アビドス砂漠の砂糖スレ自作概念置き場   作:砂糖堕ちハナエちゃんの人

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第8話ジュリ(4)

 

 

「ジュリ、パンちゃんを作りなさい」

 

「えっ……パンちゃんを、ですか?」

 

朝の爽やかな光が調理場を明るく照らす中、ジュリは手に持ったボウルを抱え直しながら、少し戸惑ったようにパチパチと瞬きをした。

大好きな先輩の言葉に疑問を抱くことはないものの、いつもなら「作っちゃダメ」と怒られる対象を自ら作るよう促されたため、一瞬だけ思考が追いつかなかったのだ。

 

「そうよ、パンちゃん。それも、私が指定した位置のパンケーキだけを、完璧なパンちゃんにするの」

 

テーブルの上には、指示のままに焼き上げられたパンケーキが10個、一列5枚ずつ、綺麗に2列に並べられていた。

その生地には「砂漠の砂糖」がふんだんに練り込まれている。

ジュリは戸惑い、胸の前でぎゅっと握りしめた。

 

「で、ですが……パンちゃんは、私が作りたくて作っているわけではないんです。一度生み出すと、好き勝手に動き回り、大変なことになってしまいます。先輩もいつも怒るじゃありませんか……」

 

「大丈夫よ、ジュリ」

 

幻覚のフウカは、下から覗き込むようにしてジュリの両手を優しく包み込んだ。

その瞬間、不思議な安心感がじわりとジュリの心を満たしていく。

 

「今回は『砂漠の砂糖』をしっかり使っているでしょう? 自分を信じなさい。あなたの『神秘』は、あの砂糖と混ざり合うことで、完璧な形になるの」

 

「あ、う……はい、先輩……」

 

先ほどの戸惑いは綺麗に消え去り、先輩の言葉に対する純粋な信頼と、期待に応えたいという前向きな気持ちがジュリの中に満ちていった。

いざ、テーブルに並べられたパンケーキの前に立つ。ジュリは幻覚フウカが細い指先で示した、特定のパンケーキにそっと触れた。

 

(おねがい……出てきて、パンちゃん……!)

 

ジュリが心の中で祈りを捧げた瞬間、触れられたパンケーキだけがボコボコと歪に泡立ち、不気味な紫色の生地と蛍光グリーンのシロップを持つパンケーキの怪物「パンちゃん」へと変身した。

 

「あっ……!」

 

ジュリは身構えた。いつもなら、誕生した瞬間に好き勝手に動き回り、周囲の設備を破壊しながら飛び出していくはずだった。

だが、そのパンちゃんはきょろきょろと辺りを伺った後、じっと静止し、ジュリの方を向いて待機したのである。

 

「えっ……? す、すごく大人しい、です……?」

 

ジュリは驚きで目を丸くし、おそるおそるパンちゃんへと顔を近づけた。いつもなら調理器具をなぎ倒し、自分にも飛びかかってくるはずの怪物。

だが、その歪な生地の塊からは不思議と敵意が感じられず、今はじっと自分へ視線を預け、次の言葉を健気に待っているかのような温和な気配が不思議と伝わってきた。

 

「戸惑うことはないわ、ジュリ。パンちゃん達はあなたの指示を待っているのよ。色々命令してみなさい」

 

背中を押され、ジュリは恐る恐る口を開いた。

 

「え、ええと……一列に並んで、前へ進んでください」

 

その言葉が終わるか終わらないかのうちに、パンちゃん達は一切の動作を乱すことなく、軍隊のように整然と集団行動を始めた。

 

「じゃ、じゃあ、次は各自バラバラに動いて、元の位置に戻ってください!」

 

ジュリの意のまま、まるで己の手足であるかのように完璧に動く怪物の群れ。生真面目なジュリの命令を、彼らは一寸の狂いもなく遂行していく。

 

「成功ね! ジュリ!」

 

幻覚のフウカが手を叩いて喜んだ。その歪んだ笑みが、ジュリの視界を優しく包み込む。

 

「パンちゃん達の完成度も良いけれど、ここまで使いこなせるジュリは、十分すぎるほど凄いわ。本当に偉い子ね」

 

「ありがとうございます、先輩」

 

テーブルの上で、次の指示を待ちながら小さく身を震わせるパンちゃん達。まるで完璧に躾けられたペットのようで、ジュリには彼らが酷く愛らしく、愛おしく感じられた。

 

「おいで、みんな……」

 

ジュリがそっと両腕を広げると、パンちゃん達はジュリの豊かな、特注サイズの制服をはち切れんばかりに押し上げている大きな胸へと、吸い付くように集まってきた。

 

「ひゃあ……っ、くすぐったいです……」

 

無数の紫色の触手が、ジュリの肉厚な身体に纏わりつき、締め付け、幸せそうに抱きしめてくる。

ジュリは怪物たちの柔らかな質量に顔を埋め、恍惚とした笑みを浮かべた。

その様子を、幻覚のフウカは暗い影の中から、おぞましく邪悪な笑みを浮かべて見つめていた。

その瞳は、純粋な少女が自ら奈落へ歩みを進める姿を、何よりも愉しんでいるかのようだった。

 

---

 

 

「――ジュリ? ジュリ、聞いているの?」

 

「はっ……! は、はい、フウカ先輩!」

 

夕方、放課後の学生食堂の調理場。現実のフウカの声に引き戻され、ジュリは手元に視線を落とした。

明日の給食用に、大きなジャガイモの皮を剥いているところだった。もちろん、そこにはパンちゃんの姿も、砂漠の砂糖の匂いもない。

フウカは心配そうに、ジュリの少し上気した顔を覗き込んだ。

 

「ここのところ、給食部とバイトの掛け持ちで、ずっと忙しそうにしていたでしょう? ちゃんと休めてる? 今日はあのカフェのバイト、行かなくていいの? そろそろバイト先へ向かわないといけない時間じゃなかったかしら。無理して倒れたりしたら大変なんだから、本当に心配なのよ」

 

「あ、フウカ先輩、心配してくださってありがとうございます! 私なら本当に大丈夫ですよ。実は、今日はオーナーさんから連絡があって、お店の設備点検か何かで臨時休業にするって言われたんです。だから、今日はお休みで大丈夫なんですよ」

 

「そうなんだ……」

 

フウカはホッとしたように息を吐き、ジュリの手からそっと包丁を取り上げた。

 

「なら、今日はもう早めに上がりなさい。久しぶりにゆっくりできる日なんだから」

 

「えっ、でも、まだ明日の下ごしらえが……!」

 

「私は大丈夫よ。休めるときに休むのも、料理人の大事な仕事。ほら、早く帰って温かいお風呂にでも入りなさい」

 

「フウカ先輩……」

 

現実の先輩の、どこまでも純粋で優しい気遣い。その温かさに申し訳なさを感じつつも、ジュリの脳裏では幻覚のフウカが『早く帰りましょう、ジュリ』と囁く。

 

「……ありがとうございます。お言葉に甘えて、お先に失礼します」

 

ジュリは深く頭を下げると一足先に調理場を後にしたのだった。

 

---

 

夜も深く静まり返った、ゲヘナの自宅の自室。

パジャマ姿でベッドで横になっていたジュリのスマートフォンが、けたたましく震えた。画面に表示されたのは「店長」の文字。

 

(こんな時間に、どうしたんだろう……?)

 

通話ボタンを押すと、受話器の向こうから、いつもより明らかに神妙な雰囲気の店長の声が聞こえてきた。

 

『ジュリさん……かね? 起きていたかい。実は、どうしても今すぐ、お店の事務所まで来てほしいんだ。非常に大事な話があってね……』

 

「えっ……ですが、もう夜も遅いですし、明日の学校の前に寄るのではダメでしょうか?」

 

『駄目なんだ! どうしても今夜、今すぐでなければならない。お願いだ、君が必要なんだよ、ジュリさん……!』

 

いつもなら怒鳴り散らすはずの男が、酷く必死に食い下がってくる。純粋で疑うことを知らないジュリは、店長が本当に困っているのだと思い込んでしまった。

 

「……わかりました。今からすぐに向かいます」

 

制服に着替え、愛銃とカバンを掴んで夜の街へと飛び出したジュリ。

しかし、目的地であるカフェへと続く深夜の裏路地へと足を踏み入れた瞬間、不穏な空気があたりを満たした。

 

「よぉ……! 牛牧ぃ! 久しぶりじゃねえかぁ!」

 

薄暗い街灯の下、建物の影からゾロゾロと姿を現したのは、以前ジュリに因縁をつけ、執拗に痛めつけたスケバンたちだった。

ジュリは咄嗟に周囲を見回し、どこか突破できる隙間がないかと後ずさりしたが、気がつけば、前も後ろも塞がれ、逃げ場のない路地に完全に囲まれている。

完全に退路を断たれていることに気づき、息を呑んだ。

 

「皆さん……? 申し訳ありません、私は今、店長さんに呼ばれて急いでいるんです。道をあけてください」

 

ジュリが生真面目な口調で訴えるが、スケバンたちは下劣な笑みを浮かべるばかりで、銃口を向けたまま動こうとしない。リーダー格の少女が、ゲラゲラと声を上げて嗤った。

 

「ひはは! 心配いらねえよ牛牧ぃ! あたしらはなぁ、お前んところの『店長』から言われて、ここでお前を待ってたんだからよ!」

 

「え……? 店長さんが……?」

 

「そうだよ! あのオッサン、お前をここで襲って、徹底的に痛めつけて動けなくした後、事務所に連れてこいってさぁ! そうすりゃあ、最高の『砂漠の砂糖』を山ほどくれるって約束してくれたんだよ!」

 

その瞬間、ジュリの鼻腔を、少女たちの身体から放たれる強烈な匂いが突き刺した。

それは、普通の砂糖の匂いではない。脳を直接握りつぶされるような、あまりにも濃厚で暴力的な甘い芳香。

少女たちの目は完全に据わり、その表情には尋常ではない殺気と狂気が滲み出ている。

明らかに普通の喧嘩ではない不気味な雰囲気を漂わせながら、じりじりと距離を詰めてきた。

 

「あたしらはあのオッサンから、最高純度の『アビドス純正糖』ってやつを分けてもらったんだよ! おかげで身体が軽くてよぉ、力が溢れて止まらねえんだ! この前みたいにはいかねえぞ! 空崎ヒナは今、アビドスへ遠征中で今晩は絶対にゲヘナに戻ってこねえ! お前を助ける奴は、誰もいねえんだよ!!」

 

狂ったように笑い、愛銃のトリガーを指にかけるスケバンたち。

しかし、絶体絶命の状況であるはずのジュリは、怯える素振りすら見せなかった。ただ、冷たく、静かに、目の前の少女たちを見つめ、小首をかしげた。

 

「皆さん……甘いものは好きですか?」

 

「あぁ!? 最高に決まってんだろ! だからお前をぶちのめして、その砂糖も全部あたしらのものにするんだよ!」

 

スケバンの叫びを聞き、ジュリは、その口端を、まるで毒蛇のように不気味に吊り上げた。

 

「なら、丁度良かったです。甘い物が大好きな皆さんに、美味しいパンケーキを御馳走しますね」

 

ジュリは持っていた大きなカバンのジッパーを開けると、中身を路地へとぶち撒ける。

 

「おいで、パンちゃん達。――お食事の時間ですよ」

 

カバンから飛び出したのは、今朝、学生食堂で完璧に調教を施された、10匹のパンちゃんたちだった。彼らは主の命令を受け、牙のような突起を激しく尖らせると、狂暴な咆哮と共にスケバンたちへと一斉に飛びかかった。

 

「ひぎゃああっ!? なにこれ、動くパンケ――」

 

「嫌だ! 離れろ! 撃て、撃ちまく――」

 

深夜の路地裏に、少女たちの絶望的な悲鳴が次々と木霊した。

恐怖に駆られた銃声が闇を切り裂くが、うねる生地の塊は弾丸など意に介さず、容赦なく彼女たちの身体に襲いかかる。

 

パンちゃんたちから無数に伸びた粘着質の触手が、逃げ惑うスケバンたちの手足を瞬時に絡めとり、壁や地面へと縫い付けた。抵抗する術を奪われた少女たちの顔へ、さらに細い触手が蛇のように這い寄っていく。

 

「んぐ、ぅあ……っ!?」

 

恐怖に目を見開く彼女たちの耳、鼻、そして悲鳴を上げる口の中へと、容赦なく何本もの触手が深く差し込まれていく。直後、喉の奥へと直接流し込まれたのは、脳を狂わせるほど強烈に甘い、ドロリとした濃厚な緑色のシロップだった。

 

「ん、むぐぅ……っ!! ぷは、あぐ……っ」

 

気道を塞がれ、無理やり不気味な液体を注ぎ込まれる少女たちは、身体を弓なりに狂わせながら悶絶する。

やがて激しい抵抗は弱まり、路地裏には、触手に拘束されたままシロップに溺れ、ゴボゴボと虚しく咽び泣くような生々しい音だけがいつまでも響き渡っていた。

 

 

---

 

その頃、ジュリのアルバイト先であるカフェでは、狂喜に満ちた男の笑い声が響いていた。

 

「ふふふ……はははは! これだ! これが、砂漠の砂糖の中でも幻と言われた最高純度――『アビドス純正糖』!!」

 

開け放たれた大型保管庫の奥。店長は、天井までうず高く積み上げられたアビドス高校の校章ロゴが入った大きな袋を見上げて、脂ぎった顔を歓喜に歪ませていた。

現在、キヴォトスで流通している砂漠の砂糖は一般の甘味料が大量に混ぜられた純度の低いものばかりだ。

だが、この『アビドス純正糖』は、砂漠のカルテル中枢部に入り込まなければ、見る事も触れることすら許されない本物の高純度の結晶である。

 

「これがあれば……あの『輪っか付き』のクソガキどもを、全員私の奴隷にできる……!」

 

店長は幼少期からヘイローを持つキヴォトスの生徒たちに圧倒的な身体能力(フィジカル)と神秘の力で怯えさせられ見下されてきた過去を思い出し、激しい怒りと屈辱に表情を歪ませた。

だが、それも今日で終わりだ。砂漠の砂糖の力を手に入れた自分こそが、世界の支配者。どんな最強の生徒であれこの男に逆らうことはできない。

現に、あのイキっていたスケバンどもにこの純正糖を少し与えただけで彼女たちはプライドを捨て、ゴミを見るような目で大人を見下していた目を涙で濡らし男の足元に縋り付いてきたのだ。

 

「何でも言うこと聞きますからぁ! お願いしますぅ、早く、早くアレをくださいぃ……っ! アレがないと、もう頭がおかしくなっちゃう、生きていけないんですぅ! 後からちゃんとお金は払いますから、何でも、何でもしますからぁっ!!」

 

男はその時の情景を思い出し、下腹部にドクドクと集まるどす黒い血液の熱を感じた。

『何でもする』と言った少女達を、この事務所の床で獣のように食い散らかした時の感触。男のものを奥深くまで咥え込み、一心不乱に腰を振りながら砂糖をねだり続けたあの哀れな人形どもの姿を。

 

「これで、すべては私のものだ。あの牛牧ジュリの身体も、すべて私の玩具にしてやる……!」

 

ジュリをバイトとして雇っているうちに、男の中に膨れ上がった醜悪な劣情。

まだ1年生とは思えないほどに成熟しきった、あの肉感的な肉体。

服飾業者に特注させた最大サイズの胸部部分からすら行き場を失った豊かな胸の双丘は深く切り込まれた襟元から溢れんばかりにせり出し、エプロンの下で歩調に合わせて揺れる肉厚な尻のラインは、男の理性を幾度となく狂わせてきた。

 

「ああ! もう我慢できん! 早くあの小娘の肉を、貪り喰わせろ!」

 

店長は苛立ちを隠そうともせず、部屋の中を落ち着きなく歩き回っていた。彼の目は血走り、その視線は壁の時計へと何度も向けられる。

 

しかし、約束の時間はとうに過ぎていた。

 

「あのクソガキども……小娘一匹に、どれだけ時間をかけているんだ……!」

 

爪を噛み、床を激しく踏み鳴らしながら、店長は怨嗟の声を漏らす。

脳裏に浮かぶのは、自分を見下してきたキヴォトスの生徒たちの傲慢な顔。それを極上の砂糖を引き換えに、ついに支配し、屈服させることができるのだ。

あと少しでその瞬間が訪れるはずなのに、一向に連絡が来ない焦燥感が、彼の理性を狂わせるようにジリジリと焼き焦がしていた。

あまりの苛立ちに、スケバンたちに電話をかけようと受話器に手を伸ばした、その時だった。

店舗側のドアが開きカランカランとドアベルが鳴る音がし、続いてバラバラと複数の歪な足音が事務所の真新しい金属製防音ドアへと近づいてくるのが聞こえた。

 

「やれやれ、ようやく戻ったか。これでは、ご褒美の砂糖は今回はおあずけだな……」

 

店長は不敵な笑みを浮かべ、伸ばしかけた手を引いて背もたれに深く体重を預けた。

これでようやく、あのゲヘナの小娘が手に入る。じわじわと込み上げてくる嗜虐的な高揚感に口元を歪ませながら、彼はドアが開くのを今か今かと待ち構えた。

 

 

---

 

コン、コン、と不自然に重いノックの音が響き、ドアがゆっくりと開いた。

店長は椅子にふんぞり返ったまま、入り口の方へ背を向けて振り返りもせずに言い放つ。

 

「おい! 約束の時間を過ぎているぞ! 小娘一匹に何時間を――」

 

そこまで言いかけて、男の背筋に冷たい戦慄が走った。

部屋の空気が一瞬にして凍りついたかのような、尋常ではない、禍々しい圧迫感。

 

慌てて振り返った店長の目に飛び込んできたのは、ほぼ無傷のまま、衣服をわずかに乱しただけで佇む牛牧ジュリの姿と、

その背後にはまるで魂を抜かれた操り人形のように、虚ろな目でジュリに従うように並んだスケバンたちの姿があった。

 

「ジュッ……!? ジュリさんっ!? どうして君が……!」

 

「店長さん……酷いです。私を、騙していたんですね」

 

ジュリの声は、いつもの生真面目で一生懸命な明るい少女らしさのトーンを失い、凍りつくほど冷たかった。

 

「な、何のことかな……? 私はただ、君の身を心配して……」

 

「スケバンさんたちから、すべて聞きました。私を襲わせて、動けなくして……砂漠の砂糖を全部奪い取った後に、破廉恥な慰み物にするつもりだったんですね。――そんなこと、絶対にさせません」

 

ジュリの瞳の奥が、冷徹で不気味な光を帯びて鋭く据わる。

完全に計画が露見したことを悟った店長は、顔を真っ赤に染め、椅子を蹴飛ばして立ち上がった。

本性を剥き出しにした大人の下劣な怒声が、事務所に響き渡る。

 

「何が砂漠の砂糖だ! 何が皆を幸せにするだ! あれはなぁ、ただの強力なドラッグだ! お前たちガキどもは、ままごとごっこで不幸を撒き散らしているだけなんだよ!」

 

店長はデスクを激しく叩きつけ、血管が浮き出た顔をジュリへと突き出した。その目は、長年キヴォトスの生徒たちに抱き続けてきた劣等感と、ようやく手に入れかけた利権への執着で濁りきっている。

 

「あれを少し混ぜるだけで、どんな人間も、どんな生徒も、私の言葉に這いつくばる従順な犬になる! あれはなぁ、我々大人が、正しく力を引き出して使ってやるべき代物なんだ! 社会の仕組みも知らんお前のようなただの料理係のガキが、私に逆らうな!!」

 

唾を飛ばしながら叫ぶ店長の罵声を、ジュリは真っ直ぐに受け止めていた。

その身体は怒りと恐怖で小さく震えていたが、握りしめた拳は決して緩まない。背後に控えるスケバンたちの、魂を抜かれたような姿が嫌でも視界に入る。自分の作った「料理」が、店長の身勝手な欲望のせいで、他人をこんな風に冒涜する道具に変えられてしまった――その事実が、彼女の胸を激しく締め付けていた。

 

「違います……! 私は、ただみんなに、美味しいものを食べて笑顔になってほしかっただけです……! それを、そんな酷いことに使うなんて……!」

 

溢れそうになる涙を堪え、ジュリは固く閉ざしていた唇を割って、毅然と言い放った。

 

「そんなこと、絶対にさせません……っ!」

 

ジュリが愛銃を構えた、その瞬間。

店長は焦るどころか、ニヤリと邪悪な笑みを全開に深めた。その手が、デスクの裏側に隠されていたリモコンのスイッチを強く押し込む。

 

【ジュリ! 避けなさいっっ!!!】

 

脳内で幻覚のフウカが絶叫したのと同時に、ジュリは本能的に横へと跳ねた。

 

直後、激しい重低音とともに事務所の窓ガラスが一斉に割れ、背後の外壁が凄まじい勢いでぶち破られた。衝撃で部屋が大きく傾く。

 

「ハハハ! ガキが大人に銃を向けるなと言っただろう!」

 

店長は窓の外、最初から建物のすぐ裏手に待機させていた巨大な防衛用ロボットのコックピットへと、割れた窓から素早い動きで滑り込んでいた。ハッチが閉まり、外に佇むロボットの駆動音が、破壊された壁の隙間から事務所の床を激しく震わせる。

 

鉄の塊の安全な内側から、店長はスピーカー越しに下劣な笑い声を響かせた。

 

「キヴォトスのガキどもがどれだけ頑丈だろうとなぁ、この最新鋭の防衛用重火器の前では無力だ! さあ、大人しくその身の程を知るがいい!」

 

ロボットの巨大な駆動音が一段と高く鳴り響き、複数の砲身が狂気的な速度で回転を始める。破壊された外壁の隙間から、何十本もの銃口が容赦なくジュリへと向けられた。

 

店長が引き金に指をかけた瞬間、この世のものとは思えない金属音が夜の空気ごと引き裂く。

 

多砲身機関砲(ガトリング)の圧倒的な弾幕が室内を水平に薙ぎ払い、真新しい金属製の防火扉も、壁も、一瞬で紙細工のように引き裂かれていく。

 

「きゃあああああああああっ!?」

 

凄まじい風圧と弾丸の嵐に晒され、ジュリは防戦一方のまま瓦礫の中に吹き飛ばされ、激しく咳き込んだ。

嵐が唐突に止み、室内に満ちたのは、立ち込める白煙と、崩落した天井の破片がパラパラと落ちる虚しい音だけ。

 

「げほっ、ごほっ……! ……あ、……っ」

 

肺に侵入した濃い硝煙に、ジュリは激しく胸を上下させて咳き込んだ。涙で視界がにじみ、喉が焼けるように熱い。

 

全身を襲う激しい恐怖。震える腕に力を込め、積もった瓦礫を押し退けて顔を上げた――その瞬間だった。

 

――ガガァァァンッ!!!

 

残されていた外壁が、巨大な鋼鉄の「腕」によって粉砕された。白煙を割って室内に突き進んできたのは、都市の街並みにはあまりにも異質な、重厚な黒鉄の装甲に覆われた人型兵器――カイザーPMC製の大型ロボット『ゴリアテ』だった。

 

見上げるほどに巨大なロボットの影が、床にへたり込むジュリの小さな体を完全に覆い隠す。

 

『どうだね、驚いただろう。ジュリさん』

 

ゴリアテの外部スピーカーから、操縦席に収まった店長の、勝ち誇った声が響く。

 

【……ゴリアテね。カイザーPMCのロゴが入っているわ】

 

脳内で幻覚フウカが冷徹に呟く。

 

「カイザーグループ……? どうして、店長さんが……?」

 

『そういえば、君にはまだ言っていなかったね。私の前職はカイザーPMCの人間でね、いろいろと伝手があるのさ。この砂漠の砂糖は、カイザーグループでも最重要注目の品物でね。これを手土産に、私は最高幹部として復帰するのだよ!』

 

スピーカーから響く笑い声が、さらに下劣さを増していく。

 

『ジェネラルもプレジデントも、随分とアビドスへ執着があるみたいでね。砂漠の砂糖の情報と、空崎ヒナ、小鳥遊ホシノの身柄を引き渡せば、この兵器と1000万をPON☆とくれると約束してくれてたんだよ 。もちろん――牛牧ジュリ、君の身体は私がもらい受け自由に扱えるという条件も付けてなぁ!』

 

「な……っ」

 

『心配しないでいい。君の身柄をカイザーには渡さないさ。何せ君は、私の専用の肉便器として、一生この事務所の奥で過ごすのだからねぇっっ!!!』

 

その悍ましい宣言が響いた瞬間、ジュリの傍らに転がっていた、ボロボロのカバンが激しく身震いした。

 

「……お願い、パンちゃん達、いって!!」

 

ジュリが祈るように叫び、カバンのジッパーを跳ね上げる。

暗い隙間から弾け出たのは、何層にも重なった紫色の生地に、毒々しい蛍光グリーンのシロップを滴らせた、10匹の「パンちゃん」たちだった。主を護る盾となるべく空中へと躍り出る怪物たち。

 

しかし、ゴリアテの冷徹な光学センサーがそれらを捉えた瞬間、すべては一瞬の演算で片付けられた。

 

『面白い。だが――無意味だな!!』

 

空間が激しく震える、あの超高音の唸りが再び鳴り響いた。ガトリング砲が猛烈に回転し、超音速の弾幕が水平に薙ぎ払われる。

鞄から飛び出したばかりのパンちゃんたちが、空中で同時に蜂の巣にされ、意思を持つ間もなく粉々に砕け散っていく。引き裂かれた身体から、緑色のシロップが激しく飛び散る。

 

「あ、……ああ……っ!」

 

ジュリの悲鳴も虚しく、近代兵器の圧倒的な掃射の前に、パンちゃんたちは文字通り「塵」へと分解され、一瞬で粉砕されていった。形を留めることすら許されず、異臭のする粉塵となって虚空へ霧散する。

 

『さぁ! お遊びはここまでだ! 大人しく私の玩具になれっっ!!』

 

満足げに嗤う店長。ゴリアテの巨大な鋼鉄の腕が、逃げ場のないジュリへと向けて伸び、少女の瞳に絶望が極まった――その瞬間だった。

 

ジュリのヘイローが、これまでにないほど激しく、神聖な紫色の光を放った。

その輝きが、ゴリアテの機体各所にこびり付いていた、パンちゃん達の「緑色のシロップ」の残滓と共鳴する。

 

シロップは、意思を持ったニトロ化合物の爆薬のように、一斉に怪しい光を放ち――

 

ドオォォォンッ!!!

 

至近距離で激しい連鎖爆破が巻き起こった。装甲を完全に貫通するには至らなかったものの、操縦席にいた店長は、予期せぬ衝撃に激しく揺さぶられる。バランスを制御するジャイロシステムが異常を検知し、数トンの巨躯が轟音を立てて床へと倒れ込んだ。

 

だが、反撃はそれだけでは終わらない。

突然、凄まじい砂嵐が事務所内に巻き起こった。荒れ狂う暴風が保管庫の扉を吹き飛ばすと、中から『アビドス純正糖』が、砂交じりの風と共に大量に吸い出され始めたのだ。

 

「……あ……」

 

少女が見つめる前で、空間に舞う砂糖の砂嵐と、床一面に飛び散っていた紫色の生地、緑のシロップ――パンちゃんたちの残骸が、まるで強烈な磁石に引き寄せられるようにうごめき、融合し始めた。

 

ドロドロとした肉片が集い、溶け合い、急速に、信じられないほどの質量へと膨れ上がっていく。

 

「――グオォオオオオオオオ!!!」

 

室内の空気を、建物の骨組みごと震わせる地鳴りのような雄叫び。

そこに現れたのは、かつての可愛いサイズとは比較にならない、鋼鉄のロボットをも遥かに見下ろすほどの【巨大なパンケーキの怪物】だった。

 

---

 

怒りに狂う巨大パンちゃんは、その巨体を波打たせて、倒れたゴリアテへと突進した。

強靭な紫色の肉体で鉄の巨獣にがっしりと抱きつくと、その全身から、鞭のように太くおぞましい無数の触手を一斉に噴出させた。

 

ギギ、ギギギギィィィ――ッ!!!

 

容赦なく伸びた触手がゴリアテの四肢に絡みつき、自由を奪う。ガトリング砲の銃身に無理やり触手がねじ込まれ、内部から油圧回路を強制停止させる。形勢は完全に逆転した。

 

巨大怪物の剛腕が、黒鉄の装甲を次々と引き剥がしていく。強固だったはずの四肢が、オイルを撒き散らしながらバラバラに粉砕され、地面へと転がった。そして、緑のシロップを滴らせる無数の触手が、剥き出しになった操縦席へと一斉に殺到する。

 

「う、うわああああああ、来るなっ、来るなぁあああ!!」

 

パニックを起こした店長が護身用の銃を乱射するが、巨大化した怪物の肉厚な質量には一切通用しない。触手は弾丸を飲み込みながら、店長の細い首へと容赦なく巻き付いた。

 

――ガキィィンッ!

 

「ぎゃあああああああ!!!」

 

凄まじい力任せの質量が、店長を操縦席から力ずくで引きずり出し、宙へと吊り上げる。

 

「ひっ、あ、ぎゃああああっ!?」

 

シートベルトを引きちぎり、衣服をボロボロに引き裂きながら、男は無様に空中へと放り出された。首根っこを掴まれ、まるでゴミ屑のように宙ぶらりんにされた店長は、先ほどまでの傲慢な態度など木っ端微塵に吹き飛んでいた。

 

「ひぐっ、う、うああああん! ジュリさん!! ジュリ様!! 私が悪かったよ!! 悪かったから降ろしてくれぇ!!」

 

高級なスーツは汚れと脂汗で濡れそぼり、額からは血と、目からは大粒の涙、そして鼻からはだらしなく鼻水が垂れ流されている。かつて大人ぶってガキと蔑んだジュリを見下ろす余裕など微塵もなく、ただただ恐怖に支配され、両手両足をバタバタと虚空で泳がせる姿は、滑稽ですらあった。

 

「もう悪い事はしない!! 二度と砂漠の砂糖にも関わらない!! 空崎ヒナや小鳥遊ホシノにも手を出さない!! あれは全部、上からの指示だったんだ、私はただの雇われでっ……! カイザーPMCも私が説得して見せるから!! 私のコネを全部やる!! だから、だから撃たないでくれぇぇ!!」

 

プライドも、大人の尊厳も全て投げ捨て、ただ生きたい一心で醜く叫び続ける男。

そのあまりの小物臭さとみっともなさに、事務所の瓦礫に響くのは、彼の哀れな泣き声と、恐怖でカタカタと激しく鳴り響く奥歯の音だけだった。

必死に涙と鼻水を流しながら命乞いをする店長を冷めた目線で見つめるジュリ。

その脳裏に、幻覚のフウカの声が、冷酷に、甘く響き渡る。

 

【駄目よ、ジュリ。絶対に許してはダメ。大人は信じてはいけないわ。この男が二度と悪事を働けないように、ここで徹底的に分からせてやりなさい】

 

脳内で冷酷に囁くフウカの幻覚に、ジュリの瞳が怪しく、濁った光を帯びてギラリと歪んだ。

砂糖の狂気にすっかり脳を侵された彼女にとって、その言葉は甘美な絶対の命令だった。

 

「ふふ、あはは……! そうですよね、フウカ先輩……っ! この人も、みんなと同じように『お仕置き』して、幸せにしてあげないと……!」

 

宙に吊り上げられた店長は、涙と鼻水に塗れた顔を激しく引きつらせ、完全に正気を失ったジュリの目を見て絶望に身を震わせる。

 

ジュリは愛銃を握る手にゾクゾクとするような力を込め、一歩、また一歩と、獲物を追い詰める捕食者の足取りで男へと近づいていく。その銃口は、冷酷に、そして確実に店長の眉間を捉えていた。

 

「店長さん……」

 

ジュリはゆっくりと歩み寄り、店長を見上げた。その瞳は、まるで獲物を捉えた蛇のように冷たく据わり、口端が不気味に釣り上がっている。

 

「店長さんも、お砂糖、大好きなんですよね? そんなに欲しいなら、たくさんあげますよ。ええ、全身の、奥深くまで、たっぷりと御馳走しますね」

 

「ひっ、あ、あああ……っ!」

 

向けられた狂気の笑顔に、店長は全身の毛が逆立つような恐怖を味わっていた。目の前にいるのは、かつて自分が「料理係のガキ」と見下した少女ではない。自分を底なしの泥沼へと引きずり込もうとする、名状しがたい化け物そのものだった。男は完全に腰を抜かし、空中でもがくことすら忘れて、ただガチガチと歯を鳴らしながら、その絶望的な笑みに怯え続けることしかできない。

 

だが次の瞬間、ジュリの顔から不気味な歪みが消え、いつも通りの、ぽわぽわとした穏やかで優しい笑顔がふっと戻ってきた。彼女はゆっくりと、構えていた愛銃の銃口を地面へと下ろす。

 

(た、助かった……!?)

 

その様子を見た店長は、一瞬にして天にも昇るような安堵感に包まれた。やはりガキだ、土壇場で人を撃つ勇気などなかったのだと、心の中で都合のいい解釈が頭をよぎり、涙で濡れた顔に卑屈な安堵の笑みが浮かぶ。

 

しかし、それがさらなる絶望の始まりであることに、大人は気づいていなかった。

 

一歩、後ろへ下がり、ジュリは静かに右手を掲げた。

 

「パンちゃん、――お食事の時間ですよ」

 

次の瞬間、宙に吊り上げられた店長に向けて、巨大パンちゃんの全身から、針のように鋭い無数の小さな触手が、一斉に噴き出した。

 

「ひ、ひいっ――ぶ、ぐぅあぁっ!?」

 

耳、鼻、口、そして下半身の衣服を引き裂き、身体のすべての穴という穴へと、鋭い触手が容赦なく突き刺さる。さらに巨大パンちゃんの裂けた口内から、通常サイズの小さいパンちゃんたちが、湧き出る虫のように大量に現れ、店長の顔面や頭部を覆い尽くすように群がり始めた。

 

「あああああああああ! 嫌だぁああ! 熱い、脳が、脳が溶けるぅうううあああああ!!!」

 

店長の凄まじい断末魔が響き渡る。身体のすべての神経、毛細血管へと、蛍光グリーンのシロップが濁流のように、強引に注入されていく。

 

メキメキ、バキバキ、ボコッ、ゴボッ。

 

体内から、骨が歪に砕け、内臓が砂糖の質量で作り替えられる悍ましい音が響く。店長の身体は歪な形へと膨れ上がり、体中の穴から紫色の生地が肉を突き破って芽吹き始めた。

 

やがて、断末魔の叫びは途絶え、脈動する触手の動きに合わせて、男だった肉体がビクン、ビクンと不自然に反応する程度になった頃、ジュリが小さく手を叩いた。

 

パンちゃんは、ゆっくりと店長だった「モノ」を地面へと下ろした。

硝煙の臭いの中に、濃厚な、そして果てしなく禍々しいアビドス純正糖の甘い香りが漂う。

 

「パンちゃん、ありがとう……助けてくれて」

 

ジュリが巨大な怪物の側面に優しく触れて撫でると、満足したように波打った後、霧のように静かに消えていった。

 

【ジュリ、そろそろ、その男を起こしなさい】

 

幻覚フウカの指示のまま、ジュリは愛銃を構え、地面に転がる店長の胸元と腹部へ、容赦なく一発ずつ銃弾を撃ち込んだ。

 

ドン、ドン、と肉体が跳ねる。

すると、店長だったモノは、錆びついたゼンマイ人形のように、ギギギ……とぎこちない動きでゆっくりと起き上がった。その口や耳、下半身の破れたズボンの隙間からは、何本もの紫色の触手が、まるで生き物のようにうねうねと這い出している。

 

男は、人間の声を失った、機械のような声で呟いた。

 

「ギギギ……ナンナリト……オモウシツケクダサイ……ジュリサマ……」

 

「え……あ、あの……店長さん?」

 

あまりの変貌ぶりに戸惑うジュリに、脳内の幻覚フウカが呆れたように溜息をついた。

 

【あちゃー。手加減を間違えて、人格ごと完全に壊しちゃったわね。まぁ、いいんじゃない? まともに生かしていても碌なことをしない男よ。とりあえず当分は、表に出さないようにして、どこかに飼っておきましょう。お飾り(店長)としては十分だわ】

 

「でも……店長さんが、こんな姿に……」

 

不安そうに眉をひさげるジュリの口元へ、幻覚のフウカが、保管庫から溢れ出た『アビドス純正糖』の塊を、容赦なく、奥深くへとねじ込んだ。

 

「んむぐっ……!?」

 

直後、脳を直接沸騰させるような、かつてない強烈な砂漠の砂糖の快楽が、ジュリの理性を一瞬で消し飛ばした。とろりと視界がピンク色に染まり、店長への罪悪感など、初めから存在しなかったかのように綺麗に霧散していく。

 

【ジュリ、ここに転がしておくとまずいわね。パンちゃんに頼んで、どこか奥へしまっていきなさい】

 

「ふぁい……わかりました、フウカ先輩……♡」

 

ジュリは恍惚とした笑みを浮かべたまま、大きめのパンちゃんを一匹召喚すると、意思を失った店長の人形を丸呑みにさせ、カフェのさらに奥にある、暗い暗い地下倉庫の奥へと向かわせたのだった。

 

 

---

 

 

ゲヘナの夜。ジュリの自室のベッドの上。

部屋には月光だけが静かに差し込み、白いシーツを照らしている。

 

ジュリは、ベッドの上で、幻覚のフウカに強く抱きついた。少し前から、ジュリは眠る前に幻覚の先輩に添い寝を強だり、今ではそれが二人の、甘い日課になっていた。

 

先輩の身体を抱きしめながら、ジュリはふと思う。

 

(目の前の先輩は、私の頭の中の幻覚のはずなのに……どうして、こんなに本物みたいな『質感』があるんだろう……)

 

日に日に、抱きしめる腕に伝わる肉の柔らかさ、その実感が強くなっている。ジュリが不思議そうに問いかけると、幻覚のフウカは、その髪を優しく撫でながら囁いた。

 

「それは、あなたが成長しているからよ、ジュリ。あなたがもっと砂漠の砂糖をたくさん食べて、その『神秘』の力を取り込めば、私(幻覚)はもっと強い力を得て、あなたの前にこうして存在できるの」

 

「でも、先輩……」

 

ジュリは、今日の店長との戦いを思い出し、大きな胸を痛そうに揺らした。

 

「私、今日は店長さんのロボットに、ひどく苦戦してしまいました。それに、いつもならもっとはっきり感じる先輩の姿や気配が、今はなんだか、少し薄くなっているような気がして……」

 

幻覚のフウカの顔から、一瞬、翳りが生じる。

 

「……力を、使いすぎてしまったのよ。あのゴリアテを壊すために、あなたの神秘を無理やり引き出したから。このままでは私、力を失って、あなたの前から消えてしまうかもしれないわ」

 

「嫌です……っ! そんなの、絶対に嫌です、先輩!!」

 

フウカが消える。その恐怖に、純粋なジュリはひどく怯え、大粒の涙を流して懇願した。

 

「どうすれば、先輩を救えますか!? もっと、もっとお砂糖を食べればいいですか!?」

 

「いいえ、違うわ、ジュリ」

 

幻覚のフウカは、首を横に振った。

 

「あなたの肉体は、すでに普通のやり方での『成長の限界値』を迎えているの。これ以上の力を取り込み、私を引き留めるには――必要な『秘術』を受けなければならないわ」

 

「秘術……? 先輩を助けられるなら、私、どんなことでもします!」

 

生真面目で、狂おしいほどの依存を見せる少女に、幻覚のフウカは、その手のひらの上に乗せた、見たこともないほど美しく、妖しく輝く宝石のような【鉱石の欠片(核)】を見せた。そこからは、鼻腔を狂わせるようなアビドス純正糖の、極上の甘い香りが漂っている。

 

「この核の欠片を、あなたの身体に受け入れなさい。そうすれば、私達はずっと、永遠に一緒にいられるわ」

 

「はい……! 快く、受け入れます。でも、どうやってそれを、私の身体の中に入れるんですか?」

 

純粋な瞳で問いかけるジュリ。幻覚のフウカは、ジュリの耳元へと顔を近づけ、その『特別な方法』を、こっそりと耳打ちした。

 

「――っ!?」

 

その瞬間、ジュリの顔は、お弁当のタコさんウィンナーのように、真っ赤に染まった。

大きな胸を上下させ、パタパタと手を振る。

 

「でき、できませんっ! そんな、そんなこと、だってそれは……恋人同士がする、あの行為、そのものです、先輩……っ!」

 

必死に首を振るジュリ。だが、幻覚のフウカの指先が、ジュリの濡れた唇をそっと割り、口内へと滑り込んだ。

 

「私は、すべて知っているのよ、ジュリ」

 

その瞬間、ジュリは、自分自身の深層心理に隠されていた、最も恥ずかしい『真実』を突きつけられた。

 

(私……フウカ先輩に、そんな、ハレンチな恋愛感情を、抱いていたんだ……。先輩と、いつか結ばれて、恋人がするような、あんなことやこんなことをしたいって、ずっと、ずっと思って、欲情していたんだ……!)

 

自分の不謹慎で、はしたない欲情を暴露され、悲しみに顔を歪めるジュリ。

そんなジュリの額に、幻覚のフウカは、自身の額をそっと重ね合わせ、どこまでも甘く囁いた。

 

「――私も、同じよ。ジュリ」

 

「え……?」

 

驚きに目を見開くジュリの耳に、決定的な告白が突き刺さる。

 

「私は、牛牧ジュリを愛しているわ。親愛でも、友愛でもない。一人の男と女のように、恋人として、あなたを愛しているの」

 

ドクン、とジュリの脳内に、幻覚フウカの強烈な『愛の感情』が濁流のように流れ込んできた。目の前のフウカ先輩が、自分と同じくらい、いやそれ以上に自分を激しく愛してくれているという、狂おしいまでの錯覚。

 

ついに、ジュリの堰を切ったように、感情が爆発した。

 

「私も……私も、愛清フウカ先輩を、愛しています……っ! 先輩と、溶け合って、一つになりたいです……!」

 

こうして、二人の少女の白い肢体は、月光が注ぐベッドの上で、激しく求め合い、絡み合い、まるで一枚の美しい彫刻のように重なり合った。

 

「あ、あぁっ……フウカ先輩、フウカ先輩ぃぃっっ!!」

 

何度も何度も、最愛の先輩の名前を叫びながら、弓なりに身体を逸らし、喘ぎ、絶頂を迎えるジュリ。

しかし、ジュリが愛おしそうに、狂ったように抱きしめ、その肉体を貪り合っていたのは――フウカと同じサイズ、同じ重さに調整された、一匹の大きな【パンちゃん】だった。

 

シロップの触手が、ジュリの最も柔らかな場所へと、何度も何度も、ズルリ、ズルリと不気味な音を立てて挿入され、掻き回されている。それを、本物のフウカであると脳を書き換えられたジュリは、涙を流して受け入れていた。

 

そんな哀れな少女の姿を、幻覚のフウカは、フウカ自身の身長よりも高い空中へと浮かび上がりながら、冷酷に、そしてこの上なく愉しげに見下ろしていた。

 

やがて、美しい身体を大きく跳ね上げ、ジュリが絶頂を迎えて果てると、パンちゃんは役目を終えたように、ズルリ……と触手を引き抜き、ベッドの下へと離れていった。

 

ぐったりと横たわるジュリの、汗ばんだ身体。

幻覚のフウカは、ゆっくりと降下し、ジュリの身体を確かめるように、その手で撫でていった。

 

エプロンを外されたジュリの、おへその下。下腹部のあたり。

いつもなら、すんなりと手のひらに収まっていたはずのその場所が、今夜は、ほんのわずかに、外側へと優しい弧を描いて膨らんでいた。

 

手のひらを内側から押し返す、ささやかで、けれど確かな弾力。

じっと息をひそめて、幻覚のフウカがその指先にそっと力を込めると、ジュリ自身の心音とは明らかに違う、ごく微かな、けれど果てしなく禍々しく、力強い命の熱が、

 

ドクン。ドクン。

 

と、掌を伝ってじんわりと肌に染み込んできた。

 

「あはっ……♡ もう、定着を始めているわ。アポピス様の言う通りだわ。本当にあなた達『忘れられた神々』はチョロくて、愚かね」

 

クスクスと、少女の皮を被った怪物の嘲笑が、深夜の部屋に響く。

ジュリの胎内で、不気味な脈動を始めた【核】。それは、彼女が二度と、元の純粋なゲヘナ生には戻れない、地獄への片道切符の始まりだった。

 

「ジュリ、愛しているわ。――あなたは、私達の最高の贄(にえ)よ……」

 

幻覚フウカの邪悪な笑みと、小さな、けれどどこまでもドス黒い笑い声が、深夜の闇へと、深く、深く溶けて消えていった。

 

 

つづく

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