えー、いきなり
メーデー!メーデー!
どうも、佐野環です。
先程まで小一時間程通して、久慈警備府の施設を見てまわってきました。
正直なことを言うと移動中ずっと、『吹雪と共に歩いている』という事実に全く持って実感が追い付かず。
終始夢の中にいるみたいにふわふわと思考が纏まらなかったのは国家機密である。
そのせいで、自分が吹雪に何を言ったのかもあまり覚えていない。
吹雪が楽しそうに軽い足取りで前を歩くたび、彼女のきれいな後ろ髪が左右に可愛く揺れて、建物なんかよりずっと長く後ろ姿を見つめてしまった。
しかも狭い通路などで距離が近づくと毎回花のようにいい匂いがするもんだから、動揺を必死に隠すしかなかった俺はどこに向ければいいか分からない怒りを見学中ずっと抱えていたのだ。
大変辛く苦しい道のりであったが、我ながら上手く隠し通せたと思う。俺を讃えてくれ。
さて、そんな
あわや怪我をしてしまいそうだった状況だったが、こんな時のために黙々と筋肉と反射神経を鍛えていた甲斐があった。
大学校時代は駅前の週末ジムに行こうとしたら何故か母と校長から羽交い絞めにして止められたので、1人寂しく自宅で筋トレをかましていたのである。解せぬ。
まぁそんなことは置いておいて。
彼女の体温とか、女の子らしい柔らかさとか、なんかいろんなものを間近で感じてしまった俺は、それはもう笑えるくらいにテンパったのだが、どうにかなってしまいそうな前に腕の中で彼女が寝息を立てていることに気づいた。
その幸せそうな微笑みを浮かべた寝顔を見て、心臓がまた跳ねたのは致し方ないことだと言えるだろう。
思えば彼女も新しい司令官が来るということでずっと緊張しているようだったし、昨日も哨戒任務等、普段のローテーションがあったろうから疲れて寝てしまったのだろうか。
何処かで休ませてやろう━━━。
決して。そう決して、彼女の感覚をもう少し感じていたいなどという邪な気持ちを
そのままお姫様抱っこの形で執務室真ん中のソファまで連れていくことにする。
「よいせっと━━」
勢いをつけて彼女を抱えると吹雪は存外ふわりと軽々しく上がって、両腕の中におさまった。
そう言えばこの世界、艦娘に関する研究はあまり進んでいない。
未確認敵性知的水生生物。通称、深海棲艦。
それと対にして艦娘がこの世界に出現し始めたとき、大混乱の最中においても当然各国は謎の存在に対する研究に心血を注いだ。
早期の段階で判明した大きな事実は2点。
1点目は、地球上の生命が共通して持つホメオボックス遺伝子が深海棲艦・艦娘には存在しないということ。
艦娘の協力による血液検査によって判明したこの事実は、当然生物科学界を震撼させた。
とどのつまり、地球外から来た存在と証明されたようなものだ。
人間に酷似した姿を持つ艦娘の形態学的プロセスが既存の生物の常識からまるで外れているという主張は、科学者でさえも受け入れることに長い時間を要した。
2点目は、力学的指向性を持った観測できない存在。通称、"妖精"。
艦娘の身体能力を研究したところ、人類の運動能力の最高値を軽く上回る運動性能を持っていることが分かった。
しかし。
この研究結果は、逆の意味で驚いて迎えられた。
いや、低すぎないか━━━?と。
彼女らは海上で高い機動性を長期間維持したまま、作戦行動━━人類には駆除不可能な深海棲艦の撃滅を行える存在である。
調べたところ艤装にも特別な機構はなく、人類が持つ技術でも高価な資材と莫大な工数を支払えば作成可能な範囲。
深海棲艦の硬い装甲を上回る砲弾や魚雷の貫徹力・破壊力はどこから来るのか、なるべく艦娘という不確定要素に安全保障を委ねたくない人類は、莫大な予算を投じて研究を行うものの。
探しても探しても謎を解くきっかけはなく、謎は深まるばかりだった。
ありとあらゆる科学的手法を用いた分析が失敗し辟易していたある1人の英国科学者は、やけくそになって調査に協力していた赤髪の正規空母に直接聞いてみることにしたようで。
返ってきた答えは、
「ん?妖精さんに手伝ってもらっているんだ。…なにか回答に不服があるのか?」
とのことだった。
「あまりにメルヘンで
曰く、艦娘は艤装を使用する際に妖精に"お願い"をするらしい。
それが高次元の生物か別位相の物体なのか、とにかく人類には観測できないエネルギーを艦娘と深海棲艦は使えるのだ。
そんな不思議な存在である艦娘が、人類の味方として世界各地の近海海域を次々に開放していく最中。
当然、彼女らを
艦娘の脳を弄り回してエネルギーを軍事利用しようとした当時のプエルトリコ政府は、その日。
周辺150海里ほどを巻き込んで
翌朝、衛星写真が書き変わっていることに異変を覚えたアメリカ合衆国による調査で、あらゆる物質が一瞬にして再構成された痕跡が発見される。
これが俗に言う【プエルトリコ事変】である。
この出来事はあまりの衝撃を持って世界中に拡散され、以後艦娘に関するあらゆる非人道的な研究計画が凍結されたらしい。
プエルトリコのみなさん何やってんすか。
話が逸れた。
まぁ何が言いたいかというと、この世界で艦娘は『めちゃくちゃ強い
体重とか硬度とかは人間と大差ないし、どこから現れたかは未だ未解明ではあるが、消化機能や神経機能等の基礎的な生理的プロセスや身体の機能は同じなのだ。
だから俺はこうして、基準排水量1700トンを超える吹雪を軽々しく持ち上げられるし、彼女の寝顔を堪能━━おっほん。できるのだ。
さて。
このまま一生抱えていられる気がするが、彼女に悪いのでソファに寝かせることにしよう。
ゆっくり慎重に。起こさないように吹雪を優しく乗せて、肘掛けに頭をおいた。
その顔をちらりと見ると、もし女神がいたらこんな感じなんじゃないかってな表情を浮かべていた。
キレイだなーと語彙力のない感想を頭に浮かべながら、少し崩れた前髪をそーっと横に流そうと手先で髪に触れ、しばらく遊んでいると。
「んぅ━━━?」
「………」
あ、やべ。吹雪が起きた。
髪で遊んでいたのがバレる。
「━━?」
寝起きで焦点が合わない彼女の眼はされど、時間が経つたびにどんどんと正気を宿してきて。
周囲をきょろきょろと探った後、俺の方をじっと見た。
あ、目が合った。
「━━」
気づいた時にはもう、時すでに遅し。
俺の手はまだ、吹雪の額の上にあって。
抱きかかえて運んだ都合上、上から覆いかぶさるような姿勢になってしまっていて。
客観的に見て、なんか乙女ゲーのくさい
「お、おはよう、吹雪。」
慌てた俺は、ここで更に俺様系ヒロインみたいなムーブをかまして墓穴を掘ってしまい。
「~~~!」
そうして、実際の時間にしたら短いであろう2人の空間がされど、永遠に続いて。
やべーこれどう収拾しようかと額に一粒の汗をかいたと同時に、吹雪から「きゅぅ」という小動物みたいな音が聞こえたなーと思ったのも束の間。
「わっ、わあああっーーーーー!!!!!」
「うおっい!」
おそらく"妖精"の力を使った吹雪に、見えざる力でソファの背側に軽く飛ばされ、そのままソファの背にぶつかって家具ごと吹雪を巻き込んでひっくり返り。
「いててて…」
「いって…」
咄嗟にふさいだ目を開けると、ちょうど腰辺りに馬乗りになった吹雪がそこにはいて。
「○!※□◇#△!!!」
事態を把握し、噴火しそうな表情をした吹雪が再びわなわなと震えるのを見ながら、俺は。
あっこれまた吹っ飛ばされるやつだ━━━と目を閉じた。
俺氏、佐野環。吹雪に会えるなんていい人生だった。ありがとう神様。
来世はぜひ、他の艦娘にも会わせてください━━━。
「吹雪ちゃん、すごい悲鳴が聞こえたけど…」
「吹雪さーん!大丈夫ですか?」
久慈警備府所属、駆逐艦白雪・綾波、両名。
哨戒任務を終え帰投した執務室において。
「「ええええっーーーーー!」」
司令服を着た男に手をついて馬乗りになっている吹雪を発見。
「あっ、ちがっ」
~◇~
「それじゃ、ほんとに司令官…なんですね…?」
「ああ、まだ大学校を卒業したての
そう微笑む環。
彼の目線の先には、黒茶色の髪をセンターパートにして後髪を高く結んだ1人の少女が座っていた。
少女の名前は綾波。特II型駆逐艦の1番艦で、特I型駆逐艦1番艦吹雪の一応の妹でもある。
綾波は環に見られていることに気が付いて、頬を淡く染めてそっと目線を落とした。
ここはリビング。久慈警備府の中心部に位置する部屋で、艦娘が普段暇を過ごす場所でもある。
そこに置かれたソファに佐野環、吹雪。
向かい側の席に白雪と綾波が座っている。
それぞれの仕草は面白いようにバラバラだった。
環は「おい白雪と綾波もおるやんけワレェ!」と歓喜のうちに輝く運命を寿ぎまつり、キラキラとした目を浮かべ。
吹雪は照れやら恥ずかしさやらで真っ赤になった顔を収めることができないまま、両手で顔を隠し続け。
白雪はそんな吹雪に懐疑的な目線を浮かべながらも、あくまで無表情で環の方に体を向け。
綾波は両手をソファの縁に立てて体を乗り出しながら、環と何でもないところを交互にチラチラと見つめている。
「それは分かりましたが…先程のは?」
「ちょっとした事故みたいなものだよ。気にしないで」
「…」
先程。
究極の
その際、更に悲鳴を聞いて大慌てした吹雪が力を発動させて執務室を散らかしてしまう。
おかげで朝の掃除時に取り切れなかった埃が部屋を舞ったのは言うまでもない。環の久慈警備府における初仕事は埃掃除から始まることが確定した。
その後も、それぞれの驚きが別の人物に伝播してカオスな状況になっていったが。
あまたの攻防を経てようやく落ち着きを見せた彼女らは、場所をリビングに移して状況の把握を行うことにしたのだった。
「赴任する司令官の情報が伏せられていたので、まさかとは思いましたが…。本当に男性なんですね」
「驚かせちゃったかな」
「いえ。艦娘たるもの、どんな状況でも対応できてしかるべきですので」
まるで
彼女は環の目から見て、緊張せず対応できているようだった。
へー。白雪ってクールな学級委員長みたいなーって思ってたけど、本当にそうなんだ。
こんなん同じクラスやったら確実に惚れちまうやんけ。
綾波はなんていうか、散歩に出かけるのを今か今かと待ってる子犬?
こっちを伺ってる感じが最高に可愛いな!
「ここの艦娘は、全体で3人?」
「そ、そうです!あ、いや、えっと」
「今は3名ですが、司令官の赴任に合わせて追加で特駆が2名、早ければ明日にも。また白露型が近日中に5名配属される予定です」
おおまじか!?
誰が来るのかなー楽しみだな!
日本海軍、稀に旧日本軍と明確に区別するため新日本海軍と呼ばれることもあるが、まあそれはよくて。
そこの艦娘移籍募集・応募システムを使えば、追加の艦娘は結構簡単に募集できるらしい。
というのも、どうやら黎明期の混乱が収まったその後しばらく、艦娘は、彼女らが元来持つその献身的な姿勢に付け込まれ、戦場で相当酷使されてしまっていたらしく。
事態を重く見た当時の海軍長官によって、艦娘は配属先の了解が得られれば、自由に所属する鎮守府・警備府を変えることができるようになったとのことなのだ。
ちなみに、その海軍長官とは現海軍大学校長であるらしい。あの校長すげえんだな。尊敬。
その結果、陰湿でブラックな場所は瞬く間に駆逐され、ある程度の透明性が維持されるようになったとか。おいおい、ガチで有能じゃねえか。
そんなこんなで、もちろん我が久慈警備府も来てほしい艦娘に依頼を出したりすることも可能だ。
まぁうちは超極小警備府であるので、おそらくオファーしてもほとんど断られると思う。
そこらへんは規模に合わせて高望みしないようにしよう。
「今はみんな1つの部屋に?」
「そうですね。5人部屋に入っています」
部屋数は結構ゆとりがある感じだが、急に増えても対処できないしな。
よし。
まずは吹雪・白雪・綾波、彼女らと仲を深めて、司令官として認められるように頑張ろう。
その後来るらしい7名も時間をかけて仲良くなれたらいいな。
久慈警備府のこれからを少し思い描いた環は、
【地に足をつけて信頼を獲得していく】
という尤もらしい方針を立てた。
なお、その過程で何体の屍が積みあがるかは…。
いや、この話はやめておこう。
「し、司令官!それで…」
「うん」
「この後ヒトヨンマルマルから歓迎会があるんですが、参加します…か?」
「もちろん。喜んで参加させてもらうよ」
不安そうに尋ねてくる綾波。環が柔和な笑みで参加の旨を伝えると、
「で、では!綾波特製肉じゃがを作ったので!作ったので…! つくったのでっ…」
「おお、いいね。楽しみだ。頂いてもいいかい?」
「~~~!はい!」
そうして、キッチンの方に駆け出していく綾波。
感情が抑えられないのか、唇はゆるゆると動いて。小さなステップをしながら厨房に消えていった。
「では司令官。吹雪ちゃんは私が連れて行きますから、司令官はお先にあちらの畳の席へ」
リビングに移動してから顔を隠したまま一度も喋っていない吹雪を白雪は抱えながら、環にそう言った。
「ああ、ありがとう」
こうして、環にとっては
なんか気づいたら吹雪さんが暴力系ヒロインになってるんだけど。
シュレディンガー的表現「環の目から見て」