私はあの子を、憐れんでいた。
見下していた。
愛していた。
憧れていた。
嫉妬していた。
恐れていた。
畏敬していた。
嫌悪していた。
そして、本当は、最後まで何も分からなかった。
彼女は、私の心の全てを映した。
……窓付きと遊ぶ時間は、私にとって、もはや拷問だった。
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「ポニ子、ゆめにっき……」
「……うん……」
見たくなかった。
それがどれだけ恐ろしいものであるか気付いてしまった私にとって、ゆめにっきとはもはや、心を破壊する凶器だった。
しかし、逃げられなかった。
逃げる事が出来なかった。
窓付きの絵には魔力があった。
私はゆめにっきというものから、もはや自力では、目を逸らす事が出来なかった。
ジリリリリリ。
ふと、家の電話が鳴った。
「……! ちょ、ちょっと出てくるね!」
私はゆめにっきを床に置く事すらなく、一瞬で立ち上がって、部屋の外へと駆け出して行く。
「……わかった」
残念そうにしている窓付きを後目に、私は救われたような気持ちで一杯だった。
「も、もしもし……」
……その電話の内容を、私は全然覚えていない。
確か、それなりに懇意にしている友達からの電話だったような気がする。
しかし、窓付きと比べたら他の友達なんて、いてもいなくても同じようなものだった。
そのくらい、窓付きという人間は私にとって特別だった。
「あ、あはは…、そっか、分かった!」
ただ、一つだけ覚えている事。
それは、その友達が、今から遊ばないかと誘ってくれた事だ。
私はそれが、天から垂らされた救いの糸のように思えていた。
だから、無我夢中でそれに飛びついていた。
その糸を離さないように、ただただ、必死だった。
「あ……、え……?」
でも、いいの?
そんな事を言われていたと思う。
何故ならその友達は、窓付きの事を知っていた。
……いや、それはどういう人間か知っていたとか、そういう話では全然ない。
ただ、私には不思議な友達がいる事だけは知っていて、だから今は、その子と遊んでいる時間ではないのかと、そんな事だけを言ってきたのだ。
「い、いや、それはそうなんだけどさ……」
その子が、夢日記を見せてくる事。
私はそれも、その友達に伝えていた。
だからなのだろう。
友達は、本当に気軽に言ってきた。……あの子の夢日記を見てあげなくていいの? と。
「……えっと、何て言うかさ」
私は、手に持っていたゆめにっきを一瞬だけ眺める。
そして、そこに描かれているあまりにもおぞましいおばけ達の絵から、直ぐに目を逸らす。
そして、その勢いのまま……。
私は、それを言い放ってしまった。
「あの子の絵さ……、なんていうか、凄く変な絵で、気味が悪いんだよね、正直……」
パリン。
後ろから、そんな音をした。
振り返れば、お茶が入ったコップを持ってきた窓付きが、それを落としながら茫然と立ち尽くしていた。
「……あ」
私は電話を切った。
恐怖で、何も考えられなかった。
「……え?」
窓付きは、目に恐怖を浮かべていた。
初めて会った時と、同じ目だった。
「ち、違う……」
私は、たこ風船じゃない。
私は、私だけは、窓付きの世界のおばけじゃないんだ。
「えっと、あれは言葉の綾というか……、そう、電話してきた友達がちょっと嫌な奴でさ。
一々人の悪口を挟まないと、直ぐ不機嫌になっちゃの。
まったく、やんなっちゃうよね。はは」
窓付きは、私の目を見てくる。
……なんでこの子は、こんなに怖がりなのに、人の目だけはしっかり見てくるんだ。
「なんで……うそ……つくの……?」
「う、嘘じゃないけど……?」
「……なん……で……?」
窓付きは、体を震わせている。
……だけど、よく見ればその瞳の奥には、まだあのきらきらとした憧れが浮かんでいるようにも見える。
……まだ、彼女は私を信じてくれている。
いや、信じざるを得ないのだろうか?
「あー、え、えっとさ……」
だから、私は何時ものノリで、とても最低な事をした。
「……悪口を言ったのは、悪かったよ。
だけど、あれはやっぱり言葉のはずみというか、まあ、そんな感じでさ。
だから、ほんと悪かったよ。ごめんね」
言い訳だけの謝罪。
それだけで、赦して貰おうとした。
本当は謝る気などさらさらない癖に、それでもまた、あのきらきらとした目で見て欲しがった。
……最初はただの優越感だった。
だけど知れば知るほど、窓付きは私よりも特別だった。
こんなに特別な子は、いなかった。
だから、そんな窓付きにこそ、私は失望されてしまいたくなかった。
……つまり、この頃の私はもう、今の私と同じ気持ちを胸に抱いてしまっていたんだと思う。
何時の間にか、もう自分でもどうしようもないくらい、窓付きという人間に憧れ始めてしまっていたんだ。
「……へんなえじゃ、ないよ」
「え……?」
「へんなえじゃ、ないもん」
窓付きは、怒っていた。
おそらく、私のあまりの不誠実さに。
……まだ、人として、私に怒ろうとしてくれていた。
「みんな、いつも、うそばかり」
「だけどみんな、ほんとはおばけ」
「あれが、ほんとの、このせかいなの」
「おばけはこわいの」
「だけど、うそをつくほうが、もっと、もっとこわいの」
「おばけはこわいけど、すきになれるの」
「うそをつくひとは、すきにすら、なれないの」
「だから……、だから……!」
窓付きがこんなに声を荒げているのを、私は初めて聞いた。
諦め、怒り、嘆き、苦しみ。
この世界に対する本当に色んなものが、その声色には、含まれているように思えた。
……この子でも怒ってきたりとかするんだ。
その時の私は、それでもまだ、そんなどこまでも身勝手な事を考えていたように思う。
窓付きがどれだけ優しい子だったか、私ほど知っている奴はいなかったのに。
「まあ……、何て言うか」
そうだね。
ごめんね。
そんな言葉を発する事は簡単だった。
私はずっと、自分を誤魔化す事だけは得意だった。
取り繕う事なんて、何時も何時も、やっている事だった。
……そしてきっと、まだギリギリ、無かった事にするのは出来た。
だけど……。
嗚呼……。
窓付き……。
私は……ね……。
「窓付きはさ……」
私が生まれてきた意味なんて、本当は別に、知りたくなかったんだ……。
「……ちょっと、色々と気にし過ぎなんじゃない?」
私は、あざ笑ってしまった。
自分の醜さを誤魔化す為だけに。
彼女が全てを込めて書いていた、あの、ゆめにっきを。
「……ぁ」
絶望に染まっていく。
他の人達を見る時と同じになっていく。
私が、おばけになっていく……。
「……やめ……て……」
……どんな感情が入り混じったら、そんな顔になるのだろうか。
「み……、みないでっ……!」
瞬間。思いっきり突き飛ばされた。
彼女は私から、ゆめにっきを取り上げる。
そしてそのまま、逃げるように、何処かへと走り去ってしまった。
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あの子はたぶん、私が死んでも知ろうとしない、本当の私の姿を見た。
だから、逃げて行った。
泣き叫びながら、世界を埋め尽くす程の悲しみだけを吐きながら、私の元から去って行った。
あの子にとって私はもう、ただの、おばけの中の一人になった。
あの子が見た、本当の私の姿。
私はそれを、どうしても、どうしても、知りたくなかった。
だから、追いかけなかった。
そうして、彼女との時間は一瞬で、まるで夢か幻だったかのように終わってしまった。