風雷霊獣譚   作:簀巻

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第3話

『世界の中心』、あまたの英雄が集う都、『迷宮都市オラリオ』。

広大な面積を誇る円形状の都市は、堅牢な市壁に囲まれており、外部からでなく、内部より溢れる怪物に対して築かれた古代の時代より続く要塞だ。無限の怪物を生む魔窟である『大穴』、ダンジョンの入り口を塞ぐ『蓋』である『バベル』を中心に今もなお栄え続けるこの都市は、世界の縮小図でもある。

 

都市北部、メインストリート沿いから外れたところに存在するいくつもの塔が重なってできている長大な建物。

 

『黄昏の館』

 

このオラリオにおいて、【フレイヤ・ファミリア】に並ぶ屈指の実力者集団である【ロキ・ファミリア】の本拠地。最も高い中央塔には道化師の旗が立ち、燃え上がる炎を連想させる赤銅色の外観は、それを見た者に名ばかりでない威厳を感じさせる。

 

【ロキ・ファミリア】の主神であるロキの私室は他の塔に囲まれた中央塔、その最上階にある。一流のファミリアの主神だけに、部屋に置かれている家具の数々は一級品であるが、それ以上に室内は雑多な物品で溢れ返っており、地面には色や形の様々な酒のボトルが部屋のそこかしこに散乱していた。

 

机周りには高価そうな羽ペンや虹色の光を帯びた白結晶、壁には古ぼけた靴や帽子が吊り下げられており、分厚い書類や短剣なんてものもある。部屋に溢れる物品は床や壁だけではなく、ベットの上ですらもので埋め尽くされている。

 

そんなロキの部屋の中には部屋の主人であるロキと眷属であるアイズがいた。

 

夕食食べ終えたアイズはいの一番に【ステイタス】の更新に来たのだ。

 

「やっぱりアイズたんが一番乗りやなー。フヒヒッ。そんじゃ、服脱いでな~」

「変な事したら、斬ります」

「あ、ハイ」

 

不穏な気配を発するロキを牽制したアイズは、言われた通りに上衣を脱ぎ、何の跡もないきめ細やかな美しい背中を晒す。ロキはアイズの言葉に汗を流すと、ベッドに置いた器具の中から針を一本取りだし、人差し指の腹に刺す。

 

ロキは指に浮かび上がった赤い血をアイズの背中、首の付け根の辺りにその人差し指を触れさせると、慣れた手つきで指を動かし始める。瞬間、何も描かれていなかったアイズの背中に朱色の文字群が浮かび上がる。

 

 

アイズ・ヴァレンシュタイン

 

 Lv.5

 力:D549→564

 耐久:D540→563

 器用:A823→827

 敏捷:A821→824

 魔力:A899→S900

 

 狩人:G

 耐異常:G

 剣士:I

 

 

(トータル50以下……)

 

思ってたよりも、低い。

 

約二週間の『遠征』と、あの女体型と戦ったにしてはアビリティの上昇値が低い、それが更新された【ステイタス】を見たアイズの感想だ。

 

【ステイタス】の書かれた羊皮紙をじっと見ていたからだろう、ロキがアイズに何か気になることでもあるのかと尋ねる。

 

「その、【ステイタス】の上昇が、思ったより……」

「あー、低かったんか」

「はい…」

「うーん、多分やけど、聞いた話やと『遠征』に出てきたヤバいモンスターのトドメを刺したのがタソガレだったからやと思うなあ」

 

確かにそうだ。あの女体型二体と接戦を繰り広げてはいたが、最後に倒したのはタソガレの魔法だ。だがそれだけが理由ではない。アイズもわかっている、ここが頭打ちなのだと、自身の能力限界に達してしまったのだということが。

 

これ以上の成長が見込めない、ゆえに今の自分に見切りをつけLv.の上昇、より高次な器への昇華を見当し始める。

 

というか、あの時にせめて一体だけでも自分に倒させてくれればいいのに、お兄ちゃんは四体も倒してズルい、とアイズは心の中で兄に対して若干の八つ当たりぎみな不満を呟き、すねたように頬を小さくふくまらせる。

 

「むー…」

「アイズ……」

 

むくれるアイズの横顔を見守っていたロキが、ゆっくりと口を開き、振り向くアイズに対して静かに告げる。

 

「ほんまに変わったなぁ……」

「そう、ですか?」

「ああ!うちに来たばっかりのころと比べると月とスッポンや!……つんのめりながら走りまくっとったアイズが、まだ危なっかしいところはあるとはいえど、こんなにも落ち着くようになったのも、タソガレのおかげやな。……ホンマにええお兄ちゃんやな」

「…はい」

 

微笑みながら言うロキに、アイズも微笑みながら短く、されど万感の思いを込めて返事を返す。と、先ほどまではまさに女神の微笑ともいうべきだった顔が、ニヤニヤとした揶揄う笑みへと種類を変える。

 

「まあ!そのせいか、アイズたんは、こ~んなにもお兄ちゃんラブ!になってもうたけどな!」

「?……~っ!?」

「それで、実際どうなん?」

「ど、どうって…、どういう意味ですか」

「そりゃもちろん、お兄ちゃんやのうて、男の子として、タソガレのことどう思うとるん、って意味や」

「……わかり、ません…」

「あいつ、そんなことに興味なさそうな顔しとるくせに、【ファミリア】の内外問わずにスッッゴイ、モテとるらしいでー。もたもたしとると誰かに取られてまうかもなあ」

「そ、それはダメ!」

 

ロキの言ったことに対してアイズが思わず叫ぶ。あ、と思うも時すでに遅し、ロキの口元に描かれた弧はその角度をさらに大きくしている。

 

「ふ~ん、そっかぁ~ダメなんか~」

「え、えっと、さっきのは違くてっ!」

「むっはー!アイズたん真っ赤になって、むっちゃかわええなあ!」

「~~~~~っ!!」

「あっはっはっ痛、ちょ、アイズたん痛い。分かった、もう笑わんから!ウチが悪かったからもう叩かんといてぇ!」

 

アイズが顔を赤くしながら、バンバンとロキを叩く。そのかわいらしい反応に笑っていたロキも、仮にも第一級冒険者の力で殴られてはたまらないとばかりにアイズに謝る。

 

コンコンコン

 

そこで、ロキの部屋の扉がノックされ、だれかが訪れたことを知らせる。これ幸いとロキが入室を許可すると、扉が開きタソガレが入ってくるのがアイズの目に入る。ちょうど今していた話題にしていた人物の登場と、その話の内容が内容なだけに彼を妙に意識してしまう。

 

「どうかしたのかアイズ、顔が赤いぞ」

「な、なんでもない、大丈夫。ロキ、もう寝ます。お休みなさいっ」

「プ、フフッ。あ、ああ。お休みぃ、ククッ!」

 

困ったアイズはできるだけタソガレの顔を見ないようにしながら速やかに撤退し、その場にはいまだに笑っているロキと状況をよく理解できていないタソガレだけが残された。

 

「おい、ロキ。いつまで笑い転げている。何があったのかは聞かんからとっとと正気に戻れ」

「はーっ、はーっ、ふぅ。いやー、悪い悪い、あんがとさん。それで?タソガレも【ステイタス】の更新かいな」

「ああ、半年ぶりにな。頼む」

「ほんじゃ、さっさと服脱いで座りぃ」

 

そういわれたタソガレはサッと服を脱ぐとロキの前に座る。タソガレは着やせするタイプなのか服を着ていると細身に見え、その中性的な容姿をより際立たせるのだが、実際に脱ぐと無駄な贅肉の一切ない引き締まった筋肉が絶妙なバランスを保って存在しており、しっかりとした厚みのある体つきをしている。その体つきは見た目と相まって、タソガレに妙な色気を感じさせるものとなっていた。

 

「おぉう。相変わらずすごい色気やなあ」

 

見慣れているにもかかわらずロキも思わず声を上げてしまう。リヴェリアが昔タソガレの子の姿を偶然見てしまったときなんかは、顔を赤くしながら声にならない悲鳴を上げながら逃げてしまうなんてこともあったくらいだ。

 

「いいから早くしろ」

「ほいほい、そんじゃあ、始めるでぇ」

 

そういってロキはアイズの時と同じ手順でタソガレの【ステイタス】を更新すると目を見開く。

 

 

タソガレ・トロス

 

 Lv.7

 力:SSS1338→1901

 耐久:SSS1203→1819

 器用:SSS1735→2126

 敏捷:SSS1462→1872

 魔力:SSS1692→2003

 

 幸運:D

 風雷:D

 逆境:E

 精癒:G

 剣士:H

 再生:I

《魔法》

【シュトルム】

・付与魔法

・風、雷属性

・詠唱式【起きろ(テンペスト)

【エンゼル・ブレス】

・加護魔法

・同恩恵および任意の対象に対する強化・回復

・病魔滅却

・対象外の生物に対する『魔力』アビリティ値に比例した物理攻撃

【クララジェーン】

・広域攻撃魔法

・風、雷属性

《スキル》

武鋼錬鉄(マーシャル・アイオン)

・自己鍛錬時成長加速

・あらゆる技能の習熟が早まり常時限界解除状態になる

・戦闘時、『力』『耐久』『敏捷』『器用』の高補正

・戦闘時、発展アビリティ『治力』の一時発現

・戦闘時、発展アビリティ『剛身』の一時発現

風王結界(インビジブルエア)

・風による武器の不可視化

・Lv.によって不可視化数増加

・解風一回につき回復期間(インターバル)は二十四時間

雷霆万鈞(レーティング・スイン)

・『敏捷』の超高補正

・戦闘時、発展アビリティ『雷走』の一時発現

・走行時、一定速度以上によって赤装状態

霊獣加護(スピリット・エウロギア)

・精霊に愛される

・戦闘時、発展アビリティ『魔導』の一時発現

・魔法および呪詛に対する耐性

・風、雷に関わる攻撃時、効果増幅

精神力(マインド)回復速度上昇

聖定王(ルーラー)

・任意発動

・怪物種に対し攻撃力超域強化

二重自動回復(デュアルオートリジェネ)

慈愛(おもい)の丈により効果向上

英傑矜持(ノーブル・プライド)

・戦闘時、発展アビリティ『直感』の一時発現

・状態異常無効化

・逆境時による魔法、スキル、発展アビリティの効果増幅

・魔法、スキル、発展アビリティによる能力値の強化効果増幅

魔纏鎧装(アストラルクロス)

・常時発動

・『魔力』の高補正

・装備の疑似不壊属性(デュランダル)化および全身へ魔力鎧装を展開

能動的行動(アクティブアクション)による全能力値強化

風神雷神(カゼノカミ・イカズチノカミ)

・『力』『敏捷』『魔力』の超高補正

・風または雷を吸収し全能力値を超域強化

・風、雷属性の適正強化

 

 

(トータル2000オーバーって、相変わらず半端ないあ)

 

半年の期間を開けたといえど、オラリオの二大派閥における最強の片割れという高Lv.の冒険者でありながらも、常軌を逸したアビリティの上昇値、前回のランクアップから2年程度しか経っていないとは思えない【ステイタス】の向上率にも驚きだが何よりも凄まじいのはそのスキル。

 

その数は7つ、団長であるフィンの5つすらを上回る数でありながら、そのどれもがロキも初めて見るレアスキルである。

 

そしてアイズと同じ付与魔法である【シュトルム】に強化・回復・攻撃という一つ三役を行う反則魔法である【エンゼル・ブレス】、元から強力だったがスキルやアビリティによって魔改造のごとき強化を施された【クララジェーン】。そのどれもがリヴェリアをして埒外と言わせる魔法である。

 

「ほい、終わったで。今度はどんな鍛え方をしたんや、まったく」

「いつものことだろうこんなの」

「そりゃそうやけど、それを自分で言うな!」

 

ロキによるツッコミを聞き流しながらさっさと服を着なおして、用は済んだとばかりにタソガレは部屋を後にしようとする。その背中にロキは声を投げかけた。

 

「…………ありがとうな、タソガレ」

「………………………何に対しての礼だ」

「色々や色々。ファミリアのこと、他派閥のこと、そんでアイズのこと」

「礼などいらん。ファミリアに関しても他派閥に関しても俺ができることをしているだけだ。アイズに関しては俺がやりたいからやっているんだ」

「それでも、や。せっかくウチがこう言ってるんや、素直に受け取っておきい」

「……そうか。ならば、ありがたく受け取っておこう」

「おお。それでええ」

 

そこで一度言葉を切り、ロキはタソガレの後ろ姿に対してもう一度口を開く。

 

「なあ、タソガレ」

「なんだ」

「いつか、全部教えてくれるか?」

「………ああ、必ず」

「そっか……なら、待っとるわ。タソガレが教えてくれるその時を」

「…感謝する、ロキ」

 

その言葉を最後に今度こそタソガレは部屋を出て行った。

 

タソガレには何か秘密がある。それがロキを含めた【ロキ・ファミリア】首脳陣の見解だ。アイズと同じ魔法。異常なまでの風と雷に対する適性。そして【霊獣加護(スピリット・エウロギア)】というスキル。極めつけは()()()であるアイズが『自分と似ている』と言っていたことだ。

 

だが自分たちはそれを彼に問い詰めることはしなかった。彼自身から自分たちを害そうという気持ちを感じなかったのもあるが、なによりも肝心のアイズが彼に非常に懐いていたからだ。そんな本当の兄妹のような二人を見て、自分たちも彼を信じ、いつか自分から話してくれるのを待とう。ということになった。

 

そして彼も、ロキたちが自分の秘密に関して知りたがっているのは感じていた。そのうえで言ったのだ。『必ず話す』と。ならば彼が語ってくれるのを待とう、とロキは彼の秘密を楽しみに待つことを決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

西のメインストリートの中でも最も大きな酒場『豊穣の女主人』。値段は少々割高だが、運ばれてくる料理と酒はどれも絶品であり、団員達の伸ばす手も自然と早くなる。

 

「うおーっ、ガレス―!?うちと飲み比べで勝負や―!」

「いいじゃろう、返り討ちにしてやろうっ!」

「ちなみに勝った方がァ────────リヴェリアのおっぱいを自由にできる権利付きやァッ!」

『うおおおおおおおおおおおおおおぉ──────────ッ!!』

「じっ、自分もやるっす!?」

「俺もだ!!」

「私もっ!」

「ヒック。あ、じゃあ、僕も」

「だ、団長ーっ!?」

「リ、リヴェリア様……」

「はあ、言わせておけ……」

 

店の中央を占拠し騒ぎあう【ロキ・ファミリア】の仲間たちから、一人その喧騒に参加することはせず集団から離れた席で事前に取り分けた料理を食べる青年がいた。

 

「珍しいですね。あなたが【剣姫】のそばにいないとは」

「ん?リューか。そうか、今日はお前が手伝いに来る日だったか」

 

そんな青年のもとに仕事中だからだろうか、長くのばされた金色の髪を後ろで束ねたエルフの店員が声をかける。

 

彼女は、【アストレア・ファミリア】所属のLv.5の第一級冒険者である【疾風】リュー・リオン。彼女たちとタソガレの付き合いは7年前の『大抗争』の時からだ。当時、Lv.4でありながら、技量と自信の並外れた【ステイタス】を駆使し、【静寂】や【暴喰】といったLv.7(怪物)と戦ったのだ。

 

そこからも交流は続き、5年前には闇派閥の生き残りと戦う中で現れた、ジャガーノートに【アストレア・ファミリア】が襲われたときも彼が助けに入り、全員無事で生還させたこともあった。

 

そんな都市の最高戦力でもあるリューがなぜ酒場で働いているかというと、特に深い理由はなく、単純に友人の手伝いであった。5年前の事件の後『豊穣の女主人』で働くシルという少女と友人になったリューは、時々彼女からの要請で手伝いに来ているのだ。

 

「はい、今日はあなたたち【ロキ・ファミリア】が来るので手伝ってほしい、とシルに頼まれたので。それで、【ファミリア】の仲間たちから離れ、こんなところで何を?」

「特に理由があるわけじゃない。しいて言うなら感傷に浸っていた、といったところだ」

「感傷?」

「ああ。…昨日、知り合いの子供を見かけてな。もうオラリオ(こんなところ)まで来るようになったのかと思うと、俺もずいぶん遠くまできたもんだと感じてな」

「…驚きました、あなたはいつも前だけを見続けて過去を顧みることはないのだと思っていました」

 

リューの言葉に揶揄っているのかと思い彼女の顔を見る。しかし彼女はその言葉通り本当に驚いているのだろう、その空色の瞳を見開きタソガレの顔を見ている。と、そこで二人の視線がぶつかり、しばし見つめあうと先に目を逸らしたのは頬を薄っすらと染めたリューだった。

 

「そ、それで、あなたの言う知り合いの子とはどのような方なのですかっ」

「…あいつはただのガキだ。特別な才能なんてない、しかし誰よりも英雄にあこがれる子供だ。臆病で、ヘタレで、人を疑うことも知らないほど善良で…」

「ず、ずいぶんな言いようですね…」

「だが、誰よりも心優しく純粋で、これからが楽しみなそんな面白い子だ」

「あなたがそう言う方ですか。私も、会ってみたいですね」

「そうだな、もし会ったらよろしく頼む。あいつの容姿は…」

 

と、そこでタソガレの言葉を遮るように一つの影が店の外に飛び出していく。「ベルさん!?」と叫ぶ店員の少女の声に今飛び出していったのが自分たちが話していた件の少年だと知る。

 

「食い逃げでしょうか?」

「いや、あいつにそんなことをする度胸はない。大方どこかの誰かがアイツの激情を煽るようなことを言ったのだろう」

「その口ぶり、知り合いですか?」

「今、出て行ったのが俺たちの話していた子供だ」

 

そういうとタソガレは、リューにベルの分の代金を押し付けるように渡すと、自分以外で彼に関わりがあり、少年が飛び出していった原因であろう【ロキ・ファミリア】の面々のもとに向かうのだった。

 




アイズ強化(微)

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