角付きの演奏者   作:落日

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ep10.持ってる者、持たざる者

「というわけで退院しました」

 

「おかえり~」

 

「また軽い怪我だったみたいに言う……」

 

 片や、にへらと笑いながら。

 片や、溜息まじりに呆れた表情を見せながら。

 出迎えてくれる二人の顔を見て、改めて戻ってきたんだと実感してしまう。

 

「……チナツは今日も委員会?」

 

「今日もだし、昨日も一昨日もだよ~」

 

 相変わらず、ここには一人足りない。

 いつも通りと言ってしまえば、その通りではあるけど……

 などと思って教室内を見渡した時、ふと、ちょっとした異変に気付く。

 

「あれ、今日は他の風紀委員たちも居ないんだ?」

 

「うん。私達が来た時にはもう居なかったよ」

 

 あまり多くない教室内の人口が、さらに少ない。

 とはいえ、別段珍しい事でもなく。

 

「まぁ、またどこかで喧嘩でも起きたんだろうけど」

 

 いつもの事だ、と特に気に留めることも無かった。

 

「いや~? それはどうかな~」

 

「喧嘩にしては……ね」

 

 しかし、二人は何か思う事があったらしい。

 お互いに一瞬目を見合わせ、軽く笑っていた。

 

「……? どういう事?」

 

 そんな二人を見て他の要因を少し考えてみたものの、見当すらつかなかった。

 

「だって風紀委員、まだ出動してないもん」

 

「え? なんで?」

 

 てっきり、もう既に現場に向かっていると思っていた。

 二人の話を聞く限りでは、もう風紀委員は集合し終わってるはず。

 なぜ動かないのだろうか。

 

「さ~? 考えられるのは~……」

 

「情報部が何か掴んだ、ってくらいかな」

 

「情報部……?」

 

 情報部は、ゲヘナにある()()()組織。

 「らしい」とはそのままの意味で、私もよく分かっていないのだ。

 活動内容はふんわりと推測できるが、本当のところは何をしているのか。

 所属している人間も、トップが誰なのかも。

 それらは、ゲヘナ学園の限られた人間や組織以外、誰も知らない。

 

「それも、動員してすぐ動かないんだから……」

 

「機を伺ってるんだろうね~」

 

「委員長じゃないね。この動き方」

 

「ま~、『犬』の方だろうね~」

 

 「?」を浮かべる私をよそに、二人の会話はポンポンと進んでいく。

 詳しく聞こうと口を開いた時、耳が聞き慣れない音を捉える。

 

「……エンジン音?」

 

「ん?」

 

「どしたの~?」

 

 外の喧騒の中に、突然現れた複数の音。

 エンジン音に聞こえるが、私が知っているどの車よりも重く、力強い音だ。

 

「車……なのかな? すごく大きい音が、あっちの遠くから……」

 

 二人は私の言葉に目を合わせると立ち上がり、教室の外……私の差した方角に目を凝らす。

 釣られて二人と同様に外を見渡すが、私の言ってた車は見えない。

 

「見えないね~」

 

「んー……音は聞こえるんだけど……」

 

 音の聞こえる方向に目を細めても、居るのは教室に行く気もないゲヘナ学園生だけ。

 音の方角的には、風紀委員会本部の方からなのだけど……

 

「いや、いるね」

 

 そんな私達をよそに、セキは見えると言う。

 口元に手をやり、鋭い目でそこを見つめていた。

 

「さっすが~。スコープ使わない狙撃手さんは違うね~」

 

「ありがとう。最大限の嫌味として受け取っておくね」

 

「え、嫌味? どうして?」

 

 実際、私達に見えないものが見えているのだ。それも肉眼で。

 誉め言葉になっても、嫌味にはならないように思えるのに。

 

「私ね、何でか分からないけどスコープ使うと吐き気が物凄いの」

 

 初めて聞いた。

 知るキッカケすらなかったのも確かだけど……

 

「他にもメガネとか、双眼鏡とか……視界に変化があるのは、基本的にダメ」

 

「ガラスとかは大丈夫みたいだけどね~」

 

「で、ヘチマは一番それを知ってる。だから嫌味」

 

 二人がずっと前からの知り合いというのは聞いていた。

 詳しくは知らないが、コンビを組んでいて銃の扱いも慣れていると。

 それほど近い距離だからこそ言える嫌味というものだろうか。

 少し、羨ましい。

 

「でも、やっぱりスゴイよ。同じ場所から見てるのに、私達に見えないものが見えてるんだから」

 

「全然スゴくないよ。むしろスコープが使えないから中途半端って感じ」

 

 スコープが使えない事がコンプレックスになってしまってるのだろうか。

 セキは自分の才能を認めようとしないが、私からすれば、それは紛れもなく天から授かったものだ。

 

「セキは嫌? 自分の、その目が」

 

「スコープ使えないぐらいなら、いっそ要らなかったね。視力良くて助かったって思う場面も無いし」

 

「そっか。……それでも私は、セキが羨ましいな」

 

 「羨ましい?」とセキは(いぶか)しげに私を見る。

 その目からは不信感が見て取れる。

 

「だって、セキが見えてる景色は、私達には見えないから」

 

 セキを見つめ返しながら、言葉を紡ぐ。

 ここで引いては駄目だ。

 

「私達がセキの景色を見ようとしたら、それこそ双眼鏡を使わないといけない」

 

 何より。これは本心だ。

 私は心の底から、セキが羨ましい。

 

「それに、知ってる?」

 

 今から放つ言葉は、人によっては(かん)に障るかもしれない。

 酷い言葉かもしれない。

 でも、私は信じてる。

 

「その気になれば、人はどんな欠点でも克服できるんだよ」

 

 かつて天才を妬み、恨み、尊敬して追い求めた。

 人生のほぼ全てを捧げた。

 結局、終生追いつく事は叶わなかったが、私はその人の隣にいることを許された。

 私の、唯一の誇りだ。

 

「あ、勘違いはしないでね? 何もセキにそこまで求めてるわけじゃなくて。ただ……」

 

「……ただ?」

 

「――本当に、羨ましい。ただ、それだけなの」

 

 瞳が揺れている。

 困惑しているのだろうか、それとも嫌悪感だろうか。

 どっちにしても、私は本心を晒した。

 悔いはない。

 

「で~? カナメにこれだけ言わせてさ~。まだ『こんな才能要らない』って言うわけ~?」

 

「うっ、んん……まだ、正直受け入れがたいけど……」

 

「お~? じゃ~、『アリ』寄りって事で良い~?」

 

「……まぁ、そう……かな?」

 

 「おぉ~」と大げさに手を叩くヘチマ。

 そして唐突に、私の背中にグワッと被さってくる。

 ヘチマは身長が高いため、上から覆いかぶさられる錯覚に陥る。

 

「さっすが私達の太陽~」

 

「っ!?」

 

「……『私達の太陽』?」

 

 ヘチマから発せられた言葉の意味が分からず、オウム返しになってしまう。

 なんだそれは。

 

「んっとね~、この間セキと話してて~……」

 

「言わなくていい!! カナメも忘れて!!」

 

「えっ、あ、はい」

 

 セキのあまりの剣幕に、それ以外の言葉が出なかった。

 

 

 

 

 

 ……というか。

 

「そういえば私達、エンジン音の正体を見に来たはずじゃあ」

 

「あ~」

 

 確かに、とヘチマは私から退く。

 いろいろ大きいヘチマの重量が消えた事によって、スゴく身体が軽い。

 

「結局何だった~? 見えたのって」

 

「あぁ、兵員輸送車だった……っていうかもう走り始めてるよ?」

 

 え? と窓の外を見ると、何台もの兵員輸送車が列をなしていた。

 それは、さっきまで音が聞こえなかったのが不思議なほどの大部隊だった。

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