これもまた、窓付きが死んでしまった後の話だ。
全てが終わってしまって、私だけが高校生になってしまった後。
私は、特に何の脈絡もなく、バスケットボールというものに打ち込む事になる。
その頃はとにかく、何かをしていないと気が狂いそうだった。
そんな時に、私に最初に声をかけてきたのが、バスケ部の勧誘だった。
……あなたにはきっと、バスケが似合う。
そんな事を言われたのが、気持ち良かったのもあったのだと思う。
私はバスケ部に入って、3年間それに青春を注ぎ込み、仲間と共に汗を流して、涙を流し合った。
あの3年間、私は間違いなく、世間一般で言う輝かしい青春というものを体験していた。
……だけど、ただそれだけだった。
最後の試合が終わって、みんなが泣いていたから何となく私も泣いて、みんなが笑ったから私も笑って、そうして、私達は解散した。
それっきり、私はバスケットボールに1度も触っていない。
……高校の部活なんて、別にそんなものなのかもしれない。
子供の頃の趣味が大人になった後も続くとは、必ずしも限らない。
だけど、……たぶん、私の感じていた虚しさは、そんな類のものではなかった。
私は、空っぽだった。
空っぽな自分から逃げられる何かを探していた。
……そして、他にやりたい事なども別になかった。
部活に入ったのも、部活に打ち込んだのも、何となくみんなと泣いてみたのも、全部、それだけが理由だった。
私はもう、30歳になった。
あの青春の日々ももう、10年以上前だ。
……だから、今だとあの日々を冷静になって振り返れる。
そして、私の思いに結論を出せる。
どれだけ泣いて、笑ってみても。
どれだけ時間を注ぎ込み、みんなが尊いと言ってくれる事に打ち込んでみても。
……私は、バスケットボールなど好きではなかった。
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風俗店から逃げ帰った後。
私は結局、そのまま何もしなかった。
だから、何も知らない窓付きは何時も通りに私の家にやってきて、私達は何もなかったように遊び続けた。
「ゆめにっき、またかいてきたよ」
「……うん」
窓付きは前にも増して、ゆめにっきを書く事にのめり込み始めていた。
おそらく、私が見てくれるというのが、新たなモチベーションになったのだろう。
誰にも言われずとも自然と書いていたそれは、読者の感想というやりがいを得て、更に細かく、色濃いものとなっていった。
「……窓付き。これ、何?」
「これはね、じゅうじろ」
「なんで窓付きが2人いるの?」
「……わたしがね、わたしを、みてるの」
「そうなんだ」
「うん。……じごくだからね」
……私はもう、この子の抱えている果てのない闇を知ってしまった。
だから、彼女から手渡されるゆめにっきを、もうまともな目で見る事が出来ない。
一々、何かを邪推してしまう。
何かと紐付けて考えてしまう。
「窓付き……。地獄って、苦しい?」
「うん……」
「誰かに、助けて欲しい……?」
「……わかんない」
「じごくのわたし、たんすのなかにいるから……」
「……そう」
窓付きの背後には、何か大きな犯罪が動いている。
それに関わるのが、私は怖かった。
………いや、それはただの言い訳だった。
私はたぶん、彼女の人生に責任を持てなかった。
窓付きという人間は、私が理解出来る範囲を遥かに超えていた。
窓付きは地獄の中で生きていて、それなのに、天使のような無垢さを保ったままでもいて……。
こんな人間が、何を考えているかなんて分からなかった。
こんな人間がいるなんて、想像すらした事が無かった。
何となく面白いおもちゃだと思っていたそれは、本当は、意味の分からない怪物だった。
あの日からも、私と窓付きの関係は変わらなかった。
しかし、私が窓付きという人間に抱いていた感情は、あの日を境に劇的に変わり始めていく事となる。
子供の頃の私は、自分を世間から浮いていると信じていた。
しかし窓付きは、私などとは比べ物にすらならない程に、世間というものから浮いていた。
子供の頃の私は、自分ほど毎日を生き辛く感じている人はいないと信じていた。
しかし窓付きは、私などとは比べ物にすらない程に、毎日を生き辛そうにしていた。
私は、根拠もなく私を憐れんでいた。
私は、意味もなく私に酔っていた。
……だからこそ、私は、私が特別なのだと信じていた。
でも、本当の窓付きは、私なんかとは最早比べ物にすらならない程に、特別だった。
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そろそろ秋に差し掛かろうという、そんなある日の事だった。
窓付きが差し出してきたゆめにっきのテイストが、その日だけは、何時もと様子が違っていた。
「……窓付き、この人は?」
「このひとはね。……せんせい」
「先生?」
「そう、せんせい……」
そのキャラクターもまた、他と同じように、人間の形をしているとは言い難かった。
しかしそれでも、他と比べればかなり、人間に近い形をしていた。
そして何より、なんだか心優しそうな顔をしていた。
全然不気味ではない場所に住んでいた。
……暖かい人間味。
そのようなものが、そのキャラクターからは感じられた。
「窓付き、ここは何処なの?」
「うちゅうせん」
「宇宙船なんだ。……じゃあ、何処かに行くの?」
「うん。とおくにいく」
「……なんか、珍しい展開だね」
「うん……。だって、せんせいはとくべつだから……」
……おそらく、この先生というキャラクターも、実在する誰かがモデルだ。
子供の頃の私も、流石にこれだけゆめにっきを見続ければ、そういう事を直ぐに察せるようにはなっていた。
「先生って、優しいの?」
「うん。ポニ子もやさしいけど、せんせいも、やさしい……」
窓付きは、うっとりとする。
その顔はなんだか、何時もの窓付きとまるで違った。
頬が赤らみ、口元が緩み……、それはまるで、恋する乙女のような顔をしていた。
「……そう」
その時の私は、それがなんだか無性に気に入らなかった。
私の中で窓付きという少女は、依然、無知で愚かで、ただの私のおもちゃでしかない、どうしようもないただの可哀そうな子供だった。
……そうであって欲しいと、未だに日々願っていた。
だけど、その窓付きの顔の意味が、私には全然分からなかった。
……私はまだ、恋をした事がなかった。
何か、自分が知らない凄い事を、彼女だけが知っているような気にさせられた。
……本当につくづく思う。私はどうしようもなく、醜く矮小な人間だと。
「もしかしてこれ、窓付きのお仕事で出会った人?」
「……うん」
凄い。何で分かったの。そんな事を言いたげな目だった。
……バカにするな。
お前が他人と出会う場所なんて、あの店くらいしかないだろう。
本当に下らない事が気に障っていた私は、意味もなく攻撃的になっていて、内心ではそんな言葉を吐いていた。
「せんせいは、おきゃくさん」
「ねむってたら、そこにいたの」
「だけど、せんせいはちがうの」
「せんせいは、ほんとうに、やさしかったの」
「だから、てをひいて、わたしをつれだしてくれたの」
……マジかよ。
そう、衝撃を受けたのを覚えている。
「……それって、お母さんとかに死ぬほど怒られるんじゃない?」
窓付きは、風俗で働いている。
それはつまり、未成年の児童買春だ。
確実に、カタギではない何かが背後にいるとしか思えない。
ただの客の一人が、そんな店から嬢を連れ出して、とても無事で済むとは思えない。
「うん。でもせんせいは、かんけいないっていってたの」
窓付きはただ、うっとりと幸せそうな顔を見せる。
……やめろよ、私。なんでそんな事が気に障るんだよ。
「……っていうか、そもそもさ。
窓付きってこの前、助けて欲しいかどうか分からないとか言ってなかった?
自分はタンスの中にいるんだとか、なんとか」
あの日、私が窓付きを助けに行ったあの時、窓付きはもはや完全に風俗での仕事に順応してしまっていた。
1年や2年でああはならないと思う。そのくらい、動きも、顔も、そうする事が自然になってしまっていた。
……人の心というものに鈍感な私でも、何となくで、感じた。
あんな状態にまで堕ちてしまった人間は、そこから助けてあげると言われても、もはや困惑の方が大きくなってしまうのだろうと。
「うん。わたし、たんすのなか。
……かってにたんすをあけられると、とても、つらい。
だけど、せんせいはちがうの」
「わたしがなんでそこにいるか、せんせいは、ちゃんとわかってくれたの。
だからせんせいだけは、たんす、あけてもいい……」
……なんだ、そりゃ。
「……ってか、その人、ロリコンだったの?」
「ろりこんって、なに?」
「……分かんないならいいよ」
私は、あの場所でヒーローになれなかった。
だから、醜い私は、その人にもヒーローであって欲しくなかった。
窓付きを助けられるのは私でなければならず、私がそれを出来ないのだから、窓付きは誰にも助けられるべきではない。
……だけど、そんな醜い私の思いとは裏腹に、どうやらその先生とやらもまた、私よりも特別であってしまうらしかった。
「うちゅうせんのなかで、せんせいとくらしたの」
「ぴあのをひいたの」
「げーむをしたの」
「なんどもなんども、いっしょにねたの」
「一緒に寝たって……」
「だいじょうぶ」
「ぜんぜん、こわくなかったの」
「すごくしあわせで、どこまでも、あたたかかったの……」
いや犯罪だろ。どう考えても。
……そんな事は、この少女には分からない。
分からないし、そもそも、私達のそんな常識に縛られた感性が適用されるような子ですらない。
「だけど……、だけどね……」
窓付きは、悲しそうにゆめにっきのページをめくる。
「うちゅうせん、おいかけられたの」
「せんせい、すごくあわてて……」
「だから、うちゅうせん、ついらくしたの……」
……あの違法風俗の後ろにいるヤクザか何かが追いかけてきたとか、そんな感じだったのだろうか。
「うちゅうせん、こわれたの」
「そのさきは、かせい……」
「どこまでも……さばく……」
窓付きは、能面のような表情になる。
そんな表情のまま、ページをめくる。
「かせいはひろいの」
「ひろくて、ただどこまでも、なにもないの」
「でも、そこにはあながあいてたの」
「穴?」
「ほら、ここ……」
ゆめにっきに描かれる、何処までも広がる大きな砂漠。
そこには、小さな、本当に小さな穴が開いていた。
「だからわたし、こびとになって、はいってみたの」
「あなのなかで、さらにおくに、すすんだの」
……意味が分からない。
分からないのに、ああ、何故なのだろう。
彼女が本当に伝えたい事だけは、当時の私ですら、自然と伝わってくるような気がしていたんだ。
「あなのおくには、かせいさん」
「ないてたの」
「ずっと、ずっと、ないてたの」
「なにしても……なみだ……とまらなかったの……」
そして窓付きもまた、しくしくと、悲しそうに泣き始めてしまった。
「……綺麗」
窓付きが火星さんと呼んだ、その何か。
それもやはり、先生と呼ばれた誰かのように、おぞましくは描かれていない。
……というかむしろ、それはもはや幻想的ですらあって、もう、ただひたすらに美しかった。
それは、ゆめにっきには全然ないパターンの登場人物で、……けれど、彼女のゆめにっきはむしろ、本当はこういうものの為に書かれているような、そんな気にすらさせられる。
そんな、何処までも不思議な何かだった。
「……窓付きはさ、この、火星さん? に会えてよかったの?」
「……わかんない」
「でも、かせいさんはいたの……」
「ずっとずっと、ないてたの……」
「だから……、それが……わたしだったの……」
……私のような愚か者には、ゆめにっきの神髄など、到底理解は及ばないのかもしれない。
しかし、それでもあえて考察をするなら、その場所こそが窓付きの心の最奥だったのではないかと思う。
ゆめにっきの中の窓付きは、何時も、何かを探している。
何かを探して、うろうろとしている。
だから、彼女は自然と心の奥へと進んでいく。
そして、心の奥というものには、自分の本当の想いというものがある。
本当の自分は、隠れている。
それを見つけ出すのは、きっと誰にとっても、本当は凄く難しい。
……例え子供の時に分からなくても、大人になれば、自然と分かると思う。
自分がどのような人間なのか。自分が本当は何を求めているのか。
それは何時でもモヤがかかっていて、年を重ねれば重ねる程、自分がそれを何も分かっていなかった事を、毎日嫌でも付きつけられるようになっていく。
……だけど窓付きは、既にたどり着いていた。
この年でもう、そんな、悟りのような境地に。
「……何それ」
子供の私は、当然のように、そんな難しい事なんて何も分からなかった。
……だけど、その火星さんとやらの美しさだけは、子供心にでも痛い程に分かってしまった。
だってそれは、あまりにも、綺麗な涙を流していた。
私は、そんな綺麗な涙を流した事なんて、生まれてきてから一度もなかった。
ああ……、大人になった今だと、分かってしまう……。
これが、これこそが、窓付きのように美しく生きている者だけが得られる特権だったのだ。
窓付きだから、火星さんは見つけられた。
窓付きにしか、火星さんは見つけられなかった。
……それは間違いなく、人間というものにとって、他のどんなものよりも大切なものであった筈なのに。
「何……それ……」
……その時私は、やっと気付いていた。
こんなに、バカなのに。
こんなに、無知でか弱いのに。
窓付きは一つだけ、本当に凄い物を持っている。
どれだけ勉強が出来ても、どれだけお金を持っていても、この火星さんだけは、私のような者には、見つけられない。
悔しさと、妬ましさと、羨ましさ。
そんなものが、私の中には芽生え始めてしまっていた。
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「ポニ子、これみて……」
窓付きはまた、ゆめにっきのページをめくる。
そこにはまた、性懲りもなく、何処までも美しい景色だけが広がっている。
……ゆめにっきとは決して、人を嫌な気持ちにさせる為だけの何かではない。
「これは……?」
「これは、まじょ」
「でぱーとのおくじょうから、そらとぶの……」
……そのページは、先ほどのページと比べればまだ、幾分か分かりやすいものだったように思う。
「じゆうになるの」
「そらとぶの」
「わたし、どこまでもとんでいくの」
「……それが、わたしのしあわせなの」
そして窓付きは、ぎゅっと、私の手を握る。
「ポニ子が、おしえてくれたんだよ……」
「……はぁ?」
「わたしたちは、ふうせんだって……」
「……ああ」
かろうじて、思い出す。
そういえば私は、数か月前に、恰好を付けてそのような事を言っていたような気がすると。
「わたし、ポニ子みたいになりたいよ……」
あの頃と変わらない、きらきらとした目。
窓付きはそんな目で私を見る。
……最初の頃は、ただそれが心地よかった。
だけど、最初の頃よりも色々な事が分かり始めてきた今、私はそれを、本当は何か、全然楽しくなどないようなもののように感じ始めていた。
……この時、子供の私が感じていた気持ちは、おそらくこうだ。
「私がただぼんやりと願っているだけの事に、こいつは一体、どこまで深く憧れているのだろう?」
私には、本当にあるだろうか?
このゆめにっきに描かれているような、狂おしい程の自由への憧れなんてものが。
こんな、魂を震わせるような程の、深く尊い渇望が。
……こんなに美しい思いを、これから先、私は人生の中でたった1度でも抱けるのだろうか?
「ポニ子……」
窓付きは、ただどこまでも愛おしそうに私に寄り添ってくる。
……それに一度気が付いてしまえば、直ぐにその思考は、私の心を犯していった。
私は比較的、自分を取り繕うのが上手い人間だった。
そんな私は、綺麗な花のように、多くの人に愛される性質があった。
窓付きだって、私という綺麗な花に群がる蝶の一人だった。
……子供の頃の私は、それを何か、とても誇らしい事のように感じていた。
しかし、窓付きが見ているのはただの、嘘の私だ。
本当の私は、火星さんなど見つけていないし、見つけられない。
……なら、私がしている事は何だ?
こうして必死に自分を取り繕っていても、本当の私というものは、一体誰の心に残るというのだ?
「……窓付き」
私は、窓付きの肩を掴んだ。
そして、睨みつけるようにしながら、説教をした。
「女の子ってね、そんなに簡単に、誰とでも寝ちゃいけないんだよ」
「……え?」
彼女の心の果てしない美しさに触れ……、私がとった行動は、誤魔化しだった。
「窓付きは知らないだろうけどさ……
窓付きがさせられてる事は、児童買春って言って、ただの犯罪行為なんだよ?
それは凄く悪い事で、だけど、罪に問われるのは周りにいる悪い大人達だけで……」
「だから、ちゃんと相談をすれば、窓付きは社会から助けて貰えるの。
警察署っていう場所に行けば、警察っていう人達がいて、あなたのお母さんとかを捕まえてくれるの」
「……本当は、窓付きの抱えている悩みなんて、凄く簡単になくなっちゃうようなものなんだよ?」
どうだ。
私は、お前より遥かに沢山の事を知っているんだぞ。
私がお前なら、お前のような愚かな人生は送っていないんだぞ。
私だったら、間違いなくそうしているんだぞ。
……だから私の方が、お前よりも偉いんだぞ。
「……それは、やだ」
「な、何でさ」
窓付きは、悲しそうに俯きながら話す。
「わたしがこわいのは、おばけのいる、このせかいそのものなの」
「たぶん、おかあさんがいなくなっても、べつのくるしみがすぐやってくる」
「だったらまだ、くるしみなれているいまのほうが、いい」
思わぬ程にしっかりと反論され、私は言葉を詰まらせてしまう。
「そ……、れは……」
余計な心配だと、言おうと思ったけど、出来なかった。
その時の私はふと、想像してしまったのだ。
……窓付きの現状が回復して、代わりに社会というものに復帰させられて、自分のクラスに窓付きのような子が転校してきて、そうしたら、どうなるかを。
窓付きは、何も知らない。日本人なのに、もう15歳なのに、義務教育などを全く受けていない。
だからおそらく、転校をしてきても絶望的な程に周りと話が噛み合わないだろう。
特別な出会い方をした私だから良好な関係を築けているが、窓付きが有象無象の中の一人だったら、きっと私だってこんなに優しくなどしてしない。
よくて、腫物扱い。
最悪、虐め。
……というかそもそも、窓付きという少女ははっきり言って、壊れている。
心というものが、既にバラバラに引き裂かれてしまっていて、どうしようもなく狂ってしまっている。
そんな人間を、いたずらに社会に引き戻してどうなるというのだ。
何が彼女の本当の幸せなのか。……少なくとも私には、今でも全く、分かる気はしない。
「……窓付き。心理学の世界には、ストックホルム症候群っていうのがあってね。
悪い人に閉じ込められ続けた人は、次第にその悪い人に、間違った愛着が湧いてきちゃうんだよ。
だからさ、自分を苦しめている人や物でも、そこから自分の意思で離れられなくなっちゃうんだよ」
……それは、ただの苦し紛れだった。
その心理学の偉そうな何かなんて、所詮はただの他人の言葉だ。
それが本当に正しいのかどうか。仮に正しいとして、それはどんな人間に、どんな風に適応されるものなのか。
本当は私には、そんな事など何も分かってはいない。
「だから、なんていうかさ……。
本当に嫌だったら、何時でも誰かに言いなよ?
たぶん、いや絶対、そっちの方がいいからさ……」
お前は、ただのバカなんだから……。
「……ありがと」
窓付きはまた、愛おしそうに、ぎゅっと私にしがみつく。
「やっぱり、ポニ子はすごい……」
「……窓付きが、物を知らなさすぎるだけだよ」
「……そうなのかも……」
窓付きは、しゅんとしてしまう。
だけど、見下された事など気にも留めず、直ぐに顔をあげて、ただどこまでもきらきらとした目で私を見つめ続ける。
窓付きは、大人だったと思う。
彼女は何時だって、本当に大切なものにしか興味がなかった。
私は、子供だったと思う。
私は何時だって、下らないものにしか興味を持てなかった。
疑うまでもなく、社会的には私の方が偉かった。
私の方がお金を沢山持っていた。
私の方が勉強を出来た。私の方が色んな事を知っていた。
……だけど、ここまで来てまだそれを愉悦に感じられる程には、私は愚かでいる事も出来なかったんだ。