アビドス砂漠の砂糖スレ自作概念置き場   作:砂糖堕ちハナエちゃんの人

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2026/07/01 砂糖スレ先行公開作品

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テレグラフ公開版
https://telegra.ph/%E8%A9%A6%E4%BD%9C%E7%A0%82%E7%B3%96%E5%A0%95%E3%81%A1%E3%83%8F%E3%83%8A%E3%82%A8%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93%E3%81%AE%E3%81%8A%E8%A9%B1-%E3%82%B2%E3%83%98%E3%83%8A%E7%B7%A8%E7%AC%AC10%E8%A9%B1%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%AA5-07-01


第10話ジュリ(5)

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この物語にはトリオ過去編氏(https://te.legra.ph/%E7%A0%82%E6%BC%A0%E3%81%AE%E7%A0%82%E7%B3%96SS-%E3%81%BE%E3%81%A8%E3%82%81-05-15)の作品からオリキャラさんをお借りしています。

 

「小鳥遊ホシノのアリウス勧誘」(https://te.legra.ph/%E5%B0%8F%E9%B3%A5%E9%81%8A%E3%83%9B%E3%82%B7%E3%83%8E%E3%81%AE%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9%E5%8B%A7%E8%AA%98-04-08)

「アリウス勧誘 その後の一幕」(https://te.legra.ph/%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9%E5%8B%A7%E8%AA%98-%E3%81%9D%E3%81%AE%E5%BE%8C%E3%81%AE%E4%B8%80%E5%B9%95-04-17)

「アリウスモブ小隊長≠スバル説」(https://te.legra.ph/%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%A2%E3%83%96%E5%B0%8F%E9%9A%8A%E9%95%B7%E3%82%B9%E3%83%90%E3%83%AB%E8%AA%AC-09-27-2)

 

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ゲヘナ学園の一角に佇む、とあるカフェ。

連日、店の外には長蛇の列ができ、順番を待つ生徒たちの賑やかな声が響き渡っている。

先日の悲しい事故によって店舗は全半壊するという憂き目に遭ったが、有志たちの迅速な手によって、以前よりも遥かに美しく清潔な店舗へと再建を果たしていた。その結果、今の店はかつてない空前の大繁盛を見せている。

 

「ありがとうございました! またお越しください!」

 

営業時間の終了を告げる看板を出し、最後のお客を見送った牛牧ジュリは、充実感に満ちた息を吐き出した。

息つく暇もないほどの忙しさだったはずなのに、不思議と身体に疲れは一切残っていない。それどころか、胸の奥から湧き上がるような、とても心地よい万能感に満たされていた。

 

「ふぅ……今日もたくさんのお客さんが来てくれて、本当に良かったです」

 

ジュリが上気した頬を抑えながら事務所のドアを開けると、そこには当然のように、いつもの「幻覚のフウカ」が待っていた。

 

彼女は事務机に置かれたパソコンの前に立ち、楽しげに画面を眺めている。

 

「フウカ先輩? 何をしているんですか?」

 

「ふふ、忙しいジュリに代わって、私が事務作業をしてあげるわ」

 

ジュリは首を傾げ、ふと生じた小さな疑問を口にした。

 

「でも、先輩……パソコンに触れるんですか?」

 

本来、質量を持たない幻覚が文明の利器に触れられるはずもない。しかし、彼女は誇らしげに胸を張ってみせた。

 

「あのお方の力を借りれば、この程度の機械なんて何とでもなるわ。……ねえ、本物の私(フウカ)には出来ないでしょ、こんな事?」

 

幻覚フウカがその指先でキーボードにそっと触れた瞬間、事務所の空気が一変した。

完全に電源の落ちていたパソコンや周辺機器が一斉に狂ったように起動し、まるで意思を持つ悍ましい生命体のように、目まぐるしく連動し始めたのだ。

 

ガガガッ! ガガガガガッ!

 

激しい駆動音を立てて複合機やレシートプリンターが突然暴走を始める。本日の売上日報、経費の領収書データが、人間の動体視力を置き去りにするほどの超高速で紙として吐き出されていく。

POSレジシステムと連動した画面上では、本日の売上データの数字がまるで狂ったスロットマシンのように猛スピードでカウントアップしていく。

 

『苺のタルト:480個』

『ガトーショコラ:380個』

『砂漠の特製シュークリーム:1,200個』

 

跳ね上がる数字は一瞬で上限に達し、画面中央に【日次確定:完了】の文字が、まるでおぞましい警告灯のように鮮やかな緑色で点灯した。

それだけに留まらない。ブラウザのタブが勝手に何十枚も爆発的に開き、卸業者の専用Webサイト(BtoB発注システム)へと強制接続される。調理場の冷蔵庫や保管庫の正確な在庫数を完全にハッキングしているかのように、明日必要なスイーツの材料が適切な数量で自動的に買い物カゴへ吸い込まれていく。

『生クリーム 150L』『小麦粉 250kg』『最高級発酵バター 80kg』『新鮮な卵(赤玉) 600個』『クーベルチュール・チョコレート 45kg』『大粒イチゴ 80パック』『食用スミレ(エディブルフラワー) 25パック』『バニラビーンズ 50本』――。

次々と「ピピピッ!」「コンプリート!」と、電子的な通知音が事務所に鳴り響いた。

 

同時に、画面の隅ではSNSの自動生成が始まっていた。お店の公式アカウントの投稿画面が開き、今日撮影されたばかりの新作ケーキの画像が、恐ろしい精度で自動補正されていく。「砂漠の砂糖」の魅力を最大限に引き出す完璧な告知文が生成され、適切なハッシュタグ(#おうちカフェ #新作スイーツ #ゲヘナグルメ)と共に、「投稿シェア」のボタンが勝手にクリックされた。グルメサイトや地図アプリに寄せられた星5つのレビューに対しても、血の通わない丁寧な返信文が1秒未満で一斉に書き込まれていく。

 

さらに、今日ジュリが急きょ近所のスーパーに買いに走った調味料のレシートや、代引きで届いた荷物の領収書が、クラウド会計ソフトのフォームへと吸い込まれるように自動入力されていく。勘定科目の「仕入高」や「消耗品費」がまたたく間に自動選択され、瞬時に処理されていく。

 

「すごいです、フウカさん……! まるでお店が生きているみたい! 面倒な事務作業が全部一瞬で終わっちゃいました!」

 

目まぐるしく動くオフィス機器の狂騒を目の当たりにし、ジュリは目を輝かせて純粋な感動の声を上げた。

幻覚フウカは満足そうに深く微笑むと、「さあ、私は次の仕込みの計算をしておくから、あなたは店舗のお掃除をしてきなさい」と優しく促した。

ジュリは何度も丁寧にお礼を言うと、弾むような足取りで片付けのために店舗へと戻っていった。

 

 

 

 

静まり返った店内で、ジュリが鼻歌を交じりにモップがけをしていると、不意に入り口のドアベルが、カランカランと涼やかな音を立てた。

 

「ごめんなさい、今日の営業はもう終了してしまって――」

 

申し訳なさそうに振り返ったジュリはそこに立つ影を見て、あっと声を上げた。

 

「やぁやぁ、ジュリちゃんお疲れ〜。がんばってるねぇ」

 

「ホシノさん!」

 

そこにいたのは、アビドス高校の小鳥遊ホシノだった。

ホシノはピカピカに磨き上げられた店内をぐるりと見渡し、感心したようにオッドアイの細い目を細める。

 

「ジュリちゃんのお店、本当に見違えちゃったねぇ。おじさんびっくりしちゃった」

「はい! すべてはホシノさんとヒナさんのおかげです。まさか、お店の立て直しと改装費用を全額出して頂けるなんて……何とお礼を言っていいか分かりません」

 

ジュリが深く頭を下げると、ホシノはいつもの緩い調子で笑いながら手を振った。

 

「いやいや、これはおじさん達からのちょっとしたお詫びだよ。ジュリちゃんには本当に怖い思いと迷惑をかけちゃったからねぇ……」

 

ホシノの言葉に、ジュリの脳裏にあの日の激しくも胸が締め付けられるような出来事が鮮明に蘇る。

 

 

――それは、事件が解決した直後のことだった。

 

いつもはゲヘナの絶対的な恐怖の象徴である風紀委員長、空崎ヒナが、ジュリの目の前で、信じられないほど深く、深く頭を下げていたのだ。

 

『ジュリ……本当に、本当にごめんなさい……っ』

 

消え入りそうな、今にも泣き出しそうな声で、ヒナは自身の失態を激しく悔いていた。

 

『あなたを狙っている不穏な輩が多く居ることは知っていたわ。だから片っ端から武力で潰して回っていたの。……でも、まさかあなたのお店の店長自身が裏切者だったなんて、気がつかなかった。元カイザーPMC出身の経歴は把握していたのだから、もっと疑ってみるべきだったわ。すべて私の失態よ。私のせいで、あなたを……』

 

小さな肩を痛々しいほど震わせるヒナを見て、ジュリはたまらなくなって慌てて駆け寄った。

 

『ヒナさんは悪くないです! どうか顔を上げてください、そんなにご自分を責めないでください!』

 

ジュリはそのままその場にしゃがみ込み、自分よりもずっと華奢で小柄なヒナの身体を、その豊かな胸でそっと包み込むように強く抱きしめた。

圧倒的な体格差。ジュリの温かい包容力に包まれ、ヒナは驚いたように目を見開いたあと、その温もりに完全に縋り付くようにして言葉を紡いだ。

 

『本当に、あなたは優しい子なのね……。お願い、せめてものお詫びとしてお店の建て替え費用は全部私に出させて。いくらでも出すわ。私の私財をすべて投げ打ってでも……』

 

そこへ、様子を見ていたホシノが「うへぇ」と間の抜けた声を出しながら割り込んできたのだ。

 

『ちょっとちょっと、ヒナちゃんだけにかっこいいところ持っていかせないでよ〜。おじさんにも費用を出させておくれよ。アビドスだって、ジュリちゃんのお菓子にはすっごく感謝してるんだからさ』

 

結局、どちらも一歩も譲らず、最終的にお店の建て替え費用はヒナとホシノの二人が全額を折半して負担することになったのだった。

 

過去の回想から意識を戻したジュリに、ホシノは楽しげに語りかける。

 

「お店の雰囲気も、前とはガラリと変わって良い感じだねぇ」

「そうなんです! ホシノさんが紹介してくださった、ワイルドハント芸術学院の皆さんがトータルプロデュースしてくださったんですよ。お店全体が『童話に出てくる魔女のお菓子の家』をイメージしているんですけど、子供っぽくなりすぎないように、アンティーク調の少しダークで大人っぽいお洒落な雰囲気も混ぜてあって……。オカルト研究会の皆さんがその店内イメージと、私たちの新しい衣装を考えてくださったんです。特にこの衣装はレナさんが担当してくださったんですけど、すっごくお気に入りなんです! 特殊交易部のミヨさんたちは全体のアイデア出しのほかに、普通じゃ絶対に手に入らないようなヴィンテージの調度品とか、貴重なアンティーク品をたくさん調達してくださって。お客様からも、雰囲気がとってもシックで大人っぽくなったって大好評なんですよ!」

 

ジュリの純粋な報告を聞き、ホシノは満足そうに喉を鳴らした。

 

「それは良かった。ミヨちゃんたちには、あとで美味しいご褒美をたっぷりあげなきゃねぇ。……おっと、それでね」

「あ、はい。ところで今日はどんなご用件ですか? ホシノさんお一人なんですか?」

 

いつもならホシノの隣に居るゲヘナの風紀委員長の姿が見当たらない。ジュリが不思議そうに周囲をキョロキョロと見回すと、ホシノはどこか意味深に微笑んだ。

 

「今日はヒナちゃんは居ないよ。ジュリちゃんに、ちょっと大切な大事なお話があっておじさん一人で来たんだ。……少し、テーブル席を借りてもいいかな?」

 

「はい、もちろんです! どうぞ、こちらへ!」

 

ジュリは掃除したばかりのピカピカなテーブル席へとホシノを案内した。

二人が向かい合って座ると、ホシノは懐から重厚なクリアファイルを取り出し、机の上にスッと滑らせた。

 

「それで、大事なお話というのは……?」

「これだよ。見てみて」

 

ジュリが差し出された書類に目を落とすと、そこには大きな文字が躍っていた。

 

「『キヴォトスふるさと物産展』……ですか?」

「そう。これにうちのアビドスも出店しようと思ってね。で、本命のイベントにもエントリーしようと思うんだ」

 

ホシノがもう一枚の、より華やかな書類を重ねる。

そこには『キヴォトス・グルメ&クラフト・マイスター決定戦(通称:キヴォトス名産品総選挙)』と書かれていた。

これは来場者のアンケート審査とイベント内での圧倒的な売上によってその年の名産品No.1王者を決める、キヴォトス中が熱狂する一大コンテストだ。

ここ数年は、百鬼夜行連合学院の「百夜堂」がその座を独占し、連覇を果たしている。

 

「昔はアビドスも出場していて、優勝したこともあるらしいんだけどね。ここ10年くらいは砂に埋もれて、参加すらしていなくてさ。……でも、今の私たちは『砂漠の砂糖』を手に入れて完全に生まれ変わった。アビドスの名をキヴォトス中に轟かせるには、これ以上ない格好の舞台だと思ったんだよね」

 

ホシノの声音から、いつもの気の抜けた調子が完全に消え失せた。底知れない魔王のような眼差しが、ジュリを真っ直ぐに射抜く。

 

「ジュリちゃん。アビドス高校の出店を、手伝ってほしいんだ。砂漠の砂糖と、ジュリちゃんの天才的なスイーツがあれば――私たちは絶対に勝てる」

「えっ……私が、ですか!?」

 

ジュリは驚き、思わず自らの胸に手を当てた。

 

「ホシノさん、私が参加しても良いのですか? 私はゲヘナの生徒です。こういった自治区ごとのコンテストには、他校の生徒は出場できないルールがあるような気がするのですが……」

 

書類の参加条件の欄には、確かに「その自治区の生徒・住人・企業(学校)が参加し、作る事」と冷徹に明記されている。だが、ホシノは「うへえ、心配性だねぇ」といたずらっぽく笑い飛ばした。

 

「大丈夫、そこはハナコちゃんと一緒に裏をかいておいたから。事務局に確認したらね、『アドバイザーや技術指導のお手伝いなら可能』だってさ。当日のお手伝いも、人数や比率の制限さえ守れば問題ないって。だからね、ジュリちゃんにはアビドスの生徒たちへの『スイーツメニューの考案』と『お菓子作りの指導・監督』の総責任者を頼みたいんだ」

「なるほど……指導と監督、ですか。わかりました! ですが、ホシノさんにお菓子作りを教えればいいのでしょうか? ホシノさんお一人で参加されるのですか?」

 

ジュリの疑問に、ホシノはくすくすと首を横に振った。

 

「まさか! おじさん一人じゃ手が砂糖まみれになっちゃうよ。教えてあげてほしいのはおじさんじゃなくて、別の子たちなんだ。――みんな~、入っておいで~」

 

ホシノが入り口に向かって優しく手を叩くと、カラン……と、ドアベルがかすかに、囁くような小さな音を立てた。

ほとんど気配すらさせず開いた扉から滑り込むように姿を現したのは、純白のフード付きコートを羽織り、不気味なガスマスクを装着した少女たちだった。

ザッ、ザッ、ザッ、と音を立てない完璧な統率のもと、規律の取れた動きで店内に進入し、ホシノたちのすぐ横で、ビシッと静かに完璧な敬礼を捧げる。

 

「うへえ、相変わらず硬い硬い。楽にしていいよぉ〜」

 

ホシノが緊張をほぐすように言うと、少女たちは一斉に流れるような動作で「休め」の姿勢を取った。

唖然とするジュリに対し、ホシノは優しく説明を続ける。

 

「この子たちはアリウス小隊。アリウス分校っていう、ちょっと暗くて地獄みたいな学校にいたんだけどね、おじさん達のためにアビドスへ転校してきてくれたんだ」

 

少女たちの中から、ひときわ堂々とした、隙のない佇まいの少女が一歩前に出た。どうやら彼女がこの部隊の指揮官のようだ。

 

「紹介するね。この子は小隊長ちゃん。このアリウス小隊のまとめ役なんだ。本当はちゃんとした名前があるんだけど、本人の強い希望でみんなからは『小隊長』って呼ばれてるから、ジュリちゃんもそう呼んであげてね」

 

小隊長と呼ばれた少女は、微動だにしない隙のない佇まいで、低く冷徹な、そして歴戦の指揮官としての重みを湛えた声音で自己紹介をした。

 

「私はホシノ様に仕え、アビドスのためにすべてを捧げて働いている、この部隊の小隊長だ。小隊長と呼んでくれ」

 

「よ、よろしくお願いします、小隊長さん……!」

 

ジュリは少し圧倒されながらも、丁寧に頭を下げた。するとホシノは、楽しげに両手を叩いて微笑んだ。

 

「うんうん、良い挨拶だね。それじゃあ今度は、おじさんからみんなに紹介するね」

 

ホシノはジュリの肩を優しくポンと叩き、小隊の少女たちを見つめた。

 

「小隊長ちゃん、小隊のみんな。この子は牛牧ジュリちゃん。ヒナちゃんと共にゲヘナで砂漠の砂糖の素晴らしさを広めてくれている、とっても優秀な子なんだ。みんなもいつもお世話になってるでしょ? 戦闘増加食や、任務達成記念の『スイパラタイム』でおじさんが配ってる激ウマスイーツ。あれ、全部このジュリちゃんが作ってくれてるんだよ」

 

ホシノがそう紹介した瞬間、それまで鉄の規律を保っていたアリウス小隊の少女たちの空気が、爆発したように色めき立った。

 

「うそ……!? あの、食べると天国に行けるようなチョコレートも!?」

 

「本当に……!? 信じられない、実在したなんて……!」

 

「じゃあ、このお方が……ハナコ様が仰っていた、あの……」

 

「『スイーツの女神』……『お菓子の魔女様』だ……!」

 

ざわざわと狂おしいほどに湧き立つ部下たちを前に、小隊長もまた、マスクの奥の目を大きく見開いて驚愕していた。

 

「ほぉ……お前があの……」

 

小隊長は一歩踏み出すと、恭しく、しかし両手でしっかりとジュリの手を握りしめた。

 

「ジュリ、いつも本当に、本当にありがとう。お前の作る至高のスイーツのおかげで、我々はこれまで幾度も過酷な任務や、飢えに震える苦しい戦いを生き延びてこられた。小隊の全員を代表して、心から感謝している」

 

小隊長の背後では、もはや感情のダムが決壊したアリウスの少女たちが、その場に次々と膝を突き、まるで本物の救世主を迎えた敬虔な信者のように、ジュリに向かって祈りを捧げ始めていた。

 

「魔女様……! 女神様……! いつも慈悲深いお菓子をありがとうございます……っ!」

 

「うう、あんなに甘くて、脳が溶けるほど素晴らしいものを……! 私たちは、あの味を知って初めて、本当に生きている実感が湧いたのです……!」

 

「かつてのアリウスでの地獄のような日々を思えば、今の私たちは本当に救われました……っ! あなたの作ったあの温かいお菓子が、私たちの新しい光です! あんなに美味しいものを食べさせていただけるなら、私たちはホシノ様のためにも、あなたのためにも、いくらでも戦えます!」

 

「お菓子の魔女様……! どうか、どうか私たちの祈りをお受け取りください……っ!」

 

ガスマスクのフィルターから漏れる吐息は激しく震え、少女たちは互いに身を寄せ合いながら、すがるようにジュリを見上げている。分厚い防毒マスクのレンズ越しからでも、彼女たちが歓喜と至福の涙をボロボロと流しているのがはっきりと分かった。

かつて憎悪と暴力しか教えられなかった少女たちにとって、ジュリの生み出す「砂漠の砂糖」のスイーツは、過去のトラウマを塗りつぶすほどの絶対的な救済だったのだ。

 

「わ、私の方こそ、そんなに喜んでいただけるなんて……えへへ、なんだか照れちゃいます」

 

これほど真っ直ぐに、かつ狂信的に自らの料理(スイーツ)を全肯定された経験のないジュリは、嬉しさと猛烈な気恥ずかしさで顔を林檎のように真っ赤にして照れてしまった。

 

「うんうん、とっても感動的な場面だねぇ」

 

ホシノは満足そうに頷くと、パンパンと手を叩いて場の空気をポップに切り替えた。

 

「――そんなわけでね、お菓子作りを教えてあげてほしいのはこの子たちなんだ。この子たちはね、かつて悪い大人に抑圧されて、地獄みたいな日々を送ってきたんだよ。だからジュリちゃんには、お菓子作りを通じて、この世界にはこんなに平和で幸せな時間があるんだってことを、その優しい手で教えてあげてほしいんだ」

 

ホシノの言葉の裏にある「救済」と「洗脳」の意図を感じ取り、ジュリは胸を熱くして拳を握りしめた。

 

「はい! お任せください、ホシノさん! 私、精一杯、心を込めて頑張ります!」

 

「ありがと。……というわけで、みんな」

 

ホシノはアリウス小隊の面々に向き直り、人差し指を立てた。

 

「明日からのゲヘナ出向だけど、ヒナちゃんの下で風紀委員会との合同訓練をこなす他にもう一つ、絶対に失敗できない大事な任務があるっておじさん言ったよね? それがこれ。ジュリちゃんの身辺警護を完璧にこなしつつ、みんなで楽しくお菓子や料理作りを学んでくること! 報酬は楽しいお菓子作りの時間と、その場での試食! それに、余ったお菓子は自由に、好きなだけ持って帰って食べていいからね〜」

 

その破格の報酬が告げられた瞬間、アリウス小隊の少女たちは、先ほどまでの冷徹な軍人のような統率を完全に忘れてパチパチと激しく歓声を上げた。

 

「お、お菓子を……あんなに甘いものを、自分たちで売るほど作って食べても良いのですか!?」

 

「好きなだけ持って帰っていいって、本当ですかホシノ様!?」

 

「毎日あの至高の味に包まれて過ごせるなんて……ここは天国か何かなのか……っ!」

 

「自分たちの手で、あの『奇跡』を再現させてもらえるなんて……! こんなに名誉な任務、命に代えてもやり遂げてみせます!」

 

興奮のあまりガスマスクのフィルターを激しく上下させ、少女たちはまるでお祭りの夜を迎えた子供のようにお互いの肩を叩き合って喜びを爆発させている。

それまで鉄の規律で縛られていたはずの店内(客席)が一瞬にして華やかな歓喜の渦に包まれ彼女たちの瞳はこれまでにないほどの純粋な輝きを放っていた。

 

「わ、わわっ……!? え、ええと……は、はいっ! もちろんですよ……!」

 

アリウスの少女たちのあまりの狂信的な喜びっぷりに、ジュリは完全に気圧され、両手をパタパタとさせながら目を丸くしている。

 

そんなジュリの困惑した様子を、隣で見ていたホシノは楽しそうにくすくすと笑った。

 

「ね、ジュリちゃん。いいんだよね?」とホシノが愛らしく目配せをする。

 

「あ、はい……! えっと、あの……調理中は味見とかの試食が毎回ありますし、新しい試作品を作ったら皆さんにたくさん食べてもらうことになります、から……! それにたくさん作って余っちゃったお菓子や、少し形が崩れちゃったものも、全部自由に持って帰っていただいて全然構いません!」

 

最初はドギマギしていたジュリだったが、お菓子の話になるといつもの優しい笑顔が戻り、元気に太鼓判を押した。

 

 

その様子を見た小隊長が、慌てて声を荒げて釘を刺した。

 

「おい、お前たち! あまり調子に乗って食べ過ぎるなよ! もし食べ過ぎて動けなくなり、ヒナ様の命令や、ジュリの重要な警護任務に支障をきたすようなことがあれば――容赦なく徹底的にしごき上げるからな!」

 

厳しい言葉で部下を震え上がらせる小隊長だったが、その声のトーンは明らかに浮ついており、マスクの奥の目元がデレデレに緩んでいるのをジュリは見逃さなかった。

 

「良かった、みんなすぐに打ち解けてくれて」

 

ホシノは安堵したように微笑んでいる。ジュリは、明日からこのお店がさらに賑やかで、とても素晴らしい場所になるに違いないと、胸を深く躍らせるのだった。

 

---

 

翌日から、さっそくジュリの主導による「アリウス小隊お菓子作り教室」の幕が上がった。

 

ですが、調理場に入る前にジュリはひとつ、彼女たちにお願いをした。

 

「みなさん、調理場はとっても清潔にする必要があるので、その……ガスマスクを外して、このエプロンを付けていただけますか?」

 

ジュリが差し出したのは、可愛らしいフリルや刺繍のついた清潔なエプロンだった。その瞬間、アリウスの少女たちの間に緊張が走る。

 

「マ、マスクを外す……!? 素顔を晒して調理に臨むというのですか……っ!」

 

「それにこの……エプロンという防具……我々のような者が、このような可憐なものを身に纏ってもよろしいのでしょうか……」

 

戦場を生き抜いてきた彼女たちにとって、マスクを外すことは最大の無防備を意味し、可愛いエプロンは未知の装備だった。

お互いにおどおどと顔を見合わせ、どうしていいか分からず固まってしまう少女たち。

 

そんな部下たちの動揺を察し、小隊長が一歩前に出た。

 

「……皆、静粛に。ジュリの言う通りだ。衛生管理もまた、完璧な調理任務を遂行するための規律の一部。――まずは、私から外そう」

 

小隊長は迷いのない動きでガスマスクのロックを解除し、プシューとエアーの抜ける音と共に、静かにそれを取り外した。

マスクの下から現れたのは、これまでの過酷な戦いを物語る凛とした涼しげな目元と、しかしどこかあどけなさの残る端正な少女の素顔だった。

 

「ジュリ、よろしく頼む。我々に新しい規律を教えてくれ」

 

彼女が自らエプロンを手に取って身に付けると、ジュリは嬉しそうに微笑んでその前に歩み寄った。

 

「はい! こちらこそよろしくお願いします。……ほら、とってもよく似合っていますよ!」

 

ジュリが優しく微笑みながら、小隊長の腰の後ろでエプロンのリボンをちょこんと結んであげる。

その瞬間、小隊長の身体がビクッと強張った。後ろから包み込まれるようなジュリの温もりと、甘いシャンプーの香りが鼻腔をくすぐり、さらに純白のフリルが自分の体を飾っているという気恥ずかしさが一気に押し寄せる。

 

「う、む……か、感謝、する……っ」

 

先ほどまでの低く冷徹な声音はどこへやら、小隊長は一瞬にして耳の裏まで真っ赤に染め上げ、視線を激しく泳がせた。

あまりの破壊力に、胸元に手を当てて小さく呼吸を整えている。

 

そのあまりにも可愛らしい小隊長の姿と、調理場の温かい雰囲気に背中を押され、残された少女たちの警戒心も完全に融解した。

 

「しょ、小隊長がそこまで言うなら……!」

 

「私たちも……! ジュリ様、失礼します……っ!」

 

意を決したように、一人、また一人と静かにガスマスクを取り外していく。

マスクの下から現れたのは、どこにでもいるような、少しはにかんだ、年相応の少女たちの素顔だった。

お互いのエプロン姿を見て「似合う、かな……?」「凄く可愛いよ……!」と、頬を赤らめながら小さくキャッキャと引きつった声を上げている。

 

「よし、準備万端ですね! みなさん、まずは小麦粉を、こうして高い位置からしっかりとふるいにかけます。こうすることで、空気が含まれてダマにならずに、ふっくら焼き上がるんですよ!」

 

「は、はい! ふるいにかける……これでよろしいでしょうか、ジュリ様! 全力を尽くします!」

 

「うん、とっても上手です! 次は卵を白身と黄身に、優しく分けていきましょうね」

 

調理場には、アリウスの少女たちの元気でハキハキとした声が響いていた。

これまで銃や爆薬、血塗られたナイフしか握ってこなかった彼女たちにとって、ピカピカに輝く泡立て器やゴムベラといった製菓器具は、まるで未知の魔法の道具だ。

 

「ジュリ様! この『最高級発酵バター』の計量、コンマ数グラムの狂いもなく正確に完了いたしました!」

 

「この生クリームを混ぜる速度は、毎分何回転を目安にすればよろしいでしょうか……!?」

 

「あわわ、力加減が難しいです……! 卵を潰してしまいそうで……っ!」

 

「ふふ、大丈夫ですよ。そんなに軍隊の任務みたいに緊張しなくて大丈夫ですからね。ゆっくり、手首のスナップを柔らかくきかせる感じで……そう、その調子です!」

 

最初は壊れ物を扱うように、あるいは爆発物の信管でも抜くかのように恐る恐る触れていた少女たちだったが、ジュリが隣で優しく丁寧に包み込むような声で指導していくうちに、その手元から少しずつ硬さが抜けていく。

 

「や、やました! 見てください、綺麗に混ざりました!」

 

「凄い、オーブンから信じられないくらい良い香りが漂ってきます……! これが、私たちが今から作るお菓子の匂い……!」

 

素顔になった少女たちは、オーブンの前で目を丸くし、うっとりとその甘い香りに胸を躍らせていた。

頬をほんのりピンク色に染めながら、初めて見る材料や調理器具に目をキラキラと輝かせ、心の底から楽しそうにする少女たち。

かつて硝煙と鉄錆の味しか知らなかった彼女たちの調理場は今、甘い幸福の香りと、隠しきれない純粋な笑顔で満たされていた。

 

 

 

 

 

 

そんな賑わうカフェの調理場の様子を、薄暗い事務所の影から、邪悪極まりない歪んだ笑みを浮かべて見つめる者がいた。

 

「ふふふ……、アリウス小隊、ね……」

 

砂糖の幻覚――フウカの姿をしたナニカが、狂気に満ちた、どろりとした声を漏らす。

 

「アポピス様も、必要なら使い潰して構わないって仰ってくださったし……。ふふ、これもなかなか、いい動きをしてくれそうな、最高に便利な『駒』たちね……」

 

少女たちの無邪気な笑い声の裏で、どろりとした破滅の悪意が、静かにその輪を広げていた。

 

(続く)

 

 

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