「――ぅ……?」
ぼんやりと意識が浮上していく。
目を開ければ、見覚えのない白い天井。
横を見れば、青い
「……?」
思考が回らない。
混乱している、とかいう次元ではなく。
簡単な疑問すら頭に浮かばない。
まるで脳みそが空っぽになってしまったかのよう。
パチリパチリ、と瞬きを何回か繰り返していると、足音が聞こえてきた。
「――あ」
声をあげ、私のベッドに近付いてくる。
視界に映ったその人物は、青を基調とした服に、白いエプロン姿。
どこかで見た、ような……
「……おはようございます。どこか、異変はありませんか」
その人は優しい声で語り掛けてくる。
そうだ。
どこかで見覚えがある服装だと思ったが、この人は「救急医学部」の生徒だ。
……という事は、ここは彼女たちの部室だろうか。
「え、と……とくに、は……」
寝たままで返すのはどうなのか、という変な気遣いから、身体を起こそうとする。
「あっ!? だ、ダメ――」
制止されるが、その言葉の真意を考える余裕もなく。
「――ッ!!」
起き上がろうと、身体に力を入れた瞬間だった。
鋭い痛みが身体の内部を走る。
たまらず脱力し、ベッドに身を預けるほか無かった。
「ッ……ハァッ……!!」
鋭い痛みが、鈍く身体に残り続けている。
荒く呼吸するたびに、体の内側から痛みが噴き出してくる。
「……無理しないで下さい。外傷もそうですが、内臓はもっと酷い事になっています」
「ない、ぞう……? っ……どういう、こと……ですか……?」
身体に走る痛みに耐えながら、疑問を素直にぶつける。
彼女は一瞬、目を丸くし、私のそばに寄る。
「……覚えて、ないのですか……?」
「え、っと……うぅっ……!」
思い出そうとしても、内側からの痛みがそれを邪魔する。
言葉の代わりに、首を横に振って答えた。
「……記憶障害でしょうか……いえ、今はとりあえず安静に。私は部長に報告しますので」
そう言って、彼女は部屋から出て行く。
残された私は「身体に残り続ける激痛に耐えながら、出来るだけ力が入らない様に頑張る」という訳の分からない事に神経を注ぎ続けることを余儀なくされた。
「――以上から、貴女には数週間ほど、こちらで入院して頂きます」
戻ってきた医学部員から、私の状態を聞かされる。
四肢の欠損こそ無かったものの、肉が抉れており、それに伴った大量の出血により危険な状態だったこと。
だが、それ以上に危険だったのが内蔵だったらしい。
折れた骨が肺に突き刺さっていたり、他の臓器も裂傷を引き起こしていたりで、中々に酷い状態だったとの事。
「……自分の事ながら、よく生きてたなぁ……」
この頃には、もうすっかり思い出していた。
あの三人とカフェにいったら、ヘルメット団が襲撃しに来たこと。
そして、ほぼ自爆特攻のようなマネをした事。
おそらくキヴォトス人だから生きていたのであって、前世の肉体だったら、ほぼほぼ死んでいただろう。
つくづく、この肉体の強靭さに驚かされる。
「的確な応急処置があったのが幸いでしたね」
でなければ、もしかしたら……と付け加えられる。
ということは、その人は命の恩人という事になるだろう。
救急医学部の部員だろうか。
「その応急処置は、救急医学部の方が?」
「いえ。まぁ……元、ではありますが……現・風紀委員の火宮 チナツさんが処置したようで」
「……チナツ……」
私はチナツに助けられてばかりだ。
初めて出会った時も、私の怪我を治療してくれた。
そしてまた……しかも、今度は命をも救ってくれたかもしれない。
「……退院したら感謝しなくちゃ」
「――でしたら今、感謝してください」
聞きなれた声が、静かな部屋に響いた。
放たれた言葉と共に、聞きなれた足音が近づく。
顔を見なくても、姿を見ずとも。それが誰か分かる。
「お疲れ様です。……少しだけ、席を外して頂いてもよろしいでしょうか」
分かりました、と医学部員が一礼し、部屋を後にする。
彼女は――チナツは私のベッド脇の椅子に座った。
その表情からは、隠す気も無い怒りが読み取れた。
「あ、えと……お、応急処置、してくれたんだって?」
怒りの感情を逸らすように話題を振るが、チナツは喋らなかった。
ジッ……と、私の顔を睨み続ける。
「えと、あの……あ、ありが――」
「自分が何をしたか、分かっているのですか?」
言葉を被せるように詰問される。
チナツの顔を直視できず、あちらこちらへと視線が揺らぐ。
「あ……ぅ……」
怒って当然だ。
もし逆の立場だったとしても、私も怒っていただろう。
「生きてたと安堵した次の瞬間に、貴女が意識を失って……私がどれほど……っ!!」
顔を伏せ、声を荒げるチナツ。
布団を握りしめるその手は震えていた。
……どうやら私は、勘違いをしていたらしい。
風紀委員として尽力する彼女を。
日々、激務に追われながら逃げ出さない、この少女を。
しっかりしてて、芯があって、強い人間なのだ……などと。
この子だって、まだ16の少女なのに。
「……ごめん、ね」
布団から手を出して、彼女の左手に重ねる。
表情こそ見えないが、頬を伝う雫が、ベッドに吸い込まれる。
「っ……謝って、済む問題じゃありません……!!」
空いている右手で私の肩を掴み、鎖骨辺りに顔をうずめるチナツ。
付けたままのメガネが邪魔なのか、顔を擦りつけてメガネをずらす。
重ねていた手は、いつの間にかガッシリと掴まれていた。
「本当に……」
ふにゃふにゃの声で言葉を紡がれる。
私の心が締め付けられる。
「――よかった……」
あの時と、同じ言葉。
ただし、今回は私も伝えられる。
あの時、貴女に言い損ねた言葉を。
「――私も、チナツが無事でよかった」
ピクリ、とチナツが震える。
数瞬の間の後、強く顔を押し付けられ、身体を抱きしめられた。
くぐもった泣き声が、体内に響いていく。
「ところで、その……すごく、言いづらいんだけど……」
グスグスと、チナツが泣きやみ始めたタイミングで口を開く。
我慢したかったが……ちょっと無理そうだ。
「身体、痛いんだけど……」
感動のシーンだろうが何だろうが、痛みは関係なく襲ってくる。
不必要な公平さだ。
「……我慢してください」
やめる気は毛頭ないようで。
でも、その我慢が出来なそうだから言ってるわけで。
「いや、ちょっと我慢も無理かなぁ~って……」
「……ワガママ言わないで下さい」
あぁ、何を言われても離れる気は無いんだな、と察した私は。
それ以上何も言わず、痛みと格闘することを選ぶほか無かった。