角付きの演奏者   作:落日

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ep17.災い転じて

「……眠れない」

 

 時間はもう0時を過ぎている。

 不安か、興奮か……それとも両方か。

 原因は分かりきっているが、現状ではどうする事も出来ない。

 

「はぁ……」

 

 なんのかんの言っても小心者なのだ。私は。

 昔から、覚悟を決めた時だけは全く揺らがないというだけで。

 

「……そうだ。どうせ眠れないし……」

 

 部屋の電気を点け、パソコンを立ち上げる。

 起動後の内部処理を待つ間、電子ピアノの鍵盤に指を走らせる。

 特に何かを弾いているワケでは無い。

 なんとなく指が動くまま、感性に任せて奏でるだけ。

 

「……あ」

 

 こういう風に好きに演奏していると、時間はあっという間に進んでしまう。

 いつの間にかPCのファンの音は静かになっており、準備万端だと主張していた。

 

「ふぅ……よし」

 

 サイトを開き、ソフトを立ち上げ……

 全ての準備が終わったのを確認し、開始のボタンをクリックする。

 

「開始……うん、よし。こんばんは~、突然だけどゲリラ配信するね~」

 

 入院したあの日から数週間。

 仕方ない事とはいえ、長らく活動停止していた。

 その分……というワケでは無いが、活動再開には丁度いいタイミングだろう。

 

「ちょっと待ってね、いま告知するから……」

 

 スマホの画面に指を滑らせ、いつものように配信の告知をSNSに流す。

 配信画面に目を戻すと、既に何人か来ているようだった。

 

<この時間にやるの珍しい>

 

「あぁ~本当はねぇ、やる予定なかったんだけど寝られなくてさぁ」

 

 コメントを返しつつ、適当に音を鳴らしてウォームアップ。

 自宅だと電子ピアノが使えるため、今回はソレで演奏する。

 何を弾こうかな、などとぼんやり考えながら、コメントを流し見していく。

 

<もう大丈夫なん?>

<退院したのか>

 

「あぁ、そうそう。先日……というか一昨日かな? 無事退院。後遺症も無し!」

 

 深夜帯だから激しい曲は無し。

 しっとりした曲で、それでいて暗くなりすぎずに。

 

「じゃあ今、病院とか退院とかの単語出たから、それ系の曲でいこうか」

 

 頭に浮かんだ曲を順々に演奏していく。

 時折コメントを読み、その話題の中で出た単語から連想した曲を次の演奏曲に。

 やはり、こうして演奏している時が一番楽しい。

 

………

……

 

<やばい。寝落ちしそう>

 

「ん~? 全然良いよ。そういう選曲してるし」

 

 思った通りの反応をしてくれるのは、演奏者としては嬉しい限りだ。

 ただ、問題点があるとすれば……

 

「でもさ、眠れないからって配信始めたはずなのに、当の私は余計に目ぇ冴えちゃったんだけど……」

 

<なにしてん>

<草>

 

 いつの間にか時刻は2時になろうという所。

 寝なきゃいけないのに、心がもっと弾きたがっている。

 

「ん~……分かった。3時になったら配信閉じるね」

 

 これはアレだ。

 永遠に終わりが来ないヤツだ。

 強制的にでも切り上げないとダメになる。

 

「んじゃまぁ、終わりに近いって事で次の曲は――」

 

………

……

 

「3時なっちゃった……」

 

 本当にこの時間まで演奏しまくってしまった。

 そして案の定、私の身体は真っ昼間もかくやという具合。

 

<アンコール!>

 

「アンコールだめ! 寝る!」

 

 コレ以上は本当にダメだ。

 今から就寝を即行すれば4~5時間の睡眠。

 充分ではないが、許容範囲内ではある。

 

「じゃあ最後に告知……というか、お知らせなんだけど」

 

 まぁ、お知らせもあまり正確ではないが。

 

「ちょっと今後忙しくなりそうなのと、実はいま裏で作曲してるから、あまり配信の時間取れないかも……とだけ」

 

 忙しくなりそうなのは、言わずもがなラキアの件で。

 もう1つの作曲の件は私の趣味だ。

 知り合った人をイメージした曲を作るという、昔からの趣味。

 まぁ、これもラキア関係だ。

 

「ま、そんなワケで今日はここまで。バイバ~イ」

 

 数秒のエンディングを流して配信を終了。

 パソコンの電源を落とし、即ベッドへ。

 無心で目を閉じ、ただただジッとする。

 なんだか、さっきより心が軽い気がした。

 演奏のおかげだろうか。

 今度は案外、スッと眠れるかもしれない……

 

 

 

「……ん……?」

 

 音が聞こえる。

 私が奏でるどんな音より美しく、完璧な音……

 

「この、音は……」

 

 音の鳴る方へ顔を向ける。

 漆黒のグランドピアノの前に座る人物……

 私が失ったはずの、大切なひと。

 

「……あ、れ……」

 

 身体が動かない。

 今すぐ行きたいのに。待たせるワケにはいかないのに。

 

「なんでっ……こ、の……っ!!」

 

 どんなに願っても、力を込めても。

 まるで地面に縫い付けられたかのように、ピクリとも動かない。

 足を見てみても特に何かがある訳でもない。

 視線を戻せば、あの人はさっきより遠くへ。

 

「っ……!! そんな……待って、まってよ……!!」

 

 手を伸ばしても届く筈もなく。

 近付きたくても、相変わらず足は動かず。

 距離だけが離れていく。

 

「やだ……やだ! 置いてかないで!!」

 

 こっちを振り向きすらしない。

 声すらも届いていないのだろうか。

 やっと、会えたと思ったのに。

 

「――あまねぇぇぇ!!」

 

 

 

 ヴィー……ヴィー……

 

「ぅ……?」

 

 ほとんど無意識にスマホに手をかけ、画面を見る。

 アラームの画面ではない。

 下に表示されている緑のボタンを本能的にスワイプし、耳元へ。

 

「ぁい……もぃもし……」

 

《ぷっ……ククッ……》

 

 笑い声が聞こえた気がする……

 ……聞いた事あるような……

 

《おはよ~、カナメ~》

 

「おはよぉ……」

 

 ヘチマだ、この声……

 じゃあ、さっきのはセキ……?

 

「どぅしたの……?」

 

《くふッ……カナメ、いま何時だと思う?》

 

「ぃまぁ?」

 

 耳に当てたスマホを離し、画面を見る。

 左上には「10:52」と書かれている。

 ……そういえば、部屋が明るいし、温かい――

 

「――っ!?!?」

 

《あ~、気付いた~》

 

「さいっっっあく……!!」

 

 布団を蹴り飛ばし、大慌てで準備を始める。

 ハッと気づいて、スマホを再び耳元へ。

 

「ゴ、ゴメン! ありがとう!」

 

《いいよ別に。いっそ休んじゃえば?》

 

「こんなくっだらない理由で遅刻はおろか、欠席までしたら恥もいいとこだよ!」

 

《うわ~、真面目ちゃ~ん》

 

 重ねて二人には感謝を伝え、通話を切る。

 こんな遅刻の仕方、前世でも経験しなかったのに……!!

 

「え~っと、弾は入ってないし、持つもの持ったし……」

 

 安全のため、ショットガンの薬室を確認。

 装填されていないのを確認し、それとは別に予備弾も確認。

 学校一式は昨日と変わらず。

 ギターも背負った。

 

「急げ、急げ」

 

 全て問題ない事を確認し、飛び出すように家を出た。

 

………

……

 

「はぁっ、はぁ~っ……」

 

 校門前まで走ってきたが、ここに至って別に走る必要は無かったと後悔する。

 ただでさえ重い物を持っているうえに、どうせ遅刻は確定している。

 

「はぁ~……歩いてこ……」

 

 疲れを吐き出すような溜息を吐き、トボトボと足を動かす。

 

[ちょっといいかな]

 

「……んぇ?」

 

 近くから聞こえた声。

 思わず振り向くと、そこにはスーツ姿の人が。

 その人は、真っすぐ私を見ていて……って……

 

「……わたし、ですか?」

 

 その人は笑顔で頷く。

 というかこの人、どこかで……

 

[突然ごめんね]

[風紀委員の子達が何処にいるか、知ってるかな]

 

「――あ」

 

 少し前の記憶が蘇る。

 まだラキアと和解する前。

 画面に映っていた、あの画像の――

 

「先生……シャーレの先生?」

 

 その言葉にハッとしたような表情を浮かべる先生。

 

[ごめん。先に名乗るべきだったね]

 

「あぁいえ、そんな……」

 

 先生だから当然なのかもしれないが、とても礼儀正しい人だ。

 口調はとても柔和で、確かな優しさを感じる。

 

「えと、風紀委員でしたね。それならコッチです」

 

 風紀委員の建物は大きいため、見失うことは無いだろう。

 だが、ここで「あそこですよ」と教えるだけでは礼儀に欠ける。

 遅刻が確定している以上、特別急ぐ必要もないことだし。

 

[ありがとう]

[そういえば、君の名前は?]

 

「あぁ、すみません。名乗りもしないで……」

 

 礼儀に欠けるなどと言っておきながら、大前提を忘れていた。

 それに目くじらを立てるような人では無いとは思うが。

 

「改めまして、ゲヘナ学園1年生の高科カナメです」

 

 私のような、いち生徒の事などすぐ忘れてしまうだろう。

 今後関わることも、おそらく無い。

 

[よろしく、カナメ]

 

「はい。こちらこそ」

 

 だったら、この偶然は大事にしよう。

 一生、無縁の可能性もあったのだから。

 

 

 

 

 

[ところで、今って授業中じゃ……?]

 

「あぁ、はい。そうですね」

 

[どうしてカナメは、あそこに居たの?]

 

「お恥ずかしい話ですが……寝坊してしまって」

 

[あっ、そうだったんだ]

[……じゃあ、いまここに居る皆は?]

 

「サボりですね。まともに授業受ける生徒の方が少ないですよ?」

 

[えぇ……]

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