そこから紆余曲折あって10年ちょっと。
俺は海軍大学校特別科棟の校長室に呼び出されていた。
「佐野
現在行われているのは卒業前の進路面談。
そう、俺は母の前で「指揮官になる!」と豪語してから、艦娘たちと相まみえることを夢見てここまで走り抜けてきた。
同期の知り合いのOBが言うには、概ね優秀な生徒はこの面談で進路先を自由に希望できるらしいのだ。そして、それがかなう可能性は非常に高いとも。
「さっそくだけれど個人面談を始めたいと思うわ。まず、伝えたいのは、この4年間、よくぞ走り抜けたということ」
「ありがとうございます」
「成績は文句なく優秀。少々筆記が他の特待生に劣るが十分優秀な範囲。そして、特筆すべきは模擬指揮訓練の成績。他を寄せ付けないほどずば抜けている」
「身に余る評価を頂き光栄であります」
「そして教官・同期からの信頼も厚い。ここまでは文句のつけようがない」
つまり!
「そして、そんな君はどこに志望しているのだったかな?」
「はっ!指揮官として鎮守府、または泊地への配属を希望しております!」
この日!俺はここで!艦娘に会う夢をかなえることができるのダー!
「…。もう一度良いかな?君はどこに配属希望?」
「ですから鎮守府!泊地に!国防の根幹を担う艦娘達と肩を並べて日本を守りたいのです!」
「いや君。男だよね?」
「えっはい。それがなにか?」
「…。」
感触が悪いな。やはり貞操逆転の弊害がここで出るか…。
そう、ここは貞操観念逆転世界。あべこべ世界とも男女逆転世界とも言う。他にもいろいろ呼称はあるらしいが、要は男はソト、女はウチ。が完全に逆転しているということだ。
なんでこんなことになっているのかというと、正直よく分からない。
染色体の影響か天変地異の影響か、そもそも男女比は1:7程度。
歴史の教科書に載る偉人とかもほとんど女性になってて、微妙に名前が変わっていた。
チンギスハンが某月曜日に夜更かしするオカマっぽくなってたり、ヴィルヘルム三世さんから立派なカイゼル髭が消失していたりと、初めて見たときにクソコラみたいで爆笑したのが懐かしい思い出だ。おかげさまで変人にみられました。
閑話休題。
こんな男女比が歪な社会だと、いろいろ問題は起きるわけで。
一番問題になっているのは、男性の性的被害うんぬん。
まぁ、女性からしたら、80人あってその内の10人しか男性はいないから、致し方がない気はするが。
しかも非婚化で、ただでさえ少ない男性が結婚市場に居なくなったのが、傷口に塩を塗っているらしい。
女性は数少ないチャンスをつかむために積極的になって、男児を持つ家庭は、我が子の安全のために子を家の奥に隠す。更に社会で見かける男性が少なくなるから、飢えた女性はより獰猛になる。ただの悪循環である。スクエナイ。
ただ。幼稚園の頃に俺は母から説明されてこの世界が男女逆転していることを理解したが、思えば、弊害は男友達で馬鹿なノリがやれなくなったことぐらいで、あまり大した変化がないように思える。
周りで接する女友達もおそらく普通だ。たまに物が消えたりするが、たぶん妖精さんが盗んでいってるんだと思う。艦娘がいるぐらいだし。
というか、そもそも前世で女の友達が殆どいなかったので普通が分からないのだ俺は。
いま友達少ねえなこいつって思った馬鹿には頭の上からタライが降ってくる魔法をかけた。今頃悶え苦しんでいるだろう。
…。話を戻そう。
母があの時「男は指揮官なんてなれない」といったのは、やはりそういう理由からだ。
基本的に外の危険な労働、ましてや軍人なんて女性がやる、というのがこの世界の常識。
そして、いくら日本近海の制海権は取れているといっても、やはり沿岸地域の危険度は内陸部と比にならない。
とくに人類の反攻拠点である鎮守府や泊地は標的になりやすく、実際稀に砲撃による被害があるらしい。
そんなとこに男を配置するのは軍のイメージ的にも…ということで目の前の初老の校長は唸っているのだろうが…。
俺は艦娘と会うために転生した男!ここはごり押しあるのみじゃ!
「校長。校長は男が最前線に立つことによる軍の体裁を気にしておられるのだと思います」
「あっいやそうじゃなくて」
「しかし!私は自分自身で決断をし、今この場所に立っている!それは最前線である泊地でも変わりません!」
「いや、だから艦娘は」
「思えば私が指揮官になりたいと思ったのは若かりし頃でした…」
「…自分語り始めちゃったよこの子…。そして今も十分若いよ…」
「あの時、艦娘という存在を知ったあの時から!私は彼女たちの横に立ち、彼女たちを支えたいと決心したのです!」
「うーん。
「そう!私が艦娘と共に日本を守ると決めたその時から、報われるその時まで、進み続けなければいけないのです」
「うん…。ん?」
「これは、私が始めた物語なのです」
「うん、アウト」
決まった…!転生してからずっと、このセリフを考え続けた甲斐があったというものだ。
校長もきっと感激しているに違いない。
「はぁ…。佐野君。君の成績であれば大本営のキャリアコースにも乗ることができるんだけど」
キャリアコース?そんなとこにいて何の意味があるというんだ。艦娘と会えないではないか。
「そうだよね。その顔を見るに、何を言っても聞かないよね」
「伝わったようで何よりです」
校長が長考を始めた。さっきより皺が増えている気がするのは俺だけ?なんかごめんなさい。
数分後、ようやく彼女は口を開いた。
「はぁ。分かったよ。そこまで覚悟を決めているならばもう何も言えないわ。実際、艦娘と肩を並べたいと言ってくれるのはとてもありがたいし、賞賛されるべきことだしね」
おっしゃあーーー!
よしよしよしよし!
艦娘と会えるぜーーーーーひゃっはーーーーー!
「一応最前線なのに、そんな喜んでいる顔をする人は初めてだよ…。わかった。人事には何とか私が話を通しておく」
「はっ!ありがとうございます!」
「ただし、」
なんだ。まだ何かあるのか?
これでやっぱり嘘ぴょーんとか言われたら、校舎中のあらゆるものを破壊する自信があるぞ。
「南方の泊地はさすがに世論が許さないから却下。また鎮守府も、とある理由で却下。よっておそらく北部の支部に配属になるだろう」
とある理由、とな?
「校長、とある理由とは何のことでありましょうか」
「君に言っても多分伝わらないからいいよ。気にしないで頂戴」
うーん。まぁよいか。鎮守府規模でないことは残念だが、数だけ沢山の艦娘と関わりたいってわけじゃない。
この世界の艦娘は、第二次世界大戦中の艦船だけでなくて、それ以前やそれ以降の艦船も含まれるらしく、その数は膨大になっている。
別に村上水軍が使ってた木造船の艦娘とかと会っても何を言えばいいのか分からないだけなので、こじんまりとしたところで提督業をやるのは全然アリだ。
「ともあれ。大学校の過程も数えるほどだとは思うけれど、気を抜かないように。下がりなさい」
「はっ!失礼します!」
何はともあれ。俺の司令官人生がここから始まるんだ!気合い入れていこうぜ!
バタン。
「…はぁ」
この学校唯一の男性が部屋から退出すると、校長は大きく息を吐いて背もたれに身を預けた。
「また長く話しすぎとか言って教官から恨まれるんだろうなぁ…」
佐野環。男子。軍学校の黒一点。
すらっとした長身に、されど筋肉がしっかりついている。顔は何というか好青年という感じで、子育てを終えた私からするとなんとも母性本能がくすぐられる存在である。
佐野環。
それは、この学校にとって台風の目であり、日頃の校長の頭痛と腹痛の種である。
腐ってもエリート育成施設だからか、大学校に通う大多数の淑女は基本、いいところのお嬢様だ。
そんな彼女らは、幼い頃から相対的に男子と会う機会に恵まれる。
そして、必ず理想との落差に絶望するのだ。
男子は誰もがみな、大切に、傷つけられぬように守られている。
だから彼らは、ひどく傲慢であるか、ひどく臆病であるかの二択で、前者の場合は虫けらのような視線を、後者の場合は獣におびえる小動物のような視線を向けられる。
そうして彼女たちは諦観する。あっ━━男子ってこういう感じなんだ、と。それに興奮を覚える救えない子もいるが。
その一連の過程を「淑女になる」と言う。大人は彼女らが絶望する光景を見て、私もこんな時期があったわね━━と感傷に浸るまでがセットだ。
現実は非情である。
ただし、佐野環だけは違った。
彼は何というか、本当に壁がないのだ。
驕ってもいなければ、怯えてもいない。
同期には普通の友人のように接するし、上官には普通の目上の人として接する。
ありえないことだが、冗談もよく言う。何より、他の男性が向けてくれない笑顔を向けてくれる。
それだけで陥落するのが女という生き物である。
入学から数か月、彼が知らないうちにファンクラブが立ち上がり、過干渉の禁止を含めた【鉄の三掟】が制定され、あらゆる恋愛バトルは彼が感知しえない水面下で行われることになった。
そろそろ卒業予定ではあるが、きっとその際には校舎中が阿鼻叫喚になるに違いない。それは勿論、教官室でも同様であろう。
そんな彼が司令官を志望したいと言ってきた。
問題である。大問題である。
彼は「男だから危険なところに行かせられない」とか「軍の体裁」などと言っていたが、まったくもって的外れだ。
艦娘は、日本の国防の要である。
彼女たちは、日夜訓練を行い、哨戒任務をこなしてくれている。
未だに「艦娘は正体不明の危険な存在だ」というバカもいるが、実情を見ろよ、と思う。
彼女たちが戦ってくれているおかげで、私たちは生きているのだ。
そして、そんな彼女たちは基本的に暇がない。
そりゃそうだ。休日はあるにはあるものの、小さい支部や泊地では訓練と哨戒の繰り返し。休日に出かける余力なんてないだろう。
ましてや、ある程度の規模以上の鎮守府になると、打撃任務や大型船団護衛任務を中心に大規模作戦が組まれるのだから、彼女たちには本当に頭が上がらない。
何を言いたいのかというと、彼女らは男性と会う機会が皆無に等しい。
つまり何を隠そう、男性に耐性がないのだ。
普通の男性が配属されるならまだいい。いつかは現実を見て平常に戻るだろう。
しかし、配属されるのはあの、佐野環である。
ありとあらゆる女性を無自覚に射止めてきた質の悪い魔性の男である。
しかも、本人のあの性格。
女性からの好意に鈍感なのか、艦娘にも同じ対応をするに違いない。
免疫がない艦娘達がそれに当てられるとどうなるのか…。
中規模以上の施設にあの劇薬を放り込むと大混乱になることが目に見えて分かるため、支部配属にする予定だが…。
それで本当に丸く収まるのか…?
そう将来起こりうる最悪の事態に戦々恐々としながら、校長は何度目かも分からない溜息を吐く。
「…億劫だ」
歴史ある校長室に、キリキリと腹痛の音が寂しく鳴った。
~◇~
「11期、解散!」
っしゃああああああ━━
温かい光が春の訪れを告げるこの時期に、佐野環とその同期含めた第11期海軍兵学校生らは卒業式を迎えていた。
深海棲艦との「海洋生存圏戦争」が本格化して以来、防衛大学校から再び三軍に分かれて開校された海軍兵学校でも、防衛大時代の伝統を引き継いで軍帽の投げ飛ばしが行われている。いつかの前世でネットで見ていた光景にまさか自分がいるとは…と感慨深げに思いながら、彼は無駄に豪快に椅子を蹴飛ばしながら退出した。
ちなみに、男女差が激しいこの世界において、男子が軍人になるのは長い歴史を見ても数例だけだったりする。それ故に今回の卒業式は特別で、来賓席や保護者席の視線は彼ただ一人に注がれ続けていたのだが…。
本当の意味で貞操逆転世界というものを理解していない彼は、そんなことに気づく由もなかった。ただのおバカさんである。
「佐野!ちょっと待ちなさい!」
「ん?あぁ錦山か。卒業おめでとう」
いよいよ艦娘と会えるぞぉ!と噛み締めながら寮に向かって歩いていると、後ろから声が。
そこには赤みがかったセミロングの女性が立っていた。
いつもは釣り目に凛とした顔つきで、まさに「ツンツン」然であるが、今回は頬を少し赤らめて肩で息をしている。
「う、うん。そうね。おめでとう。これで私たちも晴れて立派な兵士ね」
「兵士かぁ。まだその実感はあんまりないけどな」
錦山玲奈。環の同期である。
実家が代々、海軍系の高級将校を輩出する家系で、例にもれなく彼女もエリートコースを目指して入学。
高い誇りと矜持を持って「こんな低レベルなところに4年間も通わなければいけないのね」と宣いながらいざ入学すると、そこにはなぜか男が。
しかもその
いろいろと予定が外れ、模擬訓練ではボッコボコにされ。
高く積みあがったプライドも根元からボキッと折れ。
平たく言うとギャルゲーに出てくるツンデレみたいになっていた。
「しっかりしなさいよ。あなたも私と同じ成績優秀者なんだから。あなたが変なことすると、私にも風評被害が来るんだからね」
「ごめんごめん。まぁ、司令官になったら責任感もついてくるんじゃないかな。立場が人を作るってよく言うし」
「何言ってんの。あなたも大本営勤務になるんだから、司令官ではないでしょ」
「ん?いや、鎮守府支部に配属になるけど」
「…え?」
やれやれと言いながら笑顔を見せていた玲奈の顔が急に真顔になる。そのまま彼女は数分間フリーズした。
「おい。おーい。錦山?錦山さん?玲奈?」
「はっ!ご、ごめんなさい。急に鎮守府支部に配属とか訳の分からないことを言い出したから固まっちゃったわ。もう!冗談を言うなら、もうちょっと分かりやすい冗談をついてくれないかしら!」
「冗談ではないけどね?」
「………」
「……」
「からかうのはやめなさい」
「いや、これはマジのガチ」
「………」
「また固まった?」
再びフリーズを始めた彼女だったが、
「え?本当に?」
「本当に」
「鎮守府支部に配属?」
「自分でそう希望したからね。校長が言うには、東北の太平洋沿岸地域に配属になるんじゃないかって」
「…」
「お。三回目のフリーズ来るか?」
「…えええええええええええええええええええええええ!」
「うるさっ!」
周りは皆、卒業式を終えたこともあって、朗らかな表情をしながら談笑したり写真を撮ったりしていたのだが、玲奈の叫びで注目が一斉に集まる。
11期の間(佐野省く)で密かに守られている、佐野環についての【鉄の三掟】
すなわち、
(自分から話し)かけない・(写真を)とらない・(恋に)おちない
最後の掟に至ってはもはや形骸化しているようなモノであったが、ともかく。
学内の不純な誰かがガツガツ行き過ぎて佐野が退校することなどないように、貴重な男子成分を失わないために、みな奥歯を噛み締めながらこの4年間適切な距離を維持してきたのである。
友人以外は自分から佐野に話しかけられないというルールのため、彼から話しかけられた日などには、屋根を突き破らんとするばかりの歓喜の咆哮と、同期からの熱いお祝い(高速で飛来する枕)、そして翌日、寮長からの愛と妬みを含んだ
そして、自らに課したルールの副産物なのか、犬もびっくりの聴力を獲得した悲しき
(え、今佐野君なんつった!?)
(大本営に行くんじゃないの!?何のために私は成績を上げたんだぁああああああ)
(おかしいな、疲れてるのかな)
(支部ってことはワンちゃん私にも接するチャンスがあるのでは?)
(ビックニュース!これは兵学校裏新聞に書かなければ!号外だぁ!)
(艦娘の中に黒一点…。やばくない?)
ざわざわ、と驚愕と困惑が波のように伝播する中心で。
周囲がざわつき出したことに困惑を覚えながら、未だ騒ぎ続ける錦山を放置して、佐野はその場を去ることにした。いま、彼の頭には艦娘のことしかないため、進む足は自然と早くなり、気づけば駆け出していた。
去る佐野の背中に向かって、ようやく再起動した錦山が慌てて声をかける。
「ちょ、おいーーー!佐野!ちゃんと説明しなさいよぉーーーーー!何ぬるっと去ろうとしてんのよーー!」
「ごめんごめーん!でも、俺もう指令書受け取って行くことにするからー!」
「は、はぁ!?あんた打ち上げは!?」
「楽しんでくれー!」
(えぇ、佐野君行かないのぉ!?!?)
(私の完璧な「卒業打ち上げで隣の席に座ってなんかいい感じのムードの中いい感じになる作戦」が破綻しただと!)
(何も計画してねえと一緒だろそれ)
「もう、あいつ本当に何なのよ…!私がどんな気持ちで今まで…!」
「あ、錦山!」
「なに!」
「…言われなくてもやるわよ!」
「ああ、あと」
「…なによ!」
「あっち着いたら手紙の一枚でも出すから!これからもよろしくな!達者で!」
「…もう」
風が吹き、桜木が揺れる。
花びらが空に舞って、一面が桜色に彩られる、そんな中。
佐野はそんなものを無視して、
実に風情のかけらもない男である。
2話目でまだ艦娘出てこないってマジ?
次話は多分明日