「あーあーあー……うん、よし。マイクも入ってる」
街が見下ろせる、山の中腹にある展望台。
スマホを三脚で固定し、風景と自分が映る様に調整。
モバイルバッテリーにも繋いでる。
ポケットwifiも良し。
最終確認を終えて、配信開始のボタンを押す。
「はい、こんにちは~。『カタツノソング』の時間だよ~」
いつもの挨拶をしながら手を振る。
配信確認用のサブスマホを見て、ちゃんと配信出来ているかを確認。
「今日もね~、いつもの風景と一緒に配信するね~」
<こんにちは~>
<今日はアコギか>
<きちゃー!>
<生きとったんかワレェ!>
配信開始してすぐにチャットが付く。
前世でも経験したが、最初のうちは視聴者0などザラにあるので、今こうして見て貰えていることに嬉しさを覚える。
「は~い、こんにちは~。前回はねぇ、悲しい事に銃撃戦に巻き込まれて配信終了だったんでねぇ。今日は最後まで出来るかな~って所ですけども」
<あれマジで草だった>
<ゲヘナって感じだったね>
<いきなり爆発音がして鼓膜ないなった>
「ね~。いきなり手榴弾飛んできた時は頭真っ白になっちゃった。まぁ、実際には黒くなったけど。ヘヘッ」
ジョークを挟みつつ喋りで口を慣らしていく。
何年もやってても、やはり緊張はしてしまう。
軽く指のウォームアップも済ませ、ふぅっと心を落ち着かせる。
「んじゃ、今日は何から歌おっかな~。ん~……」
撫でるようにギターを弾きながら、何となく頭に浮かんだ曲。
よし、とそれを歌うことに決め、本格的に指を動かし始める。
「~♪」
この世界には、知らない曲が沢山あった。
その中には、前世で名曲と呼ばれた曲たちに匹敵するものも多数ある。
「――はい。〇〇さんの××でした」
<888888>
<うま~>
<初見です。歌上手ですね>
「あ、初見さんありがとね~! 皆も拍手とか、上手いって言ってくれてありがと~! この曲ね、勿論好きなんだけど一番好きなのがね~――」
合間合間に曲の談義を挟みつつ、次へ次へと曲を演奏する。
こうして演奏するのも、歌うのも私は好きだ。
でも。
やはり、どれも足りない。
私の身体が、心が満足しない。
――私の一番欲しい音が、ここには無い。
「んっと、ライブの半分くらいの時間が経ったね。今日はあと4、5曲くらいかな」
そうして配信開始から1時間が経った。
<今日は何も起きなくて良かった>
<このまま最後まで歌えるかな?>
「や~、今日は完走したいねぇ。前回が前回だっただけにさぁ」
前回の愚痴をこぼしつつも、ラストへ向けて曲を重ねる。
そのまま何事もなく演奏は進行していき、最後の曲もフィナーレへ。
そして気持ち良く、締めの一音を鳴らし――
ドゴォォォォン……
「……へ?」
最後の最後。
本当の締めの一音に重ねて、爆発音が鳴り響く。
背後を振り返れば、街の一角から煙がモワモワと吹き上がっていた。
<クッソ絶妙なタイミングで草>
<もはや様式美>
<【ゲヘナ】ゲヘナ、ゲヘナ>
<どの辺でしょう?>
「どの辺……うーん、あそこって確か最近、○○ってレストランが出来てた辺りのような……?」
三脚を付けたまま配信用のスマホを掴み、爆心地を撮る。
<ありがとう>
「ありがとう?」
コメントの意図が分からず、首を傾げる。
コメント欄も「?」で埋まっていたが、その中に一つだけ目を引くものがあった。
<風紀委員じゃ?>
「……冗談」
そんな訳はないと思いつつも、そうであれば筋が通ってしまう。
それは視聴者も同じようだった。
<マジ? 即行捕まるじゃん>
<っていうか犯人、美食研究会じゃね?>
<ありえる。というか多分そう>
美食研究会。
名前からは想像がつかないが、ゲヘナでも1、2を争う程の問題組織だ。
美食のためならば文字通り何でもする集団であり、食を冒涜していると判断すれば躊躇なく爆破する。
その信念は尋常ではなく、風紀委員と対面してなお退かない程。
「え~……なんか不完全燃焼になっちゃったんだけど……」
<こっちは面白かった>
<撮れ高の神様舞い降りてた>
「あ、面白かった? んじゃあ、まぁ……いっか」
歌で盛り上げた訳ではないのが心残りではあるが……理由はどうあれ楽しんで貰えたのは、せめてもの救いか。
「んじゃま、オチがついた所で配信も終わろうか」
あまり長々と中継しても仕方がないと判断し、配信終了を伝える。
チャットでは「中継してほしい」などという物もあったが、そういうのはクロノススクールの分野であり、私の仕事ではない。
「はい、じゃあお疲れ~。また見てね~」
配信を切り、配信機器や楽器を撤収する。
あのコメントが風紀委員のものであるかどうかは知る由もないが、どうであれ風紀委員が動くのは確定している事だ。
「……本当、大変だね……」
朝は銃撃戦の鎮圧。
そして今は市街地内での爆発の対応。
休む暇もないとは、このことか。
「はぁ……帰ろ……」
心の中で気の毒に思いつつ、家路についた。
――次の日――
「情報提供ありがとうございました」
珍しく朝、第二校舎で出会ったチナツに開口一番で感謝される。
「……それってつまり、そういうこと?」
それは、あのコメントが「そういうこと」だという暴露に他ならなかった。
……というか。
「見てくれてるんだ、私の配信」
私の問いに、微笑を浮かべながら頷く。
「休憩中に少しですけど。ちょうど爆発が起きた所でした」
「そっか」
それは、タイミングが良かったのか悪かったのか……
風紀委員の現状を考えると、あまり手放しで「役に立ててよかった」などと言えない。
「――チナツは、さ」
思い切って、聞いてみる。
ここで聞かなきゃ、多分、ずっと聞く機会はないだろうから。
「風紀委員、嫌になったりとかはしないの? これからも続ける?」
少しだけ目を伏せたチナツ。
数秒の間の後に、口を開いた。
「……結局、最後は誰かがやらなければいけませんから」
チナツはそれだけ言うと、一礼して去っていく。
おそらく、また風紀委員の仕事だろう。
言いたい事はあった。
でも、それを口にする資格は私にはない。
「……そんなの、誰のためにもならないよ……」
言ってはいけないと、呑みたくて、呑みたくて、呑み込めなかった言葉。
消え入るような声で呟かれたソレは、誰に届くわけでもなく消えていく。