んん?
二度見してしまった。
ぼろ雑巾みたいな服、穴の開いた靴、ぼさぼさの髪。みすぼらしい姿はまさに奴隷だった。
でも、その口調がどうもおかしい……?
そして、とんでもない美少女だった。
汚れているとはいえ、腰まであろうかというほど長い髪の毛は見事なブロンド、縦ロール。
瞳は大きく、希望に満ちてキラキラと輝いている。
顔も整っていて、いうならば西洋人形みたい。
さらに特筆すべきなのは。
ココの金髪から大きな猫の耳みたいなのがぴょこん、と飛び出てピクピクと動いている!
おお!
まじで猫耳じゃんか!
ケモ娘だ!
よく見ると、スカートにはそれ用の穴があいていて、そこからやっぱり猫みたいなしなやかな黄金色のシッポが出ていて揺れている。
かわいい!
いいじゃん、いいじゃん、この世界最高じゃん!
「おほほほほっ! みたところどこぞの貴族のご令嬢でしょうか? 自己紹介をいたしますわ!」
美少女は汚れた服のスカートをちょんとつまむと、膝を折って綺麗なカーテシーで挨拶をする。
「私の名はココ・ライラネックと申します。カラカウム王国の十四貴族の序列第十四位、ライラネック家の末の娘でございますわ! おほほほほ!」
俺は名乗ると音楽が流れて背景が変わるので、一歩下がる。
いやこんなところで魔法少女の名乗りをするのは目立つからな。
リリーの召使という体にしているのだ。
そのリリーは胸を張って手を差し出す。
「ふむ、わしはディバイナ王国銅等級ガルウィナ家の三女、リリエル・ルミシリール・キャウ・ガルウィナと申すもの。じゅうさ……十四? ええと……」
リリーは逃避行中だから、まさか王女殿下と名乗らせるわけもいかない。
だから、リリーには実際に存在する没落貴族の名前を名乗らせることにしていた。リリーとリリエルで名前が似てるし、これならちょっと呼び間違えてもごまかせるしちょうどいい。
それはともかくとして、リリーはなんか動揺している。
こそっとアマリアが俺の耳もとでささやいた。
「カラカウム王国の貴族家は十三しかありません。いうまでもないですが、詐称です」
まあそうだろうな、見たまま奴隷なんだろう。
しかし本人の表情は生まれながらの王女たるリリーに対して一歩も引かず自信満々の笑みを浮かべている。
本気で自分を貴族だと思い込んでるんだろうか?
「ええと、序列十四番目なら銅等級より下……でいいのじゃよな?」
リリーが不安げにアマリアに聞く。
「ええ、銅等級はカラカウム王国の序列九番目から十番目に比すると外交プロトコル上の取り決めがあります」
「そうか。じゃ、わしが上じゃな! よし、ココ殿、キスしても良いのじゃー!」
そう言って手の甲を差し出すリリー。
「あら、かわいらしいお姫様ですこと。おほほほほ」
ココは笑ってそういいそこにそっと唇を触れさせた。
「おほほほほほっ! お会いできて光栄ですわ!」
しかし、このお嬢様口調、本気でやってるのかな?
と思ったら。
向こうから宿屋の主人がムチを持ってやってきた。
「おい、メス猫! 水は汲んできたのか!?」
ムチ?
まじか、まじでムチだ。
宿屋の主人が威嚇するようにムチをビシッ! と空打ちする。
ココの顔が少し青ざめる。
よく見るとココの衣服はあちこちが破れているけど、これ、もしかするとムチのあとだったりする……?
「おい、メスネコ、水はどうした?」
「おほほほほほっ! さきほど下女に命じて壺になみなみと水を蓄えさせましたわ! おほほほほっ」
「ちっ。なにが下女だ、自分でやったんだろ? まあやったならいい。ほんと、どうかしてるな、獣人族ってやつはみんなこうなのか? まともな頭をしているとは思えんな」
「おほほほほほ! 私はカラカウム王国十四貴族の序列十四位、ライラネック家の末娘、ココ・ライラネックですわよ! 侮辱は許しませんことよ!」
「けっ! なにがココだ、お前に名前をつけてやった覚えはないぞ、メスネコ。ほら、今日のメシだ」
主人はむき出しのパンをココに向かって放り投げた。
ココは不器用なのか、それをお手玉みたいに受け取り損ねている。
パンは馬房の柱にカコーンという音とともにぶつかって落ちた。
……パンってそんな音がするほど硬いもんだっけ?
それ、石じゃねえの?
とんでもなく粗悪なパンだな。
「おほほほっ! ペットのネズミの餌にちょうどいいですわ! いただいておきますわ!」
「ちっ。いちいちむかつくメスだ、いいからそれを食っとけ。……さあ、お客さん、食事の準備ができましたよ。ベッドは用意できませんでしたが、食堂の席に空きはあります。どうぞ、食事を楽しんでいってくださいな」
俺達の他にも何組か客が食事を摂っている食堂。泊り客には見えないが近所の人かな?
宿屋の主人が言う通り、食事はけっこう豪華だった。
スープにやわらかそうなパン、何の肉かわからんけどステーキにソースのかかったもの、あとは豆を煮たもの、そしてふかした芋っぽいなにか。ジャガイモかな?
とりあえずはこの世界、俺のいた世界とそう食い物の文化が違わなくて助かった。
『この世界では虫を食べるのが普通なのです』とか言われたらどうしようかとドキドキしてたわ。
一応、リリーとその召使、という体になっているので、リリーを座らせ、俺とアマリアはその両脇で給仕をする。
まあ実際リリーは王女殿下なわけで、一介の魔術師たるアマリアからすると当然の立場ではある。
「んむー! 一人で食べる食事はおいしくないのじゃー! おぬしらも一緒に食べてよいのじゃ!」
大声でそういうリリー。
リリーからすると俺は救世主たる天使様なので、むしろ俺より先に食事に手をつけたくないそうだ、階級社会で育った人間ってめんどくせえな。
というわけで建前を整えつつ、俺たちは食事をともにする。
「アマリアも貴族としての称号とかもらっているのか?」
「ええ。姉君様であられるエレオノーラ様の御口利きで、鉄等級の貴族として認められております」
「鉄等級って一番下か」
「はい、鉄等級と銅等級までは家柄に関係なく国家に貢献することでいただける等級です。銀等級以上の貴族にはその家柄に生まれないとなれませんが。銀等級以上は神様がお決めになられた等級ですから、変更することはできないのです」
「聖典とかいうのにそう書いてあるってこと?」
「聖典には記載がありませんが、それに準じるとされる聖者による注釈書で決まってます」
なるほどね。
なんだっけ、タルミナス教、とかいったっけ、そういう宗教が国家と密接にかかわりあってるってことなんだな。
俺はパンをちぎって口に放り込む。
うん、やわらかくてうまい。
バターもあるんだな、ってことは酪農もやってるのか?
そういう農業的な部分は地球とそう変わらなそうだけどな。
「あのパンは硬そうだったな……」
ココに投げつけられたパン、柱にあたったらいい音してたもんな。
「あの奴隷ですか……。ずいぶん痩せてましたしね……あのようすではずいぶん頭の方も……その……いろいろと大変なようですね……過酷な生活でああなってしまったのかもしれません」
奴隷かあ。
なんだかなあ。
あんまり考えると食事の味がしなくなりそうだ。
とそこに、主人がデザートのカットした果物をもってやってきた。
西洋梨みたいななめらかな舌触りで甘くてうまい。
その主人にアマリアが尋ねる。
「あの獣人の娘ですが……なんだか言動がおかしかったですね」
「ああ、あいつねえ……」
主人はひげを撫でながらいう。
「あいつはね、半年前に奴隷の行商人から買ったんだ。まあ、奴隷は今は禁止されてるわけだし、俺が買って解放してやったってわけだ」
よくいうよ、そのまま奴隷としてこき使ってるんだからただの奴隷売買だ。
「最初はしゃべることもできないくらい衰弱していて安かったからな。食わせて回復させれば商売になるかと思ったんだが……。だがな、少し回復したかと思ったらあれだよ。自分をお姫様だと信じ込んでいるみたいでなあ……」
困ったような顔をしていう主人。続けて言う。
「まさかあんなだとわかっていたら買わなかったよ。どうりでずいぶんと安かったわけだ。本気で自分を貴族令嬢だと思っているようにも見えるし、わかって演じているように見えることもある。本来であれば今ぐらいに回復したら客をとらせてもいいと思っていたんだが……」
ギロリ、とアマリアが主人をにらんだ。
「姫様の前でそのような下賤な話題はおよしいただきたい」
ああ、客ってそういうことか、奴隷に身体を売らせるつもりだったけどあんな感じだからそれもできなくて困ってるって話か。
正直、現代日本で生きていた俺の価値観からするとろくでもねえな。
と、そこに4~5人の男が食堂に入ってきた。
「おう、いつもの酒を頼む」
なるほど、この宿屋は村の酒場も兼ねているみたいだな。
七歳のリリーがいつまでもいるような場所じゃなさそうだ。
「食い終わったら馬小屋でゆっくりしよう」
「やったー! 馬小屋で寝るお姫様! そういう絵本を読んだことあるのじゃー! 王子様がさらいにやってくるのじゃー!」
目を輝かせてリリーが言う。
「ええ、絵本が大好きですものね、中にはそういうお話もありましたね」
アマリアが母性溢れる表情でリリーを眺めてる。
おっぱいもでっけえしバブみがあるかもしれん。
そういやアマリアって18歳とかいってたか。
見た目通りの若さだな。
それで宮廷魔術師になれるとかガチの天才なのかもなあ。
そして。
事件はその夜に起きることになるのだった。