角付きの演奏者   作:落日

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ep12.それはまるで世界が止まったようで

「そっか……遅くても来週末には退院しちゃうんだ」

 

「あぁ、昼頃に言われた」

 

 ラキアとの談笑は長く続き、空が赤みがかり始めた頃。

 ふと退院がいつ頃になるのか気になり、聞いてみた。

 そうして返ってきた言葉がそれ。

 

「まぁ、そうだよね。私がつい先日退院したんだもん」

 

 同じ日に入院した私が退院しているのだ。

 ラキアが近々退院となっても何らおかしいことは無い。

 

「ったくよぉ。随分ボロボロにしてくれやがって」

 

「悪いことするからだよ~?」

 

 クスクスと笑いあいながら話が続く。

 そのとき、「そういえば……」と、ある疑問がよぎる。

 

「ラキアって、どうしてヘルメット団なんかやってるの?」

 

 彼女はトリニティの生徒だ。

 どんな学校より、ヘルメット団とは縁が無さそうだが……

 

「あぁ、まぁ……簡単に言やぁ、ストレス発散だな」

 

 ラキア曰く、彼女は幼い頃から様々なことを義務付けられていたらしい。

 勉強やら、礼儀作法やら……

 そこに自分の意思はなく、与えられた事を成すだけの毎日。

 最初は何も思わなかったが、次第に……

 

「耐えらんなくなって、とうとう爆発したのが数年前」

 

 その頃になると、自分の時間が少しは生まれるようになっていたらしい。

 人によってストレスの解消法には様々あるが、彼女が選んだのは。

 

「当然、戦闘訓練もしてたからよぉ。その時だけ、メチャクチャ楽しかったんだわ」

 

 おそらく性分に合っていたのだろう。

 私で言えば、演奏しているときのような感じだろうか。

 

「んでまぁ、しばらくは的撃つだけで満足だったんだけど……」

 

 段々と物足りなくなってきた、と。

 少し分かる気がする。

 私も昔、練習していた曲が弾けるようになると、誰かに聞いてもらいたくなった事がある。

 人は誰しも、実戦を経験してみたくなるのかもしれない。

 

「で、とうとう我慢できなくなったアタシは、ヘルメットで顔隠して他自治区で喧嘩し始めた」

 

 最初は顔バレ防止用だったらしい。

 ラキアの生い立ちやトリニティの事を考えれば、それも当然だろう。

 

「それがスッキリするったらありゃしねぇ。それからアタシはどんどんのめり込んでいった」

 

 何物にも縛られない生活とは甘美なもの。

 それが、抑圧された毎日を送っていた者ならば、まるで麻薬のような感覚だっただろう。

 

「それが(かん)に障ったんだろうな。ある日、アタシは取り囲まれた」

 

 どんな世界にも一定のルールがある。完全な無法地帯など無いのだ。

 ラキアは不良達のソレに触れてしまったのだろう。

 おそらく、「シマ」や「縄張り」といったモノだろうか。

 

「あの時のアタシは特に血の気が多くてさ。相手が誰だろうと、何人いようと関係なく突っ込んだ」

 

 向こう見ずと言うべきか、そういう時期を経験する人は多いだろう。

 私も、一時期は自分が天才だと思っていた。

 まぁ……粉々に打ち砕かれたが。

 

「まぁ、容赦なくボコられたわ。意地で何人かぶちのめしたけど」

 

 私からすれば、その状況で1人でも倒せたのが恐ろしい。

 いやまぁ、そもそも私なら逃げてるけど。

 

「そん時に何か気に入られたんだろうな。アタシは団に勧誘された」

 

 まるで少年漫画か何かのようだ。

 偶然と言えば偶然のようにも、ラキアのそれまでを考えれば必然のようにも思える。

 

「合法的に暴れられるって思ったアタシは受け入れた。まぁ合法もクソもねぇけど」

 

「そして今に至る、と」

 

 ラキアは「あぁ」と返すと、思いを馳せるような目で外を見る。

 まだ、戻りたいと思っているのだろうか……

 

「ラキアは、またヘルメット団に戻りたい?」

 

「いや。そもそも今後の事を思えば、そんな余裕すらねぇかもしんねぇ」

 

「……今後の事?」

 

 気になる言い方だった。

 まるで自分の意思じゃどうにもならないような……そんな含みを感じる。

 そんな事を考えていた私の耳が聞いたのは、想像だにしていなかった事で。

 

「たぶん、アタシは退学処分になる」

 

 まるで、世界が止まったような錯覚を感じた――

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 病室から出てから間もないというのに、私の口からは溜息が。

 足を止めてチラリと、先ほど出てきた扉に目を向ける。

 

――気にすんなよ。今まで好き勝手やってきたツケが回って来ただけだ――

 

 などとラキアは言っていたが……

 それでケロッとできる方がどうかしている。

 おそらくラキアも、私には何てことないような表情をしていたが、内心穏やかではない筈だ。

 

(と言っても、力になれるような事なんて……)

 

 もし私が万魔殿のトップ並みの権力を有していたら……

 などと考え、すぐ鼻で笑った。

 そんなあり得ない妄想している暇があるのなら、少しでも考えろと。

 

「――あ」

 

 建物を出て、何とはなしに風紀委員の本部に目を向けると、何台もの車が。

 既に帰還していたのだ。朝の大部隊が。

 風紀委員たちは撤収作業をしているようで、忙しなく動き回っていた。

 その光景を見つつ歩みを進めていると、ふと見慣れた姿が視界に映る。

 

「バイバイ、チナツ」

 

 聞きたいことはあったが、今のチナツに声をかけるほど私は空気が読めないワケでは無い。

 別れの言葉を小声でつぶやき、小さく手を振る。

 するとチナツも私の姿に気付いたのか、軽い会釈を返してくれた。

 ふふ、と軽く笑い、私は風紀委員を横目にそのまま少し進み続け、はたと歩みを止める。

 

「ラキアの銃、か……」

 

 彼女の銃は、今は風紀委員が没収してしまっている。

 この世界では、喧嘩レベルだと没収まではいかない。

 しかし、彼女の場合はそのレベルで片付けられる問題ではないとの事で、銃の返却はされないとのこと。

 

「……見込みは薄いけど……」

 

 ラキアの性格をすべて把握できている訳では無い。

 もしかしたら見込み違いかも知れない。

 だがもし、もしもその銃が彼女にとって大切なモノだったら。

 彼女が日頃から大事にしていたら。

 

「……思い切って、聞いてみようかな」

 

 高くそびえる風紀委員本部。

 権威と威圧を、これでもかというほど感じさせるその(たたず)まい。

 私は、自ら虎穴に入ろうとしている。

 たった一人、されど代えがたい大切な、大事な友達のために。

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