「というわけで退院しました」
「おかえり~」
「また軽い怪我だったみたいに言う……」
片や、にへらと笑いながら。
片や、溜息まじりに呆れた表情を見せながら。
出迎えてくれる二人の顔を見て、改めて戻ってきたんだと実感してしまう。
「……チナツは今日も委員会?」
「今日もだし、昨日も一昨日もだよ~」
相変わらず、ここには一人足りない。
いつも通りと言ってしまえば、その通りではあるけど……
などと思って教室内を見渡した時、ふと、ちょっとした異変に気付く。
「あれ、今日は他の風紀委員たちも居ないんだ?」
「うん。私達が来た時にはもう居なかったよ」
あまり多くない教室内の人口が、さらに少ない。
とはいえ、別段珍しい事でもなく。
「まぁ、またどこかで喧嘩でも起きたんだろうけど」
いつもの事だ、と特に気に留めることも無かった。
「いや~? それはどうかな~」
「喧嘩にしては……ね」
しかし、二人は何か思う事があったらしい。
お互いに一瞬目を見合わせ、軽く笑っていた。
「……? どういう事?」
そんな二人を見て他の要因を少し考えてみたものの、見当すらつかなかった。
「だって風紀委員、まだ出動してないもん」
「え? なんで?」
てっきり、もう既に現場に向かっていると思っていた。
二人の話を聞く限りでは、もう風紀委員は集合し終わってるはず。
なぜ動かないのだろうか。
「さ~? 考えられるのは~……」
「情報部が何か掴んだ、ってくらいかな」
「情報部……?」
情報部は、ゲヘナにある
「らしい」とはそのままの意味で、私もよく分かっていないのだ。
活動内容はふんわりと推測できるが、本当のところは何をしているのか。
所属している人間も、トップが誰なのかも。
それらは、ゲヘナ学園の限られた人間や組織以外、誰も知らない。
「それも、動員してすぐ動かないんだから……」
「機を伺ってるんだろうね~」
「委員長じゃないね。この動き方」
「ま~、『犬』の方だろうね~」
「?」を浮かべる私をよそに、二人の会話はポンポンと進んでいく。
詳しく聞こうと口を開いた時、耳が聞き慣れない音を捉える。
「……エンジン音?」
「ん?」
「どしたの~?」
外の喧騒の中に、突然現れた複数の音。
エンジン音に聞こえるが、私が知っているどの車よりも重く、力強い音だ。
「車……なのかな? すごく大きい音が、あっちの遠くから……」
二人は私の言葉に目を合わせると立ち上がり、教室の外……私の差した方角に目を凝らす。
釣られて二人と同様に外を見渡すが、私の言ってた車は見えない。
「見えないね~」
「んー……音は聞こえるんだけど……」
音の聞こえる方向に目を細めても、居るのは教室に行く気もないゲヘナ学園生だけ。
音の方角的には、風紀委員会本部の方からなのだけど……
「いや、いるね」
そんな私達をよそに、セキは見えると言う。
口元に手をやり、鋭い目でそこを見つめていた。
「さっすが~。スコープ使わない狙撃手さんは違うね~」
「ありがとう。最大限の嫌味として受け取っておくね」
「え、嫌味? どうして?」
実際、私達に見えないものが見えているのだ。それも肉眼で。
誉め言葉になっても、嫌味にはならないように思えるのに。
「私ね、何でか分からないけどスコープ使うと吐き気が物凄いの」
初めて聞いた。
知るキッカケすらなかったのも確かだけど……
「他にもメガネとか、双眼鏡とか……視界に変化があるのは、基本的にダメ」
「ガラスとかは大丈夫みたいだけどね~」
「で、ヘチマは一番それを知ってる。だから嫌味」
二人がずっと前からの知り合いというのは聞いていた。
詳しくは知らないが、コンビを組んでいて銃の扱いも慣れていると。
それほど近い距離だからこそ言える嫌味というものだろうか。
少し、羨ましい。
「でも、やっぱりスゴイよ。同じ場所から見てるのに、私達に見えないものが見えてるんだから」
「全然スゴくないよ。むしろスコープが使えないから中途半端って感じ」
スコープが使えない事がコンプレックスになってしまってるのだろうか。
セキは自分の才能を認めようとしないが、私からすれば、それは紛れもなく天から授かったものだ。
「セキは嫌? 自分の、その目が」
「スコープ使えないぐらいなら、いっそ要らなかったね。視力良くて助かったって思う場面も無いし」
「そっか。……それでも私は、セキが羨ましいな」
「羨ましい?」とセキは
その目からは不信感が見て取れる。
「だって、セキが見えてる景色は、私達には見えないから」
セキを見つめ返しながら、言葉を紡ぐ。
ここで引いては駄目だ。
「私達がセキの景色を見ようとしたら、それこそ双眼鏡を使わないといけない」
何より。これは本心だ。
私は心の底から、セキが羨ましい。
「それに、知ってる?」
今から放つ言葉は、人によっては
酷い言葉かもしれない。
でも、私は信じてる。
「その気になれば、人はどんな欠点でも克服できるんだよ」
かつて天才を妬み、恨み、尊敬して追い求めた。
人生のほぼ全てを捧げた。
結局、終生追いつく事は叶わなかったが、私はその人の隣にいることを許された。
私の、唯一の誇りだ。
「あ、勘違いはしないでね? 何もセキにそこまで求めてるわけじゃなくて。ただ……」
「……ただ?」
「――本当に、羨ましい。ただ、それだけなの」
瞳が揺れている。
困惑しているのだろうか、それとも嫌悪感だろうか。
どっちにしても、私は本心を晒した。
悔いはない。
「で~? カナメにこれだけ言わせてさ~。まだ『こんな才能要らない』って言うわけ~?」
「うっ、んん……まだ、正直受け入れがたいけど……」
「お~? じゃ~、『アリ』寄りって事で良い~?」
「……まぁ、そう……かな?」
「おぉ~」と大げさに手を叩くヘチマ。
そして唐突に、私の背中にグワッと被さってくる。
ヘチマは身長が高いため、上から覆いかぶさられる錯覚に陥る。
「さっすが私達の太陽~」
「っ!?」
「……『私達の太陽』?」
ヘチマから発せられた言葉の意味が分からず、オウム返しになってしまう。
なんだそれは。
「んっとね~、この間セキと話してて~……」
「言わなくていい!! カナメも忘れて!!」
「えっ、あ、はい」
セキのあまりの剣幕に、それ以外の言葉が出なかった。
……というか。
「そういえば私達、エンジン音の正体を見に来たはずじゃあ」
「あ~」
確かに、とヘチマは私から退く。
いろいろ大きいヘチマの重量が消えた事によって、スゴく身体が軽い。
「結局何だった~? 見えたのって」
「あぁ、兵員輸送車だった……っていうかもう走り始めてるよ?」
え? と窓の外を見ると、何台もの兵員輸送車が列をなしていた。
それは、さっきまで音が聞こえなかったのが不思議なほどの大部隊だった。