【一言プロフィール】
くせっ毛持ちで、寝起き時は後頭部の髪が跳ねる。
花火大会から夜が明けた次の日、私たちは図書室で勉強を進めていた。
メンバーは教師陣二名と、四葉さんと三玖さん、そしてこの日から加わってくれた一花さんである。
ただ始まって数分後、皆の目線は、変わった行動をしている人物に向けられていた。
「一応聞くが、何やってんだ?」
「千羽鶴です! 友達の友達が入院したらしくて!」
「勉強しろー!!」
今に始まったことではないが、四葉さんはよく人からの頼みごとを引き受けている。荷物運びだったり、部活の助っ人だったりとだ。
これは、彼女の能力の高さ、才能というのを如実に感じさせる。
ビジネスの常識の一つに「仕事は忙しい人に頼むと早く片付く」というものがある。理由は至って単純、忙しい人は優秀だからだ。慣性の法則でペースを落とすことなく完遂してくれることが期待できるからでもある。
そんな彼女に対して上杉くんは一度は叱ったが、呆れながらも「半分よこせ」と作業を手伝った。案外彼もお人好しな側面があるのだな。
「あのさ、あんたも疑うことを覚えてみたら?」
「え? 何言ってるんですか?」
本の裏表紙を上にし、隠れてしまいそうな文字がないかを確認し、シールを貼り付ける。
「ごめん、言い方が悪かった。別に引き受けること自体は悪いことじゃない。私が言いたいのは、別のやり方も考えられるようになるといいかもってこと」
新しい台紙を手元において、別のシールを、台紙から剥がす。
「正直さ、千羽鶴という時間がかかるような願掛けよりも、退院祝いに遊びの約束をしたり、皆で写真撮る方がサクッとできていいんじゃない?」
シールの端を粘着させ、空気が入らないように、慎重に指をスライドさせる。
「そういうお前は何をやっているんだ」
「バーコード張り。うちにもようやく電子化の波が来たみたいでさ」
今の私は、本の背表紙にバーコードシールを貼り付け、その上から一回り大きな、透明な保護シールを貼り付ける作業を行っていた。
以前までは本を借りるとき、本の背抜きにある図書カードに自分の名前を記入し、生徒個人の貸し出しカードに本のタイトルなどの必要事項を書くという過程を踏んでいたが、これからはバーコードをスキャナーで2,3回読み込むだけで、貸し出しと返却をスムーズに行うことができるのだ。情報はコンピューターに保管されるため、貸し出しの有無や返却期限を確認する際の迅速性も格段に上昇する。
ちなみに中学時代にも同じことを経験したため、やり方はもう心得ている。
「黒田さんすごい仕事任されてかっこいいですね」
「お前も少しは手伝ってくれ……」
「お。中野。いいところにいた」
仕事を再開した直後、私たちに声をかける人が現れた。顔を上げてみると先生がいた。彼の視線は、四葉さんに向けられているようだった。
「このノートをみんなの机に配っておいてくれ」
「あっ、はい──」
「待って、あんたは勉強してなさい」
間を置かず承諾しようとした彼女を、私は腰を浮かして待ったをかけた。
「でも、このノートはどうしますか?」
「先生、私がやります」
「そうか、じゃあ黒田、頼む」
仕方なしに私が代役に手を挙げ、先生の了承を得る。そのままノートを抱え、先生に従いながら図書室を一旦後にした。
○
「しかし、最近は物わかりがよくなったな」
「ええ、そうですね。あの転校生のおかげですね。きっと」
私は不機嫌なままノートを抱えながら、先生とともに廊下を歩いていた。
心身を削って、誰かのために行うというのは、充足感を得れるはずが、いい気はしない。
それは多分、今の先生の態度が、こちらをからかうようなものだからだろう。
「お前、もしかして中野に気があるとか?」
ほら来た。ため息が出そうになる。この人は何もわかっていないと、先生に対して侮蔑の感情を持ってしまうとは、やはり私はいい人でなかったと確信が持てた。
「何の話ですか……? 中野さんは物事の判断基準を自分の中に持っていないんですよ。それがどれだけ残酷なことかわかりますか? あの子が自分でしっかり決められるようになるまで、今は私が身代わりを担っているだけです。
それに先生、今後彼女に何かを頼むときは、その時の彼女の状態と依頼事の緊急性を考えてからにして下さい。本当に最悪の場合に限りますが、ああいう人は、何でも人の期待に応えようと無理をして、自分の感情を押し殺した挙句、自分を壊してしまいますから、先生も、そこのところ、ご理解とご協力をお願いします」
わかりましたか、と傲慢な言葉が出そうになったが、これを言う教師は二流だという言葉を思い出してやめた。続く答えは大抵「わかりました」であり、言う方もそれを期待している。だから相手がまだわかっていないことが見えなくなり、双方の理解度が止まってしまうのだ。
珍しく長々と喋ってしまった私に先生は、少し引いたような声で答えた。
「黒田、教師みたいなこと言うんだな……本当に高校生か?」
「よく言われます」
おおよそ人には理解できなさそうな振る舞いを見せてしまい、ちょっと喋り過ぎたかと反省する。
全く……気がある、か。
確かに誰かを好きになることは麗しい。それだけで胸が一杯になり、見ている世界も明るくなるだろう。
でも、そんな感情持つだけ無駄だ。
その明るさはずっとは続かないし、どうせ私には叶えることなどできやしないのだから。
○
「うおっ。お前か」
用事を手早く済ませた私が図書室の扉に差し掛かったとき、そこで上杉くんと鉢合わせた。
どこに行くのかと質問すると、彼は「どうしてもやらなければいけないことがある」「黒田、一花と三玖を頼んだ」とだけ言って図書室を出て行った。
その後に続くように四葉さんが出てきた。彼女は私の方をちらりと見ると、ぺこりと頭を下げ、早足で通り過ぎていった。
「……」
私は彼らを見届けてから、図書室に残っていた一花さんと三玖さんの向かい側に座り、何が起きたのかを質問した。
すると一花さんが一通の、彼女が送信したらしきメールを見せてくれた。
そのメールに添付された写真には、よだれを垂らしながら眠る上杉くんの姿があった。この醜態を皆に晒されたくなければ、姉妹全員のメアドをゲットせよと命じたことを説明した。
「で、今二乃と五月ちゃんのメアドをゲットするために食堂に行ったってわけ」
「なるほど」
あいつにそんな交渉ごとができるのかと心配したが、彼はやるときはやる男であるし、付き添いに四葉さんがいるから、案ずることはないか。
そう思った私は、目線を横に動かして三玖さんの方を見る。
今の彼女は、自分の携帯を見つめて、満足そうな笑みを浮かべていた。
それを見た長女さんは、「よかったね」と小さな声で言い、それを耳に入れた私は、ある予感を立てた。
「よかったねって……、つまり、そういうこと?」
「うん、そういうことなんだよ」
姉の返答に、三玖さんは小さく頷いた。
なるほど、と小さな納得と同時に疑問が生まれた。
どこに惹かれたのか、それを考えると、思い当たる節が簡単に見つかった。
彼は図書室にある歴史の本全てに目を通し、体力がないにも関わらず全力で食らいついたという「行動」で想いを示した。
この事例から学べることは、男は顔と口で選ぶとハズレを引くと、誰かさんが言っていたから、地道な努力を積み重ねた上で、相手のニーズを満たせるような行動ができるかどうかで選べってことなのか。
なるほど、これが「いい男」の条件なのかもしれない。
そして、そんな彼の器量と努力を受け入れてくれた三玖さんもまた、女性として魅力的な一面を持っていると思えた。控えめな性格ゆえに男の虚栄心をくすぐりそうだから、隠れファンクラブなんかができていたりして。
(……あー、でも)
しかしこの理屈でいけば、一花さんにも同じ事が言えてしまう。花火大会のとき、私たちに目もくれず、報酬が発生しないにも関わらず、彼女の側に最後まで居たのだから。
そう思った私は、ふとテレビで見たある話を思い出す。
それは、恋愛の対象というのは、遺伝子の相性で決まるという説だ。
生物の行動目的は子孫を残すことにある。もう少し意欲的に言えばより強い子孫を後世に残すことにある。
言ってしまえば酷な話であるが、子の持つ耐病性は、親が持つ遺伝子の組み合わせに左右され、互いの相性次第である程度決まってしまうらしいのだ。
それを裏付ける要素は、遺伝子の組み合わせにおける最も典型的な例、農業にある。
遙か古代の時代より、人間は果物や野菜の遺伝子に手を加え続けてきた。違う品種同士を掛け合わせたり、あえて不向きな環境で栽培して変異を起こさせたりとかだ。
最近では目的の形質を持つゲノムを生み出すよう操作したり、他の品種から遺伝子を持ってきて組み込んだりと、もはや原始と今の農産物はどうしても似つかないものとなった。トウモロコシの原種というものを調べて頂ければ、その違いは一目瞭然である。
遺伝子の相性なんてそんなもんわかるのかと思うが、人間には遺伝子の相性の良し悪しを鼻で感じとっていると聞く。異性から発せられる匂いの好みで、生物としての望みを果たせるのかを識域下で判断しているらしい。
これらを踏まえた上で、私は疑問に思う。
中野さんは一卵性の五つ子だ。性格など後天的に身についたらしい部分はみんな違っているが、染色体、ゲノム配列のパターンは同じであるはずだ。
もし、三玖さんが彼のことを好きになった理由に、生物学的側面が含まれていたとしたら、他の子もいずれ、あるいは既に同様の運命線上に立っているのかもしれない。そして全員がその通りになったとしたら……。
「……うーん」
「どうしたの? 頭痛い?」
「いや」
そんな恐ろしいことは考えたくないと、この件については未来の自分に託す方針を固めた。
「なんか元気無さそうだよ」
「いつものことです。あの子が側に居たからわからなかったと思うけど、これが普段の私だから。結構愛想がなくてつまらない人でしょ?」
「うん」
「あっ……そう」
つい出した自虐は、結局墓穴を掘っただけだった。
「なんだ、私はてっきり、四葉がいなくなって寂しくなったのかと」
「ええ?」
何を言っているのだこの子は。的外れすぎる。
元来私は集団でいるよりも一人でいることを好むタイプだ。一緒にいて楽しい一面もあることは否定しないが、彼女の機嫌を損ねないことに神経をすり減らしている部分があり、やはり一人の方が居心地がいいなと断じた。
「絶対にあり得ないね。むしろ今はリラックスできてる方だよ」
それに、ああして指導が許されている理由も、私があの子と同じクラスなだけだ。本来なら上杉くんといるのが望ましい形のはずである。そこに自分の気持ちなんて関係ない。
「そう? 私からしたら心開いているって感じだよ」
「そんなの、会う回数が多いほど親近感が上がる単純接触効果でしかないって」
多分、うちのクラスに来たのが他の姉妹だったとしても、同じように世話を焼いていた可能性が高い。それだったらもう少し心安らかでいられただろう。
「そうなんだー」
「そう。……でも何度も会うってのは大事なことだと思う。もし相手のことを知りたい、気を引きたいんだったら、話す回数とかを積み重ねれば、自然に向こうも好感を持ってくれるんじゃないかな」
「「へえ」」
「って、私が言うんじゃ説得力ないかもだけど」
つい出過ぎた真似をしてしまったことを反省した。恋愛に対して拒絶気味な私が言っても、何の価値もないだろう。
こう思ってしまう原因は何だろう。私には成功体験というものが少ないからだろうか。
何かをしようとしても、今までのように、また失敗するという思いが頭に着いて離れない。
「あのさ、聞きたいんだけど」
「ん?」
不意に三玖さんがこちらに声をかけてきた。思考を中断し、そちらに意識を向ける。
「大谷吉継のことなんだけど、あれフータローがユーゲンから聞いたって言ってたけど、本当?」
「ああ、あれ? そうだよ」
「よく知ってたね」
「別に。たまたま知ってただけ」
私がその話を知ったのは、「謙虚に聞く」みたいなタイトルの本に、人を信頼するための事例として紹介されたところを読んだからだ。
内容をざっくり言うと、お茶の回し飲みの際に、病を患っていた吉継は、他の家臣から敬遠されていたのだが、石田三成はそれを気にも留めず、病がうつるリスクなどないと、お茶を飲み干すことで主張したのだ。これに感動した吉継は、三成に忠誠を誓い関ヶ原に出陣する決意を固めたという。三成の器がわかるエピソードだ。
「すごい人なんだねー」
「うん。でもあれ、フィクションの可能性高いんだよね」
後に調べてわかったことだが、この逸話の出所ははっきりしておらず、江戸時代あたりになって作られたものだという説が強い。確かに彼らの人柄や絆というものを後世に伝えるなら効果的だが、歴史書という事実を取り上げた本には不確実なことは載せにくい。だから上杉くんは見つけられなかったのだ。
「流石、詳しいね」
「まあね」
私は歴史に対する三玖さんのこだわりを再び目にした。戦国時代という殺伐した世の中、己の信念を持ち、人情味を発揮する人々のドラマ性が気に入ったのだろうか。
「ほら、ちゃんとフータローの助けになれてるじゃん」
「?」
単に気になったことを聞いてきただけかと思いきや、三玖さんが急に話題を変えてきた。
「ユーゲンさ、少し前の私に似てる。自信がなくて、前に進めない私に」
私が言葉を返すまでもなく、彼女は話を続けた。
「だからさ、私からお願い。ちゃんとあの子の勉強、見てあげてね」
「……言われなくても、そのつもりだよ」
「そう、それならいいよ」
彼女はいつしか見せた、柔和な笑顔をしていた。
「私もできることがあるなら手伝うからさ」
「随分と前に進んだね」
「うん、もっと前に進むために、フータローと、その友達のユーゲンを信じてみる」
「……わかった。そう言われたら、引き受けないわけにはいかないね」
私は手で口元を覆い隠しながら、彼女の頼みを引き受けた。話すときのこれが癖になっているのはきっと、自分の頬がみっともなく吊り上がっているのを見られるのが怖いのか。
自身の気持ちも表情もうまく表現できないことにまた嫌気を示す私であったが、初心を取り戻させてくれた彼女とは、なんだか良い友人になれそうと思えた。
「そうそう! 大丈夫、お姉さんもわかってるって! こんな美少女二人と勉強できてるだけあって十分幸運だよ!」
横から一花さんもこちらをフォローするように言った。
これが彼女なりの優しさなのだろうか。
四葉さんや二乃さんのようなストレートな物言いはせず、婉曲的に自分の思いを伝えるタイプなのだろうかと思った。
「それに、もし失敗しちゃったらさ、私が笑ってあげるから大丈夫!」
「それ大丈夫と言っていいの?」
「……いや」
一花さんの提案に、安心してしまっている。人のしたことを笑うなんて、普段なら馬鹿にしていると怒るところだろう。しかし彼女の示す笑いの対象は、行動ではなく失敗したという事象であると読み取れた。そんな失敗、とるに足らないものだと。
私という人間に信頼を向けている――こうして文字にして可視化することさえ憚られてしまう表現だ。だってそんなこと、ありっこないなんて思っていたから。でも。
「……ありがとう」
せめてこれだけは伝えないとと思って出した一言に、一花さんは「うん」とだけ言って、微笑んだ。
「……ちょっと脱線しすぎたから、今から勉強再開するよ」
「はーい」
「うん」
人の厚意を受け取れない不器用さが露呈した私は、照れ隠しなんて自分に使うには余りにも可愛すぎる動機で二人を机に向かわせることにした。
○
ペンを走らせている彼女らを見ながら、私は今一度、勉強における二人の現状を確認することにした。
中野一花。彼女の成績を確認するに数学が得意分野であると推察できる。なぜか英語が得意なイメージがあったので、意外だと勝手に感じた。
そのことを口に出してみると、得意げな顔で答えた。
「なんたって、数学には愛があるからね!」
「ああー、なるほど」
「え? どういうこと……?」
「これはね、虚数の『i』を指してるの。それと愛をかけてるんだ」
「あっなるほど」
「それなら英語にも『I』はあるし、国語の古文には男女の恋愛沙汰が色々と書かれている、それに歴史にも人や国のことを思いやる気持ちがあるから、他もできそうだね」
「あ、あはは……そうだね」
「四葉にもこんな感じで教えてるの?」
「そうだね、結構疲れるけど、こっちの言うことを素直に聞いてくれるし、やりやすいって思えるかな。疲れるけど」
彼女について聞く機会と思ったため、折角だし意見を求めよう。
「そういえば、前に上杉君に言われたんだよなー、私と四葉さんを指して『案外似た者同士かもしれないな』って。これって本当だと思う?」
その質問に一瞬目を丸くしながらも、二人はこちらを凝視した。
「……似てない」
「……似てないねー」
「そうだよねー。私が皆に好かれるわけあんなお人好しなわけないし」
私がお人好しであると仮定する。
ここでお人好しを検索すると、「気がよくて,他人の言うことをすぐ信じたり,引き受けたりするさま。また,そういう性格の人」のことだと説明される。
これは、私は他人に善性を期待せず、見るもの全てを疑う性質と矛盾している。
したがって、背理法により、私はお人好しではないことが証明された。
次の瞬間、一花さんの背後を通り過ぎた生徒のポケットから、何か落ちたのを見た。
私がすぐに立ち上がって拾い上げると、それはハンカチであった。
「ちょっと届けに言ってくるわ」
そう言って私は出入り口の方へ向かおうとしたが、一つ聞いておこうと彼女たちに振り向いた。
「私はさ、あんたたちの友人にはなれるのかな?」
「それは頑張り次第」
「まあそうだよね」
「でも頑張れると私は思うから、大丈夫だよ」
「そっか、ありがとう。なんだか三玖さんが大丈夫だと言ってくれたら、頑張れる気がしてきた」
「そう。よかった」
「ねえ、私は?」
「じゃあ行ってくる。少し待ってて」
「行ってらっしゃい」
「私はー?」
○
落とし者を持ち主へ返すまでには、部室棟にまで足を運ばなければならなかった。塔のような造りをしているこの建物は、中学校の頃には見当たらなかったと感心している。
その帰り道のことであった。ふと左を向いた先の廊下には上杉くんがかがみこんでおり、何をやっているのかと私は彼に近づいた。
「みなさん。お疲れさまです」
声をかけるより先に、上杉くんの目線の先から四葉さんの声が聞こえてきた。私もその方を見てみると、先日大会の助っ人に出たバスケットボール部員たちに挨拶している姿が見えた。
「やっぱり。四葉のやつ、まだバスケ部の連中と繋がってたのか。一試合限定の助っ人じゃなかったのか?」
「そうだけど」
私がいることに気づいた上杉くんは、焦りを交えた声でそう聞いてきた。
恐らくこれからする話の内容は、正式な部員として来てくれるかどうかだろう。もし四葉さんが正式に入部することとなれば、勉強の時間が減るのは目に見えて明らかだ。
「もしかしてあいつ、勉強を避けるために時間を稼いでいるんじゃないのか? だとしたら二乃なんて目じゃないほどの悪女だぞ?」
「んー、それは私も考えたけど、今まで見た限りはないと思う。多分」
安心してとは言ったものの、彼女を少し長く見てきた私にとっては、この場合は少々条件が異なってくる。
今回のように部活へ勧誘されることは今まであったが、それらはちゃんと断ってきていた。
しかし、現在のバスケ部の部員数は五名。練習はもちろん、備品の整理や体育館の清掃、遠征の準備などを全て彼女たちでこなさなければいけないため、かかる負担は大きい。
その事情を四葉さんが把握していないはずはない。もしかしたらそんな彼女たちの力になろうと、受諾してしまう可能性も考えられてしまった。
上杉くんの疑念を抑えたつもりが、逆に自分の疑念が大きくなりながらも、角の向こう側へと意識を傾けた。
「それで中野さん。入部の件考えてくれた?」
「はい。誘ってもらえて嬉しいです」
「よかった。じゃあ──」
「でも、ごめんなさい。お断りさせてください」
四葉さんの部員たちの言葉を遮るように、きっぱりとした声が聞こえた。
「バスケ部の皆さんが大変なのは重々承知の上ですが、放課後は大切な約束があるんです」
これを聞いた私は、一つ合点のいく仮説を得られた。
私を気にかけてくれたのは、上杉くんがそうさせたのだろうと。
きっと彼は私の知らないところで、不器用ながらも頼んでいる様子が窺えた。
嬉しい反面、申し訳なさも浮かんでくる。
「も、もちろん試合の助っ人ならいつでもOKですので……!」
彼女の言葉を最後に、軽い沈黙が訪れる。この間は、自分の意思を、相手に受け入れてもらえないのではという疑いがどうしてもかかってしまう。
しかし私は部員たちの人となりはちょっと知っている。部員の一人は「そっか。なら仕方ないね」としっかり彼女を尊重する言葉をかけてくれた。
「せっかくの才能がもったいない気もするけどね」
「……才能がない私を、応援してくれる人
それを聞いた私は、どこか感慨深くなったような気持ちでいた。彼女は決して勉強を疎かにせず、家庭教師の熱意に応えようとしていたことがわかったのか、上杉くんは安堵の表情を見せた。
「うん、頑張ってね。私たちも応援してるから」
「ありがとうございます!」
「あ、私やることあるから、これで」
「そうか、またな」
私はゆっくりと、しかし迅速にその場を離れようと動きだした。もう私がここに留まる理由はないから、早く、一花さんと三玖さんのところへと戻ろう。
「そういえばさ、その約束の相手って、ひょっとして黒田君?」
部員の一人から私の名が呼ばれたことに、足がはたと止まった。
「え? どうしてわかったんですか?」
「えー? だって大会があった日一緒に帰ってたじゃん。私見てたよー?」
「あっ、ええっと……」
「は? 一緒に帰ったってどういうことだ……っておい!? 逃げんな!」
突然ですが本作品、リメイクするかもです。
拙作に対する反省点を活かして、キャラクターの魅力等を伝えられればと思ってます。
ちなみにその反省点を他の人に役立ててほしいとこの前公開しましたが、訳あって削除いたしました(また新たな反省点だ……)。