「……以上です」
月明かりが照らす一室。
青白い光によって染まったテーブルは、元来有していた高貴さをより一層引き立たせていた。
そのテーブルの傍らで椅子に座る1つの影。
その人物は何も言わず、手にしたティーカップを口に運ぶ。
数秒の静寂。
カチャリ、と陶器が重なり合う音が響く。
「――下がって良いですよ」
部屋の中にいたもう一つの影。
その人物は頭を下げると、退出する。
再び訪れる静寂。
先の人物が置いていった数枚の紙を手に取ると、興味深そうに目を通す。
「……高科カナメ、ですか」
ズラリと並ぶ個人情報。
幾枚もの写真。
その写真の中には、笑顔で笑いあう二人が――
………
……
…
「二人にとってさぁ、銃ってどれくらい大事?」
「え、なに突然……」
会うなりすぐに質問した私に引き気味になるセキ。
言った後に、もうちょっと説明すれば良かったと後悔した。
「いや、二人ってさぁ。銃の手入れ怠らないじゃない?」
二人は時折、学校で銃の点検をしている。
私は傍でその作業風景を見学するのだが、とても綿密で手際が良かった。
私も護身用としてショットガンを持っているため、定期的に手入れはする。
しかし二人のソレは、私のとは比較にならない程だ。
「だから、すごく大切なモノなのかなぁ……とか思ったり」
私の言葉に二人は目を見合わせる。
数秒の間の後、目線は私に戻された。
「まぁ、私達はこの子達と一緒に生きてきたようなものだから……」
「相棒ってやつだね~」
相棒と言える程、彼女たちにとってとても大切なモノとのこと。
まぁ、ここまでは事前に分かっていた事だ。
その上で、私には聞きたいことがあったのだ。
「じゃあさ、もし誰かに奪われちゃったら、二人はどうする?」
「ま~、取り返しに行くよね~」
「『しょうがない、新しいの買おう』とはならない?」
「まぁ、無いね。粉々に破壊されたとかなら別だけど」
ふ~ん、と二人の言葉を反芻させる。
そこまで聞ければ、後はラキアがどうかだが……
「そっか。ごめんね、いきなり変なこと聞いて」
「いいよ~。風紀委員は手強いから気を付けてね~」
「なっ、なん、なんで?」
「そりゃあ、あれだけ入れ込んでたら嫌でも想像つくよ」
いつも通り、にへらと笑いながら直球を放り込んでくるヘチマ。
呆れたように苦笑いを浮かべるセキ。
二人は私が何のために動こうとしているのかを察しているらしい。
しかし、二人は私を止めなかった。
認めてくれた。
あるいは、止めても無駄だと判断したのかもしれない。
いずれにせよ、ちょっとは前進したかな……
「すみません、1年の高科カナメです。火宮チナツに会いたくて伺ったのですが」
「あぁ、話は聞いてる。通って良いぞ」
あのあとすぐチナツに、話したいことがあるとモモトークを飛ばした。
ほどなくして、放課後なら大丈夫という返事が。
場所は風紀委員本部の1室。
さて、迷わず行けるだろうか……と考えていた時。
「カナメ」
入口のそばに見慣れた姿。
チナツは、わざわざ出迎えてくれたのだ。
「あ、チナツ……もしかして、わざわざ?」
「カナメは中を知りませんから。それに、客人を出迎えないのは失礼ですし」
礼儀正しい彼女らしい。
チナツを先導役として中を歩いていく。
これで迷う心配は無くなった訳だが……
「ごめんね? 急にこんなことお願いして……」
「いえ……私も丁度、貴女に話したいことがありましたから」
「あ、そうなの?」
まさにベストタイミング、といった所だろうか。
しかし、これから私が話すのは彼女が困るような頼み。
彼女の善意と反比例するかのように、罪悪感が増す。
「こちらです」
しばらく歩いていると、いつのまにか目的地である部屋の前に。
「どうぞ」と、チナツは扉を開けて私を迎え入れる。
「へ~……」
私は小さい会議室のような場所を想像していた。
しかしこの部屋は、なんというか……
「なんか、不思議な感じ」
書類が積んである仕事用のデスクを見れば、ここがれっきとした職場の一つであるのは明白。
しかし一方で、ベッドが併設されているなど、仕事オンリーという雰囲気ではない。
それに、見れば明らかに私物らしい物がチラホラ。
「公」と「私」が入り混じる珍しい場所。
普通なら目移りしてしまいそうになるが……
チナツが、この歳にして公私を分けられる人物ゆえに出来る事だろうか。
「カナメ」
静かな部屋に、私の名を呼ぶチナツの声が響く。
振り返って彼女をみれば、その目は至って真剣そのもので。
「ここであれば監視の目は届きません。少なくとも、この校内のどこよりも」
監視。
情報部の事を言っているのだろうか。
言われてみると確かに、軽率だったかもしれない。
ということは、チナツは私の要件を知っているのだろうか。
「……もう、気付いてるんだね」
「えぇ。……彼女の事でしょう?」
なるほど。これが情報部か。
ラキアの事はとっくに周知済みなんだね。
だったら。
「知ってるなら話が早いね。チナツ――」
ここに来るまでいろいろ考えていた。
ラキアの事は言うべきか。
言うとして、どこまで話すべきか。
しかし、やはり私に腹芸は向かないらしい。
じゃあ……こうするしかない。
「彼女の……ラキアの銃を見せて欲しいんだ」
隠し立ては無用。
いや、知っているからこそ、隠すのは下策。
ヘタな隠しごとや嘘は、相手に不信感を抱かせるだけだ。
「……なるほど」
そうきましたか、とチナツは呟く。
彼女が銃を大切にしていたかどうか。
それを確認するには、実物を見るのが手っ取り早い。
問題は、それを許してくれるかどうかだが……
「……カナメは被害者です。その現場に私はいましたし、貴女は事件解決の功労者でもあります」
まぁ、問題はないでしょう。
そんな言葉がチナツの口から、あっさりと出てきてしまう。
……もしかして、重く見すぎてた……?
「今から行きますか? さっき到着したばかりですが……」
「えっ、あ……う、うん!」
あっさり、本当にあっさりとここまで来てしまった。
確かに拍子抜けはしたが、ここからだ。問題は。
「では、こちらへ」
チナツの後に続いて、再び廊下へ。
ドクンドクン、と心臓が大きく脈動し始める。
緊張しているのだ。私は。
そもそも私は、誰かのために率先して行動するような人間ではない。
誰かが作った波に乗るだけの消極的な性格なのだ。
そうだ、私は……
「――着きましたよ、カナメ」
「……え? あっ」
変なことを考えているうちに、いつの間にやら着いてしまっていたようだ。
自分の世界から引き戻された私は、戒めるように深呼吸する。
……よし。
「入っても?」
念のために確認すると、「えぇ」という肯定の返事が。
扉を二回ノックし、入室する。
「失礼します」
中には誰もおらず、沢山の物が置いてあった。
おそらく、今まで没収した物が集められているのだろう。
銃もズラリと並んである。
「カナメ、こちらに」
チナツの後ろについて行くと、彼女は一つのアサルトライフルを手に取った。
そのまま私に手渡すように差し出してくる。
「これがラキアの……」
受け取った銃をいろんな角度から眺める。
彼女の髪を想起させる真っ赤な塗装。
パッと見、目立つ汚れは無い。
しかし、よくよく見れば多数の傷が。
傷の量に反してこれだけキレイだという事は、これが彼女の普段の整備によるものだという何よりの証明だ。
これがいかに使い込まれているかが分かる。
「……わかった。……よく、分かった」
ラキアの銃に対する想いも。
私が次にするべき行動も。
すべて、今この瞬間に理解した。
「チナツ」
ここまでは順調だった。
恐ろしいくらい、トントン拍子に進んだ。
しかし、ここからだ。
ここからが、本番なのだ。
「この銃、どうにかしてラキアに返せないかな」