなものがない」

 ……しかし、実際はそうでもない。

 本当は皆も知っている通り、現代人である我々にとっては、ゲームとかそういうものこそが、もはや、心の故郷とすら言えるものになっている。

 子供の頃にそういうものに感動した原体験こそが、自分という人間の核にすら、なっている。

 おそらくだからこそ、ゆめにっきの世界には、本当は、このFC世界にも膨大な意味が込められている。

 

 ゆめにっきはただのホラーゲームではない。

 だから、ゆめにっきという作品が描いているものは、不気味さの中にある美しさとか、認知的不協和とか、そういうものだけではない。

 ……そして誰も、本当は、その事にすら気付けていない。

 (昔の作者も含めて)「納得を出来た事で理解が出来た気になってしまう」人もまた、たぶん、この世の形というものを真に知る事は出来ないのだと思う。

 

 

 世の中の、本当の価値があるものとは、おそらく不気味にすら思えない。

 ただ単純に、興味が持てない。

 そこに何かがある事自体に、誰も、一生、気が付けない。

 

 ゆめにっきは、結局ただのゲームでしかない。

 サウンドトラックなどもあり、youtubeで検索すればBGM集なども簡単に聞く事が出来る。

 なので、メタ的な視点から、何かがあるに気が付く事は出来る。

「ここで立ち止まっていれば特別な曲が流れ始める」という事を事前に知る事が出来る。

 ……しかし、現実というものは、そういう都合のいいものではない。

 おそらく、現実の世界で「こういう場所で立ち止まる」という行動を取るのは、もはやどんな狂気を持ってしても不可能で、火星さんを見つける事よりも難しい。

 

 ただし、ゆめにっきの世界には、基本的にはここまで一本道な場所はあまりない。

 何故なら、窓付きという人間は、心がバラバラに引き裂かれてしまっている。

 そして、そのおかげで心が迷路のようになっていて、様々な場所を長く彷徨う事が出来る。

 ……それは窓付きにとっては、間違いなく死ぬほど辛い事なのだろうが、それでもおそらく、それは決して、ただ悲しいだけの無為な事でもない。

 

 

 作者は昔、ゆめにっきという作品の事を考える度に、何時も何となく癒されていた。

 辛い気持ちの時に、ゆめにっきの手書き動画などを見れば、何となく心が救われるような感覚がしていた。

 

 ……たぶん、本当のゆめにっきという作品には、心が繊細な人を応援するようなテーマが込められていた。

 「弱くても、怖がりでも、どうしようもなく不幸でも、そんなあなたにも価値がある」

 そういう事を、伝えようとしてくれている何かがあった。

 だから、昔の作者のような人などは、この作品が何を言いたいのか何も分からなくても、何となく漠然とそれに惹かれていたのだと思う。

 

 

 この場所には、本当はおそらく、こういうテーマがあった。

「心が病んでしまっているような人は、迷ったり立ち止まったりする事が出来るから、大切なものがそこにある事に気付く事が出来る」

 ……正直、この場所の意味に気付けた瞬間、作者は号泣させられた。

 

 

 

  ・FC小屋の階段を下りた先。

 おそらく、ここはもう、FC小屋入口と同じ場所ではない。

 時系列的には、(あるいはこの夢を見ている窓付きの意識的には、)モノ子達がバラバラ死体になってしまった後の場所。

 道中にいるスライムはドラクエのパロディ……と見せかけて、苦しんで死んだモノ子の幻影。

 同じゲームをやっていた時の記憶だろうし、これはこれでとても幸せな記憶の場所なのだろうが、曲はもう、短くループしてしまっている。

 

 ゲームの世界は、人間にとって心の故郷になりえる。

 しかしそれは、ただそのゲーム自体に価値があるという訳ではない。

 どんな時にそれをやったのか。

 誰に買って貰えたのか。どんな人達とそれをしたのか。

 どういう想いでそれに触れたのか。

 ……きっとそういうものが、感動というものを形作り、その人の人間性というものを作っていくのだと思う。 

 

 

  ・FC世界のボス部屋

 コイン稼ぎが出来る場所。

 その為に、沢山のこびとを殺す場所。

 

 後で詳しく解説するが、「こびと」とは「心の繊細さ」のようなもの。

 「小さくなる事で、繊細になる事が出来て、その結果感受性を研ぎ澄ませて、物事を細部まで見れるようになる」みたいな事の比喩表現。

 そして、この場所は、そんなこびとを大量に殺し続ける場所。

 

 ゲームの世界で雑魚的を幾ら殺しても、別に他人は誰も困らない。

 しかし、ずっと部屋に籠ってそういう事をしていたら、人の感受性というものは段々とおかしくなっていってしまう。

 ……たぶんそういうテーマ性が、この部屋には込められいる。

 

 

 そしてそのテーマは、10年後、ゆめにっきにも影響を受けて作られたらしいアンダーテールというゲームで、死ぬほど掘り下げられる事になる。

 

 

  ・FC世界C

 FC世界Bの海の向こう側の大陸。

 NASUリンクという没イベントを使えば行ける場所。

 普通にゲームをプレイしていたら絶対に行けない場所。

 「RPGツクール2003でゆめにっきのゲームデータを開く事によるデータ解析」という作業を行った際にのみ存在が確認出来る(らしい)。

 海外のゆめにっきファンの人達が頑張って見つけてくれた場所。

 

 謎の4つの幻影がある。

 つまり、家族4人の幻影がいる。

 そして、それがぼやけて消えそうになっている。

 ……おそらくこの場所は、窓付きの心の中にはまだ存在している。

 しかし窓付きはもう、どうやってもこの場所に行く術がない。

 

 人間の記憶というものは、時間が経つ毎に薄まっていく。

 おそらくFC世界という概念は、窓付きが年を取っていく程に崩壊していき、やがてはどうやっても来れなくなる宿命にある。

 ……おそらくだから、窓付きはFCピラミッドがまだ心の中にある内に、赤クラゲに会わなければならない。

 

 

  ・FCピラミッド(FC世界Bの砂漠の奥にある、テントのようなものが並んでいる、物悲しい曲の場所)

 キャンプ場の幻影。

 何も起きなかったら、きっとそのまま、たどり着けた場所。

 窓付きが鳥人間を怒らせてしまった理由。この地獄が始まってしまった理由。

 テントがピラミッドになっている理由は、たぶん、空中庭園と混ざり合っているから。

 ここで流れている曲がED曲に似ているのも、たぶん、意図されている。

 

 たまに、謎の小さな可愛いらしい鬼がいる。

 そして、おにで入ったら確実に、その小さな鬼がいる。

 話しかけてみても、結局何も起きないまま強制的に、全然違う場所に飛ばされる。

 ただそれだけの場所。

 

 プレイヤーにとっては、別に何もない場所。

 ただでさえ脈絡のない夢の中。作者が遊んでいるようにしか見えないファミコン風の世界の中にぽつんとある、怖さも不気味さも無く、イベントや可愛いキャラクターなども特に何もない、ただの小さな何もないマップ。

 だから、何もないとだけ思い、一瞬で立ち去り、おそらく何の記憶にも残らない場所。

 ……だけど本当は、窓付きにとっては、心の全てがある場所。

 ゆめにっきのストーリーを全て把握しなければ、意味が分からない場所。

 

 

 モノ子と同じようなもの。

 粉々に砕け散った、それでも美しかった、夢の跡。

 諦観。だけどそれでも、希望の道標。

 そして、本当は、火星さんが泣いてくれていた場所。

 窓付きが、それでも真っすぐに、あのエンディングに辿り着けた理由。

 ……何を言っているのか分からない人は、どうかこの考察集を最後まで見ていって欲しい。

 

 

 「ゆめにっきは答えが無いのが良い所」

 「作者がペラペラと自作についての解説をしなくて、全部が謎のままだから、みんなはそれを素敵だと思える」

 ゆめにっきを好きな人はよくそういう事を言っていた。

 そして、作者もずっと、当たり前のようにそうなのだと思っていた。

 ……だけど、人間というものは本当はそこまで賢くはなく、人の心とか、この世の美しさというものは、時には誰かに口で説明して貰わないと分かる訳がない事もあるのだと思う。

 

 

  ・火星

 ゆめにっきのストーリーの核心の場所。

 様々なものを考察した上でないと意味が分からない場所なので、キャラクター紹介の最後の所で詳しく書く。

 

 ゲーム体験的には、火星の小部屋に辿り着くのはそこまで難しくない。

 何故なら、プレイヤーは窓付きの人生を追体験しているだけだから。

 ……だけど、本当の意味で窓付きが火星さんを見つける難易度は、そうではない。

 

 おそらく、FCピラミッドに火星さんがいる事に気付かないと、真にそこに行けたとは言えない。

 そこに火星さんがいる事は、少なくとも、100万人が20年くらいかけても分からなかった。

 

 

 

 

  ・壁画の世界

 窓付きを芸術に目覚めさせている。

 たぶん、アステカ文明の壁画とかそういうのを見てる。

 (小説ではとりあえず美術館という事にしたが実際は)ここは、「インターネット」という場所。

 物理的な場所ではなくて、窓付きがパソコンの画面とかを通じて見ていた場所。

 歩いている謎の大口は、口コミとか、そういうもの。

 

 

  ・下水道&地下世界

 おそらくこの小説に書いたような理由で、窓付きはここであくせくとおばけの絵を描いてる。

 (形容するのが本当に難しい感情なので、考察だけを見に来た人がいたら申し訳ないが、その辺りの窓付きの心情を知りたい人は小説の方を読んで欲しい)

 

 のっぺらぼうになれて、端っこはゴミだから行き止まりで、炎上して、ウンコ扱いされる場所。

 ……ちなみに、ゆめにっきという作品が現実で最初に投稿された場所は2ちゃんねる。

 つまり、ここは、2ちゃんねる。

 

 

 「ゆめにっきは、現代日本を舞台にしている」

 おそらく、みんなはこの言葉の意味が、分かっているが、何も分かっていなかった。

 ……言うまでもなく、窓付きには、ふわふわとした心の景色のようなものが見えている。

 しかし、その心の景色には、現実で実際にモデルになっているものがある。

 だから、どれだけ自分の常識と違うくても、自分の感覚と違うくても、窓付きが2chをやってるだなんて思いたくなくても、「現実的に考えたらそこに何があるのか」というものをきちんと考えないといけなかった。

 

 ここが2ちゃんねるだという考察は、当然、一度も見た事がない。

 ……しかし、言われた後に見れば、分かると思う。

 ここは、周りにあるもの全てが、間違いなく、2ちゃんねる。

 

 そして、ここを進んだ先にセコムマサダ先生がいるという事は……オマエモナー。

 

 

  ・ネオンの世界

 絶対におばけになんてなったりしない! おばけには勝てなかったよ……。

 きらきらしてて、でも落ち着いてきて、そして最後は地獄に繋がってる場所。

 まあ、窓付きならお薬もやってるよね……という感じの世界。

 

 エフェクトのネオンは、薬物中毒者としての願望。

 このマップが段階的に地獄に繋がっている理由は、薬が切れるとそうなるから。

 だから、つまり、ききやま様の描いている実際の窓付きは、ヤク中。

 

 ……小説本編ではああ書いたけど、結局、毒も栄養も食らうのが人間の良いあり方だと思う。

 窓付きにネオンをくれた人がセコムマサダ先生だったらいいなぁというのはもう100%作者の願望。

 この小説のポニ子みたいなただのアホとか、普通の幸せを得られてるちゃんとした人間なら、薬物絶対ダメだけど、その人間としての常識が窓付きに適応されるのかと聞かれればアレな訳で……。この辺りは本当に難しい。

 

 何が人間にとっての正解なのか。

 それは結局、その人自身が自分の火星さんを見つけるしかないのだと思う。

 

 

 ……真面目な話をすると

 正直、作者には「窓付きが最強のヒーローであって欲しい」みたいな願望がある。

 たぶん、だから、この部屋の意味を理解するのが凄く苦しい気持ちみたいなものがある。

 

 本当にぶっちゃけた話をすると、作者は、最初から、赤クラゲをそこそこ美しいと思ってる。

 (だから、ノリで書いてるけど、「窓付きが死ねば悲しい」というような事を言ってるのは、ちょっとだけねことかが混じってる)

 だけど、だからこそ、また別のゴキブリ猫が生まれていて、また別のものと向き合いたくない気持ちがある。

 ……何を言ってるのか分からない人は、ここだけはスルーしてくれていいです。

 ごめんなさい……、ここだけはマジで無理です……。

 

 

 

 

  ・樹海A(デパートからいける、2匹目のかえるがいる場所)

 デパートに通う事に耐えられなくなった窓付きが、鳥人間から逃げ出して辿り着いた場所。

 街外れの何もない森の中とか、たぶんそういう感じの場所。

 

 おそらく窓付きの境地にまで行くと、本当に森に帰ってかえるとして生きられたら、実はこの話は全て解決するのだと思う。

 しかし、サバイバル知識なんて当然0なので、その道の先には赤クラゲ(=死)しかいない。

 ……だから、窓付きは現実ではおそらく、赤クラゲに少し触れてみつつも、結局はトボトボと家に帰るしかなかった。

 

 

  ・ブロック大洞窟 

 赤クラゲに触れた時に飛ばされる場所。

 本気で死にたくなった人が、まずたどり着く場所。

 途方もない心の迷宮。

 

 ここからの一連の道は、段階的に、窓付きの過去へと繋がっている。

 

 

  ・FC世界A入口の、BGMがここだけ違う場所

 たぶん、顔絨毯広場と同じ場所。

 鳥人間の所に辿り着いてから鳥人間に怒られるまでの僅かな間の、窓付きから見えていたキャンプ地。

 死体さんのおかげで前を向けるようになって、やっと、窓付きの明日が始まる筈だった場所。

 砕け散った、夢の跡。

 

 このマップの入り口(荒野B)にある、笑っている顔のブロックは、たぶん、窓付きが前を向く為に頑張って浮かべていた表情。

 死体さんに心を救われた窓付きがほんの僅かの間だけ浮かべられた、「この世界の美しさを信じたい」という気持ちの顔。

 窓付きが、一生をなまくびのままで過ごし続ける理由。

 全てが壊れる程に、鳥人間を怒らせてしまった顔。

 

 

  ・FCバグ

 地下遺跡で起こせるイベント。

 小部屋の端っこをずっと調べ続けていれば、どんどん画面がバグっていく。

 窓付きが遊んでいたゲームがバグった時のトラウマの悪夢……というだけではない。

 

 地下遺跡のあの部屋の壁の顔は、本当は、全部鳥人間。

 他の場所の壁も、モノ子か鳥人間かのどちらかだけが描かれている。

 窓付きは、過去のトラウマとか、罪悪感とか、この世への恐怖とか、鳥人間の狂気とかそういうもので、おそらく世界が常にこんな風に見えている。

 そしてだからこそ、窓付きは夢の中でも、ふとした拍子で世界が何かに浸食されてグチャグチャになってしまう。

 つまりFCバグとは、ギロチン部屋と同じような場所。

 

 ……本当のゆめにっきには、リアリティみたいなものがある。

 正直、考えれば考える程に、恐ろしい程に、あの世界には現実味のようなものが描かれている。

 

 FCバグを起こした人は、「うわああああああ」と思いつつも、おそらく同時にこうも思ってた。

 「これはファミコンの画面がバグった時のアレだ」

 「これが恐ろしい気持ちはよく分かる」

 「あるあるのやつだ」

 ……しかし、このイベントは本当は、微塵も「あるあるネタ」などではない。

 おそらく、この時の窓付きの恐怖が真に分かる人は、この世界には1人もいない。

 

 

 世の中には、「意味が分かれば怖い話」というものがある。

 そして、本当のゆめにっきという作品には、(そういうものではない部分も多いが、)おそらくある程度はそういう一面がある。

 

 ゆめにっきの答えが分かれば、ゆめにっきの意味は分かる。  

 しかし、別にゆめにっきの答えが分かっても、人間というものがどういうものなのかは、よく分からない。

 ……だからそういう意味では、この考察とかを全部見ても、ゆめにっきの意味が真に分かるかどうかは、正直、全然分からない。

 少なくとも作者は、地下遺跡の壁の意味に気が付いた3日後くらいに、ふと何となく、あの壁の顔が頭に焼き付いて離れなくてどうしようもなかった。

 

 

  ・白黒の世界C

 「デパート→樹海A→赤クラゲに触れる→ブロック大洞窟→荒野B→FC世界A→地下遺跡→でんとう使用」の手順でのみ来れる場所。

 別に何のエフェクトもない場所だし、見所もないし、この部屋の先の白黒の世界A自体はブロックの世界から簡単に来れる。なのでおそらく、火星よりも来た人が少ない場所。

 しかし、ゆめにっきの中で最も文字では形容出来ないようなデザインの部屋。

 

 ゆめにっきという作品は、はっきり言ってまともではない。

 しかし、だからこそ、ゆめにっきという作品にしかない何かがこの世界には描かれている。

 たぶんそれは、言葉にすれば、センスとかそういうものになる。

 だから、惹き付けられて、離れられない。

 ……少なくとも作者は、ゆめにっきを見終えてからもう15年以上も経っていたのに、あの世界の意味すら分かっていない状態で、ずっとあの作品の事が頭の片隅では忘れられなかった。

 

 

 

 

  ・学校

 本来なら、何処かにこれが無ければおかしい。

 しかし、これに該当するマップだけは、作中の何処にもない。

 「窓付きは学校で虐めを受けていた」というような考察をよく見るが、たぶん、実際はそうではない。

 何故なら、ゆめにっきは明らかに現実の現代日本が舞台で、窓付きは子供なのに、それでも、窓付きの世界には学校という概念がない。

 

 窓付きは交通事故のトラウマで苦しんでいたので、幼稚園に行った事がない。

 そして、それが終わる前に違法風俗で働く事になったので、小学校にも中学校にも行った事がない。

 

 

 ゆめにっきのゲーム内には、学校が存在していない。

 しかし、みんなはその事に気付けない。

 存在しないものが存在しない事に気が付くのも、本当は、とても難しい。

 ……たぶん、ゆめにっきを考察する上では、「ある筈のものが無い事」は「無い筈のものがある事」と同じくらい重要だったのだと思う。

 

 「ゆめにっきは現代日本を舞台にしているが、窓付きは義務教育を受けていない」

 ……本当はこれも、可能。

 

 

 ・樹海B

 たぶん、死の覚悟を持って本格的に家出をした時の記憶。

 見つめられているのは罪悪感。

 窓付きは鳥人間に対して申し訳なさを感じていて、「自分は苦しまなければならない」とも感じている。なので、鳥人間の手から逃れる事に対して激しい罪悪感を抱いてしまう。

 ……しかしそれでも、幾ら窓付きでも、ずっとあのような仕打ちに耐えられる訳ではない。

 

 

 ・電車

 そのまま電車。

 本当に、狂っている何かではなくて、俺達が知っている電車。

 窓付きはきっと、途方もない憧れを抱きながら、これに乗り込んだ。

 

 窓付きはあまりにも社会の事とかを何も知らないが、それでも勇気を出して、頑張って一人で乗ってみている。

 そして、遠くまで行ってみている。

 

 

  ・樹海の沼

 人間の社会。

 遠い憧れの義務教育。

 しかし、この小説に書いた理由によって、実際にそこに混ざったら確実に、また別の地獄が待っている。

 猫を被ってみてもみんなの顔が分からなくなるだけで、世界はよりおばけになってしまう。

 

 たぶんこの場所は、通学路の虐め現場か何か。

 窓付きは、学校や人間社会というものに対して憧れを持っていた。

 しかし、その憧れがここで、粉々に打ち砕かれてしまった。

 ……だから、窓付きは結局、何時もの地獄へと帰るしかなかった。

 

 

 

 

  ・浅瀬&浅瀬の家

 窓付きにとっての心の聖域。

 ねこではなく、かえるになって帰る場所。

 窓付きが、最後の優しさのバトンを渡して貰えた場所。

 きっと別れの時は本当に死ぬほど悲しかっただろうけれど、それでもウボァを白黒の世界に閉じ込めてまで、窓付きは綺麗なままでいさせてくれた場所。

 この世の、醜さと美しさがあった場所。

 

 

 ききやま様が作った、究極のひっかけ問題。

 おそらく、この世でききやま様にしか描けない場所。

 100万人が20年間、何よりも意味を考えたのに、真実が何一つ分からなかった場所。

 ……たぶんこの考察で、最も、全てのゆめにっきファンの常識がひっくり返ってしまう場所。

 

 ゆめにっきという作品の中で、最も膨大な意味を持つ場所。

 火星がゆめにっきのストーリーの核心なら、この場所は、ゆめにっきのテーマ性というものの核心。

 

 

 ……この場所は、ポニ子というキャラクターへの考察が全てになるので、詳しい考察はキャラクター紹介の所でする。

 

 

 

 

  ・タイル通路

 自宅。あるいは自分の領域。

 助けて欲しいけど、誰もここに来ないで欲しい場所。

 どうしようもない地獄だけれど、あのタンスから引きずり出されても窓付きは幸せにはなれない。

 

 

  ・鳥人間に閉じ込められる場所

 自宅謹慎。

 サウスパークのバターズの両親みたいな感じで、鳥人間はとりあえず、窓付きが悪い事をしたら家に閉じ込める癖みたいなのがあったんだと思う。

 ゲーム本編もおそらく、そんな謹慎時間の途中だったのだと思う。

 

 

  ・地獄

 鳥人間が見せ続けている世界。

 赤ちゃんを何人作っても、決して「ふとる」になれなかった場所。

 

 

  ・暗闇の世界

 真っ暗なのに、何処か癒されるような曲が流れている場所。

 そして、暗闇の中にほうちょうが落ちている場所。

 ……たぶんここは、殺意とか、そういうものがある場所。

 

 懸命に付いてきてくれてる可愛いおばけは、死体さん。

 首を振って、窓付きの心というものを繋ぎ止めてくれている。

 ……窓付きはおそらく、死体さんと殆ど会話すらした事がなかっただろうけれど、それでも、人として一番大切な事だけは心で教えて貰えたんだと思う。

 

 たぶん、ずっとここにいたら、窓付きは最悪のおばけになった。

 でも、窓付きは赤クラゲ(=自殺)を選んだ。

 ここまでされてもまだ、ほうちょうを捨てて、赤クラゲを選んでくれた。

 それもまた、ある意味では、ゆめにっきの世界が描いた愛おしい程の狂気だったのかもしれない。

 

 

  ・地獄の十字路

 窓付きが窓付きを見ている場所。

 たぶん、苦しみの果てにのみ辿り着く、罪悪感と自由への憧れの狭間のような場所。

 

 人間とは一体何なのか。

 この世界は本当はどんな形をしているのか。

 自分は一体何者なのか。

 ……おそらくそのような事を、窓付きはここで考えている。

 

 

  ・電燈の世界

 数字の世界から行ける、でんとうが落ちている場所。

 たぶん、おしごとをしている時の窓付きの心象風景の一つ。

 部屋の中に埋まっているものは、たぶん、赤クラゲ。

 窓付きはたんすに篭りながら、ただ一人でこの場所に閉じこもり、そしてこの場所と向き合い続けている。

 

 人間とは、この世界とは、自分とは、一体何なのか。

 窓付きはきっと、その事を考える為の材料だけは、悲しい程に誰よりも持っていた。

 

 

  ・蝋燭の世界

 トラウマとやんわり向かい合って、子供心に死の意味とかを考え始めている。

 背景にある絵の人物は、おそらく、目玉の世界の背景の絵と同じ人物。

 それが消えそうになって、慌てている。

 尻尾の先に付いているものは、窓付きがエンディングの為に用意したもの。

 

 鳥人間は、窓付きに一秒でも長く苦しんで欲しい。

 なのでここで鳥人間と敵対すれば、神速鳥人間になって、ありえん速度で止めてくる。

 ……世の中というものからしたら、それは母としての義務とか、優しさとか、そういうものに見えるのかもしれない。

 でも、本当はそんなものよりも、火星さんの方が強い。

 

 

 

 

 

 

 

  『キャラクター考察』

  ・ウボァ

 ポニ子自身は、窓付きの友達。

 何かがあって、奇跡的に出来た、本当に普通の友達。

 そしてウボァは、そんな友達が、窓付きを拒絶してしまった瞬間。

 ……たぶん、そこまでは誰でも分かるもの。

 

 みんなはそれを、「ポニ子が窓付きの陰口を叩いていた」と解釈していた。

 だから、作者は小説内ではそこに色を加えて、「ポニ子が窓付きの狂気に耐えられなかった」と解釈しておいた。

 ……だけどたぶん、その解釈は実際には、そもそも根本からズレていたんだと思う。

 

 

 作者はあの小説を、ぶっちゃけ、ゆめにっきという作品についてそこまで深く考察をする前に書いた。

「窓付きには父親が3人いたんだろうな」

「そして、おそらく死体さんが死んだのは窓付きのせいなんだろうな」

「だから窓付きは、全てが壊れるまで、鳥人間に児童買春をさせられていたんだろうな」

 ぼんやりとそんな事だけを考えていた辺りの段階で、あの小説は書いた。

 

 なので、「ポニ子は陰口を叩いていた」という、最も有名で誰もが思う説を取り入れている。

 そしてその上で、ポニ子というキャラクターの人物像は、作者の妄想が全開になっている。

 

(というか、更にぶっちゃけると、時系列的には

 この小説のポニ子像を書いたゆめにっきの妄想小説を書きたくなる

 →その為に原作を見返してみる

 →窓付きの父親3人説&足跡通路の胎児全員実在説にまでたどり着く

 →その状態(顔絨毯広場の意味の理解とか、3人はキャンプをしようとしていたという発想とか、死体さんに対する窓付きの想いの深堀りとか、そういう事がまだ出来ていない状態)で、本来自分が書きたかった妄想小説を書き始めた

 ……という感じになっている。

 この小説を書いている段階では「なんかやたらと辻褄があってるなぁ」と感じているだけで

 自分がガチの正解を引き当てようとしてしまっているとは、正直自分でも全く思っていなかった)

 

 だけど、全部を考察してみてから改めて原作のポニ子について考えてみたら、たぶん、陰口説は外れていたと思う。

 ……実際のポニ子はおそらく、窓付きが持っていない、「ごきぶり」というようなエフェクトを持っていたんだと思う。

 

 

 ポニ子は、普通の人だった。

 だから、死にたくないという気持ち(=ごきぶり)が、生き物として当然あった。

 そしてそういう生き物なので、根拠もなく漠然と「明日への期待」というものを抱いていて、どうしてもそれだけは否定されたくなかった。

 

 ……だけど、窓付きはポニ子を信じた。

 信じてしまって、赤クラゲ(=死の美しさ)という概念を、ポニ子に話してしまった。

 

 電気を消している状態は、死というものについて話し合っている状態。

 死というものについてお互いが考えている状態。

 ……つまり、蝋燭の世界と同じ場所。

 たぶん、窓付きが自分がどのような人間であるかを話して、窓付きにとっての死というのものが果たしてどのようなものであるのかを、お互いがただひたすらに考え合い話し合っていたような状態。

 

 実際のゆめにっきの劇中では、本物の悪者は出てこない。

 ……本当に、徹底して、出てこない。

 なのでおそらく、ポニ子もまた、(この小説の主人公のような者ともまた違い、)本当に窓付きの事を心から愛して心配してくれているだけの、ただ何処までも素敵なだけの優しい友達だったんだと思う。

 

 ポニ子は、窓付きという人間の深淵をどんどん知っていった。

 電燈の世界に引きずり込まれて、蝋燭の世界に連れて行かれた。

 ……そして、何をどうやっても、死が窓付きにとっての幸せである事を否定出来なかった。

 だから、ごきぶり(=生存本能から来る、生きている事を素晴らしい事だと思いたい気持ち)と赤クラゲ(=死が人の救いであるという考え)との狭間で、意味が分からなくなって、心が耐えられなくなってしまって、認知的不協和と言われている状態になってしまって、ついに窓付きという人間の事を理解したくなくなってしまってしまった。

 だから、それをあざ笑ってしまった。

 

 だから、窓付きは壊れてしまった。

 そして、ポニ子は壊れてしまった。

 ……たぶん、そんな感じの事がここではあったんだと思う。

 

 ポニ子が窓付きを見てくれないのは、たぶん、無視をしているからではない。

 虐めっ子だからではない。

 ポニ子が冷たい人間だからな訳でもない。

 ただ単に、本当は窓付きの事を見てあげたいと思っているのに、それでも、どうしてもその存在と正面から向き合えないから。

 そして、どうやったら窓付きの自殺を止めてあげられるのかを必死に考えて、ずっとソワソワしてるから。

 

 ウボァとは、窓付きから見た、認知的不協和というものになった人の表情。

 つまり、ウボァとは、ゆめにっきを見てそれを怖いと思ってしまう俺達自身の表情。

 そして、己の生存本能や薄っぺらい倫理観だけであのエンディングを受け入れる事が出来ず、「窓付きが死ねば悲しい」と思ってしまった人達自身の、本当はあり得ない程おぞましい表情。

 

 ……そしてこのシーンには、更に、考えれば考えるほど本当に色んな意味が込められている。

 

 

  ・笑顔で血を吐いている巨大なゴキブリのような猫(ウボァの正体)

 ウボァに触れた時、背景に現れるやつ。

 ねこになって嘘と血を吐き続けている何か。

 資本主義的に最強なので、歯止めもなく欲望のままに世界を征服してしまっているおばけ。

 ……つまり、あのエンディングに対して、特に何の意味もなく「窓付きに助かって欲しい」と思ってしまった人達自身の、本当の姿。

 

 正直、作者には昔、人間というものがゴキブリより醜い何かに見えていたような時期があった。

「ゴキブリは、どうしようもなく怖くて気持ち悪くて、その癖直ぐ増えて、家などの最も湧いてきて欲しくない所に平然と湧いてくる」

「……その代わり、ゴキブリは見つかったら直ぐ、隅っこに隠れてはくれる」

「だけど人は、それすら、してくれない」

「結婚したら教えてくれる。隠れすらせずに、むしろ、増えたら増えただけその事を喜んで伝えてくれる。そして、ゴキブリなどよりも遥かに巨大で、煩くて、堂々としていて、退治する所か目を背ける事すらさせて貰えない」

「何をしても、どうやっても、それに耐えられない」

「何故人は、せめて、あの生き物のように生きてはくれないのだろう」

 そんな事すら、思っていた。

 

 ……たぶんこの絵は、適当に描かれた落書きではない。

 ウボァは、本当は、ただのドッキリイベントでは全くない。

 そして、窓付きもポニ子も、本当はみんなが思っていたような存在ではない。

 本当の窓付きは学校に通ったりはしていないし、ポニ子はそれを虐めたり、陰口を叩いていた訳ではない。

 だからこの絵には、おそらく、そういうものの意味が、込められている。

 

 

 「自分が本当はどのような人間なのか」

 たぶん、人はみんな、よくそのような事を疑問に思う。

 だけどきっと、その問いの答えはこのようになってしまうから、誰も真面目には教えてくれない。

 そしてきっと、多くの人は、本当はこのような答えを聞きたいと思っている訳でもない。

 だから、人は窓付きのようなものに出会った時、怒ったり誤魔化したり怖がったりそもそも興味を持たなかったりして、その子と真面目に向き合おうとする事が出来ない。

 

 真実を知る事は、何時も難しい。

 そして、嘘を吐く事は、何時も容易い。

 だから、人というものは、何だかんだで結局、それがどれだけ大切な事なのだとしても、本当の自分というものを知る事は出来ない。

 

 ただし、何事にも例外はある。

 ……大人になった今だと、作者にも、少しだけそれが分かると思う。

 なのでおそらく、死体さんのように、笑って死ぬ事が出来るような人はいる。

 そしておそらく、たまに窓付きのような、意味不明な人物もいてくれる。

 だから、出来る事ならそのように美しく生きたいものだが、それがどうして、難しい。

 

 

  ・巨大ゴキブリ猫が白黒の世界にいる理由

 窓付きは、この時の記憶を白黒の世界(=記憶の奥底)に封印している。

 そして毎回、わざわざ浅瀬にちゃぷちゃぷ浸ってからポニ子の家にやってくる。

 

 みんなはウボァの事を、ただのよく分からないホラーイベントだとしか思えない。

 考察をしてみようとしても「虐めてきた」「悪者だった」くらいにしか思えない。

 脅かされた事で頭が一杯で、怖くて、訳が分からなくて、窓付きの身に起きた事なんてただの残酷で冷酷な何かだったとしか思えない。

 

 ……だけど、たぶん、実際はそうじゃない。

 ポニ子はおそらく、普通に、本当に、とても心優しい子だった。

 優しすぎて、窓付きの死を受け入れらなくて壊れてしまうくらい、ただただ、優しい子だった。

 

 そして、おそらく窓付きは、ポニ子もいたからあのエンディングに辿り着けた。

 ……たぶんポニ子は、窓付きが蝋燭の世界について考える事に、唯一付き合ってくれた人だったんだと思う。

 だから窓付きは、ポニ子がウボァになっても、本当はポニ子の事を恨んだりとかすらしていなかったんだと思う。

 

 ゆめにっきという作品は、おそらく、「人の優しさ」というものがテーマとして描かれている。

 ……だから窓付きは、優しさというもので、あのゴキブリ猫を白黒の世界に隠してあげたんだと思う。

 あれは、おそらく他の誰よりもポニ子自身が望んでいなかったような結末で、だから窓付きは、それをなるべく思い出さないようにしてあげているんだと思う。

 

 

 この考察の最後の方に詳しく書くけれど、人間というものには本来、「めかくし」というエフェクトがある。

 自己逃避願望。

 嫌な事をあまり考えたくない気持ち。

 自分の醜さや世のおかしさというものと向き合いたくない気持ち。

 そういうものがある。

 ……しかし、窓付きは何故か、その「めかくし」というエフェクトを持っていない。

 だから窓付きは、見たくないものを見ないようにする事や、トラウマというものに蓋をする事が、簡単には出来ない。

 

 だから、もし窓付きの中でポニ子の存在がただ恐ろしいものならば、窓付きはおそらく、それを美しい姿のままで思い出す事は出来ない。

 ……だけど、窓付きは優しさというものは持っている。

 優しさだけというものだけは、他のどんな人よりも、強く強く持っている。

 だから、「優しさでトラウマを思い出さない事」だけは、出来る。

 

 死体さんは、おそらく、窓付きに罪悪感を抱えて欲しいなどとは思っていない。

 それと同じ理由で、ポニ子もおそらく、窓付きにあの記憶を思い出して欲しいとは心から全く思っていない。

 ……人が人を苦しめてしまう時というものは、必ずしも、悪意や攻撃性がある時だけではない。

 そして、窓付きはそういう事が何も分からない程、愚かな人間でもない。

 

 

 人間というものは、人間というものの醜さを、本当は何も分かっていない。

 そしてその癖、人間というものの美しさも、本当は何も分かってなどいない。

 

 窓付きの中でポニ子の姿がそれでも美しいままなのは、窓付きがポニ子の事を最後まで大好きでいて、ポニ子も窓付きの事を最後まで大好きなままだったからなんだと思う。

 窓付きがウボァの事を思い出さないのは、怖かったからとか、辛かったからとか、そういう理由じゃないんだと思う。

 

 

 ウボァは、窓付きの事をあざ笑っている。

 明らかに、そのような表情の顔をしている。

 しかし、本当によく見てみれば、目の片方だけは悲しんでいる。泣いているようにすら、見える。

 

 つまりウボァは、「本当にただただ心優しい女の子で、俺達なんかとは比べ物にすらならないくらい窓付きの事が心から大好きだったから、その分だけ窓付きの死にたい気持ちを応援してあげる事がどうしても出来ずに狂っているとあざ笑う事しか出来なくて、そしてその上で、そんな自分の心の弱さが悲しくて窓付きにあまりにも申し訳無さ過ぎて、泣いてくれていた」からあのような表情をしていた。

 そして、窓付きは優しさによってそれを見ないようにしてあげていたから、白黒の色で表現されていた。

 ……これが、ポニ子というキャラクターの答えだったんだと思う。

 

 

  ・ポニ子

 弱くて、どうしようもない生きたがりで、それはごきぶりのように醜くて、それでも、窓付きの死に誰よりも真剣に向き合い、壊れるまで苦しみ、泣いてくれた女の子。

 

 

 ……正直、この考察にはもう、根拠がない。

 死体さんなどとは違って、この先に続くストーリーがないので、答え合わせになってくれる要素がない。

 しかし、この考察の全部を見てくれたら分かると思う。

 ききやま様は明らかに、ゆめにっきという作品をそういう風に作ってる節がある。

「温かいように見えるものでも、じっくり見てみると、そこには意外な恐ろしさがある」

「だがその代わり、恐ろしいように見えるものでも、じっくり見てみると、そこには意外な温かさがある」

 明らかに、そういうテーマが込められて、この作品は作られている。

 

 

 「現実と向き合え」

 本当のゆめにっきには、ほぼ間違いなく、そういうテーマが込められている。

 しかし、本当の本当に現実と向きえば、ききやま様も結局はただの人間で、だからききやま様にも良心とか、ただの都合のいい願望とか、一人の人間として描きたい何かというものがある。

 

 だから、たぶん実は、本当のゆめにっきというものには、別に現実的でもなんでもない、このような何処かおかしな性質がある。

 「目の前のおばけがただのおばけではないように思えたなら、おそらく、ゆめにっきの中ではそれが正しい」

 

 

  ・ウボァのシーンの意味

「お願い、死なないで窓付き……」

 というような事を、おそらく言われている。

 謎空間に飛ばされた先では、おそらく、「窓付きは知らないだろうけどさ、最新のゲーム機ってもっと凄いんだよー」的な事を言われている。

 生きている事の楽しさとかそういうものを、ただただ必死に説かれている。

 

 

 全てが狂っている「この世」というものの中で、唯一窓付きが死に対して本気で泣いて貰えた、何よりも暖かいシーン。

 

 そして、これがこう見えてしまう事など全く望まれていない事は、本当は窓付き自身が一番よく分かっている。

 そんな、ただただ物悲しいシーン。

 

 ……そして、画面の向こうの俺達は、そんな2人の関係を茶化し、面白おかしく怖がっているシーン。

 ゆめにっきをプレイした多くの人が、「このポニ子というキャラクターは窓付きを虐めていたのだろうな」というような事を考えるシーン。

 100万人くらいが20年間くらい、それをおぞましいとすら、思えなかったシーン。

 

 ……たぶん、「本当のゆめにっき」というものの全てが詰まっているシーン。

 全てのゆめにっきファンは、たぶん、まずはポニ子に全力で土下座をしなければならない。

 マジでごめんよ、ポニ子……。

 

 

  ・優しさ

 作者の考えでは、人の優しさというものには2つの種類がある。

 1つは、自分が傷つかない為のもの。(後述するが、これが「めかくし」)

 もう1つは、誰かを傷つけない為のもの。(後述するが、これが「ふえ」)

 ポニ子はたぶん、最後のシーンでは、前者しか持てなかったんだと思う。

 窓付きはたぶん、最後の最後まで、後者しか持てなかったんだと思う。

 だから、ポニ子は生きていけて、窓付きは死んでしまうしかなかったんだと思う。

 

 「めかくし」と「ふえ」は違う。

 「窓付きに死んで欲しくなかった」という気持ちと「窓付きがどうか幸せであって欲しい」という気持ちは違う。

 「人が死ぬと寂しくて苦しい」という気持ちは優しさだが、「苦しいから自殺をしないで欲しい」というのは「迷惑だから自殺をしないで欲しい」という気持ちでしかない。

 だから、(おそらく大半の人があのエンディングに対してそのようになったであろう)ゴキブリ猫は、おそらく突き詰めてしまえば、本当の優しさのようなものではない。

 

 

 窓付きとポニ子は、人としての性質があまりにも違う。

 けれど、こんなにも違う人間なのに、お互いに惹かれ合う事だけはそれでも出来てしまう。

 ……たぶん、人間というものは、火星さんとあの血を吐くおばけが仲良く出来たら、本当はそれが一番良いんだと思う。

 そしてたぶん、サイコではないのに普通をやれている世の中の本当の普通の人というものは、(後述する「きょじん」などの力をやんわりと借りる事で、)そういう事が何となく自然と出来ているんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ・たこ風船

 飲酒運転のトラック。

 ある意味、ゆめにっきの一番最初の登場人物。

 窓付きにとっての、始まりの不幸。

 

 酔っぱらっているような目をしているのは、たぶん普通に、運転中なのにお酒を飲んでいるから。

 ……そして、この人もきっと、大事な事を何も考えていなかったり、あるいは何か辛い事を誤魔化したりしていたから。

 盾民族の世界の背景のお猿さんが、何処か間の抜けた顔をしている理由と同じ。

 俺達がゆめにっきという作品の意味と、何も向き合わなかった理由と同じ。

 ゆめにっきという作品で本当は常に描かれている、この世の醜さというものの形。

 

 

 (小説の話をすると、)この小説で一番都合よく解釈をさせて貰った存在。

 「窓付きから見た飲酒運転をしている人」という考察までは、そんなに遠くはないと思う。

 実際はたぶん、窓付き視点では、グチャグチャに潰れ合った肉塊とかとセットで覚えられているからあんな形をしてるんだと思う。

 

 

 ききやま様が作者の思っている通りの人物なら、たぶんモノ子達は、何も特別ではないごく普通の幸せな日常の瞬間に、突然、あっけなく、出来うる限りグロく死んでいる。

 そしてその上で、ききやま様は別にふざけている訳でもリア充に憎しみがある訳でもないので、モノクロUFOになってしまった父親はそれでも、窓付きに向かって最後に懸命に微笑んでくれている。

 ……ききやま様が多くを語らないのは、エログロ大好きでふざけてこういう作品を作っているみたいにあんまり思われたくないから、みたいな一面もあったのではないかなと作者は思う。

 

 

  ・たこ風船による事故の様子

 窓付き一家は「両親、モノ江、モノ子、窓付き」の順番で前後に並んで、トンネルの中の歩道を歩いていた。

 そして、モノ江の所に後ろからトラックが突っ込んできた。

 結果、モノ江は完全に壁に挟まれて、原型なく潰れて即死。

 両親は窓付きと逆側に跳ね飛ばされて、大破の爆発にも巻き込まれて、最後の力で微笑むくらいの間があってから死亡。

 モノ子は窓付き側に飛んできて、爆発にも殆ど巻き込まれなかったので、苦しんでのたうち回りながら時間をかけて死亡。

 ……みたいな感じだと思われる。

 

 モノクロUFOが生首だけ飛んでて、交通事故の死に方に全然見えないのは、窓付きの記憶が抽象的になってるからなんだと思う。

 だからたぶん、実際はもうちょっと生々しい感じでグチャグチャになって死んでる。

 

 この辺りは全体的に、窓付きの記憶が相当抽象的になってる。

 なのでおそらく、夢で見られる視覚情報の信用度はそれ自体があんまり高くない。

 

 

  ・モノクロUFO

 ただの謎の生首。

 出来うる限り印象に残らないようにされている存在。

 しかし、実は、窓付きの境遇を考える上では最も大切な要素。

 窓付きの本当の両親。窓付きに本当の愛を与えてくれる筈だった人達。

 

 目玉の世界の、謎の生首と同じ人物。

 黒い方(母親)はたぶん、「一人にしてしまってごめんね……」というような事を想ってくれている。

 白い方(父親)はたぶん、「産まれてきてくれてありがとう……」というような事を伝えてくれている。

 

 たぶん、見た目的に、窓付きが産まれた時点で2人ともそこそこの高齢。

 ゆめにっきに「窓付きのおじいちゃんとおばあちゃん」という概念が全然出てこないのは、おそらくその為。

 

 空中庭園で見えるUFOは実はこれ。火星から見えるUFOも実はこれ。

 (たぶんメタ的にも本当に、モノクロUFOの画像を縮小しただけ)

 目玉の世界にいるバラバラ死体や生首も、本当は、この人達。

 ……実際の窓付きというキャラクターは、所詮他人でしかない俺達とは比べ物にならないくらい、モノクロUFOやモノ子ドンドコを恐ろしいと感じている。

 

 

  ・モノ江

 窓付きの姉。

 窓付き家の3姉妹の長女。

 おそらく、窓付きとは10歳以上年が離れている。

 なので、共に遊ぶというよりも、微笑ましく見守ってくれている。 

 窓付きの夢の中で唯一、ちゃんとした微笑みを浮かべてくれているキャラクター。

 何となく怖く見える理由は、たぶん、目玉の世界の謎の生首が意味もなく怖い理由と同じようなもの。

 (=窓付きが家族の温もりを思い出せないから)

 

 死んだ描写はないが、白黒の世界A以外には一切出てこない。

 そして、ゆめにっきという作品は、窓付きの目に見えているものだけが全てではない。

 ……なのでおそらく、モノ子やモノクロUFO達と同じ場所で、同じ状態になって死んでいる。

 死体の位置や状態的に、窓付きには、モノ江の最後の姿だけは見えなかったんだと思う。

 だから窓付き視点では、モノ江だけは、何処かにそっと消えてしまったように見えている。

 

 ……もしかすると窓付きは未だに、モノ江だけは、何処かで生きていてくれているかもしれないと心の何処かで思っているのかもしれない。

 

 

  ・モノ子

 窓付きの姉。

 窓付き家の3姉妹の次女。

 年が近くて、だからたぶん、一緒によく遊んでいた。

 本当の本当の本当は、思い出がこれしかないという事は全然ないのだと思う。

 

 窓付きはモノ子の事を思い出すと心が張り裂けてしまう。

 しかし、窓付きはモノ子の事を思い出さないと、人の愛というものを思い出せない。

 

 

  ・モノ子ドンドコ

 俺達が唯一見れるモノ子の姿。

 目を覆うほどグロいだけだが、それでも何故か、人気がある。

 ……たぶん、ここまでになってもまだ、人というものは本当は、暖かくて美しいものなんだと思う。

 

 おそらく、ゆめにっきの中で最も意味が分かりやすいもの。

 そしておそらく、ゆめにっきの中で最も意味を考える事が難しいもの。

 これに耐えられないような人は、たぶんゆめにっきの答えは分からない。

 これに苦しめないような人は、たぶんゆめにっきの答えは分からない。

 

 

  ・白黒世界Bの通路にいる、ドロドロになってる謎の巨大スライム

 モノ子ッッ可愛いよおかわいいいよォモノ子ォォアアァァア アァッ!!

 

 

  ・FC小屋地下にいる、ドロドロになってる謎の小型スライム

 モノ子ッッ可愛いよおかわいいいよォモノ子ォォアアァァア アァッ!!

 

 

  ・盾民族の世界にいる、無数の盾民族に囲まれて地面に埋められている何か

 モノ子ッッ可愛いよおかわいいいよォモノ子ォォアアァァア アァッ!!

 

 

  ・ウボァに「死が救いだなんておかしい」とあざ笑われた事で思い起こされた、死の苦しみに絶望しながら発狂しているタンス

 モノ子ッッ可愛いよおかわいいいよォモノ子ォォアアァァア アァッ!!

 

 

  ・もう具体的にはそれが何だったのか思い出せないけれど、それでも幸せな思い出の数だけ存在している、FC小屋入口の無数の木(=たこ風船の事故現場の入り口にあったまだ枯れても狂ってもねじれてもいない木)

 モノ子ッッ可愛いよおかわいいいよォモノ子ォォアアァァア アァッ!!

 

 

 

 

  ・目の部屋に通じている箱

 鳥人間。

 窓付きに苦しみ続けて貰う為に、彼岸花を隠している相手。

 窓付きは夢の中ですら、お葬式をする為にはそれを邪魔する何かと戦わなければならない。

 

 

  ・お葬式会場の人達の目

 鳥人間の目。

 「死体さんが死んだ事に悲しめなかったお前は苦しみ続けないといけない」という目。

 夢の中のお葬式会場を、狂った何かにしてしまっているもの。

 

 

  ・目の部屋から出る為の箱

 鳥人間。

 窓付きをお家に帰してくれないもの。

 たこ風船とこの箱によって、窓付きはFC小屋入口に帰る事が出来ない。

 

 

 

 

  ・歯軋り(白黒世界Bにいる、バラバラ死体の生えた犬)

 親戚である死体さんに引き取られた後、窓付きはおそらく相当の時間引きこもっていた。

 そしてトラウマのフラッシュバックに苦しみ続けてる間、たぶんあの犬だけが、ずっと傍にいてくれた。

 おそらく、窓付きの心を癒してくれただけのただの可愛い犬。

 

 この辺は視覚情報の信用度0だから、もしかしたら生物じゃなくて 

 ただ単に「自分だけ生き残ってしまった窓付きの、心臓や手足に責められているような罪悪感」みたいなものなのかもしれない。

 ……でも、ちゃんとした普通の犬だったら良いなぁと思う。

 

 

  ・マフラー子(ブロックの世界にいる透明な子)

 想像上の、家の外に出た自分の姿。

 この時期の窓付きは、トラウマもそうだが、何よりも再びたこ風船が飛んでくる事が怖くて、家の外に出られない。

 なので、信号が赤の時だけそれが怖くなくなって、外に出た自分の姿を想像できる。

 

 外に出たい気持ちと外が恐ろしい気持ちが混在しているので、触ったら明後日の方向に飛んでいく。

 そして、たまに、忘れようとしている記憶へと飛んでいってしまう。

 

 

  ・かまくら子(雪の世界にいる子)

 おそらく、最も幸せだった頃の窓付き。

 世界はまだまだ寒々しいが、それでも、ただ穏やかに眠っている。

 

 本編の窓付きにとっては、もう、遠い遠い夢の存在。

 窓付きは多分、こういうものと会う為に、夢を見る事を辞められない。

 

 

  ・タオルさん(荒野にいる、★タオル★をくれるおばけ)

 くねくねしているタオルのおばけ。

 「この世の何処かにいるかもしれない、きっと自分の寂しさを埋めてくれる誰か」という概念。

 人間に孤独感という力を与えてくれる存在。

 この世の多くの人が、きっと、当てもなく探し続けているもの。

 窓付きという人間にとっての心の原点。

 

 

  ・テレポートさん(空中庭園にいる、青いテレポートするおばけ)

 でんとうによく似ている可愛いおばけ。

 たぶん、目の前に広がっているこの世界の美しさとか、そういうもの。

 ほうちょうで刺したら、必ず100円が貰える。

 その代わり、ただの100円になる。

 ……この世界で生きていく力と、自分を幸せにする力というものは、おそらく、あまり関係がない。

 

 

  ・空中庭園にいる謎の3人の人影

 窓付き、死体さん、鳥人間の3人。

 3人で高台から綺麗な夜景を見下ろし、この世界の美しさを感じている。

 ここから見える夜景は、おそらく、窓付きにとってこの世の何よりも美しかったであろう景色。

 

 鳥人間がただの悪者ではない理由。

 窓付きがそれでも、なまくびでいる事を選び続けてしまう理由。

 

 

 

 

  ・死体さん

 家族が全員死んだ窓付きを引き取った親戚の人。窓付きの第二の父親。

 

 しんごうが手に入るのは、窓付きの罪悪感。

 自分がふらふらと車道に飛び出したせいでこうなったので、しんごう(=ルールを守りたい気持ち)が手に入る。

 

 ねこでぴくぴくとするのは、窓付きという人間の事を愛してくれていたから。

 周囲にカラーコーンがあるのは、たぶん、ここが窓付きにとっての聖域だから。

 やたら遠い所まで飛ばされているのは、子供の窓付きから見た距離が、そのくらいだったから。

 ……たぶん窓付きは、死体さんが死んだ後も、何度かここに足を運んでいる。

 そこにいる赤クラゲは、その時に、改めてじっくりと見ている。

 

 死体さんになるまでは窓付きに超怖がられていたが、たぶん本当は、セコムマサダ先生と同じくらい優しかった。

 だからたぶん、あのマップ移動時にチラっと見てくる奴がいなかったら、窓付きはおばけの世界を普通に卒業出来てた。

 ……そんな人だったからこそ、鳥人間はあそこまで狂ったんだろうか。

 

 何気に一番改心の考察部分。

「ゆめにっきってもしかして、本当に現実と全く同じルールの世界が舞台なんじゃね?」

「本当に現実的に考えたら、両親が事故死したら親戚が出てくるみたいな、”ああなればこうなる”が適応されてるんじゃね?」

「だから、ただ窓付きが見ている景色だけから何かを汲み取るんじゃなくて、現実的に考えたらそこに何があるのかを一旦分けて考えた後、その2つをセットにして考えるのが大事なんじゃね?」

「そしてこいつは、やっぱりただのモブじゃなくね?」

 ……的な事を思い始めたら、最終的に全部が何か勝手に繋がって、そうとしか思えなくなった。

 

 ゆめにっきという作品はたぶん、樹海Cの答えさえ分かれば、後は大体の事は芋ずる式で答えが分かるようになってる。

 だけど逆に言えば、樹海Cの意味が分からない人には、何時までもあの世界の答えが分からないようになっている。

 あの場の曲の美しさに気付けない人。

 死体さんを美しいと思えない人。

 「死体さんがきちんと人の形をしているのはよく考えればおかしい」という事に気付けない人。

 そもそも、死体があるというだけで意味もなく怖がってしまう人。

 あるいは、単に自分に酔う為だけに、不気味で狂っているものを求めているだけの人。

 ……昔の作者も含めて、そういう人達は、だから弾かれてしまったんだと思う。

 

 あのおばけの世界は、窓付きが思っている以上にどうしようもなく狂ってて、だけど本当は、窓付きが思っている以上にどうしようもなく優しかったんだと思う。

 

 

  ・樹海道路と白黒世界Bの間にある通路にいる、赤かったり黒かったりする怪物

 死体さん。

 幼い頃の窓付きから見えていた、自分を誘拐したように見えた人。

 

 このマップの直前にある道路を周回する度に、窓付きは夢の深層(=過去)へと潜っている。

 だから、3週したら白黒の世界Bに行けるようになって、6週したら窓付きから見えている死体さんの姿が怖くなる。

 ……本当はずっと、心から、窓付きを救おうとしてくれている。

 この世界をただの不気味でおぞましい世界だと思っている人は、おそらく、この怪物の正体が一番分からない。

 

 

  ・森の世界にいる、調べたらずっと付いてくるおばけ

 死体さん。

 窓付きがこの時に感じていた罪悪感。

 

 可愛い方のおばけがたぶん、窓付き自身が感じていた罪悪感。

 責めてきているように見える方のおばけがたぶん、鳥人間によって植え付けられた罪悪感。

 本当はたぶん、可愛い方のおばけしか抱えなくてもいい。

 そして、それを抱いたまま、それでも幸せになっていい。

 

 

  ・空中庭園にいる、よく見たら頭頂部がハゲている人

 死体さん。

 幼い窓付きが直視出来なかった人。

 

 この人は死体さんだが、別に、実際の死体さんがハゲている訳ではない。

 窓付きはこの頃の死体さんをまだ怖くて直視出来なかったので、どのような顔をしているのかが分からない。

 そして、この頃の窓付きにとっての父親とはモノクロUFO(男)であり、モノクロUFO(男)は既に年老いているので頭頂部の髪が無い。

 そのような理由で、この時の死体さんは「どのような顔をしているのか分からないが窓付きはこの人に父性を感じ始めているという状態」なので、ハゲていないのにハゲている。

 

 

  ・コンクリート廃墟にいる、ドロドロの人

 死体さん。

 窓付きの一生の罪。

 

 これがこう見える事など全く望まれていない事は、おそらく、窓付きも分かっている。

 しかし、窓付きはそこまで賢くはなく、薄情にもなれない。

 

 

  ・道路沿いの森の、森の奥に入った場所にある電燈

 死体さん。

 窓付きの人生の希望。

 

 窓付きの心の迷宮は、死体さんが死んだ場所から始まっている。

 なのでその地点から入り組んだ迷宮が発生しており、その奥には暗闇を照らしてくれるものがある。

 現実世界の窓付きは、この電燈に何となく癒される為に、何度もこの場所を訪れている。

 そして夢の中の窓付きもまた、この電燈の意味を探す為に、心の迷宮の中を彷徨い続けている。

 

 

  ・タイル通路の、たんすの中の窓付きの隣にある木。

 死体さん。

 窓付きの心の中にある人の温もり。

 

 人間とは一体何なのか。

 この世界は本当はどんな形をしているのか。

 自分は一体何者なのか。

 ……そんな事に悩み続ける窓付きの隣にいてくれている。

 そして、一人で暗闇に向き合い続ける窓付きを、そっと見守り続けてくれている。

 

 

  ・ウボァのシーンで、ゴキブリ猫に踏まれている5つ目の山。

 死体さん。

 窓付きにとっての死の救い。

 

 窓付きは死に美しさを感じている。

 そしてそれは、死体さんから教わったものでもある。

 なので、ポニ子に「生きて欲しい」と泣きつかれている時に、ポニ子によって死体さんが踏みにじられている。

 ポニ子は(死の意味について2人で話し合っている時に)死体さんの事も聞いている筈で、その上で、それなのにあんな事をしてしまっている。

 だからポニ子は、あんなにも申し訳なさそうにしていて、窓付きはあんなにも苦しんでいる。

 

 

  ・暗闇の世界で、窓付きにずっと引っ付いてくる可愛い幽霊

 死体さん。

 何時までも輝き続ける、窓付きの心の中の英雄。

 

 最も大切なものを窓付きに教えてくれた人。

 どれだけ苦しんでも、窓付きにほうちょうを渡してくれないもの。

 おそらく、窓付きを最も窓付きにしているおばけ。

 

 ……ゆめにっきは全体的には、人の醜さとか世のおかしさとか、そういうものが分からないと意味が分からないようになっている。

 しかし、死体さん関連の事は逆に、人の尊さとか世の美しさとか、そういうものを理解出来ないと意味が分からないようになっている。

 

 

 

 

  ・鳥人間

 旦那が親戚の子を引き取って、旦那が死んで、結果的に赤の他人と親子関係になった人。

 ゆめにっきはマジで学校の描写が皆無であり、それはゲーム的な都合などではなく、実際に全く教育の義務が果たされていない。

 その上で、窓付きはおそらく5歳くらいの頃から、児童買春をさせられ続けている。

 なので、この人は本当に、ありえないくらい社会というものに喧嘩を売っている。

 ……しかし、そんな鳥人間も、また被害者。

 理由があってもこんな事をしていい訳ではないが、理由がなければこんな事はしなかった。

 

 

  ・鳥人間の鼻が長い理由

 たぶん、キノピオの鼻が長い理由と同じ。(=窓付きには人の心がないという嘘をつき続けているから)

 

 

  ・公正世界仮説

 認知的不協和を解消する為の心の働き。

 「この世界は正しいルールに従って回っている筈だ」という感じの思考。

 それによって発生する、「あんなに良い人であった死体さんが死んでしまったのはきっと悪い悪魔に殺されたからだ」という感じの思考。

 

 人が人を虐める理由の一つ。

 これを信じている人は狂っていると言われている。

 これを信じなければ人は狂うしかないとも言われている。

 

 

  ・デーブ・スペクター(白黒の世界Aにいる、スフィンクスのような見た目の生き物)

 鳥人間の昔の姿。

 ただの「親戚のおばさん」だった頃の鳥人間。

 

 窓付きはおそらく、死体さんを意味もなく拒絶してしまった事を後悔している。

 なので、自分は鳥人間の娘ではないという気持ちがある事にも、罪悪感を感じている。

 そんな罪悪感や葛藤があるので、白黒の世界Aでは、道にいるデーブ(=鳥人間)を刺し殺さないと本当の家族の事を思い出せない。

 デーブがモノ江達の番人になっているように見えるのは、その為。

 

 しかし、モノ子だけはそんな事をしなくても関係なく思い出せる。

 ……作者の一連の考察が当たっていて、かつモノ子にだけは会える理由がききやま様の何となくじゃないのなら、そこもまた相当悲しい部分だと思う。

 

 死体さんはたぶん贖罪なんて望まない。

 だから鳥人間に正当性なんてないし、窓付きには当然、こんな事をされる所以は結局ない。

 けれど、鳥人間はおそらく、苦しんでいる。

 窓付きは、それがどれだけ辛い事か分かってしまうから、自分だけ幸せになる事が心の何処かで申し訳ない。

 鳥人間に苦しみを与えてしまった自分は、ちゃんと苦しみ続けないといけない。

 そういう気持ちがあってしまって、モノ子ドンドコのトラウマだけは逆に何時までも思い出してしまうし、目玉の世界の事も何時までも忘れられないんだと思う。

 

 

  ・死体さんを死なせてしまった後、森の世界で鳥人間に死ぬほど怒られる前の窓付き

 たぶん、鼻歌でも歌っている。

 

 

  ・発狂している時の鳥人間

 たぶん、「悪い悪魔は裁かれなければならない」という感じの事を思っている。

 

 

  ・デーブから見た窓付き

 たぶん、窓付きには死体さんが心から綺麗に見えた。

 そしてその現場に、デーブは立ち会っていなかった。

 だから、死体さんがあれ程まで綺麗な死体さんである事をデーブは知らなかった。

 窓付きはおそらく、ケロっとそれを報告した。

 あんなに事故のトラウマで苦しんでた筈の子が、自分の最愛の旦那を死なせてきたのに、その当人は何故か「なんか死んじゃったー」くらいのノリで帰ってきた。

 だからデーブには、窓付きが何かとんでもない悪魔に見えた。

 「自分達が懸命に愛情を注いだ子は、あり得ない程冷酷な子だった」「こんなにも自分達の事を他人だとしか思ってくれない子の為に、死体さんは死んでしまった」

 ……そう勘違いしてしまった。

 

 本当は窓付きにはちゃんと多大な罪悪感がある。

 森の中ではずっと罪悪感が形になったおばけが付いてきている。

 死体さんが死んだのにケロっとしていたのは、逆にそれ程までに、死体さんに心を救われたからというだけでしかない。

 だけどデーブにはそれが分からなかった。

 デーブには、樹海Cの答えが分からなかった。

 だから、デーブは憎しみで狂った。

 

 森の世界の中には、顔絨毯広場がある。

 地獄に繋がっていて、鳥人間の周りに滅茶苦茶鬼が浮かんでる所がある。

 それが、そのシーン。

 窓付きにはそれが「意味の分からない鬼が一杯いる場所」にしか見えてない。

 確かに怖い場所ではあるが、少し歩けば簡単に出られるし、ゆめにっき全体で見たら全然印象に残らない「なんかちょっと怖い場所」くらいでしかない。

 だからこそ鳥人間は、狂ってしまう程にそれが許せなかった。

 ……みたいな背景が、もしかしたらあるのかもしれん。

 

 

 もし、それがただのふと思っただけの作者の妄想ではなかったとしたら、たぶん本当にききやま様は正気のまま狂ってる。

 鳥人間というキャラクターは、ゆめにっきという作品に触れた時に「この死体の人は窓付きにとって赤の他人なんだろうなぁ」という感想を抱いてしまった人達全員のifの姿として描かれている。

 この考察が当たってるなら、何と言うか、ききやま様は本当にヤバい。

 おそらく100万人くらいに向かって「お前頭大丈夫か?」と逆に心配してくれている。

 

 人の心を理解出来ない人は、おそらく人を愛せない。

「なんでこんなに気味の悪い作品を作るんだ」

 そういう感想になってしまう人の方が、その本質は鳥人間に近いのかもしれない。

 ……そういうテーマすら込められているなら、本当にもう、感服するしかない。

 

 

 

 

  ・赤の王様

 窓付きの第三の父親。

 鳥人間の再婚相手で、数字の世界のケツモチのヤクザ。

 ……くらいヤバイ人ではありそう。

 鳥人間はおそらく、最も窓付きを苦しめてくれそうな人を選んだのだろう。

 

 「窓付きの父親」という考察には、おそらく多くの人が行きつく。

 そして、あまりにも誰でもそこに行きつくので、モノクロUFOや死体さんの影が薄くなってしまう。

 「モノクロUFOの人じゃなくて、こっちが窓付きの父親なんじゃね?」と思ってしまう。

 ……たぶん、世の中の殆どの人にとって、父親というものは1人しかいない。

 だから、無意識に、常識というものが人間の中にはあってしまう。

 しかし、本当の現実の世界というものは、父親は必ず1人だとか、そういうルールは別にない。

 

 ここでしてる考察が全て当たってて、かつ、ききやま様が作者の思ってる通りの人間なら

 たぶんこれは、単なるキャラクターではなくて「世の中という怪物そのもの」みたいなものとして描かれている。

 つまりそれは、鳥人間と同じくらいには「俺達そのもの」として描かれている。

 鳥人間が個人としての俺らの性質なら、赤の王様は集団としての俺らの性質なのだと思う。

 

 

  ・赤の王様が被っているもの

 王冠。

 その人の特別な地位を示すもの。

 

 ゆめにっきは何となくの雰囲気ゲームではない。

 書かれているもの全部に意味があり、本当はもはや、社会風刺と言えるような事すらやっている。

 なので、こいつが謎に王冠を被っている(ように見える)事にも、おそらくちゃんと意味がある。

 

 たぶん、権力欲とか名誉欲とか支配欲とか金銭欲とか、そういうものを表している。

 「キュッキュくんの向こう側で、数字の世界で本当に渦巻いているもの」が描かれている。

 窓付きはおそらく、電灯の世界ででんとうを使い続ける事で、子供心にぼんやりと、この赤の王様の絵の意味とも向き合い続けている。

 

 

  ・赤の王様の場所に続く扉

 窓付きの部屋の扉と全く同じ模様をした扉。

 「何故この扉はどちらも同じなのだろう?」と誰もが疑問を持つであろうもの。

 そして、その疑問を持った俺達が、ああだこうだととりあえず理由を付けたくなるもの。

 何か理由があると思いたくなるもの。この世とはそうであると誰も思えないもの。

 ……もしかしたら、赤の王様が個人であるというこの小説の設定ですら、ただのそうであって欲しいという作者の願望なのかもしれない。

 

 

  ・赤の王様に会う為の扉のある空間の、背景にある謎の絵

 もう一つの赤の王様の絵。

 遠目に見えている状態の、少しだけマイルドな赤の王様。 

 そしてこれは、夢の入り口の背景にある絵と全く同じもの。

 ……本当は、意味が分かれば、扉の向こうの赤の王様よりもこちらの方がおぞましい。

 

 

  ・夢の入口の背景の絵

 無数の赤の王様が饗宴をしている絵。

 赤の王様達が手を取り合って、窓付きと沢山の扉を支配している。

 つまり、(窓付きから見えている)「この世の形」というものが描かれている。

 

 家のカーペットの絵ではない。

 何となく作者が描いた模様でもない。

 夢を見ている窓付きの姿の絵でもない。

 ……この世の形というものは、常にそこにあるものなのに、誰も意味など分からない。

 

 

 

 

  ・FC世界にいる、話しかけると数字の羅列だけを答える住民

 鳥人間。

 窓付きの心の聖域にすら現れる。

 そして、そこを土足で踏みにじり、仕事の話をしてくる。

 

 

  ・夢の世界にあるベッド。

 基本的には、窓付きが実際に眠った事のある場所にある。

 ただし、数字の世界にある無数のベッドだけは、睡眠以外の目的で使用されている。

 ……たぶん、ここにあるベットはまだ、ほんの一部だけ。

 窓付きがこの場所で何度お客さんと寝る事になったのか。それはもはや、想像する事すら出来ない。

 

 

  ・地獄にいる赤ちゃん

 ほうちょうで刺しても、消えない。

 それでも刺し続けて、刺し続けて、刺し続けたら、足跡通路に飛ばされる。

 沢山の赤ちゃんがいるその場所を、ただ見せられる。

 

 たぶん、窓付きはこれを消そうとしてみた事はある。

 本当に、死に物狂いで、消そうとしてみた事はある。

 だけど、やっぱり窓付きは、そこまで薄情な人間にはなれない。

 

 

  ・あああああああああああああああああああああああああああああああ

 たぶん、日本語に翻訳すれば「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」というような事が書かれてある。

 

 

  ・数字の世界の川のような場所で流れてくる、ハート型に重なっている、魚のような花のようなもの。

 たぶん、マグロ。

 気持悪くも気持ち良くもないという気持ち。

 ……当たってたら、マジで表現のセンスが高すぎる。

 

 

  ・コミケ会場の前にいる人

 店員。

 ねこを使うと、だらしのない顔になって寄ってくる。

 そしてしんごうを使うと、誰かに殴られて顔がボコボコになる。

 ……おそらくゆめにっきの世界には、本当は、ヤクザとかそういうものが存在している。

 

 

  ・ネコイン

 お金。ねこになれば手に入るもの。

 ……その為に、この世にねこを生み出し続けるもの。

 

 おそらくこの世の殆どの人が好きなもの。

 窓付きですら、たぶんある程度は好きだったもの。

 そして、もし嫌いな人がいても、世の中というものからは淘汰されるしかないもの。

 

 

  ・キュッキュ君

 窓付きにとっての、男性器というもの。

 ……この小説ではこう書いたけど、原作だともう少しほうちょうも使ってそう。

 

 ゆめにっきのファンアートでは、キュッキュ君は基本的に、悪者としては捉えられていない。

 むしろ、悪夢を見続ける窓付きを優しく慰めてくれるような、優しくて可愛いマスコットのような存在として扱われている事が多い。

 ……実際のキュッキュ君は、ただの犯罪者で、ただの客ではあったんだと思う。

 だけど、人間というものの性質を考えれば、少なくとも(赤の王様などと比べれば)表面的には、窓付きをただ虐めてくるような相手でもなかったんだと思う。

 

 

 赤の王様には、しんごうなどどうやっても使えない。

 だけどキュッキュくんは、(殆どの場合は)しんごうを使えば止まってくれる。

 だからみんなは、本当はどちらにも立ち向かわなければならないのに、キュッキュくんだけをしんごうを使って虐める。

 確かにそれ自体は必要な事ではあるのだが、過剰な程に、そこまでするかという程に虐める。

 ……たぶんそれは、言葉にすれば、「弱い者苛め」とかそういうものになる(と作者は思っている)。

 

 

  ・コミケの会場の人達

 お仕事の相手。

 たぶん実際は1人ずついる。そして遥かにもっといる。

 しかし、小説本編で書いた理由によって、これ自体は窓付きにとって苦しみの根幹では別にない。

 窓付きはたぶん、我々と同じ世界で生きている。

 けれどおそらく、それと同時に、これが「可哀そうな事」である世界で窓付きは生きていない。

 窓付きは「この世の被害者」であって「性被害者」ではない。

 

 しんごうを使えば、コミケ会場の人達は顔色を変えてピタっと止まる。

 おそらくコミケ会場の人達は、窓付きをそこまで深くは虐めてはいないし、虐められる立場にもいない。

 だから、窓付きを本当に虐めているのは別にこの人達だけではない。

 ……そして、おそらく窓付きは本来、世の中の役に立てる事を誇らしく思えるような人なんだと思う。

 

 

  ・ゆめにっきの性的要素

 たまに「ゆめにっきには性的要素などない」という人達がいる。

 しかし、ある。どう考えてもある。

 この世界の意味など何も分からなくても、明らかに、そう描かれているとしか思えないものが幾らでもある。

 

 「なんでも性的なものにこじつけるのは安直」「浅はかで、不快」「ただその人達がそう思いたいだけ」

 ゆめにっきの性的要素を否定している人達は、そういう事を、よくセットで言っている。

 ……だからたぶん、その人達は、現実の世界でも包丁無双をした事がある。

 

 

  ・包丁無双

 おそらくコミケ会場に入った人は、みんな包丁を使いたくなる。

 この人達をとりあえず殺してみたくなる。

 そして、この人達を殺してこの部屋の奥へと進む事に、何か意味を見出したくなる。

 しかし本当は、そんな事に意味なんてない。そんな事をして浮かび上がる世界の真実など別に何もありはない。

 

 窓付きは間違いなく、この世というものに苦しんでいた。

 しかし窓付きは、この部屋の存在自体に苦しんでいた訳ではない。

 「お金稼ぎゾーン」としてこの場所を喜々と否定する事しか出来ない人は、きっとこの世の本当の形を知る事は出来ない。

 

 人は分かりやすいものを求める。

 そして、自分が見たいだけのものを求める。

 youtubeのサムネは赤文字でインパクトのある事を書かないと再生数が伸びない。

 ……けれど、本当に世界の形を知りたいなら、目先の欲求に突き動かされてはいけない。

 言葉の大きさに惑わされてはいけない。

 手に入るコインにも惑わされてはいけない。

 本当の人の世のおかしさとは、何となく倒したくなる雑魚的を倒せば晴れるようなものではない。

 「窓付きは風俗嬢だから苦しんでいた」

 言葉でそう言うのは簡単だし、おばけの世界はきっと何時だってそういう分かりやすい言葉だけが独り歩きしていくだろう。

 しかし、本当は何時だって、この部屋の奥にある青い出っ張りすら、世界をちゃんとありのまま見つめないと全然見当外れなものにしか見えない。

 

 ……というような事を、おそらく、ききやま様は考えていたのだと思う。

 

 

  ・包丁無双の途中で見える、地面から生えている謎の青い出っ張り

 キュッキュくんの頭。

 正解というものの断片。

 多くの人が存在を否定したいと思っていた、「ゆめにっきの性的要素」というもの。

 

 

  ・包丁無双を終えたら見れる、青い出っ張りの正体であった謎の狐のお面。

 不正解という概念。

 人が、何故か、みんな見たくてしょうがないもの。

 ゆめにっきというゲームの謎解きが、こんなにも、有り得ない程に難しかった理由。

 

 (20年前当時の)ききやま様はたぶん、世の中というものがあまり好きではない。

 そしてそれは、このような分かりやすい社会の闇のようなものがあるから嫌いなのではない。

 もっと根本的な、人間とか、世の中とか、そういうものの性質のようなものが、おそらくあまり好きではない。

 ……だから、たぶんそれもあって、本当に執念のような何かでこの作品を作ったんだと思う。

 

 

 

 

  ・タンスの中の窓付き

 自分について思い悩んでいる自分。

 そして、苦しみ慣れている場所から離れたくない自分。

 

 この子がいるから、窓付きは死に向かうまで電燈の世界に閉じこもり続ける。

 しかしそれでも、この子を殺されたら、おそらく窓付きという人間は完全に壊れてしまう。

 ……ここに閉じこもり続ける事が人間にとっての正解なのか。それはおそらく、人によって違うから、分からない。

 しかし少なくとも、ここからは自分の意思で出なければ意味がない。

 善意というものがあるならば、この子は他人が無理やり引きずり出すような存在ではない(と思う)。

 

 

  ・地獄の十字路にいる窓付き

 自分を見ている自分。

 おそらく、「自分の抱いている内面的幸福度を評価している自分」みたいな概念。

 

 これに直接会える人は、おそらく少ない。

 だから人というものは、簡単に自分に嘘をついて、誤魔化す。

 数字の世界のようなものに対して、ただほうちょうやしんごうだけを振り回して、そういう事で悦に浸るだけの一生を過ごす。

 

 しかしそれでも、本当はこの子は、何時でも心の中というものに存在している。

 だから、他人に好かれようと思って自分を捻じ曲げる程に、人間は自分というものからは逆に嫌われてしまう。

 どれだけお金持ちになっても、どれだけ誰も逆らえない程偉くなっても、この子だけはそういう事では自分には懐いてくれない。

 だから窓付きは、この子に愛される為に、どれだけ惨めで苦しくても頑張って色んな事を考え続けている。

 ……たぶん、おそらく、そのような存在。

 

 

  ・十字路にいる窓付きと重なると、窓付きの色が白黒になる理由。

 白黒の世界が白黒な理由と同じ。

 「自分を見ている自分」を自分の奥底に閉じ込めてしまうから。

 ……つまり、それをする事よって、「自分の心の封印」という作業を行うから。

 

 おそらくそういう事をすれば、窓付きは嫌な事を感じずに済む。

 しかし、それをした先には、窓付きという人間には何も残らない。

 窓付きにとって哲学とは己の存在証明そのものなので、窓付きはどれだけ苦しくても、自分について考え続ける事を辞める訳にはいかない。

 

 

  ・窓付きの服に付いている窓

 たぶん、後述する★でんとう★と近しいような概念。

 窓付きが物事の本質を見ようとしている事の比喩。

 「この女の子は窓を閉じずに心で物事を見る事が出来る」的な描写。

 

 

  ・窓付きの服に付いている窓の模様

 ■ ■

  ■  

 ↑こんな感じの顔をしている。

 色々ショックを受けつつも、それでも世の中というものを自分なりに見つめ続けている。

 

 

 

 

  ・花

 空中庭園の彼岸花しか出てこない。

 窓付きの世界には、おそらく、花はあれしかなかった。

 

 

  ・食材や料理

 一切出てこない。

 食欲とかも全くない。(ふとるのエフェクトがあるが、あれはおそらく、そういうものではない)

 窓付きは肉体的には普通の人として描かれているので、おそらく、味覚障害とかそういうものは持っていない。

 なので(ゲーム的な都合でなければ、)たぶん窓付きは、お腹を空かせた事がなく、その代わりに食事の味というものをまともに感じた事がない。

 

 

 

 

  ・NASU

 現実の、窓付きの部屋に置いてあるゲーム。

 ナスが落ちてきて、それを食べる。それだけ。

 

 この世界は、おそらく、全てに意味がある。

 ……意味がないという事に気付く事にも、意味がある。

 つまり、おそらくNASUは、この世界の「意味がない一面」というものそのもの。

 ききやま様が表現したいものは、自動販売機などと同じで、虚無感。

 「面白くないものは面白くないよね」という、それだけのゲーム。

 

 本当の現実のNASUは、たぶんもうちょっと面白い。

 そして、NASUではないNASUは、これとは比べ物にならない程に面白い。

 ……おそらく、だからこそ、それは時々、恐ろしい。

 

 

  ・NASUのゲーム内容が表しているもの

 NASU=鳥人間

 落ちてくるナス=(死が救いである)窓付き

 食べられたナス=蝋燭の世界で神速鳥人間に捕まった窓付き

 地面に落ちたナス=鳥人間から見たエンディングに辿り着けた窓付き

 ゲームオーバー=窓付きの死によって、大切なものを失った変わりにこの意味のないゲームを終える事が出来た鳥人間

 

 

 ・NASUを始める時に表示される説明文

  ・ファミリィゲーム・

 NASU(落ちてくるナスをジャンプでGETするゲーム)

 プレイしない

 

 

  ・NASUを始める時に表示される説明文の意味

 ファミリィゲーム=ファミリィ(家族の)ゲーム。ファミコンのパロディという意味ではない。

 NASUしかない理由=鳥人間と窓付きの関係性。

 落ちてくるものが茄子な理由=苦いから。本当は、鳥人間も苦しんでいるから。

 

 

  ・NASUのハイスコア

 中身のない執着心。

 別に意味のない数字。

 それなのに何となく高めたくなる数字。

 鳥人間が囚われ続けているもの。

 そしておそらく、この世の無数の人々が囚われ続けているもの。

 

 

  ・NASU頭モード

 資本主義の豚的な存在。

 完全に頭がナスになってるので、ナスを食べるとボー茄子が湧いてきたりして、ゲームが面白くなっている。

 ……たぶん。

 

 

  ・ネオンをくれる人がNASUな理由

 意味がないから。

 

 

  ・いすに乗ったまま移動

 「安楽椅子に乗っているだけでは、人は真実に辿り着く事は出来ない」

 ……みたいな感じ。たぶん。

 「こんなものにまで一々意味はないだろう」とか、そういう常識は、たぶんこの作品の中ではあまり通じない。

 

 

  ・夢の中でテレビを調べた時に表示される目

 鳥人間。

 「死体さんが死んだ事に悲しめなかったお前は苦しみ続けないといけない」という目。

 鳥人間は、窓付きの夢の中で最も何処にでも出てくる。

 

 

  ・カリンバ(テレビがたまになるアレ)

 嘘吐き。

 ゴキブリ猫の群れ。

 作者も含めてみんなが大好きなザ・おばけ。

 たぶん、これがちゃんとおばけに見える事こそが窓付きの本当の凄さ。

 しかし、その凄さは悲しい程に、この世で生きていく事には全然必要がない。

 

 窓つき=そうつき=うそつきの反対……。

 そもそも本当は、狂ってるのは常に俺達の方で、窓付きの本当の名前はききやま様だけは最初からずっと「そうつき」だと思っている。

 ……とかだったら、もうね。

 

 

 

 

  ・トクトくん

 生理。

 次の処刑の始まり。

 「これが生理に見える奴は狂ってる」というのが普通の人間。

 「これが生理に見えない奴は狂ってる」というのがこのゲーム。

 

 「下品」「幼稚」「これがそう見える人は気持ち悪い」

 ……たぶんそういう事を考えながら生きていくのが、人間の一生。

 「何故そういうものがここにあるのだろう?」

 ……たぶんそういう事を考えて欲しいというのが、このゲームの想い。

 

 

  ・デパートの病院の外にいる人達。

 中絶をしにきた人達。

 窓付きと同じ病院に行こうとしている。

 後ろめたいので、話しかけると慌てたように逃げていく。

 

 世間の人達からは、たぶんこの人達はおばけにしか見えない。

 しかし、窓付き視点では逆に、この人達だけはまだ比較的人間味のようなものを感じる事が出来ている。

 

 しんごうを使うと、皆、とても困ってしまう。

 人間には弱みというものがあり、どうしても付け込まれたくない部分がある。

 ……面白がってこのような場所でしんごうを振り回していたら、きっと、人としての何かを失う(と思う)。

 

 

  ・コンクリート廃墟にいる、青いドロドロした3つの何か。

 車に轢かれた死体さん。

 茄子を食べようとしている鳥人間。

 今はもう寿命を迎えて天国にいる歯軋り。

 ……の3人。たぶん。

 

 

  ・電車の扉に書かれている模様

 左(行き)の模様が学校。

 右(帰り)の模様が腹の中。(赤い大きな顔に食べられる場所)

 それぞれが、窓付きにとっての憧れと現実を表している。

 

 

  ・まじょが手に入る枯れ木

 絶望感。

 この世に対する失望感。

 希望の葉っぱが全て枯れ落ちた嘆きの朽木。

 ……そういうものな筈なのに、それでもまだ、★まじょ★が手に入るもの。

 

 たぶん、この木や★まじょ★のエフェクトには、(作者の想像が合っていれば、)20年前のききやま様自身がこの世に抱いていた感情ようなものが描かれている。

 しかしそれは、本当にこの作品を最後の最後まで考察した上で妄想まで交えないと語れないものなので、詳しくはこの考察集の最後の所に書く。

 

 

 

 

  ・下水道のゴミ袋

 2ちゃんねらー。

 ほうちょうで刺したら面倒そうな顔になる。

 地下世界が謎の炎上をしていたのは、もしかしたら、窓付きが1度これをほうちょうで刺してみたからなのかもしれん。

 

 

  ・下水道のどぶ溜まりに低確率で現れるおばけ達

 ぽまえら。

 うpされた窓付きの絵を低確率で見てくれる人達。

 「頑張った自分が報われて欲しい」という気持ちに答えてくれるもの(だと思ってます)。

 たぶん、こいつがSSRだったらセコムマサダ先生になる。そして、ヌクモリティをくれる。

 

 

  ・ブロンドとロングヘアーをくれる口

 口コミ。

 たぶん、自動販売機と同じような性質のもの。

 この2匹がくれるエフェクトが、たぶん、窓付きのエフェクト達の中で一番何の意味も持たない。

 ……しかしたぶん、(この考察の最後の方で詳しく書くが、)これが意味がない事に気が付く事には意味がある。

 一概に悪いものではないが、その為に血だまりを作っていいのかまでは所説ある。

 

 

  ・地下世界の炎上

 炎上。

 ききやま様が起こさないもの。

 窓付きはたぶん、下水道にある絵を頑張って書いていた。

 頑張り過ぎていて、だから、ついゴミ袋を刺してしまったのだと思う。

 

 ぼうしとマフラーは外に出たい気持ち。それが、溶ける。

 この先を見るのには、でんとうとはまた少しだけ違うものが必要。

 

 

  ・寝て起きたら炎上してた先にいた、うんこヘアーをくれる口

 さてはアンチだなオメー。

 ……この考察の最後の方に書くが、たぶんここで貰えるエフェクトだけは、人間にとってそこそこ意味はある。

 

 

 「こびと」になれる事の凄さが何も分からない人達。

 「きょじん」になる事が偉い事だと思っている人達。

 恥ずかしい事が恥ずかしくなくて、恥ずかしくない事が恥ずかしい人達。

 ……そんな悲しい人達だと、作者は思っている。

 しかしそれでも、(作者も含めて)人は何故か、どうしてもこういう事を辞められない。

 

 

 

 

  ・セコムマサダ先生の弾いている大きなピアノの隣にある箱

 荒野に無数に転がっている箱と同じもの。

 おそらく、窓付きのなまくびだったであろう箱。

 セコムマサダ先生によって浄化されて、何もないただの真っ白な箱になっている。

 

 

  ・宇宙船の奥にあるベット。

 窓付きとセコムマサダ先生が何度もセックスをしたベット。

 ……だぶん、流石にこれだけは、誰でも何となく意味が分かる。

 そしてそれを、認知的不協和なども(深くは)起こさずに、「それでも窓付きにとっては何か暖かいものだったのだろうな」と感じて受け入れられる。

 

 

  ・セコムマサダ先生と★しんごう★

 セコムマサダ先生は、しんごうを使うとちゃんとベットの反対を向いてくれる。

 これが出来ない人は、(例え自分を正当化したくても、)セコムマサダ先生ごっこは出来ない。

 

 

  ・どしたん話聞こかおじさん

 ツイッターなどで女の子が「家出をしたい」と言えば、自然と集まってくる人達。

 おそらく、自分を良い人だと思っている。

 セコムマサダ先生は、おそらく、こういう人達ではない。

 

 

  ・宇宙船の入り口にある、もっこりした何か

 たぶん、キュッキュくんの頭。

 人間とはそうなのだろうけど、だからこそこのシーンは熱いのだろうだけど、それでも違うって信じてるからね、セマダ先生……。

 

 

  ・センチメンタル小室マイケル坂本ダダ先生

 ロリコン。

 下手をすれば、誘拐犯。

 おそらく、あのベットで窓付きとセックスはしている。

 たぶん、捕まってお昼のニュース番組などで紹介される時は、性犯罪目的の児童誘拐犯としてだけ紹介されるような人。

 そしてインターネットでは、jcとオフパコして捕まった伝説の2ちゃんねらーとして飽きられるまでおもちゃにされるような人。

 ……しかしそれでも、窓付きにとっては、本物のヒーローそのものだったであろう人。

 

 タンスの中の窓付きを無理やりにではなく連れ出せる人。

 ロリコンという意味ではまともではないだろうが、しかしそこまで含めて、たぶんあの世界で一番窓付きを救える可能性があった人物。

 ……唯一ほうちょうでリアルな反応をするのは、窓付きから、全部のたまごをぐちゃぐちゃにしたものを吐き出されたりしていたのかもしれん。

 

 この小説では(考察が浅い時期に書いたので)あんな風に書いたが、たぶん、実際はもっと色んな背景がある。

 そしてたぶん、檻の中か東京湾の底か、そういう所に今はいる。

 しかし、おそらく、火星さんに会う為の最大のヒントを窓付きにくれた人。

 ……たぶん、火星でねこを使ったら大量のUFOが飛んでくるのは、鳥人間が嘘をついている事をこの人が教えてくれたから。

 窓付きが、本当はどのような事に悲しめる人間なのかを、あの大きなピアノで教えてくれたから。

 

 窓付きが様々な人から託されていたバトンの、最も大切な部分を繋いでくれた人。

 この人がいたから、ついに、窓付きは火星さんに会えた。

 

 

 

 

 

  ・目玉の世界の背景にいる鳥人間の、口から生えている棘

 「お前は死体さんが死んだ事に悲しめなかった」という言葉。

 鳥人間の、自分の悲しみを誤魔化す為の嘘。

 窓付きという人間の心をバラバラに引き裂いてしまったもの。

 

 

  ・火星でねこを使えば現れる大量のUFO

 セコムマサダ先生が存在を証明してくれた、両親が事故死した事への悲しみ。

 「私の中にはこれがあるのに、死体さんが死んだ事に悲しめないなんてのはよく考えればおかしい」という気持ち。

 様々なもののせいで奥底に閉じ込められていた、窓付きという人間の本当の心の形。

 

 

  ・常識

 「死に美しさなんてものを感じるのはおかしい」という、世間一般的な共通認識。

 樹海Cの答えや、窓付きが笑顔でキャンプ場に帰ってきた理由を分からなくさせるもの。

 鳥人間の嘘に大いなる説得力を持たせていた。

 

 

  ・★こびと★

 「こびとになりたい」という気持ち。

 マウント欲求の反対にあるもの。

 つまり、(力や名声などではなく)「心の豊かさを追い求めたい」というような欲求。

 ゆめにっきという作品の核心のようなエフェクト。

 

 賛美欲。

 内省性による内面的充足願望。

 目の前の物事から受ける想いのようなものを大きく感じ取る力。

 感受性を研ぎ澄ませて、感動とかそういうものを強く感じ取りたいというような想い。

 感性の鋭さとか、心の繊細さとか、他人を敬い恐れられる気持ちとか、そういうもの。

 

 要するに、「ゆめにっきってなんか滅茶苦茶怖くね?」みたいな気持ちを抱く為のエフェクト。

 「なんでお前らこれ耐えれるの?俺全然無理なんだけど……」みたいな事を、情けなくても素直に思える気持ち。

 そして、そういう気持ちを抱く事で、「何でゆめにっきはこんなに怖いんだろう?」的な事を深く考える為のエフェクト。

 

 「こんなもんただの精神病患者の落書きでしょw」と切り捨ててしまわない為のエフェクト。

 ききやま様を、ただの意味深なものを作って自己陶酔してるだけのサブカルクソ女的な人だと想わない為に必要なエフェクト。

 (そして、そう切り捨てている人達の意見や存在もまた、簡単に切り捨ててしまわない為のエフェクト)

 

 世界の大きさ(=醜さや美しさ)をありのまま感じ取れる力とか、たぶん、そういうもの。

 

 

 ゆめにっきの劇中では別にそんなには使わないエフェクト。

 しかし、現実で、俺達に、本当は滅茶苦茶必要だったエフェクト。

 ゆめにっきという作品の意図を理解したい場合、毎回毎回、死ぬほど酷使させられる事になるエフェクト。

 ……たぶん、ききやま様という人間は、本当に狂ってるくらいこれを大量に持っている。

 

 

 おそらく多くの人は「こびと」ではなく「きょじん」になりたがる。

 己を戒めて他人を敬うよりも、偉そうにして自分を大きく見せたがる。

 そしておそらく、悲しい事に、この世で生きていく為には「きょじん」になった方が遥かに効率は良い。

 心の豊さなんていう意味のないものよりも、物理的な力や物質的な豊かさなどを追い求めた方が、悲しいくらいにこの世という場所は生きやすい。

 ……しかしそれでも、火星さんを見つける為には、何故だかこのエフェクトが必要になる。

 

 こびとになって様々な視点を持たなければ、世界は鮮明に見えない。

 しかし小さくなり過ぎれば、世界には簡単に踏み潰されてしまう。

 何時でも直ぐ近くにあるものなので、見つける事自体は簡単だが、捕まえる事は意外と難しい。

 ……たぶんこの小説のポニ子は、まずはこれにならなければならない。

 

 

 

 

  ・火星の穴から漏れ出ているもの

 感情。

 喜びとか、悲しみとか、温もり。

 火星さんに出会う為の、心の道標。

 

 

 

 

  ・火星さん

 窓付きがずっと探していたもの。

 人間の心の奥底にあるもの。

 本当のその人の心の形。自分という人間の、本当の想い。

 ……そしてそれによる、世の中というものに対する、自分という人間が持つべき、正しい認知の姿。

 

 

 「ほうちょうで刺したら傷跡が残るんだー」

 「何か意味深で、綺麗だなー」

 ……とか、そういうどうでもいい事を考えている場合ではない存在。

 

 これはただ綺麗な何かとかじゃなくて、おそらく、人間という生き物にとって最も大切なもの。

 

 「何故、これは泣いているのか?」

 「何故、こんなにも綺麗な場所で、こんなにも綺麗な涙を流しているのか」

 「この隣にある、完全に写実的な姿で描かれている車のようなものは、一体何なのか?」

 「人間の心の奥底。そこには一体、人間にとってどういうものがあるのか?」

 ……本当は、おそらく、そういう感じの事を考えないといけなかった相手。

 

 ゆめにっきは所詮ただのゲームだから、こんなよく分からないおばけは、適当にほうちょうで遊んでからスルーしても問題はない。

 ……だけど、現実では、自分の人生では、人間にとってのこれはおそらくそうではない。

 何処かでこれと真面目に向き合えないと、きっと人間という生き物は、本当の幸せというものを得る事は出来ない。

 きっと、そんな感じの存在。

 

 

 要するに

 「何が自分の幸せなのか」

 「それは何故そう思うのか」

 「そしてその為に、自分という人間は何をするべきなのか」

 みたいな概念。

 ……つまり、ある意味では、「心の迷宮の答え」みたいなもの。

 

 

 おそらく、誰にとっても、この世で最も大切なもの。

 しかし、おそらく、誰にでも見つけられはしないもの。

 見つけていない事にすら、多くの人は、たぶん一生気付けないもの。

 

 ほうちょうで刺しても、これは傷が残るだけで済む。

 しかし、剣などでバラバラに引き裂いてしまえば、たぶんこれは倒せてしまう。

 これをただのおばけだと思って、悪者か何かだと決めつけて、コインなどの為にそういう事をすれば、きっとその時こそ、人というものは完全に自分というものを見失い、壊れてしまう。

 

 

 「窓付きは火星さんを見つけた」という表現は、たぶん、本当に正確な表現ではない。

 窓付きのこれは、正確に言えばたぶん、「バラバラになっていたものが組みあがった」。

 この直ぐ下で解説するが、窓付きのこれは、「鳥人間の嘘」と「それを鵜呑みにしてしまう自分の罪悪感」というものによって、誤魔化されていて、バラバラになっていて、存在する事が分からなくなっていた。

 そして窓付きは、セコムマサダ先生や「こびと」などの力を借りて、粉々に砕け散っているブロックを積み立てるような作業をした結果、それが火星さんの形に組み上がって、その結果によっておそらく心の何が修正された。

 

 だから、窓付きにとっての火星さんに会えた(=自分の本当の想いというものを知れた)というのは、「洗脳が解けて、認知の歪みが直った」というような状態でもあった。

 

 ……この感覚は、何と言うか、人生経験のようなものがないとピンと来ないと思う。

 「常識とか他人の言葉とか目先の欲求とかそういうものの影響で、自分という人間の本質を誤解してしまっていた」

 「そのせいで、自己認識のようなものがバラバラになってしまっていて、自分が心の奥底では何を求めているのか、今までずっと見失ってしまっていた」

 みたいな体験がない人には、たぶん、ノーヒントでこの概念を分かれというのは相当難しい。

 

 しかし、そんなものでも全く遠慮はなく、ゆめにっきはそういう事が分からないと答えが分からないようになっている。

 ……本当に、これ以上に難しいひっかけ問題のようなものは、たぶんこの世にはないと思う。

 

 

 

 ゆめにっきのストーリーに対しての話に戻ると、窓付きにとってのこれは、死体さんに対する窓付きの想い。

 この一連の考察が全て当たってたら、おそらく鳥人間は窓付きを悪魔だと思っている。

 そして自分の悲しみを誤魔化す為に、窓付きが悪魔であって欲しいとも願っている。

 だから、おそらくこういう事を言っている。

 

「お前は悪魔だ」

「お前には人の悲しみや苦しみなんて分からない」

「死体さんが死んだ事を悲しめないお前は一生苦しみ続けないといけない」

 

 そして、窓付きはまだ子供であり、おまけに鳥人間に対して罪悪感も親愛の情も持ってしまっている。

 だから、鳥人間の言う事を全て鵜呑みにしてしまう。

 

「私は本当は悪魔なんだ」

「私は死体さんの死を何も悲しいと思えなかったんだ」

「水溜まりの世界を美しいと思えながら歩けたのは、私が意味の分からない怪物だからなんだ」

 

 そんな事を思ってしまっていたのだろう。

 

「みんなが言うように、私は狂っているんだ」

「だから私は、幸せになってはいけないんだ」

「ギロチンにかけられて、皆に望まれる通りになまくびのままで生き続けたい」

 

 そんな気持ちのまま、長い間生きてきたんだと思う。

 

 

 しかし、本当はそうではない。

 窓付きほど死体さんに救われた人はいない。

 窓付きほど死体さんの死に悲しんでいる人はいない。

 

 だから、心の奥底で火星さんは泣いていた。

 ……こんなにも、綺麗な涙を流してくれていた。

 そして、火星さんを見つけられた窓付きは、自分がそのような人間であった事にもう気付けている。

 

 窓付きは本当は狂ってなどいない。

 ゆめにっきは決して意味の分からない話なんかではない。

 この世の誰も彼女の事を理解出来ないけど、それでも窓付きには、本当はきちんと人の心というものがある。

 

 ……だから窓付きは、蝋燭の世界で自殺を止めようとしてくる神速鳥人間に抗って、おばけの世界というどうしようもない怪物にそれでも立ち向かって、ゆめにっきの本編を始められたんだと思う。

 

 

 

  ・窓付きが火星さんに会う為に、実際にやったであろう感じの事(実際はもっと色々と複雑だろうけど、ゆめにっき風に例えれば)

 

 セコムマサダ先生に会う

 →なんやかんやある

 →セコムマサダ先生に「両親が事故死した事にこんなに悲しめるのに、死体さんの時だけ悲しめなかったなんておかしくね?」的な事を教えて貰う。

 →なんやかんやあって、また一人きりになる

 

 →ねこ使用(セコムマサダ先生の言葉を思い出す)

 →大量のモノクロUFOを見ながら、めだまうで使用(自分が心のない悪魔であるという鳥人間の言葉を疑う。本当の自分というものを思い出し、鳥人間に捕らえられている場所から脱出する)

 →かさ使用(死体さんのいる、自分の心の聖域を思い出す)

 →樹海C到着

 →なまくびを捨てる(罪悪感とかそういうものを、一旦全部忘れてみる)

 →死体さんを見つめる(それを通じて、自分の心の奥底を見つめる)

 →こびとを使う(目の前の物事に対する想いを深く感じ取って、自分の感受性を研ぎ澄ませる)

 →こびとで7人に増える(自分の心を整理して、そこに何があるのかをそれぞれ多角的な角度から見つめてみる)

 →泣いているこびとを見つける(あの日、樹海Cにいた自分の中に、そういう一面があった事に気が付く)

 →他のこびとを全員一旦消す

 →樹海Cにいるままで、「死体さんの死に泣いている自分」にのみ触れる。(火星の小部屋を生成)

 →そうして、(組み上がった火星の小部屋のような場所で、)ただ自分の心のままに、泣く

 →★かせいさん★(=死体さんの死に自分が泣けたという事実。死体さんと共に生きたかったというような想いの形)ゲット

 

 ききやま様「ノーヒントで分かってね^^」

 

 

  ・火星さんが見つめているもの

 死体さんと窓付きが自販機にジュースを買いに行った車。

 本来なら窓付きは、死体さんと共にこの車に乗って、キャンプに戻る筈だった。

 しかし、死体さんは死んでしまって窓付きは子供なので、車はドアが開いたまま車道に放置された。

 

 写実的なのは、電車がそうであった理由と同じ。(窓付きにとっての憧れの対象だから)

 形が滅茶苦茶なのは、憧れがあまりにも強すぎるから。

 周りにあるブロックのようなものは、当時5歳くらいだった窓付きから見たガードレールの高さ。(自販機に続いている道があるので、車が停車している部分の周囲はガードレールがない)

 車が機関車のようにも見えるのは、それが窓付きにって幸せへの機関車だったから。

 

 これが、窓付きにとっての、死体さんと共に生きたかった想いの形。

 

 

  ・火星さんの目の色と、傷跡が残る理由

 目の色は「しんごう」の色と同じ。

 赤色の目は、窓付きにどうか車道に飛び出さないで欲しい気持ち。

 緑色の目は、この車にどうか動いて欲しい気持ち。

 

 「なんであんな事をしたんだ」と自分を傷つけると、どうか車が動いて欲しい気持ちに変わる。

 「お前のせいなんだぞ」と再び自分を傷つけると、どうか車道に飛び出さないで欲しい気持ちに戻る。

 火星さんに傷が2つだけ残るのは、その2つの想い。

 ほうちょうで自分を傷つける度に、涙と共に、それが交互に繰り返されている。

 

 つまり火星さんに傷跡が残るのは、「人間の心には傷が残るから」みたいな、そういう話では別にない。

(現実の窓付きが、実際にこれを何度も何度も傷つけなかった訳がないので)

 

 

  ・窓付きにとっての火星さん(心の迷宮の答え)

 「何が自分の幸せなのか?」

  →(なまくびを辞めて、)死体さんの分まで幸せになる事が自分の幸せ

 「何故そう想うのか」

  →(鳥人間の言っていた事は嘘で、)自分にはきちんと人の心というものがあったから

 「その為に、自分は何をすべきなのか」

  →(例え誰に何を言われようとも、幸せになる為に死ぬなんていう行為が誰にも理解されなくても、)あの赤クラゲに正しく会いに行きたい

 

 ……みたいな感じ。

 これはもう、言葉に出来るようなものでは絶対にないけど、それでも無理やり言葉にすると。

 

 

 

 

  ・空中庭園の夜景

 窓付きにとってこの世の何よりも美しかったもの。

 

 

  ・窓付きの幸せ

 3人でのキャンプ。

 

 

  ・死体さんの幸せ

 窓付きの幸せ。

 

 

  ・鳥人間の幸せ

 NASUを終えられる事。

 

 

  ・ベランダからの飛び降り自殺

 3人が幸せになる方法。

 

 

 

 

  ・FCピラミッドで物悲しい曲が流れていた理由

 あの場所で、楽しいキャンプをしたかったから。

 

 

  ・エンディング曲とFCピラミッドの曲が似ている理由

 それが、やっと見つけた窓付きの幸せの形だったから。

 

 

  ・FCピラミッドとは何か

 本当は、窓付きの全てが描かれていた場所。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  『小説のオリジナル設定など』

  ・この小説

 作者が書いた小説。

 (金銭的事情で)毒親の実家で30歳まで引きこもってた引きこもりニートが、ちょっとだけお金に余裕が出来てやっと一人暮らしを始める事が出来たので、その記念に書いた。

 毎日ゆめにっきの聖地巡礼をしていた気持ちを忘れない為にとか、そういうアレで描いたらしい。

 

 400PVくらい見てくれた。

 評価は1つも貰えなかったが、4つもお気に入りが貰えた。

 有名漫画とかの二次創作ではないし、主人公最強でもないし、誰も見ないと思ってたので、そのくらいでも嬉しい。

 

 

  ・考察を終えてから自作を改めて見返してみて思う事

 たぶん、常人がギリギリ想像出来るような窓付きとポニ子の姿が書かれている。

「ウボァってもしかして俺達の顔なんじゃね?」って部分に100%願望だけで辿り着いてるのは、我ながら凄いかもしれん。

 肝心の窓付きとポニ子の関係性は全然外れてるが、「世の中ってなんかおかしくね?」みたいな思想とかはぼんやりとききやま様のセンスに近づけていて、そこは頑張れてたとは思う。

 

 ……本当はこの妄想小説だけ書いて終わるつもりだったのに、どうしてこうなったのだろう。マジで。

 

 

  ・実際の窓付きとポニ子について作者が今思う事

 普通は誰でも、ゆめにっきという作品を見たら、「ポニ子は内心で窓付きを見下してたのだろうな」みたいな事は思うと思う。

 

 ポニ子はどう見てもリア充的な人で、窓付きはどう見ても対人恐怖症の陰キャ的な人で、だからそういう人間同士の関係性は、普通は、必然的にそうなると考える。

 そして、あの背景の絵になんか特別な意味があるとしても、「マウントガイジ的なアレなのだろうな」「窓付きはこれに苦しめられて、だから耳を塞いだのだろうな」と思うと思う。

 

 「生きてる事の楽しさを説かれていた」とか、マジで、分かる訳ないですききやま様……。

 

 

 

 

  ・この小説の窓付き

 鬼メンタルのメンヘラ。ただし現実に折り合いは付けない。

 たぶんポニ子がラインを越えなければ、おばけだと知った後でもそこそ仲良くは出来た。

 苗字は赤の王様と同じで名前はモノクロUFOが付けたものなので、様々なトラウマを想起させられる自分の本名が好きではない(常人のメンタルだとフルネームを呼ばれただけで発狂する)。

 誰よりもおばけがおばけに見えている筈なのに、それと向き合う事に何故か耐え続けられてしまう、そんな本物の狂人。

 

 

 ……キャラ考察のポニ子の所でも書いたが、この小説は、考察を本格的に始める前に書いている。

 なので、おそらく、実際の窓付きはこういう人間でもない。

 たぶん、これ以上に、もっとどうしようもない程に狂っている。

 そしてそれでいて、礼儀とかそういうのものだけは、もっと遥かにちゃんとしている。

 

 

  ・ききやま様が描いていたであろう、実際の窓付き

 おそらく、「ヤク中で、妊婦で、2ちゃんねらーで、一歩間違えば殺人鬼で、義務教育経験0で、内気で、色々と不器用で、セックスでしか人とのコミュニケーション方法を知らなくて、あり得ない程のメンヘラで、極度の対人恐怖症で、反出生主義者で、世の中そのものを憎んですらいて、自己嫌悪厨で、常に生きていて申し訳ないと思っていて、常に死にたいと思っていて、それにも耐えられなくてただクソまみれになって生きたいとも思っていて、でも心は鬼強くて、前向きさや明るさもあって、ある意味社会経験自体は十分にあって、自制心もあって、礼儀というものも染み付けられていて、猫を被るのも得意で、その上で寂しがり屋で、根は天使のように優しくて、人の尊さというものを誰よりも理解出来て、ただし謎のトラウマのフラッシュバックで直ぐ発狂して、そして背後には全てをニュースに出来ない程の社会の闇が付いている」というような人物。

 ……日々をどんな顔をして生きているのかとかは、マジで、想像も付かない。

 

 

  ・この小説のポニ子

 クソガキ。そしてマウントガイジ。でも厄介な事に育ちだけはいい。

 その時その時で何となく恰好良いと思った事を言っているだけなので、良い事は言うが自分が何を言ったのかは直ぐ忘れる。

 人目ばかりを気にしている癖に深い所で他人というものに興味がないので、良い子ぶってる割に窓付きの境遇を平然と放置出来る。

 本当は何者になりたい訳でもないのに、自分を何か特別な人間のようにも感じていて、それを否定される事を何よりも嫌い、恐れる。

 ……そんな、たぶん何処にでもいる悲しいおばけ。

 人間を心から好きになれた事は人生で1度しかない。

 

 

 ……全部の考察を終えた後で思うが、本当のゆめにっきの世界には、たぶんこういうキャラクターはいない。

 人間には普通は「きょじん」というエフェクトがある。

 マウント願望とか、意味もなく偉そうにしたい気持ちとか、そういうものがある。

 世の中というものは、実際には、そういう形をしている。

(そしてだからこそ、人には醜さなどがあり、世の中というものは生き辛く出来ている)

 

 しかし、ゆめにっきという作品の中には、その「きょじん」という概念だけは、何故か本当に一切出てこない。

 わざとやってるのか、天然なのかは知らないが、ききやま様は「きょじん」だけはゆめにっきの中に一切映していない。

 だからおそらく、原作のポニ子は、本当は別にこういうキャラクターでもない。

 

 

  ・ききやま様が描いていたであろう、実際のポニ子

 とりあえず、ありえないほど優しい。

 

 

  ・ポニ子に★ねこ★を使ったら謎の足踏みをする理由

 たぶん、(ゆめにっきのストーリーとききやま様のセンスを加味した上での作者の解釈だと、)ヤりたいけど踏み留まっているから。

 

 

  ・ポニ子と窓付きが知り合った場所

 本当に現実的に考えたら、ネオンの世界である可能性が一番高いとは思う…。

 

 

 

 

  ・鳥人間と窓付きの関係

 描写出来る気がしない。

 とりあえず、親に対して敬語は使ってそう。

 ……下手をすれば、お互いに常にニコニコし合ってて、周りから見れば普通の親子のようにしか見えないように接し合ってる説すらある。

 

「窓付きちゃんご飯よー」

「はーい、お母さん」

「今日は庭でダンゴムシを一杯捕まえてきたの。ちゃんと生きたまま食べてね」

「わーい」

 みたいな。

 

 

  ・この小説の「ゆめにっき」

 どうしようもない特級呪物。

 しかしそれでも、きっと人間には本当は何処か必要なもの。

 

 

  ・この小説の30歳ポニ子

 罪悪感と現実逃避と遠い遠い憧れの中でぼんやりと生きてる。

 たぶん社会的にはそこそこ成功しているが、家の中では旦那にDVされてウレションとかしてる。

 

 

 

 

 

  『概念的なものへの考察』

  ・涅槃

 おそらく、窓付きが最後にたどり着いた境地。

 全ての煩悩から解脱した者だけが辿り着ける、人間が本当に目指すべき場所。

 静やかな安らぎの境地。完全なる自由。人の究極の幸せ。……らしい。

 たぶん窓付きは、仏教とか、ブッダの人生とか、そういうものは何も知らないままで、それでも自然とそういう何かに至ったんだと思う。

 

 

 ……作者は昔、youtubeでダラダラ目的もなく動画を見てた事がある。

 そしてその時に、本当に何となく仏教の動画みたいなのに辿り着いて、その時にこの涅槃という概念を知った。

 「ゆめにっきじゃん」と真っ先に思った。

 マジで、感動するくらい、その概念はゆめにっきだと思った。

 

 作者は別に、仏教に詳しかったりする訳ではない。

 しかし、あまりにも「ゆめにっきじゃんこれ……」だったので、涅槃という概念だけは何となく分かる(と思う)。

 そして、煩悩という概念も、たぶんエフェクトという概念と同じようなものである事が何となく分かる(と思う)。

 ……あの時の体験がなかったら、ゆめにっきの答えは今でも全く見つかってないと思う。

 

 

 ききやま様が、「エフェクト=煩悩」として作ってるのかは知らない。

 「ゆめにっきのED=涅槃」として作ってるのかも知らない。

 だけど、概念としてはたぶん、そんなに外れては無いと思う。

 ……そして、(流石に知ってたとは思うが、)もしききやま様が仏教とかを全く知らずにこれを作ってたなら、マジでもう天才とかいう次元じゃない。

 

 

  ・自動販売機

 何となくの幸せ。

 特に何の意味もない、冷たい温もり。

 何でもないものを満たそうとしてくれるもの。その為に、本当は、膨大な対価を求め続けているもの。

 

 みんなが、何時までも、何も思わないもの。

 あれだけの事をされたのに、あんな場所にあるのに、窓付きにすら恐ろしいおばけには見えないもの。

 窓付きにとっての、地獄の象徴。

 

 

  ・エフェクト

 おそらく、煩悩のようなもの。

 人間の欲望。なりたい自分。力の源。苦しみの源。

 「欲求や何かへの憧れ」という概念そのものを、ききやま様がごっこ遊びのような形で抽象化したもの。

 その人をその人たらしめているもの。

 

 たぶん、これを他人に煽られるのが好きな人程、財布の紐というものは緩い。

 だから、世の中というものは「それが君の幸せだ」と言いながら、人間のこれをあらゆる方法で煽ってくる。

 別に一概に悪い物ではないが、おそらく本当は、全てを満たす必要はないもの。

 おばけとして生きている人ほど、捨てるのはたぶん凄く大変。

 

 これを捨てるだけが人生の全てではないとは思う。

 窓付きも何か一つでも歯車が違えば、まじょとかになる為に頑張る人生を送れたんだと思う。

 だから、死にゆく為にこれらを捨てている時の窓付きは、間違いなく可哀そうな人間ではあると思う。

 だけど、本当にこの世で一番哀れな人間とは、一体どういうものなのか。

 正直、自分は時々考えてしまう。

 

 

  ・ウボァのシーンで、窓に浮かんでいる目

 目玉の世界や樹海Bにある目と同じもの。

 鳥人間が窓付きに向けている「死体さんが死んだ事に悲しめないお前は苦しみ続けなければならない」という目。

 ポニ子に命乞いをされると発生するもの。

 窓付きにとっての、生というものの形。

 

 

  ・解脱

 俗世間の束縛・迷い・苦しみからぬけ出し、悟りを開くこと。

 また、死者の霊が修羅の妄執をのがれて浮かばれること。

 ……らしい。

 たぶん、「エフェクトをたまごにして捨てる」という行為の事。

 

 

 ……どうでもいいが、「エフェクトを集めて捨てる事=解脱」という考察をこれまで見た事が作者は(ほぼ)ない。

 仏教とか1ミリも知ら無さそうな外人兄貴が「俺達にはよく分からない解脱的なアレなのか?」という事をほんの僅かに言ってる所しか見た事がない。

 しかし、どう見ても、考えれば考える程窓付きのやっていた事は解脱(的なもの)として描かれていると思う。

 そしてだから、あのエンディングは涅槃(的なもの)として描かれていると思う。

 

 「ただの引きこもりの女の子がそんな意味不明な境地に辿り着いているのはおかしい」というのは、ただの、常識から来る偏見だと思う。

 「悟りの境地に至った結果が(部屋の外に出るという)問題解決ではなくベランダからの飛び降り自殺というのはおかしい」というのは、ただの、願望だと思う。

 

 窓付きは、ポニ子に「死なないで欲しい」と言われた時、あんなにも傷つき苦しんでいた。

 「窓付きに救われて欲しいから、窓付きに死なないで欲しい」

 ……この理屈は、(常識が適用されるような場面であれば正しいだろうけれど、)この場合に限っては矛盾しているのだと思う。

 

 

  ・悟り

 心の迷いが解けて真理を会得すること。

 物事をありのまま見られるようになること。

 自分にとっての真の救いとは何であるかが分かるようになる事。

 (殆どの人間にとってはそうではないだろうが、)その結果、死にたくならないとは限らない事。

 

 今から死のうとしている人が、何かから逃げようとしているとは、限らない。

 それを蔑み憐れんでいる人が、何かから逃げていないとは、限らない。

 

 

  ・現実

 本当のこの世界の形。

 これと向き合えという事が、おそらく、ゆめにっきという作品のテーマの一つ。

 女の子が引きこもって夢を見ているだけの話でも、考察をする事すら無粋に思える程にふわふわとした心の景色だけが描かれているだけの話でも、どれだけ自分の感覚と違うくても、おそらくそれが、本当のゆめにっきという作品。

 

 

 

 

  ・蝋燭の世界にある蝋燭

 煩悩の火。

 エフェクトの輝き。

 ほうちょうで刺したら消えるが、ほうちょうを仕舞ったら直ぐに復活してしまう。

 これを消す為に、窓付きはエフェクトを集めている。

 

 ……たぶん、「死にたいと思うほど逆に燃え上がる」という感じの困った性質を持っている。

 これがそういう性質を持っているから、人はスリルとかを自然と求める。

 自分の周りをイエスマンだけで固めていると、何となく気持ち悪くなってくる。

 「いすに座ったまま移動」だけをしていると、自分が何者なのか分からなくなっていく。

 

 これがそういう性質を持っているから、人は簡単には死ねない。

 人の夢とか、そういうものも簡単には無くならない。

 良くも悪くも、これをほうちょうで消す事は出来ない。

 

 

  ・蝋燭の世界の、火の消えた歩いている蝋燭

 死の足音。

 蝋燭の世界に居続けたら会えるもの。

 窓付きはこれを、きっととてつもなく恐ろしいと感じているが、それでも全てを賭して愛そうとしている。

 

 

  ・神速鳥人間

 蝋燭の世界で鳥人間と敵対した時に起きるイベント。

 鳥人間があり得ない程のスピードになって、窓付きを一瞬で閉じ込めてくる。

 

 ゆめにっき最大のホラーイベントの一つ。

 そして、ゆめにっきのエンディングを見たくない人達の姿。

 たぶん、朝を表しているマップで伸びている大量の手と、同じもの。

 

 

  ・メメント・モリ

 「死を忘れるな」という格言。

 おそらく、ききやま様がゆめにっきという作品を通じて描きたかったテーマの一つ。

 

 

  ・赤クラゲ

 死。

 窓付きが破った最大のタブー。

 おそらく、ゆめにっきで最もおぞましくも美しいおばけ。

 

 ……絶対に、ただ何となくで会いたいと思ってはいけないものではあると思う。

 少なくとも「火星さんに会えていない人」が「卵を捨てないまま」で会いに行って、そして半身不随になるだけで助かってしまったりなどしたら、その先にはおそらく一生、窓付きの以上の地獄が待ち受けている。

 

 しかし、社会というものはおそらく、赤クラゲを善意だけで隠している訳ではない。

「誰かに死なれたら何となく自分が悲しいから」

「国のGDPとかの為に、国民には死ぬまで働いて貰わないと困るから」

 そういう理由で、おばけ達にぼんやりと隠されているものでもあると思う。

 

 そしてその上で、おそらく窓付きは本当に赤クラゲに会えた。

 それを心から美しいと思えて、それへの会い方を正しく理解出来て、そしてこの世で最もおぞましくも美しいおばけを、愛せた。

 ……だからこそ、窓付きが赤クラゲに会いに行ったシーンには衝撃があった。

 そして、こんなはっきり言って意味不明な作品が何故かあそこまで人の心に残り、物議を呼んだのだと思う。

 

 人というのは基本的に、本当は、みんな窓付きよりも、この小説のポニ子の方が似てるんだと思う。

 だから、例え社会がどのような理由で赤クラゲを隠しているのだとしても

 「お前は本当は窓付きじゃないんだから、一律に全部ダメという風にしておかないと、どうせしょうもない悲劇しか生まない」と言われたら、たぶん反論は出来ない。

 ……結局これも、火星さんと同じで

「窓付きにしか会えない、窓付きだから会えたもの」なのかもしれない。

 

 おばけの世界は赤クラゲのようなものを隠してしまうし、それは色々としょうがない。

 世を儚んでいてばかりいてもそれはそれでどうしようもないし、社会的にはポニ子の方が偉いのは実際間違いないので、もし人間が全員窓付きになったら、逆に社会というものはたぶん崩壊してしまう。

 何が自分の幸せなのか。

 それはやっぱり、結局は自分で答えを見つけるしかないのだと思う。

 

 

 

 

  ・夢

 寝ている間にだけ見れる不思議なもの。

 見る人によって色んなものが浮かぶもの。

 

 「ききやま様は自分の見ている夢を元にゆめにっきを作ったのでは?」という考察は、一番と言ってもいい程よく見かけた。

 その考察は、半分は外れていて、半分は当たっているのだと思う。

 

 ききやま様は明らかに「窓付きというキャラクターの夢」というものを描いている。

 そういう意味では、「自分の夢を描いている」という考察は完全に外れている。

 しかし、「窓付きの夢」というものに(20年前の)ききやま様の実体験が込められているというのも、突き詰めれば、ある程度は的外れでは無いとも思う。

 ……窓付きの夢に本当は家族ばっかり出てきているのは、あるあるというか、ある意味とてもリアルだと思うので。

 

 

  ・夢日記

 付けていたら気が狂うと言われているもの。

 しかしそれでも、窓付きにとっては、自分の心というものを整理する為に必要だったであろうもの。

 

 

  ・窓付きの夢

 「心がバラバラに引き裂かれた人間の、心の中」という場所。

 ……ゆめにっきという作品は、本当は、ただただ大真面目に、考えうる限り現実的に、ちゃんとした脈絡を持ってそれを描いていた。

 

 

  ・実存

 本質に先立つもの。

 「まずは最初にこれがある」と言われているもの。

 これがあって、分子とか粒子とかがあって、その上で人間の脳みそはあると言われているもの。

 しかし、人間は所詮ただの動物でしかなく、目と耳と脳しか付いていないので、本当はある程度しか知覚出来ないと言われているもの。

 

 世界の真実。

 科学というものが解き明かした、心というものを度外視した世界の形。

 間違いなく普遍的なルールだし、決して無下にしてはいけないが、それでもたぶん、(人間にとっては)これだけが世界の全てでもないもの。

 

 

  ・心象風景

 人間が本当に見ている景色。

 脳という欠陥だらけの器官で物事を知覚しているだけの人間という生き物が、本当に見ている世界の形。

 植物の葉っぱが本当は全然緑色ではなかったりするアレ。

 

 ゆめにっきという作品に描かれているもの。

 語りえないから、科学とか哲学とかそういうものでは解き明かせないと言われているもの。

 ……そういうものを描いているからこそ、ゆめにっきという作品は、本当に凄い。

 

 

  ・人の心

 目には見えないもの。

 だけど本当は、人の数だけそこに存在しているもの。

 

 物質や物理法則などとは違い、これは簡単には意味が分からない。

 だから人は、頑張らないと、自分や他人が何を考えているのかが分からない。

 だけど、この世界を愛する為には、匙を投げずにこういうものもある程度は理解しなければならない。(と思う)

 

 

  ・この世の形

 「人の心」というものをきちんと加味した上でのこの世界の姿。

 捉え所もない上に理不尽な程支離滅裂で、どんな形をしているのかが全然誰も分からないもの。

 

 あまりにも誰も分からなさ過ぎて、分かった気になっても誰にも咎められなくて、だから自分がそれを分かっていない事すら段々と分からなくなっていくもの。

 だけど、本当に自分を幸せにしたいなら、ある程度は理解しなければならないもの。

 

 ゆめにっきという作品の中で、本当は、作者の執念すら感じる程に描かれていたもの。

 

 

  ・おばけ(窓付きの夢の中に出てくる不思議な生き物達)

 窓付きの脳の電気信号が作り出している幻影。

 実在しないもの。

 しかし、それでも確かに、窓付きの心の中には存在するもの。

 

 どうやっても言葉では語りえないもの。

 だけど、おそらく、窓付きにとっての本当の真実のようなもの。

 

 

  ・おばけの絵

 ただの適当な落書き……では全くないもの。

 窓付きという人間にとっての本当のこの世界の形。

 おぞましく、だけれどどこか愛嬌があり、美しくもある。

 無理やり言語化するならば、「病んでしまうほど繊細で心の綺麗な人にだけ見えるもの」みたいな概念を形にしたもの達。

 

 人間というものは基本的には、嫌な事に対して目を覆っている。

 この世というものを都合よく美化して、その為に色んな事に鈍感になって、適当にただ楽しい事だけを考えて生きている。

 (そしておそらくそれは、生きていく為に必要な行為であって、別に一概に悪い事でもない。)

 

 ……しかし、人の心というものは本当は存在する。

 人の醜さとか、この世のおかしさとか、そういうものは本当は何時でも何処にでもある。

 そしてそれは、純粋な目で客観的に見れば、普通に、おぞましかったりおかしかったりする。

 なので、窓付きの目に見えていたような感じのものは、(結局あれはただの心象風景という概念なので)本当に存在する。

 

 作者も含めて人は簡単にそういう事を忘れてしまうけど、あの変な生き物達はたぶん都会版のトトロみたいなものであって、だからきっと本当は、純粋な目でこの世を見れば今でも何処にでもいるのだと思う。

 

 

 

 

  ・ゆめにっきの正解におそらく近かったのかもしれないもの

 窓付きこの世の禁忌説。

 

 目玉の世界=俺達の世界が明日こうなってもおかしくないもの。

 ゆめにっきの世界観=ただの現実。本当は誰もが知っている、ごくごく普通のこの世界の形。

 宇宙人とか、ただの悪者とか、ただの深層心理的な何かだとか=そんなものはこの話の中には何もない。耐えられない程おぞましいおばけの絵を見た俺達が、自然とそれを求めてしまうだけ。

 数字の世界の意味=俺達が最も正解だと思いたくなかった正解。

 窓付きの本当の苦しみ=樹海Cの答えがおばけ達に分からない事。

 窓付きに悪夢を見せている誰か=世のおかしさや人の心が分からない人達。つまり俺ら。

 赤クラゲ=死の美しさ。

 ウボァ=ゆめにっきを見た俺達の顔。

 鳥人間=「人間は愚かなものです」「特にお前」

 おばけの絵=(窓付きという人間から見た)この世界の本当の形。

 窓付きが部屋の外に出られない理由=逆に考えるんだ。出れてる俺達がおかしいと。

 赤の王様の扉と窓付きの部屋の扉が同じな理由=同じだから。この世とは本当はそうだから。

 俺達がゆめにっきの意味が分からない理由=人間は自分の見たいようにしか世界を見ないから。つまり、ききやま様ではなく俺達が狂っているから。

 

 俺=おばけかなーやっぱりww 自分は思わないんだけど窓付きに醜くおぞましく意味の分からない哀れなおばけに似てるってよく言われるwww こないだゆめにっきに絡まれた時も気が付いたら自分の醜さやそこにある世界の形を誤魔化してて窓付きが血だらけで倒れてたしなwww ちなみに人生もこの小説に書いたポニ子に似てる(聞いてないw)

 

 ゆめにっきの答え=本当は誰も分かりたいだなんて全然思っていないもの。

 あのおぞましいおばけの絵を通じて描かれているもの=皆が目を逸らしているこの世の醜さ。

 この世の醜さを描く事を通じて本当に描かれているもの=そこにある人の本当の優しさと尊さ。

 ……こんなもん分かるかーい。

 

 

 

 

  ・KIKIYAMAHP(ゆめにっき公式ホームページ)のスクリーンショット

 製作者が何となくゲーム画像を並べたもの……ではない。

 樹海Cや浅瀬などの、窓付きが心の強さを手に入れた場所の画像が載せられている。

 そして最後の1枚では、NASUが落ちてくるナスをジャンプして食べようとしているが、タイミングがズレているので失敗している。

 ……つまり、「ゆめにっきのストーリー」というものがそのまま紹介されている。

 

 

  ・物事の真理

 おそらく、本当は何時でも目の前に存在する。

 気づいてさえしまえば、拍子抜けする程に、簡単な場所に存在する。

 それを理解する為には、時には余計な知識も必要なければ、複雑な思考すらも必要ではない。

 しかし人は、どれだけいても、何年かけても、(奇跡的な偶然などがないと)何故かそれを見つけられない。

 

 

  ・人の心

 普通に分かって欲しい人は、普通に口で説明した方が良いもの。

 ……マジで、分かる訳ないですききやま様。

 

 

 

 

  ・目玉の世界にある、血の涙を流しながら微笑んでいるグロテスクな白い生首

 ただのホラー要素……では全くないもの。

 交通事故で死んだ窓付きの父親の、最後の瞬間の表情。

 目と口から血を垂れ流し、それでも最後の力を振り絞り、「産まれてきてくれてありがとう」と窓付きに伝えてくれている。

 

 たぶん、ゆめにっきに触れた誰もが一瞬で目を覆い、己の思考から排除したもの。

 だけど、よく見てみれば本当は、この世の何よりも暖かいもの。

 ……つまり、言語化すれば、「怖くて意味の分からないものを見たくないという認知的不協和を利用した、そこにある優しさに対するミスリード」のような事が行われているもの。

 

 おそらく、俺達がゆめにっきの意味を全く分からなかった理由。

 そしておそらく、ききやま様が、例えこの世の誰にも理解されなくても、執念のような何かで描きたかったもの。

 

 

  ・ききやま様がゆめにっきを通じて本当に描いていたもの

 人の愚かさというもの。

 そして、それを乗り越えた者だけが得られる、本当の人の温もりというもの。

 

 

 ・つまり、ききやま様がゆめにっきを通じて本当に描いていたもの

 世界一解きたくないひっかけ問題。

 そして、それを乗り越えた者だけが得られる、アハ体験(認知過程の完了による感動)。

 

 

  ・つまり……、どういう事だってばよ?

 要するに、「あえて嫌な事と向き合わなきゃ解けない問題を作って、それを解けた人だけが感動出来るストーリーをその先に用意している」……みたいな事をききやま様はしていた。

 

 

  ・ゆめにっきただのひっかけ問題説

 全ての考察を終えた後で思うけど、作者の想像では、正直、たぶんある程度ききやま様は意図してそういう事をやってたと思う。

 

「ひっかけ問題を作る事自体が楽しくなってた」

「ちゃんと答えを用意して作ってるのに、誰も自作の意味が分からないのが面白かった」

 そういう悪戯心みたいな一面は、ぶっちゃけ、ききやま様にはたぶんあったとは思う。

 (そして、それにはっきりとは気付かないまま、ストーリー全体を理解する所辺りまでこの考察を走り終えた自分は、我ながら本当に頑張ったと思う……)

 だけど、ブロック大洞窟とかそういう概念はたぶん、本物に病んだ事があるような人にしか作れないだろうから、ふざけてこの作品を作ってただけみたいな事も絶対に無いとは思う。

 

「この世のおかしさを描きたかった」

 やっぱり見れば見る程、ききやま様はそういう事も考えていたとも思う。

 

 ……人間の心とは常に、一面的なものではないのだと思う。

 

 

  ・バラック集落の民家の中にある、謎のタツノオトシゴみたいなやつ

 そのまま見たら、雨の中で無邪気に遊んでる子供みたいな絵に見える。

 上下を逆さまにしたら、降り注いでる血に発狂してる幼女の絵になる。

 世界一解きたくないひっかけ問題。

 

 

  ・モノ江の笑顔が何となく怖く見える理由

 窓付きが家族の温もりを思い出せないから。

 そのせいで、本当は何よりも暖かいものが、冷たい他人のように見えてしまうから。

 「あえて嫌な事と向き合わなきゃ解けない問題を作って、それを解けた人だけが感動出来るストーリーをその先に用意している」という事がされている。

 

 

  ・バージョン0.09の没データ上にのみ存在する、モノクロUFOのいる場所にある、グチャグチャに混ざり合った2つの首

 モノクロUFOの巨大版。

 顔がぼやけている双頭の何かがいて、頭から大量の血が吹き出ている。

 (没になった構想上での)窓付きの心の中の両親の姿。

 相当書き込まれているが、それなのに、(おそらく)「安直で分かり易過ぎる」みたいな理由で没になった。

 ききやま様の執念をかけた拘り。

 

 

 

 

  ・★ほうちょう★

 攻撃性。

 おそらく、心の弱い人ほど簡単に手に取ってしまうもの。

 そしておそらく、これを手に取ってしまった方が、(法に触れない範囲では)ずっと生きやすいもの。

 

 

  ・★なまくび★

 罪悪感。

 この世の本当の苦しみの形の一つ。

 そして、そんなものなのに、優しい人間しか持てないもの。

 

 

  ・プレイヤーがほうちょうを使う事に段々と躊躇いがなくなっていく理由。

 慣れ。

 悲鳴を聞き慣れるから。

 所詮これはゲームだと割り切り始めるから。

 一線を越える事で、目の前のおばけがただのおばけにしか見えなくなるから。

 

 普通の、正気。

 

 

  ・ほうちょうを持てば夢の住民が全体的に逃げていく理由

 「こんな事をすれば嫌われる」という理性。

 そして、良心と共感性。

 そんな事をしたらおばけさん達が痛そうだから。

 例えプレイヤーはそうしたくても、窓付きはそんな事はしたくないから。

 

 なまくびの素材。

 「人の心」というもの。

 窓付きを窓付きたらしめているものの一つ。

 窓付きという人間があそこまで生き辛い理由の一つ。

 ここまでされてもまだ、窓付きが人であり続ける為に持っている矜持。

 どれだけバラバラに心を引き裂かれても、それでも、火星さんがあんなにも綺麗な涙を流してくれていた理由。

 

 誰も意味が分からない、狂気。

 

 

  ・★ほうちょう★を使う為のキーがエンターキーの理由

 他のエフェクトは全部、テンキーの1で使用する。

 しかし★ほうちょう★だけは、テンキーの1を押しても窓付きがただ包丁遊びをするだけで、何も起きない。

 このエフェクトのみ、使いたい場合は何故かエンターキーを押す必要がある。

 

 ……たぶん、これにすら、本当は意味がある。

 ★ほうちょう★はあくまで遊びの道具であって、エンターキーを押すのは正しい使い方ではないから。

 テンキーの1を押した時の謎のほうちょう遊びは、★ほうちょう★の本当の正しい使い方。

 「横から見たら刺しているように見えるけど、前から見たら本当はただ持ち換えて遊んでいるだけ」というのが、窓付きにとってのこのエフェクトの真の形。

 

 

  ・空中庭園でほうちょうを取り出したら、3人が驚いて必死に逃げ惑う理由。

 窓付きの心が悲鳴を上げるから。

 ここは窓付きにとって最も大切な心の聖域だから。

 ここにいる3人を殺す事だけは、それだけは、どうしても、やめて欲しいから。

 

 プレイヤーにはこのシーンの意味は何も分からない。

 プレイヤーは、窓付きを操作しているだけで、窓付きではない。

 

 

  ・エンディングに向かう為の階段。

 窓付きが用意したもの。

 

 プレイヤーには、このシーンの意味は何も分からない。

 この世界の形も、窓付きがどのような人間なのかも、人というものが何故生きているのかも、本当は何も分からない。

 だけど、それでも窓付きには意思というものがある。

 他人には、他人の心というものがある。

 だから、それを信じるべき時に、きちんと尊重してあげる事さえ出来たら、窓付きを幸せにしてあげる事は、出来る。

 だから後は、その選択は、プレイヤーに委ねられている。

 

 

  ・なまくびEND

 もし窓付きが赤クラゲに会う勇気が持てなかった場合に訪れるであろうエンディング。

 

 子供を堕ろし続ける事に耐えられず、体が完全に壊れて、商品価値がなくなった事で口封じの為に殺されるのか。

 死体さんを裏切ってほうちょうを手に取って、出来うる限り誰かを傷つけた後、一生を牢で過ごすのか。

 何らかの理由で本編時空ではもう「おしごと」をする職場がなくなっているのだとしても、これからはただひたすら、世の全てに怯えて一生を部屋で引きこもり続けるのか。

 何にせよ、一生自分を肯定出来ずなまくびのまま苦しみ続ける事にだけはなると思う。

 

 人間というものは、他人の苦しみなんて全然理解出来ていないし、本当はさしてする気もない。

 その癖、ぼんやりと他人の幸せを願っているつもりにだけはなっている。

 その結果、おそらくゆめにっきを見た人の多くの人は、善意や道徳観というものでこの最悪のバットエンドを望んでしまった。

 

 

  ・エンディング

 現実というものには、本当は、解釈の余地なんてものはない。

 みんなの中で窓付きがどのような人間なのだとしても、実際には、ここにいる窓付きは一人しかない。

 それなのにみんなは、みんなの窓付きを持ってしまっている。

 だから、この世の誰も、彼女の幸せの事など考えてあげられない。

 今こそがそれを最も考えてあげなければならない時なのに、今この瞬間こそ、逆にそれを一番考えられない。

 最悪の場合、パニックになって、もはやそれを理解出来ていない事すら理解出来なくなる。

 

 たぶん、どんな人間でも、窓付きが今から死ぬ事だけは分かる。

 ゆめにっきがただの精神病患者の落書きではなかった事に気が付く。

 窓付きが、全くふざけてなどいなかった事に、やっと気が付く。

 ……そして、死というものが恐ろしく悲しいものだという事だけは知っている。

 知っているつもりになっている。

 だから、怖くなって、悲しくなって、急に命だけは繋ぎ止めようとし始める。

 あんなにも窓付きを苦しめた癖に、まだ飽き足らず、更に窓付きの事を苦しめようとし始める。

 

 窓付きはたぶん、この世の事を恨んではいる。

 正直もう、こんな不条理な世界を憎んでいないなんて事は、あり得ないと思う。

 

 だけどそれでも、窓付きは全てをかけて、そんな俺達というどうしようもないおばけに本気で挑んでくれた。

 世の中に疑問を抱いてくれて、自分について考えてくれて、彼女なりに世界の形を考えてくれて、階段まで自分で用意してくれた。

 だから、きっと殆どの場合、それでもみんなは、朝のマップに描かれている無数の手の中の一つにはならず、窓付きの背中を押してあげる事だけは出来た。

 ……そして、きっと何人かは、それを美しいとすら思ってあげる事が出来た。

 だから、最後まで何も分からなくても、どれだけ彼女の不幸を望んでしまっていても、それでも、「部屋の外に出る」という最悪のバットエンドだけは回避させて貰う事が出来た。

 

 

 俺達はたぶん、ウボァの背景にいた、あのゴキブリ猫と同じ心の形をしている。

 だから、窓付きが死ねば、俺達は悲しい。

 この世界がどうしようもないおばけの世界である事は、たぶん、疑いようがない。

 

 だけど、それでもきっと、この世というものはただおぞましいだけの場所でもない。

 窓付きはそれを、人の心の強さというもので、おばけの世界に打ち勝って示してくれた。

 ……それが、ゆめにっきという作品のストーリーだったのだと思う。

 

 

 

 

  ・エンディング画面で夢の中ではないのに赤クラゲがいる理由

 赤クラゲはただの「死の美しさ」という概念なので、現実の世界にも存在するから。

 

 

  ・エンディング画面でプレイヤーが赤クラゲを鳴らせる理由

 たぶん、「あなたも赤クラゲに触れようと思ったら触れられるんだよ」みたいな話。

 ……マジでポニ子のみんなは真似しちゃダメだからね。

 

 

 

 

  ・ゲームのもくてき(公式サイトより引用)

 とても暗い雰囲気の、夢の中(という設定)の世界を歩き回るゲームです。

 特にストーリーや目的はありません。歩き回るだけのゲームです。

 

 

  ・とても暗い雰囲気の

 言うまでもなく、誰がどう見ても、雰囲気は暗い。

 たまーに「ゆめにっきは鬱ゲーではない」と言うような人がいる。

 しかし、流石にそれは、無理があり過ぎる。

 ……なので、それに相応する何かは、窓付きの身に実際に起きている。

 

 そしてそれは、常人が簡単に想像出来るレベルの可哀そうさではない。

「もしかして窓付きは学校で虐めを受けていたのでは?」というような、生易しいものではない。

「父親から性的暴行を受けていたのでは?」というような想像では、まだ、生易しい。

 常人ではとても描けないような絵がぽんぽん出てくる何かが、窓付きの世界には、必然的にある筈だった。

 

 

  ・夢の中(という設定)の世界を歩き回るゲームです。

 本当にリアルに考えたら、たぶん、夢というものにここまでの意味はない。

 というかそもそも、同じ場所に何度も来れない。

 ……しかし、夢という設定を借りただけのものだから、脈絡がある。

 矛盾も、完全なデタラメも起こらず、歩き回って見えるもの全部に意味がある。

 

 なので考察をする場合は、普通に、国語のテストのように、作者の意図というものを考えなければならなかった。

 ゆめにっきを理解する為に本当に必要だったものは、共感性と客観性とロジックと、ひらめき。きちんと筋道を立てて目の前の物事の意味を考える力。ただの、論理的な思考回路。

 夢占いとか、心理学のうんたらとか、フロイト先生のなんかとか、そういうものの出番は(今回は)なかった。

 

 

  ・特にストーリーや目的はありません。歩き回るだけのゲームです。

 嘘。

 最初から目的はあった。

 だから、つまり、ストーリーもあった。

 ……あるいは、「人生というものには最初はストーリーも目的もなく、なので人は歩き回って、それを見つけて紡がなければならない」とか、そういう話だった。

 

 

  ・作者が想像しているききやま先生像

 ききやま様「ざーこざーこ♡ 自分の醜さも世のおかしさも分からない愚か者♡」

 ゆめにっきファン「バカにするなよメスガキが! 俺達が絶対にゆめにっきの真相を暴いてやる!」

 ききやま様「ふーん、じゃあおじさんこれと向き合えるの?(窓付き売春婦説)」

 ゆめにっきファン「ぎゃあああああ!! く、ま、まだ……」

 ききやま様「じゃあこれは?(足跡通路の胎児全員実在説)(窓付きこの世の被害者過ぎてもはや性行為に嫌悪感すらない説)」

 ゆめにっきファン「うわあああああああ!!(目を覆い、もっと救いのある説を考え始める)」

 ききやま様「やっぱり愚か者じゃん♡ 私がこの世というものに対して抱えている悲しみも苦しみも本当は何も分かろうとなんてしてくれないざーこざーこ♡」

 (※人間の心とは一面的なものではありません)

 

 

  ・想像の余地

 人間は基本的にはポニ子だけど、時々窓付きなので、エフェクトを捨てたくなる時もある。

 

 ……ごめんなさい石を投げないでポニ子の可愛さについて全然関係ない場所で延々と考えててたら変な妄想がたこ風船してきて「もしかしてゆめにっきってそういう話だったんじゃね?」って気持ちを元に本編を見返してたらなんか無い筈のものがそこにあっちゃったんです結局ただ作者がしたい解釈をしてたらなんかそこにこれがあっただけなんです正直ほんとにただの偶然というか作者としても本気で見つける気は別になかったというか自分でも自分なんかがって気持ちはあるから墓まで持っていく事も一瞬考えたけど自分しか知らないのも寂しいしなんかこれはこれであり得んくらい綺麗だったしもう20年くらい前のゲームだし作者が気付けたのは本当にただの偶然だけどたぶん誰にでも気付けるようなものでもないからこの辺で誰かが解いとかないと最悪もう一生スルーされそうだし今から新規で始める人も少ないだろうからもういいかなと思っちゃったんです自分なりにせめて誠意は尽くしたつもりだから許して下さいごめんなさいごめんなさい。

 

 

  ・デパート屋上の黒猫

 朝の、幸せな場所にいる猫。

 (流石にもうここまでくるとただの決めつけだが、)たぶん、ききやま様ご本人。

 本当は自我があり、描きたいものがある。

 だからたぶん、罪悪感とかも持ってる。

 しかしそれでも、窓付きの事を、この世の誰よりも知りたがっている。

 

 

  ・ききやま先生が自作の解説を一切しなかった理由

 (ききやま様は現実の人間なので、胸の内など分かる訳がないが、それでも一応考察すると)

 たぶん、シンプルに、構って貰えるのが嬉しかったから。

 

「ゆめにっきは病んだ人が作っただけのゲームだから深い意味はない」

「皆が自由に意味を見出せばそれでいい」

 ……流石にこれだけのものを作っておいて、そう言われ続ける事に、何も思わなかった事は無いと思う。

 

 本当のゆめにっきには、明らかに、窓付きの寂しさのようなものが描かれている。

 そして、他人の心というものを何も分かろうとしない人々に対する、憎しみのようなものすら描かれている。

「窓付きが死んでしまって可哀そう」

 ……そう言われ続ける事に、こんな作品を作った人が、何も思わなかった訳がない。

 なので、全ての意味が分かった後で改めて考えてみれば、ききやま様はあまりにも意味不明な人物にしか思えない。

 

 しかし、おそらくそれも、ゆめにっきという作品の中に答えがある。

 ゆめにっきで描かれていた実際の窓付きは「ねこ」と「タオル」のエフェクトが、おそらくかなり強い。

 そして、ききやま様がある程度窓付きに自分を投影していたのなら、ききやま様自身もそうだったのだろう。

 そしてその上で、おそらく、「解釈の余地があるゆめにっき」という概念が、ききやま様にとってのねこだったのだと思う。

 

 つまり、ききやま様は本当に「ゆめにっきファンの為の想像の余地」というものを大切にしていて、しかしそこにはただの善意や美学などがあった訳ではない。

 ききやま様は本当は世の中に言いたい事や伝えたい事が山ほどあったが、「ゆめにっきは不気味で意味不明なホラーゲームだから人気がある」という事も分かっていて、誰にも自作の意味が分からない寂しさよりも、色んな人にゲームを遊んでもらえる嬉しさが勝っていたからそうしていた。

 

 

 そして、その上で、ききやま様にはたぶん、自作の意図を解説出来ない事情もあった。

 ききやま様はおそらく、鳥人間というキャラクターの事をプレイヤー自身だと言っている。

 だから「この鳥人間というキャラクターはあなた達自身のifの姿でぇ……」とか、そういう事を自分で口にする訳にはいかない。

 (ききやま様はおそらく、そういう事をすれば最悪、顔絨毯広場に送られて地獄が始まってしまう事になると感じている)

 ゆめにっきのテーマには、ぶっちゃけ、かなり濃厚な読者批判のようなものが含まれている。

 なので、例え言いたい事があったとしても、無言を貫くしかなかった。

 

 

 ゆめにっきの公式ホームページには、左上にネコインの絵が表示されている。

 つまり、ききや様はおそらく、「世の中というものに対してどうしようもなく不条理さのようなものを感じていて、それを形にして世に送り出したいとは思っているが、それはこの世のおかしさとかをみんなに分かって欲しいだけで別に誰かに喧嘩を売りたい訳では微塵もないので、炎上とかそういうものには酷く怯えていた」

 そしてその上で、「色々怯えつつも、ただただ、ききやま様は構って欲しかった」

 ……これが、ゆめにっきというものの、ある意味での真の答えなのだと思う。(たぶん)

 

 

 

 

  ・ゆめにっきの答えについて作者が思う事

 人間は基本的にみんなポニ子なんだから、(ききやま様には悪いが、)本当に深い所では、結局そんなものなんて誰も理解したくない。

 でも、本当にそれを全く考えなかったら、きっと人生というものは何も楽しくない。

 だから、時々思い出したようにだけ考えていれば、そのくらいが結局ちょうどいいのかもしれない。……と自分は思ってます。

 

 

 

 

  ・★タオル★

 孤独感。

 寂しさが満たされる事への憧れ。

 窓付きの原点のエフェクト。

 

 窓付きをずっと苦しめ続けていたものの一つ。

 だけど、窓付きが生きていた意味の一つ。

 そして、人の優しさというものの源の一つ。

 

 

  ・★でんとう★

 勇気。

 内なる嫌悪感や恐怖心に背きたい気持ち。

 そうする事で、暗闇の中にあるものを知りたい気持ち。

 窓付きがおばけの絵を書いてる理由。

 

 たぶん、ききやま様がゆめにっきを作った理由の一つ。

 人間の99%は深い所でこれを持っていないし、その癖ふざけて持っているふりだけをしている。

 本物の狂気であり、本当の正気。

 

 

  ・★かさ★

 メメント・モリ。

 雨の中を歩きたい気持ち。

 そして、死体さんを美しいと思えた気持ち。

 窓付きの心を救い、窓付きを意味不明な人物にしてしまったもの。

 

 生を感じる為の死の形。

 死を愛する為の生の形。

 「死の美しさ」というものを感じたい気持ち。

 俺達がなんとなくゆめにっきを愛してしまう気持ちと同じようなもの。

 窓付きはおそらく、最初から、暗闇の中にこれがある事を知っていた。

 

 

  ・★ふえ★

 シェアハピ欲。他人と幸せを共有したい気持ち。

 ほうちょうを使うと無くなってしまうもの。

 

 ゆめにっきという作品のテーマが「人の優しさ」というものなら、必然的に必ず存在する筈の、「窓付きの優しさ」というものの核が描かれたエフェクト。

 ……つまり、ただ道端に落ちているだけのこれこそが、本当は最も重要なエフェクト。

 

 

 無償の愛というものがこの世に存在する理由。

 人が善行に何の見返りも求めない場合がある理由。

 窓付きを最も苦しめ続けたエフェクトで、窓付きを最も救い続けたエフェクト。

 一番何の為にあるのか分からないエフェクト。一番美しくて暖かいエフェクト。

 これを「てんし」とかじゃなくて「ふえ」にするのが、ききやま様の誰も追いつけないセンス。

 

 ある意味、ゆめにっきの真犯人。

 死体さんが死ぬほど持っていたであろうエフェクト。

 鳥人間ピクニックの所に置いてあったラジカセとか、セコムマサダ先生が弾いていた大きなピアノとかも、たぶん本質は同じようなもの。

 火星さんを調べたら綺麗な音が鳴るのも、「死体さんと幸せを共有したかった」みたいな想いが溢れているから。

 

 この世界はおばけの世界だが、それでもたぶん、大体の人が本当の本当はある程度は持ってるエフェクト。

 このエフェクトに誰も何の反応もしてくれない(ように見えてしまう)事が、ゆめにっきが描いている、この世の一番の悲しさなのかもしれん。

 

 おそらく、権利であって義務ではないもの。

 これを後生大事に持ってたらたぶんききやま様もゆめにっきを口で説明してる。

 だけど、たぶん本当は、吹きたい時にだけ吹けばいいもの。

 他人への期待を捨てても、その人が優しい人間でなくなる訳ではない(と思う)。

 

 

  ・ふえと自販機と解釈の余地が犯人説

 この一連の考察が全部当たってたら、たぶん、ゆめにっきはそういうお話。

 

 

  ・優しさのバトンリレー

 本当の家族→昔の鳥人間→死体さん→窓付きがこの世で出会った無数の人々の、本当はただおぞましいばかりではなかったであろう一面→セコムマサダ先生→ポニ子→ゴール

 

 

  ・中絶部屋

 この世の最大級のタブー。

 鳥人間にとっての究極の愉悦。

 タオルを巻いても、くしゃみが止まらない場所。

 しかし、ききやま様曰く、窓付きがふえを見つけた場所。

 

 

  ・ふえの人を殺したら曲がなくなってしまう理由

 ★ふえ★を大事に出来なくなるから。

 そうなると、必然的に、この世界を愛せなくなるから。

 ききやま先生なりの、常識や法律や天国地獄などの概念を抜きにした、「何故人を殺してはいけないのか?」の答え。

 

 死体さんが命を使って、窓付きに教えてくれた事。

 窓付きの世界が、それでも、どこか暖かみに満ちている理由。

 

 

  ・★おに★

 怒り。あるいは自己中心性。

 イライラしてる時にゲームで雑魚敵を倒せば救われるような類の気持ち。

 窓付きの世界では、比較的穏やかな曲が流れる場所で、ねこを被れば大きくなるキノコ達と戯れてたりしている。

 

 たぶん、ふえの反対にあるもの。

 だけど、たぶんふえと同じくらい、人間にはある程度は必要なもの。

 鳥人間は悪いおにだけど、この世界にはおそらく、そんなに悪くないおにも沢山いる。

 窓付きの苦しみはたぶん、おにがいる事自体ではなく、ふえが誰にも聞こえない事。

 

 

  ・かさを使って雨が降っている時に、おにで雷を鳴らせる理由

「死体さんは本当は贖罪なんて望んでいないのに、なんでそれが分かってくれないんだ」という気持ち。

 FCピラミッドに1/8の確率で小さな鬼がいる理由と同じ。

 本当は、窓付きは怒ってもいるから。

 窓付きにはきちんと人の心というものがあるから。

 

 

 

 

  ・★ねこ★

 猫を被る事。それによって可愛いがって貰う事。

 招き猫になる事。それによって商売を繁盛させる事。

 可愛い存在になる事への憧れ。周囲からチヤホヤされたいという願望。

 社会性というもの。

 そして、本当の自分を偽る行動。

 

 人が意味もなくひっかけ問題を作る理由の一つ。

 アイドルに処女であって欲しい理由の一つ。

 窓付きちゃんにビッチであって欲しくない理由の一つ。

 「俺はききやま様と窓付きの事を信じてるぜ」という感じのノリで、みんなが窓付きの幸せを願っているのに願えなかった理由の一つ。

 数字の世界を否定すればとりあえず世界は平和になると思ってしまう理由の一つ。

 

 人が、自分の事を好きになれる理由の一つ。

 人が、他人の事を好きになれる理由の一つ。

 人が、人の醜さを見たくなくなる理由の一つ。

 人が、人の事を愛せない理由の一つ。

 ゆめにっきの中で最も頼もしく、最も恐ろしいエフェクト。

 

 

 おそらく、実際には窓付きが(なまくびを除けば)最も多用したであろうエフェクト。

 ねこを使えば、本当に様々な場所で、様々な人達が反応してくれる。

 おそらく家出中だったであろう電車の中や、樹海の沼でも、それぞれがリアルな反応をしてくれる。

 デパートの中絶部屋ですら、リアルな反応をして貰える。

 

 たぶん、この世の美しさの一つ。

 だけど、窓付きの苦しみの原因の一つ。

 人はおそらく、こうしないと、基本的にはあまり美しくはならない。

 誰からも可愛がられるようにはなれない。

 鏡を見る事にすら、耐えられない。

 

 たぶん、一概に全てのねこが悪い訳ではない。

 中には、ただ輝いているような、素敵なだけのねこもある。

 だけど、生きていく為にどうしようもなくこれが必要な事は、間違いなく、この世というもののどうしようもない苦しさの一つ。

 

 

  ・★かえる★

 自然に帰りたいという想い。

 ありのままの自分で生きたいという気持ち。

 たぶん、ねこの反対にあるもの。

 

 ゆめにっきの作中で、唯一入手場所が複数あるエフェクト。

 1匹目のかえるにも2匹目のかえるにもストーリー的な意味があるから、そうなっている。

 1匹目のかえるは、おそらく、ちょっとしたキャンプを楽しみたいという想い。

 2匹目のかえるは、おそらく、本気で全てを捨てて野生に帰りたいという想い。

 ……窓付きはおそらく、そのどちらも、最終的には失敗している。

 

 人類というものが捨ててしまったもの。

 だけど、今でもちょっとだけは持っているもの。

 おそらく、これから先、時代が進む毎に更になくなり続けていくであろうもの。

 この世というものがどんな場所に行こうとしているのか。それはまだ、誰にも分からない。

 

 

  ・★ふとる★

 母性。

 妊婦としての願望。

 中絶をしたくないという気持ち。

 窓付きはおそらく反出生主義のようなものに目覚めているが、それでも、それなのにこれを持っていた。

 

 この状態でテンキーの1を押すと、お腹がグーとなる。

 ……どうやっても、このエフェクトは、ただ作者がふざけているようにしか見えない。

 頑張っても、「窓付きはお腹が空いていたのかな?」という風にしか思えない。

 普通にこのゲームをプレイしていたら、何をどうやっても、「お腹の中から赤ちゃんの声が聞こえてきている」なんて事は思えない。

 だからこの世界は、何も説明してくれない癖に、ありのままの自分の感想というものだけでは、むしろ解釈がズレていくだけで、正解というものに辿り着く事は絶対に出来ないようになっている。

 

 ……流石にたぶん、ききやま様は、それをわざとやっていたのだと思う。

 

 

  ・★しんごう★

 理性。あるいは倫理観。

 ルールを守りたい気持ち。

 そして、ルールを守らせたい気持ち。

 ふえでもあり、ほうちょうでもあるもの。

 

 数字の世界を否定するもの。

 しかし、おかしな事に、数字の世界の中でこそ最も尊重されていたもの。

 今日も様々な形で、この世の無数の人々を救い、そして苦しめ続けているもの。

 ……このエフェクトを本当に正しく扱うのは、たぶん、途方もなく難しい。

 

 

  ・★のっぺらぼう★

 2ちゃんねらーとして過ごしたい気持ち。

 SNS欲。匿名キボンヌしたい気持ち。

 

 ……本当は、ききやま様も普通に持っていたであろうエフェクト。

 ツイッターとか、youtubeのコメント欄とか、今でもそんな風に形を変えて、この世界というものにあり続けているエフェクト。

 

 

  ・★ネオン★

 どうしようもなくふざけている人か、どうしようもなく不幸な人が抱く願望。

 一時だけ幸せになれる、中毒性のあるお薬を求める気持ち。

 盾民族の世界にいる、ネオンの盾民族を増やす為に必要だったのであろうもの。

 

 ……俺達はたぶん、窓付きではない。

 だからたぶん、社会の都合とかそういうものではなく、本当に、こういうものに触れてはダメ。

 

 

  ・★めだまうで★

 たぶん、良心と呼ばれるようなもの。

 鳥人間の事を抜きにした、窓付き自身があのトラウマを忘れたくない気持ち。

 俺達がモノ子の事を恐ろしいとも可愛いとも思う気持ちと、同じもの。

 モノクロUFOやモノ子ドンドコに、窓付きがあそこまで苦しむ事が出来る気持ち。

 

 本当の家族。

 人の愛。

 この世の温もり。

 ……そういうものを、それでも、忘れたくない気持ち。

 

 おそらく、最もゆめにっきにしか描けないエフェクト。

 果てしない苦しみの源なのに、心の牢獄から脱出する為のただ一つの鍵だったもの。

 どうしようもない、人の心の脆さの一つ。

 だけど、どうしようもない、人の心の強さの一つ。

 

 

 世の中の人は、単にほうちょうとかそういうものを、人の狂気というものだと思っている節がある。

 しかしたぶん、本当の人間の狂気とは、必ずしもそういうものではない。

 常人に理解出来ない感情が、必ずしも他人に害を及ぼす訳ではない。

 誰も理解したいとすら思えないものが、ただ己に害をなすだけの、利己的で冷たいものであるとは、限らない。

 

 というかそもそも、(ぶっちゃけ作者はつくづく思っているのだが、)はっきり言って、誰でも面白おかしく共感できるような分かりやすい狂気なんてものは、おそらく、全然本物の狂気ではない。

 ほうちょうを振り回していたり、何か良く分からない事を言っているだけの人なんてものは、ただの信じられないくらい迷惑な人や変な人というだけでしかない。

 (別に、オシャレな歌とか頑張っているyoutuberとかの存在自体を否定したい訳ではないが、)ただふざけているだけの反抗期の子供を狂人だと思いたいのは、ただの、その人の願望でしかない。

 ……だからこそ人は、時には真面目に、他人や自分というものと向き合う事が大切なのだと思う。                                                                    

 

 

  ・なまくび状態で頬をつねれない理由

 夢から覚めれないから。

 この悪夢に、窓付きの心は囚われ続けているから。

 

 

  ・めだまうで状態で頬をつねった時、めだまうでが泣く理由

 夢から覚めたくないから。

 この悪夢を、それでも、窓付きが愛しているから。

 

 

  ・しんごう状態で頬をつねれない理由。

 夢から覚めてはいけないから。

 この悪夢の中で、自分にはまだすべき事があるから。

 

 

  ・★ゆきおんな★

 童心。

 何時までも、幸せな頃のままでいたかった気持ち。

 

 

  ・★ぶよぶよ★

 オタク心。

 遥か遠くの優しい世界で、違う生き物として生きたい気持ち。

 これになれたら人は救われるんだろうけど、それはおそらく、難しいとかいう次元ですらない。

 

 

  ・★まじょ★

 自由への憧れ。

 そして、自由になった後学生とかになって、そのまま普通というものの中で生きる事への憧れ。

 世の中には狂いたい(ふりをしている)人が大勢いるが、おそらく窓付きは逆に、出来る事なら普通の人になりたかった。

 

 

  ・★ぼうしとマフラー★

 家の外に出たい気持ち。

 おそらく多くのプレイヤーが、ただ何となく、窓付きに叶えて欲しかったであろうエフェクト。

 そして、おそらく実際は、プレイヤーがぼんやりと思っているよりも遥かに、窓付きが強く持っていたであろうエフェクト。

 

 本当の窓付きは、別に、心の弱い少女などではない。

 むしろ本当は、誰も意味が分からない程に、もはや化け物とすら言っていい程に、心の強い人間だったのだと思う。

 ……しかし、実際の窓付きはちょっとした虐めなどで苦しんでいる訳ではなく、意味も無く世界の全てがおばけに見えている訳でもなかった。

 だから、家の外に出たくても、普通の幸せというものを自分も得てみたくても、それでも、どうしてもそれを出来ない事情が山のようにあった。

 

 人は、他人の苦しみなど、本当は全然分かってはいない。

 しかしおそらく、だからと言って別に、人に優しくしてはいけないという訳でもない。

 余計なお世話を焼いてはいけない訳ではない。親切を押し付ける事が、必ずしも間違いである訳でもない。

 目の前で自殺をしそうになっている人がいて、その人が赤の他人だったとしても、普通に止めてあげた方がいいような場面は世の中には幾らでもあるとは思う。

 ……ただ、それでも、世の中には窓付きのような人間もいるという事だけは、忘れてはいけないと思う。

 

 

  ・★じてんしゃ★

 身軽さへの憧れ。

 旅とかそういうものをしたい気持ち。

 妊婦になった窓付きが乗れなくなるもの。

 ただ自転車に乗りたい気持ちじゃなくて、「自分の趣味に生きている人が結婚をしたがらない気持ち」みたいな、そういうもの。

 ある意味、なまくびの反対にあるエフェクト。

 

 窓付きはおそらく、心は強い。

 そして、タオルのようなものを常に探している。

 なので、(明確な目的があって引きこもっているゲーム本編ではない普段は、)外が怖いからずっと引きこもるようなそういうタイプではあまりないとは思う。

 だから、(それが境遇的に許されていたならば、)実際に家の外をうろうろ散歩したりとかはそこそこしていたとは思う。

 そして、ネオンの街とか、死体さんの死んだ場所とか、ポニ子の家とかには、よく一人で通ってたのだと思う。

 ……だけど、やっぱり窓付きは窓付きだから、景色を見ても結局怖いとしか思えないし、鳥人間に怒られるくらいの遠出をして世界の美しさを感じに行くような事も出来なかったのだと思う。

 

 

  ・★△ずきん★

 死んで幽霊になりたい気持ち。

 死後の世界というものへの憧れ。

 ……死というものがどういうものなのかは、結局、誰にも分からない。

 ただおそらく、真に赤クラゲに会う為には、これすらも捨てる必要があったのだろう。

 

 

  ・★ロングヘアー★&★ブロンド★

 窓付きが、インターネットか何かで得たのであろうエフェクト。

 何となくの、ぼんやりとした憧れ。

 ……たぶん、それ以上の意味は何も無いもの。

 

 エフェクトというものは間違いなく、人生の宝物ではある。

 それを意味もなく無下にしてしまうような人は、きっと、何かを本気で頑張る事も、幸せというものを掴む事も出来ない。

 ……しかし、おそらく、全てのエフェクトに何か特別な意味がある訳でもない。

 そして、人のエフェクトを満たそうとしてくれる人達の全てが、ただの善意だけでそれをしている訳でもない。

 

 世の中というものは、他人のエフェクトを常に、面白おかしく煽ってくる。

 ……悲しい事に、コインなどは、そういう事をした時にこそ手に入るようになっている。

 なのでおそらく、意味もなくそういう事をしている人程、自分が嘘をついている事は絶対に教えてくれない。

 そのエフェクトに本当は意味がない事など、永遠に、教えてはくれない。

 だから、時には目先の欲求に流されずに、座り込んで、じっくり自分について考えてみなければならない事もあるのだと思う。

 

 

 

 

  ・★ゲームのせつめい★

 何故か、ステータス画面で所持エフェクト数にカウントされているもの。

 そして、エフェクトを全て捨てる場面で、唯一捨てなくていいもの。

 

 たぶん、赤クラゲに会いたい気持ち。

 プレイヤーが干渉する前に、窓付きが火星さんに出会って見つけたもの。

 優しさのバトンリレーによって紡がれた、最後のバトン。

 おばけの俺達ではどうしようもない、窓付きの心の強さ。

 

 本来なら火星さんを調べる事で入手出来るのだろうけど、窓付きは最初からこれを持ってゲーム本編を始めているので、プレイヤーはわざわざ火星さんを調べに行かなくてもいい。

 どんな卵の形をしているのかは、たぶん、想像も付かない。

 

 

  ・★ウンコヘアー★

 諦観。

 そこから来る、意識の低さへの憧れ。

 自虐願望。

 クソまみれになりたい欲求。

 たぶん、尊厳とかをグチャグチャに破壊されて堕落してしまいたい気持ちとかそういうもの。

 生き辛さに対する折り合い。

 自分とこの世界そのものに対する、敵意帰属バイアス。

 

 「努力などしても無駄だ」と笑われたい気持ち。

 「この世界に美しさなどない」と信じたい気持ち。

 いわゆる、諦めの境地。

 

 人生の全てをこれとして生きる事はおそらく出来ないけど、それでも全てのエフェクトを捨てる気が無いなら、人は結局ある程度はこうやって生きるしかないんだと思う。

 ……ききやま先生ももしかしたら、普段は俺達みたいに5chでウキキキキーとか言いながら生きてるのかもしれん。

 

 

 

 

  ・天気

 ★ゆきおんな★と★かさ★で替えられるもの。

 おそらく、気分のような概念。

 

 ★ゆきおんな★で雪が降っている時は、おそらく、自分の最も幸せだった頃の記憶を思い出して暖かい感じの気分になっている。

 ★かさ★で雨が降っている時は、おそらく、自分が最も愛を感じた時の記憶を思い出して世界が美しく見える感じの気分になっている。

 ……この2つのエフェクトは、おそらく窓付きにとって、そういう特別な力を持つエフェクトなのだと思う。

 

 

  ・★メニュータイプチェンジ★

 謎の概念。

 中絶部屋の鳥人間に話しかけたら替えられるもの。

 ★★で囲われているのに、これだけ、明らかにエフェクトとはまた違うものとして描かれている。

 

 ……たぶん、自信とか自己肯定感のような概念。

 人間の心というものに対するバフとデバフ。

 エフェクト全体に対する「自分はそれが出来る」という気持ちのようなもの。

 

 あると心が穏やかになる。

 ないと心が辛くなる。

 普通の色の時がプラス思考状態で、赤色の時はマイナス思考状態。

 

 鳥人間に話しかけるのは、リフレーミング(物事を別の視点から捉え直す)という行為。

 赤色になる時はたぶん、「お前は産まれてきてはいけなかった」みたいな事を言われている。

 元の色に戻る時はたぶん、窓付きが「いや別にそんな事なくね?」みたいな事を思っている。

 これがずっと赤色だと、人は楽しい事を何も考えられなくなって、メニュー画面を開く事が億劫になっていく。

 

 ……概念的には、たぶん、おそらく、そんな感じなのだと思う。

 

 

  ・地下世界の炎上の炎

 ストレス。

 他者からの存在否定。

 自己肯定感を下げてくるもの。

 それによって、道が塞がれてしまうもの。

 

 たぶん、メニュータイプチェンジの赤色と近しいような概念。

 ★ゆきおんな★や★かさ★のようなエフェクトが持つ特別な力によって、これは消す事が出来る。

 

 ……当たってたら、マジで、表現がオシャレ過ぎて。

 

 

 

 

  ・ハート

 自販機でジュースを買って飲めば、ステータス画面で増えるもの。

 何となくの満足感。

 エフェクトにすらならない、それ未満の欲求。

 

 おそらく、この世の9割くらいを構成しているもの。

 無数のコインを誰かのこれと引き換える事で、日々、経済とかそういうものを回しているもの。

 ……そしておそらく、窓付きが、どうしても、どうしても、死んでしまう程に、好きにはなれなかったもの。

 

 

 ・経験値

 RPGツクールの仕様。

 このゲームではエフェクトをレベルとしているので、エフェクトを入手する度に経験値が増えていく。

 ……そして、エフェクトを25個集め終えても、レベルはカンストしておらず、次のレベルの為の経験値が表示されている。

 

 将来性。

 若さというもの。

 人生の希望。

 ゴキブリ猫の餌。

 人が死なない理由。

 人が死ねない理由。

 窓付きが幸せになる為に振り払えてしまったもの。

 

 

  ・0/0

 何をしても変動しない数値。

 ノーヒント過ぎて流石に分からない。

 心のHPとか生への執着とかそういう当たりは付けられるが、これはもう、ただの他人でしかないプレイヤーには分からないものなのだと思う。

 

 どれだけ考察をしてみても、人間は他人の心が全て分かる訳ではない。

 それを忘れない事も、たぶん、大切。

 

 

 

 

 ・エフェクトを入手出来るオブジェクト

 初心。

 蝋燭の火が灯った場所。

 人間が忘れないようにしないといけないもの。

 これが何処にどんな風にあるのかが、窓付きにそのエフェクトが存在する理由を表している。

 

 夢の中でこれに出会う旅をするのが、ゆめにっきというゲーム。

 そして、それを通じて窓付きという人間の事を知っていくのが、本当のゆめにっきというゲーム。

 

 

  ・エフェクトの卵

 窓付きという人間が持つ可能性。

 人間というものが、普通は、最も捨てたくない筈のもの。

 

 人はたぶん、何となくで死ぬ事は出来る。

 何も考えないまま、ノリとかその場の勢いで、来世とかに期待したりしつつ死ぬ事は出来る。

 しかし、これを自分から捨てて死ぬ事は、おそらく本物の超人にしか出来ない。

 

 

  ・窓付きが持っていないエフェクト

 幾らでも存在する。

 ゆめにっきの劇中にも、本当は沢山出てきている。

 

 

 

 

  ・★きゅっきゅ★

 性欲。

 ザ・煩悩。

 数字の世界を成り立たせていたものの一つ。

 セコムマサダ先生が窓付きを愛する為に使用したであろうエフェクト。

 誰からも気持ち悪がられ、実際に多くの悲劇を生むものだが、それでもきっと、本当の悪者はこれ自体ではない。

 ……と思う。

 

 

  ・★おうかん★

 金銭欲。

 ザ・煩悩。

 数字の世界を成り立たせていたものの一つ。

 赤の王様が窓付きに対して使用したのであろうエフェクト。

 (命名は作者の適当だが、)ゆめにっきの世界で、本当はちゃんと描写されているエフェクトの一つ。

 

 おそらくこれも、別にこれだけが悪者という訳ではない。

 しかしたぶん、これを恐ろしいと思う人はあまりいない。

 これが窓付きを苦しめている事に気付ける人すら、あまりいない。

 人間というものには根本的な所にそういう感じの性質があるから、ほうちょうやしんごうを振り回すだけでは、窓付きの世界は優しくならない。

 

 

 

 

  ・★すやすや★

 睡眠欲。

 ザ・本能。

 窓付きは人間という設定なので、本来はこれが存在している。

 しかし、ゆめにっきはあくまでゲームなので、メタ的な事情で出てこない。

 なので窓付きは何時でも3秒で寝れる。

 

 

  ・★もぐもぐ★

 食欲。

 ザ・本能。

 窓付きは人間という設定なので、本来はこれが存在している。

 しかし、ゆめにっきはあくまでゲームなので、メタ的な事情で出てこない。

 なので窓付きはお腹は空かない。

 

 

  ・★へとへと★

 疲労感。

 ザ・本能。

 窓付きは人間という設定なので、本来はこれが存在している。

 しかし、ゆめにっきはあくまでゲームなので、メタ的な事情で出てこない。

 なので窓付きは疲れない。

 

 

 

 

  ・★めかくし★について

 没エフェクト。

 FC世界C同様、「RPGツクール2003でゆめにっきのゲームデータを開く事によるデータ解析」という作業を行った際にのみ存在が確認出来る(らしい)。

 グラフィック上では、窓付きが目隠しをしている。

 

 作者の考察が正しければ、おそらく、この状態でテンキーの1を使うとゴキブリ猫やカリンバのように血(=嘘)をゲロゲロと吐く。

 あるいは、単に画面が真っ暗になって何も見えなくなる。

 ……たぶん、そういう感じのエフェクト。

 

 窓付きという人間はこれを持っていないので、(ききやま様的には物凄く描きたかっただろうが、)ゲーム本編には実装されていない。

 

 

  ・★めかくし★

 欺瞞。

 言い訳欲。

 自己逃避願望。

 心の防衛本能。

 認知の歪みを生み出すもの。

 ★でんとう★の反対にあるもの。

 「知りたくない」という欲求。

 嫌な事について何も考えたくないという気持ち。

 他人からお説教をされると煩いと感じるような気持ち。

 火星さんや赤クラゲなどから、適度な距離を取りたい気持ち。

 ……そして、それらによって発生する、その人の頭の中にしか存在しない、真実を超越してしまった哲学。

 詭弁。

 非形式的誤謬。

 嘘の本当の真実。

 自覚の無い思い込み。

 事実に則する気がない見解。

 本当の意味での思想の強さ。

 嘘を本当だと思いたい気持ち。

 熱くなりたくないという熱い想い。

 自説というものへの、究極の愛の形。

 

 つまり、要するに、「目隠しをしたい」という気持ち。

 

 

 本来なら、盾民族の世界の、盾民族の誰かを調べる事で手に入らないとおかしいエフェクト。

 ……しかし何故か、窓付きが微塵も持っていなかったエフェクト。

 

 ゆめにっきの劇中では直接は出てこないエフェクト。

 しかし、ききやま様がゆめにっきという作品を通じて、本当は常に描き続けていたエフェクト。

 そして、全てのゆめにっきファンがそれに引っかかり、「妊娠とか中絶とかそういう想像はキモい」「こんなものに深い意味なんて別にないでしょ」というノリで使わされ続けていたエフェクト。

 多くの人は、それを優しさとかそういうものだと信じ続けているエフェクト。

 

 

 本来は、人間というものには絶対に無いとおかしいエフェクト。

 「現実逃避」という作業をする為に必要なもの。

 この世の多くの人が、これを満たす為に、おばけでいる事を選び続けている(と思う)。

 おそらく、他人のこれを面白おかしく煽る事が、コインを稼ぐ為の最も安価な手段の一つ。

 

 たぶん、ポニ子がウボァになった理由。

 そしておそらく、鳥人間が鳥人間になる事を選んだ理由の、おにではない方のもう半分。

 カリンバが吐いているもの。巨大ゴキブリ猫が吐いているもの。

 人間が、自分の為に嘘というものを吐く理由。

 

 これがでんとうの反対にあるから、人はただの現実に苦しむ。

 放っておいたら意味もなく破滅に向かう。

 ただし、(この考察集の最後の方に書くが)これもまた一概に全部が悪いものでもないので、むやみに否定してもいけない。

 

 ……窓付きは最後まで、人間というものには本来はこういうものがある事が、あまり分からなかったのかもしれない。

 だからこそ、窓付きはあのエンディングに向かうしかなかったし、向かう事が出来たのかもしれない。

 

 

  ・★めかくし★の性質

 おそらく、人間にとって一番醜い悪徳。

 それなのに、最も普遍的に存在する悪徳。

 しかも、最も認識して正すのが難しい悪徳。

 これを認識する為には、「知りたくない気持ちがある事を知る」という事をしなければならない。

 

 心とは語りえない。

 だから、当人に「それは違う」と否定されたら、どうしようもない。

 そして、★めかくし★は(嫌な事を考えない為に存在するという)その性質上、簡単には存在する事を認める事が出来ない。

 なので、人は必然的に、★めかくし★を多く持っている人ほど「自分は理性的であり★めかくし★など持ってはいない」と信じ込む。

 他人から指摘されても、意地になって、それを認識しないように努める。

 

 ……つまり、心というものは認知するしか認識する手段がないのに、真の★めかくし★は認知をする手段がない。

 「お前は認知が歪んでいる」と言われて、「そうなんだ」と思える人は、少ない。

 なのでこの概念は、ゆめにっきのような作品を通じてぼんやりと、「おそらく人間の根源にはこのようなものがある筈だ」とみんなで感じ取るしかない。(のだと思う)

 

 

  ・★めかくし★の一例

 このエフェクトは、イメージがし辛い。

 本当に、どうしようもない程に、イメージがしにくい。

 おそらく、皆が漠然と思ってるよりも本当は遥かに、イメージがしにくい。

 (そしてそのせいで、100万人が20年かけても、ゆめにっきの答えに誰も辿り着けなかった)

 ……なので、「このエフェクトがどのようなものなのか」という事について、もう少し例をあげて詳しく解説しておく。

 

 

 例えば、「トロッコ問題」というものがある。

 ……それは、こんな感じの問題である。

 

「線路を走っていたトロッコが制御不能になってしまった」

「このままでは、前方の作業員5人が轢き殺されてしまう」

「……そしてその時、あなたは偶然、線路の切り替えスイッチの直ぐ傍にいた」

 

「あなたがトロッコの進路を切り替えれば、5人は確実に助かる」

「しかし、その別路線でも、1人が作業をしている」

「あなたが5人を助ければ、その1人は、あなたのせいでトロッコに轢かれて死んでしまう」

 

「さあ、あなたはどうしますか!?」

 

 ……この問題は、おそらくこういう事を考えて欲しいという意図がある。

 「責任というものはどういう形で発生するのか?」

 「我々は人命というものについて一体どのように考えるべきなのか?」

 「人の倫理観とは一体何なのか?」

 そういう、考えれば考えるほど大切な、色んなメッセージが含まれた思考実験である。

 

 

 たぶん、テレビとかでこの問題が考えられる時は、こんな感じの話し合いが行われる。

 

「5人を助ける方がどう考えても重要だ!」

「いやでも、それだと自分は殺人者になってしまう……」

「5人を助ける為なら許されるべきだ!」

「いやむしろ、自らの意思で殺人を出来るような人こそ許されるべきではない!」

 

 ……そんな感じの、普通の、とても真面目な議論をして貰える。

 

 

 しかし、2ちゃんねるとかでこの問題が考えられる時は、こんな感じの話し合いが行われる

 

「出題者をぶん殴る」

「>>2いいね」

「金くれる方を助けるわ」

「俺が身を挺してトロッコを止める!!うおおおお!!!」

「トロッコが分岐路にちょうど差し掛かった所で切り替えれば、横転させられるんじゃね?」

「>>6天才現る」

「>>6これが正解だな」

 

 ……そんな感じで、ただひたすらに、ふざけられる。

 

 彼らは、★めかくし★をしている。

 何故なら、この問題の答えを考えたくないから。

 倫理観とは何か?責任とは何か?法律とはどのような形で作られるべきなのか?

 ……そんな事を、誰も考えたくはないから。

 「どちらを選んでも自分の醜さと向き合う事となる」

 そんなこの問題の性質に対して、真面目に向き合う事に、耐えられないから。

 

 そして、おそらく彼らは、それを指摘されるとこんな事を言う。

 「いや、俺達はただ遊んでるだけなんだが」

 「お前ギャグセンスねえな」

 「このスレが天才ばかりなのが悪いwww」

 

 ……おそらく彼らは、本気で、そう思っている。

 「自分が現実逃避をしている」という事に、自分自身で気が付いていない。

 みんながふざけている理由が「何も考えたくないから」である事に、気が付いていない。

 みんなのしょうもないレスで笑える理由が「この問題から目を逸らさせてくれるから」である事に、気が付けない。

 

 何故なら、気が付いてしまうと、ふざけられなくなるから。

 「自分達がギャグの天才で、みんなが最高に面白いレスをしているから俺達は笑えている」と信じないと、この問題と真面目に向き合わなければならなくなってしまうから。

 

 

 彼らは、普段は別にここまでふざけてはいない。

 今日の深夜アニメの話をする時。

 好きな野球選手の話をする時。

 そういう時、彼らはちゃんと、(表面上は面白いレスをしつつもその本質では)普通にとても真面目な話し合いをしている。

 ……しかし、同じ場所で、同じような人達に、このトロッコ問題の議題を振った途端、こうなる。

 どう考えても、明らかに、「この問題について考えたくない」という心理が彼らの中には働いている。

 

 これを指摘すると、確実に、キレられる。

 もはや、キレているという自覚すらないままに、そのスレの人間全員からキレられる。

 

 

 彼らは、テレビに映らない。

 テレビには、この問題について真面目に頑張って考えている人達しか映らない。

 ……しかし、人間は本当は、この問題に対して誰も「AかBか」なんて答えを出さない。

 

 トロッコ問題について考えると、人は皆、勝手に謎のとんち合戦を始める。

 この問題の本質を理解した人ではなく、一番面白い事を言った人が、優勝になってしまう。

 そして、自分達にそのような性質がある事に、人間は誰も、気が付かない。

 

 

 ゆめにっきという作品は、これを、100万人に対して20年間行っていた。

 だから、分かってさえしまえばあれだけ分かりやすいのに、ただの一人も正解に辿り着けなかった。

 「ゆめにっきは別に鬱ゲーではない」

 「性的な要素はみんなが勝手にそのように見えているだけ」

 何をどう見たらそう思えたのか、そのような事を言い始める人達すらいた。

 ……もしかすると、作者が20年目で気付かなければ、人類は永遠に「窓付きは違法風俗で働いている」という事に誰も気付かないままだった。

 

 ★めかくし★というエフェクトは、簡単に言えば、そのような感じの性質をしている。

 

 

  ・★めかくし★と嘘の本当の真実

 この世には、「真実」という概念がある。

 そしてこの世には、「本当の真実」という言葉がある。

 そして更にこの世には、目の前の現実を適当に誤魔化したいような人がいて、そういう人達が都合のいい妄想に耽りながら念仏のように唱えている「これが本当の真実だ!」という言葉がある。

 ……つまり、この世には、「嘘の本当の真実」という概念がある。

 

 「嘘の本当の真実」という概念は、本当に、ややこしい。

 「嘘の本当の真実」を信じている人は、本当の真実を信じていると思っているので、自分が嘘を信じていると思っていない。

 しかし、「嘘の本当の真実」を信じている人は、それが嘘であるからこそ信じているので、本当の事を信じたい訳でもない。

 

 ……つまり、「嘘の本当の真実を信じたい人」は「自分が騙されている事に気付かないまま騙されたい気持ち」というものを持っている。

 そして、「自分が騙されている事に気付かないまま騙されたい気持ちを」を持っている人は、自分がそれを持っている事に気付いてしまえば(嘘の本当の真実を本当だと思えなくなるので)、自分にそういう気持ちがある事に決して気付いてはいけないというルールがある。

 

 ★めかくし★というエフェクトには、とにかく、そういう頭がおかしくなりそうな感じの意味の分からなさがある。

 

 

  ・★めかくし★とアホらしさ

 人間には、「アホらしさ」という気持ちがある。

 そして、★めかくし★をしている人というものは得てして、傍から見れば、(はっきり言って)アホらしい。

 

 例えば、この世には昔、天動説というものがあった。

 それを信じている人達は皆、「この世界は神様が作ったものなので宇宙は地球を中心に回っているんだよ!」というような事を信じていた。

 

 ……真実を知っている側からすれば、そんな理論は、ただ頭が悪いようにしか見えない。

 宗教を信じていない側からすれば、「天動説を疑うなんてお前は神を冒涜するのか!?」とか言われても、意味が分からない。

 「それでも地球は回っている」と言いながら処刑された人はただただ可哀そうで、地動説を唱えたガリレオの事を信じてあげられなかった人達の心など、ただ「愚か」という二文字でしか認識出来ない。

 

 しかし、「嘘が信じられていた理由」という部分に踏み込めば、話はそう単純ではない。

 そこにはおそらく、本当は、感覚とか文化とか思想とかそういうものがスパゲディのように絡み合った、凄まじく難解なロジックが発生している。

 嘘というものは普通に間違っているが、嘘を信じている人の心というものは、もやは必ずしも間違っている訳ですらない。

 

 ★めかくし★というエフェクトは、非常に共感がし辛い。

 アホらしいし、論理的ではないし、純粋に意味が分からない。

 おそらく、人間の心というものの最も不条理で難解な部分が、この★めかくし★というエフェクトには表れている。

 

 

  ・★めかくし★と★のっぺらぼう★

 作者は、正直言って、嘘をつく人間の事があまり好きではない。

 ……そして、それは勿論騙されるのが嫌いというのもあるのだが、それだけではない。

 

 何と言うか、作者は、「他人が自分に対して嘘をついている」という場面を見るのがあまり好きではない。

 自分を誤魔化している人間。

 自分の本質から目を逸らしている人間。

 そのせいで自分が誰なのかよく分からなくなっている人間。

 ……そういう人達を見ていると、とても悲しいような、苦しい気持ちになる。

 

 例えば作者は、テレビの討論番組のようなものにあまり興味を持てない。

 何故なら、人間とは本当は、皆、あんな真面目な性質をしていないから。

 (社会的にはああいう人達の話を聞く方が大事なのだろうなとは思うが、)本当は、人間とは、もっとどうしようもない程にふざけているものだから。

 

 

 2ちゃんねるにいる人達は、正直、あんまり良い人達ではないと思う。

 彼らは、自分の悪徳のようなものに心から素直に生きているような、醜悪な一面がある。

 ……しかし、彼らは「嘘をつかないという嘘をつく」というような事はあまりしない。

 だから作者は、★のっぺらぼう★のエフェクトがそこまで嫌いではない。

 

 ……たぶん、ききやま様もある程度、作者と同じような思想を抱いているのだと思う。

 

 

  ・★めかくし★と他のエフェクト

 ★めかくし★単体では、たぶん、そこまで悪さはしない。

 しかし、★めかくし★は容易に他のエフェクトと結びつく。

 そして、そうなった時に、めかくしはいわゆる悪徳と言われるようなものになる。

 

 例えば「めかくし+おに」=ヒステリーになる。

 「めかくし+きょじん」=権威主義になる。

 「めかくし+ふえ」=ルサンチマンとかになる。

 「めかくし+きょじん+たこふうせん」=陰謀論とかになる。

 

 ★めかくし★は、自分が★めかくし★である事に気付かせない。

 だから、一度人を狂わせ始めると、行きつく所まで狂わせ切ってしまう。

 ……世の中にいる、なんか意味が分からないくらい迷惑な人は、大抵この★めかくし★のエフェクトがどうしようもない程に強いのだと思う。

 

 

  ・★めかくし★の目立たなさ

 ★めかくし★はおそらく、超人ほど持っていない。

 正しくて強い人ほど(現実逃避をする意味がなくなるので)★めかくし★というものは必然的に必要なくなる。

 

 そして、人の目には大抵、超人だけが映る。

 炎上系youtuberは目に入っても、そのyoutuberの迷惑行為を陰ながら応援している人達は目に入らない。

 怪しい新興宗教の教祖は目に入っても、それを何故か信じている末端の信者は目に入らない。

 便所の落書きとか、ツイッターに描かれている誰も見ていないツイートとか、そんなものは、誰も見ない。

 

 ……しかし、そういう所にこそ、★めかくし★は存在する。

 そして、本当の本当は、インフルエンサーのような人でなく「それを支持している人達」によってこの世というものは出来ている。

 どんなにダメな政治家や王様でも、何だかんだで皆に支えられてしまっているから、人の上に立っている。

 

 なので、★めかくし★という概念は必然的に、サイレントマジョリティ(声をあげない多数派)のような性質を持ったものになる。

 本当は★めかくし★こそがこの世を回しているのに、この世の代表者だけは★めかくし★を持たない。

 だから、そういう意味でもますます、人は★めかくし★というものを認識出来ない。

 

 ……だけど、たぶん本当は、この概念が色んな人をおかしくしている。

 この世というものは、本当は、★めかくし★があるから狂っている。(のだと思う)

 

 

  ・★めかくし★解除のパラドックス

 「批判を受け入れろ」

 生きていれば、こういう言葉を非常によく聞く。

 しかし、実はこの言葉には、パラドックスがある。

 

 「批判を受け入れろ」という言葉は、ゆめにっき風に言うとこうなる。

 「★めかくし★をするな」

 ……そして、心とは語り得ないので、その人が★めかくし★をしているかどうかというのは、直接は証明のしようがない。

 

 

 心とは語り得ない。

 なので、心の形とは行動によって間接的に証明するしかない。

 

 心の形とは行動によって間接的に証明するしかない。

 なので、「自分が批判を受け入れている事の証明」は、「批判を受け入れろという言葉を受け入れる事」になる。

 

 批判を受け入れろという言葉は受け入れるしかない。

 なので、「批判を受け入れる気があるならば例え相手に何を言われても批判が出来ない」という事になる。

 

 批判を受け入れる気があるならば相手を批判出来ない。

 よって、「★めかくし★をするな」という言葉には、(それがどれだけ的を射ていなくても)誰も反論が出来ない。

 

 

 人間は、自分に★めかくし★がない事を証明出来ない。

 人間は、他人に★めかくし★がある事を証明出来ない。

 

 「批判を受け入れろ」という言葉には、批判を受け入れる気がない。

 なので、お互いが「批判を受け入れろ」と言い始めたら、(どちらも相手を論破出来なくなるので)収集が付かない。

 「★めかくし★をするな」という言葉は、その言葉自体に論理的矛盾があるので、成立しない。

 よって、人間は相手が自分の言葉を聞く気がなければ、(ディベートでは)どうやっても他人の★めかくし★を外せない。

 

 ……人の話を聞く気がなければ、★めかくし★は永遠に外れない。

 人間には、他人の★めかくし★を外す力がない。

 なので、★めかくし★には、それがどれだけおかしくてもこの世でのさばる力がある。

 

 

   ・不快広告

 たぶん、世の中の9割の人にとっては何故あんなものがあるのか謎なもの。

 そして、謎過ぎて向き合いたいとすら思えないもの。

 ……作者の考えでは、まさにああいう所にこそ、★めかくし★という概念の答えがある。

 

 この世には「嘘の本当の真実」がある。

 人間には、本当は、「騙されている事に気付かないまま騙されたい」という欲求がある。

 ……そしてその欲求は、(要するにそれは真実を知りたくないという気持ちなので、)その人がコンプレックスとかそういういうものを大きく持っているほど、強くなる。

 ★めかくし★というエフェクトの真価は、おそらく、人間の惨めさのようなものを誤魔化せる所にある。

 

 なので、逆説的に考えれば、他人のコンプレックスを煽ればそこに(強制的に)「騙されたい需要」が生まれる。

 気持ち悪いスネ毛の画像を載せれば、「自分はこうではないと思いたい」という★めかくし★を求める気持ちが生まれる。

 根暗な人が意味不明な程バカにされている漫画の切り抜きを載せれば、「自分は惨めな人間などではない」という★めかくし★を求める気持ちが生まれる。

 なので、そういうものをサイトの隅に載せておけば、結果的に(そのコンプレックスを解消する為の商品が売れて)お金が手に入る。(のだと思う)

 

 

  ・★めかくし★と資本主義

 人間は、嘘をつけば犯罪になる。

 しかし人間は、夢を売れば褒められる。

 

 この世には、本当は、「騙されたい需要」のようなものがある。

 なので人間は、どうしようもない程に、自ら進んで騙されたがる。

 

 おまけにそういう願望が強い人ほど、(上記で説明した理由により、)「自分にははっきりとした理性があるので誰にも騙されない」と思っている。

 自分のおかしさを指摘されても、そもそもそれを認めない為にあるのが★めかくし★というエフェクトなので、やっきになって「自分は★めかくし★などしていない」という★めかくし★を更に求める。

 ……なので、★めかくし★というエフェクトは必然的に、(例え詐欺紛いの商売であっても)需要と供給が成立してしまう。

 

 

 ★めかくし★のエフェクトが強い人は、財布の紐が緩い。

 そういう人は、必然的に、(はっきり言って)「惨めで自惚れが強い」という性質を持っている。

 なので、「チョロい」「熱量が凄い」「騙されやすい」という特徴を持っている。

 

 ★めかくし★を強く持っている人は、カモになる。

 物凄く優良顧客な、カモになる。

 耳障りのいい嘘に「これが本当の真実です」という単語を添えれば、youtubeの切り抜き動画とかは、引くほど簡単に伸びる。

 

 

 そして資本主義社会では、お金を出す人ほど偉い。

 なので、例えそれが何かがおかしくても、★めかくし★を満たされたい人ほど資本主義社会では優位に立てる。

 

 「めかくし屋」は、儲かる。

 人間の「騙されたい需要」を満たすのが上手い人ほど、お金というものは簡単に稼げる。

 なのでこの世界は、社会が成熟される程に、どんどん★めかくし★を中心に回るようになっていく。

 

 

  ・★めかくし★と人間。

 人間はおそらく、正しいものを判断出来る程賢くはない。

 ……しかしその代わり、人間はおそらく、永遠に間違った判断をし続ける程愚かでもない。

 

 人間は★めかくし★をありがたがる。

 どうしようもない程に、ありがたがる。

 しかし、ずっと★めかくし★をしていてはどんどん現状が悪化していくので、次第にみんなは「なんか俺達おかしくね?」となっていく。

 ……なので、何時かは、★めかくし★は滅びる運命にある。

 

 

 例えば、ゲーム業界には、アタリショックという事件がある。

 ……ゲーム業界には、最初期は「クソゲー」という概念がなかった。

 まだファミコンすらない時代。みんなはただ無邪気に、ゲームという新しいおもちゃに夢を見ていた。

 なので、「ゲーム=無条件で面白いもの」という認識が皆の中にあり、そのせいで「これは素晴らしいものですよ」と言って売ればどんなクソゲーでもただ販売するだけで何百万本も売れてしまう時代があった。

 そして、そんな人間の無知を利用して、アタリ社というアメリカのゲーム会社がクソゲーを乱発して儲けていた。

 

 ……しかし、ずっとそんな事を続けていたら人間はやがて学んでいってしまうので、みんなは「ゲーム=本当は面白くない」という認識になっていった。

 「ゲームはどれも面白いものだ」というただの★めかくし★が段々と通用しなくなり、(クソゲーを掴まされた涙と共に)真実を皆が知っていった。

 その結果、「話題沸騰中の映画『E.T.』のゲームを大量生産したのに、何故かみんなからそっぽを向かれ、全然売れなかった」というような事件が起きる事となった。

 そして、アタリ社は経営が破綻する事となった。

 

 一方、海の向こう側の日本という国には、任天堂というゲーム会社があった。

 任天堂はその事件を見て「本当は信用とかそういうものが大事なんだなぁ」と学んだ。

 なので任天堂は、目先の売り上げではなく、品質とか信用とかそういうものを大切にするようになった。

 その結果、任天堂は別に詐欺のような商売はしていないのに、何故かどんなゲームを出してもありえんくらい売れる凄い企業になった。

 

 ……この世界は、おそらく、本当はそういう感じのサイクルをしているのだと思う。

 

 

   ・★めかくし★とはつまり何か?

 「嘘を本当だと思いたい」という気持ち。

 一行で破綻していて、捉え辛くて、意味が分からない程こんがらがっていて、アホらしくて、気味が悪くて、愚かで、嫌悪されていて、だから隠されていて、とぼけられていて、自覚すら無くされていて、その癖何時も需要があって、何処でも流行っていて、社会の色んなものと結び付いていて、心が折れる程向き合うのが困難になっていて、もう何か触れちゃいけないような感じのものになっていて、自分達はこんなもの持っていないと皆が思考を放棄していて、しかし、人間が本当は誰でも持っている願望。

 心というものの、究極のタブー。

 

 

  ・作者にとっての★めかくし★

 余談だが、作者もこの概念には人生を随分破壊された。

 なので作者の中には、ゆめにっきとは別に全然関係ない所で、★めかくし★という概念に対する色んな想いがある。

 ……たぶん、だからこそ作者には、ゆめにっきの意味が何となく分かるんだと思う。

 

 そして、更に余談だが、作者はこれを★ふた★だと思ってた。

 そういうものとして、ずっとこの世というものを認識していた。

 しかし、ゆめにっきの未使用データを調べてたら、窓付きが目隠しをしているグラフィックがある事を知った。

 そして考えれば考える程、そっちの方が正解(=この世の形)に近いと思った。

 ……マジで、ききやま様は天才だと思った。

 

 

  ・この小説と★めかくし★

 作者はこの小説も、★めかくし★という概念を自分の中で形にする為に書いている。

 見て貰えれば何となく分かるだろうけど、この小説の窓付きは「そういうものがないから凄い」みたいな感じで書かれている。

 

 なので作者は、この小説を書く前に一度、それを前提にしてゆめにっきという作品を見返している。

 「人間にはそういうものがあるんだろうなぁ」みたいな色眼鏡を持って、ゆめにっきという作品を解釈している。

 ……そうしたら、何故か、正解に辿り着いている。

 

 ぶっちゃけ、作者も本当に、ただひたすらビビった。

 

 

  ・★めかくし★とゆめにっき

 この世にはひっかけ問題というものがある。

 そして人間には、「騙されている事に気付かないまま騙されたい気持ち」というものがある。

 ……だから、人間は騙される。

 

 ゆめにっきという作品は、本当の本当は、別にそこまで分かりにくくはない。

 「モノ子が本当は窓付きの姉である」という事。

 「数字の世界が本当は風俗である」という事。

 「ネオンの世界が本当はヤク中の乱交パーティ会場である」という事。

 「ゲーム本編中の窓付きが本当は妊娠している」という事。

 「ウボァはゆめにっきという作品を見ている自分達の顔である」という事。

 ……全部、言われたら普通に「そうなんだ」と思える。

 明らかにそう描かかれていて、一度気付いてさえしまえば、逆にもうどうやってもそうにしか見えなくなる。

 

 しかし、誰も気付かなかった。

 100万人くらいが(一瞬でも)このゲームの意味について考えた筈なのに、何故か誰も、その答えに辿り着かなかった。

 このゲームがそういうノリで作られている事が、何故か誰も、分からなかった。

 

 

 作者はもう、ウボァのシーンをそこまで怖いとは思えない。

 それは、単純に認知的不協和が起きなくなったからとかそういうのものあるのだろうが、恐らくそれだけではない。

 あのシーンがあまりにも芸術作品として凄すぎて、作者が天才過ぎるという感想しか出てこなくて、そのせいで怖いとかそういう普通の感情が引っ込んでしまう。

 

 ききやま様はおそらく、この★めかくし★という概念を理解している。

 そして人間はおそらく、この★めかくし★という概念を誰も理解していない。

 ……マジで、このゲームの作者は、誰も意味が分からないくらい天才だったのだと思う。

 

 

  ・ききやま様と★めかくし★

 ききやま様はおそらく、この★めかくし★というエフェクトに、相当な想いがある。

 もしかしたら、作者と同等かそれ以上に、このエフェクトの事を強く憎んでいると思う。

 

 例えば、「窓付き」という名前からもそれは見て取れる。

 ……窓付きというキャラクターは、たぶん、「うそつきの反対(=そうつき)」という発想で名前が付けられている。

 つまり、このゲームの主人公は、「★めかくし★を持っていない人間」という性質がコンセプトの根幹にある。

 

 

 このゲームの背景の絵は、基本的には鳥人間とかモノ子とかが描かれている。

 ストーリーを表現する為の、キャラクターを抽象化した絵が描かれている。

 ……しかし、盾民族の世界の背景の絵だけは、謎のお猿さんが描かれている。

 

 あの猿の絵は、たぶん、ききやま様がこのゲームの為に考えたキャラクターではないのだと思う。

 おそらく(20年前の)ききやま様は、普段から、人間というものがあのような存在に見えていた。

 「何時もとぼけた顔をしている」「必死に手を挙げて何かを拒んでいる」「目が真っ赤になっていて、本当はとても、苦しんでいる」

 そんなこの世の人達を表現する為に、あのお猿さんが登場するゲームを作る為に、ゆめにっきという作品を作った……という所まで、もしかすれば、ありうる。

 

 

 この考察には、特に根拠などはない。

 「ゆめにっきを考察していく中で、作者が何となくそう感じたから」というだけでしかないい。

 もしかしたら、憧れのききやま様に自分と同じような想いを抱いていて欲しいという、作者の勝手な思い込みなのかもしれない。

 

 ……しかし、少なくとも、ゆめにっきファンは皆★めかくし★をしていたと思う。

 ゆめにっきという作品の意味に20年間誰も気付かなかったのは、人間のこのような性質が、最も関係していると思う。

 なので、「このエフェクトこそがゆめにっきという作品を理解する上で最も重要なエフェクトである」という部分だけは、確実だと思う。

 

 

 

 

  ・★たこふうせん★

 背徳欲求。

 羽目を外したい気持ち。

 自分を誤魔化す為の笑顔。

 しんごうの一番反対にあるもの。

 モラルを切り崩す事自体への愉悦。

 ふざけてはいけない場面でふざけたい願望。

 目の前の現実を、ふざけて誤魔化す事で解消したいという想い。

 

 まじょと似ているようで全く違うもの。

 でんとうと似ているようで全然違うもの。

 そして、本当はそんなものよりも誰でも持っているエフェクト。

 ありのままの世界を見たくない気持ち。

 めかくしと違うようで、同じもの。

 

 たぶん、こんな作品を作った癖に、ききやま様があまり好きではないもの。

 全てのしんごうが正しい訳ではないし、おそらく人間にはある程度必要なものだが、これを適当な気持ちで扱い続けているとたぶんとんでもない事になる。

 

 

  ・★ドンドコ★

 痛み。

 のたうち回りたいという気持ち。

 リアルでほうちょうを使えば相手が自然と抱く想い。

 モノ子が死ぬ際に抱いていたエフェクト。

 赤クラゲに中途半端な覚悟で会おうとしてはいけない理由の一つ。

 基本的には、どんなエフェクトも塗り潰してしまう程に強力なエフェクト。

 

 窓付きという人間はおそらく、直接は、これ自体をあまり抱いた事はあまりない。

 たこ風船はただ頭上を通り過ぎただけで、窓付きには触れてこなかった。

 ……だからこそ、みんなは窓付きがあそこまでモノ子ドンドコに苦しんでいるなんて想像出来なかった。

 しかしそれでも、本当の窓付きはこれに苦しみ続けていた。

 本当に、途方もない程に、苦しみ続けていた。

 

 作者の考えでは、優しさと言われているものには2つの種類がある。

 1つは「ふえ」で、もう1つは「めかくし」。

 おそらく、他人のこれに苦しめる気持ちが「ふえ」。

 そしておそらく、他人のこれに苦しみたくない気持ちが「めかくし」。

 

 「モノ子が苦しんでいると辛い」

 ……そう思う気持ちを優しさと言う事に異論がある人は、たぶんあまりいない。

 「モノ子が苦しんでいると想像するなんて、モノ子が可哀そう」

 ……そう思う気持ちを優しさと言うかどうかは、たぶん、状況にもよるし、人にもよる。

 

 

  ・★ごきぶり★

 生存本能。

 そこから来る、漠然とした明日への期待。

 死にたくないという願望。

「ゲームのせつめい」の反対にあるもの。

 

 人間というものが、一番、持っていないとおかしいエフェクト。

 たぶん、みんながあのエンディングを恐れた理由。

 ああだこうだと理屈を付けて、窓付きの死を「悲しいものだ」という事にしようとしてしまった理由の一つ。

 おそらく、ききやま様ですら、これだけは持っているであろうエフェクト。

 ……そして、本当の窓付きが、エフェクトとしては持っていなかったもの。

 

 

 

 

  ・★きょじん★

 マウント欲求。

 「こびと」の反対にあるもの。

 自分を偉いと思いたい気持ち。

 他人を下げる事で自己肯定感を相対的に上げたいという気持ち。

 自分よりも下の人間を見つける事で、別に何かを成し遂げた訳でもなくても、「自分も生きていていいんだ」みたいな事を想えて心が救われる気持ち。

 そして、おそらく、「おばけになりたい」という気持ち。

 

 

 (20年前の)ききやま様に「お前らにはゆめにっきの答えなんて分かんないんだろうなぁ^^」みたいな事を言われているような気持ちになると自然と湧いてくるもの。

 それに「おに」が混じると「バカにしてんじゃねえぞメスガキがッッ!!!」とキレながら意地で考察を進めたくなる気持ちとなる。

 (そして、そういう自分を恥ずかしくて醜いと思えるのが「こびと」。……だと思う)

 

 

 「ねこ」以上に、自分を偽る行動。

 そして、簡単に「こびと」を踏み潰してしまうエフェクト。

 ある意味「ふえ」と同じくらい、何のためにあるのかよく分からないエフェクト。

 ……だけどそれでも、火星さんとゴキブリ猫に仲良くして貰う為に必要なものの一つ。

 「おばけでありつつも自分らしく生きていく」という事の為に必要なエフェクトの一つ。

 上手くバランスを取って「こびと」と仲良くして貰うのが、とても難しいもの。

 

 

 本来なら、FC小屋のボス部屋辺りに落ちていないとおかしいエフェクト。

 ……しかし何故か、窓付きが微塵も持っていなかったエフェクト。

 

 本来はこれも、人間というものには無いと絶対におかしいエフェクト。 

 この世の殆どの人が、たぶん、基本的には凄く沢山持っているエフェクト。

 そして、ほうちょうよりもねこよりも、面白いように色んな反応が貰えるエフェクト。

 ……おそらく、だから、世界をおばけにしてしまっているエフェクト。

 

 

 ゆめにっきの劇中で、これだけは、結局全然描かれなかったエフェクト。

 おそらくゆめにっきという作品は「この世の醜さと向き合え」みたいな事がテーマの一つの筈なのだが、何故か、この世の醜さというものを考える上で最も重要な筈であるこれだけは、本当に一切出てこない。

 ……作者の考察では、たぶんききやま様は、本当に素で、人間というものには普通はこういうものがある事だけはよく分かっていなかったのだと思う。

 

 

 みんなはたぶん、「窓付きは学校で虐めにでもあっている」というような事を考えていた。

 それが一番理解が容易かったし、この世というものを考えた時、そういう事が誰もが真っ先に思いつくような事だった。

 ……だけど、たぶん(20年前当時の)ききやま様は、本当に、これだけ真剣に世の中の事を考えても、考えても考えても、「人が人を虐める理由」みたいなものが、おそらく本当によく分からなかった。

 だからこそ、ゆめにっきという作品は、ここまで、あまりにも意味不明だったんだと思う。

 

 

  ・朝を表しているマップで、何故か一つだけ画像の下部分が途切れている手

 たぶん、ただのミス。

 本当に、意味とかは何もなくて、ききやま様がただ純粋に「画像の下部分が画面端まで届いていない」という事に気付かなかっただけのミス。

 ききやま様も人間なので、どれだけ心血を注いでこの作品を作っていても、そういう事は普通に起こりうる。

 

 

  ・窓付きを虐めていた相手のおさらい

 自分自身(なまくび)

 過去(モノ子ドンドコ)

 現在(鳥人間の狂気)

 未来(終わりのない復讐と壊れていく体)

 肉体(延々と増えていく胎児達、ネオンなどで感じているであろう地獄)

 精神(厭世思想、反出生主義、そういうものから来る底なしの絶望)

 弱さ(対人恐怖症)

 強さ(ほうちょうに首を振り続ける心の中の死体さん)

 自宅(部屋を一歩出れば鳥人間)

 職場(数字の世界)

 自分(ねこにしかなれない)

 社会(赤の王様)

 常識(赤クラゲの否定)

 世界(朝のマップの無数の手)

 理性(しんごうへの憧れ)

 良心(様々なものによって構成されている窓付きという人間自身の優しさ)

 本能(意味のないハート)

 欠陥(めかくしのエフェクトがない)

 正気(カリンバが謎の民族の狂った踊りにしか見えない)

 狂気(でんとうで暗闇と向き合い続ける、めだまうででトラウマを大事にし続ける)

 寂しさ(窓付きの原点)

 責任(本当は少しだけ覚えている、死体さんに命を救われた者としての幸福義務)

 希望(ふえ、FCピラミッドなど)

 期待(それでもたまに現れるポニ子のような存在)

 本心(隠されていて何時までも見つからない火星さん)

 人生のほぼ全て(ストーリー全体)

「自己嫌悪」という最も逃げ場のない地獄。

「相手の心を分かろうとしない」という他者の根本的な性質そのもの。

「資本主義」という世界の根本的な形そのもの。

「心の迷宮」という人というものの悩みそのもの。

「煩悩(エフェクト)」という人間の根源的な苦しみそのもの。

 

 ……ゆめにっきには、窓付きが何かに苦しめられている場面がとにかくやたらと多い。

 本当に色んなものに、もはや誰もその全容を想像出来ない程の全てに、これでもかと、窓付きは苦しめられている。

 しかし、その相手は全員、あまりにも、ただの悪人とは言い難い。

 あれだけの壮絶な虐めを受けているのに、あれほどの四面楚歌なのに、その相手にはそれぞれに(もはや逆に現実的ではない程に)ちゃんとした事情があり、時には悪意すら全くない。

 ポニ子などは最早、誰も意味が理解出来ないレベルで、ただの良い人だった。

 

 なので、よく考えれば、それは何かがおかしい。

 

 

  ・★きょじん★という概念が存在した場合のゆめにっき

 たぶん、本当の本当に現実的に考えたら、鳥人間は大量のお金を手にしている。

 だから、そのお金でブランドバックとかそういうものを買い漁って、それによってもっとお金が欲しくなって、復讐という当初の目的を段々と見失っていく。

 そしてだから、窓付きはそんな鳥人間に対して、普通に、なまくびでいるのが段々バカらしくなっていって、愛想というものが尽きていく。

 

 あるいは、現実ではまず間違いなく、ポニ子は窓付きを普通に虐める。

 この小説に書いたように、憐れんで、バカにして、優しくしつつも内心では見下す。

 本当の普通の女の子は、おそらくどうやっても、窓付きのような人間に天使のように接する事は出来ない。

 

 死体さんやポニ子のように、「おばけの正体がよく見てみればただの善人だった」という事は、現実でもたぶんある。

 (だから人間は、猜疑心だけで生きてはいけない)

 しかし、普通に、「おばけには結局都合のいい正体なんてものは無かった」という事の方が、現実ではたぶん多い。

 

 ……しかし、そういうタイプのこの世の醜さだけは、何故か、あの世界では本当に全く描かれない。

 

 

 たぶん、本当の本当に、リアルに考えた場合。

 リアルな窓付きは、たぶん日常的に、蟻の巣に水とかを流してる。

 どんなになまくびを持っていても、どんなに死体さんに首を横に振られても

 あそこまで追い詰められれば、人は自分より弱い生き物を虐める事で己の存在意義を保とうとする。

 

 その辺の花とかを毟って、八つ当たりをしてみようとする。

 それでも耐えられなかったら、猫とかを捕まえて殺してみようとする。

 鳥人間を殺す所まではいかなくても、悪意には段階みたいなものがあり、その階段を数段くらいは昇っている。

 

 ……しかし、暗闇の世界などにはそういう描写が一切ない。

 なので、たぶん、窓付きはその階段を1段すら昇っていない。

 (窓付きは夢の中ではよくほうちょうを使うけど、それでリアルな反応をされる事はほぼない。

 あれは「夢の中の嫌な物を消したい」というだけの行為であって、現実ではそんな事はおそらく全然していない。

 おそらく現実の窓付きは、「包丁を振り回す事で自分を偉いと思いたい」と思った事すらない)

 

 鳥人間は窓付きに悪魔であって欲しいから、むしろそういう事を応援する筈なのに、本当に、そういう事だけは何もない。

 

 だから、なんというかつまり、窓付きは本来は性根が捻じ曲がる筈なのに、グレない。

 

 

  ・ききやま様にとっての★きょじん★

 (20年前の)ききやま様は、おそらく、この世というものに対して、認知的不協和を起こしていたのだと思う。

 「何故、人は人を虐めるのか」

 世の中の誰もが知っているそれを、ききやま様は何故か、知らなかった。

 親から虐められた子は自然と暴走族に憧れるみたいな、そういう概念が分からなかった。

 他人をバカにしたら何となく自分が偉くなった気になれるみたいな感覚が、おそらく本気で、微塵も分からなかった。

 「何故、人は自ら進んでおばけになろうと思えるのか」

 おそらく、ききやま様は、本当に本気で、それがあまりにも分からなかった。

 だから、分からない事が怖くて、不気味でしょうがなくて、人を虐める人達の気持ちを必死で理解しようとした。

 それを考えて、考えて、考えて、その結果、ゆめにっきという作品と、窓付きの境遇が生まれていった。

 

 しかし、どれだけ考えても結局、「マウント欲求」という正解には辿り着けなかった。

 本来なら子供が反抗期とかで覚えるそれに、何故か、永遠に辿り着けなかった。

 これ程の壮絶な鬱ゲーを作っても、この物語の何処にも、それを差し込む事が出来なかった。

 ……人間にはそういう悪意がある事が、最後まで分からなかった。

 

 その結果、「ただの悪者ではない人達のみに、あらゆる方面から、あり得ない程に虐められている」という窓付きの意味不明な境遇が生まれていった。

 そして、「意味が分かったら怖くない話」というか、優しさのアハ体験みたいなものが感じられる、あの本当に何とも言い難い作品が出来ていった。

 

 ききやま様は、本当に何とかして、「この世の醜さ」というものの正体を掴もうとした。

 ……そうする事で、おそらく、自分もおばけの世界に混ぜて欲しかった。

 しかし、ゆめにっきという作品の中には、最後までそれを正確に描く事は出来なかった。

 人の本当の冷たさとか、愚かさとか、しょうもなさとか、そういうものだけは結局表現する事が出来なかった。

 その結果、誰もが知っているものだけが何故か欠落している、意味不明な程に不気味なのに何故か誰もが和んでしまうような暖かみも感じられる、グロテスクなのにメルヘンな、あの謎過ぎる世界が出来上がっていった。

 

 ゆめにっきの制作過程には、おそらくそういう背景もあったのではないかと、作者は思う。

 

 

  ・ふえの音が誰にも聞こえない理由

 本当に現実的に考えたら、「ふえ」で誰一人反応しないのは、おそらく逆にありえない。

 あれは窓付きの根源のようなエフェクトなので、たぶん、窓付きはふえを、心から大事にしている。

 だから、セコムマサダ先生とか、ポニ子とか、少なくともそういう心から信頼出来そうな相手には当然ふえを使ってみている。

 そして、2人ともおそらく底抜けに優しい人物だった筈なので、例えどれだけ窓付きが不器用でも、窓付きのふえの音(幸せを共有したいという気持ちによって起こされる何らかの行動)が聞こえない訳がない。

 ……つまり、ふえで誰も何も反応しないのも、よく考えれば、おかしい。

 

 

 一連の考察がある程度正しかったら、ききやま様という人物は、たぶん色々バグってる。

 誰よりも優しい人間だから誰よりも残酷になろうとしている。

 そして、その癖、最後まで全然おばけにはなり切れていない。

 

 ……本当のゆめにっきには、「一見怖いものが本当は怖くない」という描写が多い。

 そしてききやま様自身が、人間として、おそらくそういう意味不明な性質を持っている。

 その上で、ききやま様は、(黙秘を貫いた理由の部分でも考察した通り)タオルやねこのエフェクトをたぶん現実でもかなり持っている。

 

 つまり、ゆめにっきがひっかけ問題によって描いていた

 「一見恐ろしいものが意外と優しい事もある」というテーマは

 「私は本当は怖くないから構って欲しい」という事をぼんやりと伝えたかったような可能性がある。

 

 そして、ききやま様はある程度窓付きに自分を投影している。

 ……つまり、「余計なエフェクトを捨てたい」という願望を抱えている。

 だから、もしかすると、ふえとかそういうものを、持ちすぎていても辛いので捨てたいと考えていたような節がある。

 

「人は人の本当の優しさなど分からない」というテーマは

「私の優しさなんてどうせ誰も分かってくれないんだから、もう諦めろ私」というような事をぼんやりと自分に言い聞かせていた可能性がある。

 

 ききやま様は昔、「参考になるかびみょーなQ&A」というものを作り、その中でこのような事を言っていた事がある。

 Q「ジャンルは?」A「ホラーじゃないよ。グロでもないです。ハートフルです」

 あれは、つまり、「私は本当は構ってちゃんだからもっと気軽に接してくれていいですよ」という意味であった可能性がある。

 

 

 ……仮に、本当に仮に、この考察が全て正しかった場合。

 ききやま様は、自分を理解して欲しかったから誰も理解出来ないものを作ろうとしていた可能性がある。

 本当にただ構って欲しかったから、己の執念をかけて、誰も意味が分かりたくすらならない作品を作ろうとしていた可能性が、ある。

 

 たぶん、それは言語化すれば、こういうエフェクトになる。

 ★あまのじゃく★

 

 

 ゆめにっきと違い、現実の人間の心とは、おそらくこのように考察をしていても簡単に答えに辿り着けるようなものではない。

 そして、そもそももう、ゆめにっきというゲームが作られてから20年くらいが経過している。

 だから、現在のききやま様がどういう人物なのかとかは、やはりもう微塵も分からない。

 

 ……しかし、もしききやま様が本当はそのような人物だったのだとしたら

 おそらく全てのゆめにっきファンが抱いていた「自作についてペラペラ解説をしないクールでカッコいい人」というききやま先生像が完全崩壊してしまう代わりに

 あり得ない程の親しみが持てると思うのは、作者だけだろうか。

 

 

  ・窓付きが起床時に1/64の確率で顔だけプレイヤーの方向を向いている理由(通称寝違えイベント)

 ききやま様が作者の想像する通りの人間なら、「まだ気付かないの?」と言っている。

 

 

  ・★いっぴきおおかみ★

 人間が沢山持っていたり少しだけ持っていたりするエフェクト。

 

 

  ・ききやま様にとっての★ねこ★

 世界一解きたくないひっかけ問題。

 人は構って欲しがる癖に、ついつい可愛いふりをしたがる。

 ……たぶん。

 

 

 

 

  ・★かくれんぼ★

 「誰かに見つけて貰う為に隠れる」という遊び。

 ……マジでこれなんだとしたら、ガチ勢過ぎる。

 

 

  ・★ミニスカート★

 短いスカートを履く事に快感を覚える気持ち。

 だからと言って、別にパンツを見て欲しい訳ではない。

 ……冷静に考えたら、やっぱこっちの可能性もあるから気を付けようね。

 (だとしても見るけど)

 

 

  ・エフェクトというもの

 たぶん、本当に人間の本質のようなもの。

 「人の欲望の形」と一言で言えばそれまでだが、その意味とか性質を考え始めれば、本当に果てしなく深い。

 

 人間は人間の数だけ、色んなエフェクトを持っている。

 そして、時には、何故か当たり前のエフェクトが欠落している。

 だから人は、みんな違うくて、恐ろしくて、理解が難しくて、自分や他人の事が分からなくて、苦しむ。

 ……だけど、だからこそたぶん、この世というものは、自分とか他人とかそういうものの美しさを知れた時に、それを尊いと思えるんだと思う。

 

 

 

 

  ・ゆめにっきのタイトルロゴ

 ぐちゃぐちゃに入り組んだ、果ての無い迷宮。

 俯瞰してじっくりとよく見てみれば、ゆめにっきと書かれている事が分かる。

 ……たぶん、本当は、これにすら全て意味があった。

 

 

 

 

  ・下水道の絵

 どう見ても、「精神障碍者の書いた落書きのパロディ」のような何かにしか見えないもの。

 普通は、何をどうやっても、単なる人を怖がらせる為の何かにしか思ないもの。

 

 

  ・下水道の絵があんまり怖くない理由

 あまりにも意味が分からなさ過ぎて、一周して意味が分からないと思えないから。

 「流石にこんなものにまで深い意味はないだろう」という気持ちしか生まれないから。

 

 

  ・あの下水道の窓にあるもの

 ききやま様が何かを表現する為に、一本一本線を引いて頑張って書いた絵。

 おそらく、ききやま様という人間がこのゲームの制作中に最もキチゲを解放したであろう何か。

 

 

  ・窓付きが下水道で描いていた(であろう)絵の意味

 分からん。

 そして正直分かりたくない。

 人間というのは結局、自分が見たいように世界を見てるから正気を保てているんだと思う。

 そして作者はほんとにたまたま気付いちゃっただけのポニ子だから、これ以上はもう勘弁して……。

 

 

 

 

  ・この考察の的中率

 たぶん、全体像みたいなものは当たってる。

 流石に、ここまで整合性が取れていて「自分がそう思うだけかもしれませんが」と言ってしまうのは逆に謙遜が過ぎるので、全体像は当たってると思う。

 だけど、(当然だが)作者はききやま様ではないので、キャラクターへの解釈とかそういう部分はズレてる所も多々あると思う。

 なので、そういう部分は各自で考察していってみて下さい。

 

 ゆめにっきを自分でプレイしてみて、色々と考えてみて

 「いや、この解釈はおかしくね?」「本当はこれが正解じゃね?」みたいな気持ちが湧いてきて

 それがただの願望とかそういうものから来ているのではない場合

 たぶんそれは、ゆめにっきという作品のテーマ的に、本当は凄く大事な事なんだと思います。

 

 

  ・ききやま様が設定を作っている範囲

 ききやま様はもう、まず間違いなく、ゆめにっきのストーリーとか窓付きの人生の全体像みたいなものは考えていたと思う。

 しかし、流石にききやま様自身でも、キャラの細部とかそういう部分はあまり考えてない所もあるとは思う。

 なのでそういう所には、本当に、解釈の余地みたいなものはあるのだと思う。

 

 

  ・この考察から漏れているもの

 たぶん、漏れてるものは幾らでもある。

 たぶん本当は、隠れミッキーみたいに、ゆめにっきワールドには意外な所に意外なキャラが沢山いる。

 そしてぶっちゃけ、作者にも結局よく分からなかったからスルーしてるものも、まだ一杯ある。

 ……なので後は、「あれって結局何だったんだろう?」という事が気になる人は、各自で色々と考えてみてあげて下さい。

 

 

  ・ただの妄想全開の二次創作

 この世の美しさの一つ。

 稀に、こびとの中の一人になって、答えに辿り着く為の手段の一つになるもの。

 二次創作だとちゃんと分かっているなら、たぶん、それでもあってもいい。

 

 っていうか、あって下さい……。

 たぶんききやま様も、普通に人間だから、ずっと鬱な事だけ考えて生きてたい訳じゃないだろうし

 モノ子とかモノ江とかをあの絵1枚から皆にあんだけ可愛く書いて貰えたりして、本当に普通に喜んでたと思いますたぶん。

 

 

 

  ・この考察で作者が言いたい事

 たぶん、一言で言えば「窓付きは売春をさせられていた」みたいな事がゆめにっきの真相になるんだと思います。

 だけど、ききやま様が描きたかった事はそういう事ではないんだと思います。

 ここで考察してる作品の意図とかがどれくらい合ってるかは分からないけど、何て言うか、ききやま様は色んな事を考えて欲しかったからあえて真相をぼかしてあの作品を作ったんだと思います。

 「本当の優しさって何だろう?」とか、たぶんそういう事を考えて貰えたら、それがゆめにっきという作品の伝えたい事だったんだろうと自分は思います。

 

 

  ・この考察の内容の転載とか翻訳とか

 もししたい人がいるなら、(ききやま様に許される範囲なら、)小説の本編も含めて何をしていただいても構いません。

 note版の記事も、自由に転載やら翻訳やらなんでもして頂いて構いません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ・小休止

 これで、「ゆめにっき本編で直接的に描かれたものの考察」はだいたい終わりです。

 ……しかし、まだ色々と考察し足りない事があるので、もうちょっとだけ続きます。

 ちゃんとゆめにっきの話自体はしていくので、もう少しだけお付き合い下さい。

 

 

 

 

 

 

  『おまけ1。この世の考察』

  ・人の心

 ゆめにっきの答えが分かっても、それだけで、それが分かる訳ではない。

 

 

  ・常識

 意味もなく、願望だけで信じても疑ってもいけない。

 

 

  ・人間

 ふざけない事に、耐えられない。

 

 

  ・苦しみ

 いらないのに、いる。

 

 

  ・優しさ

 おぞましいのに、いる。

 

 

  ・幸せ

 何よりも大切なのに、簡単に見失ってしまう。

 

 

  ・嘘

 つき過ぎると、おそらく人は壊れてしまう。

 つか無さ過ぎると、おそらく人は壊れてしまう。

 なのでたぶん、ちょうど良いくらいについた方が良い。

 

 

 

 

  ・資本主義

 たぶん、どれだけ何かがおかしくても、これ以外の社会制度は結局現実的ではない。

 

 

  ・国の法律とか、共通の倫理観とか

 どれだけ不条理でも、おそらくそれが全くなければ、社会というものは成立しない。

 

 

  ・自動販売機

 おそらく、ゆめにっきで一番の風評被害を受ける事になるもの。

 ……この子自身はたぶん、そこまで悪い事はしていない。

 

 

 

 

  ・★かめん★

 ペルソナ。

 ザ・エフェクト。

 普通の社会生活を営む為の振る舞い。

 他人との無暗な衝突を避けたいという欲求。

 外向きの人格でいたいという感じの願望。

 

 ゆめにっきの劇中では(あの世界が狂い過ぎていて)一周して出番がなかったが、現代人なら普通は誰でも持っているであろうエフェクト。

 自分が抱いているエフェクトがこれである事を忘れ始めると、火星さんが壊れていく。

 しかし、これを全部投げ捨ててしまうと、社会生活というものを営む事は出来なくなる。

 

 

  ・★パレード★

 模倣欲。

 ザ・エフェクト。

 みんなの楽しそうな輪に混ぜて欲しいという願望。

 その為に、何となく人と同じ事をしていたいという欲求。

 

 名前は相変わらず作者がぱっと思い付いただけの適当。

 だけど、たぶん★まじょ★の原型はこのような形のエフェクトをしている。

 窓付きは人間社会への憧れが粉々に砕かれてしまっているので、このエフェクトすら、誰もよく分からない変な形になっている。

 

 ゆめにっきの劇中では出番がなかったエフェクト。

 しかし、現代人なら普通は誰でも持っているであろうエフェクト。

 ……人間はおそらく、こういうものを心に持っているから、社会性動物というものでいられる。(のだと思う)

 

 他人が楽しそうなのを見るだけで手に入る。

 みんなが持っている物を持つだけで嬉しくなれる。

 「今はこれが流行ってますよ」と言われるだけで燃え上がる。

 なので、特に変な自我とかがなければ、物凄く簡単に抱ける。

 そして大抵は、これをしていたら良い感じに社会のレールに乗れるから、何となく上手くいく。

 ……しかし、火星さんはおそらく、こういう所にはあまりいない。

 このエフェクトを捨てる事が怖くなりすぎてしまっても、おそらく、心というものは壊れる。

 

 

  ・人間が幸せを見失ってしまう理由。

 火星さんを見つけるのが意外と難しいから。

 その癖、社会生活をする上では、火星さんを裏切らないといけない場面が沢山あるから。

 

 そして、周囲が勝手にエフェクトを煽ってくるから。

 なので、(★ブロンドヘアー★のような)火星さんとは全然関係がないエフェクトを大事にしたくなってしまうから。

 それによって、やがて、自分が本当は火星さんを見つけていない事すら忘れてしまうから。

 ……という感じなのではないかなと、作者は思いながら生きてます。

 

 

  ・火星さん

 「自分の幸せ」という概念の別の言い方。

 たぶん、本当に色んなもののせいで隠されている。

 これを見つけ出す事は、おそらく、誰にとっても難しい。

 

 ……「ゆめにっき風に解釈しないこれが人間にとってどういうものか」というのは、たぶん、作者が書いた小説を見て貰えればぼんやりと分かる。(といいなぁと思う)

 

 

  ・蝋燭の火

 やる気。

 「何かをする為の、エフェクトの燃料」という感じの概念。

 

 実は、火星さんを見つけても、それだけでこれが燃える訳ではない。

 だから人は、例え自分のやるべき事が分かっていてもだらだら寝て過ごしたりしてしまう。(のだと思う)

 

 火星さんは間違いなく、その人にとっての幸せではある。

 しかし、「幸せになる気」というものは別に、(窓付きのような劇場型過ぎる境遇でもない限り)「うおおおおおお!!」という感じで湧いてくる訳ではない。

 むしろ、テレビを見て「私もブロンドヘアーになりてぇ」と思ったりとか、そういう気持ちの方がやる気自体はたぶん湧いてくる。

 ……そういう意味でも、火星さんと付き合うのは本当に難しいのだと思う。

 

 

 

 

  ・煩悩

 人間の苦しみと活力の源。

 ゆめにっきというインディーズゲームでエフェクトと呼ばれていたもの。

 時には捨てる事も大切。時には捨てない事も大切。

 「自分が今抱いている想いはこういう煩悩なのだろうだなぁ」と感じる事が、たぶん、一番大切。

 

 

  ・自分の幸せ

 火星さんの別の言い方。

 その人にしかない、その人にとっての一番のエフェクト。

 あると、世界が輝いて見えるもの。

 

 たぶん、多くの人が見つけていないもの。

 そして、それを見つけていない事にも気付けていないもの。

 その結果、最悪の場合は「これを満たす為にこれを裏切って、そのせいで意味も分からず苦しんで、更にこれを満たす為にこれを裏切って……」みたいなループに陥っているもの。(だと思う)

 

 

  ・自分がどんなエフェクトを持っているのか確認する方法

 おそらく、(ゆめにっき風に例えるなら)「一回卵にして生み出してみて、もう一回再取得する」みたいなプロセスが必要。

 ……どうやったらそれを出来るのかは、たぶん本当に人によるので、各々で色々考えてみて下さい。

 

 

  ・エフェクトというものの性質

 作者の感覚では、エフェクトというのは何かが単体であるのではなく、多重構造になっている。

 だから、「エフェクトの為のエフェクト」「エフェクトの為のエフェクトの為のエフェクト」みたいな感じになっている。

 

 タオルの場合は

 ★タオル★(孤独感)がある子が可愛い子ぶる事を覚えたら★ねこ★(愛され願望)を獲得して

 ★ねこ★(愛され願望)を実現したい子が大人びてくると★ロングヘアー★(オシャレ欲求)に目覚め始めて

 ★ロングヘアー★(オシャレ欲求)を学びたい子がテレビとかを見てると★アイドル★(芸能人とかに憧れる気持ち)を獲得して

 みたいな感じ。

 

 そして、それが独立して意味を持ったり、複雑に枝分かれしたりしていて、人間の心の形みたいなものは出来ている。

 ……あくまで作者の感覚だから、あってるかどうかは知らん。

 そういう事に興味のある方は各々で色々考察してみて下さい。

 

 

  ・★エフェクトかいじょ★

 無心願望。

 自分の思考をリセットしたいという気持ち。

 何も考えておらず、何にも囚われていない、そういう心理状態で自分の事を見つめ直したいみたいな気持ち。

 たぶん、「星の王子様」という童話などで描かれていた境地。

 ゆめにっきという作品の意図を理解する為には、たぶん、こういう感じのエフェクトが最初に必要だったのだと思う。

 

 

  ・夢の入り口にある扉

 「その日の気分」のような概念。

 おそらく、心のスイッチのようなもの。

 たぶん、「野球のイチロー選手が打席に立った時にバットを前に出して回す意味」みたいな感じの概念。

 

 行動の一貫性。

 精神世界の持続性。

 この「扉を開けるのに必要なエネエルギー」というものが、おそらく、「積みゲーがあって、一度やり始めたら絶対面白いし止まらない筈なのに、‎Nintendo Switchの電源を入れるのが何となく億劫な気持ち」みたいな概念。

 

 たぶん、この扉の中は、黒子のバスケとかでゾーンって言われてるような感じの境地。

 そして、一度ポテチを食べ始めたら何となく止まらなくなる気持ちみたいな感じの概念。(のような気がする)

 (なので、例えばゆめにっき風に例えると、「ゾーンの世界」とか「カルビーの世界」みたいな概念が人間の心というものにはあるのだと思う。たぶん。おそらく。きっと。もしかすると)

 

 

 (これはもうどうやっても上手く説明出来る気がしないが)「なんか言われてみれば、こういう概念があるなぁ」みたいな感じのもの。

 

 開けたら、色んなものが飛び出してくる。

 そして、意外な自分に会えたりする。

 対応するエフェクトを持っていないと、呑み込まれたり、何も意味が分からなかったりもする。

 他人を無理やり引きずり出すようなものではないが、(法などに触れない範囲では、)何があるのか分からないのでまずはやってみる事も大事だと思う。

 

 

 

 

  ・哲学

 ふざけているだけの学問。

 みんなで真面目なふりをする遊び。

 ありがたがられたいだけの人達が、難しい事を言って自分を偉そうに見せているだけのもの。

 ……だと、哲学者の誰かが言ってるのをyoutubeで聞いた。

 

 

  ・「解釈や感想は人それぞれだよね」というものの考え方

 ゆめにっきファンの共通認識だったもの。

 哲学の世界で「相対主義」と呼ばれているもの。(らしい)

 

 紀元前5世紀くらいに、人々の衝突を回避する為に提唱されていた考え方。

 紀元前4世紀くらいに、哲学者の人達によって「こんな考え方お前らの勝手な都合だろ」とボロクソに否定されている考え方。

 

 

  ・「正解がない事が正解だよね」という結論

 ゆめにっき界隈が出した結論。

 相対主義の押し付け。

 

 これ自体は別に状況によっては間違いではないし、大事な考え方でもあるもの。

 しかし、昔のギリシャでは「正解がない事が正解だからお前ら世の中について深く考えんなよ」という思想を人々に押し付ける風潮が横行していて、そのせいで法律とかが滅茶苦茶になっていたので、当時の真面目なギリシャ人達はそれにキレていたらしい。

 

 

  ・「絶対的な正解」という概念

 ゆめにっきには存在しないと思われていたもの。

 これが無いと思われていたので、ゆめにっきは本当は推理ゲームだったのに、誰も真面目に推理を始められなかった。

 

 紀元前5世紀くらいまでは存在しないと思われていたもの。

 紀元前4世紀くらいにソクラテスさんが突然あると言い始めたもの。

 その結果、世の中に科学とか学校とかそういうものが生まれていく事になったもの。

 「人間はこれがある事を信じないと、自分が無知である事すら分からなくなり、都合の良い方便だけを信じるようになって堕落してしまう」と言われている概念。

 

 おそらく、ききやま様が本当は、描きたかったもの。

 

 

  ・哲学者

 勉強し過ぎて認知が歪んでしまった可哀そうな人達。

 誰も意味が分からなくなる程に屁理屈に屁理屈を重ねて、そんな事で世界を分かった気になっているおかしな人達。

 ……にしか常人には見えない人達。

 

 

  ・★ばか★

 哲学の祖であるソクラテスさんが死ぬほど持っていたと言われているエフェクト。

 

 無知の知。

 不知の自覚。

 疑問を抱く事を放棄したくないという欲求。

 自分が馬鹿な事を自覚していたいという願望。

 それによって、真理というものを知りたいと感じる想い。

 「俺は自分が無知な事を知ってるからお前らより偉いんだぞ」みたいなアレではなくて、本当にただただ、自分は何も知らない愚か者だと思いたいだけの子供心のような気持ち。

 

 ……要するに、「1+1=2ですよ」と先生に教えられた時、別にふざけたい訳でも相手を論破したい訳でもないのに、「なんで?」となるような気持ち。(なのだと思う)

 小学校のテストで0点を取れる才能。

 これを抱き過ぎて、ソクラテスさんは大人の人達にキレられて殺された。

 

 ★こびと★に近いけれど、(たぶん)また少しだけ違う概念。

 「本当は真の答えがあるのに自分にはそれが見つかっていない」という事を見つける為のエフェクト。(なのだと思う)

 おそらく、ゆめにっきの答えを理解する為に必要だったエフェクトの一つ。

 ……ききやま様はたぶん、このエフェクトを皆に使わせない為に、意味不明なくらい不気味でふわふわしたものを作ってそれが何なのかを理解させる気をなくしていた。

 

 

  ・イデア

 「物事の根本的な要因」という概念。(らしい)

 昔は「この概念はつまり全ての真理が存在する天国的な場所だ」と解釈されていたが、最近は研究が進んで「プラトンさんは別にそういうふわふわしたものについて皆に言いたかった訳じゃないんじゃね?」的な事を言われている(らしい)。

 

 

  ・イデア論

 「物事には根本的な要因がある筈だ」という考え方(らしい)。

 ききやま様はたぶん、こういう事を考えながら人間の心の形などについて自分なりに色々と考えて、その結果エフェクトという概念などを作った(のだと思う)。

 

 ゆめにっきの世界には、仏教っぽい雰囲気のものはそれなりに出てくる。

 しかし、古代ローマとかそういう感じの雰囲気のものは全く出てこない。

 ……煩悩とか涅槃とかは流石に知ってそうだけど、こっち系の概念はマジで知らないまま100%本能だけでやってそうで怖い。

 

 

 

 

  ・汝自身を知れ。

 ソクラテスさんの座右の銘。

 「身の程を知れ」という意味。(らしい)

 ……おそらく、★きょじん★にならず★こびと★になれという意味。(だと思う)

 

 

  ・善く生きる

 ソクラテスさんが己の命を使って説いた、人が最も大切にしなければならないらしい事。

 しょうもない嘘をつかなかったり、人間にとって一番大切な事を尊重したりする事らしい。

 ……(全然知らんけど)たぶん、★ふえ★とか★でんとう★とか★こびと★みたいな人にとって大切なエフェクトを沢山持つようにして、その反対である★おに★とか★めかくし★とか★きょじん★みたいな悪徳的なエフェクトをあんまり持たないようにしろという事なのだと思う。

 

 

  ・★テオーリア★

 永遠不変の真理や事物の本質を眺める理性的な認識活動。

 アリストテレスさんが唱えた、人間の究極の活動だと言われているもの。

 ……たぶん、自分探しのような概念。

 

 窓付きが(こういうものをエフェクトとして持っていた訳でもなのに、自然に)やっていた事。

 それを見たみんなは、「可哀そうな引きこもりの女の子。きっと学校で虐められたのだろうなぁ」とか思っていた事。

 たぶん、世間からは「そんな事をしている暇があるなら働け」としか言われないような事。

 

 

  ・思考

 何かを考えるという行為。

 「自分自身で仮説を立てて、その仮説を検証する為に目の前の物事を見る」という行為。

 ゆめにっきの正解というものを理解する為にしなければならない事。

 この考察集を見ているだけではたぶん出来ない事。

 

 

  ・産婆術

 知を愛する手助け。

 「あえて答えを教えずにヒントだけを与える」という行為。

 それをしてあげると、知識がその人の中の真理と結びついて、普通に教えるよりもなんかいい感じになるらしい。

 ……たぶん、言葉では語りえないものが伝わるとか、心の奥まで言葉が届くとか、謎解きゲームを楽しませる事でその人の心の中に★ばか★のエフェクトが生まれるようになるとか、それでワンチャン自分以上に深い答えを相手が出してくれるとか、そんな感じのアレなんだと思う。

 

 ソクラテスさんがギリシャの人達にしていたと言われている事。

 ブッダとかそういう人も、ただただ皆にしていたと言われている事。

 ……正直、作者があんまり興味がない事。

 

 おそらく、ききやま様はこういう事をしたい一面のようなものもあったのだと思う。

 だから、それもあって、ききやま様は自作の意味をペラペラ話さなかったのだと思う。

 

 

  ・解釈の余地

 ゆめにっきの価値だと言われていたもの。

 「正解がないのが正解」という概念。

 「真理の探求なんか辞めて皆でふわふわした感じを楽しもうぜ」というノリ。

 

 考えれば考える程、ききやま様は、こういうものを「下らない」と思っていた節があったように思う。

 そうでなければ、こんな作品を作る訳がない。

 

 なので、全てのゆめにっきファンの常識であった

 「答えがないのがゆめにっきの良い所」

 「ききやま様はファンの想像の余地を大事にしてくれている」

 ……という解釈は、本当に全く的が外れていたのだと思う。

 

 

 

 

  ・認知的不協和

 人間をよく困らせているもの。

 ゆめにっきというインディーズゲームが誰にも気付かれずとも描いていたもの。

 「心の弱い人間は本当の恐怖を感じた時、相手をあざ笑おうとする」という人の性質。

 ……ゆめにっきの答えを理解すれば、とりあえず、ゆめにっき自体は怖くなくなる。

 

 

  ・論理性

 たぶん、頭の良さとかテストの点数とか、偉い人のふりして皆に褒められる力とか、そういうものともまた違うもの。

 

 ……どうでもいいけど、作者は大学に行った事すらない。

 中学のテストすら、数学とかだったら全然分からんと思う。

 お金とかも正直、全然持ってない。

 普通にもっと美味しいものを食べたりしたいのに、上手なお金の稼ぎ方とかも、未だに上手く分からない。

 

 履歴書を書いたら、その辺のコンビニのバイトとかすら、受かるかどうか分からない。

 自分の頭が良いと思えた事は全然ない。

 だから正直、負け惜しみもあるのかもしれないとは、思ってる。

 

 

  ・ミスリード

 物事の本質を誤解させる事。

 何かの価値などを誤魔化す為に、作為的に人を誤った方向へ導く事。

 ゆめにっきというインディーズゲームの答えに100万人が20年間気付かなかった理由。

 

 時々、別に頼まれている訳でもないのに、人間が自分に対して勝手に行っている事。

 そして時々、別に認知的不協和とかを表現したい訳でもなく、深い意味などを込めている訳でもないのに、何となくお金とかが欲しい人達が行っている事。

 なので、需要と供給が結果的に成り立ってしまっているもの。

 

 業。

 愛。

 敵。

 狂気。

 正気。

 弱さ。

 強さ。

 年齢。

 学歴。

 自信。

 常識。

 願望。

 味方。

 体裁。

 建前。

 盲目さ。

 猜疑心。

 倫理観。

 無神経。

 不正解。

 逆恨み。

 逆ギレ。

 心の盾。

 数値化。

 言語化。

 抽象化。

 タブー。

 赤クラゲ。

 希死念慮。

 現実逃避。

 思考放棄。

 何かの蓋。

 トラウマ。

 プライド。

 ペルソナ

 思い込み。

 自己暗示。

 すれ違い。

 失敗経験。

 成功体験。

 陰謀論者。

 権威主義。

 裸の王様。

 前向きさ。

 後ろ向きさ。

 北風と太陽。

 星の王子様。

 エフェクト。

 この考察集。

 あらゆる物。

 例外の失念。

 自己肯定感。

 認知の歪み。

 多元的無知。

 京都しぐさ。

 ランキング。

 サムネイル。

 不快な広告。

 目先の欲求。

 奴隷ハーレム。

 苦悩の特効薬。

 洗脳ロジック。

 公正世界仮説。

 醜いアヒルの子。

 火星さんの天敵。

 有知による無知。

 目先の売り上げ。

 夢の暴走の開始。

 スーパーなNASU。

 違うそうじゃない。

 厄介オタクの考察。

 活動報告も見てね。

 多数決による結論。

 ポジショントーク。

 思考のフィルター。

 敵意帰属バイアス。

 この世のおかしさ。

 モノクロUFO母だけ影薄すぎ問題。

 作者がどう描いていいか分からない。

 決め打ちによる推察。

 毒親による洗脳教育。

 マウント欲求の全否定。

 顔絨毯広場的な実体験。

 ギロチン部屋の実体験。

 幼少期からの自己嫌悪。

 地獄の十字路の実体験。

 壊れた自我の確立欲求。

 空想で希死念慮の発散。

 寂寥と自己嫌悪の葛藤。

 ひかっけ問題で構ちょ。

 ゆめにっきの制作過程。

 片親毒親コンボの辛み。

 家族とか普通への憧れ。

 自己投影から来る願望。

 ……という作者の願望。

 20年前だからいいよね。

 目を覆ってしまう習性。

 センメルヴェイス反射。

 口コミとロングヘアー。

 ネガティブキャンペーン。

 ポジティブキャンペーン。

 立ち止まらなかった結果。

 見えざる神の手様の限界。

 人が死なないで済む理由。

 罪に問われず人を殺す方法。

 リフレーミングの為の哲学。

 人の気持ちが分からない原因。

 臆病な自尊心と尊大な羞恥心。

 この世で上手に生きていく手段。

 カリンバが笑顔で踊ってる理由。

 赤の王様達が微笑んでいる理由。

 えっちなのはいけないと思います。

 ルールなんていらないという気持ち。

 どうせ答えなんてないという気持ち。

 お説教など聞きたくないという気持ち。

 全てを否定する必要はたぶん無いもの。

 とりあえず集団が定めないといけないもの。

 社会というものを崩壊させない為の必要悪。

 こんなものにまで意味はないでしょという気持ち。

 こんなものにでも意味はある筈なんだという気持ち。

 バカにされたくない人ほどバカにされてしまう理由。

 これが好きな人ほど、自分はこれが嫌いだと信じているもの。

 賢くなりたい人ほど、涎を垂らしてこれをされる事を求め続けているもの。

 目隠しをしてる自分の姿そのものが恥ずかしいという事に気付けない知能。

 他人の心というものを本当は全然分かっていないという事が分からない事。

 ゆめにっきはただの精神病患者の落書きで深い意味などないという気持ち。

 ききやま様の天才さと天然さと意地悪さと優しさと不器用さと臆病さと執念。

 スフィンクスに誰かがデーブという名前を付けたせいで皆そうにしか見えなくなったやつ。

 「答えがないのがゆめにっきの良い所だよね」というききやま様が常人だった場合の結論。

 「ききやま様はクールでカッコいいからペラペラ自作の解説をしない」という尊敬心。

 「ゆめにっきに触れて各々が感じたものを大事にしよう」という、それも正解ではあるだろうし、むしろ無い方がやばいモラル。

 ……その他諸々。

 本当に、きっと永遠に、この世の誰もその全てを分からないくらいに、その他諸々。

 

 これが自体を本当に嫌いになり始めたら、少しずつ色んな事を知れるようになる変わりに、とても生き辛くなり始めるもの。

 

 

  ・この世

 ひっかけ問題集。

 

 

  ・お金

 ひっかけ問題を解いても別に貰えないもの。

 たぶん、全く欲しくない人はいない。

 ……そして、世の中の人がみんなこれを欲しくなくなれば、たぶん社会は崩壊してしまう。

 

 

 

 

  ・認知の改善

 ★めかくし★の解除。

 認知の歪みを治す行為。

 した方がよかったり、実はしない方がよかったりするもの。

 

 

  ・マインドフルネス

 「とりあえず目の前の物事に集中する」という作業。

 自分は本当は何をすべきなのか~とかについてあれこれ考えて思い悩んでいたら、出来ない。

 

 

  ・やる気とか、努力したい気持ちとか

 煩悩を大事にしようと思った時に湧いてくるもの。

 そして、自分のやっている事が正しいかどうかが不安になったら失せていくもの。

 世を嘆いてばかりでは、おそらくあまり湧いてきてはくれないもの。

 ……間違った方向に努力をしても意味はないけど、(ある程度でも)正しい方向に突っ走るのは、おそらく人間にとってとても大切。

 

 

  ・自己肯定感とか、うぬぼれとか

 自分が何者か分からないからこそ、自信などが持てる場面は往々にしてある。

 そしてだからこそ、勇気とかを持てる場面も沢山ある。

 ……この世とは全てがひっかけ問題であり、もはや、間違える事すら、必ずしも間違いではない。

 

 

  ・考察とか、哲学とか

 世の中の全てに理屈を付けようとする人は、よく、狂う事になる(らしい)。

 目に見えるもの全てに解釈を付けるという作業は、あまりにも労力がかかり、その癖一度初めてしまえば「理屈が付いていない部分」が逆に気になってしょうがなくなってしまう。

 そしてその上で、もし解釈がズレていたり幅が狭すぎたりすると、簡単に融通というものが利かなくなってしまう。

 

 人生というものは常に、色々と適当な方が、生きやすい事が多い。

 なので結局、世の中というものは、曖昧なままにしておいた方がいい事も多い。

 

 

  ・ひっかけ問題とか、ミスリードとか

 たぶん、全てが悪者ではないもの。

 「優しい嘘」みたいな概念も、人にはおそらく存在する。

 

 ……マジで、たぶん全部と向き合うと気が狂うしかないから、ほどほどにした方が良いと思う。

 ワンピースのルフィは仲間を信じてるから難しい事をあえて考えないけど、たぶん、あんな感じのメンタルが人間にはある程度必要。

 

 

  ・ゴネ特とか、弱さを競う競争とか

 基本的には、この世はほうちょうを振り回す程生きやすい。

 そして逆に、この世はなまくびで居続ける程生き辛い。

 法律に触れない範囲なら、特に自我とかがないのなら、生きていく上ではサイコパスになった方が効率は良い。

 そしてそれなのに何故か、この世という場所は、黙って耐えている人よりもギャーギャー騒いでいる人を狂っている事にまでしてくれる。

 

 この世には、本当は、「弱さを競う競争」という概念がある。

 周りから可哀そうな人だと思われる程に、人は周りから憐れんで貰う事が出来る。

 社会福祉というものは、(皆そうならないように頑張ってはいるのだがそれでもどうしても、)誰からも弱者だと認められた人ほど受けられるようになっている。

 そして、自分が可哀そうな人である事をアピールするのには、結局、発言力というものがいる。

 だから、(生活保護とか差別をなくそうという気持ちなどは間違いなく必要なものではあるのだが、)「弱さを競う競争の勝者だけが受けられる逆差別」という概念がこの世には常に存在してしまう。

 

 なので、人間には「強欲で人気な人ほど助けを求めていそうに見える」という性質がある。

 (そして自分や施しを与えている相手にそういう一面がある事を指摘されると、怒る)

 優しいだけの人間は、どれだけ苦しんでいても、誰にも興味を持たれない。

 そしておそらく、本当に優しい人というものは、その摂理が分かった上でも優しい人間でいる事がアホらしくはならない。

 

 競争原理というものは、本当は、「人間の慈悲」という資源の奪い合いに対しても働いている。

 この世が競争社会である以上、結局、お金とか名声とかに興味を持てない人間は死ぬまで苦しみ続けるしかない(と思う)。

 

 

  ・目先の欲求

 現代社会に生きてるのにこれがゴキブリか何かに見えたら、たぶん、毎日ゆめにっきの聖地巡礼が出来る。

 

 

  ・公正世界仮説

 認知の歪みのパターンの一つ。

 「良い人は報われて、そうでない人は罰せられる」という仮説。

 「世の中は正しいルールに従って回っているんだ」みたいな気持ち。

 仏教とかそういうものが時々説いている(ようににわかからは見えてしまう)もの。

 

 ゆめにっきは現代日本を舞台にしている筈なのに、何故かゆめにっきの世界に全然存在していないもの。

 これを信じている人は認知が歪んでいると言われている。

 しかし、何処かでこれを信じなければ、人は狂うしかないとも言われている。

 

 

  ・見えざる神の手

 現代宗教。

 資本主義社会という宗教団体の教義。

 「みんなが各々の利益を追求すればみんなが幸せになる」という考え方。

 この理論を適応すれば「GDP=その国の幸福度」となる。

 なので、これを100%信じれば何も考えずにお金稼ぎが出来るようになる。

 

 窓付きがよく分からないまま漠然と「何かおかしくね?」と感じているもの。

 ききやま様が中指を立てているもの。

 否定されると、(少なくとも作者は)苦しい。

 

 

  ・認知の歪み

 ただ心の病……では全くないもの。

 本当はこの世に無限に溢れているもの。

 そして本当は、人間にとって生きていく為にはどうしても必要なもの。(だと思う)

 

 

  ・めかくし欲。

 認知の歪みに対する愛。

 真実に対する反抗心。

 「嫌な事を知りたくない」という想い。

 

 100万人を20年くらい騙している人がいた時に、「騙している方の凄さ」ではなく「騙されている方のおかしさ」に注目すると見えてくるもの。

 真実というものが(表面上)難解で不快な感じの物だった時に発生する、「自分が信じたい説を信じたい」という感じの気持ち。

 「別に騙されたい訳でもないのに嘘を優先して信じてしまう」という、人間の変な一面。

 

 「知りたくないという気持ちがある事を知る」という行為は、おそらく、この世で一番難しい。

 人の心など本当はよく分からないし、おまけに耳も痛いし、もし指摘したとしても怒られる。

 ……しかし、人間には、本当はこういう願望がある。

 みんな大人だから誰も言わないだけで、正直、人間はこういうものと共に生きている節がある。

 たから、衆愚政治とかそういうものは何時まで経っても無くならないのだと思う。

 

 

  ・多元的無知

 認知の歪みのパターンの一つ。

 「世のおかしさが分かってるのは俺だけなんだ」みたいな気持ち。

 つまり、「俺は認知が歪んでいないから凄いんだぞ」という認知の歪み。

 この世の真実に目覚めたつもりの人の99%くらいがおそらく感じているもの。

 

 ……人間はたぶん、本当の超人にでもならなければ、結局こういうものを捨てられない。

 なので、どれだけめかくしが憎くても、めかくしを真に捨てたいと思う事はたぶん常人には生涯出来ない。

 

 

  ・苦しみ

 いるのに、いらない

 

 

  ・★めかくし★

 いらないのに、いる。 

 

 

  ・★めかくし★と心の禁忌

 ★めかくし★というエフェクトには、「自分がその気持ちを抱いている事に気付いてはいけない」というルールがある。

 何故なら、人間は「自分は嘘を本当だと思いたがっている」と自覚をすれば、その時点でもうその嘘を本当だとは思えなくなる。

 

 ★めかくし★は、一度自覚をすれば取返しが付かない。

 ★めかくし★には必ずメタメッセージ(そのエフェクトに込められた本当の想い)があり、そしてそれは、解読をした瞬間に霧散してしまう。

 なので人間は、自分がどのような人間なのかを理解し過ぎてしまえば、本来生きていくのに必要な★めかくし★すらなくなり、一周してまともな社会生活が送れなくなってしまう。

 

 本当の自分。

 本当の世界。

 そんなものと向き合い続ければ、人は何時か壊れてしまう。(と思う)

 

 

  ・サンタさん

 信じている人には、そのまま信じさせてあげても良い。(と思う)

 

 

  ・赤クラゲ

 少なくとも作者は、まだ会いたくない。

 

 

  ・雨月

 雨が降っていて月が見えない事。

 「こういう天気の日に、お月様がどんな形をしているのかを想像しながらお団子を食べると風流である」と言われている。

 

 世の中というものは、目に見えるものにだけ魅力がある訳ではない。

 むしろ、雨雲に隠されていて見えない月にはあまりにも魅力があり過ぎて、それを本気で暴きたいという感じの思想の方がおそらくあまり共感はされない。

 

 

  ・★きょうとしぐさ★

 お互いが傷つかない為に、人間には時々こういう緩衝材が必要になる。

 

 

  ・★しゃちく★

 例え何かを誤魔化してでも、人間にはこういうエフェクトを大事にしなければならない時がある。

 

 

  ・★てんさい★

 自尊心。

 自分の行いに対する青信号。

 ★なまくび★の反対にあるエフェクト。

 

 窓付きが最後まで持っていなかったエフェクトの一つ。

 ゆめにっきの劇中には出てこなかったが、人間はおそらく、普通はこういうものも自分の心の中に(ひっそりと)持っている。

 そして、そういうものを持っているから、ノイローゼとかそういう状態にならずに済んでいる。

 

 

  ・お花畑

 能天気な人の頭の中に咲いているもの。

 頭の中にこれが咲いている人は、「物事を何でも自分の都合の良いように捉え過ぎて本質を見失っている」と言われている。

 窓付きの夢の中に、どうしようもないほど咲いていないもの。

 

 

  ・バランス

 たぶん、(平穏に生きたいなら)ただただこれが大事。

 

 

  ・人間に★めかくし★は必要かどうか

 たぶん、この考察集で書いたような感じだと思います。

 

 

 

 

  ・謎

 パンドラの箱。

 そのままにしておいた方がいい事も多いもの。

 だけど、何故だか、どうしようもない程に解くのが楽しくもあるもの。

 

 

  ・ゆめにっき

 「これは何だろう?」と考えるゲーム。

 そして、本当は何故か、その答えが意味不明なくらい用意されているゲーム。

 

 

  ・カリンバ

 「テレビを見たら、人の形をした無数のコンセントが何かを吐きながら歩き続けている」というシーン。

 つまり、社会風刺。

 「この世の人達はみんな嘘を吐きながら生きている」という事を窓付きが感じているシーン。

 この世のおかしさと、悲しさと、どうしようも無さと、心が張り裂ける程にそれを感じ取れてしまう窓付きの純真さが描かれている。

 

 たぶん、童心のような概念。

 皆から見れば、このシーンは謎の民族の狂った踊りか何かにしか見えない。

 しかし窓付きから見れば、この世こそが、そういうよく分からないものにしか見えない。

 だから、窓付きはあんなにも優しいのに、ただただ普通に生きたいのに、狂わざるを得ない。

 ……このシーンの意味を20年間誰も分からなかった事が、ゆめにっきの真の恐ろしさの一つ。

 

 

  ・童心

 作者は子供の頃、ゆめにっきという作品がなんか死ぬほど怖かった。

 しかし今はもう、泣きたくなるくらいには、そういう事をそこまで感じられない。

 ……おそらくだから、こういう風にぼんやりと考察が出来てしまう。

 そしてだから、カリンバのシーンの意味とかが分かっても、「そんな事言われても、この世がこうなのはしょうがなくね?」とかそういう事を感じてしまうのだと思う。

 

 

  ・神秘性

 謎という概念そのものの尊さ。

 「意味が分からない」という事で発生する美しさ。

 ゆめにっきの答えを解くと無くなってしまうもの。

 そして、別に答えなど何も分からなくても、くたびれた大人になれば勝手に感じ取れなくなっていくもの。

 

 作者が子供の頃に、ゆめにっきという作品がどれだけ怖くても感じていたもの。

 そしてたぶん、みんなもゆめにっきという作品に対して感じていたもの。

 だから、当然のように、ゆめにっきという作品はそれを描いているのだとみんなが思い続けていたもの。

 

 ……皆があそこまでゆめにっきの答えを分からなかった理由として、(認知的不協和とかもあったのだろうけどそれだけではなく、)「ゆめにっきが怖くなくなってしまうのが怖い」みたいな気持ちもあったんだと思う。

 しかしだからこそ、たぶん本当の本当は、あの作品が(無情な程に)怖くなくなってしまう所までがゆめにっきという作品だったのだと思う。

 

 

  ・カリンバの曲のフルバージョン

 実は、存在する。

 ききやま様は昔「プレイヤーズ王国」という音楽コミュニティーサイトでも活動をしていた事があり、そこで公開した曲の中にカリンバのロングバージョンがある。

 そのサイトは今はもう消滅してしまっているが、変わりに、youtubeで検索すれば有志が保存してくれていたものが聞ける。

 

 ゆめにっきの意味が分かれば、ゆめにっきは怖くなくなってしまう。

 しかしその代わりとして、こういうものを味わい深い曲だと思えるようになる。

 ……大人になるというのは、一概に悲しいだけの事でもないのだと思う。

 

 

  ・ゆめにっきの意味

 おそらく、知りたくない人にまで無理に押し付けるようなものではない。

 ……しかし、本当は、残酷な程に存在する。

 少なくともききやま様は、本当は、この作品をそういう風に作っていた。

 

 そして、それはただ残酷なだけのものでもない。

 そこには確かに、ききやま様が考えたこの世の美しさとか、そういうものがきちんと篭っている。

 なのでゆめにっきの意味が分からなけば、死体さんのカッコよさとか、窓付きの心の強さとか、そういうものは何も分からないようになっている。

 童心とか神秘性とか、そういうものはかけがえのない程に尊いものだけど、それでもそれだけがこの世の全てではないのだとも思う。

 

 

  ・アハ体験

 納得感という概念。

 何かのきっかけで、これまで理解できなかったことが突然理解出来る体験のこと。

 ……そして、自分という人間が世界をどのように見ればいいのかが、ほんの少しだけ分かる事。

 

 「不正解への誘導」というミスリードが解けてなくなる事。

 その代わり、「正解っぽいものが見える」という新たなミスリードが発生してしまう事。

 これによって逆に無くなってしまうものも多いし、こんな事をしていても別にお金とかも何も貰えないが、それでもきっと、少しくらいは意味のある事。

 

 ゆめにっきというインディーズゲームを今プレイすれば、おそらく感じられるもの。

 

 

  ・作者にとってのゆめにっき

 青春の象徴。

 「自分だけが辛い訳ではないのだなぁ」とか、何となく、そういう事を思えたもの。

 そして、大人になってから、何故かもう一度感動させられたもの。

 ……この考察を進めていく中で、正直もう、何度泣かされたか分からない。

 

 世界一解きたくないひっかけ問題集。

 そして、世界一感動出来る推理ゲーム。

 

 

 

 

  ・カリンバが怖い理由。

 「自分や他人を信じる気持ち」というものが失せていくから。(だと思う)

 

 

  ・カリンバが美しい理由。

 「確かにそうなのかもなぁ」と思わされるから。(だと思う)

 

 

  ・★リフレーミング★

 「物事の捉え方を調整する」という作業。

 ゆめにっきで★メニュータイプチェンジ★と言われていたもの。

 

 おそらく、承認欲求とかそういうものがこの世に存在する理由。

 ★めかくし★とか★きょじん★とかそういう悪徳的なエフェクトを使う事でこれは出来る。

 人間はたぶん、例えそれが事実かどうかは分からなくても、「俺は凄いんだぞお前らとは違うんだぞ」とか思っとけばメニュータイプの色を穏やかな感じの色に出来る。

 ……たぶん、窓付きも鳥人間に対して★おに★を抱く事で、メニュー画面の枠を元の色に戻していたのだと思う。

 

 

  ・人間愚かすぎ問題

 知らん。

 

 

 

 

  ・電燈の世界で窓付きが入っているタンス

 言葉にするならば、おそらく、青春のようなもの。

 

 

  ・人間の深淵

 おそらく、電燈の世界のような場所の中にあるもの。

 普通の人間は、どうやっても、触れる事すら叶わないもの。

 

 

  ・電燈さん(電燈の世界にいる★でんとう★をくれるおばけ)

 「勇気の源」という概念。

 たぶん、本当のゆめにっきというものの性質に一番近いもの。

 おそらく、ききやま様自身が人生の何処かで、何らかの形で実際に出会ったのであろうもの。

 

 ★めかくし★に対する究極のメタカード。

 なんか普通に何もない所をひょこひょこ歩いているけど、よく考えたら、窓付きの夢の中で最も狂っているおばけ。

 人間という生き物にとって、普通は、最も愛するのが難しい存在。

 

 

  ・逆境

 エフェクトのガソリン。

 火星さんとかを見つける為に、たぶんある程度必要なもの。

 「椅子に乗ったまま移動」の状態を強制的に解除してくれるもの。

 

 たぶん、これをお金で買えないから、人は偉くなり過ぎると時々頭が変になる。

 人間にはこういうものを感じ続けないとダメになってしまう性質があるから、仏教とかには「瞑想をしながら滝に打たれる」みたいなよく分からない修行があるんだと思う。(知らんけど)

 

 

  ・火星さんに会う為の最後の坂道

 たぶん、その人にとっての最も大切な悩みのようなもの。

 ……人間という生き物は、たぶん本当の本当は、幸せと同じくらいこういうものも大切にしなければならないのだと思う。(無理だけど)

 

 

  ・旧バージョンの電燈の世界

 没データ。

 数字の世界としてリニューアルされる前の数字の世界。

 ゆめにっきの旧バージョン(0.04や0.06)の中にのみ存在が確認出来る。

 とりあえずという感じで大量のベットが並んでいて、自殺する為の部屋がある。

 

 おそらく、ゆめにっきという作品の原風景のような何か。

 (作者の考察では、)ききやま様は希死念慮や自分の見た悪夢などからこの場所を最初に考えて、そこからゆめにっきの世界を広げていったのだと思う。

 

 

  ・なまくびPK

 没データ。

 (現存する最古のバージョンである)ゆめにっき0.04の画像ファイルの中にのみ存在する。

 おそらく、ききやま様が最初に作ろうとしていたのであろうミニゲームの残骸。

 

 たぶん「地面に転がっている謎のなまくびをサッカー場のゴールに蹴り込む」という感じの内容の、あまりにも謎過ぎるミニゲーム。

 これがNASUに置き換わったのが皆が知っているゆめにっき。

 (ある意味)全盛期のききやま様が、これを作る事で心の安寧を得ていたのであろう何か。

 

 人間は普通、後ろ向きになると辛い気持ちになる。

 しかし、世の中の人間の全てがそういう精神状態でいる訳ではない。

 ……作者的は、ゆめにっきの中でこれが一番怖いまである。

 

 

  ・メニュータイプの色

 プラス思考の量。

 これが真っ赤であって嬉しい人は、おそらく、あまりいない。

 ……しかし、これを元の色に戻す為には、★めかくし★をする必要などが出てくる。

 

 おそらく、意味もなく自ら進んで辛い気持ちになりたいような人はいない。

 人間はおそらく皆「辛い気持ちから解放されたい」という感じの事を根本的に思う。

 ……だからこそ、窓付きもあそこまで深く、愛や自由というものに憧れていた。

 

 しかし、人類の全員が★めかくし★を好きな訳ではない。

 「★めかくし★は本当の愛や自由などくれない」「むしろ★めかくし★こそが苦しみを生むものだ」とその人が思っていたら、「ストレスから解放される為に現実逃避をしよう」という感じの発想が、たぶん出てこなくなる。

 なので、本当に稀に、途方もない程に苦しみながらも自らメニュー画面を真っ赤に染め続けるような意味不明な人物がこの世にはいる。(のだと思う)

 

 

  ・奈落の花

 尊さというものの形。

 「奈落にある花こそ美しい」という概念。

 「消えそうになった時ほど逆に燃え上がる」という、人間の煩悩というものの不条理な性質によって生み出されるもの。

 

 他人に体験させているだけでも心苦しい。

 自分で体験し続けるのは、普通は、無理。

 

 

  ・メンヘラ

 精神が弱っている状態の人を一括りに表す単語。

 作者の考えでは、病んでいる人自体はこの世に多くいるが、「優し過ぎる」なんて理由で病んでる人は本当はそんなに多くない。

 ……だからこそ、ゆめにっきは凄かったのだと思う。

 

 

  ・火

 ゆめにっきで「火」というものは2つ書かれている。

 一つは、2chで窓付きが炎上してた時の炎。

 もう一つは、蝋燭(=煩悩)の火。

 

 ……たぶん、実はこの2つは、ある程度は同じ概念。

 地下世界の炎上は、★めかくし★とか★おに★とかそういうエフェクトの欠片が窓付きの心の中で燃え上がっている。(のだと思う)

 人間のやる気というものは、「抑圧から解放されたい」というような気持ちを抱いた時に、おそらく強く湧いてくる。

 なので、希望を失わない範囲なら、エフェクトには(「やらないという事をやる気」というものまで含めて、)ストレスを感じる事で燃え上がる性質のようなものが、おそらく、ある。

 

 

  ・希望

 暗闇の中の光。

 その人の煩悩の耐久性。

 「めっちゃ辛いけど、だからこそ俺のエフェクトはまさに今、最高に燃え上がっているぜ!」という感じの気持ち。

 おそらく、窓付きが籠っていたタンスの隣にいる、樹木死体さんと同じ概念。

 

 人間にはおそらく、心の強さのような概念がある。

 なので、人間はそれが強い程、どれだけ蝋燭をほうちょうで刺されても、逆に火が燃え上がり続ける。

 ……窓付きは心の中に死体さんがいたから、どれだけ嫌になっても、火星さん探しを最後までやり通す事が出来たのだと思う。

 

 

  ・★ききやまちゃんがかり★

 ファン心理。

 ゆめにっきを別の意味でただの落書きだと思わない為に必要なもの。

 「このゲームの作者精神状態大丈夫か…?」と普通に心配になる気持ち。

 

 ゆめにっきの公開初期の頃は(2chなどで)皆から普通にそういう扱いをされていたが、ゆめにっきという作品が有名になるに連れて段々と皆の間にききやま様に対する尊敬からの神格化が起こっていき、「ききやま様をメンヘラ扱いするのは不快」「作者について深く考えるのは失礼」というノリが生まれていって、次第に皆に忘れ去られていったエフェクト。

 ……しかし本当は、おそらく、ちゃんと実在したエフェクト。

 

 抱くのが20年遅かったのかもしれないし、逆に今だからこそあっていいのかもしれないエフェクト。

 ききやま様の事は心から尊敬(というかもはや畏敬)しているし、このゲームには何度も何度も泣かされたが、正直、頭おかしすぎて何度発狂させられたかも分からない。

 世界一泣ける精神修行。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ・おまけ2についての予防線

 ここからの話は、正直かなり、作者の妄想と電波が入っています。

 作者の脳みそが色々なものに追いついてないせいで、たぶん、全然的外れな事も言いまくってると思います。

 なので、話半分で聞き流す感じて読んで貰えると幸いです……。

 

 

  『おまけ2。ゆめにっき哲学について』

 

 

  ・ききやま様の思想

 たぶん、みんなとはかなり違う。

 

 

  ・ききやま様に見えている世界

 たぶん、みんなとは全然違う。

 

 

  ・新説

 「ブッタが説いた涅槃とはつまりエフェクトを捨てる事だ」とか、「優しさとはつまり★ふえ★の事だ」とか、「人間の心とは本当はゆめにっきという作品で描かれたような形をしている筈だ」とか、そういう感じのもの。

 何時の世も、普通は、受け入れがたい。

 ……少なくとも、作者は本気で、「狂ってるのはききやま様ではなく俺達」だとは思ってます。

 

 

  ・キチガイ

 「周りとは違う」という事。

 これである人はみんな頭がおかしいと思われる事になる。

 

 

  ・孤独

 自分が他人と全然違う時に感じるもの。

 ききやま様曰く、これは★タオル★らしい。

 

 

  ・常識

 平穏に生きたいなら、あんまり疑わない方がいいもの。

 

 

  ・真実

 たぶん、本当は別に、誰にも分からない。

 

 

  ・思想

 真実を知る為には、どうしても持つ必要が生まれるもの。

 人の心とは語りえないので、それが★めかくし★なのか★でんとう★なのかは、本当は誰にも分からないもの。

 

 

  ・哲学とは何か?

 みんなが本当はよく分からない事。

 「世界や人生の究極の根本原理を理性的に追求する学問の事」だと言われているもの。

 しかしききやま様曰く、その問いの本当の答えは「電燈の世界から行ける孤立したタイル通路の事」らしい。

 ……たぶん、ソクラテスさんでも「????」となる。

 

 

  ・ゆめにっき哲学

 「ゆめにっき風の物事の考え方」という感じの概念。

 

 例えば「猫は何故可愛いのか?」という問いについて考えるとする。

 普通はその答えは、「ふわふわしていて丸っこいから」みたいな感じになる。

 哲学風にそれを答えると、「それは形而上学の範囲なので言語化する事は出来ない」みたいな感じに(たぶん)なる。

 そして、ゆめにっき哲学風にそれを答えると、「★もふもふ★があるから」という感じになる。

 ……たぶん、ゆめにっきという作品は、そういう感じのビジュアル系哲学みたいな新概念そのものを描いていた。(のだと思う)

 

 

  ・ききやま様にとってのゆめにっき

 自分の哲学を言葉ではなく絵にして世に送り出した作品。(だったのだと思う)

 

 

  ・みんなにとってのゆめにっき

 たぶん、「何言ってんだこいつ?」となるようなもの。

 

 

  ・ききやま様の凄さ

 たぶん、どれだけ大人になっても子供心のようなものを持ち続けていた事。(だったのだと思う)

 

 

  ・ききやま様が破ろうとしていたタブー

 「語りえぬものについては沈黙せねばならない」という、100年くらい前に人類が出した哲学の答え。

 「言語の限界は世界の限界」という原則。

 「哲学を終わらせてしまった」と言われている哲学。

 それによって現代人に生まれた、「心とは語りえないから誰も理解出来ないもの」という常識。

 ……のようなものなのだったのだと思う。

 

 

  ・★エフェクト★

 ただのゆめにっきというゲームの設定……では全然ないもの。

 人間の本質のようなものを抽象化して、思考というもので無理やり認知する為の手段。

 

 

  ・人間の心の形

 統計学によるパターンの予測とか、電気信号の観測とか、そういうものでしか理解出来ないと言われていたもの。

 絵とかで抽象化して示す事は出来るけれど、ぼんやりとしか示せないので結局表面しか分からないと言われていたもの。

 

 

  ・人間の心の形の理解

 確実に、人間の限界を超えている作業。

 人間には目や脳しか付いていないので、その本質を理解する事は絶対に不可能。

 

 ……しかし、おそらく「人間の心の形」とは、殆ど全てをゆめにっきにこじつけられる。

 なので人間は、「ゆめにっき=人間の心の形」という事にとりあえずしておけば、それによって間接的に、その大まかな性質は目で見て脳で思考するだけで理解する事が出来るようになる。

 

 

  ・ゆめにっき哲学による「人間の心の形の理解」の例

 自己肯定感とは何か?→メニュー画面の色

 何故人間は意味もなく偉そうにするのか?→★メニュータイプチェンジ★をしたいから

 何故youtubeでは「これが世界の真実です!」みたいな動画が伸びるのか?→みんなメニュー画面の色が真っ赤で、★メニュータイプチェンジ★をする為に★めかくし★などをしたいから。

 

 ……これをふざけていると思うなら、おそらく、言語とかそういう概念もふざけている事になる。

 

 

  ・ゆめにっき哲学がやろうとしていた事

 概念を言葉ではなく絵で認識するように再定義する事。

 

 ……例えば、「優しさ」という概念がある。

 それを既存の人類は、「優しさとはつまり他者に対して思いやりがある事だ」みたいな言葉で理解している。

 しかし、本当はそんな事を言われても、ぱっとイメージは出来ていない。

 本当は「思いやり??他者??つまりどういう事??」みたいな感じにしかなっていない。

 なので、そういう理解の仕方では、「優しさ」という概念の本質のようなものは本当は全然頭には入っていない。

 

 それに対して、「優しさとはつまり★ふえ★の事だ」と認識するとする。

 そうすれば、「幸せの共有願望」というその概念の本質が、言葉で考えるよりも何倍もはっきりとイメージ出来るようになる。

 

 なので、人間は本当は、「優しさ」という概念は言葉ではなく絵でイメージした方がいい。(と思われる)

 

 おそらく、ゆめにっき哲学とは、そういう感じの事を目指していた。

 「今まで言葉で捉えていたものをビジュアルで捉え直す事で、より物事の本質に則した思考回路を獲得して、本当の人間の心の形をより深く考えられるようにしようぜ!」みたいな事をしたかったのだと思われる。

 ……たぶん。

 

 

  ・おそらく、ききやま様が抱いていた思想

 既存の人類からはあまりにもかけ離れた何か。

 たぶん、おそらく、下記のような事を考えていらっしゃったのだと思われる。

 

 「みんなが何考えてるのかよく分かんないけどさぁ……。

 普通に考えて、優しさとか勇気とかそういうアレって、言葉にこじつけて覚えるより絵にこじつけて覚えた方がよくね?」

 

 「だって、例えばさ……。

 暗闇を照らしたいアレって、どう考えても「勇気」じゃなくて「これ」(窓付きの頭が電燈になっている絵)じゃん。

 ★でんとう★を勇気だなんて言うのはおかしいよ」

 

 

  ・ゆめにっきとは何か?

 「根源的な人間の心の形」というものを人間が認知出来るように抽象化したもの。

 ……要するに、ききやま様が謎の新ジャンル哲学によって考えてきた「目で知覚出来るようにした人間の心の形」というものを、ききやま様が頑張ってみんなに説明する為のツール。

 

 簡単に言えば、「ゲームという形を借りた、ビジュアル系哲学の論文」のようなもの。

 

 

  ・ゆめにっきによって実際に出来てしまった事

 ききやま様による、窓付きの心の根源的な形の説明。

 そして、描かれているものの意味が分かった作者の脳内で発生した、「他人の心の形の理解」という謎現象。

 

 「窓付きは死体さんの事が大好きだったのだなぁ」とか、そういうアレ。

 

 

 

 

  ・ウボァのシーン

 今見ると、そこまで怖くない。

 

 

  ・モノ子ドンドコのシーン

 正直、このシーンだけは他人の実況動画とかでだけ見てる。

 自力で見れないくらい、怖い。

 

 

  ・樹海C

 ただの死体が転がっているだけのマップ。

 しかし、何故か、見ていると泣ける。

 

 

  ・FCピラミッド

 意味に気付けたら涙が止まらなくなった場所。

 たぶん、この謎のピラミッドを見た100万人の中で自分1人だけがボロボロ泣いたアレが、意識というものなのだと思う。

 

 

  ・赤クラゲ

 美しい。

 

 

  ・窓付きの心の形

 死体さんの事が大好きだったりするアレ。

 ★めだまうで★とか、火星さんが泣いていた理由とか、そういうアレとかで間接的に描かれているアレ。

 ……おそらく、「ゆめにっき世界の整合性」みたいな概念。

 

 作者が15年間謎だったもの。

 これからも一生分かる事はないのだろうと思っていたもの。

 ……しかし、あの作品をよく見てみれば、本当は、何となく分かるものだった。

 

 

  ・ゆめにっきに本当に描かれていたもの

 形がないものの意味。

 語りえないものの答え。

 勇気とは何かとか、窓付きにとって死とは何だったのかとか、そういうもの。

 

 

  ・意味不明な筈のゆめにっきを見て、何故か心が動かされる理由

 例えば、「痛み」という概念がある。

 そして、哲学者のウィトゲンシュタインさんの話によれば、「痛みという言葉は痛みを表していない」らしい。

 

 ……作者は頭が悪いので、意味不明な哲学書とかは読めない。

 なので、youtubeで得た知識でしか論理哲学論考とかを理解していない。

 しかし、たぶんそれは、こういう話なのだと思う。

 「モノ子が交通事故にあって苦しみのたうち回りながら死んでいった」という言葉は「痛み」を表していない。

 

 ……痛みという言葉の中には、痛みがない。

 だから、「モノ子は痛かったんですよ」とどれだけ言われても、痛みというものは感じない。

 

 

 それに対して、ききやま様が「じゃあこうすればいいんじゃね?」って言って、モノ子ドンドコのシーンを描く。

 あのシーンの意味は、ぱっと見では、誰もよく分からない。

 「下手糞な絵で描かれた女の子が、何故か体から手足を何本も生えさせて、回転している」というシーンでしかない。

 

 しかし、それを「3歳の窓付きから見た、モノ子が苦しんで死んだ時の光景」だと仮定する事にする。

 「頭から生えた腕は脳みそ」で、「回転しているのは苦しみのたうち回っているから」という事にする。

 

 すると、何故か、痛そうに見える。

 ……勿論、それで実際に、自分の体が痛くなる訳ではない。

 痛みというクオリアが伝わってくる訳ではない。

 しかし、「モノ子は痛がっていますよ」と言われても分からない痛みという概念が、その本質のようなものが、何故か(背景にあるストーリーを脳内で想像来てしまうせいで)伝わってくる。

 

 だから、モノ子ドンドコのシーンは意味が分かれば、モノ子がどれだけ苦しんでいたかを想像出来る。

 言葉では何も言われていないのに、赤い血とかも描かれていないのに、想像出来る。

 全てが抽象的であるからこそ、その本質だけを、人間は捉える事が出来る。

 (そしてそのせいで、作者は怖すぎて、自分もあんな風に死んだらどうしよう…とかを思ってしまいあのシーンが見れない)

 

 

 「痛み」という言葉は痛みを表せない。

 勿論、数式とかでもそれは表せない。(と思われる)

 しかし「モノ子ドンドコ」は痛みを表せる。

 なので、★ドンドコ★という感じの概念でそれを覚えれば、痛みという言葉でそれを覚えるよりも、何倍も、それが分かるようになる。

 

 「タンスの角に足の小指をぶつけて痛かった」

 「タンスの角に足の小指をぶつけて★ドンドコ★になった」

 この2つの言葉があれば、本当は後者の方が、痛そうに思える。

 

 ……人間にはたぶん、抽象的な絵と意味を紐付ける事でしか理解出来ない概念のようなものが、存在するのだと思う。

 

 

 

 

  ・意識とは何か?

 科学で解き明かせない、最後の神秘のベールと言われているもの。

 作者が思うにこれは、「目や脳で認知する事は出来ないけど、(言語や数式などの概念で捉えようとせずに)ゆめにっきで描かれたようなものだと仮定しておけば、ぼんやりとその性質だけは分かるもの」なのだと思う。

 ……たぶん。

 

 

  ・何故、人は赤信号で止まるのか?

 よく考えると謎な事。

 その理屈を、誰も論理的に説明出来ない事。

 高名な大学の解剖学者の人達とかが、毎日一生懸命頑張って考え続けてくれている事。

 

 もう21世紀なのに、もう文明が起こってから何千年何万年と経っているのに、人類はとっくに月とかにまで行ってるのに、これだけは、唯一、未だによく分からない事。

 

 何故、動いている体は止まるのか?

 何故、赤色に光る信号を見ると止まりたくなるのか?

 脳の電気信号は一体どういう原理で体を止めているのか?

 「ダメ」と言われて行動にストップがかかるまでに、我々の脳みその中では一体何が起きているのか?

 ……考え始めたらきりがなく、大人の人達が電気信号とかをどれだけ観測しても、現代科学では未だに、その答えにだけは辿り着けない。

 

 

 ゆめにっき哲学では、その答えは、こうなる。

 「★しんごう★があるから」

 

 

  ・ゆめにっき哲学風に考える、昆虫とかの意識

 例えば、「虫は苦悩を感じているのか?」みたいな疑問があるとする。

 

 人間は、昆虫ではない。

 そして、心というものは語りえない。

 だから「虫は何を考えているのか?」というのは知りようがない。

 

 しかし、とりあえず「ゆめにっきで描かれたものが心の形だ」という事にしておく事にする。

 そうすると、暫定的に、昆虫の意識というものに対しても仮説を立てる事が出来る。

 

 

 ゆめにっきには、3つの仮定がある。

 1つ目は、「エフェクトとは願望の事だ」という仮定。

 2つ目は、「生物の行動とは全てエフェクトによって行われている」という仮定 

 3つ目は、「苦悩とはエフェクトの目的が満たされない事だ」という仮定。

 

 その3つの仮定を、とりあえず、全て正しい(かもしれない)という事にしておく。

 そうすると、昆虫が動き回っている理由は「お腹が空いたのでご飯を食べたい、という感じのエフェクト(願望)を抱いているからだ」という事になる。

 ……たぶんそれは、★かさかさ★とか、そういう感じのエフェクトになる。

 なので、もしその昆虫がご飯にありつけないまま餓死をしてしまった場合は、「★かさかさ★が最後まで満たされなかった」という事になる。

 

 ……つまり、そう考えると、「餓死をした昆虫は(エフェクトの目的が満たされなかったので)苦しみながら死んだ」という事になる。

 

 なのでつまり、「昆虫には、★かさかさ★によって発生している苦悩(お腹が空いているのにご飯を食べられないという苦悩)はある」という事になる。

 

 (あくまで、ゆめにっき哲学風に考えた場合の話です)

 

 

  ・ブラセボ効果が起こる理由

 人間には「ブラセボ効果」というものがある。

 全く薬の効果を持たない薬(プラセボ)を飲んでも、何故か、人間は思い込みだけで体調が回復してしまう事がある。

 その理由も、ゆめにっき哲学が教えてくれる。

 

 

 ゆめにっき哲学には、1つの仮定がある。

 「人間の苦悩はエフェクトから湧いてくる」

 

 病気に罹った人は、おそらく、★かんじゃ★(=病気を治したい気持ち)という感じのエフェクトを抱く。

 そして、薬を飲めば、★かんじゃ★が満たされる。

 なので、例えその薬に効果がなかったとしても、薬を飲めば★かんじゃ★による苦悩が収まる。

 よって、本当は何も解決していなくても、体感的には体調がよくなった(ような感じ)になる。

 

 

  ・引き寄せの法則がある理由

 世の中には、「引き寄せの法則」というものがある。

 それは、「叶うと信じていればその願いは叶う」という感じの法則である。

 ……どう聞いても論理的な話には思えないが、その割に何故か謎の説得力があり、しかも実際に何故かその法則はまあまあ当たる。

 この法則が存在する理由も、おそらく、ゆめにっき哲学で説明出来てしまう。

 

 

 ゆめにっきには2つの仮定がある。

 「メニュータイプの色とは自己肯定感である」

 「メニュータイプの色が白ければ、人はエフェクト(=願望を叶える為の行動)を実行したい気持ちになる」

 

 よって、ゆめにっき哲学では、こうなる。

 「メニュータイプの色が白ければ(=叶うと信じていれば)そのエフェクトの願いは叶う」

 

 

  ・宿題をしろと言われたら宿題をしたくなくなる理由

 謎過ぎる人間の性質。

 これも、ゆめにっき哲学を使えば説明出来る。

 

 

 ゆめにっきには2つの前提がある

 「人間の行動は全てエフェクトによって行われる」

 「エフェクトとは願望の事である」

 

 「宿題をしろ」という言葉には(そこには当人の願望がないので)エフェクトがない。

 なので、「宿題をしろ」と言われても、宿題をやる気が出ない。

 「宿題をしたくない」という気持ちには、「遊びたい」というエフェクトがある。

 なので、「宿題をしろ」と言われたら、「自分は宿題などしたくない=自分は遊びたい」という想いが再確認される

 

 エフェクトには否定形が存在しない。

 「将来困るから勉強をしろ」と言われても、その言葉で何を願えばいいのか分からない。

 「宿題をしろ」という言葉には、「宿題などしたくないというお前の本当の想いを再確認しろ」という意味しか込められていない。

 

 人間は(例え必要であったとしても)「願えない事をする」という事が出来ない。

 よって、宿題をしろと言われれば、遊びたくなる。

 

 

  ・「何故○○なのか?」という感じの構文が人間を惹き付ける理由

 「疑問が解消される事を願う」というエフェクトの在り方が言語化されているから。

 それによって、その議題に対して読み手がどのような願望を持てばいいのかが、構文の中で提示されているから。

 

 

  ・人間が注射をしたがらない理由

 人間は願いたい事しか願えない。

 そして、人間は注射をされると怖い。

 よって、ふわふわと何となくで生きている人間は、(論理的根拠など全然なくても)注射は何か恐ろしいものだとしか思えない。

 

 

  ・自分に嘘をついても意味がない理由

 例えば、人にチヤホヤされたいという人がいたとする。

 その人が「チヤホヤされたい」と素直に願えば、その人は自然と「★ねこ★をしよう」となる。

 しかし、その人が「嫌われたくない」としか願わなければ、その人はただ「★めかくし★をしよう」としかならない。

 

 エフェクトではない願いは、願いではない。

 なので、自分が抱いている願望と正しく向き合えない人は、自分の本当の願いは叶わない。

 

 

  ・死が怖い理由

 よく考えたら謎なもの。

 この命題もおそらく、ゆめにっき哲学によって(暫定的に)解釈をする事が出来る。

 

 ゆめにっきには、3つの前提がある。

 1つ目は、「エフェクトの願いが叶わない事が人間の根源的な苦しみである」という前提。

 2つ目は、「人間は多くのエフェクトを持っている」という前提。

 3つ目は、「死んだら人生はそこまで」という前提。

 なのでつまり、その3つを合わせて考えると、こうなる。

 

 人間は(無意識に)沢山のエフェクトを持っていて、死んだらそのエフェクトの願いは全て叶わない。

 なので、人は死が怖い。

 

 

  ・ゆめにっき哲学風に考える、赤クラゲと★ふえ★の性質

 人間は死ねばそこまでになる。

 だから、人間は死が怖い。

 

 しかし、自分の幸福を度外視した完全なる★ふえ★のようなものがあれば、それは「ただただ他人が幸せになって欲しい」という願望なので、自分の死では否定されない。

 よって、人間がもし究極の★ふえ★のようなものを抱く事が出来れば、(例え、この世には死後の世界という概念などないと思っていても、)そのエフェクトだけは赤クラゲでは否定されない。

 

 ……たぶん、これが、死体さんが笑って死んだ理由。

 そして、窓付きが★ゲームのせつめい★を愛せた理由。

 

 

 

 

  ・エフェクトは本当に存在するのか?

 「本当にエフェクトによって苦悩が生まれているのか?」みたいな事は、自分の心に聞けばその真偽を確かめられる。

 よって、反証可能性(もし反例が存在すれば言い逃れが出来ない、という事による逆説的な正しさの根拠)はあると思う。

 

 

  ・「我思う故に我あり」は本当に正しいのか?

 哲学の究極の命題。

 おそらくこれも、ゆめにっき哲学を使えば暫定的に証明出来てしまう。

 

 

 ゆめにっき哲学には1つの前提がある。

 「エフェクトは存在する」

 

 ★我思う★は存在する。

 よって、ゆめにっき哲学の中では、それは正しい。

 (作者は哲学にそんなに詳しくないので、全然的外れな事を言っていたらごめんなさい……)

 

 

  ・幸福な人生とは何か?

 人類が常に疑問に思い続けてきた問い。

 しかし、人類はその疑問を抱く度に、「それは言葉では言い表せないので誰も定義のしようがない」と言われ続けてきた。

 

 「幸福な人生とは、~~~~である」

 この~~~~に入る文字は、言語という概念では、絶対にどうやっても表現出来ない。

 

 しかし、20年前のききやま様は、おそらくこう思った。

 「じゃあ言葉を使わなかったら言い表せるんじゃね?」

 ……と。

 

 

 ゆめにっき哲学では、その問いの答えは、おそらく、こうなる。

 「幸福な人生とは、その人の火星さんと仲良くする事である」

 

 

  ・………????

 ……意味が分からない人の為に、もう少し補足しておきます。

 

 

 例えば、普通に、「幸福な人生とは、自然な笑顔でいられる事である」とした場合について考える。

 そうすると「自然って何?」という疑問が次に湧いてきてしまう。

 

 「自然とはゆったりした気持ちでいられる事である」とした場合、「ゆったりって何?」となる。

 「ゆったりとはストレスを感じていない事である」とした場合、「ストレスって何?」となる。

 「ストレスとは周りからの抑圧である」とした場合、「抑圧って何?」となる。

 「抑圧とは精神が押さえつけられている事である」とした場合、「精神って何?」となる。

 「精神とは意識である」とした場合、「意識って何?」となる。

 ……そうなると、そこで、何も答えられなくなる。

 

 心の問題を考えると、必ず、そうなる。

 精神とか、意識とか、そういう所に、突き詰めると必ず辿り着いてしまう。

 だから、誰も「幸福とは何か?」を定義出来ない。

 「意識がどういうものなのか?」という事が誰もよく分からないから、それを論理的に説明する事が誰も出来ない。

 

 

 人間は、形のあるものは、「それはそれである」と言える。

 「リンゴって何?」と聞かれても、(それ以上の答えがないので)「リンゴとはリンゴである」と言える。

 だから、形のあるものだけは、実体を捉える事が出来る。

 そして、実体を捉えていれば、「リンゴを放り投げるとどうなるか?」とか、そういう事について論理的に考えられるようになる。

 

 ……しかし、形のないものについては、(実体を捉えられていないので)ふわふわと何となくでしか考える事が出来ない。

 (例えば「幸せを放り捨てるとどうなるか?」と聞かれても、幸せがそもそも何かよく分からないので、「そりゃ、なんか不幸になるんじゃない?」みたいなふんわりとしたイメージしかする事が出来ない)

 

 

 なので、人間は形のあるものに対してしか、きちんとした論理的な思考をする事が出来ない。

 

 ……たぶん、哲学者のウィトゲンシュタインさんが言っていた事は、そういう感じの事なんだと思う。

 だから、人類は今まで「幸福とは何か?」という問題を、ふわふわとしか考える事が出来なかった。

 

 

 それに対して、ききやま様はこう言った。

 「幸福な人生とは、火星さんと仲良くする事である」

 

 ……火星さんは、そこにいる。

 ゆめにっきのゲーム画面の中にいる。

 なので「火星さんって何?」と聞かれたら、「火星さんは火星さんである」と答えられる。

 

 そしてその上で、火星さんを見ていると、(作者は)泣ける。

 「こういうものが人の幸せだよなぁ」と、心から、そう想える。

 (……というかそもそも、「これが人の幸せだと思えるもの」という概念そのものを、「これはそういうシーンだから」という理由で想像させられている)

 

 なので、火星さんについて、作者はしっかりと実体を捉えながら考える事が出来る。

 「火星さんが人の幸せだから、人は皆これを探さなければならないんだな」と、そういう事を、考えられる。

 幸せというものについて、「〇〇だから××なんだな」と、そういう論理的な思考が出来るように、なってしまっている。

 

 「火星さんを放り捨てるとどうなるか?」と聞かれたら、「あれを放り捨てたら生きてる意味が分からなくなるから、どう考えても絶対にヤバい!」と、具体的にイメージをしながら答える事が出来てしまう。

 

 

 幸せとは語りえない。

 その前提は、もうどうしようもない。

 ……しかし、「火星さん」は語りうる。

 「自分にとっての火星さん(=最も大切な想い)は一体何なのか?」

 火星さんはそこにいるのだから、そういう事について、きちんと筋道を立てて論理的な思考をする為のとっかかりが、そこにある。

 

 たぶん、これで、「幸せとは語りえないものである」という人類の常識を、(幸せという単語を使わずに「これが人の幸せである」という事にしておいた物を語るという、あまりにも斜め上の方法で)破壊出来てしまっている。

 

 

 

 

  ・火星さんとは何か?

 全てが抽象的だからこそ、(文脈を理解すれば)「幸せ」という概念を具体的に想像出来る絵。

 

 

  ・何故人類はこれまで幸せという概念に共通の尺度を持てなかったのか?

 幸せには形がなかったから。

 そのせいで、言語でそれを表現しても、とっかかりがなかったから。

 

 

  ・言語とは何か?

 それを見た人が、ただの文字列から世界を想像する為のツール。

 出力するのが簡単だが、これで何かを伝えても、対応する事実があるものしか具体的にイメージして貰えないという欠点がある。

 

 

  ・ゆめにっきとは何か?

 それを見た人が、きちんと描き込まれた絵から世界を想像する為のツール。

 この世でこれを出力出来た人間がまだききやま様しかいないが、これで何かを伝えれば、対応する事実がないものも具体的にイメージして貰えるという長所がある。

 

 

  ・ゆめにっき=言語説

 …………???????????

 

 

  ・ゆめにっきの答えが分かると、ゆめにっきで描かれているものの意味が分かる理由

 絵と概念を紐付けられるから。

 (例えば、「★でんとう★」を見るとそれを「勇気」という概念と紐付けられるから)

 

 ……要するに、赤ちゃんが日本語を覚えれば、日本語の文字列が概念と結びつく理屈と同じ??

 

 

  ・ゆめにっきという作品

 ……要するに、「ききやま語」を覚える為のツール??

 

 

  ・ゆめにっきに描かれているもの

 「ききやま語」の羅列。

 要するに、小説とやってる事は同じ……?

 

 

  ・既存の人類が、言葉とだけ呼んでいた概念

 本当は、なんか、絵でもいけそう……?

 

 

  ・世界の限界

 もしかして、言葉の限界ではない……?

 

 

 

 

 

 

 

  ・ゆめにっきとは何か?

 絵で書いた小説。

 

 

  ・ゆめにっき考察とは何か?

 赤ちゃんが小説を理解する作業。

 

 

  ・人類の常識的な観点

 冷静になってよく考えると、作者のやってる事がヤバ過ぎるんだが……。

 

 

 

 

 

 

 

  ・ききやま様と普通の人間の違い。

 例えば、こんな事を誰かに言われたとする。

「勇者が胸に抱いているものを想像して下さい」

 

 普通の人は、「ああ、あれ(勇気)ね」となる。

 ききやま様は、「ああ、あれ(★でんとう★)ね」となる。

 

 「勇気でしょ!」と答えた人は、「正解です!」と言われる。

 ……その代わり、本当は、それが何なのかを想像する事は出来ていない。

 「★でんとう★でしょ!」と答えた人は、「????」と言われる。

 ……その代わり、本当は、それが何なのかを想像する事が出来ている。

 

 

  ・ビジュアルシンカー

 言語ではなく視覚で物事を考えている人。

 (自分の考えを言語化出来ないので)社会で生きるのには向いていないが、その代わり画家とかに向いているタイプの人。

 ……こういう変な人間が実はそこそこいたりとか、もっと変な人は数式で物事を考えていたりとか、そういう事は前々から何となく知られてはいる。(らしい)

 

 たぶん、ききやま様はこれに当て嵌まる。

 おそらく本当に、ありえんくらいに当て嵌まっている。

 そしてその上で、「言語思考」という概念に全然興味を持たないままで、物凄くレべルの高い哲学のような事を一人でやっている。

 ……おそらくそのせいで、人類には早すぎる感じの意味不明な境地に到達してしまっている。(のだと思う)

 

 

  ・言語化信仰

 「言語」というものに対する絶対的な信頼感。

 そこから来る、「自分の考えを言語化出来る人は偉い」という感じの考え方。

 

 ……おそらく現代人は、皆、このような感じの★めかくし★を無意識に持っている。

 そしてそのせいで、優しさとかそういう概念の本質のようなものが、みんなあんまり分からない。(のだと思われる)

 

 もしかしたらききやま様は、こういうものとも戦う為に、ゆめにっきという作品を作っていたのかもしれん。

 

 

  ・絵で物事を考えられる人

 たぶん、(教科書とかを読むのは苦手なので、)テストで良い点数とかは取れない。

 そして、(自分の考えを他人に伝えるのも苦手なので、)会社とかで働くのにも向いてない。

 

 「人間が赤信号で止まるのは★しんごう★があるからだよ!」と言われても

 普通の人は絶対に、「何言ってんだこいつ?」としかならない。

 

 現代社会では、おそらく、淘汰される側のような人達。

 ……だけどたぶん、本当は、凄い。

 

 

  ・ビジュアルシンカーの凄さ

 この話を理解して貰う上で大事な所なので、もう少し書いておきます。

 

 

 例えば、「ドカ食いをして翌日お腹が痛くなった」という場面があったとする。

 そういう時、普通の人間は「胃もたれのせいで腹痛で苦しい」というような事を感じる。

 だけどたぶん、ききやま様のような人間は、「チクチクボールさんがお腹の中でダンスパーティをしている」というような事を感じる。

 

 ……どう考えても、後者の人の方がお花畑に見える。

 前者の人の方が、普通に、論理的に物事を把握出来ているように見える。

 

 しかし、本当は後者の人の方が頭は良い。

 何故なら、「痛み」という言葉の中には「痛み」がない。

 

 「お腹が痛かったから反省しよう」

 このような事しか思えなかったら、数日経ってしまえば、「痛みってなんだっけ?」となってくる。

 だから、次第に自分が何にどのくらい苦しんでいたのかを忘れてしまい、また同じような過ちを繰り返してしまう。

 

 「チクチクボールさんにもう会いたくないから反省しよう」

 このような事を思えたら、時間が経った後も、「あの日はお腹がライブ会場みたいで賑やかだったなぁ」という感じになる。

 だから、自分が何にどのくらい苦しんでいたのかを何時までもきちんとイメージ出来て、同じような過ちを繰り返さない。

 

 「腹痛」という概念を「痛み」という言葉で覚えている人。

 「腹痛」という概念を「チクチクボールさん」という絵で覚えている人。

 ……本当は、後者の人の方が、論理的な思考回路を持っている。

 

 

  ・自閉スペクトラム症

 可哀そうな頭の病気。

 「対人関係が苦手で、異常に強いこだわりがある」といった特徴をもつ発達障害。

 こういう感じの性質を持つ子供は、生まれつき脳機能に異常があるとされている。

 

 ……たぶん、作者とかききやま様みたいな人間は、現代日本に生まれてなかったら、魔女狩りにあってたりロボトミー手術をされたりしている。

 病みながらカリンバがどうとか言ってるけど、何だかんだで、マジでいい時代に生まれたと思います。

 

 

  ・論理哲学論考

 世紀の天才哲学者ウィトゲンシュタインさんの著書。

 「世界一読むのが難しい」とされている本。

 「哲学を終わらせてしまった」と言われている本。

 言語の限界とか、それによる人間の認知能力の限界とか、そういうものについて書かれているらしい。

 

 「語りえぬものについては沈黙せねばならない」

 という、分かるような分からないような一文で締め括られている。

 

 おそらくききやま様は、この本に書かれている内容の本質のようなものに対して、斜め上から謎の新解釈を持っていた。

 そしてそれを、小学生の落書きのような絵のみで、何一つ言語を使わずに説明してしまった。

 ……のだと、思う。 

 

 

 

 

  ・ききやま様がやっていた事

 抽象的な絵などを使う事による、人間の心の根源的な形の視覚化。

 

 

  ・その絵の意味を他者が理解する事で発生するもの

 「人間は抽象的な絵を通じて心の形というものを想像出来る」という事の証明。

 

 

  ・「絵で心の形を想像する」という概念を応用した結果生まれるもの

 「人間の意識の根源」というものに対する、論理的思考による理解。

 

 

  ・作者がやっていた事

 ただの、大好きなゲームの考察……の筈だった何か。

 

 

  ・エフェクトという概念

 ガチで、天才の発明。

 人間の本質のようなものを凄まじい精度で言い当てている。

 

 

  ・作者がゆめにっきのストーリーをあそこまで具体的に想像出来た理由

 エフェクトという概念が、あまりにも完璧に人間の心の性質を言い表していたから。

 (例えば、★カエル★という概念一つで、「窓付きは自然に帰りたかった」という事が想像出来たから)

 

 

  ・ゆめにっきのフィールドの絵

 人間の感情が、視覚化されている。

 なので、もののけ姫で言う「曇りなき眼」(先入観や偏見を持たないで物事を見る眼

)的なノリでマップを見れば、背景にあるストーリーが自然と想像出来てしまう。

 

 

  ・火星さんの絵

 「幸せ」という概念が、何故か、目に見える形になっている。

 なので、その絵に「火星さん」という言葉を紐付けすれば、(言葉に対応する中身が生まれるので)人間は「火星さん」という言葉を通じて幸せという概念について言語で示せるようになってしまう。

 

 

 

 

  ・要するに、ききやま様がやりたかった事

 人間の心を形而上(形を持っていないもの)の範囲ではなくす事。

 それによって、「形而上学の範囲を扱えないという哲学の限界はそのままに、逆転の発想で、人の心の性質を哲学で語れる領域に無理やり持ち込んでしまう」という事。

 

 

  ・語りえぬものについては沈黙せねばならない

 ききやま様「いや、じゃあ語れるようにする為に幸せの形の絵とかを書いたらよくね?」  

 

 

  ・世界は成立している事柄の総体であって物の総体ではない

 ウィトゲンシュタイン「俺達は物しか目に見えないけどさ……。ほら、一番肝心な人間の心は、結局物じゃないじゃん?」

 ききやま様「え…?? 私は心が目で見えてるんだけど……」

 

 

  ・言語の限界が世界の限界

 ウィトゲンシュタイン「つまり俺達はさぁ。言語で物事を考えてるから、結局それ以上の事は考えられないんだよ」

 ききやま様「……??? いや私、普通に絵で物事を考えてるんだが??」

 

 

  ・エイリアンvsプレデター

 ウィトゲンシュタイン「幸せみたいな形がないもんの性質は、どれだけ考えても結局誰も分からないから。はい哲学終了ー!解散解散ー」

 ききやま「いやお前まず前提が間違ってるから。そもそも幸せは絵にすれば形として認知出来るから。はい哲学再開ー!」

 

 

  ・★ききやまちゃんがかり★

 マジで気が狂いそう。

 

 

  ・ミスリードの一つ

 この世界には、心を形にしてはいけないというルールは別にない。

 

 

  ・20年前のききやま様

 バケモン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ・作者にとって、ゆめにっき最大の謎だったもの

 ゆめにっきがやたらと怖い理由。

 あのゲームが、意味不明なくらいおぞましい理由。

 

 「何故、あのゲームはあんなにも意味不明なくらい不気味なのか?」

 「ききやま様は何故、あそこまで、窓付きの心をバラバラに引き裂く必要があったのか?」

 ……たぶん作者は、あまりにもそれが謎過ぎて、その答えがまだ十分に解けていないような気がして、何時までも考察をやめられなかった。(のだと思う)

 

 

  ・ゆめにっきが意味不明なくらい不気味だった理由

 ききやま様が「人間の心」を形にする為。

 そしてそれが、実在する何かを表していない事を表現する為。

 

 

 ……例えば、窓付きの世界が狂っていなかったとする。

 そうすると、窓付きの心の形を描いても、それは(ポニ子の部屋のように)現実の穏やかな風景がそのまま映し出されるだけになってしまう。

 

 普通の人間は、狂っていない。

 狂っていなければ、目に見えるものと心の風景が、一致してしまう。

 

 なので、窓付きが狂っていなければ、「ゆめにっきに出てくるおばけ達の絵は窓付きの心の形を描いている」という事を表せない。

 つまり、窓付きが狂っていなければ、「人間は心を絵に出来る」という事を証明出来ない。

 

 ……おそらくそのような理由で、ききやま様は、窓付きの心を極限までバラバラに引き裂いて、心の景色と現実の景色を極限まで分離させる必要があったのだと思われる。

 

 

  ・ききやま様が本当の本当の本当にやりたかった事

 たぶん、心の存在の証明。

 窓付きが火星さん(死体さんの死に泣いている自分)を探していた理由と、同じもの。

 

 

  ・「心の存在の証明」とは何か

 論理哲学論考の「心とは語りえない」という部分への反論。

 

 

  ・心は存在するのか?

 人間は「現象世界には存在しないものの性質」を描いた絵を描ける。

 そして、その絵を通じて自分という人間の性質を紹介出来る。

 ……つまり、その絵で描かれた「現象世界には存在しないのにそういう性質を持った何か」は、その人の中に存在する。

 

 

  ・ゆめにっきという作品のテーマの一つ

 人間の心は、存在する。

 

 

 

 

  ・まとめ

 ききやま様が、ゆめにっきを制作しようと思い立つ。

 →ききやま様が、「窓付きの人生」というものを、まずは脳内で一通り考えてみる。

~~~~~~~~~~ゆめにっき制作開始~~~~~~~~~~~

 ききやま様が、「窓付きが人生で体験した苦しみや幸せ」を脳内で想像し終える。

 →それを、RPGツクール2003を使って、(一切言葉で説明せずに)ゲームシステムやBGMや抽象的な絵の繋がりなどでのみ表現する。

 →(本当は完全な規則性があるのだが、)あまりにも抽象的過ぎて、誰も意味が分からない。

 

 ~~~~~~~~~20年経過~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 作者が頑張ってその意味を理解しようとする。

 →本当に、何も意味は分からないけど、0から頑張って、(規則性を見つけ出す事で)理解しようとする。

 →結果的に「赤ちゃんが0から言葉を覚える作業」と同じような事をしている状態になる。

 

 ~~~~~~~~~必死に理解中~~~~~~~~~~~~~~

 「そうか、★でんとう★は勇気だったんだ!」

 「そうか、★ふえ★は優しさだったんだ!」

 「そうか、火星さんは幸せだったんだ!」

 ……というような感じに、なっている。

 

 

 ~~~~~~~~理解完了後~~~~~~~~~~~~~~~

 気が付けば、「火星さんの絵」と「幸せという概念」が、脳内で結びついて記憶されている。

 →なので、「幸せという概念」が、「火星さんという形を持ったもの」として記憶されている。

 

 ~~~~~~~日常生活、買い物中~~~~~~~~~~~

 作者がふと、スーパーで買い物とかをしている時に、「そう言えば幸せって何だっけ?」と思う。

 →火星さんの絵が頭に浮かぶ。

 →「ああそうそう、幸せって火星さんだったな」となる。

 

 ……つまり、作者の頭の中ではもう、「火星さん」と「人の幸せという概念」が紐づいてる。

 

 

 ~~~~~~~~日常生活、自宅でまったり中~~~~~

 作者がふと、「幸せになる為にはどうしたらいいだろう?」と思い悩む。

 →作者の脳内では、幸せという概念は「火星さん」と紐付けられて記憶されている。

 →なので、幸せという概念は、「幸せ」などという中身のない言葉ではなく、「火星さん」というはっきりとした実体を捉えた存在として思い出される。

 →「火星さん」には実体があるので、「火星さんと会う為にはどうすればいいか?」という事を論理的に思考出来る。

 →「そうだ、火星の小部屋に行けば(=自分にとっての最も大切な想いとは何だったかを再確認すれば)よかったんだ!」となる

 

 

 ……もしも仮に、全人類がこの状態になれば、全人類が「幸せの性質」というものに対して論理的思考で考えられるようになると思われる。

 たぶん。きっと。もしかすると。ある程度は……。

 

 

 (これは、あくまで分かりやすいように大げさに書いているだけです。

 なので実際は、本当にこういう思考プロセスをしている訳ではないです。

 

 例えば、作者は最初から「幸せとは何か」とかに対してある程度自分の考えがあります。

 なので、正確に言えば、「幸せという概念」が100%火星さんの形で思い出される訳ではないです。

 たぶん、本当に正確に言うと、「火星さんという概念”も”ちょっと参考にはなっている」ってくらいだと思います。

 ……ただ、超大雑把に、出来る限り分かりやすく書くと、このような感じなのだと思います。

 たぶん。)

 

 

  ・洗脳

 されてはないと思います。 ……たぶん。

 

 

 

 

  ・Q「ジャンルは?」A「ホラーじゃないよ。グロでもないです。ハートフルです。」

 ききやま様のお言葉。

 『参考になるかびみょーなゆめにっきQ&A』に書かれていた、謎過ぎる言葉。

 ……おそらくそれは、厳密に言語化すれば、このような感じの意味だった。

 

 

 (このゲームは、本当はとてもおぞましいよ。

 窓付きの心は、どうしようもない程にバラバラに引き裂かれているよ。

 ……だけど、本当の本当は、それにはきちんと理由があるんだよ。)

 

 (私は、「人間の心」というものに形を与えたいんだよ。

 それによって、「人間の心」というものを形而上学の範囲ではなくしたいんだよ。

 心というものを無理やり哲学で語れる領域に持ち込んで、それによって、「心の存在証明」をしたいだけなんだよ。)

 

 (つまり、決して窓付きを虐める事自体が目的な訳ではないので

 私は)ホラー(な存在)じゃないよ。

 (私は)グロ(が描きたい訳)でもないです。

 (人間には心というものが確かに存在するという事を描きたいだけの)ハートフル(な作品)です。

 

 

  ・ききやま様

 何してんの、この人……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ・考察の続き

 とりあえず、(一旦色々と置いておいて、)もうちょっとだけ続けますね……。

 

 

 

  『おまけ3、その他諸々の考察』

 

  ・ウィトゲンシュタインさん

 この考察集では分かりやすいように、頭の固そうなキャラとして書いてる。

 しかし、実際のウィトゲンシュタインさんはたぶん、どちらかというとききやま様に近いような思想を持っている。(と思われる)

 

 「テストで良い点を取れるだけの人間なんて本当は何も分かっていない」

 「言葉なんて何も言い表せてないんだから、言葉の魔術に騙されるな」

 ……的な話が、論理哲学論考という本の内容らしいので。

 

 なのでそういう所は、あんまり真に受けないであげて下さい。

 

 

  ・論理哲学論考がどうとかの話

 ぶっちゃけ、最後の結論(Q&Aの答え)を出す為に色々こじつけて考えただけです。

 なので、専門的な知識を持ってる人からしたら間違ってる所が多々あると思います。

 

 要は

 「ききやま様はおそらく謎の哲学をしていた」

 「ききやま様は心を形にする為に、意味不明な程不気味な作品を作っていた」

 という説を言いたかっただけです。

 

 勢いだけで書いたので、作者自身も後から見たらよく分かんない状態になってます。

 なので、突っ込み所とかよく分かんない所とかはスルーして、その辺りの所だけをふんわりと感じ取っておいて貰えたら幸いです……。

 

 

  ・ゆめにっき

 たぶん、作者の脳みそでは全然理解しきれないくらい凄い事をやってる。(と思う)

 

 

  ・★メニュータイプチェンジ★が存在する理由

 たぶん、おまけ2で書いたような理由(ききやま様がゆめにっきワールドに人間の心の性質を全部こじつけようとしていたから)なのだと思う。

 

 

  ・ききやま様が★めだまうで★を描こうと思い立った理由

 これもたぶん、おまけ2で書いたような理由(心象世界と現象世界を極限まで分離させる事で、心の存在証明を行う為)なのだと思う。

 たぶん……。

 

 

 

 

 ・火星さんの涙

 作者が思う、人間にとっての幸せの形。

 

 この考察集では、(話がこんがらがってしまわないように、)「火星さん=人の幸せ」という感じで書いている。

 だけど、より正確に言えば、(作者の感覚では)あの綺麗な涙が「人の幸せ」という概念のようなものなのだと思う。

 

 ……あのシーンの捉え方は、本当に、もう人によると思う。

 なので作者のこの解釈は、あくまで、「そういうイメージもあるんだな」くらいに思っておいて下さい。

 

 

  ・火星さんの火

 作者が思う、人間にとって物凄く大事な概念。

 

 「自分にとって最も大切な煩悩の火」という感じの概念。

 「自分が幸せになる為の事をやりたい」という気持ち。

 窓付きは(人生が劇場型過ぎて)火星さんを見つけた瞬間これがセットで死ぬほど手に入ったけど、人間は本来なら、火星さんとはまた別にこれも見つけ続けないといけない。

 

 人生は、火星さんを見つけただけでは全然ままならない。

 だからこそ、人生とは簡単にいかない。(と思う)

 

 

  ・火星さんの為の火星さん

 作者が思う、人間にとって物凄く悩ましい概念。

 

 「自分の幸せを叶える為のエフェクトを叶える為のエフェクト」という感じの概念。

 例えば、「お金持ちになりたい」というのがその人の火星さんなのだとしたら、その為には「仕事を上手くこなしたい」という感じのまた全然別のエフェクトを抱かないといけない。

 窓付きは火星さんから手に入った★ゲームのせつめい★がそのまま人生のゴール的なものに繋がっていたが、普通の人間はそうはならない。

 火星さんから手に入ったエフェクトを叶える為に、たぶん、それとは違うエフェクトを何個も何十個も育てないといけない。

 

 火星さんが誰なのか分かっても、どうしたら火星さんと仲良くなれるのかは、必ずしも分かる訳ではない。

 それもあって、人生とはどうしようもない程に難しい。(と思う)

 

 

  ・火星さんの天敵

 作者が思う、人間にとって凄く寂しい概念。

 

 エフェクトには、反対のエフェクトがある。

 ★こびと★の場合はその反対の★きょじん★がある

 ★でんとう★の場合はその反対の★めかくし★がある。

 

 例えば、★こびと★になる事がその人の火星さん(=最も大切な想い)だったとする。

 すると、その人は必然的に、★きょじん★を捨てなければならなくなる。

 火星さんの天敵は、火星さんと仲良くする事は、出来ない。

 

 窓付きは、死が救いだった。

 だから、全てのエフェクトが、火星さんの天敵だった。

 よって、窓付きは火星さんと仲良くするために、全てを捨てて死なないといけなかった。

 

 おそらく火星さんとは、人の幸せではあるが、それはただ暖かいだけのおばけでもない。

 

 

  ・火星さんの行方不明事件

 作者が思う、人間にとって物凄く恐ろしい概念。

 

 たぶん、結構頻繁に起きる。

 だから、窓付きのような劇場型の人生でない場合は、火星さんは1度見つけるだけでは実は永遠に会える訳ではない。

 火星さんは直ぐ何処かに行くから、季節を跨ぐ度に何度も何度も火星を訪れて、定期的に見つけ直さないといけない。(のだと思う)

 

 

 

 

  ・火星さんと★めかくし★

 この世には★めかくし★という概念がある。

 それを使えば、(真実が隠されてしまうので)火星さんが誰なのかが分からなくなる。

 ……一見そんな事をしてはいけないように感じるが、実は、火星さんと仲良くする為にはそういう事も必要である(と作者は思う)。

 

 

 例えば、妄想という作業がある。

 人間が皆何気なくしている作業だが、実は、その行為には矛盾がある。

 

 妄想をする為には★きょじん★のエフェクトが必要になる。

 妄想というものは、自分が異世界に転生して最強になるとかそういう事を空想するからこそ楽しい。

 しかし、妄想をする為には★こびと★のエフェクトが必要になる。

 妄想というものは、他人を敬える心がなければ世界を広げる為の発想が出てこないので膨らまない。

 ……つまり、楽しい妄想をする為には、★きょじん★と★こびと★という相反するエフェクトを同時に抱く必要がある。

 

 人間という生き物は、常に何かが矛盾している。

 なので逆説的に考えれば、何処かで矛盾しなければ、真に自分らしくはあれない。

 よって火星さんと仲良くする為には、ある程度は何となくでふわふわと生きている必要がある。(と思う)

 

 

 

 

  ・火星さんと構造主義

 世の中には「構造主義」という考え方がある。

 「人類にとって正解は一つしかなく、人間はその正解に従って行動している」……という感じの考え方らしい。

 たぶん「火星さんが人の幸せである」という考え方は、突き詰めれば、その構造主義のような考え方になる(と思う)。

 

 この世界には、本当は、正解というものがある。

 おそらく、「火星さんと仲良くする事(=その人にとって最も大切にすべき想いを大切にする事)がその人の幸せである」というのは、幸せという概念に対するマジの正解に近いと思う。(だからこそゆめにっきという作品は本当に凄いと思う)

 ……しかし、答えが見つかったら、サボっていい訳ではない。

 火星さんが見つかったら、そこが人生のゴールな訳ではない。

 むしろ、ゆめにっきというゲームは「窓付きが火星さんを見つけた後」から始まっている。

 「正解に辿り着く為にはじゃあどうすればいいのか?」というのは、おそらく、常に考え続けないといけない。

 

 人は放っておいたら勝手に破滅に向かう。

 人間は無意識に正解を選べるほど都合のいい脳みそを持っていない。

 構造主義だからこそ、答えは一つしかないからこそ、そこに辿り着くのは誰にとっても難しい。

 だから、幸せになりたいなら、エリートになってお金を稼ぐみたいなありきたりな事だけをしていてもおそらくあまり意味がない。

 自分の人生の正解というものを引き当てたいなら、「自分にとっての正解とは何かを常に自分自身で考え続ける」という、本当の意味での努力をしないといけない。(と思う)

 

 

 

 

  ・仮説さん

 作者の頭の中に何となくある概念。

 

 思考というものは、「仮説を考えてからそれを検証する為に目の前の物事を見る」みたいな感じで成り立っているらしい。

 なので、その仮説という概念は、たぶん絵にすれば妖精さんみたいな感じになる。

 そして、ふわふわと目の前を飛びながら、自分を迷宮の奥へと誘ってくれている。

 

 例えば、この仮説さんが「両親が交通事故で死んだら親戚が出てくるんじゃね?」と言ってくれたら、白黒の世界Bの意味が分かる。

 そして、この仮説さんが「ゆめにっきのおばけってもしかしてトロロなんじゃね?」と言ってくれたら、よく分かんないけどとりあえず付いていけば、「赤クラゲは死の美しさという概念なので現実の世界にも存在する」みたいな考察に辿り着ける。

 

 ゆめにっきの中では、おそらく電燈死体さんとか樹木死体さんとか、ああいう感じの概念。

 

 作者はこの考察集を書く時に、たぶん、この「仮説さん」と、また別の存在である「不思議さん」「違和感さん」みたいなおばけ達の力を借りて、頑張っているのだと思う。

 ……「絵で考える」というのはたぶんこのような感じなのだろうかと、この考察集を書いてる途中に、作者は何となく思った。

 

 

  ・この考察集を絵にする事

 たぶん、そういう事も、(滅茶苦茶)頑張ったら出来るのだと思う。

 

 まず、「プラカードさん」みたいなおばけを作る。

 そして、「プラカードさんとお話をする人」(この考察集の場合は作者)というキャラクターを作る。

 

 そして、プラカードさんがばっとプラカードを上げる。

 ……おそらくそれが、この考察集で言う『・』の段階になる。

 それに対して、お話をする人が頭の中でもやもやと何かを浮かべる

 ……おそらくそれが、この考察集で言う『・』の下に続いている文章になる。

 そしてそのやりとりを、2人で色んな所をうろうろしながら、ずっとずっと続けていく。

 

 ……たぶん、おそらく、ビジュアルシンカーの人達はそんな感じのノリでこの世界を見ているのだと思われる。(たぶん)

 

 

  ・ゆめにっきの参考度

 ききやま様の謎哲学は、本当にマジで深すぎて凄いと思う。

 ……だけど正直、窓付きの人生は特殊過ぎて、自分の人生に対して全然参考にならなかったりする事も多々あると思う。

 

 哲学というのはたぶん、普通に、そういうものなのだと思う。

 だから、他人の思想とかそういうものは、(この考察集も含めて)自分なりに適当にかいつまんで、話半分に、真に受けたい所だけ真に受けておいたらいいのだと思います。

 

 

 

 

  ・ゆめにっきの全クリ

 「エフェクトを全て集めてエンディングを見る」という意味では、攻略サイトを見れば出来る。

 「製作者の意図を全て理解する」という意味でも、たぶん死ぬほど頑張れば何時かは出来る。

 しかし、「窓付きが考えていた事についての答えを出す」みたいな事までやり始めると、たぶんもう一生かけても出来ない。

 

 

  ・人が生きている意味

 少なくとも作者には、人によるとしか言えん。

 

 

  ・死というものとの向き合い方

 分かる気がしない。

 

 

  ・窓付きが死んだ理由

 100%理解出来たら、たぶんやばい。

 

 

  ・この世の形

 分からん。

 

 

 

 

  ・ゆめにっき哲学への入口

 例えば、この考察集を見ている人は、おそらく今は自室にいると思う。

 そしてあなたは、自室というものに対して自分なりの思い入れがあると思う。

 なので、ゆめにっき風に(あえて風景を抽象化させて)自室を絵にして描いてみたら、自室が自室の形になる事は全然ないと思う。

 

 「自分には世界がどのように見えているか」

 「この世界は自分にとって、本当はどのような形をしているのか」

 ……そういう事を想像しながら、(脳内でだけでもいいので、)絵にしてそれを描き出してみる。

 

 そうしたら、「自分が自室に対して抱いている感情」というものが、形而上(形のないもの)ではなくなるので、具体的に認知出来るようになる。

 そして、それを認知出来るようになったら、「自分にとってこの部屋の物は何がどのくらい大事なのか」とかそういう事を、具体的にイメージ出来るようになる。

 

 「自分にとって、本当は何が大切なのか?」

 そういう事を認知できるようになったら、おそらく、きちんと論理的に、こういう事を考えられるようになる。

 

 「自分にとっての火星さん(=最も大切な想い)とは一体何なのか?」

 「それを大事にする為に、自分は今日や明日を、どのように生きるべきなのか?」

 「自分は本当に、自分が大事にするべき物を大事に出来ているのか?」

 

 

 そういう感じの事をしたら、何となく、ききやまワールドっぽい境地への入り口が掴めるのではないかな……と思う。

 (……やるかどうかは自己責任でお願いします)

 

 

  ・作者がそれをやった結果

 ……とりあえず、上布団さんに「そろそろ洗え」と怒られました。

 

 

  ・ゆめにっき哲学を行うのに必要なメンタリティ

 たぶん、「現象世界に囚われずに物事の本質を見よう」と思う気持ちが大事。

 

 具体的に言うと

 「私の目に見えているものはまやかしの現実で、壁や窓に目があってそれが私を見つめているのが本当の現実なんだ!」

 ……みたいな事を思えるようになると、出来るようになる。(と思われる)

 

 

  ・精神病院

 ゆめにっき哲学を続けていたらお世話になりそうなもの。

 ……マジで、自己責任でお願いします。

 

 

 

 

  ・演繹法

 ひらがなにすると、えんえきほう。

 「普遍的な事実や前提から論理を積み重ねて結論を出す」という思考方法(らしい)。

 

 ききやま様はおそらく、窓付きの心に対してこれを行って欲しかった。

 「私達にとって、笛を吹いている時というのは、他人と幸せを共有したい時である」

 「そして、窓付きは★ふえ★を大切にしている」

 「つまり、窓付きは他人と幸せを共有したい気持ちを大切にしている」

 「よって、窓付きは優しい人間である!」

 ……みたいな。

 

 

  ・帰納法

 ひらがなにすると、きのうほう。

 「複数の事実や事例から導き出される共通点をまとめて、それを根拠に結論を出す」という思考方法(らしい)。

 

 ゆめにっきファンはおそらく、窓付きの心に対してこれを行っていた。

 「人間にとって、笛を吹いている時というのは、小学校の音楽の授業の時である」

 「そして、窓付きは★ふえ★を大切にしている」

 「つまり、窓付きは小学校の音楽の授業の思い出を大切にしている」

 「よって、窓付きはなんか子供っぽい性格の子である!」

 ……みたいな。

 

 

  ・人間の心に対する演繹法と帰納法

 人間の心を演繹法で測ろうとすると、おそらく、こうなる。

 「自分の内面から湧いて出てきた共感性で相手の心を理解しよう」

 

 人間の心を帰納法で測ろうとすると、おそらく、こうなる。

 「Microsoft Excelで纏めた統計データで相手の心を理解しよう」

 

 

  ・帰納法とゆめにっき

 ゆめにっきという作品は、ひっかけ問題を作る事に執着していた。

 執念すら感じる程に、もはや意味不明な程に、常識に捕らわれない事に執着していた。

 

 ……もしかするとききやま様は、「帰納法(=常識)だけで人間の心を測ろうとする人達」とか、そういうものとも戦っていたのかもしれん。

 

 

  ・ききやま様

 戦い過ぎだろ、この人……。

 

 

 

 

  ・ゆめにっき哲学が目指していた事

 演繹法で人間の心を観測する。

 →それを絵などにして形にする事で、形而上の存在ではなくす。

 →おばけの絵などを通じて、人間の心の形を出来る限り論理的に分析する。

 →それによって、最終的に(相対主義に陥らずに)人間の心の性質の根源を理解する。

 ……みたいな事だと思われる。

 

 

  ・上記の具体例

 窓付きの心情を想像する(演繹法)

 →ゆめにっきという作品を作る(形而下にする)

 →「火星さんが人の幸せだから、人は火星さんと仲良くしないといけないのだなぁ」みたいな事を思う。(論理的分析)

 →「幸せとは火星さんと仲良くする事である」という結論を出す(根源の理解)

 (全然違ってたら、ききやま先生ごめんなさい…)

 

 

  ・ゆめにっき哲学を行うコツ

 たぶん、童話とかを考えるノリでやると上手く行く。(のではないかなと思う)

 醜いアヒルの子とか、北風と太陽とか、たぶん、あんな感じ。

 

 そういうふわふわしたノリと、(自分の内面に対する)きちんとした観測データに基づいた論文的なものを作るノリを合体させれば、ゆめにっき哲学っぽい感じになるのだと思う。(たぶん)

 

 

  ・ゆめにっき風に解釈出来る概念達

 たぶん、この世界には無数にある。

 

 例えば、「飽き」という概念がある。

 それはたぶん、頑張ったら、「蝋燭の火がうんたらかんたら」みたいな感じで、ゆめにっきにこじつけながら絵的に説明する事が出来る。

 ……しかし、たぶんもう、一々そういう事をやってたらキリがない。

 そして作者も、正直、そういうのを全部言語化出来る訳でもない。

 

 なので、もしゆめにっき哲学的なアレに興味のある人達がいたら、あとはみなさんで色々頑張ってみて下さい。

 

 

 

 

  ・フォーミュラーシンカー

 言語でもなく、絵でもなく、数式で物事を考えている人。

 実は、人間はそういう事も出来る。(らしい)

 

 

  ・エフェクトという概念を数式的な感じで表すと

 ×

 これが「ストレス」という概念。

 ×→〇

 これが「願い」という概念。

 ×→α→〇

 これが「エフェクト」という概念。

 ……なのだと思う。

 

 作者はたぶん、フォーミュラーシンカーにある程度当て嵌まっている。

 なので、(正確には言語のような形だけではなく、)上記のような形でも人の心というものを捉えている。

 そして「この式をききやま様はエフェクトと呼んでいるんだろうな」という感じの事を考えている。

 だから、絵で物事を考えるという発想がいまいちよく分からなくても、ゆめにっきという作品の言いたい事だけは何となく分かったのだと思う。

 

 

  ・★ねこ★を数式的な感じで表すと

 「寂しさ」=×

 「可愛い子ぶる」=α

 「チヤホヤされる」=〇

 よって、★ねこ★=×→α→〇(=可愛い子ぶる事によってチヤホヤされたいという願望)

 

 

  ・「何故さおだけ屋は潰れないのか?」という文字列を見た時に発生する感情を数式で表すと

 「何故」=×

 「さおだけ屋は潰れない」=α

 「のか?」=〇

 よって、「何故さおだけ屋は潰れないのか?」=×→α→〇

 つまり、「何故さおだけ屋はつぶれないのか?」=★がくしゃ★(=会計学などについて勉強をしたいという気持ち)

 

 ……自分でもこの感覚はもう伝わる気がしないので、意味が分からなかったらスルーして貰って構いません。

 

 

   ・「エフェクトの為のエフェクト」という概念を数式で表すと

 お金を稼ぎたい

 ×→α→〇

 仕事をこなしたい

 ×→α→〇

 職場に向かいたい

 ×→α→〇

 

 お金を稼ぐ為に仕事をこなしたい

 ×→(×→α→〇)→〇

 お金を稼ぐ為に仕事をこなす為に職場に向かいたい

 ×→(×→「×→α→〇」→〇)→〇

 

 人間の願望とは、たぶん、こんな感じでマトリョーシカみたいになっている。

 エフェクトというものは、たぶん、自然と「エフェクトの為のエフェクト」みたいなものが生まれていく性質を持っている。

 だから、人間は「自分が本当は何を望んでいるのか?」みたいな事を深く認知するのが難しいのだと思う。

 ……この感覚も、伝わるかどうかはもう分からん。

 

 

  ・人間に自己批判が出来る理由を数式で表すと

 幸せになりたい     

 ×→α→◎

 勤勉になりたい

 ×→α→〇

 幸せになる為に勤勉になりたい

 ×→(×→α→〇)→◎ 

 故に

 ∴

 だらけていてはいけない

 ×

 幸せになる為に勤勉になりたいので、故にだらけていてはいけない

 ×→(×→α→〇∴×)→◎

 頑張っている自分が好き

 ●

 幸せになる為に勤勉になりたいので、故にだらけていてはいけない、故に頑張っている自分が好き

 ×→(×→α→〇∴×∴●)→◎

 

 という思考を人間は出来るから。

(要するに、人間は基本的には×→α→〇という形でしか物事を考えられないが、「〇故に×故に〇」という感じの認識を抱けば無理やり×を〇に出来るから)

 

 ……伝わるかどうかは(ry

 

 

  ・理性的欲求と本能的欲求を数式で表すと

 概念的報酬

 〇

 快感

 ♡

 理性的欲求

 ×→α→〇

 本能的欲求

 ×→α→♡

 本能的欲求と理性的欲求が入り混じった、いわゆる人間的な活動の形

 ×→(×→α→〇)→♡

 

 ……この感覚が伝わったら、もはや逆に怖い。

 

 

 

 

  ・★めだまうで★を使えばスタート地点に戻れる理由

 一つ目の×→α→〇を思い出せるから。

 

 

  ・窓付きが電燈の世界で心折れずに地獄と向き合い続けられた理由

 樹木死体さんから「×→α→〇∴×∴●」に必要な●を貰っていたから。

 

 

  ・窓付きがジュースを飲んでも喜ばない理由

 ×→(×→(×→α→♡)→〇)→♡

 になっていないから。

 

 

 

 

  ・ムチで打たれると気持ちが良い理由

 ×が発生すると→〇が発生するから

 

 

  ・カードを選んでいると自然とカードゲームに熱中していく理由

 αが発生するとα→〇が発生するから。 

 

 

  ・チートを使ったらゲームが楽しくなくなる理由

 〇自体ではなく、α→〇の部分に人の幸せはあるものだから。

 

 

 ・人が幸せを見失う理由

 ?→(×→α→〇)→?

 人間はこれの()の中しか認識出来ないから。

 

 

  ・宇宙の広大さを思えば心が穏やかになる理由

 〇に対応する×がないから

 

 

  ・人が嬉しい時に泣いたり悲しい時に笑ったりする理由

 心とはマトリョーシカだから。

 

 

 

 

  ・作者が(何となく勝手に)思ってる、「人間の心」というものの大まかな形

 (×→(×→(×→(×→α→気分)→手段)→目標)→幸福)

 

 

  ・人間の心が予測不可能な理由

 人間の心というものはおそらく

(×→(×→α→気分)→手段)

 という感じになっている。

 「気分」というものはその日その時で絶えず変動して

 その上で、「手段」というものもその日その時で絶えず変動する。

 なので人間の心というものは、二重振り子の運動みたいな感じになってて、当人も含めて誰にも動きが予測出来ないくらいカオスになっている。(のではないかなと思う)

 

 

  ・エフェクトという概念の実用性

 人間はたぶん、何かをする時は

 (×→(×→α→気分)→手段)

 というような感じの心の動きをしている。

 

 人間が課題をこなす時には、まず「目の前の課題に取り組みたい」という気分にならないといけない。

 しかし人間は、毎回都合よく目の前の課題に取り組みたい気分になれる訳ではない。

 なので人間は、目の前にやらなければならない事があるのに、やる気が出たり出なかったりする。

 

 そこで、αの部分にエフェクトという概念を入れて

 (×→(×→エフェクト→気分)→手段)

 という感じにしてみるとする。

 部屋の掃除をすべき時は★ピカピカ★という感じのエフェクトを抱き

 努力をすべき時は★はちまき★という感じのエフェクトを抱き

 受験勉強をすべき時は★はちまき★と★がくしゃ★と★おうかん★という感じのエフェクト達を抱く。

 

 そうしたら、おそらく人間は、気分というものをある程度理性でコントロール出来るようになる。

 エフェクトという概念は、たぶん、そんな感じで使えばいいのではないかなと思う。

 (たぶん)

 

 …この辺のアレはもう、本当に上手く説明出来る気がしないので、何を言ってるのか1ミリも伝わらなかったらごめんなさい。

 

 

  (追記)・この辺の事について

 作者のこの辺の思想は、noteの方で記事にまとめてます。

 「ゆめにっきオタクによる、人間の心の最小単位とかの考察」というタイトルの記事です。

 お暇だったら見てあげて下さい。

 

 

 

 

  ・作者が考える、ゆめにっきゲーム本編をもし絵にした場合のイメージ

 

 火星さんが★ゲームのせつめい★をくれる

 →窓付きはそのエフェクトを持って、穴から出る

 →穴から出ると、(ゆめにっきゲーム本編中では行けない)あの穴の向こう側への道が開かれている

 →穴を超えて、坂を下っていく

 →坂を下りきると、扉がある

 →扉を潜ると、とびらのへや(夢の入り口)に戻ってくる

 

 とびらのへやで★ゲームのせつめい★を使う

 →窓付きが蝋燭に変身する

 

 蝋燭状態だと、新しい扉が出現する

 →その扉を潜る

 →そこには、長い長い坂道がある

 →その坂道をずっとずっとずっとずっとずっと昇っていく

 →坂道を登っていく途中で、とんどん蝋燭の火が大きくなっていく

 

 坂道の頂上の直前に、コテージがある

 →コテージの中へと入る

 →コテージの中には「死の足音さん」(蝋燭の世界にいた奴)が並んでいる

 

 窓付きの蝋燭の火を、死の足音さん達に分けていく

 →窓付きの蝋燭の火が少しずつ弱まっていく

 →最後には、本当に小さな、美しい色をした火だけが残る

 →その状態になると、奥に進む為の扉が現れる

 →その扉を潜り、先に進む

 

 頂上に辿り着く

 →坂道の頂上には、赤クラゲがいる

 →赤クラゲに触れる

 →小さな蝋燭の火が最後まで灯ったまま、窓付きが消えていく

 →エンディング

 

 みたいな。

 ……これももう、何を言っているのか伝わるかどうか分からないので、読み飛ばして貰って大丈夫です。

 

 

 

 

  ・ゆめにっきについて考えてる時の作者の顔

 たぶん、ウボァみたいになってる。

 

 

  ・観想

 アリストテレスさんが言っていた、人間にとって最も大事ならしい活動。

 ……たぶん、ずっと引きこもって毎日ゆめにっきについて考えながら、一人でこの考察集を書き続けるような作業の事なのだと思う。

 

 (少なくとも作者は、)こういう作業は目先の欲求という意味では、別にやってて楽しい訳ではない。

 自分とか世界とかについて考えるのは、人生において大事な時間だと思うが、人間はそれだけで生きている訳ではない。

 普通にNintendo Switchの電源を付けて、遊戯王マスターデュエルを起動して、「ブルーアイズをどうやったら救えるか」とかそういう感じの事について考えてた方が、目先の欲求という意味では楽しくはある。

 ……そして作者は、自分という人間の本質は、ポニ子の方が近いと思っている。

 

 

  ・考察とか、哲学とか(重要な事なので再掲載)

 世の中の全てに理屈を付けようとする人は、よく、狂う事になる(らしい)。

 目に見えるもの全てに解釈を付けるという作業は、あまりにも労力がかかり、その癖一度初めてしまえば「理屈が付いていない部分」が逆に気になってしょうがなくなってしまう。

 そしてその上で、もし解釈がズレていたり幅が狭すぎたりすると、簡単に融通というものが利かなくなってしまう。

 

 人生というものは常に、色々と適当な方が、生きやすい事が多い。

 なので結局、世の中というものは、曖昧なままにしておいた方がいい事も多い。

 

 

  ・0/0(重要な事なので再掲載)

 何をしても変動しない数値。

 ノーヒント過ぎて流石に分からない。

 心のHPとか生への執着とかそういう当たりは付けられるが、これはもう、ただの他人でしかないプレイヤーには分からないものなのだと思う。

 

 どれだけ考察をしてみても、人間は他人の心が全て分かる訳ではない。

 それを忘れない事も、たぶん、大切。

 

 

  ・★めかくし★(重要な事なので再掲載)

 いらないのに、いる。 

 

 

  ・パンドラの箱

 開けたいけど、開けたくない。

 

 

  ・ゆめにっきの考察

 マジで、もう無理っす……。

 

 

 

 

 

(本文が長すぎてハーメルンの1話の文字数制限に引っ掛かったので、ここからは作者後書きの枠に書いていきます)






  『おまけ4、作者の思考プロセスなどについて』

  ・この考察集
 作者のゆめにっき考察集。

 最初は、ただの小説のおまけのつもりだった。
 長くても1万文字くらいで終わるつもりだった。

 しかし、マップ考察とかを書き進めていくにつれて、「あれ?これもしかしてマジで正解を引き当ててね?」となっていた。
 そして、気が付いたら熱が篭って、原作をまた改めて見返したりしながらどんどん筆が進んでいった。
 
 1週間経っても筆が止まらなかった
 1か月経っても筆が止まらなかった。
 1項目書き上げる度に部屋の中をうろうろして、疑問さんや違和感さんを探して、新しい仮説さんが湧いてきて、その繰り返しだった。
 ストーリーなどの解説を全て終えて、後はもう(ゆめにっきにこじつけた)この世の考察くらいしかする事がなくなって、しかしそれでも何故か、筆が止まらなった。
 3か月くらい経ったら、ウィトゲンシュタインさんがどうこうみたいな事が書かれていた。

 エフェクトが★こびと★みたいな感じじゃなくて「こびと」みたいな感じで描かれてる所は、比較的初期の頃に書かれている。
 (そしてもう、そのままにしている)


  ・作者が最初に書いていた、この小説のあらすじ
 一応、載せておきます。

  『私が殺した、ゆめにっきの女の子』
 ゆめにっきのエンディングから15年後の世界が舞台。
 大人になったポニ子が、電車に揺られながら、当時の窓付きとの思い出を回想していくという形式の話です。
 全11話。

 ……400PVも見て貰えた。


  ・作者が最初に活動報告に書いてたおまけ
 一応、載せておきます

 『おまけのおまけ ゆめにっきのエンディングから100年後の世界』

 天国のポニ子「あのさ窓付き……、世の中ってそんな簡単なもんじゃないのは分かるし、窓付きにも色々言いたい事はあったんだろうし、そのおかげで良かった事もきっと本当に凄く沢山あったし、私も本っっっ当に、気付いてあげられなくて死ぬほど悪かったと思うんだけどさ……、それでも私は、やっぱりどうしようもないほどバカな私だから、罪とかも全部棚に上げて、一言だけ、どうしても思っちゃう事を言っていい?」

 天国の窓付き「なに?ぽにこ」

 天国のポニ子「口で!!!言ってくれれば!!!よかったでしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」


 「自分がゆめにっきの正解を引き当ててしまった」という事が分かった段階で書いた。
 ……しかし、そこから更に1か月くらい経った後、「ききやま様が自作について語らなかった意図」とかが何となく分かってきたので、恥ずかしくなって消しておいた。


  ・ゆめにっき二次創作界隈の方々
 作者が人生を通じてお世話になった人達。

 作者は昔、正直、色々と病んでいた。
 なので、ゆめにっきの手書き動画とかを見て、何時も心を救われたりしていた。
 特に(あえて名前を出すが)調理器具様という方の『セルリアンブルー錯視症』という動画はマジでずっと見てて、毎回まじょの所でポロポロ泣いたりしながら心を救われていた。

 この考察集を書いてる時でも、ゆめにっきの動画とかを合間合間にずっと見てた。
 ……もう化石レベルで昔の作品なのに、今でもあれだけ多くの人に愛されていて、本当に凄いと何度も何度も思っていた。


  ・ゆめにっきの原作
 実は、あんまりやってない。
 自分でプレイしたら呪われる気しかしなかったので、殆どは、他人の実況プレイ動画を通じてしか見ていない。

 この考察集を書き始めた2か月目くらいに、(ゆめにっきファン歴15年目にして)ようやくダウンロードした。
 (数字の世界の川から流れてくるやつに★しんごう★を使ってくれる実況者が一人もいなかったので、そういう事をどうしても確認したくて、ついに決心してダウンロードしたらしい)
 通してプレイしたのは、実は、1回だけ。

 実況動画とかを通じて見る方が、客観的に見れるし、シークバーを弄るだけで好きな所に行けるし、「人間はこれに普通はどういう反応を示すのか」とかも知れるし、怖くないしで、便利だった。
 ……ある意味、ファン失格ではあるかもしれん。


  ・作者がゆめにっきに初めて触れた時期
 たぶん、大勢のゆめにっきファンと同じ時期。
 いわゆる、ニコニコ動画黎明期。
 フタエノキワミが流行ってたり、もこう先生が厨ポケ狩り講座を上げたりしていた時期。

 具体的に何歳の時だったかはもう覚えてないけど、たぶん、中学生の時だった。
 プレイ動画で森の世界とかを見て、背景にいる奴が意味分からんくらい怖くて、ずっと悩んでたのを今でもぼんやりと覚えている。


  ・「ゆめにっきのファン数=100万人」の根拠
 ニコニコ動画のゆめにっき動画の再生数とかからの推察。
 具体的に言えば、『【ゆめにっき】何も知らない友人に無理やり実況させてみた』の再生数が、一番低い所で60万くらいだから。
 
 あの動画は、パート1の再生数は200万くらいある。
 そして勿論、ゆめにっきに触れる入口はあの動画だけではない。
 そしてその上で、ゆめにっきは外人のファンも沢山いる(らしい)。
 ……ゆめにっきという作品は普通にフリーゲームの金字塔的なアレなので、「ゆめにっきがどういうゲームか知ってる人」くらいに絞れば、500万人くらいはいるんじゃないかなと思う。

 ただし、当然だが、その500万人全員がファンという訳ではない。
 10分くらい動画を見て、意味が分からんくて飽きた人とかも大勢いると思う。
 なので、「あの作品にある程度心を動かされた人」という範囲に絞れば、(何の根拠もないが感覚的に)100万人くらいになるんじゃないかなと思ってるらしい。


  ・作者がこの小説や考察集を書いた理由
 小説→引きこもりニートの独り立ち記念
 考察集(最初)→小説のおまけ
 考察集(途中)→正解を解いてしまったという罪悪感から来る義務感。そして調理器具様みたいな人達に出来る限り「本当のゆめにっきの魅力」みたいなものを分かりやすく伝えたいという思い。
 考察集(最後辺り)→なんか、ゆめにっきと向き合い過ぎて変なテンションになってた(と思う)。「こうなったらとことんやってやるぜ」みたいな気分で、ききやま様がおそらく抱いていたのであろう謎哲学について、暗い部屋の中でずっと一人で考え続けていた。
 (なので今改めて見たら、あの辺は何書いてるのか自分でもよく分からん)


  ・作者の思考プロセス
 そんな感じです。


  ・お礼
 ききやま先生。及びゆめにっき二次創作界隈などの皆様。
 作者に青春をくれてありがとうございました。




  ・★みじめざる★
 たぶん「めだまうで」と同じくらいアレなエフェクト。
 窓付きを美しいと思う為にポニ子のように居続けたい気持ちのようなもの。
 ……ただの自分語りなので、あまり気にしないで下さい。


  ・★ふうせん★
 たぶん、★パレード★の反対にあるようなエフェクト。
 ★たこふうせん★もやばいが、これはこれで人生が破壊されまくる。
 ……ただの自分語りなので(ry

 
  ・★うろうろ★
 「何となく散歩をしたい」という感じのエフェクト。
 ゆめにっきという作品が好きな人は、たぶんみんな、ある程度これが好きなのだと思う。
 ……ただの自分語りなので(ry


  ・★まゆ★
 「何となく引きこもりたい」という感じのエフェクト。
 ゆめにっきという作品が好きな人は、たぶんみんな、ある程度はこれも好きなのではないかなと思う。
 ……ただの自分語りなので(ry


  ・★ぼうえんきょう★
 あまり人に褒められたくも貶されたくもない欲求。
 ただの自分(ry




  ・作者の学歴
 高校中退。


  ・作者の哲学知識
 youtubeオンリー。
 (なので、後半に書いてる事はマジであんまり真に受けないで下さい)


  ・作者のIQ
 たぶん、ゆめにっきに引っ張られて、この3か月間だけ100くらい上がってた。


  ・作者の思想
 本当はたぶん、ここまではない。
 ゆめにっきという作品に対する解釈を文章化する際に、(文章とはそういうものなので、)色々と大げさに書いている所が多々あります。
 なのでそういう意味でも、色々なものをそこまで真に受けないで貰えるとありがたいです…。


  ・作者が世の中に対して思う事
 あまり、何もない。
 マジで、(こんな考察集書いといて何をと思われるかもしれないが、)物申したい事とかは特にない。
 (たぶんききやま様もそうなのだと思うが、)カリンバとかそういうアレは、「思う」というより「どうしても思ってしまう」という感覚が近い。
 
 生き辛さというのは別に、感じたいから感じる訳ではない。
 他人が嫌な人だと感じるからと言って、それは別に、そう感じたいからそう感じる訳ではない。
 ……たぶん、人間というものは普通に、そういうものなんだと思う。


  ・作者がどのような人間なのか
 散々偉そうな事書いてるけど、本当は未だによく分かってない。(と思う)


  ・作者の親
 「お前はこうした方がいい」
 「ああした方がいい」
 「何故ならお前が言っている『そんな事自分はしたくない』という言葉はお前が何となくついているだけの嘘だからだ」
 「お前は本当は俺の言う通りの事をしたがっている筈なんだ」
 「子供のお前にはよく分からないだろうが、俺がおかしい筈がないんだ」
 「この目を見ろ!俺が嘘をついているように見えるか!?」
 「大丈夫だ!!俺を信じろ!!お前は絶対自我なんてほんとはないから!!」
 ……的な感じのノリの人。

 作者の考察では、ききやま様は作者と何となく近しい境遇をしている。
 そしてだからこそ、作者にだけは、ゆめにっきの意味が何となく分かったんだと思う。

 ……ゆめにっきのストーリー、マジで、面白かったです。










   『おまけ5、終わりに』


  ・狂気
 その人の、誰も理解出来ないエフェクトの強さ。


  ・狂っているふりをしている人
 たぶん、あまり凄くない。


  ・狂いたい人
 たぶん、自分を知らなければならない。


  ・狂っている人
 たぶん、自分を愛さないといけない。

 
 ・狂っていないのに壊れている人
 たぶん、世界を愛さないといけない。


  ・狂っていないのに普通な人
 たぶん、凄い。


  ・樹海の沼の最奥に低確率で現れる、樹海の沼から目を逸らしている謎のおばけ
 「狂っていないのに普通な人」への憧れ。
 たぶん、この世の醜さをどれだけ知っても普通の幸せを得る事に憧れてしまう気持ちとか、そういうもの。
 火星さんによく似ている人。


  ・デパート屋上の建物
 巨大な笑顔のブロック。
 実は、右端から見える建物の黒い窓が、人の顔になっている。
 荒野にあるなまくびブロックのように苦しんでおらず、FC世界A入口の笑顔ブロックのように必死に笑っている訳でもない、ただただ、窓付きの自然な笑顔がここにある。
 

  ・デパート屋上の室外機
 死体さん、鳥人間、モノ子、モノ江、モノクロUFO父、モノクロUFO母
 ……の6人。
 窓付きの家族。
 窓付きが、ただただ、共に幸せに生きたかった人達。


  ・デパート屋上から行ける、窓付きが魔女になって空を飛んでいる場所
 たぶん、「狂っていないのに普通な人」が住んでいる世界。
 色んな人達が憧れていて、だけど何故だか、手が届かない場所。

 ここにいられる事は間違いなく幸せな事ではあると思う。
 だけどきっと、ここにいられる事だけが人の幸せの全てではないと、作者はそう思っている。


  ・「狂ってないのに普通な人」になりたい人
 ゆめにっきの劇中では、窓付きが「なまくび」で罪悪感に苦しむ場面がやたらと多い。
 そして、おそらくききやま様という人物もまた、本当は自己肯定感があまり高くない。
 ……だから、(もう完全に作者の想像でしかないが)ききやま様はたぶん、本当は、「生きていて申し訳ない」というような事をよく思ってしまっているような、そんな感じの人だったのではないかなとも思う。

 (20年前当時の)ききやま様はたぶん、世の中とかをあまり好きではない。
 しかし、「世の中を好きではない事」と「そんな自分がもっと好きではない事」は、両立する。
 ……悲しいくらいに、両立してしまう。

 だからたぶん、ききやま様は、誰も理解出来ないような作品を作れてしまう事を、誇らしいと思うようなタイプではあまりなかったのではないかなと思う。
 むしろ、その分だけ自己嫌悪で苦しんでしまうような、そんなタイプだったのではないかと(勝手な想像かもしれないが)作者は思う。
 (そしてだからこそ、自分を投影している筈の窓付きをあそこまで自傷していたし、皆の中にあるゆめにっき像みたいなものを壊したくなれなかった側面もあったのではないかなと思う)


 少なくとも、作者は昔、そういう人間だった。
 自分は普通の人間になれなくて、それが申し訳なくて、苦しくてしょうがなかった。
 だから、普通の人になりたくて、もがいて、意味もなく自分を傷つけて苦しんでいた時期がかなり長い間あったりした。
 ……しかし、その期間は今思い返してみると、正直言ってあまり意味がなかったように思う。


 ゆめにっきには、「エフェクトは必ずしも必要ではない」というテーマが描かれている。
 そして、おそらくそれは、実際に正しい。
 エフェクトは人生の宝物だが、全てのエフェクトが必ずしも大事な訳ではない。
 だから中には、意味もなく自分を傷つけて苦しめてしまうようなエフェクトも存在する。

 「普通の人間になりたい」

 たぶん、人間にはこういう煩悩も存在する。
 そして、煩悩とは、それを抱く事が必ずしも正しいものな訳ではない。
 ……だからこそ、人間とはたぶん、時には自分というものと向き合う事が大事なのだと思う。

 「自分が抱いている気持ちは何なのか?」
 「それは本当に、正しいのか?」
 「その申し訳なさや苦しさは、自分を幸せにしてくれるのか?」

 そういう事を考えて欲しいみたいな気持ちも、この作品には、実はテーマとしてはあったのではないかなと思う。

 常識に合わせられない事。
 普通と違う事。
 もし、そういう事に(ファッションなどではなく)本気で心から苦しんでいる人がいたら、なまくびを捨てる事が出来た窓付きのように、どうか自分の火星さんを探してあげて欲しいと思う。
 ……きっと、そういう事に本気で苦しめるあなたは、その時点でそんなに残酷な人間ではない筈だから。


 「自分らしさというものを大切にして欲しい」
 ゆめにっきという作品はたぶん、本当に突き詰めると、そういう話になる。
 そして、それはたぶん、一周してもはやただの普通の話でしかない。
 どんな歌でも歌われているような、小学校の道徳の教科書ですら教えられるような、そんな事と同じことが、ゆめにっきという作品の本当に言いたい事だったのだと思う。

 本当のゆめにっきという作品は、きっと、そういうものでもあったのではないかと、作者は(勝手ながらに)思っている。


  ・★エリート★
 間違いなくこの世で最強のエフェクト。
 しかし、人間が持っていたり持っていなかったりするエフェクト。 


  ・ミスリードの一つ
 現実の世界には、自分の事を好きになってはいけないというルールは別にない。


  ・ゆめにっきの答え(作者の見解です)
 自分らしく生きよう






  ・朝
 死なない限り、来てしまう。


  ・家の外
 怖いものは、怖い。


  ・ゆめにっきで描かれていたおぞましくも美しい何か
 たぶん、本当は、何処にでもいる。
 そして、本当は、何処にでもいてくれる。


  ・他人
 たぶん、意外と怖くて、意外と優しい。


  ・折り合い
 エフェクトや、火星さんとの距離。
 たぶん、死ぬ気がないなら、適度に保った方が良い。


  ・★カリンバ★
 気付かなければならない。
 気付き過ぎてはいけない。




  ・自分
 火星さんが何処にいるかのは、本当は、分からない。
 だからそれは、自分の世界の中で、自分の心と向かい合い、きちんと自力で探さなければならない。


  ・自分の醜さとか、世のおかしさとか
 たぶん、用法用量を守って、適度に気付いた方がいい。


  ・世の中
 自分の内面にしか興味を持てない人間は、黙って死ぬ事しか出来ない。
 しかし、自分の内面に興味を持てない人間は、一生を空虚に生きる事しか出来ない。
 ……と思う。



 以上
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