「見た目でなめられたら終わりだと言うことがわかりました」
胸当て、手甲、すね当て。
完全装備の甲冑を身につけたアマリアがそう言った。
「あんなことになったのは、私まで召使いの格好をしていたからなめられたのです。こうやって本来の騎士の姿をしていればなめられなかったのです」
いやお前、本来騎士じゃないだろ……。
うん、しかしまあ、似合ってるな。
黒髪ショートボブのアマリア、動かなければ騎士の姿はかなりサマになっている。
動くと、
「おっとっと……」
よろめくんだけど。
「お前、筋力不足じゃないのか? 通信教育で剣技を習ったじいさんに剣技を習ったからしょうがないけどさ……」
「う……がんばります……」
そうはいっても魔術の腕が一流なのは俺も知ってるから安心だ。
それにアマリアの言うとおり、見た目で見下されないようにするのは大事なのかもしれないな。
「よし、じゃあこの村も出発するか。ココ、お前も来い」
「え? 私もご一緒してよろしいのですか?」
こいつ、国を滅ぼしかねない魔力を持っている上にそれを制御できないっていうからな。
俺に対する信仰心がある限り、俺と一緒に行動する分には暴走もしないだろうし。
この村の司祭もお礼として十分な食料をくれたし、まあいいだろ。
それに、ココは馬の扱いも心得ていて馬車の操縦もできるというから便利だしな。
そんなわけで俺たちはさらに西へと向かう。
ココが御者、俺とリリーは馬車の中、アマリアは騎馬で馬車を先導する。
やはり騎士が騎馬で護衛している、というのは山賊とか盗賊対策にも有効みたいだ。
魔術というものが存在するこの世界、女性の騎士でも十分に戦力になると知れ渡っているみたいだしな。
騎士は主に筋力や体力強化の魔術に長けているものらしい。
それとは反対に、魔術師は炎や水などを操る魔術を得意とする。
「ん、待て、だったらお前は実際魔術師なんだし、魔術師の格好をしてたほうが動きやすくていいのでは?」
「確かに戦闘特化型の魔術師っぽい衣装というものはあります。ありますがっ! 私はかこかわいい騎士になりたいのです! 天使様がなんとおっしゃろうとこれでいきます!」
あ、そこは天使相手でも譲らないのね……。変なやつ。
一日かけて草原の中の道を行く。
途中でちょっとした小川が流れているところがあったので、そこで小休止することにした。
ずっと馬車に揺られるだけでも疲れるのに、御者をしているココや馬上に乗っているアマリアも疲労がたまっているだろう。
小川の水を沸かし、それをお茶にして飲む。
この世界のお茶は地球でいうところの紅茶に非常に似た味と香りがする。
うん、なかなかうまいね、今はストレートで飲んでいるけど、砂糖や乳をいれることも多いそうだ。
この世界でもやっぱり生水は危険らしいので、こうして茶を沸かして飲むのは旅の常識らしい。
日本でだって、北海道とかいけばエキノコックスとかの寄生虫がいて生水を飲むのはけっこうなリスクを伴うしな。
「生水を沸かして飲む必要などありません。水ならほら、私がいくらでも魔術で出せます。はいどうぞ、おえ~~っ、げぼぼぼぼぼ……」
偽騎士が口から水を吐いているのを完全に無視して俺は言った。
「よし、ココ、水を川でくんできてくれ」
「かしこまりましたでございますわぁ!」
「ごぼぼぼぼこれは魔術で出した水でごぼぼぼ私の体内の水ではないのに!」
「水を出すかしゃべるかどっちかにしてくれ」
「ごぼぼぼぼぼぼぼ」
「水を出す方を選ぶんじゃねえ、飲まないっていってんだろ!」
皆で車座になってお茶をいただく。
戦闘以外では俺は普通の召使いの格好をしているし、リリーはこざっぱりとした下級貴族の娘っぽい衣服を身につけている。
ココは奴隷のぼろぼろの衣服のまま、ってのもかわいそうだったので、村の司祭に頼んでそれなりの衣服を用意してもらった。
「うふふふ、おほほほほほ、どうかしら? わたくしのこの衣装! 天使様がわしにおめぐみくださったのですわ、おほほほほ、うふふ、ふふ、ふふっふふっふふふふ」
ココはずっと大喜びしていて、お茶を飲むのもほどほどに、回転してスカートをぶわっとさせたり、ちょこんとつまんでカーテシーしてみたり、はしゃいじゃってる。
ココは獣人なので、猫みたいなきれいなしっぽが生えている。でも、せっかくの獣しっぽなんだけど、あの村に獣人用の衣服があるわけもなく、スカートの中にかくれちゃってるのがもったいない。
ちなみに帽子も一緒にもらってやったので、それをためすがめつ眺めたり、かぶっては手鏡でうっとりと自分の姿を見たり。
俺的には帽子でケモ耳は隠さない方がかわいいんだけどなあ。
でもこういうのは男目線と女目線でかわいいの基準が違ったりするし、俺が口を出したらココは従っちゃうだろうけど、それはココの自由意思を俺が無理矢理曲げることだから、よっぽどのこと以外はそういうことしたくないし……。
それにココはもしかしたら人生で初めてきちんとした服を着たのかもしれない、好きなようにさせて喜ばせてやろうか。
いうまでもなく、アマリアは甲冑を身につけて騎士らしくばっちり決まっている。
はっきりいってこのメンバーの中だと俺が一番地味な服を着ているんだよなあ。
いやでもさ、俺は中身がおっさんなわけで、そんな豪華なフリフリスカートとか特に着たいとか思わんしさ。
地球にいたころもユニシロとかましむらとかのモノトーンのシャツしか着ていなかったくらいで、おしゃれしたい欲があんまりないんだよなー。
だから、今もわりとシンプルでそんなに高価じゃない服を着ている。
それでもふとしたときに自分がスカートをはいていることにびっくりして、んでもって自分の腰の細さにさらにびっくりしてうわー、俺ってばほんとに女の子になっちゃったんだなーとあらためて感慨深くなる。
なんかいきなりこの世界に転移してきて、勢いでここまできちゃったけど、冷静に考えると女の子になっちゃってるって大変なことだよこれは……。
……誰も見ていないタイミングをみはからってこっそり自分の胸をさわってみてそのやわやわな感触に感動しちゃったりして……。
ま、なにがいいたいのかというと、ぱっと見、俺たちの中では俺が一番シンプルな格好をしているってことだ。
そして、それがとんでもないことを巻き起こす元凶となったのだった。
★☆★
馬車の中。
俺とココは二人きりになっていた。
外ではアマリアが御者として馬を操り、七歳にして乗馬をマスターしているリリーが馬上の人となっている。
俺たちの馬車は草原の道をゆっくりと西へと向かっている。
車輪の音で俺たちの会話は外には聞こえない。
ココと二人きりで話したいことがあったのでこうしているのだ。
「さて、ココ」
「はい、天使様」
「俺たちは少し、話し合わなきゃいけない。ここなら俺たち以外、誰にも会話は聞かれない。これからはお互いに命を預けるようなこともあるかもしれない。だから、全部話しちゃおうぜ」
俺は今、魔法少女に変身している。
ココに、自分が今話しているのは天使様その人だということをわかってもらうためだ。
ピンク色の戦闘ドレスに虹色に染め分けられたスカート。
この狭い馬車の中だとわりあい威圧感すらあるな。
「俺は天使だ」
初めて自称したが、でも聖典の通り、前の世界で死んでこの世界に神様から送り込まれたのは確かだと思うので、もうわりきって天使として生きていくことにしたのだ。
「いいか、俺は天使だ。俺は、お前のすべてを包み込んでやる。だから嘘かくしごとなく全部話せ。ココ、お前は……自分ではカラカウム王国の貴族だといっているが」
「そう信じているのは本当ですわ。きっと、わたくしは貴族の娘なのですわ。そうでなければおかしいですもの」
「生まれたのはどこだ?」
「……わかりません。きっと、ライラネック家の末娘として……」
俺はココの手を取った。
ココははっとして俺の顔を見る。
その手を、ぎゅっと握りしめた。冷たい手だった。
じっとココの目を見つめたまま、俺は言う。
「大丈夫だ、全部をはき出せ」
ココは俺から目をそらし、うつむいてぼそぼそと話し始めた。
「……物心ついたときからわたくしは奴隷でしたわ。カラカウム王国になんて足を踏み入れたこともございません。親の顔も知りません。毎日毎日人に踏みつけにされて精一杯生きてきたのです……。数人の人間に飼われましたが今思うと、とてもひどいことも幼い頃からさせられてきました。だから、わしは貴族の娘なのですのよ。だって、だって、そうでないとわたくしはこんなひどい目に合うために生まれてきたことになるのです、それは聖典の教えにはありませんでしたわ。聖典にはこうあります。『天使は救うのだ。困難の中にいる高貴なる血筋の純潔なる乙女を。そしてその乙女を自らの手足として使うだろう』と。
わたくしは、運良く|純潔
ココは狭い馬車の中でひざまずき、肘まであるオペラグローブをはめている俺の手にほおをあてた。
「天使様、お願いでございます、わたくしを、わたくしを……」
神様も、もっとやさしい異世界に転移させてくれればよかったのに。
ちょっとこの世界、ハードすぎね?
こんなマジに苦しんでる女の子を前にしたら助けたくなっちゃうじゃないか。
俺はオペラグローブを外す。
うーん、我ながら綺麗な女の子の手だ。
ネイルまで施されていてキラキラしている。
その手を俺はココに差し出した。
リリーがやっていたやつの真似だ。
「ココ。キスを認めよう」
涙で潤んだ瞳で俺を見つめてから、ココは俺の手の甲にそっとキスをした。
柔らかな唇の感触。
「いいか、お前を俺の部下として認める。今後、いかなることがあっても俺に忠誠を誓うこと」
「はい、はい、もちろんでございますわ、天使様……」
「純潔なる乙女、ココ・ライラネック。たしかにお前は高貴なる血筋を持っていると俺が、この俺が認める。以後、お前は俺の手足だ」
「はい……はい……」
「俺は自分の手足が傷つくことを嫌う。いいか、お前は俺の手足なんだから、お前が傷つくと俺も痛い、わかるな?」
「はい……」
「まずは自分を守れ、身体はもちろん、心もだ、いつでも健やかでいろ、それが難しいときには俺に頼ってもいい、お前は俺の手足なんだから」
「ありがたいお言葉ですわ……」
「お前に魔力を授ける。指折る奇跡だ。俺のため、そしてお前自身のためにその力を使え。いいな?」
「うう……ありがとうございます。このココ・ライラネック、天使様のために身を犠牲にしてでも……」
「だから犠牲にすんなって。お前が痛いと俺も痛いんだ、俺の手足なんだから」
「はいぃぃ……」
ココはさらに頭を低くして俺のブーツにキスをする。
っていうか俺のブーツについた泥を舌で舐めとっている。
その顔は喜びに満ちあふれていた。
この瞬間から、ココはうち捨てられモノ同然の扱いを受けていた奴隷から、聖なる天使の正式なる手足となったのだから。
ただ、このあと。
アマリアがそっと俺に耳打ちした。
「しかしそれではあの膨大な魔力は説明がつきません。なにかあるはずです、なにか……」