私が殺した、ゆめにっきの女の子   作:最後のかしわもち

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小説7話 あの子の絵は美しいが、どうしようもなく恐ろしかった

 窓付きはよく、闇を恐れていた。

 彼女にとっては、電灯などがなく暗い事というのは、それだけでとても恐ろしい事ならしかった。

 

 けれど私には、その感覚がよく分からなかった。

 私は昔から、夜に一人でトイレに行けるような子供だった。

 

 ……幼い頃はそれもまた、私の誇らしさの一つだった。

 私は強くて賢いからからおばけが怖くないのだと、無邪気にそう信じていた。

 

 窓付きとそろそろ別れる頃。

 あるいは、窓付きが死んだ頃。

 ……その頃の私はどうしようもなく、闇が怖かった。

 本当はどうしようもなく心の弱い私は、あまりの恐怖に、夜に眠る事すら出来なくなった。

 

 

 しかし、窓付きが死んで何年も経つと、やはり、闇への恐怖というものは次第に薄れていった。

 そして今では私はもう、すっかりくたびれた大人になっている。

 ……今ではもう、どうやっても、闇が怖いとは思えない。

 

 

---

 

 

「ポニ子……、つぎはいつあそべるの……?」

「……早速だね。今、ウチに来たばかりでしょ」

「だってポニ子、さいきん、あってくれない……」

「まあ、私も忙しいからね。……とりあえず、次は再来週くらいまでは会えないかな?」

「そう……」

「ごめんね。私って友達多いから、予定とか詰まっててさぁ」

 

 窓付きと別れる少し前の辺り。

 その頃になると、私はどんどん、窓付きと遊ぶ頻度が減っていた。

 

 ……本当の理由は、忙しかったからなどではない。

 優越感が、なくなったのだ。

 

 私は、窓付きが可哀そうな子であるから、窓付きの事が大好きだった。

 そして私は、窓付きにきらきらした目で見られるのが気持ちいいから、窓付きといる時間が大好きだった。

 

 けれど、色んな事があったせいで、私はもはやそんな気持ちを抱けない。

 窓付きを見ると、憐れみではなく嫉妬を抱いてしまう。

 窓付きに見つめられると、誇らしさではなく惨めさを抱いてしまう。

 だから、私はどんどん、窓付きと顔を合わせ辛くなっていた。

 

「ポニ子……ゆめにっき、またかいてきた……」

「……そっか」

 

 ……それでも、私が窓付きと完全に別れる事がなかった理由。

 それはやはり、あのゆめにっきのせいだったのだろう。

 

「……また、上手くなってる」

「えへへ……」

 

 恐ろしい事に、窓付きの絵は更に、日を増すごとに先鋭化していた。

 そして、こんな私ですら惹き付けられてしまう程に、人を吸い込むような不思議な魔力を増していっていた。

 

 

---

 

 

 それから、更に少し経った後。

 私がまた、性懲りもなく窓付きと遊んでしまった日の事だった。

 

「ポニ子。これ、どう?」

 

 窓付きは、私へと絵を手渡してくる。

 ……その絵は何故か、何時ものゆめにっきではなく、大きな画用紙の上に描かれていた。

 

「……これ、何時の日記なの?」

「えっとね……。これは、にっきじゃないの」

「……は?」

「ゆめでみたものじゃない」

「わたしがかんがえて、わたしがじぶんでかいたおばけなの」

 

 なんで、そんな事を……。

 

「ぽにこ、いってた」

「じぶんがうまれてきたいみを、しりたいって」

「……わたしも、しりたいの」

「だからわたし、もっとおばけのえをかくことにしたの」

「これは、さいしょのいちまい」

「あしたも、あさってもかくよ」

「もっともっと、わたしは、たくさんおばけをかくの」

 

 こんな意味の分からない絵を描いているのに、その当人は、ただただ凄く真剣そうにしている。

 そして、何時もと変わらない、あのきらきらとした目を浮かべている。

 

「しりたいの」

「もっと、このせかいのこと」

 

 ……おそらく、この時の窓付きは、芸術の世界に足を踏み入れていたのだと思う。

 と言っても、彼女は別に、画家になどには憧れていない。

 そんな将来の夢はないし、自分の絵でみんなを笑顔にしたいとか、別にそんな事も思ってはいなかったと思う。

 ……しかし、窓付きは誰よりも真剣だった。

 そして、窓付きの本当の幸せというものの為には、どうやら絵を描くという作業が必要であるらしかった。

 

「……まあ、いいんじゃない?」

 

 私にはもう、この子の事が全然分からなかった。

 だから、そんな不気味な絵を流し見しながら、ただ適当な生返事だけをしていた。

 

「うんっ! わたし、がんばる!」

「びじゅつかんとかも、ただのひに、かようようにする!」

「おばけのえ、もっともっと、うまくかく!」

 

 ……そうして彼女の絵は、更に壊れていった。

 それなのに、更に吸い込まれるようになっていった。

 日を増す毎に、おぞましくも、より美しくなっていった。

 

 くだらないプライドが半分

 純粋な恐怖が半分。

 私は窓付きの絵を見る事が、どんどん憂鬱になっていった。

 

 

----

 

 

 そしてまた、別の日。

 

「ポニ子、ゆめにっき」

「……あいよ」

 

 謎の友情の儀式として、私はその日も、ゆめにっきを手渡される。

 そしてそれを、真面目に見ているふりをしつつ、ぱらぱらと適当にめくっていく。

 

「…………これ」

 

 何時ものように、適当に流し見をして終える筈だった。

 それなのに、私は目を止めていた。

 ……止めざるを、得なかったんだ。

 

「どうしたの?」

「いや……、何でもないんだけど……さ……」

 

 日記の隅に、おばけの風船が描かれていた。

 ……何時もと変わらない、ただ意味が分からないだけの変なおばけ。

 それなのに、私は何故か、それが気になってしょうがなかった。

 

「……それ、たこふうせん!」

 

 よくぞ気付いてくれた。

 窓付きはそんな事を言いたげに、ぱっと顔を明るくしながら解説をしてくれる。

 

「あのね、これはね、たこふうせんなの」

「たのしそうなのに、たのしくないの」

「こわいの」

「ただ、びっくりするだけなの」

「……ふーん」

 

 相変わらず、ただ何処までも気味が悪いだけで、意味は微塵も分からない。

 

「たこふうせんは、だけど、にてるの」

「わたしのいちばんすきなものと、にてるの」

「……一番好きなものって?」

「ふうせん」

「ポニ子のまわりに、いっぱいあるの」

 

 ……だから、一々、そのきらきらした目を私に向けないで欲しい。

 

「だけど、ちがうの」

「たこふうせんは、ふうせんだけど、ふうせんとちがう」

「ぜんぜん、ちがう」

「ただの、にせものなの」

「だから、こわいの」

「すごく、こわいの……」

 

 おばけの絵なんて、全然分からない筈なのに。

 窓付きの絵なんて、私には変な絵にしか見えない筈なのに。

 そうである筈なのに……。

 

 何故かその時だけは、何時ものおばけの一つでしかない筈のそれが、何時までも目に焼き付いて離れなかった。

 

 

---

 

 

 その日の夜。

 窓付きがいなくなった後、私は一人で、悶々と考え続けていた。

 あのたこ風船はなんだったのか。

 そんな事が、本当に何故だか、ずっと気になってしょうがなかった。

 

「……いや、マジでなんなのよ、あれ?」

 

 全然分からない。

 彼女のゆめにっきは基本的に意味が分からないが、その中でも一応、分かりやすいものと分かりにくいものがある。

 たこ風船は、後者だろう。

 あまりにも、取り止めがない。

 それを理解する為のヒントが足りない。

 

「………………」

 

 とりあえず、背景から考えてみる。

 あのたこふうせんは、白黒の世界にいた。

 ……あの白黒の世界は、おそらく、窓付きの3歳までの世界の姿だ。

 彼女の本当の家族は、窓付きと共にあの場所に住んでいて、そして交通事故で亡くなった。

 

 なら、窓付きの怖いもの。

 まだ3歳くらいだった窓付きが、あの白黒の世界で恐れるもの……。

 

「……暴走トラック?」

 

 あるいは、信号無視の車のようなものだろうか?

 

「いや……、なんか、全然違いそう」

 

 あれは、車のようなものではなかった。

 なんというか、もっと人らしい何かではあって、そして、酔っぱらっているような目をしていた。

 

 ……あ。

 ……酔っ払い?

 

「……飲酒運転?」

 

 ……窓付きはおそらく、自分の両親が何故死んだのかを深くは理解していない。

 交通事故で死んだという事は漠然と分かっていても、飲酒運転とか、そういう事の知識があるとは思えない。

 だから、お酒に酔った人を特別に怖がるとか、そういう事が出来るとは思えない。

 

 ……しかし、ふらふらとした、そういうもの。

 意味もなく、ただ何となくで、ルールに繋がれていないもの。

 そういうものを酷く恐れる。

 それならありそうではないだろうか?

 そういう人が、自分の家族を殺してしまった事。

 それを窓付きは、おそらくぼんやりとは、理解はしていると思う。

 

「………………」

 

 つまり、たこ風船は、飲酒運転をしている人。

 それは窓付きにとって、始まりのトラウマ。全ての不幸の起点。

 おそらく本人はあまり分かってないだろうが、それさえなければ、窓付きの不幸の連鎖は始まりすらしなかった。

 ……だから私は、あのたこ風船が、あんなにも気になってしまった。

 

「……本当か?」

 

 私は本当に、そんな事が気になるような殊勝な奴か?

 ……私は本質的に、窓付きという人間の事を全然理解出来ていないと思う。

 私は最初からずっと、彼女の絵の事なんてよく分かっていない。全部、ただの変な絵にしか見えていない。

 

 それなのに、都合よく、ページの隅に書かれた飲酒運転の男(?)だけが異様に気になった。

 そんな事があり得るのだろうか?

 他にも無数におばけはいるのに、どうしてあれだけが、あんなにもどうしようもなく、気になったんだ……?

 

「………………風船、だから?」

 

 窓付きが言っていた言葉を、思い出す。

 窓付きは、たこ風船を風船だと言っていた。

 そして、だけど風船ではないとも言っていた。

 私とは違う、ただ恐ろしいだけの、別の風船なのだと。

 

「………………」

 

 窓付きは風船に憧れている。

 それを通じて、自由というものに、どうしようもない程に憧れている。

 だから、私に憧れてくれている。

 ……しかし、それは本当の私ではない。

 窓付きが憧れている本物の風船と、ただ恐ろしいだけのたこ風船の2つがある。

 そして、たこ風船は、偽物の風船……。

 

「つまり、たこ風船は、私の事……?」

 

 ……いや、そんな訳はない。

 窓付きはまだ知らない。絶対に、気づいていないと思う。

 私という人間の嘘と虚飾だらけの本性には。

 

 ……しかし、窓付きは決して鈍感な人間ではない。

 頭では私の嘘を鵜呑みにしてくれてはいるが、心の奥底では、既に何か、私に怪しいものを感じ始めてもいるのかもしれない。

 だから、本能が恐れているのかもしれない。

 私のような、偽物の風船を。

 

「…………ってか、偽物の風船って、そもそも何さ?」

 

 そもそも何故、私はそれが当然の事かのように、自分の事を偽物の風船だと思っているんだ?

 ……私だって、ちゃんと風船に憧れている。

 自由というものに憧れる気持ち。

 私の中にそれがあるのは、決して、嘘なんかじゃない。

 

「………………」

 

 いや、だけど、違う。

 私はもう、知ってしまっている。

 本物の、自由への憧れというものを。

 ……それがどういうものかは、窓付きを見ていれば、どうしようもない程に理解出来てしまう。

 彼女の持つ自由への憧れと、私の持つ自由への憧れは、あまりにも、違う。

 

「…………なんで?」

 

 ……なら、私の自由への憧れとは、一体なんだ?

 

「………………」

 

 認めたくない。

 本当に認めたくないが……、私は、子供だ。

 それは、年齢が子供だという意味ではない。

 窓付きのような人間と比べたら、私はどうしようもなく、酷く幼稚な人間だと思う。

 

「…………………」

 

 私は、自由に憧れている。

 ……そんな事を言えば、両親はよく、私の事をバカにしてきた。

 

 それが私には、本当に、嫌で嫌でしょうがなかったのだが……。

 窓付きの事を見ていれば、あの本物を知ってしまえば、私の薄っぺらい自我など、一笑に付されてもしょうがないようなものだったようにも思えてきてしまう。

 

「…………………」

 

 …………私が欲しい自由は、本物の自由ではない。

 

「…………やだ」

 

 何故なら、私のそれは、ただわがままな子供が、親の言う事も聞かずその辺でフラフラ遊びたいだけの自由だから。

 

「……やだ……やだ……やだ……やだ……」

 

 がさつであるだけの明るさ。

 無責任なだけの奔放さ。

 煩いだけのやかましさ。

 幼稚であるだけの子供らしさ。

 ……あの絵に描かれていたそういうものが、私の憧れている自由の正体なのだろう。

 

「……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」

 

 嫌だ。

 何を考えているんだ、私は。

 それが、そんな醜いものが、私の本当の本性だとでも?

 

「アホらし」

 

 寝ようとする。

 しかし、寝れない。口とは裏腹に、何かがあり得ない程に、恐ろしい。

 

「……もう。あんな変な絵見たから、怖くなっちゃったじゃん」

 

 こんなに怖くては、一人でトイレにもいけない。

 今尿意を催せば、15歳にもなって、おねしょでもしてしまいそうだ。 

 

「忘れろ。忘れろ。忘れろ。忘れろ」

 

 目をつぶって忘れようとする。

 だけど、忘れられない。忘れられない。忘れられない。

 

「嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ」

 

 あんな絵を見てしまったからだ。

 一生気付かなくてもいい事、気付きたくなかった事に、私はその時、あっけなく気付いてしまった。

 風船ではなく、たこ風船。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 ……もう、取返しは付かない。

 おそらくそれが、私という人間の、本当の本質だ。

 

 

----

 

 

「ポニ子ー」

「……おはよ」

 

 あれから、よく眠れていない。

 夜が来ることが怖くて、狂ってしまいそうになる。

 

「ポニ子、大好き……」

 

 窓付きは、この世の誰よりも可愛らしい。

 誰よりも私に懐いてくれる。

 誰よりも私を尊敬してくれる。

 誰よりも、嘘の私を見つめてくれる。

 ……もう、嫌だ。

 

 

 きっと、この世界には触れてはいけないものがある。

 よく分からないままで、曖昧なままでいさせないといけないものがある。

 人間の全てがおばけに見えている彼女は既に、この世のタブーというタブーに浸ってしまっているので、今更触れないも何もないのだろう。

 ……でも、私は違う。

 彼女の見ているおばけの世界を、私は知らない。

 そして、こんな日記を見なければ、私はきっと生涯それを知る事もなかった。

 

「ポニ子……。わたしも、みつけたいの」

 

 私の周りに浮かんでいる風船。

 ゆめにっきの中では、風船に触れると私に会える事になっているらしい。

 それが、彼女からすべてを奪ったあのおぞましいたこ風船になっても、果たして彼女はこの家に来てくれるのだろうか?

 あのきらきらした美しい目で、私を見つめ続けてくれるのだろうか?

 

「わたしがうまれてきた、いみ」

 

 

 

 こんなに恐ろしい絵を描いているのに

 当の本人は、ただただどこまでも、きらきらとした目で私を見つめてくる。

 ……それが、もう、あまりにも耐えられない。

 

 これ以上、世界の形を暴かないで欲しい。

 それ以上、あの恐ろしい絵を書くのが上手くならないで欲しい。

 それを口に出す事すら、思ってしまえば、怖くて出来ない。

 

 窓付きの絵は、どんどん訳の分からない絵になっていく。

 どんどん何かの形を捉えていく。

 そんな絵を、何かに取り憑かれているかのように、何枚も、何枚も書き続けていく。

 

 

 恐ろしい。

 この子が何に突き動かされているのか。

 私はもう、それを知りたくない……。

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