待ちかねていないと思いますが、本編をどうぞ。
【一言プロフィール】(2024/04/20追加)
ブームは過ぎ去ってから乗っかるタイプ。
もうそろそろ花火が上がる時間が近づいてきたので、私たちは二乃さんの先導の下、人混みの中を進んでいた。彼女は店の屋上を借り切っており、そこで花火を見る予定とのこと。それに対して上杉くんが「ブルジョワ」と評していたが、全くその通りだなと思った。
「機嫌直しなよー」
「思い出しても納得がいきません」
「何があったの?」
五月さんがまた不機嫌な声をだしていたのを聞いた。このままでは彼女がちゃんと花火を楽しめないと思い、訳を聞くことにした。
「聞いて下さいよ。あそこの人形焼きの店主。一花には可愛いからオマケと言って、私には何もなしだなんて! 同じ顔なのに!」
ふむ、確かに同じ顔なら、同じ待遇を受けなければ道理に合わない。しかし私からすれば、ぱっと見でもこの二人から受ける印象は結構違う。一言で表せば、個人が持つオーラみたいなものだろうか。先ほどらいはちゃんが言った、私の近寄り難さもその例である。
普段の様子を見れば、一花さんは基本笑顔でいることが多いから、比較的愛嬌は良いと思う。その違いがオマケの有無だろうかと推定した。
「それは……まあ、ちょっとした災難だったかもね」
「複雑な五つ子心……」
さっき一花さんが言っていたようにとりあえず褒めてよかったもしれないが、私は歯の浮くような文句を軽々と口にしていい人間じゃない。
(――誰が一番かを考え、議論するのは、無駄なことだろうか)
それぞれ個性と好みというのがある。人の数だけ真実はあるとか、みんな違ってみんないいとは言うが、これだけでは愚論となることを知るのはもう少し先の話である。
「あんたたち! 遅いわよ!」
と、もう人の頭しか見えない向こう側から二乃さんの声が聞こえた。店を貸し切ることもあって、今日の彼女はいつも以上に張り切っているな。そこまでして姉妹たちに花火を見せたい背景があるのだろう。
さて、このまま彼女たちを店まで送り出すことができれば、今日やることはほぼ無くなるか。
後はゆっくりと花火を見るだけだ。例の店の屋上には周囲の人だとか邪魔な建物だとかはなさそうだし、私もおこぼれに預かっておこう。
「ほら、これを食べて元気だして」
「らいはちゃん! 次は輪投げしよっか!」
「わー、DSほしー」
……ええ、ご想像通り、これで終わるほど、この日は楽ではなかったのですよ。
○
『大変長らくお待たせいたしました。まもなく開始いたします』
そのアナウンスを号令として、流れが急激に加速した。
背中にでかい体積のものが突撃してきたような感覚を味わったかと思えば、左右から小刻みに軽い接触を繰り返し、最終的には人の密度が限界まで高まり、固体化してしまった。
ああ本当人との関わりというのは嫌になる。やっぱり断っておくべきだったか?
いや、そういえば、これだけ人が多いのだから、彼女らはちゃんとついてきているのだろうか? さっきからあの子たちの声が聞こえないのだが、今どこにいるかだけでも確認しておかなければ。
「…………」
そう思って見渡すこと十数秒。彼女たちの在処を示す手がかりは発見できなかった。この瞬間から、自分は孤独であるという実感がふつふつと湧いて出てくる。
あーこれは……、完全に皆とはぐれてしまいましたねはい。
そう思った私は、直ちに混雑度が少ない所、道の端はどこかを探しだし、隙間を見つけたらすぐ入り、縫うように人の川から脱出しようとした。
こうなればもう合流できる可能性は低い。ならばこの雑踏から一度身を引き、落ち着いたタイミングで連絡を取り、店に案内してもらおうという算段を立てた。
やっとこさ抜け出すと、次いで携帯を取り出し、連絡のためのチャットアプリを起動させようとした。電話をかけてもすぐには応答してくれないだろうし、確実性を増すには的確と言っていいだろう。
アプリのタイトルが数秒表示された後、操作段階に入る。そこから個別チャットに入り、吹き出し部分をタップし、キーボードを呼び出した。お手を煩わせて申し訳ないなと思いつつ、文字を打ち込もうとしたら……
……夜空に一輪の華が咲き、鳴り響く轟音がその全身を内側まで震わした。
その迫力に周りからの歓声が続き、拍手も聞こえてくる。
「……ああ」
腕時計を見ると、時刻はちょうど19時を指している。花火大会が始まりを告げたのだ。あの子たちは全員いるのだろうか? そうだとしたら私が行く意味はあるのか?
……今更になって自分の存在性を問いながら、私はメッセージを送信した。
「……後は」
次に電話帳を開き、上杉くんの電話番号に触れる。あの中で一番心配なのはやはり彼だ。あんな姦しい環境にいたら、きっと気が気でないだろうからと、コール音と爆発音の中で考えた。
『――黒田か!?』
電話に出てくれた彼の第一声は、焦りと不安が混じったような声だった。そんなに私のことを心配してくれたのかな? お優しいんですね。
「そうだよ。そっちはもう着いた?」
『ああ、着いたは着いたんだが……少し厄介なことになった』
「……まだ来ていない子がいるとか?」
『そうだ。俺と二乃以外のやつがまだ到着していない』
私の意図を察してくれたのか、上杉くんは少し落ち着きを取り戻した調子になっていた。
聞いたところによると、開始を伝えるアナウンスが流れる前後で、人混みに巻き込まれて全員が離れ離れになったらしい。
幸い、上杉くんはその時に彼女を捕まえていたため、何とか抜けて店に到着できたと話した。
さらに聞くと、店の場所を知っているのは二乃さんだけで、他の子には伝え忘れていたことも知った。特等席で花火を見せてあげようとウキウキしていたが故に、そこの管理を怠っていたのかと呆れる。
「なるほど、わかった。私も同じようにはぐれているから、その子たちを捜してそっちに連れてくよ」
『頼んだ』
それが決まれば、急いで捜索しなければいけないという思いが作られる。花火が打ち上がる時間は一時間。何かをやっていればその程度の時間なんかあっという間に過ぎてしまうから、さっさと電話を切って足を動かさなければとも思う。
「あのさ、二乃さんは今何してる?」
『二乃か?』
が、ここで焦ってはいけない。手早く、確実に遂行するためにも、踏みとどまなければと考え、そのまま彼に質問をした。
『二乃は今四葉からの連絡が……今らいはと時計台にいるみたいだ』
「時計台……? あっ、あれか。私多分近いよ。まずそっちに向かうわ。そう伝えといて」
やはり二乃さんは他の姉妹と連絡を取っていたか。それならむやみに探すよりもずっと確実だ。一旦考えておいてよかった。
そしてそのまま自分が最初にやるべきことが決まる。一番にあの子の元へ向かうとは、やはり何かの縁が働いているのかと勘繰ってしまう。
あの子はなぜか私の居場所を突き止めることができたから、同じように私も彼女の居場所がおのずとわかってしまうのだろうか……いやいや、それはないだろ。
「あと今いる場所がどこかも教えて」
『待ってろ、二乃、この店の名前は? 黒田にあいつらを送ってもらうから』
『は? なんであいつに教えなきゃ――』
『そんなこと言ってる場合じゃないだろ!? 五人全員で花火見たくないのか!?』
普段の彼らしからぬ気迫のある、力強い声が聞こえた。彼にそこまでさせるとは、やはり五つ子たちにとって、花火は何か特別な意味合いを含んでいるのだろうか。
『……ああもう、わかったわよ!』
彼女を通して店の名前と住所を聞き、これで必要となる情報は揃った。後は実践段階へ移るのみだが、一つ気がかりなことができた。
「……あんたはさ、どうすんの?」
もし、「私が知っていた彼」なら、この件は自分には関係ないから、妹を回収してさっさと勉強のために帰ってしまったかもしれない。
私が彼にこのことを問うたのは、「私の知らない彼」を知れるかっていう、一種の期待感からだろう。
『もちろん俺も探しにいく。あいつと二人っきりも嫌だしな。さっき一花が見えたからそこに行く。お前はらいはを頼んだぞ』
「オーケー、あの子のことは任せて。それじゃまた」
電話を切り、人海に目を向けた。そして目的地までのナビを目の奥に映し出す。花火で明るくなった町並みに対して、流れる人々は、何の意思も持たないまま蠢く黒い生物としか見えなかった。
木の葉を隠すなら森の中、人を隠すなら人混みの中……なんて、ちょっとでも寒いことを言えばクールダウンになるかと考え真面目にやれと怒られ気合いを入れ直して歩みを早めた。
「ものを探す」という目的行動は、単純なようで思ったより大変なのだ。そうじゃなければ探偵という職業はこの世に存在しないし、検索を看板事業としたIT企業が世界中のネット・通信業界を牛耳ることはなかったはずである。
ここに要求される能力は、漫然と舞台を眺めるのではなく、情報を加味して、効率よく観察し続ける気概だ。少し理屈っぽい性格の自分には合っているのかもしれない。
さて、ミッション開始だ。花火が上がっているのは19時から20時までの一時間。タイムリミットまであと57分39秒。
今もっとも効率的な道のりはどこか、彼女たちと合流したら次はどうすればいいか、一度戻るか上杉くんの加勢に向かうか、我々の耳に届く音より早く、我々の目に届く光より早く、自分の頭を回そうとする。
人を避け、花壇の縁に上がって歩き、車道に出ることも辞さず、道なき道を進んだ。
長いようにも短いようにも感じられる時を進んだ後、私は紛うことのない目印にたどり着く。
「お待たせ」
「お兄ちゃん!?」
時計台の下で座っていた二人の少女はこちらに顔を向けた。
「ごめん、お兄ちゃんじゃなくて」
「黒田さん!」
彼女たちの所在を確認できた直後、私は時計を見た。まだ時間はあるが、それでも急がなければならないのは確かだ。
次はどうするか。店に着いたなら二人を送り届け、私は他の姉妹を探しに行くという手筈がいいと考えた。
「事情は聞いてる。これから二乃さんが待っている店に案内するから、来て」
「はっ、はい!」
その時、四葉さんの顔に少しだけ困惑したような表情が過ぎる。しかしそれはあまりにも一瞬だったので、私がその顔の意味を聞き出すことはできず、歩き出すしかなかった。
その数分後。
私たちは二乃さんから教えてもらった店の前にさしかかろうとしていた。聞かされていた名前と同じ文字を示す看板が見え、ようやくノルマが25%分満たされようとする。
そのために手段なんか選んでいられないから、このとき私はさっさと送ってこの場を去ればよかったのだ。
なのに。
「……あのさ、何か言いたいことがあるんじゃないの?」
「えっ?」
この間際になって、愚かにも話を切り出してしまった。
さっきから四葉さんはどこか浮かない顔をしていた。その表情は、歩数が増える度に濃くなっているのがわかっていたからだ。ここに来るまでにらいはちゃんと話はしていたが、自分からすれば何か考えを逸らしたくて喋っていたように見えた。いつもの彼女は明るく振る舞っていただけ、このような表情をされると調子が狂う。
この子は普段通りでもそうでなくても私を悩ませてくるものだから、本当にこの子の相手はやりにくい。
このまま問い詰めなければ、下手に気を遣わせることはなかったし、余計な精神力を奪わずに済んだのだろうか。振り返ってみても、この場所、このタイミングでそのことを聞いたのは、とても合理的とは言えない行動だった。
「そうですよ。侑弦さんのためにも、話したらどうですか?」
「言っても大丈夫なんですか?」
「まあ、私とあんたの仲だし」
花火が次々と打ち上がり、彼女の顔が赤や緑、白などの光で照らされる様は、現在の心境を表しているようだった。
今の私は、彼女にとって、言いにくいことを打ち明けてくれるだけの価値があったのだろうか。それともらいはちゃんに押されて折れてくれたのだろうか。
そして目の前の少女は、意を決した。
「やっぱり私も行きます! みんながはぐれているのにじっとしてられません!」
「……なるほど、あんたらしいね。確かに目の数が多ければ、捜す効率もよくなるだろうね」
「じゃあ……!」
「でもそれは駄目。またはぐれたら上杉くんや二乃さんに申し訳が立たない」
彼女の提案を無下に扱ったことに、罪の意識が出てきた。こんなことを言わせるくらいなら、最初から聞かなければよかったのに。
「ですが、私は――」
「いいの? 今二乃さんは独り屋上でみんなを待っているんだよ? あの子をあのままひとりぼっちにさせる気? 可哀想だとは思わないの?」
「え!? えっと……でも――」
「侑弦さん! そんな言いかたはないと思いますよ!」
今上がっている花火の音に負けないくらいに大きな声で割り込んできた。
「素直に四葉さんを危ない目に遭わせたくないと言えばいいじゃないですか?」
その言葉はたやすくクリティカルヒットを繰り出し、こちらの論拠を崩した。さっきまであがっていた花火の音が一旦途切れ、その静寂がかなり長いように思えた。
ここで私が沈黙してしまったことは、彼女にそうだと肯定したという意味に受け取られた。
「黒田さんって、やっぱり――」
「ああもうわかったよ……。連れてってあげる」
私は彼女からのほめ言葉を聞きたくないが故に、やけになって要望を受け入れた。
「やった! ありがとうございます!」
自分のすぐ横でも花火が一つあがった。それは、今日一番の輝きとなって私の目に映った。
「でも二乃さんには許可をもらったら?」
自分の目を覆いながらそう指示すると、彼女は屋上にいる二乃さんと電話で連絡を取り、私と共に姉妹たちを探しに行くという旨を伝えた。スピーカー機能がオフにされても、彼女の怒号が十分に聞こえてきた。
「一応聞くけど、らいはちゃんはどうするの?」
説得の返答をしている横で、私は友人の妹君に今後の行動予定を聞いた。この子は別に探す義務なんてないし、上杉くんのことも考えればリスクはままあるため、待機してもらった方が安全ではあるが。
「私も付いていきます!」
と、大方こちらの予想通りだった。普段から献身的で目の離せない兄がいるからか、この子も困っている人がいたら放ってはおけないたちなのだろう。
通話を終わらせた彼女からは、何とか了承をもらったとの報告を受けた。よく許してくれたよねと疑問を伝えたら、二乃は優しい子だからと返された。
まあ、姉妹想いなのはきっと寂しがり屋の裏返しでもあるから、こっちの都合でしばらく一人きりで花火を見ることになるわけだし、お詫びの品でも用意しなくてはな。
そう考えて探索を再開しようと、彼女たちに先だって歩き出そうとする。
「二人とも、ちゃんと離れないようにしてね」
「わかりました! らいはちゃん、手繋ごっか!」
「はい!」
私の背後で微笑ましい光景が展開され、私はそれを遠ざけるようにして距離を少し離してしまった。
「待って下さい侑弦さん! 離れないようにしましょうよ!」
だから呼び止められ、注意された。小学生に自分の未熟さを指摘されるとは、この上ない辱めだ。自分が嫌になる。
「ん? もう少し近くを歩けばいい?」
「黒田さんも手繋ぎますか?」
「しない」
「でもその方が安全ですよ?」
「いやいいって」
「じゃあ、私ならどうですか?」
四葉さんのよくわからない提案を即却下すると、らいはちゃんが代案を持ってきた。そっちの方が彼女らにも安心感を与えられるし、議論している時間ももったいないので、ここが落とし所かと考え、頷いておいた。
それが、いかに安直な選択だったのかは言うまでもなかった。
彼女は気合いの入った表情を見せ、四葉さんの手を握り直すと、こっちに手を差し伸べた。
「じゃあ、行きましょうか!」
その手を見た瞬間、気づいてしまった。
「……わかりました、行きましょう」
私が仕方なしに伸ばした体の末端は、幼い手に取られた。
改めて今の状況を説明したい。私と同級生の間には一人のまだ年端もいかない少女がいて、その子は自身の両手でもってお互いの片手を握っている。この私たちの関係性を比喩するなら一体何なんだろうか、是非考えてみてほしい。
「私思いました。きっと侑弦さんと四葉さんだったら、無事にみんなを探し出せるって」
当の彼女はそれこそ口にしなかったものの、凄く満足げな笑い声を我慢しきれずに、そう告げた。
「そう」
だったらいいけど、という思いは噛み殺した。人ひとり挟んだ先にある彼女は何も言わなかったが、一体、どんなことを考えているのだろうか。
色とりどりの光が降り注ぐこの町中、そこに三つの人影が溶け込んだ。