「そっか……遅くても来週末には退院しちゃうんだ」
「あぁ、昼頃に言われた」
ラキアとの談笑は長く続き、空が赤みがかり始めた頃。
ふと退院がいつ頃になるのか気になり、聞いてみた。
そうして返ってきた言葉がそれ。
「まぁ、そうだよね。私がつい先日退院したんだもん」
同じ日に入院した私が退院しているのだ。
ラキアが近々退院となっても何らおかしいことは無い。
「ったくよぉ。随分ボロボロにしてくれやがって」
「悪いことするからだよ~?」
クスクスと笑いあいながら話が続く。
そのとき、「そういえば……」と、ある疑問がよぎる。
「ラキアって、どうしてヘルメット団なんかやってるの?」
彼女はトリニティの生徒だ。
どんな学校より、ヘルメット団とは縁が無さそうだが……
「あぁ、まぁ……簡単に言やぁ、ストレス発散だな」
ラキア曰く、彼女は幼い頃から様々なことを義務付けられていたらしい。
勉強やら、礼儀作法やら……
そこに自分の意思はなく、与えられた事を成すだけの毎日。
最初は何も思わなかったが、次第に……
「耐えらんなくなって、とうとう爆発したのが数年前」
その頃になると、自分の時間が少しは生まれるようになっていたらしい。
人によってストレスの解消法には様々あるが、彼女が選んだのは。
「当然、戦闘訓練もしてたからよぉ。その時だけ、メチャクチャ楽しかったんだわ」
おそらく性分に合っていたのだろう。
私で言えば、演奏しているときのような感じだろうか。
「んでまぁ、しばらくは的撃つだけで満足だったんだけど……」
段々と物足りなくなってきた、と。
少し分かる気がする。
私も昔、練習していた曲が弾けるようになると、誰かに聞いてもらいたくなった事がある。
人は誰しも、実戦を経験してみたくなるのかもしれない。
「で、とうとう我慢できなくなったアタシは、ヘルメットで顔隠して他自治区で喧嘩し始めた」
最初は顔バレ防止用だったらしい。
ラキアの生い立ちやトリニティの事を考えれば、それも当然だろう。
「それがスッキリするったらありゃしねぇ。それからアタシはどんどんのめり込んでいった」
何物にも縛られない生活とは甘美なもの。
それが、抑圧された毎日を送っていた者ならば、まるで麻薬のような感覚だっただろう。
「それが
どんな世界にも一定のルールがある。完全な無法地帯など無いのだ。
ラキアは不良達のソレに触れてしまったのだろう。
おそらく、「シマ」や「縄張り」といったモノだろうか。
「あの時のアタシは特に血の気が多くてさ。相手が誰だろうと、何人いようと関係なく突っ込んだ」
向こう見ずと言うべきか、そういう時期を経験する人は多いだろう。
私も、一時期は自分が天才だと思っていた。
まぁ……粉々に打ち砕かれたが。
「まぁ、容赦なくボコられたわ。意地で何人かぶちのめしたけど」
私からすれば、その状況で1人でも倒せたのが恐ろしい。
いやまぁ、そもそも私なら逃げてるけど。
「そん時に何か気に入られたんだろうな。アタシは団に勧誘された」
まるで少年漫画か何かのようだ。
偶然と言えば偶然のようにも、ラキアのそれまでを考えれば必然のようにも思える。
「合法的に暴れられるって思ったアタシは受け入れた。まぁ合法もクソもねぇけど」
「そして今に至る、と」
ラキアは「あぁ」と返すと、思いを馳せるような目で外を見る。
まだ、戻りたいと思っているのだろうか……
「ラキアは、またヘルメット団に戻りたい?」
「いや。そもそも今後の事を思えば、そんな余裕すらねぇかもしんねぇ」
「……今後の事?」
気になる言い方だった。
まるで自分の意思じゃどうにもならないような……そんな含みを感じる。
そんな事を考えていた私の耳が聞いたのは、想像だにしていなかった事で。
「たぶん、アタシは退学処分になる」
まるで、世界が止まったような錯覚を感じた――
「はぁ……」
病室から出てから間もないというのに、私の口からは溜息が。
足を止めてチラリと、先ほど出てきた扉に目を向ける。
――気にすんなよ。今まで好き勝手やってきたツケが回って来ただけだ――
などとラキアは言っていたが……
それでケロッとできる方がどうかしている。
おそらくラキアも、私には何てことないような表情をしていたが、内心穏やかではない筈だ。
(と言っても、力になれるような事なんて……)
もし私が万魔殿のトップ並みの権力を有していたら……
などと考え、すぐ鼻で笑った。
そんなあり得ない妄想している暇があるのなら、少しでも考えろと。
「――あ」
建物を出て、何とはなしに風紀委員の本部に目を向けると、何台もの車が。
既に帰還していたのだ。朝の大部隊が。
風紀委員たちは撤収作業をしているようで、忙しなく動き回っていた。
その光景を見つつ歩みを進めていると、ふと見慣れた姿が視界に映る。
「バイバイ、チナツ」
聞きたいことはあったが、今のチナツに声をかけるほど私は空気が読めないワケでは無い。
別れの言葉を小声でつぶやき、小さく手を振る。
するとチナツも私の姿に気付いたのか、軽い会釈を返してくれた。
ふふ、と軽く笑い、私は風紀委員を横目にそのまま少し進み続け、はたと歩みを止める。
「ラキアの銃、か……」
彼女の銃は、今は風紀委員が没収してしまっている。
この世界では、喧嘩レベルだと没収まではいかない。
しかし、彼女の場合はそのレベルで片付けられる問題ではないとの事で、銃の返却はされないとのこと。
「……見込みは薄いけど……」
ラキアの性格をすべて把握できている訳では無い。
もしかしたら見込み違いかも知れない。
だがもし、もしもその銃が彼女にとって大切なモノだったら。
彼女が日頃から大事にしていたら。
「……思い切って、聞いてみようかな」
高くそびえる風紀委員本部。
権威と威圧を、これでもかというほど感じさせるその
私は、自ら虎穴に入ろうとしている。
たった一人、されど代えがたい大切な、大事な友達のために。