アビドス砂漠の砂糖スレ自作概念置き場 作:砂糖堕ちハナエちゃんの人
本文の装飾や美酒性が出来てない為、読みづらい場合はテレグラフ公開版を見る事をお勧めします。
テレグラフ公開版(容量オーバーの為、前後編に分かれています)
前編
https://telegra.ph/%E8%A9%A6%E4%BD%9C%E7%A0%82%E7%B3%96%E5%A0%95%E3%81%A1%E3%83%8F%E3%83%8A%E3%82%A8%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93%E3%81%AE%E3%81%8A%E8%A9%B1-%E3%82%B2%E3%83%98%E3%83%8A%E7%B7%A8%E7%AC%AC11%E8%A9%B1-%E7%BE%8E%E9%A3%9F%E7%A0%94%E7%A9%B6%E4%BC%9A1%E5%89%8D%E7%B7%A8-07-05
後編
https://telegra.ph/%E8%A9%A6%E4%BD%9C%E7%A0%82%E7%B3%96%E5%A0%95%E3%81%A1%E3%83%8F%E3%83%8A%E3%82%A8%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93%E3%81%AE%E3%81%8A%E8%A9%B1-%E3%82%B2%E3%83%98%E3%83%8A%E7%B7%A8%E7%AC%AC11%E8%A9%B1-%E7%BE%8E%E9%A3%9F%E7%A0%94%E7%A9%B6%E4%BC%9A1%E5%BE%8C%E7%B7%A8-07-05
----------
このお話は無能の司祭A氏(むのしさ氏)の砂漠の砂糖SSゲヘナ編をベースに作成しており、以下該当作品から設定や台詞や表現・情景描写を多く引用しております。
1話 ハルナ回
https://telegra.ph/%E3%82%B2%E3%83%98%E3%83%8A%E7%B7%A8-%EF%BC%91%E8%A9%B1-09-28
2.5話 ジュンコ回
https://telegra.ph/%E3%82%B2%E3%83%98%E3%83%8A%E7%B7%A8-%EF%BC%92%EF%BC%95%E8%A9%B1-10-16
番外小話 荒天の霹靂
https://telegra.ph/%E8%8D%92%E5%A4%A9%E3%81%AE%E9%9C%B9%E9%9D%82-03-02
※この物語にはトリオ過去編氏(https://te.legra.ph/%E7%A0%82%E6%BC%A0%E3%81%AE%E7%A0%82%E7%B3%96SS-%E3%81%BE%E3%81%A8%E3%82%81-05-15)の作品からオリキャラさんをお借りしています。
「小鳥遊ホシノのアリウス勧誘」(https://te.legra.ph/%E5%B0%8F%E9%B3%A5%E9%81%8A%E3%83%9B%E3%82%B7%E3%83%8E%E3%81%AE%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9%E5%8B%A7%E8%AA%98-04-08)
「アリウス勧誘 その後の一幕」(https://te.legra.ph/%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9%E5%8B%A7%E8%AA%98-%E3%81%9D%E3%81%AE%E5%BE%8C%E3%81%AE%E4%B8%80%E5%B9%95-04-17)
「アリウスモブ小隊長≠スバル説」(https://te.legra.ph/%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%A2%E3%83%96%E5%B0%8F%E9%9A%8A%E9%95%B7%E3%82%B9%E3%83%90%E3%83%AB%E8%AA%AC-09-27-2)
--------
高級ホテルの最上階に位置する、重厚な木目調と堅牢な石造りが調和した豪奢なラウンジ。
窓の外に広がる、昼間でもどこか殺風景なゲヘナの荒涼とした街並みをバックに、美食研究会会長・黒舘ハルナは優雅にティーカップを傾け、お気に入りの席でその話を切り出した。
「奇蹟のパンケーキのあるカフェ、ですか?」
「ええ、今ゲヘナのグルメ通の間で、にわかに話題になっているスイーツカフェ店なのです☆」
うっとりと恍惚な表情を浮かべて語るのは、メンバーの鰐淵アカリである。長い金髪を揺らし、胸の前で両手を合わせて言葉を続ける。
「安価ながら高級スイーツ店を遥かに上回る美味しさを誇る商品を数多く販売、提供しているカフェだそうで……。特に看板メニューのパンケーキはとても甘くて芳醇で、一口食べれば天高く昇り、空を舞うような多幸感を与えてくださる、まさに『奇蹟』と呼べるパンケーキなのです」
「知らなかったよ。いつの間にそんなお店が出来たの?」
驚いた表情を浮かべて質問をするのは、同じくメンバーの獅子堂イズミだ。テーブルに身を乗り出し、興味津々といった様子で目を輝かせる。
「お店自体は以前から存在していましたが、ここ最近になって急激に話題になったようです。以前はどこにでもある普通の、パッとしないカフェだったのですが……従業員が変わったとか、材料の仕入れ先が変わったとか、巷では色々噂があるそうですわ」
アカリの説明を聞きながら、ハルナは手元に視線を落とし、小さく息を吐いた。
「近頃は風紀委員会による取り締まりが一段と苛烈さを増し、私たちの気高き美食探訪にも少なからず支障が出ていましたからね。一般の生徒たちのようにただ怯えて過ごすだけの日々など、退屈極まりありませんわ」
「その通りです。美食研究会たる者が、その道の修練を疎かにするなど決してあってはならない事。凶暴化した風紀委員たちを上手く撒けるようになった今こそ、遅れを取り戻す時なのです」
アカリはどこか挑戦的な笑みを浮かべ、さらにとっておきの情報を付け足した。
「さらにこのお店、今では珍しい、私たちも参加できる『食べ放題コース』もあるんです☆」
「ええっ!?それ本当っ!?」
イズミが本日一番の声を上げる。
ハルナもまた、意外そうに目を丸くした。
「ゲヘナにまだ、そのような度量のあるお店が残っていましたの?どこへ行っても『美食研究会(特に鰐淵アカリ様)は対象外』などと、私たちの情熱を拒絶する心の狭い店ばかりでしたのに。……そうした無礼な店をその都度爆破して教訓を与えるのも、流石に少しばかり手間でしたわ」
「事前に電話で確認しました。時間制限と食残行為禁止以外、特に制限はないそうです。久しぶりの食べ放題、お店に最大の敬意を示すためにも、私たちで在庫をすべて平らげてしまいましょう☆」
「やったぁ〜食べ放題〜〜!私も行くよ〜!あっ、ハルナ、こないだ風紀委員たちに襲われたとき、また私を囮にして見捨てて逃げたんだから今回は奢ってよね!」
イズミが頬を膨らませて抗議すると、ハルナは上品に微笑んで頷いた。
「ええ、先日はイズミさんのおかげで無事逃げおおせましたし、会長であるこの私がイズミさんの飲食費を出しましょう。美食のための投資ですわ」
「わ〜いっ!!ハルナのお金で食べるパンケーキ最高ぉぉっ!」
イズミは両手を叩いて無邪気に飛び跳ねると、すでに頭の中でパンケーキを山ほど平らげているのか、口元を緩ませてじゅるりと涎をすすった。
その尾ヒレのような髪飾りが、彼女の弾むような喜びを代弁するようにぴこぴこと嬉しそうに揺れている。
「というわけで、ジュンコさんも如何ですか?」
ハルナ、アカリ、イズミの視線が、美食研究会メンバー最年少の赤司ジュンコに集まる。
ずっと黙って聞いていたジュンコは、我慢しきれないといった様子で拳を突き上げた。
「もっちろん、行くに決まってるでしょー!!待ってなさいよ奇蹟のパンケーキ!!」
「では皆さん、最高の一皿に出会うために参りましょう」
ハルナの言葉に、アカリ、イズミ、ジュンコが勢いよく応じる。
「「「おー!!」」」
豪奢なラウンジに響き渡った少女たちの勝鬨は、昼下がりのゲヘナの青空へと溶けていく。
賑やかな足音が遠ざかり、高級ホテルには再び、何事もなかったかのような静寂が戻っていった。
それから、わずかに時間を置いて。
ホテルから数ブロック離れた、荒涼としたストリートの片隅。
燦々と降り注ぐ白日の陽光が、そこに佇むとあるカフェの窓を白く反射させていた。
自動ドアが一瞬だけ開閉し、通りへと漂い出るのは、香ばしく、そしてどこか過剰なまでに甘い焼き菓子の香り。
表通りののどかな空気から遮断されたかのような、そのカフェの奥――
一際慌ただしく熱気が満ちる厨房の、フライパンが触れ合う喧騒の中。
「ジュリ、今いいか?」
「小隊長さん?どうされましたか」
カフェの厨房で、忙しく立ち働いていた牛牧ジュリは、声をかけられて振り返った。
そこに立っていたのは、アビドス高等学校へと籍を移した、元アリウス分校の小隊長だった。
彼女は現在、風紀委員長の空崎ヒナ、およびアビドスの小鳥遊ホシノから要請を受け、ジュリが持っている大量の高純度の砂糖を狙ったならず者たちからジュリの身辺を警護する任務を兼ねてこの店で働いている。
給仕(ウェイター)姿として、体にフィットした黒いベストとスラックスを纏っている長身ですらりとしたシルエット、中性的な顔立ちに怜悧な瞳を宿したその佇まいは、まさに「男装の麗人」そのものだった。
実は彼女、その容姿とぶれない立ち振る舞いから、来店するゲヘナ学園の生徒たちから非常にモテていた。
彼女にお冷を注いでもらいたいがために頻繁に通う隠れファンや、裏では非公認のファンクラブまで設立されているほどの人気っぷりなのだが、本人は「ただの仕事だ」と全く自覚がない。
そんな、普段なら店内の少女たちの視線を独占しているはずの小隊長は今はガスマスクを外した素顔のまま、いつも以上に真剣な面持ちでジュリに告げた
「店の表に、美食研究会が来ている」
「美食研究会の皆さんがですか……?」
ジュリの手が止まる。
すると、小隊長はずいっとジュリの顔に、吐息が触れるほどの距離まで顔を近づけた。端正な顔立ちが目前に迫り、ジュリは思わず固まる。
「ジュリ、お前の給食部と美食研究会との因縁は、風紀委員長のヒナ様から聞いている。お前が奴らを『招かざる客』とするなら、我々アリウス小隊が全力でお前の盾となり、排除するが……どうする?」
冷徹な、しかし明確にジュリを守ろうとする小隊長の言葉。ジュリがどう答えるべきか迷い、視線を落としたその時だった。
【駄目よジュリ、ハルナ達を追い払うなんていけないわ】
耳元で、優しく、幻覚フウカの慈愛に満ちた声が響く。
「でも……本当に大丈夫なのですか?あの人たちは、普通のお店でも爆破してしまうのに……」
ジュリが心の中で問いかけると、幻覚のフウカはジュリの頬を包み込むようにして、甘く囁きかけた。
【あなたの料理の腕と、あの素晴らしい砂漠の砂糖の力を信じなさい。きっとあの子達も、あなたの作ったスイーツを気に入ってくれるはずよ】
「……はい、フウカ部長」
ジュリが虚ろな目を瞬かせ、意識を現実の厨房へと戻すと、小隊長がじっと彼女の顔を見つめていた。
射抜くような視線に思わずドキリとするジュリに対し、小隊長は静かに声をかける。
「ジュリ、お前の幻覚(ゴースト)との対話は済んだか?」
「は、はい……」
「では聞かせてくれ。お前はどうしたい?お前の幻覚(ゴースト)は何と囁いている?」
ジュリは小さく息を吸い込み、自らの意志として告げた。美食研究会の面々を、拒絶するのではなく、通常の客として店に招き、自分の料理を食べてもらいたいのだ、と。
「……それがお前の魂の選択なんだな。わかった、お前の意志を尊重しよう」
小隊長が納得したその瞬間、彼女の腰に据え付けられた無線機がピーとけたたましく鳴った。
『小隊長、外の受付対応担当より報告。美食研究会御一行の順番が来ました。店内に案内してよろしいでしょうか?指示を乞う』
小隊長は即座に無線機のスイッチを押し、冷徹に命じる。
「こちら小隊長。ジュリが美食研究会を通常の客として認めた。何の問題もない、通常通りの対応で中に通せ。以上だ」
無線を切ると、小隊長はジュリを見た。
「美食研究会の奴らが店に入る。ジュリ、対応を任せられるか?」
「はい、お任せください」
ジュリは、オーダーを取るためのペン付き小型バインダー――伝票(お会計バインダー)を手に取り、4つのグラスが載った丸トレイを軽々と持ち上げると店内へと足を踏み出し、案内されたボックス席へと向かった。
「いらっしゃいませ、ようこそカフェへ。ご注文がお決まりでしたら、お伺いいたします」
落ち着いた、いつも通りの丁寧な接客でジュリが声をかける。
だが、その顔を見た美食研究会の4人は、まさかここで給食部のジュリが働いているとは思わず、文字通り四者四様な驚き方を見せた。
ハルナは、優雅に組んでいた足を一瞬だけほどき、信じられないものを見るように目を細めた。
「おや……?ジュリさん?何故あなたがゲヘナの給食部ではなく、このような場所に?」
アカリは、いつも崩さない笑顔のまま、一瞬だけぴきりとその表情を凍らせた。
「あらあら……これは驚きました。まさか噂のカフェのスタッフが、あなただったなんて」
イズミは、驚きつつも純粋に嬉しそうに身を乗り出した。
「あ、ジュリじゃん!給食部のほかにもバイトしてるって聞いてたけど、このお店だったんだ〜!」
ジュンコは、座席から文字通り飛び上がりそうなほど激しく動揺した。
「じゅ、ジュリぃぃぃっ!?なんでアンタがここに居るのよ!?というか、まさかこの店の料理って、アンタが作って――」
顔を引きつらせて絶叫するジュンコに対し、ジュリはそんな彼女たちの困惑や危機感には全く気づかない様子で、おっとりと小首を傾げた。
「はい、実はご縁があって、こちらで働かせていただき厨房もお任せいただいているんです。なので、お店の料理はほぼすべて私が作っているんですよ」
個人的にジュリと仲の良いイズミが「へぇー、全然知らなかったよ!」と呑気に話している横で、ジュンコは強い危機感を覚え、ハルナとアカリの方へガタガタと椅子を寄せて小声で囁いた。
「ね、ねぇ!本当にここのパンケーキであってるの!?あのジュリが作ってるんだよ!?ヤバいって、絶対に何か動くクリーチャーとかが出てくるって!」
「いざとなったら、いつものようにイズミさんに全部押し付けましょうか?」
「ちょっとアカリ、アンタ悪魔か何かなの!?」
ジュンコとアカリのヒソヒソ話に、ハルナが毅然とした態度で口を挟んだ。
「駄目ですよ、ジュンコさん、アカリさん。そんな偏見は美食家として恥ずべき行為です」
ハルナは二人を窘めると、真剣な眼差しでジュリを見つめた。
「私は知っているのです。ジュリさんが生まれ変わり、普通に、いえ、普通以上に素晴らしい料理を作れるようになったことを」
「そういえばハルナ、以前ジュリの料理を食べたって言っていましたね?」アカリが小首を傾げる。
ハルナは、あの時の感動を思い出すように、恍惚と目を輝かせた。
「ええ……あの瞬間、私はジュリさんが美食へと生まれ変わる奇跡の瞬間に立ち会えたのです」
ハルナは席から立ち上がり、ジュリと正面から向き合った。
「ジュリさん。この間私が食べたあなたの料理は、まだ粗削りで完成には程遠い代物でした。しかし、このお店の噂を聞けば、このパンケーキこそがあなたの美食の頂点、完成形だと私には分かりますのよ。さあ、ジュリさん!あなたが極めたあなただけの美食道、その全てを私たちにお見せなさい!」
ハルナは卓上のメニュー表をビシッと指差し、堂々と宣言した。
「このお店の看板メニューのパンケーキ、4人分お願いしますわ!」
そんなハルナの熱い意気込みを、ジュリはいつもの穏やかな笑顔で受け止め、嬉しそうに伝票にペンを走らせる。
「はい! ありがとうございます。枚数は何段になさいますか?」
メニューによれば、パンケーキは5段重ね、10段重ね、そして最高の15段重ねの三種類から選べるようになっている。
ハルナは不敵に微笑み、迷うことなく言い放った。
「もちろん、15段重ねですわっ!!」
「かしこまりました。少々お待ちください」
注文を受け、厨房へと向かう通路に入った瞬間、ジュリの耳元でまたしても幻覚のフウカが冷たく囁いた。
『ジュリ。ハルナ達のパンケーキは、あなたが全部作りなさい。生地の仕込みから最後の盛り付けまで、すべて、あなたの手でね……』
「はい、わかりました」
厨房に入ったジュリは、まず大きなボウルを取り出し、小麦粉、ベーキングパウダー、そして牛乳と卵を混ぜ合わせる「生地の仕込み」を始めた。
そこに、幻覚のフウカがそっと背後から手を重ねるようにして囁く。
『さあ、砂漠の砂糖をたっぷり入れなさい。分量をどれだけ増やしすぎても、その砂糖の魔力があれば、パンケーキは崩れず、とても綺麗に完成するわ……』
ジュリの目は完全に据わっていた。彼女は袋から、サラサラとした純白の「砂漠の砂糖」を、通常のレシピではあり得ないほどの大量の質量でボウルへと流し込んでいく。生地は異常な白さを帯び、ドロリとした不気味な質感へと変わっていく。
それを熱したフライパンで丁寧に焼き上げ、一枚一枚、正確に15段、計60枚のパンケーキを積み上げていく。最後に純白のホイップクリームと、怪しく光るシロップをたっぷりと盛り付けた。
そこへ、別のテーブルへの料理を運ぶ準備をしていた小隊長が通りかかる。ジュリは彼女に声をかけた。
「小隊長さん。美食研究会に出す料理はすべて私が付きっきりで対応します。生地の焼き加減から盛り付けまで、目を離すわけにはいかないので……その間、他のお客様の対応を小隊長さんやアリウス小隊の皆さんにお任せしてもいいですか?」
小隊長はジュリの手元にある、異常なまでに美しいパンケーキを一瞥し、フッと口元を緩めた。
「ああ、構わない。店のことは我々に任せておけ。お前は気にせず、その美食研究会の対応に集中するがいい」
「ありがとうございます」
ジュリは再びお盆を持ち、見た目はふっくらと非の打ち所がない、けれど狂気の甘味がこれでもかと詰まった完成品を携えて、店内へと戻っていった。
◇
天高くそびえ立つ、完璧な美しさを誇る15段重ねのパンケーキ。それが4人分、美食研究会のテーブルへと並べられた。
その見た目は神々しいほどに美しく、信じられないほど甘く香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。
「うわぁぁ……!すごーい! まるでパンケーキのタワーだよーっ!」
イズミが目を輝かせて歓声をあげる。今にもかぶりつきそうな勢いのイズミの隣で、アカリはいつも以上に目を細め、うっとりとした笑みを浮かべた。
「あらあら……素晴らしいボリュームですね。これだけあれば、十分に食べ応えがありそうです」
一方、先ほどまでジュリの料理という事実に怯えていたジュンコは、目の前の「完璧すぎる見た目」を前にして、ごくりと唾を飲み込んだ。焦げ目一つないきつね色の生地、芸術的に流れるシロップとバター。どこをどう見ても、恐怖の対象には見えない。
「な、なによこれ……。本当にジュリが作ったの? 完全にプロの職人が作ったデザートじゃない……!」
そんなメンバーたちの絶賛の声を聴きながら、ハルナは我が事のように誇らしげに胸を張り、満足げに深く頷いた。
「ええ、言ったでしょう? 彼女は生まれ変わったのです。さあ、このゲヘナの地に現れた新たな奇跡を、存分に堪能しようではありませんか」
ハルナは気品高くフォークとナイフを構え、合図を送る。
「では皆さん、素晴らしい美食に感謝を。――いただきます!」
「「「いただきます!」」」
4人が一斉にパンケーキを切り分け、口へと運ぶ。それを見届けて、ジュリは静かに厨房へと引き上げていった。
◇
「おいしい〜〜〜!!」
真っ先に歓喜の声を上げたのは、ハルナとアカリだった。
一口食べた瞬間、砂漠 of 砂糖がもたらす強烈な甘みと、脳の髄まで痺れるようなあり得ない多幸感が彼女たちの全身の神経を駆け巡った。
「っ……あ、あぁ……っ!」
ハルナはガタリと椅子を鳴らして立ち上がり、自身の身体を抱きしめるようにして震えた。
頬を異様なほど紅潮させ、あまりの衝撃にうっとりと目を潤ませながら、トランス状態に陥ったように熱狂的な賛辞を口にし始める。
「素晴らしいですわ……!これこそが、私が求めていた至高の甘美! 濃厚にして苛烈、脳の髄まで融けてしまいそうなほどの暴力的な幸福が、私を満たしていきますっっ……!」
アカリもまた、いつもの大食いスイッチが完全に狂った方向で入っていた。
その瞳は妖しく据わり、恐ろしいほどの速度でフォークを動かしては山のようなパンケーキを次から次へと口に放り込んでいく。
「ふふ、あははは! 美味しい、美味しすぎます! 幸せの限界が壊れちゃいそうですっ。ジュリさーん! パンケーキお代わり1,000枚、いえ、1万枚今すぐお願いしまーす☆」
口いっぱいにパンケーキを詰め込みながら、アカリは恍惚とした表情で店内の厨房へ向かって叫ぶ。
その異常な様子に拍車をかけるように、ハルナは完全にトランスしたまま、狂気を孕んだ笑顔でパンケーキのタワーを見つめ、そして店内の空間へ向かって高らかに宣言した。
「たった今を持ちまして、このお店のパンケーキはすべて私たち美食研究会が独占いたしますわ。この奇跡の味を、他の有象無象に一枚たりとも渡すわけにはいきません。もし邪魔をする者がいるならば、風紀委員会だろうが何だろうが、すべてを吹き飛ばしてでも守り抜きますわ……!」
普段の気品はどこへやら、完全に狂ったようにパンケーキを貪り、愛を叫び始めるハルナとアカリであった。
しかし――ジュンコとイズミの反応は、それとは完全に一線を画していた。
「………っ!?(な、に……これ……!?)」
ジュンコがパンケーキを口に入れた瞬間、脳内に広がったのは、およそ食べ物とは思えない「砂の味と食感」だった。
じゃりじゃりとした不快な感触が歯に障り、まるで公園の砂場で作った砂の塊を無理やり口に突っ込まれたような錯覚に陥る。
さらにその直後に襲いかかってきたのは、脳が拒絶するほどの吐き気を催す強烈なねっとりとした甘さ。
砂糖を極限まで煮詰めて炭にしたような、甘みを通り越して「苦み」すら超越したおぞましい不味さだった。
全身から滝のように冷や汗(脂汗)が噴き出し、ジュンコはガタガタと震え出した。
この感覚には覚えがある。
かつて美食研究会で、食べると脂がそのまま肛門から漏れ出すという禁断の怪魚「キヴォトスバラムツ」を、そうとは知らずに大食いした時の、あの内臓がひっくり返るような恐るべき破壊の感覚だ。
(あ、頭が痛い……!何これ、死んじゃう……!?)
ジュンコの中にある大切な何か――「神秘」が、脳内でカンカンと警鐘を鳴らし、叫んでいた。
これは危険だ!食べるな!毒だ!今すぐ吐き出せ!!――と。
しかし、美食研究会としてのプライドがジュンコの足を引っ張る。
一度口に入れたものは、どれほど奇食であろうとも絶対に吐き出さずに完食しなければならない。ジュンコは意地になって飲み込もうとした。
だが、屈服した身体は全力で毒物を拒絶し、胃の内容物ごとパンケーキを怒涛の勢いで押し上げていく。
「………っ(うぶっ、もうダメ……吐きそう……!)」
大量の胃液と共に、食道をせり上がってくるパンケーキの残骸。頬がリスのようにパンパンに膨らみ、小さな口が決壊寸前になる。
内側から文字通り口を押し破らんばかりの凄まじい圧力が、ジュンコの薄い唇の隙間から無理やり溢れ出ようと暴れる。
逆流してくる強烈な嘔吐感に、彼女は涙目で両手で口を強く押さえるが、もはや決壊を食い止めるだけで精一杯だった。
ふと横目で見れば、ハルナとアカリは平然と、いや、嬉々として狂ったようにその毒物を貪っている様子が目に入る。
(ハルナ、アカリ……なんでアンタたちは平気なのよ……!?おかしい、絶対におかしいって……!)
恐怖の中、ジュンコはすぐ隣に座っているはずのイズミの気配が無いことに気づいた。
(そういえば、イズミはどうしてるの……?)
恐る恐る、隣の席へと視線を向ける。
そこには、顔面を土気色に変え、目を見開いたまま一言も発さずに完全に硬直しているイズミの姿があった。
「おえぇぇぇっ……!!」
堪らずジュンコはテーブルの下、ハルナたちに見えない位置の床へ、酸鼻を極める音と共にパンケーキを嘔吐した。ゲホゲホと激しく咽せ返りながら、涙目でイズミの肩を掴んで激しく揺さぶる。
「ケホッ、ケホッ、……イズミ!?どうしたの!?しっかりしてイズミっ!!」
しかし、イズミはビクともせず、喉を抑えて苦しそうに喘いでいる。
どうやら、欲張って一気にパンケーキを塊のまま口に入れたため、完全に喉を詰まらせているようだった。
その様子を見て、ジュンコの脳裏にかつての記憶が蘇る。
以前、百鬼夜行連合学院の自治区へ遠征した際、美味しいお餅を見つけたイズミが欲張って一気に食べ、今回と全く同じように喉にお餅を詰まらせて死にかけたことがあったのだ。
「ごめん、ハルナ、アカリ!私、イズミとトイレに行ってくる!」
ジュンコはそう言い残し、イズミの腕を引いて席を立った。
普段のハルナであれば「食事中に席を立つなど、テーブルマナー違反ですわ」と、高級レストランでの作法を持ち出して厳しく注意するはずだった。
しかし、今のハルナはジュンコたちに目もくれず、ただ一心不乱に、皿についたクリームを貪り続けていた。
◇
カフェのトイレ。
個室の便座の前に膝をつき、イズミは「んぐっ……んぐぐっ……!」と顔を真っ赤にして呻いていた。
喉を詰まらせたパンケーキを吐き出そうとするが、何かが癒着しているかのように全く出てこない。
おろおろとするジュンコだったが、かつて百鬼夜行でお餅を詰まらせた際、現地の生徒に教えてもらった「上手な吐き出し方」を必死に思い出した。
(そうだ、あれだ……背中を叩くやつ……!)
「イズミ、動かないで!前に屈んで!!」
ジュンコはイズミの身体を無理やり前に倒させると、彼女の背中、肩甲骨の間へと右手を振りかざした。手のひらの付け根(手根部)に、キヴォトス人としてのフルパワーを込める。相手は常人なら骨が粉々に砕け散りかねない頑丈さを持つキヴォトス人だ。手加減など要らない。
――ドカッ!!!
凄まじい衝撃音がトイレ内に響き渡る。
「んぐっ……!?がはっ……!」
「まだまだぁッ!抜けてえええええーーーっ!!」
――ドカッ! ドカッ! ドカァッ!!
ジュンコは涙目で、親の仇と言わんばかりのフルパワーでイズミの背中を何度も叩きつけた。
「ぬ、ぬけてえええ……んぐぅぅぅッ!!」
「出せぇぇぇーーーッ!!」
渾身の一撃が背中に炸裂したその瞬間、イズミの口が大きく開き、信じられないものが飛び出した。
パンケーキではない。
――ブシャァァァァァッ!!!
ドサドサドサ、と凄まじい音を立ててイズミの口から噴き出したのは、大量の、乾いた「砂漠の砂」だった。
サラサラとした灰白色の砂が、便器から溢れんばかりに勢いよく吐き出されていく。
「いやぁぁぁぁぁっ!?砂ぁぁぁ!?何で砂が出てくるのよぉ!?」
ジュンコが悲鳴を上げる中、便座を砂塗れにしながら、ようやくイズミの喉の通りが良くなった。
イズミは激しく咳き込み、涙と涎で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ジュンコの服に縋り付いた。
「ゴホッ、ケホッ……!じゅ、ジュンコ……!ここ、おかしいよぉ……!嫌だ、怖いよぉ……!お願い、一緒に逃げよう、ここから逃げようよぉ……!!」
いつもならどんな奇食でも笑顔で食べるイズミが、本気で恐怖して泣いている。
その異様な光景に、ジュンコも完全に血の気が引いた。
「わ、分かったわ……!逃げよう、今すぐここから出るわよ!」
ジュンコはイズミの肩をがっしりと担ぎ、トイレを飛び出して店の出口へと急いだ。
その途中、横目で一瞬だけボックス席の様子を見てしまい、ジュンコは息を呑んだ。
そこには、小食でテーブルマナーに誰よりも煩いはずのハルナが、両手でパンケーキを鷲掴みにして貪り喰う姿と、潔癖症でいつも美しくお淑やかなアカリが、大皿のパンケーキに直接頭を突っ込み、自慢の綺麗な金髪をシロップやバターでベチャベチャに汚しながら、獣のように犬食いしていた。
「ひぃッ……!!」
狂気一色に染まったその背中に怯えながら、ジュンコはイズミを連れて、這う這うの体でお店から退散した。
◇
ゲヘナの、外灯すらまともに機能していない暗い裏路地。
ジュンコとイズミは、お互いに支え合いながら、命からがらといった様子でふらふらと歩いていた。
「はぁ、はぁ……ジュンコ、喉が渇いたぁ……お水、お水ちょうだい……」
イズミが今にも力尽きそうな声で訴える。このままでは本当に危険だと察したジュンコは、自分の体調不良も忘れてイズミの身体を必死に支え、建物の外壁までどうにか移動させた。ぐったりとしたイズミを壁にもたれさせるようにして座らせると、その顔を覗き込む。
「ちょっと待ってなさい、今すぐ買ってくるから!」
ジュンコは近くのコンビニへと猛ダッシュで走り、ミネラルウォーターの入った500mlのペットボトルを購入すると、すぐにイズミの元へと戻った。
「ほら、イズミ!お水よ!飲んで!」
「ありが、とう……んぐ、んぐ……」
イズミの口にペットボトルを当て、水を飲ませる。
しかし、数口飲み込んだところで、突然イズミの身体がびくんと大きく跳ね上がった。
「がはっ……!?ゴホッ、お、おえぇぇぇッ!!」
イズミは激しく嘔吐き、今飲んだばかりの水をすべて地面へとぶちまけた。それだけ留まらず、胃液を吐き出しながら地面に突っ伏して苦しみ出す。
「痛い……痛いよぉ、ジュンコ……!何かが……身体の中で、這いずり回ってて……苦しいよぉぉッ!!」
「イズミ!?嘘でしょ、どうしちゃったのよ!?」
ジュンコが悲鳴をあげる中、イズミの身体に異常な変化が起きた。
彼女の服の上からでもはっきりと分かるほど、腹部がボコボコと、歪な形状に変形しながら膨らみ始めたのだ。皮膚の下を、何か巨大な生き物が蠢き、移動しているかのように、ボコッ、ボコッと肉が盛り上がっていく。
「嫌、いやぁぁぁ!助けてぇぇ!」
イズミは激しい痙攣を起こし、白目を剥き始めた。やがて、彼女の首筋が異常に太くなり、口が蛇のように大きく裂けるようにして膨らんでいく。
「お、おろ、おろろろろろぉぉぉッ!!」
イズミの口から、太くて長い「何か」が、凄まじい勢いでずるりと吐き出された。
地面に落ちてとのたうつそれは――全身が粘液と血に塗れた、一匹の巨大な『蛇』だった。
「な、何よこれ……!なんでイズミの中から蛇が……!?」
ジュンコが愕然とする中、その蛇はなぜか全身が傷だらけで、まるで銃弾を何発も浴びたかのようにボロボロの状態だった。
蛇は苦しそうに、キィィィィアアアアアッ!!!と、金属を擦り合わせたような悍ましい雄叫びを裏路地に響かせた。そして、怒り狂った目でイズミを睨みつけると、瞬く間にその巨体でイズミの身体を締め付けにかかった。
「ギチギチギチ……!」
蛇はイズミの腹部から胸部、そして首、頭部へと容赦なく巻き付き、凄まじい怪力でその肉体を締め上げていく。
「がは……ごほっ……う、く……」
気道を完全に閉ざされ、呼吸ができなくなったイズミは、口から大量の泡を吹き、完全に白目を剥いて苦悶した。
メキメキ、バキバキ……と、キヴォトス人の頑丈な骨肉からであっても、決して聞こえてはならない不穏な破壊音が響き始める。
「この!クソ蛇ぁぁぁッ!!イズミから離れなさいよ!!」
ジュンコは我を忘れ、自身のサブマシンガンを蛇に向けて引き金を引いた。
激しい銃声と共に弾丸が放たれるが、蛇の身体をすり抜けるか、あるいは全く効いていない様子で弾かれてしまう。
それどころか、跳ね返った銃弾がイズミの肩をかすめ、「あぅぅッ!?」とイズミが短い悲鳴を上げた。
「しまっ……!銃が効かないの!?そんなのアリ!?嘘でしょ!?」
万事休す。このままではイズミのヘイローが破壊され、本当に死んでしまう。
極限状態の中、ジュンコは完全にやけくそになった。
「あぁぁもう、知るかぁぁぁーーーッ!!」
銃を投げ捨てたジュンコは、蛇の胴体へと猛然と飛びかかり、その鋭い歯で蛇の皮膚へと直接齧り付いた。
ガブゥッッ!!!
ジュンコの必死の噛み付きが、蛇の強靭な皮膚を食い破る。その瞬間――
――プシャァァァァァァッ!!!!
食い破られた傷口から、信じられないほどの勢いで大量の「砂」が噴出した。
高圧の砂の奔流に直撃し、ジュンコは「きゃあああああッ!?」と悲鳴を上げて後ろへと吹き飛ばされ、地面を転がった。
しかし、その捨て身の攻撃は確実に効いていた。
体内の砂を激しく撒き散らしながら、蛇はたまらずイズミの身体から離れ、ギャァァァァァーーーッ!!!と断末魔の雄叫びを上げながら地面を激しくのたうちまわる。
やがて、その強固だった身体の輪郭がドロドロと崩れていき……最後には、ただの不気味な砂の山へと姿を変えてしまった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
静まり返った裏路地で、ジュンコは唖然としてその砂の山を見つめていた。しかし、すぐに我に返ると、地面に倒れ伏したイズミの元へと這い寄った。
「イズミ!しっかりして、イズミ!!」
必死にその身体を揺さぶり、名前を呼びかける。
だが、イズミの頭上に浮かんでいたはずのヘイローは、完全に光を失って消えており、彼女はピクリとも動かず意識を失っていた。
「い、イズミ……? 嘘でしょ、ちょっと、冗談やめてよ……っ!」
血の気が引いていくのを感じながら、ジュンコは震える手でイズミの首筋に触れ、その小さな鼻元へ耳を近づけた。
微かではあるが、規則正しい呼吸の風が肌をくすぐる。ドク、ドク、と、指先を通じて確かに伝わってくる脈拍――まだ心音はある。まだ生きている。
「イズミ……アンタだけは、絶対に死なせないわ……!」
ジュンコは涙を拭い、自分よりも一回り大柄でふくよかなイズミの身体を、決死の覚悟でその小さな背中に背負い直した。
ズシリと重い質量が肩にのしかかるが、一歩、また一歩と、ゲヘナ中央の大病院を目指して足を前に進める。
満身創痍になりながら、暗い夜のゲヘナを走るジュンコの影。
しかし、彼女はまだ知る由もなかった。キヴォトス全土を揺るがす「砂漠の砂糖」の狂気と、それに関わるアビドスの黒い影。
そして、美食研究会を襲った未曾有の悲劇は、まだ始まったばかりに過ぎないということを――。
(つづく)