私が殺した、ゆめにっきの女の子   作:最後のかしわもち

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小説5話 それは、ただの夢日記ではなかった

 窓付きの事を思い返す度、どうしようもない自己嫌悪に陥る。

 無垢で美しかったあの子とは真逆だ。

 私という人間は、考えれば考える程、本当にどうしようもない程に醜い。

 

「……はぁ……」

 

 ……私だって、一応、何もしなかった訳ではない。

 人間の心とは一面的なものではない。

 どんなに美しい人にだって醜さはある。

 どんなに醜い人にだって優しさはある。

 

 私だって、正義感などはそれなりにあった。

 だから、窓付きの為に、本当に彼女を救うために、動こうとした事だってあった。

 私だって……、私……だって……。

 

 

---

 

 

 その後も、窓付きと遊ぶ度に、私はゆめにっきを見せて貰った。

 昔書いたもの、最近書いたもの、つい先日に書いたもの。

 私は面白がってそれらを見続けて、窓付きもとても喜んで私にそれを見せ続けた。

 

「窓付きってさ……、何て言うか、病んでるよね」

「……そう?」

「たぶん、窓付きより病んでる人って、そうそういないよ」

「……わかんない」

 

 窓付きは、自分をあまり憐れまない。

 自己憐憫が大好きな私とは真逆だ。

 ただそういうものとして、冷静に、どこまでもドライに、自分の不幸をありのまま受け止めているような節がある。

 ……大人になった今だと、その理由も少しだけ分かるような気がする。

 本当にどうしようもなく可哀そうな人は、逆に、自分を可哀そうだと思ってしまえば心が壊れてしまうものなんだと思う。

 

「……可哀そう」

 

 しかし、こうして窓付きの心象世界に触れていると、その心はどうしようもない程に悲鳴をあげているように思えてならない。

 

 きっと誰だって、そう思うだろう。

 心を激しく傷つけられ、世界の全てに怯えているような女の子。

 そんな女の子が悪夢を見続けている。

 つまり、そこには現実の何かが投影されている。

 つまり、彼女は現実でも苦しんでいる。

 

「ふふ……。ほんと、可哀そう」

 

 窓付きは、本当に、面白いくらいに可哀そうな女の子だった。

 そしてその当時の私は、無邪気な子供として、ヒーローなどに憧れている一面があった。

 ……だから、深く彼女を深く知る度に、私は次の遊びをしたくなっていた。

 可哀そうだから、この子は私が助けてあげよう。

 

 

---

 

 

「じゃあね、窓付き」

「うん、またね」

 

 何時も通りに窓付きと別れた後。

 私は、一旦家の中に戻り、窓付きが立ち去ったのを確認してから直ぐに家の外に出た。

 

「………………」

 

 窓付きはそんな私に気付かずに、とぼとぼと、帰路へと着いていく。

 

「可哀そうな窓付き。私が今、助けてあげるからね……」

 

 心優しい私は、何の疑問を抱く事もなく、そんな自分に酔っていた。

 ……そう、その日までは、そんな下らない事に酔えていたんだ。

 

 

---

 

 

 長い時間、窓付きを付け回した。

 隣町まで到着した後。窓付きはとぼとぼとした足取りのまま、あるマンションの中へと入っていった。

 

「ここが、窓付きの家か……」

 

 家賃が高そうだとは思わない。

 ただその代わり、結構な高さはあるマンションだった。

 私は物陰に隠れ、ひっそりと窓付きが出てくるのを待ち続けた。

 

「……あ」

 

 そして、窓付きは女の人と共に出てきた。

 ……その女の人に、私は何故だか、見覚えがあった。

 

「……ああ、鳥人間だ」

 

 窓付きの見せてくれるゆめにっきには、よく鳥人間が出てきた。

 ダントツと言ってもいい登場頻度だった。

 鳥人間は強く、しつこく、ゆめにっきの中でも圧倒的な存在感がある。

 ……最初は、あまりにも数が多いから、ただの敵キャラクター的な概念なのかなとすら思った。

 けれど、窓付きの母の顔を見た瞬間、それらが全てが繋がったように思えた。

 

「あははは、似すぎでしょ」

 

 全然違うのに、上手く特徴を捉えていて、なんだか笑ってしまう程だった。

 

 

---

 

 

 またしばらく、窓付きを付け回した。

 歩いて歩いて、時刻はもう、すっかり夜になっていた。

 

「…………」

 

 2人は、あるお店の前で立ち止まる。

 そして、手慣れたような所作で、そのお店の中へと入っていった。

 

「……ここって?」 

 

 私は最初、そこをレストランだと思った。

 だって、窓付きが働いているのは、レストランか何かだと信じていた。

 きゅっきゅ。

 彼女は自分の仕事を、そうとだけ言っていた。

 だから私は、特に何の疑問もなく、それを皿洗いの事だと思っていた。

 

「…………え?」

 

 段々、おぞましい想像が頭をよぎる。

 その店の看板は、やたらと、きらきらしていた。

 それなのに、不自然な程に街外れにあった。

 バーとかそういう、大人しい感じの雰囲気の店でもなかった。

 ……私はその時、15歳だった。だから、性的な知識については、まだ完全には知らないけれど、何も知らない訳でもないという感じだった。

 だから、見れば分かった。

 そこは、絶対に、子供が働いていい店ではなかった。

 

「っっ……」

 

 人間としての私が、寒気を抱いた。

 ヒーローとしての私が、歓喜を抱いた。

 私は必死に言い訳を考えて、それっぽい理由をまとめ上げた後、恐る恐る店の中へと入っていった。

 

 

---

 

 

「あ……」

 

 何となく、雰囲気で分かった。

 そこは、ゆめにっきの中の、数字の世界だった。

 ……考えてみれば、あの数字の世界は、とても妙だった。

 周りと比べて、なんだかやたらと生々しかった。

 やたらベットがあり、やたらズボンのチャックのようなものがあり、とにかくやたらと薄暗かった。

 

「……なんで、気づかなかったんだろう」

 

 あれは、風俗だったんだ。

 

 

 ……私という異物が入ってきた事によって、直ぐに、周囲の注目が集まる。

 ここは子供が来て良いお店ではない。そんな事を店員の人に注意される。

 

「お父さんに、ここで待ってるように言われたんです」

 

 それが、私の考えた嘘だった。

 ……案の定、店員は困ったような表情を浮かべる。

 客の子供なら、簡単に追い返してはいけない。

 間違えて入ってきた訳ではないなら、無理に追い返す理由もない。

 

「……待ってますから、お父さんは呼びに行かなくていいですよ」

 

 出来るだけ寂しそうに、可哀そうな子供であるように、私はそんな事を話す。

 店員の人は、困惑が次第に同情へと変わっていく。

 そして、大人しくしていてねという言葉と共に、私を店内の椅子まで案内してくれた。

 

「ありがとうございます」

 

 礼儀正しく見せる為の感謝を示す。

 まあ、この子ならいいだろう。

 そんな思いを抱かせて、そして店員を立ち去らせる。

 お店のカウンターをするのが仕事の人なのだから、当然、私一人にばかり構っている訳にはいかない。

 少し待って、目を盗んで……。

 そして、もし見つかった時に備えてトイレを探していたというような言い訳を考えて……、私は、席を立った。

 

「………………」

 

 想像以上に、上手くいった。

 ……それが逆に、段々と、恐ろしくなってくる。

 少しだけ聞いたことがある。

 こういうお店は、ヤクザの人とか、そういうのが裏にいるのだと。

 

 もし、未成年の窓付きが本当にこのお店で働いているなら、ここは到底まともな店ではない。

 まともな店ではないのなら、まともではない人が関わっている可能性がより高い。

 

 私は、この店から窓付きを救い出そうとしている。

 つまり、警察か何かの存在をチラつかせて、この店やあの母を脅し、営業を妨害しようとしている。

 

「だ、大丈夫だよね……?」

 

 ……私は、知識はあるが頭が回るのは遅い。

 考えれば考える程、自分がとてつもなく危ない橋を渡っているという事実に、次第に気づき始めてくる。

 怖い人に捕まったらどうしよう。

 ごめんなさいと謝って、それで許されなかったら、どうしよう。

 ……私のせいで、パパの会社とかが潰れたらどうしよう。

 

「……っっ……」

 

 早く、窓付きを見つけないと。

 私は顔を青ざめさせながら、とりあえず、近くにあった扉を少しだけ開けてみた。

 

 あんあんあん。

 男の人が女の人を、合意の上で犯していた。

 窓付きがいなかったので、バレない内に扉を閉める。

 怖い……。

 あの子はこんなとんでもない場所で、日々働いていたのか。

 逃げなきゃいけない。だけど、助けてあげなきゃいけない。

 ……私は、醜い人間だ。

 しかし、私の醜さとは、ここで迷わず逃げを選ぶような、そういうタイプの醜さとはまた少し形が違った。

 だから私は、必死で窓付きを探し続けた。

 

「……いない……ここも、違う……」

 

 少しだけ扉を開けて、閉めて、また少しだけ開けて、閉めて。

 そして、建物の奥へと差し掛かった後……。

 

「い……、いた…」

 

 本当に、いた。

 いてしまった。

 

 

 ……当時の私は、酷く、混乱していたと思う。

 それは、この違法風俗の背後にいるであろうヤクザの人達がどうとか、そういう物理的なものに対する恐怖で震えていただけではない。

 たぶん私は、その日まで、ただ漠然と信じていたのだ。

 

 この世界がそこそこ美しい事を。

 そんなに間違った事は、この世界では起こらない事を。

 世の中に本当に悪い人はいないだとか、みんなはちゃんと正しいルールの中で生きているんだとか、そんな事を、いいとこの家のお嬢さんとして、ただ漠然と信じていたんだ……。

 

「窓付き……今……助け……」

 

 だから、ヒーローになりたい私は、殴ってでも助けてあげようと思っていた。

 間違っている人は、正してあげなきゃと思っていた。

 ……その部屋をよく見るまでは。

 

「…………ん」

 

 窓付きは、手でしごいていた。

 男性のそれを。

 男性は気持ちよさそうにしていて、窓付きはそれを……、どこか、まんざらでもなさそうにしていた。

 

 嫌がって、泣き叫んでくれている想定だった。

 そこに、そういう分かりやすい大義というものがあったなら、きっと私は勇気を出す事が出来た。

 ……だけど、それは、そうじゃなかった。

 

「………え………?」

 

 甘い空気だった。 

 慣れた手つきだった。

 凄く、堂に入っていた。

 なんなら、少しだけ愛おしそうにすらしていた。

 ……窓付きは、健気に、心から一生懸命に、そんな自分に何処か誇らしさすらあるように、猫を被っていた。

 

 あの子は怖がりで、どうしようもなく他人という物が苦手だ。

 だからなのだろうか?

 人を愛そうとしている時よりも、性器を愛そうとしている時の方が、まだ幾分か心は楽そうであった。

 

 

 子供の頃の私はよく、こういう経験があった。

 楽しい気持ちでゲームをしている。

 そういう時に、部屋に親が入ってくる。

 そして、親は私がゲームで遊んでいるのを怒り、宿題をしろと叱ってくる。

 ……私はそれに、激しくうんざりする。

 私には私の幸せがあるのだから、放っておいて欲しいと願う。

 そういう時の親が、私はどうしようもなく嫌いで、だからそういう時に抱く感慨が、私という人間のかなり大きな核を占めていた。

 

 ……それと同じことが、今の窓付きを止めたら起きるような気がした。

 この場に激しく、吐き気を催す。

 けれど同時に、空気を読めていないのは、私の方な気もしていた。

 

 

 現実というものは、窓付きが描いているゆめにっきともまた違う。

 それは、そういうものよりももっと下品で、醜くて、滑稽で、夢がなくて……。

 だけど、それは時に、窓付きが見せてくれる絵と同じくらい、何か恐ろしいものである事を私は知った。

 

 

 ヒーローは、助けを求めている人を助ける。

 ここには、少なくとも今は、助けを求めている人は誰もいない。

 窓付きという女の子は、私の現実感が意図も容易く崩壊してしまう程に、平和ボケした私が理解出来る「可哀そうさ」を超えていた。

 

 ……私は結局、何も出来ずに逃げ出していた。

 

 

 

----

 

 

 ……これもまた、窓付きが死んでからずっと後になって始めた考察だ。

 おそらく鳥人間は本来、娘にこのような仕打ちをするような、意味不明な人間ではなかった。

 むしろ本来は、鳥人間は心優しい人間ですらあったのだと思う。

 

 

 窓付きが死体さんの家に引き取られた後。

 死体さんと共に、その妻である鳥人間もまた、トラウマが癒えるまでそっと窓付きを見守り続けてくれた。

 そして窓付きの心が回復した後、おそらく鳥人間は、愛しい娘を美しい雪原へと連れ出してくれた。

 そしてやはり、かまくらなどで遊んでいるまだ幼かった窓付きを、ただひたすらにそっと見守り続けてくれていた。

 

 

 ……そんな鳥人間がこうなったのは、窓付きのせいといえば、窓付きのせいなのだろう。

 あの深い森の奥。窓付きは、車道に飛び出してしまった。

 死体さんはそれを庇って、変わりに死んだ。

 鳥人間は結果的に、赤の他人の子供に、自分の旦那を殺されてしまった。

 

 

 血が繋がっていないとは言え、鳥人間が窓付きに行っている行為は、あまりにも狂気の沙汰だ。

 私の最悪の想定がもし当たっているのなら……、足跡通路にいたあの胎児のような謎のおばけ達は、全て、本当に窓付きが堕した胎児なのだ。

 窓付きはまだ15歳なのに、その数は2桁に達している。

 ……普通は、そんな事は起こりえない。

 人として、あまりにも滑稽で、馬鹿げていて、普通は誰も想像すらしない。

 まだ、あの胎児達はそう見えるだけの心理学的な何かだとかそういう話に持って行った方が、遥かに想像が容易いだろう。

 

 しかし、鳥人間には狂気にかられる理由があった。

 だからなのだと思う。

 窓付きは、学校にも行けずここで働かさせられ続けている。

 性行為という概念すら知らないような時期から、何時までもその状態のままで、ゴムも付けず、全てが壊れてしまうまで、何年も、何年も、何年も、何年も。

 ……それが、私が考えている、ゆめにっきという世界だ。

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