TS魔法少女ミスティレインボー   作:羽黒楓

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第九話 獣人

 次の日の朝。

 目が覚めると、俺のベッドの中にリリーがもぐりこんできていた。

 俺の胸のあたりにしがみつくようにしてすーすーと寝息を立てている。

 そのほっぺたには涙のあとがあった。

 ふわふわの銀髪が俺の肌をくすぐる。

 よくわからんうちにこの異世界に転移してきて、よくわからんうちに魔法少女になって、よくわからんうちにこの子と行動をともにすることになった。

 はっきりいって今のところなーんにもわからん。

 わかっているのは、この子が俺を天使だと信じ込んで生きる希望にしてるってことだけだ。

 前の人生は家族にも友人にも恋人にも収入にも恵まれずどうもならん介護職のおっさんだった。

 誰一人として、俺をこんなふうに必要としてくれる人はいなかった。

 

 今は。

 

 この子が俺を必要としている。

 実の母を毒殺され、姉とは離れ離れになり、腹違いとはいえ兄に命を狙われている七歳のこども。

 俺の魔法少女としての力があれば、この子の運命を変えることができるのかもしれなかった。

 いいよ、やってやる。

 男ってのはなあ、自分を必要としてくれる人がいるなら、その人のためにどんな力でもだせるんだ。

 まあ俺は今は魔法少女だけどな。

 リリーの髪の毛を撫でてやる。

 すると、パッと目を覚ました幼女は俺の顔を見るなり、

 

「天使おねえちゃん……よかった……」

 

 といって俺の身体に頬っぺたをこすりつけ、クンクンと俺の匂いを嗅ぐ。

 

「いい匂いじゃ……天使様がわしのところにきてくれたのは、夢じゃなかったのじゃな……きっと姉上も無事じゃ……」

「大丈夫だ」

 

 俺は努めて優しい声を出していう。

 

「俺が、リリーをねえちゃんのとこに送り届けてやるからな。悪い奴は、全部俺がやっつけてやる」

 

 そう。

 それを口にした瞬間が、俺がこの世界で生きる意味と目標が決定した瞬間だった。

 

     ★

 

 パンとスープ、そしてスクランブルエッグ。

 それが朝食だった。

 村長とはいえ、小さな村だ、この家もそんなに豪華なつくりというわけではない。

 日本でいえば八畳くらいの広さのダイニングで、皆で並んで朝食を食べる。

 ちなみに俺が一番上席に座っている。

 村長にしてみれば俺が天使だということを信じていないっぽくて難色を示していたが、リリーとアマリアがその席順を押し切ったのだ。

 うーん、こんなお誕生日席で飯を食うなんて、今までほとんどなかったなあ。

 

「さて、西のカラカウム王国へ行くのじゃな?」

 

 じいさんが尋ねる。

 

「はい、エレオノーラ様の乳母をつとめた方はカラカウム王国出身の方でした。その方は夫を亡くしたあと、カラカウム王国に戻られ、とある貴族の方とご再婚されました。そのお相手様はご出世されていまやカラカウム王国の第一宰相をつとめておいでです」

 

 おっと、そいつはでかいつながりだ。

 乳母ってのは文字通り身分の高い女性の子供に自分の母乳を与える役目の女性のことで、もちろん自分の母乳を与えて育てた赤ちゃんなんて自分の子供同然なのだ。

 つまり、隣国の宰相の奥さんにとって、エレオノーラは自分の子供同然で、そしてリリーはその妹となる。

 王太子にとってその隣国の影響力も脅威だったのかもしれない。

 

「そうなのじゃー! カラカウム王国はみんなかわいい顔しているからわしも大好きだったのじゃ―!」

 

 ニコニコとそう言うリリー。

 アマリアは優しい笑顔でリリーの言葉にうなずくと、

 

「今はエレオノーラ様の乳母様を頼りましょう」

 

 ふむ。

 今はリリーは国に追われてる身だ、個人では逃げ切るのは難しいだろう。

 庇護してくれる国があるのであれば、それにこしたことはなさそうだ。

 

「あねうえさまは……?」

 

 不安そうな顔で聞くリリー。

 

「大丈夫ですよ、きっとどこかでご無事です。エレオノーラ様も必ずカラカウム王国を頼るはずです。……今はまず、妹君様をお守りするのが姉君様が今私に期待していることだと思います。きっとご無事です。なにしろ、神様は私たちに天使様をお遣わしになったのです、つまり、神様のご加護が私たちにあるのです」

「そう……じゃな、……うん、そうじゃな! 天使様がここにいるってことが、わしたちが、あねうえさまも、大丈夫になる証拠じゃな!」

 

 にっこりと笑ってスクランブルエッグをフォークで口に放り込むリリー。

 あーあー、こぼしちゃっているよ……。

 ケチャップが口についちゃっているし。

 ま、これでこの世界にもニワトリやトマトか、それに似た何かがあるのはわかった。

 けっこうおいしかったし、俺の口にあう料理があるのはうれしいことだな。

 

「この村では国の追ってがきたらあっという間に蹂躙されます。お守りできません。早く、西のカラカウム王国へ急がれるとよい」

 

 とのじいさんの言葉に従って、俺たちはその日のうちに支度を整え、西へと向かうことになった。

 じいさんは馬車まで用意してくれた、ほんと助かるぜ。

 

「ところで、カラカウム王国の人がかわいい顔してるって、なんだ?」

 

 俺の問いにアマリアが答える。

 

「西の山を越えたカラカウム王国の民族は……獣人族なのです」

 

 リリーが満面の笑みで言う。

 

「あそこの国の人はみんな、猫ちゃんみたいな耳としっぽを持っているのじゃー! すっごくかわいいのじゃー!」

 

 それは……見てみたい!

 こうして俺たちの長い逃避行がはじまったのだった。

 

     ★

 

 なるべく目立たない道を選んで、俺たちを乗せた馬車は西へと向かう。

 とはいっても二頭引きの馬車だから、徒歩でしか進めないような細い道は使えない。

 どうしてもある程度の往来がある道を行くことになる。

 西のカラカウム王国までの道のりは直線距離にして500カルマルト。

 七歳の女の子がこの距離を徒歩で移動するのは無理だから、馬車は必須だった。

 長い旅路になりそうだった。

 途中の宿場町に逗留しながら進むことになる。

 リリーや俺は豪華すぎない程度の小ぎれいな衣服を着、アマリアが御者として馬車を操縦する。

 一応、王都に滞在していた貴族の娘が故郷へ帰る、という建前にしたのだ。

 

 俺は魔法少女の戦闘ドレスをまとっていないが、この状態では戦闘力に劣るそうだ。

 そんなことはない方がいいけど、またモンスターに襲われるようなことがあったら変身して戦うことになる。

 ええと、男の姿に戻るとこの世界の大気で死ぬから男には戻れないけど、魔法少女のまま着ている戦闘ドレスを脱いだり着たりすることは可能だし、レインボースパークチェンジ、と叫ぶと一瞬にして着脱できる。

 ちなみにこのボリュームたっぷりのピンク色のツインテールも衣装扱いらしく、魔法少女姿を解除すると普通の赤茶色い髪のセミロングになる。

 俺ってば美少女だから、これはこれで普通にかわいい、自分でいうのもなんだけどさ。

「今まで着ていた衣服はどうなるんだ?」

「ピュイン。変身解除すれば戻ります。ただし、魔法少女システムのセーフティにより、戻るのは衣服だけです。素体の魔法少女の身体自体は解除されません」

「便利だな……男にはほんとにもう戻れないんだな……」

「ピュイン。はい、いかなる理由があろうとも魔法少女システムの解除はいたしません。生命維持最優先となっております」

 俺はこのまま一生女の子として生きていかねばならないらしい。

 まあそんなわけで、俺たちは馬車を夕方まで走らせ、草原の中の小さな村に泊まることにしたのだった。

 むしろ村といったほうがよさそうなごく小さな集落だった。

 人口数百人ってところか。

石造りの平屋が立ち並び、何だか砂っぽい村だ。

  ステップかサバンナ気候っぽい草原の中の村っていうのはこんな雰囲気なんだな。

 どうやら小さな宿屋があるらしいので、そこに行くことにする。

 そしてそこで、俺たちは大きな出会いをすることになる。

 

     ★

 

「部屋がない⁉️」

「ええ、この村にはここしか宿がないらしいんですが、あいにく満室だそうなんです……」

 

 アマリアがそう言う。

 うーん、そうか、困ったなあ。

 このまま違う村に行くにしても、もうずいぶん日が暮れてしまった。

 モンスターや野獣がうろうろしている中を夜間に進むのは危険だ。

 結局、宿にいくばくかの金を払って空いている馬小屋の馬房を貸してもらうことにした。

 野宿よりはマシだろう。

 

「やったー! すごいのじゃー! お馬さんと一緒に寝るのじゃー!」

 

 大喜びのリリー。

 でもお前、この国のお姫様なんだぞ……馬小屋でほんとにいいのか……?

 ま、逆にこんな経験したことないからうれしいのかもしれない。

 ちなみに日本の現代人である俺も馬小屋で寝たことなんてないから、ちょっとワクワクしてしまった。

 ひげづらの宿の主人に馬小屋まで案内してもらう。

 

「こんなところで本当に申し訳ない……うちの宿は酒場のついでにやっとるようなもんで、部屋の数が少ないんだ。田舎だからいつもは満室になどならないんですが今日はたまたまほかに客がきたもんで」

 

 宿の主人は恐縮してそう言う。

 

「銅等級の貴族のご令嬢ですのに……」

 

 不満そうな顔のアマリア。

 ちなみにこの王国の貴族には序列があって、上から白金、金、銀、銅、鉄等級の家柄があるそうだ。

 銅等級と鉄等級は下級貴族になるわけだが、没落した家も数多くあるらしく、俺たちみたいな貧乏旅行もないわけじゃないそうだ。

 擬態するには没落した銅等級の令嬢、ということにするのが便利だというアマリアの判断だ。

 この国の身分制度についてもおいおい学んでいかなければな。

 

「いや、屋根があるだけで助かりますよ」

 

 俺はそう言って藁の上に宿から借りたシーツをかぶせ、簡易的なベッドにする。

 うーん、馬小屋だけあって獣の臭いがすごいな。

 右隣の馬房には俺たち馬車を引いてきた馬が入っているしな。

 まあしょうがない。

 ん?

 左隣の馬房にも、同じようにシーツが敷かれているぞ?

 俺たちのと違ってずいぶん粗末なシーツだが……。

 

「ここにもだれかが泊っているんですか」

 

 俺が聞くと、宿屋の主人は、

 

「いいえ。ここはうちの奉公人の寝床になっています。今水を汲みにいかせてます」

「奉公人がこんな馬小屋に……? 奴隷ですか? 奴隷制度は数十年前に廃止されてますから、奴隷を働かせているとなると役人から罰金を受けますけど」

 

 アマリアは眉をひそめて言った。

 

「いやいやとんでもない。……奴隷ではありません。飢えて死にそうだったこどもを拾って食わせているだけです。それも、獣人ですよ。慈善事業です、赤字ですよははは」

「……拾ってきた獣人ですか………………まあ、よいでしょう…………」

 

 アマリアはなにかいいたげだったけど、口をつぐんだ。

 獣人……猫のような耳と尻尾をもっている民族とかいってたな。

 

「はははは……それでは、ごゆっくりと」

 

 宿の主人が行ってしまうと、俺はさっそくアマリアに尋ねる。

 

「奴隷制度っていうのはもうないのか? 昔はあった?」

「はい。以前は奴隷制度があり、特に民族の異なる獣人族の奴隷が多かったのです」

 

 アマリアが説明をしてくれる。

 

「しかし長い歴史の中で特に獣人族の国との戦争と平和の歴史がありました。我が国と西のカラカウム王国の関係はもともと密接だったのですが、同じく獣人族の北の神聖パーム王国とはずっと戦争状態です」

 

 リリーも悲しそうな顔で、

 

「北の国とはわしが生まれる前から今まで、ずっと戦をしておるのじゃ……」

 

 この世界、全然平和じゃないっぽいなあ。

 戦時じゃん……。

 

「我々と獣人族は戦争で捕らえたお互いの民族の人間を奴隷として使役していたのですが、現在は同盟国となっているカラカウム王国も獣人の国です。そこで、同盟強化政策のひとつとして、それぞれの国の中で資金を国が負担する形で奴隷解放が行われました。ですから、奴隷の所有は現在は不法行為となっていますが、こういった田舎にまで奴隷解放政策が行き届いているかというと、そうでもないという現状があるわけです……」

 

 なるほどね。

 で、奉公人という名目でこき使って馬小屋で寝起きさせているわけか。

 旅の途中で一泊するだけの俺たちと違って、ここに住むのはきつい生活だろうな……。

 と、そこに。

 本人がやってきた。

 

「おほほほほほっ! 見慣れぬお顔、お客人かしら?」

 

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