車、車、車。
まるで列車のように何台も連なって、校門を過ぎていく。
「うわ~……超大部隊だね~。他校と抗争でもする気かな~?」
「えぇ? そんな縁起でもない……」
「……いや、実際それくらいの規模だよコレ。風紀委員のほぼ全戦力って言っても良いくらい」
私は戦いの事は専門外なので、これがどれくらいの戦闘をする部隊なのか分からない。
だが二人がそう言うのなら、恐らく並大抵のレベルじゃないのだろう。
「ていうか~、よく万魔殿が許可出したね~? 風紀委員の一存で決められる規模じゃないでしょ~?」
「それくらい魅力的な『何か』があるって事だろうね。あの万魔殿が納得するくらいの」
万魔殿。
漢字の読みは「ばんまでん」だが、ゲヘナのこれは「パンデモニウム・ソサエティー」と言うらしい。
簡単に言ってしまえば生徒会のようなもので、ゲヘナ学園の全てを仕切っている……はず。
……正直、関わりが無さ過ぎて普段何をしているのかも知らないけど。
「万魔殿が納得……トリニティ関連って事?」
トリニティ総合学園は、キヴォトスでゲヘナに比肩するほど大きな学園。
校風は真逆そのものであり、ゲヘナを不良校と称するなら、あちらはお嬢様学校。
そして、何もかも真逆な二校の間に亀裂が走るのは不思議な事ではなく。
長い歴史の中で二校間には大きな溝が生まれ、何年間も交流は断絶状態にある。
それゆえか、ゲヘナ内で嫌悪する者も少なくない。
おそらく、万魔殿もトリニティの事は好いてない可能性が高いが……
「トリニティとやり合うなら、万魔殿の戦力が無いのは変だね」
「話し合いなら、こんな大部隊は要らないかな~」
「うーん……まぁ、それはそっか」
治安維持のための組織が、そんな荒事を率先する訳がない。
……と、思う。
勝手な私見ではあるけれど。
それで言えば他校との交流も専門外な訳で、やはりトリニティは関係なさそうだ。
「まぁいいや。帰ってきたらチナツに聞いてみよ」
「『機密情報』がオチだと思うけどね」
「それに、あの様子だとしばらく帰ってこなさそ~」
最後の輸送車が出発したのを見届け、私達はおもむろに席へ戻り始める。
数十分もすれば、先ほどの風紀委員への興味は無くなっていた。
放課後。
教室から出て、校庭の噴水が視界に入った時、ふと今朝の事を思い出す。
風紀委員はまだ帰ってきていない。
珍しいな……なんて思いつつ、今日もラキアの所へ向かう。
(……「あまり深入りしない方がいい」、か……)
先ほど、言われた言葉。
ヘチマとセキは一緒のバイトをしているらしく、放課後はさっさと帰ってしまう。
その二人が、ラキアの所へ向かうと言った私に対して告げた言葉だ。
(普段、そんなこと言わないのにな)
二人は、ラキアに対してとても慎重だ。
理由は……まぁ、思い当たる節は何個もあるけど……
などと考えていたら、いつの間にか救急医学部の部室……ラキアのいる部屋についた。
「失礼しま~す」
ガラリと扉を開け、ラキアのいるベッドへ目を向ける。
「――え」
ひときわ目を惹く純白の羽。
話には聞いた事があったが、実際に目にしたのはこれが初めてだった。
「なっ……ふざけ……!!」
羽の主……ラキアは怒りと狼狽を含んだ声で抗議する。
脱いでいた病衣を慌てて羽織ると、私を強く睨みつけた。
驚きで放心していた私はハッと気を取り戻し、一息つく。
そして改めて、傍にある椅子に腰を掛けた。
「「……」」
重苦しい空気が場を支配する。
ラキアは相変わらず、こちらを警戒するような、威嚇するような眼を向ける。
「ごめん。あまりにも突然の事で……」
耐え切れず、口火を切ったのは私。
ラキアは「ふん」と鼻で笑うと、私から目線を外した。
「ハッキリ言えよ。アタシがトリニティ生だと思わなかったって」
今は隠された白い羽。
病衣の中にあるソレは、たしかにトリニティの一員であることを証明していた。
「だから嫌いだったんだね。ゲヘナのこと」
ゲヘナにはトリニティを嫌う者が多い。
その理由が二校間の確執にあるなら、逆も
一方的にではなく、嫌いあっているのだ。お互いに。
「お前だって、アタシの正体知って後悔しただろ?」
「なっ、そんなこと……!」
「取り繕おうとしてんじゃねぇよ!!」
私の言葉に耳を貸さず、ラキアは激昂する。
あまりの剣幕に言葉が詰まる。
伝えなければいけない言葉が、出てこない。
「ゲヘナなんかみんな、醜悪で卑しい奴らだ!! 今まで何人のトリニティ生が角付きどもに襲われたと思う!? 何もしてないのに、アタシたちはお前らのストレス発散に使われて、身ぐるみだって剥がされる!!」
それは正しいのかもしれない。
そんな事があっても、何らおかしくは無い。
「お前だってそうなんだろ!? アタシみたいなトリニティ生、しかも自分を傷つけた奴らの一人が! 今こうして、まともに歩けやしねぇ! それが面白くて仕方ねぇんだろ!?」
「違う!!」
「何が違ぇんだよ!!」
「私は――!」
私は自惚れていた。
ラキアと少しでも仲良くなれたと。
でも、少しじゃダメだったんだ。
これっぽっちじゃ、ダメなんだ。
「――私は貴女が好きなんだ!!」
私の叫びが部屋を揺らす。
風の音どころか、心臓の鼓動すら聞こえてしまいそうな静寂が部屋を支配する。
「……は?」
間抜けな声を漏らしながら、私を凝視するラキア。
だが、一度出た言葉は戻らず、一度切られた
「最初は罪悪感だったかもしれない。退屈だったからかもしれない」
私がラキアに話しかけようと思ったのは、純粋な罪悪感からだ。
長期間の入院で退屈というのもあったかもしれない。
「私は貴女に話し続けた。会話にはならなかったけど、拒絶もされなかった」
一方的に話しかけても、返ってくるのは生返事。
でも、それでも溝が埋まっていくのは感じた。
「少しずつ……本当に少しずつ、貴女は私の話題に付き合ってくれるようになった」
嬉しかった。
嫌われてもしょうがないと思っていた相手が、心を開いてくれたんだから。
「……勝手な話だけど、ラキアと話してる時、私は本当に楽しかった」
それが何故なのかは分からない。
さっきの理由と同じかもしれないし、何か別のとこで感じるモノがあったのかもしれない。
「だからね、ラキア」
本当は、言いたくない。
もしかしたら、離れてしまうかもしれない。
でも。
事ここに至って、隠しごとは無しだ。
「ゲヘナが嫌いだったら、それでもいい。私が嫌いだったら、それもいい。
――でも」
彼女がゲヘナを嫌おうが、私を嫌おうが関係ない。
ただ、私は――
「私は、貴女と友達になりたい」
勘違いさせたまま、終わらせたくない。
そのままケンカ別れだなんて、どんな結末よりも最悪だ。
「私を怪我させた一味? トリニティ生? ……関係ない!」
その程度、障害にすらならない。
私の心は、ただ一つ。
「私は……貴女がいいの」
これで、私の独白は終わり。
ラキアに対する全てを吐き出した。
もう思い残すことは無い。
私は椅子から立ち上がり、ラキアに背を向ける。
「じゃあねラキア。また、いつか……」
「待てよ」
想像していなかった、ラキアからの呼び止め。
少し躊躇しつつ、私は振り向いた。
「好き勝手言うだけ言って帰るつもりか? 角付きらしい、相手を考えもしない行動だな」
「――そう、だね……分かった」
嫌われても良い、とは言ったものの。
できれば拒絶の言葉は聞きたくない……というのは我儘だろうか。
「突っ立ってんじゃねぇよ。座れ」
先ほどまで私が座っていた椅子。
そこに座るようにラキアは促した。
大きく息を吐いて、意を決して座る。
「「……」」
最初のような沈黙。
その沈黙は、その時より私を苦しめる。
「お前さぁ、恥ずかしくねぇの? あんなこと言って」
「……恥ずかしくなんて無いよ。……ごめん、やっぱりちょっと恥ずかしい」
「どっちだよ」
呆れたようなツッコミ。
自分でも、上手く喋れなくなっていると苦笑した。
「恥ずかしいけど……それ以上に、ラキアに誤解されたまま終わりの方が、私は嫌だから」
「ふーん……」
あっそ。と、ラキアは私から目線を外す。
そして再び訪れる沈黙。
いっそのこと消えてしまいたいと思う私をよそに、ラキアは話し始めた。
「最初はイカレた女だと思ってた」
私のことだろうか……と思ったが、すぐ引っ込めた。
あまりに自意識過剰だと思ったから。
「こっちがテキトーに返事してんのに、構わず話し続けんだからな。しかも敵に」
私のことだった。
ラキアなりの意趣返しのつもりだろうか。
「あまりにうるせぇから、ちゃんと返事することにした。更にうるさくなりやがったけど」
ちゃんと返してくれたから嬉しかった。
あの頃から、ラキアとの話が楽しくなっていった。
「キレても構わず突っ込んできやがって。おかげでスッキリしちまった」
私は楽しくて、悲しんだり、怒ったりする事すらなかった。
ラキアと、もっと話したいと思っていた。
今考えると、まぁまぁ迷惑な人間だったね。
「初めてだった。あんなに気を遣わずに、本心から話したのなんか」
トリニティはお嬢様学校だ。
由緒正しい校風に、長い歴史がある。
だからこそ。
在籍している生徒には、それなりの振る舞いが求められる。
トリニティに在籍していなくても、それくらいは想像がつく。
「初めてだった……会話してて、あんなに楽しかったのなんて」
でも――
「アタシは……わたしは……」
ここまでだとは、思ってなかった。
ラキアは顔を伏せ、震えている。
あの、ラキアが。
「いまが一番、楽しい……っ!」
ポタポタと、布団に涙が落ちていく。
胸が締め付けられる。
ここまで抱え込んで、それなのに誰にも打ち明けられなかったのだろう。
目が潤んでいく。
悲しいのは私じゃないのに。
本当に苦しんでいるのは、ラキアなのに。
私は、彼女の傷を……苦しみを理解してあげられない。
「ラキア……」
手を取り、握りしめる。
今のラキアは、手放したら消えてしまいそうなほど、小さく見えた。
「私には、貴女の苦しみが理解できない……それが――」
何より悔しい、と彼女の手を両手で握りしめる。
もし、私がトリニティ生だったら理解してあげられたろうか。
そうでなくとも、私がゲヘナじゃなかったら、彼女と友達でいられたかもしれない。
「カナメ……カナメぇ……!!」
ラキアも、両手で握り返してくる。
手に当たる雫の温かさが、かえって私の心を揺らす。
私はゲヘナで、ラキアがトリニティ。
せっかく友達になれたのに、私達は友達のままではいられないのだ。
運命はなぜ、私を嫌うのだろうか……
「……落ち着いた? ラキア」
「……お前もだろうが」
あれから数分……私達にとっては、何時間にも思えたが。
お互いに心の内を吐露し、涙も引いた。
キッカケは突然の出来事だったが、上手く収まってくれてよかった……
などと思っていた時、ふと疑問がよぎる。
「一つだけ良い?」
「あん?」
「ラキアは何で病衣脱いでたの?」
もしあれが無かったら、私はラキアがトリニティ生だと知らないままだった。
アレのおかげ……と言って良いか分からないが。
「あぁ……窮屈なんだよ、単純に」
ラキアは病衣に手を掛けると、再び脱ぐ。
バサリ、と音を立てるかのように広がる純白の羽。
それは確かに、服の中に入れるとなると、とても大変そうだ。
「はぁー……たしかに窮屈そう……」
「っつーか、何で知らなかったんだよ。アタシがトリニティだって広まってると思ってたんだけど」
「え? なんで?」
「そりゃあ、アタシがコレ着てるって事は着せた奴がいるだろ。トリニティの救護騎士団みてーな奴らが」
そういえばと思い、ラキアの病衣を着せた人を考える。
チナツ……は言わないだろうけど、救急医学部じゃないから違うだろう。
そして救急医学部の部長を思い出し、勝手に一人で納得した。
「多分、救急医学部の氷室先輩だと思うよ。あの人『死体以外に興味ない』って言ってたし」
「どこの学校も医療系は頭ぶっ飛んでやがんのか?」
「それで言えばトリニティの救護騎士団も有名だよねぇ」
「悪名だろ、ソレ」
さっきまで泣いていたのが嘘のように、私達は笑いあう。
ずっと、こんな日が続けばいいのに。
そう、思わずにはいられなかった。
「そういや、もう一個聞きてぇんだけどさ」
「ん?」
「アタシの事が好きっつってたけど……アタシ、そっちの気ねぇよ?」
「あっ、ごめんなさい……私、もう心に決めた人が……」
「なんでアタシがフラれたみてぇになってんだよ!?」