「……眠れない」
時間はもう0時を過ぎている。
不安か、興奮か……それとも両方か。
原因は分かりきっているが、現状ではどうする事も出来ない。
「はぁ……」
なんのかんの言っても小心者なのだ。私は。
昔から、覚悟を決めた時だけは全く揺らがないというだけで。
「……そうだ。どうせ眠れないし……」
部屋の電気を点け、パソコンを立ち上げる。
起動後の内部処理を待つ間、電子ピアノの鍵盤に指を走らせる。
特に何かを弾いているワケでは無い。
なんとなく指が動くまま、感性に任せて奏でるだけ。
「……あ」
こういう風に好きに演奏していると、時間はあっという間に進んでしまう。
いつの間にかPCのファンの音は静かになっており、準備万端だと主張していた。
「ふぅ……よし」
サイトを開き、ソフトを立ち上げ……
全ての準備が終わったのを確認し、開始のボタンをクリックする。
「開始……うん、よし。こんばんは~、突然だけどゲリラ配信するね~」
入院したあの日から数週間。
仕方ない事とはいえ、長らく活動停止していた。
その分……というワケでは無いが、活動再開には丁度いいタイミングだろう。
「ちょっと待ってね、いま告知するから……」
スマホの画面に指を滑らせ、いつものように配信の告知をSNSに流す。
配信画面に目を戻すと、既に何人か来ているようだった。
<この時間にやるの珍しい>
「あぁ~本当はねぇ、やる予定なかったんだけど寝られなくてさぁ」
コメントを返しつつ、適当に音を鳴らしてウォームアップ。
自宅だと電子ピアノが使えるため、今回はソレで演奏する。
何を弾こうかな、などとぼんやり考えながら、コメントを流し見していく。
<もう大丈夫なん?>
<退院したのか>
「あぁ、そうそう。先日……というか一昨日かな? 無事退院。後遺症も無し!」
深夜帯だから激しい曲は無し。
しっとりした曲で、それでいて暗くなりすぎずに。
「じゃあ今、病院とか退院とかの単語出たから、それ系の曲でいこうか」
頭に浮かんだ曲を順々に演奏していく。
時折コメントを読み、その話題の中で出た単語から連想した曲を次の演奏曲に。
やはり、こうして演奏している時が一番楽しい。
………
……
…
<やばい。寝落ちしそう>
「ん~? 全然良いよ。そういう選曲してるし」
思った通りの反応をしてくれるのは、演奏者としては嬉しい限りだ。
ただ、問題点があるとすれば……
「でもさ、眠れないからって配信始めたはずなのに、当の私は余計に目ぇ冴えちゃったんだけど……」
<なにしてん>
<草>
いつの間にか時刻は2時になろうという所。
寝なきゃいけないのに、心がもっと弾きたがっている。
「ん~……分かった。3時になったら配信閉じるね」
これはアレだ。
永遠に終わりが来ないヤツだ。
強制的にでも切り上げないとダメになる。
「んじゃまぁ、終わりに近いって事で次の曲は――」
………
……
…
「3時なっちゃった……」
本当にこの時間まで演奏しまくってしまった。
そして案の定、私の身体は真っ昼間もかくやという具合。
<アンコール!>
「アンコールだめ! 寝る!」
コレ以上は本当にダメだ。
今から就寝を即行すれば4~5時間の睡眠。
充分ではないが、許容範囲内ではある。
「じゃあ最後に告知……というか、お知らせなんだけど」
まぁ、お知らせもあまり正確ではないが。
「ちょっと今後忙しくなりそうなのと、実はいま裏で作曲してるから、あまり配信の時間取れないかも……とだけ」
忙しくなりそうなのは、言わずもがなラキアの件で。
もう1つの作曲の件は私の趣味だ。
知り合った人をイメージした曲を作るという、昔からの趣味。
まぁ、これもラキア関係だ。
「ま、そんなワケで今日はここまで。バイバ~イ」
数秒のエンディングを流して配信を終了。
パソコンの電源を落とし、即ベッドへ。
無心で目を閉じ、ただただジッとする。
なんだか、さっきより心が軽い気がした。
演奏のおかげだろうか。
今度は案外、スッと眠れるかもしれない……
「……ん……?」
音が聞こえる。
私が奏でるどんな音より美しく、完璧な音……
「この、音は……」
音の鳴る方へ顔を向ける。
漆黒のグランドピアノの前に座る人物……
私が失ったはずの、大切なひと。
「……あ、れ……」
身体が動かない。
今すぐ行きたいのに。待たせるワケにはいかないのに。
「なんでっ……こ、の……っ!!」
どんなに願っても、力を込めても。
まるで地面に縫い付けられたかのように、ピクリとも動かない。
足を見てみても特に何かがある訳でもない。
視線を戻せば、あの人はさっきより遠くへ。
「っ……!! そんな……待って、まってよ……!!」
手を伸ばしても届く筈もなく。
近付きたくても、相変わらず足は動かず。
距離だけが離れていく。
「やだ……やだ! 置いてかないで!!」
こっちを振り向きすらしない。
声すらも届いていないのだろうか。
やっと、会えたと思ったのに。
「――あまねぇぇぇ!!」
ヴィー……ヴィー……
「ぅ……?」
ほとんど無意識にスマホに手をかけ、画面を見る。
アラームの画面ではない。
下に表示されている緑のボタンを本能的にスワイプし、耳元へ。
「ぁい……もぃもし……」
《ぷっ……ククッ……》
笑い声が聞こえた気がする……
……聞いた事あるような……
《おはよ~、カナメ~》
「おはよぉ……」
ヘチマだ、この声……
じゃあ、さっきのはセキ……?
「どぅしたの……?」
《くふッ……カナメ、いま何時だと思う?》
「ぃまぁ?」
耳に当てたスマホを離し、画面を見る。
左上には「10:52」と書かれている。
……そういえば、部屋が明るいし、温かい――
「――っ!?!?」
《あ~、気付いた~》
「さいっっっあく……!!」
布団を蹴り飛ばし、大慌てで準備を始める。
ハッと気づいて、スマホを再び耳元へ。
「ゴ、ゴメン! ありがとう!」
《いいよ別に。いっそ休んじゃえば?》
「こんなくっだらない理由で遅刻はおろか、欠席までしたら恥もいいとこだよ!」
《うわ~、真面目ちゃ~ん》
重ねて二人には感謝を伝え、通話を切る。
こんな遅刻の仕方、前世でも経験しなかったのに……!!
「え~っと、弾は入ってないし、持つもの持ったし……」
安全のため、ショットガンの薬室を確認。
装填されていないのを確認し、それとは別に予備弾も確認。
学校一式は昨日と変わらず。
ギターも背負った。
「急げ、急げ」
全て問題ない事を確認し、飛び出すように家を出た。
………
……
…
「はぁっ、はぁ~っ……」
校門前まで走ってきたが、ここに至って別に走る必要は無かったと後悔する。
ただでさえ重い物を持っているうえに、どうせ遅刻は確定している。
「はぁ~……歩いてこ……」
疲れを吐き出すような溜息を吐き、トボトボと足を動かす。
[ちょっといいかな]
「……んぇ?」
近くから聞こえた声。
思わず振り向くと、そこにはスーツ姿の人が。
その人は、真っすぐ私を見ていて……って……
「……わたし、ですか?」
その人は笑顔で頷く。
というかこの人、どこかで……
[突然ごめんね]
[風紀委員の子達が何処にいるか、知ってるかな]
「――あ」
少し前の記憶が蘇る。
まだラキアと和解する前。
画面に映っていた、あの画像の――
「先生……シャーレの先生?」
その言葉にハッとしたような表情を浮かべる先生。
[ごめん。先に名乗るべきだったね]
「あぁいえ、そんな……」
先生だから当然なのかもしれないが、とても礼儀正しい人だ。
口調はとても柔和で、確かな優しさを感じる。
「えと、風紀委員でしたね。それならコッチです」
風紀委員の建物は大きいため、見失うことは無いだろう。
だが、ここで「あそこですよ」と教えるだけでは礼儀に欠ける。
遅刻が確定している以上、特別急ぐ必要もないことだし。
[ありがとう]
[そういえば、君の名前は?]
「あぁ、すみません。名乗りもしないで……」
礼儀に欠けるなどと言っておきながら、大前提を忘れていた。
それに目くじらを立てるような人では無いとは思うが。
「改めまして、ゲヘナ学園1年生の高科カナメです」
私のような、いち生徒の事などすぐ忘れてしまうだろう。
今後関わることも、おそらく無い。
[よろしく、カナメ]
「はい。こちらこそ」
だったら、この偶然は大事にしよう。
一生、無縁の可能性もあったのだから。
[ところで、今って授業中じゃ……?]
「あぁ、はい。そうですね」
[どうしてカナメは、あそこに居たの?]
「お恥ずかしい話ですが……寝坊してしまって」
[あっ、そうだったんだ]
[……じゃあ、いまここに居る皆は?]
「サボりですね。まともに授業受ける生徒の方が少ないですよ?」
[えぇ……]