気づいたら艦これの世界にいた。   作:りるはばな

8 / 9
クソ長1万字越え注意


8話:芽生える独占欲

「さっき綾波ちゃんと何話してたんですか」

「え、いや?他愛無いことだけど…?」

 

そう環に抑揚のない声で話しかけた白雪は、未だ元に戻らない綾波の悶々とした表情を見て、ジトーっとした目を2人に向けた。

 

 

吹雪・白雪両名の絶叫が窓ガラスをガタガタと震わせた数分後。

何とか場の収まりを見せた彼らは、鳴りやまないインターホンの鳴らす主に会うため寮棟から玄関に向かって歩いていた。

 

特駆(仲間)が到着したぞお!と見るからにルンルンな足取りで向かう環と吹雪。

小さな体躯から溢れだしそうな何かを必死に落ち着けて赤面している綾波。

絶対何かあったよね━━と複雑な感情になる白雪。

 

三者三様の様子であるが、みな新たな艦娘の到来に心躍る部分があるのは共通であるらしい。

 

「新しい艦娘が着任するときは毎回緊張しますね…」

「分かります…」

「そういえば、ここ(久慈警備府)に着任したのは誰が初めてなの?」

 

ふとそんなことが気になり、振り返って後ろ向きに歩きながら興味深そうに話しかける環。

その一連の所作が、なんというか"同級生のいつも一緒にいる連れ"感を醸し出していて、吹雪達はグァッーと心臓にダメージを受けたのはさておき。

 

「わ、わたしです」

 

何故か恐る恐る手を挙げたのは、ようやく気息を整えて復活を果たした綾波。

 

「たくさん艦娘達がいたころからずっとは私だけで、しばらくして白雪さんが来たんです」

「うん。初めて会ったとき綾波ちゃん、捨てられた子犬みたいだったよ。寝るときだっていつも一緒に━━」

「わー!わー!白雪さんっストップ!」

 

聴こえてないよね━━と環の方をチラチラと見ながら、両手を前に突き出してそれ以上は喋らないでのポーズをとる綾波。

 

ここは貞操逆転世界。そして彼女たちは軍人である。

『なよなよとした自分を見られたくない』

そう、環の中での自分のイメージが下がってしまうことを危惧しているようだったが、綾波に子犬的な可愛さを見出して毎日でもモフり続けたいと思っている変態の環からすれば何を今更といった感じであった。

 

「司令官っ!新しく着任する艦娘()、誰なんですかねっ!?」

「え、吹雪達も知らないんだ?」

「はい!」

「今回新たに久慈に着任する艦娘達の移籍目的は、文書によると『来たる極秘軍事作戦での使用を企図した新兵器群の効果判定試験』になっています。機密性が高いが故に事前の艦娘間情報共有がなされないとありましたが、そもそもなんでそんな試験をここ(久慈警備府)でやるのか疑問で...っ!?」

 

露骨に興奮している吹雪に代わって話し始めた白雪は、途中でその説明を尻すぼみにして、行く道の途中で立ち止まってしまう。

話を静かに聞いていた綾波も一瞬、あっという小声を出して共に歩みを止め、環を見やった。

 

「ん、どうした?」

 

唐突に説明をやめた白雪を不思議そうに眺める環を横目に、彼女らの頭の中ではある一つの仮説が作られていた。

 

「綾波ちゃん。もしかしてだけど…。効果判定試験なんてものはなくて、司令官の存在を隠したまま艦娘を集めるために取ってつけられたカモフラージュ……?」

「わっ、わたしもそう思いました!」

「そ、そうよね…。事実、司令官はその件を了解していなかったし、搬入された物資も量こそ増えたけど7名の艦娘の着任があることを考えれば許容範囲内だし…。」

「でも、なんでそんなこと…」

 

━━ちょっと待って。

 

突如、白雪の頭の中で思考が爆発する。

 

(もし通常通りに艦娘の着任プロセスが行われたとして。新しく着任する艦娘は司令官のデータを調べられるから、当然━━)

 

そこまで思考を紡いだ白雪は、俯いていた顔を持ち上げて環の方に目線を向ける。

一連の白雪と綾波の所作を少し怪訝に思いながらも、環はコテンと首を横にして笑顔を浮かべた。

 

(━━っ! 当然、いや確定で喜びまくるに決まってるよ! で、で! そんな娘の様子を他の艦娘が気づかないはずがないから……)

 

「盗られる…」

「え、なんか言った?白雪」

「綾波ちゃん。盗られちゃう」

「盗られ…ちゃう…」

「撮られる? 何の話?」

「盗られ…ちゃう…!」

「?」

 

困惑する環を置き去りにして、白雪と綾波の頭には1つの最悪な結末(バッドエンド)が浮かぶ。

 

……ここに司令官がいるって分かったら、艦娘全体が揺れる…!

だって、だってこんな司令官誰だって欲しいに決まってるもの…!

ええとええと、そしたら指揮下に入れない艦娘達がどう思うかなんて!

ぜーーーったいに着任要請を飛ばして自分のもとに連れてこようとするに決まってる!

というか、私ならそうする!

統合鎮守府とかから要請が沢山来たら、さすがに大本営も動くはず…!

そうなったらさすがに断れないよ!

 

変わらず無表情で環を見つめ続ける白雪。しかしその目の奥には、少しばかりの黒い濁りが表出しだした。

 

絶対にそれだけはダメ━━!

司令官は私達の、私達だけの司令官でいてくれなきゃだめなんだから。

何が何でも隠し通さないとっ━━。

 

環が手を振りながら警備府を去っていく最期を妄想してしまった白雪は、その重く暗い感情を携えてこれからの決意を新たにする。

少しの間瞼を閉じた白雪はしかし、もう一度瞳が見えた時にはゾッとするぐらい魅惑的な表情を浮かべて、再び環に向き直った。

その表情は環も一瞬固まるほどで。

 

「お手数おかけしてすいません。些細なことなので気にしないでください。 さ、早く迎えに行きましょう」

「お、おう? すごい気になるけど…」

「待たせちゃ悪いですからねっ! 急ぎましょう司令官っ!」

「ちょっ吹雪引くなって危ない!」

「そうですね~! 急ぎましょうっ!」

「綾波も押すな押すなっ」

 

新たな(特駆)の着任に冷静な思考を失って無意識に環の手を繋ぐ吹雪とは対照的に、暗い感情を胸に背中を押す綾波。

 

 

2人の積極的な接触に少々面食らいながらも環達は共に歩き、玄関に到着する。

楽しみが抑えきれなくなった吹雪は少し駆け出して、勢いそのままに扉をガラガラと開けると━。

 

「今開けまーすっ!」

「待ちくたびれたよー」

「遅いわよっ……って吹雪じゃない」

「あぇ? 吹雪さんだぁー!」

 

「敷波ちゃんに叢雲ちゃんっ! 久しぶりっ!」

 

そこにいたのは、特型駆逐艦5番艦叢雲と特II型駆逐艦2番艦の敷波だった。

 

「はいはい久しぶり。その元気さは変わらないわね」

「へぇ、吹雪さんがいるんだー。良かったぁ」

 

数年前の大規模作戦以降、顔を合わせる機会が全くなかった吹雪、叢雲、敷波。

同じ特型駆逐艦であることから彼女達は特別な繋がりを感じるようで、さぞ楽しそうに同型艦トークに花を咲かせる。

未だ壁と扉が障害になって彼女らの姿を見ることができない環は「えぇっ叢雲と敷波ぃぃぃ!?」と思わず飛び出しそうになったが、そこは艦娘ファーストの男。

嬉しそうにゆらゆらと揺れる吹雪の後ろ姿を微笑ましそうに見ながら、自分の出番を待つことにした。

 

「白雪ちゃんと綾波ちゃんもいるよ!」

「えっ嘘、綾波もいるの?」

「特駆がだいぶ揃ってるわね」

 

3人の話題に出た白雪と綾波は一度お互い顔を見合わせると、環の方に目線を向ける。

環はニヤリとサムズアップして参加を促すと、彼女らは吹雪の背中に向かって飛びついた。

 

「わぁっ!? ちょっといきなり抱き着かな」

「お久しぶりですっ皆さんっ!」

「久しぶり。叢雲ちゃんに敷波ちゃん」

「綾波だぁ!白雪さんも!」

「あら、ほんとね。久しぶり」

 

彼女ら5人は長年の不通によるギャップを全く感じさせないままキャッキャと再会を喜び、お互い抱きしめあったり挨拶を交わしたりしている。

 

そして。

そんな様子を、影ながら見守る男が1人。

 

あぁ^〜、心が浄化されるんじゃ^〜

 

と現在進行形でトんでいる環である。

艦娘に会いたいが為にここまで走り抜けてきたくせ、推しは壁と成って見守っていたいという欲求もある彼は、彼女らが実存して、そこで会話が繰り広げられていることに感極まっていたのだが。

 

「で、吹雪。今回の着任要請、不可解な箇所が沢山あるのだけれど。それを説明してもらえるかしら?」

「えっ? 不可解な箇所?」

「まず、任務の詳細が知らされてないことね。効果判定試験と指令には書かれていたけど、この施設を見るにどうもそれはブラフみたいじゃない」

「それはアタシも思ったなー」

「あと、指令が急すぎたし、ここにいる艦娘の情報も検索できなかったわ。ほかにも沢山あるけど、やっぱり1番は赴任してる司令官のことが何も分からな━」

「それなんだけどっ」

 

会話を遮ったのは白雪。彼女は片手を頬に当てて、小声で叢雲と敷波に向かってこう話し始める。

 

「実際にお会いした方が早いと思う。そこにおられるし」

「あ、あら? そうなの?」

「司令官ー! こちらに! あと、

「どうしたのかしら? あと何でそんな小声なのよ━━」

 

(悪魔)との対面のために、吹雪・白雪・綾波の3名は立つ位置を変えて、他の2名と横並びになった。

叢雲の横に立った白雪は手はそのままにして、おおよそこの先に起こるであろう出来事を確信しながら口を開く。

 

 

 

 

「鼓膜を破りたくないから、叫ぶときはなるべく小さな声でね」

「「え?」」

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして」

 

 

瞬間、時の流れが遅くなる。

 

その声は、女性にしてはあまりにも低くて。

低いのによく響く、どこか安心させる声色で。

 

ゆっくりとこちらに向かってくるその人物は、とても背が高くて。

微笑を浮かべた顔は、貴公子かってぐらい魅力的で。

 

 

「叢雲、敷波」

 

 

自分の名前が、男性の口から発せられていることに理解が追い付かなくて。

この人は誰って、本能が理解を拒むのに。

彼が着ている軍服は、もうそういうことで。

 

 

「久慈警備府へようこそ」

 

 

「「━━━」」

 

 

 

白雪と綾波が耳を痛いぐらい塞いだのは正解だった。

 

 

 

 

なお吹雪。

 

 

 

 

 

 

 

~◇~

 

 

 

 

 

 

 

 「で、どういうことなのよっ…!」

 

カンカンカンと音が聞こえる。

 

昼下がり。

ここは久慈警備府。その中央、リビング。

 

一通り施設内の案内を終え、久慈警備府所属の全ての艦娘が一堂に会する中、叢雲は恨めしさを隠そうともせずに吹雪に詰め寄っていた。

 

「ど、どうって…」

「なんで、男が、いるの、って聞いてんのよ!」

「いひゃいっ!」

 

吹雪の頬をつねる叢雲。彼女は再び怨念を飛ばすと、問題の存在に目を向ける。

 

その問題━━佐野環は、カウンターキッチンで無駄にアクロバティックにチャーハンを作っていた。

その横で調理の手伝いをしているエプロン姿の綾波。彼女は見るからに嬉しそうに、ぴょんぴょんと動いている。

 

あまりに非現実的な光景が繰り広げられていている状況に叢雲は「もしかして夢を見てるのかしら」ともう一度吹雪の頬を引っ張った。

 

「いひゃい」

「…夢ではないのね」

(ちょ)おっおおぉ(ちょっとぉ)いうんのおおをうええっえお(じぶんのほほをつねってよ)!」

「こんなに驚かされたんだから大人しく引っ張られてなさい。まったく……敷波もそう思うわよね?」

 

そう叢雲が敷波に同意を求めようとして彼女の方に目を向けると。

 

「………………」

 

熱に浮かされたように、放心状態でずっと環を見ている敷波がそこにはいた。

 

そっと立ち上がる叢雲。するりと敷波の背後に回り込むと、吹雪と同じように彼女の頬をつねった。

 

「うわぁっ!びっくりしたー。いきなりなにすんのさ」

「アンタ、ずっとあいつのこと見てたでしょ」

「…べ、別にいいじゃんか」

「よくないわっ! あのね、大体この状況をちゃんと説明してもらわないと━━」

「…自分だってチラチラ見てるくせに」

「なっ!?━━━」

 

「できたぞーー」「できました~!」

 

図星を刺されて二の句が継げなくなる叢雲。

その最悪のタイミングで環お手製『胡椒マシマシチャーハン』が到着する。

 

「ん?叢雲は何で立ってるんだ?」

「べ、別にっ!何でもないわよ!」

 

環にそう聞かれた叢雲は、顔を真っ赤にしながらバツが悪そうに元の位置へ戻った。

 

「食べるぞー」

「おいしそうー!」

 

新たに着任する叢雲、敷波の目の前に環が座る。その横を白雪と綾波が固め、総勢6人が同じテーブルの席に着いた。胡坐を組んで腰を落ち着けた環は2人に目を合わせ━━。

 

「じゃ。何はともあれ、飯を食おう」

「「いただきますっ!」」

「いただきます」

「…いただきます」

「どうなってるのよ………。…いただくわ」

 

少し遅い昼飯を食らうことにしたのであった。

 

 

 

 

「じゃ、私が洗ってきますね」「私も行くよ白雪ちゃん!」

 

それから数十分後、無事に食事を終えた彼ら。

白雪、吹雪が食器洗いのために席を立って、ようやく腰を落ち着けて話をしようかという雰囲気が漂った頃。

環は改めて目の前の2人を見つめていた。

 

「な、なによ」「…なにさ」

 

環に見つめられていることに気が付き、頬を赤らめながら落ち着きなく体のポジションを探す2人。

もちろん、彼が艦娘をじっと見ながら思うことなど決まっている━━━即ち、賛美である。

 

 

 

 

 

あかん、2人とも可愛すぎてイケない感情で溢れてしまいそうや。

 

まずは叢雲。

そのエッッッすぎる黒ストと体に密着した制服はもうこの際明言しないとして、何より髪型とその色!

二次元キャラにしか許されない輪切りにしたような重めのおさげ風横髪に、まさに叢『雲』ってな感じの淡い水色の髪色。それをネクタイと同じ紅色の紐で纏めているのが全体的な統一感を増している(謎のスタイリスト目線)

自信が溢れ出てるその奇麗な橙色の眼と、古き良き王道ツンデレ。

まさにごちそうさまと言いたくなる反応をしてくれるのだ。

 

「…アンタ、何とか言いなさいよ」

 

ごちそうさまです(昇天)

 

 

 

続いて敷波さん。

環調べ『リアルにいたら確実に恋する素朴な女の子』ぶっちぎりで一位の敷波さんである。彼女の何というか、現実にもワンチャン存在しているんじゃないか感が人類を狂わせるのである。

少し田舎で一緒に幼馴染として育っていきたい感じがすごぉい。なぜ俺はそんな人生を歩まなかったのか。

 

そして、そもそも声がいいよね。これも伝えたかった。彼女の放置ボイスが不治の病に効いていたのはあまりに有名な話だ。

 

あと、こんな最強湿感少女敷波さんであるが。

前世の、更に艦これをやっていた頃となるとだいぶ前でうろ覚えになってしまうが、あまり人気のある艦娘ではなかった気がする。個人的にはかなりお気に入りであったので世間との認識のズレに苦しんだものだが…。

 

 

「…な、なんだよー」

 

 

やはり俺の眼は間違っていなかった━━━!

こんな可愛すぎる娘に人気がないなんて世界のほうがイカレていたんだ━━━!

俺達はやったよ━━━

環は全国各地に居たであろうシキナミスト(敷波好きの提督)に向けて心の中でガッツポーズを掲げた。

 

 

「ごめんごめん。改めて自己紹介をしようか。僕の名前は佐野環。日本海軍所属で階級は2等海尉。昨日付でここ、久慈警備府を特別指揮官として指揮することになった。宜しく頼む」

「……叢雲。特型駆逐艦、5番艦の叢雲よ」

「…特II型駆逐艦2番艦の敷波。…よろしく」

 

脳内で繰り広げられていたキモイ思考をおくびにも見せずに自己紹介を始めた環は、緊張によって口数が減った2人の様子を微笑ましく思いながら、右手を出した。

 

「「……」」

「……」

「…な、なによ? この手は?」「………」

「なにって、握手だよ?」

「「………」」

 

えっ男の人と触れるの━━━と状況理解が追い付かず一瞬、宇宙猫みたいになった2人は、握手相手を求めてゆらゆらと手を揺らす環を見て、ゴクリとつばを飲み込んだ。

 

どちらから握手するんだ━━。

 

そんな奇妙な読み合いが永遠に続きそうな空気が流れたころ。

 

意を決した敷波が、顔を真っ赤に腫れさせながら身を乗り出した。

 

 

 

「…ん」

 

敷波が目を閉じて、手をパッと握る。

初めて触れた男性の手は思ったより硬くてごつごつしていて、それに優しく握られると言葉にできないあったかい気持ちが相手の手から伝わってくるような気がして、恥ずかしさの限界を迎えた敷波はすっと手を引こうとするが……。

 

環がよりぎゅっと握って、敷波の離脱を阻止した。

 

「なっ! なっ…」

「会えて嬉しいよ、敷波」

「!?」

 

座高が違う敷波に目線を合わせるように少し体勢を下げた環は、彼女の眼をしっかりと見ながら会話を続ける━━━握手しながら。

 

「僕は上官だけれど、戦いの経験は圧倒的に君たちの方が上だ。久慈警備府に着任したのだって一日しか変わらないし、上官だからと気負わず、同期のような目線でこれから共に戦っていけると嬉しい」

「 」

 

 

 

 

 

~数秒後~

 

 

 

艦娘全員が、ピィと変な音を出しながら後ろに倒れていった敷波を無視して、次に片手を出し合っている環と叢雲に視点を移した。

 

「初めまして、叢雲」

「っ…! ま、まあ、今までチヤホヤされてきたんでしょうけどっ。こ、このっ、む、叢雲の指揮をできるのを光栄に思って、せいぜい頑張りなさいっ!」

「ああ、とても光栄だ。いろいろ教えてくれると嬉しいな」

「 」

 

ニッコリと微笑みかける環。

その笑顔を見て心が沸騰しかける叢雲。その頭の上に浮遊している狐の耳のような兵装が赤く点滅する。

その様子を見て、ほんとに浮いてんだな━━と呑気に感心した環は、好奇心を押さえられずに叢雲に聞くことにした。

 

「そういえば、その頭の上にある兵装、いつもあるのか?」

「っアンタ…!……ま、いいわ…。」

 

先程受けた傷が未だ癒えない叢雲は、自分と違って動揺を微塵も感じさせない環にキレそうになったが、自分が意識していることをより際立たせてしまう━━━と落ち着いて、一回深呼吸をする。

叢雲は自分の兵装を撫でながら環に言った。

 

「別に。いつでも戦闘できる心構えを忘れないために纏ってるだけよ。普通に外そうと思えば外せるわ」

「そうなのか」

 

めちゃくちゃ感心していますといった様子を見せる環。叢雲はその様子を見て恥ずかしそうに鼻をさすった。

 

「…今度は私から質問するわよ」

「分かった。何でも聞いてくれ、叢雲」

「っ! …アンタはここ(久慈)で、現場指揮官としてどういう艦隊運用をするわけ? 何か案はあるんでしょうね?」

「なるほど。勿論、まだ確定ではないけどね。骨子はできているよ」

 

そう言って、久慈警備府運用の構想を話し始める環。艦娘の間では少し緊張が走り、居住まいを正し始める━━━気絶したのち、綾波の膝に頭を乗せられて撫でられ続けている敷波を除いて。

 

「まず、見てもらったと思うけど、ウチ(久慈)の現在の設備環境や整備兵・工作艦不在の状況では大型艦の運用は難しい。よってまずは駆逐艦の練度上昇・連携強化、これに我の全力を投射する。」

「…なるほど」

「具体的には特駆5名、後に来る白露型5名を第一水雷戦隊、第二水雷戦隊としてそのまま編成。以降5名1部隊を1ユニットとして追加で2ユニットほど創設し、4ユニット程度での基本ローテを組もうと思う」

「…」

「その後、各水雷戦隊を拡張する形で軽巡・軽空母を入れていければ…って感じかな。更にその後は正直定まってないよ」

「……とりあえず目指すのは"駆逐艦を中核とした部隊編成"……ってこと?」

「そうだ」

「………本当に?」

 

環の説明を一通り聞いた叢雲は、怪訝な表情を浮かべた。見渡せば他の艦娘も同じようで、不安な眼をしている。

 

 

この世界。

幾万と艦娘がいる世界だが、当然編成を考える際においてプライオリティの高い艦・低い艦という優劣は存在する。

 

まず、外洋航行能力に乏しい近代以前の甲鉄艦や木造艦を基にして出現した艦娘は、基本的に瀬戸内海や伊勢湾・有明海などの内海の防衛を担う。

彼女らは基本的に、"妖精エネルギー"によって自らを硬質化させて敵に殴りかかる文字通りの肉弾戦━━所謂ラムアタックを行うのが主である。

そしてその戦闘スタイルの弊害なのか、彼女達は気性が荒かったり好戦的である━━もちろん恋愛に関してもそうであるから、校長の手によってそれらの地域は環の赴任候補地からは外れたのだが、それは置いておいて。

 

外洋での大規模な作戦行動を立案する際、その候補に選ばれるのは近代以降の艦娘となる。

こと通信状況が良好な海域においては電子化された艦娘が主力部隊として戦線を張る機会が多いが、無論、高い継戦能力と素の頑丈さを持つ大戦時の艦娘も重宝されている。

 

その中で、やはり編成の際に一番望まれるのは正規空母・戦艦・巡洋戦艦・重巡洋艦などの大型艦。

軍艦の艦娘化によって大型艦の維持コストが駆逐艦数隻分と大差なくなったのにもかかわらず、駆逐艦数十隻・数百隻分のエネルギーを利用できることが一番の要因である。

その上、大戦の駆逐艦は決戦兵器(リーサルウェポン)である魚雷の携帯数が、諸々の理由で少なくならざるを得ず。

前衛艦の艦娘達は、不遇と断言できるほど不遇ではないが、全く不遇でないとは言えないような━━要するにサポート要員的な立ち回りを期待されている存在なのである。

 

それを「中核にする」と言う環。現行の常識では少々特異な運用計画なのであった。

 

「…本当にできるの? そんなこと」

「…私も不安です…」

「みんなの不安もわかる。ただ、挑戦する価値はあると思うんだ」

 

そう口に出した環は、一瞬、遠い未来を見るようにしたあと、艦娘達に視線を戻した。

 

「高い機動性を維持しつつ、有機的に連携して敵深海生命体を"群れ"として撃滅する。久慈警備府の目指す戦闘はそれだ」

「…………」

「そして、そんな芸当は、恐らく駆逐艦の君達じゃないと実現できない」

「……」

「どうだろう。一度、僕と一緒に試してみない?」

 

その顔は情熱的で、明るくて、少し蠱惑的で、叢雲達は呆気にとられたが━━。

 

「わ、分かったわ。まあアンタの思いは何となく分かったし…。べ、別に命令聞いてあげても」

「そうか」

「司令官、私も挑戦してみたいですっ!」「私も」「がんばりますっ」

「そうか」

 

皆を見渡して、一人一人としっかり目を合わせる環。お互いの想いが繋がった瞬間。

数秒後、何故か気恥ずかしさが空間に漂って、彼らはともに笑いだした。

 

「それじゃあ、大型艦のみなさんは受け入れないんですか?」

 

ようやく笑いの波が静まった頃、綾波が訪ねる。

 

「いや、もちろん、大型艦も受け入れたいが……。うちのオンボロ環境では移籍依頼を出したってこないだろうしね」

 

 

 

 

いや寧ろ(むしろ)大挙して来るでしょおおおおおおおっーーー!

 

環のあまりの自己評価の低さに全員が台パンしそうになったが、そこは上官の前。

全員が造った笑みを顔に張り付けてうんうんと頷いていた。

 

「じゃあ、次。もう一度僕からいいかな?」

「なによ? 」

「いや、今度は質問とかじゃないんだけど…。お願いっていうか…」

「…。急に歯切れ悪いわね。言いなさい?もうアンタは私の司令官なんだから」

 

 

 

 

「その耳、触らせてくれないか」

 

途端、叢雲はフリーズし、再起動に少しの時間を要することになる。

 

「え?」

「ん? 聞こえなかったか? その耳━━」

「き、聞こえてるわよっ! な、なに、なんで」

「ん。なんでって、何となく? かっこいいものがあったら触りたくなるのが男の性ってもんだと思うけど」

 

それを言うなら女のでは━━という白雪の冷静なツッコミは春の陽気に溶けていく。

 

「いや、無理ならいいんだ。無茶なお願いをして悪かっ」

「できるわよっ!」

「━━え、本当にっ!?」

「えっ、あっ」

 

条件反射でそう口に出してしまった叢雲は、撤回するタイミングを完全に見失って、己の発言の責任を取るしかならない状況に追いやられていく。

 

「本当にいいのか?」

「…っ! か、かかってきなさい!」

「それじゃ失礼して」

「…! よ、余裕なんだから、余裕なんだからね!」

 

誰に向けてか分からずそう吠える叢雲。

彼女の体は少し後ずさって、しかし僅かに残る気合いで踏ん張りを維持する。

そんな攻防をしている間にも環の魔の手はゆっくりと近づいていく。

 

「~~っ!」

 

ちょうど環の手が兵装に触れようかとする頃、得てして頭を撫でられる直前のような状況になってしまった叢雲は、正常でいられる限界点を軽く突破していきなり叫び出した。

 

「あ、ああああ━━━」

 

そのまま後ろで体を支えていた手で地面を蹴って、頭上攻撃(環の手)の範囲から即座に離脱。

すわ戦場にいるのかと見まごう程の速度で大地を駆けて、駆逐艦棟の方に消えていった。

その間、約2秒。

撫でる対象を失った右手を突き出したまま唖然とした環は、数秒後、口を開く。

 

「やっぱり兵装ってのは戦場での生存に関わるものだから、そう易々と触らせてくれないよな。これから信頼されるように頑張っていかねば」

 

 

暖かい空気が少しの涼しさを帯びるこの場所で。

 

いや、ただ限界を迎えただけだと思います━━━

そう、誰かが口に出すべき言葉は、ついぞ発せられることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~◇~

 

 

 

 

 

 

 

 

時針がちょうど真下を指す頃。

少し前まではもう真っ暗だったこの時間帯でも、春になるにつれて日没は少しずつ延び、電気を付けずともまだまだ明るい。

そんな、つい気持ちが凪いてしまうような季節に。

 

「っ…何なの!? アイツどういう了見なの!?」

 

叢雲は与えられた一番奥のベッドで枕に顔をうずめながら、ふがふがと文句を垂れ流していた。

彼女の言動とは裏腹に両脚はバタバタと動いていて、着任用に特別丁寧にアイロンをかけた制服はわしゃわしゃになっている。

耳型の兵装は緊急事態かと誤解しそうなほど点滅していて、その点滅間隔は、先程からどんどんと早くなっていた。

 

 

「ただいまーーって、叢雲ちゃん、まだ悶えてるよ」

「仕方ないよ、吹雪ちゃん。あれは仕方ないよ…」

「そうですね……私なら心臓止まってたかもっ」

「すごかったねーー……。…うん」

 

各々が先程の光景を思い出す。

皆、共通しているのは「もし私がされていたら」という妄想だった。()

 

「叢雲ちゃん、叢雲ちゃん起きて」

「なによ吹雪。私のことを笑いに来たの」

「そ、そんなんじゃないよ! 全員で話しておくべきことがあるって白雪ちゃんが」

「…ん、白雪?」

 

吹雪より大姉妹の長女しているんじゃないか疑惑が持たれている白雪だが、このように自分から皆を集めるのはかなり珍しいことでもある。

不思議そうに思った叢雲は首を曲げて埋めていた顔を出した。

 

「ありがとう吹雪ちゃん、そして聞いてくれてありがとう叢雲ちゃん」

「礼はいいわ…話ってなによ?」

「実は……まあ…皆が予想してる通り、司令官のことなんだけど」

「っ アイツがどうかしたのよ」

 

そう言って話し始める白雪。

『アイツ』と言って嫌そうな感じを出している叢雲。

『司令官』という単語が出た途端、体を少し乗り出したのに全員が気がついたが……。誰も指摘しないでおいた。

 

「叢雲ちゃんが撤退をしたあと、しれ」

「あ、あれは撤退じゃないわっ! て、転進よ」

「…叢雲ちゃんが転進をしたあと、司令官が言ってたの」

「何をよ」

「"秘書艦"のこと」

「!?」

 

秘書艦。

作戦計画や事務作業、艦娘全般の生活補助に至るまで、指揮官の横で鎮守府・警備府を支える、言わば指揮官達の『相棒』である。

通常の鎮守府や警備府であっても、普段の任務にプラスされる形でさらなる業務をこなさなければいけないのにもかかわらず、大変華のあり人気な役職なのであるが………。

 

 

ここ久慈警備府では、ちと話が変わってくる。

 

 

「秘書艦は基本執務室に詰めて司令官の補助をする…のよね」

「「「「…………」」」」

 

執務室。

他には誰もいない空間。

司令官がペンを走らす音だけが静かに聞こえて、窓から艦娘が訓練している様子が見下ろせる。

そんな中。

自分だけ。

司令官と二人きりで。

お疲れですか? 珈琲はいかが?━━とかいっちゃったりして。

ありがとう、頂くよ━━なんて笑みを返されたりして。

執務の間に流れる時間を、談笑したりして━━。

 

なんて乙女の(キモイ)妄想をしてしまった5人は、同時に頭でボンッという音を鳴らした。

 

 

「…それで、それがなによ」

 

再び照れていることを自覚してしまった叢雲は、どこに向ければいいのか分からない感情を抱える弊害か、涙目で半ばキレているような表情を白雪に向けた。

 

「司令官は基本秘書艦をローテにしようかなって言っていたんだけど」

「!? そ、そうなのね。じ、じゃあ私もやることになるのよね………ふふ

「でも、これから艦娘がどんどん増えたら、話は変わってくると思わない?」

「」

 

不安を煽るような白雪の声色に、その他の艦娘は否が応にも悲しい未来を想像してしまう。

 

想像するのは近い未来。

後から入って来る艦娘。

そんな彼女たちにどんどんと司令官と接する機会が奪われて……。

 

「ひっ」

「そもそもっ。男性の司令官がここにいるって各地に知れたらっ。もしかしたらっ、司令官と離れ離れになるかもしれないよね…」

 

さらに想像するのは遠くない未来。

大本営から異動指令が来た司令官が、キャリーケースと共に久慈警備府の正門から出ていく。

それを吹雪達は見ていることしかできなくて……。

 

「ひっ」

「それ、は………」

「「……」」

 

「だから……!」

 

どんどんと思考が沈んでいく吹雪達。そんな彼女たちの前で、白雪は声を張り上げた。

 

「艦娘評議会、を作りたいの」

「艦娘、評議会?」

 

そう復唱した敷波に頷きを返すと、白雪は続ける。

 

「久慈警備府の艦娘の統制をしつつ、外部からの司令官異動といった要請に対抗するための組織。もちろん司令官には内緒」

「それ、は……」

 

艦娘評議会。その単語が甘美な響きに聞こえてしまった4人。

正直アリかも…そう全員が気持ちを傾けだしたその時、吹雪が最後の倫理観を振り絞って白雪に尋ねた。

 

「たっ、たとえば、司令官の側からここを去りたいって言ったときは、私達は…」

「いや、」

 

 

 

「…それすらも、管理します。だって…」

 

 

 

 

白雪の眼の奥の真っ黒な瞳孔が、怪しく煌めく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「だって、あの司令官は、私達のなんだから」




なんか環さんの貞操の雲行き怪しくない?大丈夫そ?(完全自業自得)
あと、こんなことを言っていますが大型艦はいろんな形で普通に出ます。

㊗めでたく感想が100件超えました。
こんなにもらえるとは思ってなかったぜ...
何度も読み返してにやにやしてます。モチベーション供給をありがとう。


追記
今まで公開した分、納得がいってない部分が大量にあるので、これからちょくちょく工事をします。
(ここスキがずれてしまうの残念だけど)
ご留意!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。