TS魔法少女ミスティレインボー   作:羽黒楓

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第二話 魔法少女ミスティレインボー誕生!

 そして今、俺の目の前にぼんやりとした光景が見えている。

 それはあまりに不明瞭で、まるで大きなモニターで画質の悪い動画を見ているようだ。

 声だけははっきり聞こえる。

 

「やめるのじゃ、あっちいけ、あっちいけ!」

 

 小さな女の子の声だった。

 ここはなだらかな起伏のある広い広い草原のど真ん中。

 女の子の傍らには横倒しになって死んでいる馬。

 地面にへたりこんであとずさる女の子。

 その目の前には、ライオンのようなタテガミを持った猛獣。

 いや、ただの猛獣じゃない、背中には翼が生えていて、呼吸するたびに口から炎を吐き出している。

 なにかのモンスターか?

 

「やめるのじゃ……。助けて……助けて……神様……天使様……」

 

 泣きじゃくる女の子、その女の子にモンスターは容赦なく襲い掛かろうとして――。

 

 突然、俺の目に映る世界が鮮明なものに変わった。

 144pから8kの世界へ。

 俺の身体が高さ1メートルほどの空中に出現した。

 

「は?」

 

 身構える間もなく俺は無様に地面に落ちる。

 ドシン! と腰を打ち付けた。

 

「いってえ!」

 

 こっちはもう中年なんだ、いきなりこんな高さから落ちたら着地なんかできるわけがない。

 

「…………え? 知らないおじちゃんが落ちてきた……」

 

 ぽかーんとして俺を見る女の子、ぱっと見十歳にも満たない幼女だ、ふわふわの長い銀色の髪の毛、白い肌、琥珀のように緑色に輝く瞳、とてもかわいらしいけど、ほっぺたの涙のあとが痛々しい。

 

 もしかして俺はトラックに轢き殺されて、異世界転生……転移? してきた、ってことだろうか?

 女の子だけじゃなく、ライオンのモンスターも突如現れた俺の存在に驚いたのか、俺をみつめている。

 だが、すぐにネコ科特有の威嚇のポーズをとる。しなやかな動きの中にも殺意がこもっているのがわかった。

 

 すぐ目の前に俺を襲おうとしている猛獣――どころじゃない、モンスターがいるのだ。

 

「ガルルル……」

 

 火を吐きながらモンスターがうなる。

 そいつの放つ獣の臭いが漂ってきた。

 本能的な恐怖に襲われて全身が震える。

 え、待って、これ俺こいつに殺されるんじゃないの?

 だ、だけど、俺がなんとかしないとこの幼女まで襲われる……。

 なんとかってなんだよ、ただのおっさんの俺がこんなモンスター相手に何ができるんだよ!?

 

「怖いのじゃ……」

 

 幼女が涙声でいう。

 俺も怖い、けど。

 でも!

 この子のことは助けたい!

 強くそう思った。

 その瞬間。

 俺が手に持っていた、短いロッドがシュリーンと音を出した。

 長さ40センチ、直径5センチくらいの、金銀に輝くハートで飾られた短い棒。

 その先には透明にキラキラ輝く、星をかたどった宝石のようなもの。

 その宝石が回転を始めていた。

 あの妖精はこの棒を、レインボークリスタルロッド、と呼んでいたと思う。

 レインボークリスタルロッドの先っぽが光り輝きながら回転し、と同時に、俺の全身が、自分の意志と無関係に痙攣(けいれん)するかのように震えた。

 ああ、こいつは感電だ、と思った。

 雷に打たれたのかもしれない、とも思った。

 俺の身体が発光して輝いている、どういうことだ?

 どこからか、バスドラムの低音のリズムが強調された、明るいポップミュージックみたいなのが聴こえてくるような気がする。

 日曜の朝の幼女向けアニメで主人公が変身するときにかかる、あれだ。

 気がする、というか、実際に聞こえているぞ、なんだこれ幻聴か?

 などと思っているうちに俺の身体は宙に浮いた。

 

「……知らないおじちゃんが、飛んだぁ?」

 

 幼女の声が聞こえた。

 え、俺今空中に浮いているんかよ、と思ったか思わないかのうちに、俺の口が俺の意志に反して勝手にセリフを詠唱(えいしょう)し始めた。

 

「勇気がはじける♪ かがやく心が♬ あなたの世界をきれいにするよ♪」

 

 メロディーに合わせて響く俺の歌声、そして俺は空中で身体をくねらせるように舞い踊る……。

 いやぁぁぁぁなにこれぇぇぇぇ恥ずかしいいいいぃぃ‼‼

 長年の不摂生でためこんだ俺の脂肪が揺れるぅぅ!

 けど……。

 なんか、こう……。

 いいかも……。

俺の身体を覆う衣服が魔法少女のそれへと変わっていき、ピアスやらなにやらの装飾品も俺の身体をかわいく飾っていく。

 虹色のスカート、しゃりーん。

 白いフリル、しゅぴーん。

 ピンクのドレス、キラーン。

 差し色は水色、シャキンシャキン! 

 肘まである白とピンクのオペラグローブ、シュインシュイン!

 派手やかなピンクと水色の髪飾り、チャキン!

 最後の締めは黒髪短髪だった俺の髪が、シャララーン♬ という効果音とともに長く伸び、そしてピンク色に染まっていく――。

 トン、とつま先で軽く地面に降り立つ俺。

 そして体と口が勝手に動く。

 なんかこう、かわいげなポーズをとり、

 

「心の架け橋! 平和でピースな雨上がり! 魔法少女、ミスティレインボー‼」

 

 俺の名乗りにあわせてシュピーン! とかっこかわいい効果音が鳴り響く。

 

 

「はえー……おじちゃんが、おねえちゃんに変身したのじゃ……なんなのじゃ、これ?」

 

 幼女が言うが、俺にもわからんよ。

 どんなキモイ姿になっているんだ今。

 そう思って自分の姿を確認しようとしたら……。

 あれ……腕が、細い……。

 スカートから(のぞ)く足も、すらりと長くて細くて白い。

 視点も、こころなしか低くなっている。

 俺の身体(からだ)じゃ、ない?

 

「な、なにこれ~~⁉ 変身しちゃってる~~⁉」

 

 ニチアサ幼女向けアニメの第一話で主人公が変身後に必ず言うセリフを、俺も言ってしまった。

 

これが、俺――天使と呼ばれた無敵の魔法少女――の、無双物語の始まりだった。

 

 幼女がワンピースのポケットから小さな冊子をとりだし、そのページと俺とを見比べる。

 そしてがっかりした顔で、

 

「ええと、聖女様ではないのじゃ……」

 

更にページをたぐる幼女。そしてあるページと俺を見比べ、今度は驚きの表情で、

 

「あ! こっちじゃ! 天使様じゃ!」

 

 と叫んだ。

 聖女? 天使? なんのことだ?

 

「天使様じゃ! 天使様じゃ! やった、やった、きゃはー! 天使様がわしを助けに来てくれたのじゃ!」

 

 これ以上ないほどの嬉しそうな笑顔でピョンピョンと飛び跳ねる幼女。

 ふわふわの長い銀髪が揺れる。

 幼女はそのまま俺に抱き着いてきた。

 なんか知らんけど、今はとにかくこの子をモンスターから守りたい。

 ほんとなにもかもよくわかってないけど、俺にはなにかこう、このモンスターをやっつける能力とかないのかな?

 俺は左手で幼女の頭を撫でてやる。

 

「俺がなんとかしてやるからな」

 

 そういうと、幼女は完全に安心しきった笑顔でウンウンと頷いている。

 

「天使様、天使様がいれば大丈夫なのじゃ!」

 

 もう涙もかわいているな。

 かわいい。

 こんなかわいい子のためならなんでもできちゃうぞ。

 俺は右手に握っていたレインボークリスタルロッドを見た。それは金銀に輝くハートで埋め尽くされている。

 これか?

 これがなにかの武器じゃないのか?

 いくつかボタンがある。

 そのうちのひとつを親指で押す。

 すると突然、そのロッドが音を発した。

 

「ピュイン! 所有者の権限を確認しました。魔法少女システムへようこそ、ミスティレインボ―様。ご用件があればどうぞ」

 

 無機質な女性の声。

 AIの合成音声みたいだ。

 こういう喋る杖ってアニメかなんかで見たことあるぞ。

 とにかく聞けば答えてくれるかもしれない。

 

「あの化け物、俺が倒せるか?」

「ピュイン。はい、魔法少女ならば物理的な格闘戦でも対抗できます」

 

 まじか、物理でも戦えるのかよ、さすが魔法少女だ。

 

「ピュイン。しかし、解析の結果、あれは完全な野生の生物ではありません。なんらかの力が野生生物をあそこまで巨大化狂暴化させています」

「どういうことだ?」

「つまり、私、レインボークリスタルロッドで浄化できます」

 

 俺は手に握ったロッドを見た。

 浄化?

 これで?

 

「どうやるんだ?」

「ボタンを押し、六秒以内に振りかざして『ラブリーハートスパーク』と叫んでください」

 

 ラブリーってなんだ。

 そこ気になるが、それを聞くための時間的余裕はいまはなさそうだ。

 言われた通りボタンを押すと、シュイーン、と音がして棒の先にある星の形をした宝石が回転し始めた。

 

「うわわ、天使様、天使様!」

 

 幼女がキラキラした緑色の瞳で俺を見て叫んでいる。

 俺は天使なんかじゃない。

 俺は。

 俺は!

 叫んだ!

 

「ラブリーハートスパーク!」

 

 俺の周りを、桜みたいなピンク色の花びらが無数に舞った。

 

「私の心の輝きでぇ~~~っ!」

 

 足元にはブルーのポップな魔法陣。

 どこからか軽快な音楽が流れてきた。

 俺の周りだけ世界観が違っちゃってる。

 

「あなたを救っちゃう! レインボーピュアシャワーーーー‼」

 

 同時に棒を振り抜く。

 七色に輝く光がしゅわり~~~ん、みたいな冗談みたいな効果音とともに一直線にライオンのモンスターにむかっていき、プリズム色の巨大な玉ねぎみたいにライオンを包みこむ。

 

「ピュアピュアジャスティース!」

 

 俺がそう叫んだ次の瞬間、

 

「にゃおーーーん」

 

 かわいい鳴き声がしたかと思うと、ライオンがいた場所にちっちゃな子猫がちんまりと座っていて、自分の前足をなめていた。

 幼女が瞳をきらきら輝かせておれにいった。

 

「見たことのない魔術じゃ! ……天使様じゃよな? わしが毎日お祈りをかかさなかったから、天使様が助けにきてくれたのじゃな?」

「いや違う」

 

 俺は答える。

 

「俺は、ま、ま、……う、あ、う……」

 

 あれ、なんか声が出ない。不思議な力で声帯を支配されてるかのようだ。

どういうことだ? そう思ったすぐあとにレインボークリスタルロッドが喋った。

 

「ピュイン。魔法少女が初対面の知的生命体に対して名前を教えるときは、正々堂々と名乗りをあげる必要があります」

 

 めんどくさっ!

 しょうがない。

 改めて息を吸う。

 俺は、片足で立ち、もう片方の足は膝を軽く曲げて上げ、腰をしならせ、両腕でなんかこううまいことポーズをとってピースサインをつくり、

 

「心の架け橋! 平和でピースな雨上がり! 魔法少女、ミスティレインボー‼」

 

 と叫んだ。

 

 うん、しっくりきた。最高の笑顔で言えた。なんならポップなバックミュージックとともに最新のCGでできたかっこかわいい背景を背負ってた自信がある。

 俺は魔法少女ミスティレインボー。

 見た目は十代前半の少女。

 のちに、男女問わず見たもの全員を恋患いさせる、とまでいわれた美貌とスタイル。

 魅力あふれる青い瞳、フリルいっぱいのピンク色の戦闘ドレス、虹色のスカートに身を包み、ピンク色のツインテールを風になびかせ、かわいらしいピアスと指輪、髪飾り。

 俺は、俺は――。

 魔法少女として妖精に選ばれた直後、トラックに轢かれてこの場所――剣と魔法がすべてを蹂躙(じゅうりん)し、血と臓物にまみれ、暴力と憎しみにみち満ちた暗黒なる異世界――に転生してきた、介護職の独身おっさんだ。 

 

 

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