角付きの演奏者   作:落日

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ep11.白い羽

 車、車、車。

 まるで列車のように何台も連なって、校門を過ぎていく。

 

「うわ~……超大部隊だね~。他校と抗争でもする気かな~?」

 

「えぇ? そんな縁起でもない……」

 

「……いや、実際それくらいの規模だよコレ。風紀委員のほぼ全戦力って言っても良いくらい」

 

 私は戦いの事は専門外なので、これがどれくらいの戦闘をする部隊なのか分からない。

 だが二人がそう言うのなら、恐らく並大抵のレベルじゃないのだろう。

 

「ていうか~、よく万魔殿が許可出したね~? 風紀委員の一存で決められる規模じゃないでしょ~?」

 

「それくらい魅力的な『何か』があるって事だろうね。あの万魔殿が納得するくらいの」

 

 万魔殿。

 漢字の読みは「ばんまでん」だが、ゲヘナのこれは「パンデモニウム・ソサエティー」と言うらしい。

 簡単に言ってしまえば生徒会のようなもので、ゲヘナ学園の全てを仕切っている……はず。

 ……正直、関わりが無さ過ぎて普段何をしているのかも知らないけど。

 

「万魔殿が納得……トリニティ関連って事?」

 

 トリニティ総合学園は、キヴォトスでゲヘナに比肩するほど大きな学園。

 校風は真逆そのものであり、ゲヘナを不良校と称するなら、あちらはお嬢様学校。

 そして、何もかも真逆な二校の間に亀裂が走るのは不思議な事ではなく。

 長い歴史の中で二校間には大きな溝が生まれ、何年間も交流は断絶状態にある。

 それゆえか、ゲヘナ内で嫌悪する者も少なくない。

 おそらく、万魔殿もトリニティの事は好いてない可能性が高いが……

 

「トリニティとやり合うなら、万魔殿の戦力が無いのは変だね」

 

「話し合いなら、こんな大部隊は要らないかな~」

 

「うーん……まぁ、それはそっか」

 

 治安維持のための組織が、そんな荒事を率先する訳がない。

 ……と、思う。

 勝手な私見ではあるけれど。

 それで言えば他校との交流も専門外な訳で、やはりトリニティは関係なさそうだ。

 

「まぁいいや。帰ってきたらチナツに聞いてみよ」

 

「『機密情報』がオチだと思うけどね」

 

「それに、あの様子だとしばらく帰ってこなさそ~」

 

 最後の輸送車が出発したのを見届け、私達はおもむろに席へ戻り始める。

 数十分もすれば、先ほどの風紀委員への興味は無くなっていた。

 

 

 

 放課後。

 教室から出て、校庭の噴水が視界に入った時、ふと今朝の事を思い出す。

 風紀委員はまだ帰ってきていない。

 珍しいな……なんて思いつつ、今日もラキアの所へ向かう。

 

(……「あまり深入りしない方がいい」、か……)

 

 先ほど、言われた言葉。

 ヘチマとセキは一緒のバイトをしているらしく、放課後はさっさと帰ってしまう。

 その二人が、ラキアの所へ向かうと言った私に対して告げた言葉だ。

 

(普段、そんなこと言わないのにな)

 

 二人は、ラキアに対してとても慎重だ。

 理由は……まぁ、思い当たる節は何個もあるけど……

 などと考えていたら、いつの間にか救急医学部の部室……ラキアのいる部屋についた。

 

「失礼しま~す」

 

 ガラリと扉を開け、ラキアのいるベッドへ目を向ける。

 

「――え」

 

 ひときわ目を惹く純白の羽。

 話には聞いた事があったが、実際に目にしたのはこれが初めてだった。

 

「なっ……ふざけ……!!」

 

 羽の主……ラキアは怒りと狼狽を含んだ声で抗議する。

 脱いでいた病衣を慌てて羽織ると、私を強く睨みつけた。

 驚きで放心していた私はハッと気を取り戻し、一息つく。

 そして改めて、傍にある椅子に腰を掛けた。

 

「「……」」

 

 重苦しい空気が場を支配する。

 ラキアは相変わらず、こちらを警戒するような、威嚇するような眼を向ける。

 

「ごめん。あまりにも突然の事で……」

 

 耐え切れず、口火を切ったのは私。

 ラキアは「ふん」と鼻で笑うと、私から目線を外した。

 

「ハッキリ言えよ。アタシがトリニティ生だと思わなかったって」

 

 今は隠された白い羽。

 病衣の中にあるソレは、たしかにトリニティの一員であることを証明していた。

 

「だから嫌いだったんだね。ゲヘナのこと」

 

 ゲヘナにはトリニティを嫌う者が多い。

 その理由が二校間の確執にあるなら、逆も(しか)り。

 一方的にではなく、嫌いあっているのだ。お互いに。

 

「お前だって、アタシの正体知って後悔しただろ?」

 

「なっ、そんなこと……!」

 

「取り繕おうとしてんじゃねぇよ!!」

 

 私の言葉に耳を貸さず、ラキアは激昂する。

 あまりの剣幕に言葉が詰まる。

 伝えなければいけない言葉が、出てこない。

 

「ゲヘナなんかみんな、醜悪で卑しい奴らだ!! 今まで何人のトリニティ生が角付きどもに襲われたと思う!? 何もしてないのに、アタシたちはお前らのストレス発散に使われて、身ぐるみだって剥がされる!!」

 

 それは正しいのかもしれない。

 そんな事があっても、何らおかしくは無い。

 

「お前だってそうなんだろ!? アタシみたいなトリニティ生、しかも自分を傷つけた奴らの一人が! 今こうして、まともに歩けやしねぇ! それが面白くて仕方ねぇんだろ!?」

 

「違う!!」

 

「何が違ぇんだよ!!」

 

「私は――!」

 

 私は自惚れていた。

 ラキアと少しでも仲良くなれたと。

 でも、少しじゃダメだったんだ。

 これっぽっちじゃ、ダメなんだ。

 

「――私は貴女が好きなんだ!!」

 

 私の叫びが部屋を揺らす。

 風の音どころか、心臓の鼓動すら聞こえてしまいそうな静寂が部屋を支配する。

 

「……は?」

 

 間抜けな声を漏らしながら、私を凝視するラキア。

 だが、一度出た言葉は戻らず、一度切られた(せき)は塞がれない。

 

「最初は罪悪感だったかもしれない。退屈だったからかもしれない」

 

 私がラキアに話しかけようと思ったのは、純粋な罪悪感からだ。

 長期間の入院で退屈というのもあったかもしれない。

 

「私は貴女に話し続けた。会話にはならなかったけど、拒絶もされなかった」

 

 一方的に話しかけても、返ってくるのは生返事。

 でも、それでも溝が埋まっていくのは感じた。

 

「少しずつ……本当に少しずつ、貴女は私の話題に付き合ってくれるようになった」

 

 嬉しかった。

 嫌われてもしょうがないと思っていた相手が、心を開いてくれたんだから。

 

「……勝手な話だけど、ラキアと話してる時、私は本当に楽しかった」

 

 それが何故なのかは分からない。

 さっきの理由と同じかもしれないし、何か別のとこで感じるモノがあったのかもしれない。

 

「だからね、ラキア」

 

 本当は、言いたくない。

 もしかしたら、離れてしまうかもしれない。

 でも。

 事ここに至って、隠しごとは無しだ。

 

「ゲヘナが嫌いだったら、それでもいい。私が嫌いだったら、それもいい。

 

――でも」

 

 彼女がゲヘナを嫌おうが、私を嫌おうが関係ない。

 ただ、私は――

 

「私は、貴女と友達になりたい」

 

 勘違いさせたまま、終わらせたくない。

 そのままケンカ別れだなんて、どんな結末よりも最悪だ。

 

「私を怪我させた一味? トリニティ生? ……関係ない!」

 

 その程度、障害にすらならない。

 私の心は、ただ一つ。

 

「私は……貴女がいいの」

 

 これで、私の独白は終わり。

 ラキアに対する全てを吐き出した。

 もう思い残すことは無い。

 私は椅子から立ち上がり、ラキアに背を向ける。

 

「じゃあねラキア。また、いつか……」

 

「待てよ」

 

 想像していなかった、ラキアからの呼び止め。

 少し躊躇しつつ、私は振り向いた。

 

「好き勝手言うだけ言って帰るつもりか? 角付きらしい、相手を考えもしない行動だな」

 

「――そう、だね……分かった」

 

 嫌われても良い、とは言ったものの。

 できれば拒絶の言葉は聞きたくない……というのは我儘だろうか。

 

「突っ立ってんじゃねぇよ。座れ」

 

 先ほどまで私が座っていた椅子。

 そこに座るようにラキアは促した。

 大きく息を吐いて、意を決して座る。

 

「「……」」

 

 最初のような沈黙。

 その沈黙は、その時より私を苦しめる。

 

「お前さぁ、恥ずかしくねぇの? あんなこと言って」

 

「……恥ずかしくなんて無いよ。……ごめん、やっぱりちょっと恥ずかしい」

 

「どっちだよ」

 

 呆れたようなツッコミ。

 自分でも、上手く喋れなくなっていると苦笑した。

 

「恥ずかしいけど……それ以上に、ラキアに誤解されたまま終わりの方が、私は嫌だから」

 

「ふーん……」

 

 あっそ。と、ラキアは私から目線を外す。

 そして再び訪れる沈黙。

 いっそのこと消えてしまいたいと思う私をよそに、ラキアは話し始めた。

 

「最初はイカレた女だと思ってた」

 

 私のことだろうか……と思ったが、すぐ引っ込めた。

 あまりに自意識過剰だと思ったから。

 

「こっちがテキトーに返事してんのに、構わず話し続けんだからな。しかも敵に」

 

 私のことだった。

 ラキアなりの意趣返しのつもりだろうか。

 

「あまりにうるせぇから、ちゃんと返事することにした。更にうるさくなりやがったけど」

 

 ちゃんと返してくれたから嬉しかった。

 あの頃から、ラキアとの話が楽しくなっていった。

 

「キレても構わず突っ込んできやがって。おかげでスッキリしちまった」

 

 私は楽しくて、悲しんだり、怒ったりする事すらなかった。

 ラキアと、もっと話したいと思っていた。

 今考えると、まぁまぁ迷惑な人間だったね。

 

「初めてだった。あんなに気を遣わずに、本心から話したのなんか」

 

 トリニティはお嬢様学校だ。

 由緒正しい校風に、長い歴史がある。

 だからこそ。

 在籍している生徒には、それなりの振る舞いが求められる。

 トリニティに在籍していなくても、それくらいは想像がつく。

 

「初めてだった……会話してて、あんなに楽しかったのなんて」

 

 でも――

 

「アタシは……わたしは……」

 

 ここまでだとは、思ってなかった。

 ラキアは顔を伏せ、震えている。

 あの、ラキアが。

 

「いまが一番、楽しい……っ!」

 

 ポタポタと、布団に涙が落ちていく。

 胸が締め付けられる。

 ここまで抱え込んで、それなのに誰にも打ち明けられなかったのだろう。

 目が潤んでいく。

 悲しいのは私じゃないのに。

 本当に苦しんでいるのは、ラキアなのに。

 私は、彼女の傷を……苦しみを理解してあげられない。

 

「ラキア……」

 

 手を取り、握りしめる。

 今のラキアは、手放したら消えてしまいそうなほど、小さく見えた。

 

「私には、貴女の苦しみが理解できない……それが――」

 

 何より悔しい、と彼女の手を両手で握りしめる。

 もし、私がトリニティ生だったら理解してあげられたろうか。

 そうでなくとも、私がゲヘナじゃなかったら、彼女と友達でいられたかもしれない。

 

「カナメ……カナメぇ……!!」

 

 ラキアも、両手で握り返してくる。

 手に当たる雫の温かさが、かえって私の心を揺らす。

 私はゲヘナで、ラキアがトリニティ。

 せっかく友達になれたのに、私達は友達のままではいられないのだ。

 運命はなぜ、私を嫌うのだろうか……

 

 

 

「……落ち着いた? ラキア」

 

「……お前もだろうが」

 

 あれから数分……私達にとっては、何時間にも思えたが。

 お互いに心の内を吐露し、涙も引いた。

 キッカケは突然の出来事だったが、上手く収まってくれてよかった……

 などと思っていた時、ふと疑問がよぎる。

 

「一つだけ良い?」

 

「あん?」

 

「ラキアは何で病衣脱いでたの?」

 

 もしあれが無かったら、私はラキアがトリニティ生だと知らないままだった。

 アレのおかげ……と言って良いか分からないが。

 

「あぁ……窮屈なんだよ、単純に」

 

 ラキアは病衣に手を掛けると、再び脱ぐ。

 バサリ、と音を立てるかのように広がる純白の羽。

 それは確かに、服の中に入れるとなると、とても大変そうだ。

 

「はぁー……たしかに窮屈そう……」

 

「っつーか、何で知らなかったんだよ。アタシがトリニティだって広まってると思ってたんだけど」

 

「え? なんで?」

 

「そりゃあ、アタシがコレ着てるって事は着せた奴がいるだろ。トリニティの救護騎士団みてーな奴らが」

 

 そういえばと思い、ラキアの病衣を着せた人を考える。

 チナツ……は言わないだろうけど、救急医学部じゃないから違うだろう。

 そして救急医学部の部長を思い出し、勝手に一人で納得した。

 

「多分、救急医学部の氷室先輩だと思うよ。あの人『死体以外に興味ない』って言ってたし」

 

「どこの学校も医療系は頭ぶっ飛んでやがんのか?」

 

「それで言えばトリニティの救護騎士団も有名だよねぇ」

 

「悪名だろ、ソレ」

 

 さっきまで泣いていたのが嘘のように、私達は笑いあう。

 ずっと、こんな日が続けばいいのに。

 そう、思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

「そういや、もう一個聞きてぇんだけどさ」

 

「ん?」

 

「アタシの事が好きっつってたけど……アタシ、そっちの気ねぇよ?」

 

「あっ、ごめんなさい……私、もう心に決めた人が……」

 

「なんでアタシがフラれたみてぇになってんだよ!?」

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