鬼畜米帝の策略である。
久慈警備府の正面入口。
小さな桜の木がゆらゆらと揺れるその場所で、2人の男女が初の邂逅を果たしていた。
「日本海軍所属、2等海尉の佐野環です。特別指揮官として、これから久慈警備府の指揮を執ります」
男の名前は佐野環。
指揮官として艦娘と会うためだけに、あらゆる社会的・制度的障害を踏みつぶしてきた暴走機関車。
彼はいま、まさに前世で初期艦とした艦娘を目の前にして感極まりそうになっていた━━。
吹雪だぁーーー!
おいまじか。今世でも最初に会うのが吹雪なんて、なんて奇跡なんだ。
んで実際に見るとほんと奇麗だな!
サラサラの黒髪を後ろに束ねて、重めのサイドバングを出した髪型。
短すぎる丈の制服は真っ白で、風に揺れて肌色がたまに顔を出している。
スカートの下から伸びた足は眩しいほどに奇麗で、環はそっと顔を逸らした。
え、というか、スタイル良すぎない?
際どい服装をした大型艦の皆さんの陰に隠れちゃって、今まであんまり意識したことなかったけど。
前世にこんな娘がいたら芸能界、いや日本、いや世界が放ってないだろうな。
ぷくっとした桜色の頬。まだあどけなさが残る顔立ちに、すらりとした頭身。
どこをどう切り取っても超絶美少女だと分からされてしまう少女がそこにはいた。
その少女は、敬礼したその手をプルプルと震わせて、環の顔をまじまじと見ている。
緊張してるのかな。まぁ常に猪突猛進気味の彼女だし、そんなところも想像した通り━━と、環が微笑みながら頷いていると…。
「と、と、特型駆逐艦1番艦のふびっ、ふぶきです。よよよよろしくお願いしますうう!」
彼女は、今後ネタにされ続けるようなとても面白い挨拶をかました。
少女の名前は吹雪。
沢山の姉妹を有する特型駆逐艦の1番艦、長女である。
努力が服を着て歩いているような彼女は、これまでも様々な戦場を経て、多種多様の技術を身につけた歴戦の艦娘ではあるのだが…。
ええええええええ、男の人!?なんで!?えええええー!
ありえない展開に言語野を失っていた。
えええ!男の人!?何でここにいるの!?
もしかして迷い込んだとか!?じゃあ暗くならないうちに早く街まで帰ってもらわないと!
確か名前は…「…所属、2等海尉の佐野環で…」
ええっ!?2等海尉っ!?じゃあほんとに新しい司令官なの!?!?
考えれば考えるほどありえない状況なのに、環の発言を思い返せば思い返すほど、それが事実であると知らせてくる。
思考が堂々巡りになって、吹雪は混乱で頭が爆発しそうになった。
じゃ、じゃあ!司令官が男性ってことで!これってつまり男性が司令官ってことでっ!
え、えっとぉ…。
そんなのありえないよぉ!
おもしろいようにコロコロと表情が変わる吹雪は、傍から見れば大変愉快である。
「うん、よろしくお願いします。玄関までお出迎えありがとうね」
喋った!
男の人が私に向けて喋った!
しかも微笑んでる!微笑みを私に向けている!
これは死後の世界なの?
私、もしかして深海棲艦に敗れて死んじゃった…?
いよいよ思考が行くとこまで行った吹雪は、もはや何が本当か分からなくなって、目の前にいる環に向けて少しばかし不思議な確認をした。
「あ、あの!あなたは私の…。私の司令官なんですか…?」
そう問われた環は、虚を突かれた表情をしたのも束の間、無自覚に
「うん、僕が君の司令官だ。吹雪さん、ずっと会いたかったよ」
その瞬間、吹雪の感情が爆発する音がした。
「~~~!」
りんごより真っ赤に熟れたその頬。
吹雪は、事実上告白されたようなそのセリフを咀嚼するのに、無限の時間をかけた。
吹雪さん、ずっと会いたかったよ━━━。
彼女の指先が震えだす。
小蜘蛛みたいな、小さい無数の衝動が彼女の体の先端から洪水のように流れ込んできて、吹雪は味わったことのない震えを感じた。
腕から肩に、胸から脊髄に。その振動は吹雪の体全体を伝播して、体に眠っていた神経を呼び起こす。
全身の毛という毛が逆立って、毛穴が広がるのを感じる。鼻で息をするのが途端に苦しくなって、溺れから抜け出すように吹雪は息を吸い込んだ。
身体の体温調節はすでに機能していなくて、血管に何かが詰まったような感覚だった。
さあーっと吹き渡る風が、皮膚を撫でた。熱気と冷気が体の周りを交互に支配しあって、終わらない伝播が彼女を襲う。
ようやく落ち着きを取り戻した吹雪はしかし、まるで熱病に当てられたように自身の体温を見失っていた。
目の前の青年は微笑んだままで、真っ赤になっているであろう顔を見られるのがどうしようもなく恥ずかしくて、吹雪はごまかすために口を開いた。
「わ、わたしを知ってたんですか!?」
「うん、もちろんだよ。特型駆逐艦吹雪。旧日本海軍が建造した駆逐艦で初めての外洋作戦能力を備えた革新的な軍艦。艦娘になってからは大阪湾防衛作戦・駿河湾解放作戦など重要な作戦に参加」
「~~~!」
「そして何より、特駆の長女で頑張り屋さん」
「!」
提督着任時において、黎明期の悪しき分権海賊共和制的な慣習を引き継いだ日本海軍では、提督側から着任前に配属している艦娘の名簿を入手することは許可されないとする謎の軍規がある。
つまり、今。
環がこの正面玄関で吹雪を実際に視認するまで、彼女が久慈警備府に配属されていることは知る術もないことで。
そんな彼の口から吹雪の情報がぺらぺらと出てくるということは、膨大な数に上る艦娘の中で、本当に吹雪のことを知っていたということで。
彼が過去に、吹雪のことを知るためだけに軍のデータベースに時間を割いたという歴然とした事実が乗っかっているわけで。
気づけば、場を流すための質問はむしろ逆効果で、これ以上もう上がらないと思っていた体温がさらに急上昇するのを感じた。
彼女のライフはもう0である。やめてあげて。
「さっきも伝えたけど、君を指揮することができてうれしいよ」
一連の砂糖ぶっかけたような
環にとって吹雪は、前世で散々遊んだゲームで一番長い時間を共にした艦で、ある程度見知った旧友のような存在である。
吹雪にとって環は、男性が極端に少ない世界で、戦場にいる一兵士である自分を知っていて、出会えて嬉しいと
この瞬間、お互いの持つ背景の違いによってとんでもない認識のすれ違いが起きていたのだが…。
どうやら握手をしたいのはお互い同じなようで、吹雪も恥ずかしさでどうにかなってしまいそうになりながら左手を差し出し━━、慌てて引っ込めて右手を出した。
「吹雪さん。以後よろしくね」
「━━━!よ、よろしくお願いしますっ!」
吹雪は、優しく右手を包む男性の感覚に気絶しかけながら、
環は、画面の中にしかいなかった存在の、細くて柔らかい手に身もだえしそうになりながら。
長時間握手をしたのであった()
~◇~
永遠に続く錯覚を覚えるほどの握手。
途中、環がちょっとばかし
いよいよ握手プレイ染みてきたことに居た堪れなさを感じた環は、スッと右手を下げた。
吹雪が「━━あっ」と小声を出したが、環は鉄の意志でその悩ましい声を流した。
「吹雪さん。早速だけど施設の案内をしてくれるかな?荷物も置きたいし」
「………」
「吹雪さん?吹雪?」
「はっ!りょ、了解であります!」
ようやく正常と言えなくもないレベルまで落ち着きを取り戻した吹雪は、先ほどの手の感覚をひとまず水平線の向こう側に飛ばして、自らの職務を忠実に行うことにした。
「で、では!まずは
文字にすると全ての語尾にビックリマークが付きそうなほど元気で溌溂な彼女が、同じ側の手と足を前に出してロボットのように建物へ向かっていく後ろ姿を追う。
環はニヤつきが隠せなかった。
「了解っ」
数歩先を奇天烈に歩く吹雪が、円形の建物に取り付けられた横開きの木製ドアをガラガラと開ける。
どうやらこの建物に
「ど、どうぞ!お入りください司令官っ!」
「うん、ありがとう」
いざ尋常に中へと入ってみると、そこには小さな玄関が。
その先に更に扉があって、壁両側面に大きく張られた少し曇ったガラスからは、中の様子が窺い知れた。
建物に上がるとき、吹雪と環は肩が触れ合うぐらい横並びになって、共に靴を脱ぐ。
お互い心臓がバクバクとしていたが、吹雪と違って環はその様子をおくびにも出さなかった。つくづく癪に障る男である。
「おお、すごいな」
内扉を開くと、そこには円形のリビングが。
まず目に飛び込んでくるのは、入り口の向かい側にあるキッチンカウンター。
レトロなカウンターチェアが何席か置かれていて、そこだけ見るとまるでおしゃれなバーのようだが、キッチンカウンターの上に壁を作るように置かれたドレッシングや調味料、お菓子などが圧倒的なまでの生活感を演出している。
右側に目を向けると数段高く上げられた台座の上に畳が敷かれていて、その上に四角い
ここで普段食事をしているんだろうことが窺い知れた。
反対の左側にはソファと長机、大きなホワイトボードが置いてあった。
そこには【本日の哨戒任務ローテーション(修正版)】や【八戸地方鎮守府からの定期通達事項】などの真面目な文言が並ぶ一方、【醤油切れるので買ってくる】や【明日歓迎会やります!ヒトヨンマルマル集合】など、家庭的なワードも散見される。
そのホワイドボードの奥に小さな階段があって、そのまま上を見上げると、ギャラリーというには小さい、キャットウォークというには大きい通路が敷かれている。
吹き抜けになっている2階は窓ガラスが全周に設置されていて、明るい光を部屋全体に取り込んでいた。
玄関入口から斜め両側奥にそれぞれ扉がある。
ここへ来るときに座ったベンチから見えた、2つの棟に恐らく続いているのだろう。
最後に、ぐるっと中を見てみたが、暖色めのライトも相まって、何というか改装したおしゃれな古民家という感じだった。
もっとも、古民家カフェというには家庭感が過ぎる感じ。
こういう雰囲気はすごく好きだ。グッド。
「いいね。気に入った」
「ほ、本当ですか!?建てられてもう何十年もたつので、すごい不安だったんですけど…。よかったです!」
リビングを見る環の端正な横顔をじっと熱を帯びて見ていた吹雪だったが、久慈警備府の雰囲気が気に入ったという環の発言を聞いて、喜びがこみ上げた。
世間一般では、鎮守府・警備府と言えば技術の最先端を取り入れた近代的な建物という印象が抱かれがちなのにも関わらず、そうでない、昭和に取り残されたような建物を気に入ったと言ってくれることは、自分事のように嬉しかったのである。
「うん、ここでの生活がより楽しみになったよ」
「っ!?」
……んあっ……!?
そうだった!
これから司令官、ここに住むんだよね…?
てことは、同じ屋根の下で…。
ええっ━━━
これから男性と共に生活を送るという実感が遅れてやってきた彼女は、またまた顔を真っ赤に腫らして少し俯いた。
再び赤面してモジモジしだした吹雪を環は訝しむ。
男性に会う経験が少ないから照れてるのかな━━という可能性自体は、もちろん彼も脳裏によぎるのだが、
という結論に陥って、いつまでも正解にたどり着けないのが佐野環という男であった。
もしかしたら、彼がいつまで経っても貞操逆転世界を理解しないのは、"他の男達も自分と同じ感覚で生きているはず"と無自覚ながら思ってしまっているからなのかもしれない。
実際問題、彼がこの世に誕生してから以後、集団教育機関に籍だけおいて、現実には通わないことがスタンダードになっている世の男子達と話す機会は、同性の環でさえ限りなくなかった。そんな彼らが何を考えているかを理解し、共感できるとするのは酷な話だ。
そう考えると、彼が無自覚に世のあらゆる女を恋に堕としてしまう事実も、敏腕弁護士の手によってならギリギリ正当化されなくもないだろうか。いや、されない(反語)
「吹雪さん。他の場所も案内してくれるか?」
「司令官は上官司令官は上官司令官は上官…はっ!?了解しました!」
そうして、ウキウキの環と悶々とした吹雪は施設巡りを続けた。
「司令官は上官司令官は上官司令官は上官…」
~◇~
「丁寧に案内してくれてありがとう。おかげでだいたいの間取りが分かったよ」
「いえ!お役に立ててうれしいです!」
あれから施設内をぶらっと見て回った吹雪と環。
リビングにつながっていた2つの棟はどうやら寮棟だったようで、左側の棟に5人部屋がびっしりと。
右側の棟は1階部分に2人部屋が、2階に執務室や提督の私室、会議室、通信室などが置かれていた。
離れた場所にあるもう2つの棟は、片方が娯楽室を備えた1人部屋の寮棟で、もう一方がやはり工廠だった。
言うてどちらの施設もまともに利用されていないらしく、寮棟に至ってはクモの巣と埃が行く手を阻むゴミ屋敷と化していて、入る気になれなかった。
そんなこんなでオンボロ警備府の一通りを把握した環は、吹雪と共に改めて執務室に来ていた。
執務室も古びた様子ではあるが、その中央奥に備わった提督の椅子からは不思議な力を感じる。
環は吸い寄せられるように執務机に近づいて、手のひらの先でそっと机を撫でた。
いよいよ始まるのか。俺の提督人生が。
願わくば、このまま久慈にいる艦娘全員にハグして最高のスタートを切りたいところ。
だが、その前に大本営に報告書を送付しなければならない。
全く面倒くさいぜ。まぁこれも今後の為だと思えば全然オーケーだ。
「吹雪さん。大本営提出用の着任報告書を出してくれる?」
「はいっ!ええっと…、異動関連の書類は確かこの辺に仕舞ったはずだから…」
そう言って小さな脚立の上に立って棚の上部を探す吹雪。
ふりふりと揺れるスカートの吸引力に驚愕しながらも、どうしても目が行ってしまう環。
素晴らしい太ももをしているな!と思わずサムズアップしてしまいそうになったその時。
「うーんっと…。あった!これだ、って、うわっ!」
奥の書類を引き抜こうとした吹雪が、バランスを崩して脚立の上から後ろに思い切り倒れこんだ。
その瞬間、光速を超えて駆け出した環が手を伸ばし、
「いたっ!くない、あれ?」
反射で目を閉じた吹雪が、いつまでたっても衝撃が来ないことに疑問を覚えて目を開くと、
肩を背側から、腰を内側から手を回し、胸に抱き寄せる形で吹雪を支えた環と至近距離で目が合った。
「大丈夫?ケガはない?」
整ったまつげが良く見えるほど近づいた顔。
こちらを心配しているような優しい表情。
肩を抱き寄せるがっちりとした腕。
優しく腰に添えられた手。
吹雪を支えるために駆けた影響か、少しばかりの吐息が出ている環。
そのすべてを五感で感じた吹雪は、もう本当にどうにかなってしまいそうだった。
「━━っ!」
心拍は異常なほど高まって、外界の音が遮断される。自分の心臓の鼓動音だけがどくどくと響いた。
「司令、官」
特型駆逐艦、吹雪。彼女は佐野環の腕の中で。
艦娘として初めて、陸上で
誤字報告をしてくれる人は、例えるならばハガレンでいうマースヒューズ的縁の下の力持ち存在。
次回は明日じゃないよ。
あと、どうでもいいけど「アンチ・ヘイト」って「感想欄とかのヘイトコメに対してアンチ(批判はやめてねの意)」だとずっと思ってた。阿保だ。タグは外しました。