私が殺した、ゆめにっきの女の子   作:最後のかしわもち

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小説2話 あの子はよく分からないけど、たぶん泣いていた

 電車が、駅のホームに着いた。

 だから私は、その電車に乗り込む。

 そして、自宅までの道のりをゆっくりと進んでいきつつ、窓から夜の闇をぼんやりと眺め続ける。

 闇は形もなく全てのものを吸い込み続け……、私はそこに、在りし日の最愛の友達の姿を浮かべ続ける。

 

「窓付き……」

 

 最初にあの子と会った時……。

 そう、確か私は、風邪を引いていたのだったっけ……。

 

 

--- 

 

 

 15年前の、確か、春頃。

 その日、私は風邪をひいていた。

 それも、ただの風邪ではない。

 インフルエンザという、悪夢にうなされるような重い風邪だった。

 

「だからって、さぁ……」

 

 記憶の中の、子供の頃の私。

 まだ純粋だったその女の子は、ベットの中で退屈そうに体を伸ばし、叫ぶ。

 

「遊びたい盛りの中学生が、6日も家でじっとしてられますかってのー!」

 

 …インフルエンザになった私は、学校から、6日間の自宅待機を言いつけられていた。

 しかし、インフルエンザというのは本当に6日も治らない訳ではない。

 周りの子に病気を移さない為に余裕を持って日付が設定されているだけで、本当はもう、5日目にはとっくに病気は完治していた。

 けれど、その日はまだ6日目だった。

 だからその日の私は、暇を持て余し、退屈さにうんざりしていた。

 

「あー! なんか、楽しい事ないかなぁ……」

 

 退屈を少しでも紛らわせる為に、私はベットの上で頬杖をつきつつ、窓の外を眺めていた。

 ……別に、何か目的があった訳じゃないと思う。

 本当に、ただ何となく暇だったからそうしていたのだ。

 だから、その時の私は見つけてしまった。

 何時もなら気にも留めないような、そんな、小さな小さな違和感を。

 

「……ん?」

 

 本当に、偶然だった。

 偶然、たまたま、私はそれに気が付いた。

 ……今でも思う。あの瞬間、もし窓の外を見ていなかったら、私の人生はどうなっていたんだろうと。

 

「……あの子、こんな平日の真昼間に何してんの?」

 

 その日は、まだ水曜日だった。

 そして、その時の時刻はまだ朝の11時だった。

 風邪で寝込んででもいない限りは、学生なら間違いなく、学校に行っていないといけない時間。

 それなのに、窓の外から見える景色には、女の子がいた。

 私と同い年くらいの女の子だった。

 その子はただ、ふらふらと、目的もなく道を彷徨い歩いているようだった。

 

「……なんか、面白そうな子じゃん」

 

 一目でビビっと、そう感じたのを覚えている。

 当時の私は、色々な面で、うぬぼれていた。

 自分には、他人とは違う特別な感覚のようなものがあるのだと思っていた。

 そして、そんな私の感覚は、何時か、この退屈な日常というものから私を救い出してくれるのだと信じていた。

 

 その子は、そんな私のお眼鏡に叶った。

 だから、私は部屋を飛び出し、その子に話しかけに行ってしまった。

 

 

----

 

 

「ねえあなた、何してるの?」

 

 家から出た私は、確か、何の脈絡もなくその子に声をかけた。

 

「えっ……?」

 

 びくっと、その子の体が跳ねたのを覚えている。

 ……窓付きは怖がりだから、今思うと、凄く怖かっただろうなと思う。

 

「あはは、そんなに驚く事ないじゃん」

 

 私はそう言って笑い、何時も友達にそうしているような、気やすい感じを出してみて……。

 

「…………」

 

 だけど、そうそう。窓付きは全く警戒を解かず、ただじっとこちらを見つめてきた。

 ……その時の瞳は、特に覚えている。

 とても不思議な視線の子。それが、窓付きに対して感じた最初の印象だった。

 

「……ねえ。そんなに怖い、私?」

「…………」

 

 彼女の目には、よく分からない程の怯えが込められていた。

 まるでおそろしいおばけでも見るように、体がこわばっていて、表情が恐怖というもので埋め尽くされていた。

 ……しかし、それなのに何故か、彼女は真っすぐにこちらの目を見つめていた。

 普通なら、怖ければ視線は逸らすものだ。

 それなのに何故か、まるで相手の全てを見透かそうとでもするように、彼女はこちらの視線の芯だけは捉え続けていた。

 

「ねえねえ、何でこんな所歩いてるの?」

 

 何時までも喋ってくれなかったので、私は話題を提供していた。

 

「……さんぽ」

 

 何処か幼児を思わせるような、拙い口調。

 ……そう。窓付きは、そんな愛しい喋り方をする女の子だった。

 

「散歩って、今は平日の昼間でしょ? 学校は?」

「…………」

 

 彼女は黙ったままで、首を少し横に振る。

 

「サボりって事?」

「…………」

 

 彼女はまた、黙って首を横に振る。

 

「じゃ、私と同じ? 風邪ひいてるのに暇だから勝手に出歩てる的な……」

「…………」

 

 彼女はそれにも、首を横に振った。

 

「どゆこと……? まさか、学校に通ってない事はないでしょ」

「……がっこう、いったこと、ない」

「……は?」

 

 あまりにも予想外の返答に、最初は冗談だとしか思わなかった。

 

「えっと……、あなたってたぶん、私と同い年くらいだよね?」

「…………」

 

 ……仲良くなってから聞いた話だが、窓付きは私と完全に同い年。つまりこの時点で、本来なら中学3年生である、15歳だった。

 

「じゃあ、まだ中学生じゃん。義務教育とかあるんじゃないの?」

「…………」

 

 首を横に振られる。

 

「……実は、日本人じゃないとか?」

「…………」

 

 首を横に振られる。

 

「……じゃあ、何で?」

 

 聞けば聞くほど、意味が分からなかった。

 私が興味本位のままにそんな事を尋ね続けていると、彼女はまだこちらを警戒しつつも、ゆっくりと口を開いてくれた。

 

「おしごと、ある」

「おしごと、だいじ」

「だから、がっこう、だめ……」

「おかあさんが、そういう……」

 

 ……本当に、今考えても、あり得ない話だと思う。

 

「ええっと……、つまりそれって、児童虐待的な……?」

「じどうぎゃくたい……?」

 

 ……窓付きという少女は、難しい事は本当に何も知らなかった。

 だから、本来なら自分を守ってくれる法律とかそういうのも、たぶん、最後までよく分かっていなかったと思う。

 

「……仕事って、何してんの?」

「わかんない……」

「分かんないって……?」

「きゅっきゅ、してる……」

「……きゅっきゅ?」

「うん……、なんか、きゅっきゅ……」

 

 皿洗いか何かだろうか?

 分からないとは、まだ下積みだから、自分が何をすべきなのかよく分からない的な感じか?

 ……そう。この時の私はまだ、そんな事を思っていたのだったけ。

 

「それ、楽しいの?」

「……あんまり」

「じゃあ、何でそんな事してんの?」

「おかあさんが、やれって」

「いやいや、児童労働とか普通に犯罪だし、やれって言われても断るでしょ普通」

「…………」

 

 窓付きは首を横に振る。

 そして、そのまま俯いて言葉を続ける。

 

「……にげたら、おこられる」

「……それでもにげたら、さがされる」

「ぎろちん……」

「なまくび……」

「せまくて、こわくて……」

「さけんでも、さけんでも、だしてもらえない……」

 

 この子は、普通じゃない。

 その時点でもう、私はそれを察していた。

 しぐさの一つ一つ。言葉の一つ一つ。全ての所作が、普通ではない事を物語っているような子だった。

 

「……警察とか、行ったりしないの?」

「……けいさつ?」

「知らないの?」

「…………」

 

 ふるふる。

 

「……辛くないの?」

「………………」

 

 その子のレスポンスが、一瞬止まる。

 

「いやがったら、おこられる……」

「だから、つらくない……」

「つらく……ない……」

 

 ……どう見ても、嘘だった。

 その時の窓付きは、痛々しいくらい、悲痛な顔をしていた。

 私はまだ初対面だったが、その時点で既に、想像すら出来ないような闇を彼女の背景に感じていた。

 

「……辛くない訳、ないでしょ」

「……え?」

 

 私がその時感じたもの。

 それはたぶん、自身の境遇を彼女に重ねた事から来る、怒りだったように思う。

 

「人に命令されんのってさ、誰でもイラってくるもんだよ。

 私も、親から学校に行けって言われる度に、何時も何時も、本当に煩いなぁってイライラしてるもん」

 

「学校に行けーって言われるだけであんなにイライラするのにさ……。

 もし、学校に行かず働けーなんて言われたら、私なら絶対キレちゃうよ。

 なんなら、たぶん家出すらしちゃうね。そんなクソみたいな大人しか居ない家」

 

 ……そう。その頃の私は、とにかく親が嫌いだった。

 と言っても、別に酷い扱いなどをされていた訳ではない。

 ただ何となく、誰かに指図されるのがとても嫌だったのだ。

 その頃の私は、自由奔放と言えば聞こえがいい、ただの絵に描いたような面倒な子供だった。

 

「だから、なんて言うかさ……。

 とりあえず、辛いなら辛いって、あなたもちゃんと言った方が良いと思うよ?」

 

 辛いなら辛いと言った方が良い。

 ……確かそれは、本当は、私の言葉ではなかった。

 ドラマで、同じような事を言っているシーンがあったのだ。

 当時の私は何となくそれに感動していて、だから深くも考えず、それを窓付きにも言ってみたんだと思う。

 

「…………ぇ?」

 

 ……ああ、やめてくれ。

 だからそんなに、私なんかの薄っぺらい言葉に感銘を受けないでくれ。

 ごめんなさい…。ごめんなさい…。ごめんなさい……。ごめんなさい……。ごめんなさい……。

 窓付き……。本当の私は、その時のあなたが思っていたような、そんな子じゃなかったの……。

 

「うんうん。辛いなら辛いって、人間なら絶対それは言った方が良いよ」

 

 それは、ドラマのセリフなの。

 私はただ、何となく恰好付けて、名前も知らない役者の真似をしてみただけなの。

 

「………ひっく………」

 

 ……だから、どうか泣かないで欲しい。

 

「いいの……、かな……? つらいって……、いって……、いいのかな……?」

 

 ……あなた程尊い人が、こんな無責任な言葉に、救われないで欲しい。

 

「……いいんだよ、別に。そんなの人の自由じゃん」

 

 やめろ!!

 私なんかが気安く、窓付きを抱きしめるな!!

 

「……ぁ……ぁぁ……」

 

 その子は、パンドラの箱だったんだ!!

 

「ああああああああああああ!!! うぁああああああああああああ!!」

 

 私なんかが……。

 救おうと思っていい子では、なかったんだ……。

 

「……よしよし」

 

 ……その時の私は、確か、顔を歪ませていた。

 信じられないくらい、楽しかったのだ。

 暇潰しに、何となく踊り出ただけの家の前。

 そこで出会った子は、あり得ないくらいの心の闇を抱えた非日常。

 そして、ただ少しドラマの真似をしてみただけで、その子はまるで人生すら救われたかのように、くしゃくしゃになるまで感銘を受けて泣いてくれた。

 

「よく分かんないけどさ……。なんか、辛かったんだね……。大変だったんだね……」

 

 その頃の私は、どうしようもなく飢えていた。

 人から敬われる事に。人から特別視される事に。

 ……今でも、そんな私の本質は、死にたくなるくらい変わらないと思う。

 嘘を付いて、見栄を張って、特に意味もなく自分を美しいように見せる事。それが、私のどうしようもない悪癖だ。

 だから私は、何時までも何時までも、泣き続ける窓付きをそっと抱きしめ続けてしまっていた。

 

 

----

 

 

「あなた、名前は何ていうの?」

 

 しばらく経って、ようやく窓付きが泣き止んだ後。

 当時の私はとりあえず、まずは名前を尋ねていた。

 

「…………」

 

 ふるふる。

 

「流石に、名前がない事はないでしょ?」

「あるけど、すきじゃない……」

 

 ……結局、あの子の本当の名前は何だったのだろう。

 聞いた方がよかったような気もするし、聞かないままだからよかったような気もする。

 

「あー、それ、分かるかも。

 私もさ、自分の名前ってあんまり好きじゃないんだよね。

 普通過ぎるっていうか、もうちょっと考えて付けてくれてもよかったんじゃない? って感じ」

「……くす」

 

 ……窓付きに初めて笑って貰えたのは、その時だったっけ。

 それで更に、私は気分がよくなって、だから私も窓付きに合わせたんだと思う。

 

「じゃあ、えっと……。窓付き!」

「まどつき……?」

「服、窓の絵が付いてるでしょ? だから、あなたは窓付きね」

「……まどつき」

 

 ……安直な発想だったが、彼女には不思議と、とても似合っているあだ名だったと思う。

 

「私の事はポニ子って呼んでくれていいよー。ほら、ポニーテールだから、ポニ子ね」

「ぽにこ……」

 

 ……その時の私は、ぞくぞくしていた。

 だって、窓付きの私を見る目が、凄く変だった。

 窓付きはまるで、この世界でたった一人の天使を見つけたような、そんな目で私を見つめていたんだ。

 

 子供の頃の私は、一言で言えば、痛い子だった。

 自分は周りと違う感性を持っているので、自分は周りよりも尊重されるべき。……そんな恥ずかしい理論を根拠もなく信じている節があった。

 中二病とか、そういうものだったのかもしれない。

 とにかく、その頃の私は何の根拠もなく自負していた。自分は本当は、もっともっと、周りから敬われるべき人間なのだと。

 

 だからなのだと思う。

 窓付きが私に向けてくる目。

 親はしてくれない目。友達もしてくれない目。心から尊重出来るような、凄い人を見るような目。

 それがただ、たまらなく気持ちよかったんだ……。

 

「……ところでさぁ。ここ、実は私の家の前なんだよね」

「じゃあ……、これ、ぽにこのいえ……?」

「うん。……結構凄いでしょ?」

「すごく、ひろい……」

 

 私は、親がとても金持ちだった。

 そのおかげで、生まれた時から、広い庭の付いている大層な豪邸に住んでいた。

 所詮親が凄いだけ。そう言って、他の友達は意外とそこまでこんな私を敬ってはくれなかった。

 ……けれど、窓付きの反応だけは全く別だった。

 

「ぽにこ、すごい……」

 

 私がして欲しかった反応。

 今までずっと、心の何処かでされるべきだと考えていた反応。

 それを窓付きは、私の望む通りに、私へと与えてきた。

 

「ふふっ……。それで、今暇だからさ。よかったらウチ、上がっていってよ」

「……いいの?」

「いいよー。お菓子くらいなら出すからさ」

 

 こくり。こくり。

 窓付きは激しく首を縦に振る。

 期待に満ちた目で。きらきらと、まるで人生に何かの希望を見出したように輝く目で。

 

「じゃ、行こう!」

「……うん!」

 

 私はそれが、やはりとても嬉しくて……。

 だから、この小さな見栄がどれだけ大きな破滅を齎す事になるかなんて、考えてすらいなかったんだ……。

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