私に家庭教師はできない   作:335室の主

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前のお話で、主人公のプロフィールを入れ忘れていました。
申し訳ありません。

【一言プロフィール】
好きな哲学者はカント。


カリウムの下で ②

 ──どんっ、ぱららら……

 

 空に反響するくぐもった破裂音。すっかり宇宙の色になった空に、地上の星が打ち上がる。鮮やかな光の花が咲いては消え、また次の花火玉が空に上げられる。

 生まれては消えゆく星の真下には、いくつもの人たちが見上げ、眺め、談笑し合っていた。きっとこの喧噪を生み出す声の一つ一つが、かけがえのない思い出を作っていくのだろう。

 

「改めて説明するけど、花火に様々な色があるのは、『炎色反応』によるものだよ。特定の物質は燃やされると、炎の色を変えるんだ。例えばナトリウム―塩の成分なんだけど──が燃えたら黄色の炎、銅だったら緑色という風にね」

 

 私は捜索に同伴してくれている四葉さんとらいはちゃんに対し、花火に関する知識と炎色反応を引き起こす元素の語呂合わせについて教えていた。どうしてそうなったかの経緯は忘れてしまったが、多分小さい方がどうして花火にはいろんな色があるのかと呟いたのと、同い年なのに炎色反応すらもわかっていない知識のなさにモヤッとしたという理由からであろう。

 炎の色が変わるだけでも十分興味深いのだが、それを空に打ち上げるという娯楽を思いつくのは、かつての日本人は発想も技術も飛び抜けていたのだなと一人感心していた。

 

「はい、今黄色の花火があがったけど、何の元素が使われている?」

 

「えっ!? ええと……」

 

「リアカー無き……わかった! ナトリウムだ!」

 

「おお正解。流石上杉くんの妹」

 

 断っておくが、我々は決して目的を忘れて遊んでなどいない。

 私が皆とはぐれたあの時、五月さんにチャットで連絡を入れていたので、その縁あって彼女の現在位置を教えてもらっている。今はその地点に向かって進んでいる最中であり、少し手持ち無沙汰になったから教示しているだけなのだ。

 

 ○

 

「さて、五月さんがいるという所まで来たけど……」

 

「ここもすごいですね」

 

 目の前に広がるのは、どこもかしこも人、人、人。

 私たちはこの中から五月さんを見つけなければいけないのか。砂漠から砂金を見つけるくらいに難しいのではと思えた。

 もちろんこの喩えは大げさであるが、花火大会終了まであと四十分を切った今、できるだけ効率のいい方法で、彼女の姿を確認し、手早く回収しなくてはならないと焦っているのがわかる。

 

 まずは周りを見渡して、それかスマホのカメラから拡大機能を用いて、四葉さんに確認させるか? そう思ってカメラを起動してみるが、意外と光を吸収してなくて、真っ黒い物体が流動しているようにしか映らなかった。

 

「侑弦さん、ちょっといいですか?」

 

 他に何かないかと手をこまねていると、また下から話しかけられた。聡明なる友人の妹君は屈んだ私に耳打ちし、私は彼女の案を採用することにした。

 その内容とは、まず私がしゃがむと、立案者が私の肩にまたがった。次に私が彼女の足首あたりをしっかりと掴んで立つ──要するに肩車をした。

 

「おおー! これなら周りがよく見えますよ!」

 

 これなら全長は二メートルを超えるため、しっかりと見渡せることができる。

 立ち上がると重心がまだ確保できないあまり、少しぐらついた。しっかりバランスをとれたら、後は進むだけだ。

 

「時間がないから行くけど、はぐれないようにしといてね」

 

 私は傍らに立つ四葉さんに注意を促した。

 

「はい!」

 

 その返事の直後、自分の腕が何かに絡みつかれ、柔らかい感触が伝わった。脊髄が咄嗟に腕を大きく動かせと命令した。

 

「うわっ!?」

 

 私の双肩には未だ幼さの残る少女が背負われているため、この動きをしたことでバランスが崩れかけた。危うく地面に落としそうになる危機感を覚えたが、足を伸ばすことで何とか踏みとどまれた。

 少し距離が空いた彼女の姿を見つめた私は、恐怖で息が荒くなっていた。飢えた肉食獣が自身の喉元に牙を突き立てたような、害意を持った霊的存在が自身の意識を取り込もうとしているかに似た、命が脅かされた気がしていた。

 

「……今、何しようとしたの?」

 

「えっと、はぐれないように、腕を掴もうとしました」

 

 私は呆れた気持ちを抑え、今の自分がやったことはある種の嫌悪感から生じた行動であることと、世の中にはスキンシップを不快に感じる人がいることや、自分もそれに当てはまる人間であり、びっくりするから予告もなしにやらないでほしいことを説明した。

 

「……ご、ごめんなさい」

 

「全く……ほら」

 

 私は片方の二の腕を、見せるように差し出した。

 

「袖掴んどいて。連れてくにはこれでいいでしょ?」

 少し消沈していたものの、すぐに元気を取り戻してくれたようで、ようやく捜索へと戻った。

 

 

 空の上では、相変わらず赤や青、黄色のライトが我々を照らし出していた。時々風がわたあめかカステラのような、香ばしく甘い匂いを鼻に運んでくる。

 私は神経を研ぎ澄まして周りを観察した。遠くまで目を凝らし、もしかしたら近くにいるかもと周辺の人々の姿も観察する。歩くときには誰かの足を踏まないように、地面を這わせるように移動していった。

 

「あっ! 五月さん見つけた!」

 

 肩車の効果は想像を超えていたようで、五分とたたずに目的の人物を発見できた。

 私はらいはちゃんの指が示す通りに、時折袖が引っ張られている感触がなくなっていないかに注意を払いながら歩を進めた。

 五月さんの姿がはっきりと見えるようになると、らいはちゃんは五月さんの名前を大声で呼び、彼女専用のサイレンとなって私たちの存在を知らせた。

 

「らいはちゃん……!? どうしてそんなに大きく……って黒田君!?」

 

「どうも、さっきぶり」

 

「五月だ! いてよかった!」

 

「四葉!」

 

 ようやく他の姉妹と合流できたことに、お互い嬉しさを隠さない声で名前を呼び合った。

 その様子を見て私も安堵し、らいはちゃんも「よかった」と純真な思いを口にした。

 

 その後は一旦落ち着くために、人波の中でバランスをとりながら、道ばたに向かって歩いた。車道と歩道の境目にある縁石に足をかけて、彼女を降ろした。

 今の状況を簡単に整理すれば、残っている捜索対象は一花さんと三玖さん。そのうち前者は上杉くんが向かっているはずだから、次は三玖さんを探すべきか。

 

「そういえば五月って方向音痴なのに、なんであんなところにいたの?」

 

 突然明かされた特徴を突きつけられた彼女は、少し恥じらいを含んだ声で答えた。

 

「実は、さっきまで上杉君といたのですが、いつの間にかいなくなってしまいました」

 

 方向音痴という新たに判明した情報を加味すれば、五月さんの方からはぐれたのではないかと考えていると、彼女は何か思い出したような表情をした後こちらを向き、私の名前を呼んだ。

 

「一つ聞きます。私たちは、どういう関係なのでしょうか」

 

「……?」

 

 そう質問してきた彼女の声は、不安や迷いといった感情ではなく、どこか勘弁のような、私のことを試したいという意図を感じられた。

 ここにおける勘弁とは許すという一般的な意味でなく、一文字ずつひもといて解説すると、勘は「しらべる」、弁は「見分ける」と仏教上ではこう定義されており、偉いお坊さんが修行者に問答することを指す。禅問答でよくある、一見意味不明な会話や掛け合いが、これにあたる。

 

 彼女とは、勉強を教えているだけの関係だ。それは彼女も認識しているはず。それなのに、なぜこんな質問をされるのだろうか。ここはすぐ答えるより、質問の意図を探らなければいけないと考えた。

 

「なんかあった?」

 

 私は彼女の顔を見て、尋ねた。彼女は真面目で頭が固い性格だ。敬語口調で話すのも、その一つの表れだろう。質問の意図も、きっとそれに準じたものに違いない。

 

「実はさっき、あの人に同じことを聞かれたんです」

 

 彼女は視線を少し落として言った。あの人とは当然上杉くんのことである。

 

「あの人は、私たちがどういう関係なのか気になっているようでした」

 

「何があったんだろうね」

 

 教師として取り組んでいるうちに、自分の心に整理を付けたいと思ったのだろうか。それとも人の心の機微に鈍感な彼のことだから、誰かに聞かれたという線もありえる。

 

「それで、黒田君は何て答えますか?」

 

「それは……」

 

 私は言葉を探す。私たちはどういう関係なのだろうか。同級生、教師と生徒、知り合い、そういう言葉が思い浮かんだが、きっとそんな紋切り型の答えは期待していないだろう。ただ勉強を教えているだけの関係だ。でも、それだけでは説明しきれない何かがある。

 どこに特異性があるのかを考えると、一周回って「勉強を教えている」という点であることに行き着いた。友人の成り行きとはいえ、課外時間に個人的に教えるというのは、正直ただのクラスメイト、同級生の範疇を超えているだろう。

 それに立場の観点から見てみると、講義形式で一方的にものを教えるという教員と違い、どこか対等さが見えた気がした。私たちは同い年でもあるから、これらの思考を簡潔に纏めるとするならば──

 

「チームメイト」

 

 私はふと思いついた単語を、口に出した。

 

「チームメイト?」

 

「そう。スポーツのように、勝利だとか優勝だとか、共通の目標に向けて頑張るって感じ。ただの同級生みたいに名前を知っている程度ではもちろんないし、家庭教師してる上杉くんに比べたら、お互いに助けるって感じがある」

 

 私の出した答えを受けて、彼女は指を顎に当てた。自分の期待と合致していたか採点しているようだった。

 勉強を教えることは、ただ知識をある方からない方へ移すことだけではない。選んだ言葉、その組み立て方、比喩の選択対象等を相手に届け、反応を貰うというプロセスを経ることにより、次第に解像度を上げることができるのだ。

 

「私だってさ、あんたら二人に勉強を教えることで、理解が結構深まるし、真面目さや努力にも感心するし、そういう意味では、助けられているって感じがするかな」

 

 私がそう言うと、彼女はようやく微笑みを見せながら、頷いてくれた。

 

「確かに、あなたと一緒に勉強するときはそんな感じですね。一人では分からないことも、あなたが教えてくれるし、助けてもらえますし」

 

「そうですね。私もよく黒田さんから教わったり、励ましてもらってますしね」

 

 横で話を聞いていた四葉さんも賛同し、五月さんも「流石ですね」と私に褒められたように言った。

 

「別に」

 

 私は素っ気なく言った。「ただ、思いついたことを言っただけ」

 及第点を得られたことにひとまず安堵するが、やはりもっといい答えはあったのではないかと逡巡する。

 

「あいつはさ、今頃納得できる答えを見つけてるんじゃない?」

 

 上杉くんは私より考える時間が多く与えられていることから、またフォローに入った。露骨に彼についての記憶を思い起こさせたか、「だといいですけどね」とそっけなく答えた。

 

 ○

 

 少し辺りを見渡すと、人口密度は幾分か低くなっていた。一通りが少ない方面へ足を運んだからである。残りの子も、さっきの私と同じように、人混みを避けてここに来てくれたら助かるのだがと希望した矢先のことであった。

 

「あ、あれっ……!」

 

 何かに気づいたらいはちゃんが唐突に声を発し、ある一点を指差す。彼女の指した方向に従うと、驚くべきシーンが見られた。

 私たちの目に写ったものは、青い浴衣を着た高校生くらいの女子が、壮年の男性に手首を掴まれて引かれていった瞬間だった。私は突然のことで困惑している彼女を、驚きと戸惑いと疑問を持ちながら目を凝らした。

 

「あれは──」

 

「「三玖!?」」

 

 髪型が変わっていたので一瞬誰だかわからなかったが、四葉さんと五月さんは迷うことなくその人の名前を呼んだ。顔立ちが全く同じ人物を反射レベルで見分けられるとは、流石姉妹だなと密かに感嘆した。

 

 果たしてあれはどういう状況なのだろうか。三玖さんの持つ魅力に惹かれた人さらいの蛮行か、そうでなくても、どこか道徳面で彼女に危ういことが起こっているのは確かであった。

 

「大変! 追いかけないと!」

 

「待って」

 

 焦って走ろうとした四葉さんを、身体の前に腕を出して抑えた。厄介事に巻き込まれている姉妹を助けたい気持ちはわかるが、下手に突撃させて彼女たちを危険にさらすわけにはいかない。

 

「ここは私が行く。皆はそこで待ってて」

 

 ならば私が出るしかないのは自明の理であった。男性である私なら手荒なことをされる可能性は低くなるだろうし、私に何かあっても、全体的な損害は少ないに違いない。

 

「もし10分経っても戻ってこなかったら、その時は……」

 

「わかりました。お気を付けて」

 

 私は同行者たちの監督を五月さんに任せ、人混みの奥へと消えた二人を追った。

 

 ○

 

 私が三玖さんを連れ去った被疑者に追いついたのは、屋台が並ぶ道路を抜けた先にある通りの入り口だった。

 ようやく発見できたその人物は、背丈は私より同じか少し高く、髪はきっちりと分けられており、口元には整えられた髭を結わえていた。

 そしてその男性は、もう一人の男性と何かを話している様子である。近づいて様子をうかがうと、それは上杉くんであり、何やら口論している最中みたいだった。

 そして、その二人を傍観している女子が一人いた。それは私たちが探していた最後の一人だった。

 

「ねえ、これは、どういう状況なの?」

 

「あっユーゲン君。これはね……」

 

 私が一花さんに事情を聞こうとしたところ、彼女は困り顔をしながら声を詰まらせた。

 

「よく見てくれ! こいつは一花じゃない!」

 

「その顔は見間違いようがない!」

 

 一花さんとこの男性とは、以前から見知った仲であると推定した。問題なのは、その詳細である。ここまで言いよどんでしまうのは、関係性が明るみに出れば、世間から呆れられるような境遇に身を置いているのだろうか。そうであれば、引き返すよう勧めなければいけない。

 

「悪いことは言わないからさ、あの人とは関わらない方がいいと思うよ」

 

「ごめん、それだけはできないの」

 

 迷う余地もなく否定されるとは思っていなかった。どこかカチンときた私は、語気を少し強めようとした。

 

「え? また何で? あんたがやってる仕事って──」

 

「さあ、早くうちの若手女優を返しなさい!」

 

「……え?」

 

 髭を生やした男性の言葉に、私は思わずそちらの方を振り向いた。

 

「……ん? えぇぇ!? い、一花ちゃんが二人!?」

 

「若手女優? カメラで撮る仕事って……そっち!?」

 

「……何がなんだか」

 

 ○

 

 その後、その場にいた私たちが情報を交換すると、顛末はこういうことであるとわかった。

 

 まず一花さんはかねてより芸能事務所に所属しており、若手女優としてのキャリアを進んでいた。上杉くんと口論していた男性は、その事務所の社長であった。

 そして今日、急遽とある映画の代役オーディションが入ったとのこと。社長の提案に従い、この場から抜けようとした彼女は、道中上杉くんと出くわし、彼に事情を話すために路地裏へと連れ込んだ。

 一方、一花さんを見失った社長は、偶然目に入った三玖さんを一花さんだと誤解し、オーディションへと連れて行こうとしたのである。その現場を上杉兄妹が目撃し、私が追いかけ、一足先に追いついた上杉くんが社長と口論を始めた、ということだった。

 正直、それなら皆に伝えるべきだったのではないかと考えたが、これ以上詮索すると興味のないことまで聞かされそうだと思ったので取りやめた。

 

「一花が女優って……」

 

「一花ちゃんが五つ子って……」

 

「「マジ?」」

 

 上杉くんと社長は息の合う驚き声をあげた。

 

「おっと、こうしている場合じゃない。行こう一花ちゃん!」

 

「おい待てって!」

 

 急いでその場を去ろうとする二人を、上杉くんが呼び止める。

 

「人違いをしてしまったのは本当にすまなかったね。でも一花ちゃんはこれから大事なオーディションがあるんだ」

 

「そんな……一花! 花火はいいのかよ! 五人で見るんじゃなかったのか!」

 

「……ごめんね。フータロー君」

 

 彼女は切なげな、でも芯のある声で謝ると、背中を向けて歩き出した。

 私といえば、自分自身の道へと進む一花さんの背中を黙って見送るだけだった。

 かける言葉が見つからなかったわけではない。彼女の覚悟を認めたからだ。

 だが──思ってしまっただけでも失礼なことだが──このままで大丈夫なのかとも思った。今日の花火大会、姉妹らにとっては何か特別な意味合いがあるものと見受けている。数年モノの習慣を完全に振り切ってまで、目の前のことに没頭できるとは考えにくかった。

 

「……黒田、あいつらのこと、お前に任せていいか?」

 

「ん? いいけど……」

 

 その思考をいらぬ物と言うが如く、上杉くんは私に提案をしてきた。顔を見ると、一つの決意を、彼の魚のような真っ黒い目に宿していた。

 

「俺は一花を追いかける」

 

「そう」

 

「不思議だろ? なんでそんな甲斐甲斐しいことをするのかって」

 

 彼は過去を自嘲するかのように私に問いかけた。それは己の身で起こった変化を確かめたからだろう。

 

「確かに、勉強以外であの子たちが何してようが、あんたには関係ないはずだよね」

 

 頷く代わりに、上杉くんは少しずつ言葉を紡いでいった。

 

「俺の家には借金がある。その借金を返すために家庭教師を始めた。だが、あいつを含めて五人には手を焼きっぱなしだ」

 

「確かに。仕事であんだけ疲れるから、休みたいって気持ちもあるよね」

 

「全くだ」と鼻で笑いながら、彼は続けた。

 

「だが結局、何の成果をあげられないまま給料をもらっちまったからな。せめてもらった分の義理は果たしたい。それが俺の本心だ」

 

 私は感嘆のため息をつき、彼の真っ直ぐな姿勢を歓迎した。

 

「うん、流石だよ。どんな結果になろうともその意思は誰にも否定できないし、その心意気があれば、あの子にはきっと届くはずだよ」

 

 私も一切の迷いを排し、見届ける決心をした。

 

「ああ、じゃあ、行ってくるか」

 

「おう。あっ転ばないように気をつけてよ?」

 

「わかってる」

 

「あまり遠い所には行っちゃダメだから」

 

「……ああ」

 

「あとそれから──」

 

「うっさい! お前は俺の母親か!?」

 

 ○

 

 一花さんらを追いかけて行くのを確認した私は、後ろを振り返って三玖さんと向かい合った。

 

「ユーゲンとフータローって本当に仲が良いんだね」

 

「まあね、無二の友人、って自負はあるかな」

 

 私はやりとりをしながら、来た道を引き返しに歩を進めた。彼女が少し動くと、痛みでうめいているような声が聞こえた。

 声をかけて確認すると、どうやらさっきの社長に手を引っ張られたとき、慣れない下駄を履いていたのもあって、足をひねってしまったみたいだ。

 

「大丈夫?」

 

「うん、歩けないってことはないかな」

 

 私は彼女の言葉に彼女の言葉に頷きつつ、歩くペースを彼女に合わせながら進むことにした。

 正直おぶるという選択肢を考えなかった訳ではないが、私に背負われることを許す物好きはまずいないだろうし、おとなしめな印象のある彼女に、私のような自己否定の気質に溢れた人間が触れれば、目も当てられないような悲劇に身を落としてしまいかねなかった。

 

「……ごめん。今日は五人全員で花火を見られないかもしれない」

 

「うん。なんとなく、そんな気がする」

 

「なんとお詫びしてよいやら」

 

「大丈夫だよ……ってあれ? 花火が私たちにとって大切だってこと知ってた? ユーゲンには話してないはずだけど」

 

「ああ、詳しくは知らないけど、今日の皆の様子を見たら、昔から大事にしてきたものだってくらい、私にもわかるよ。皆ちゃんと宿題終わらせたり、二乃さんが店を貸し切ったり」

 

 彼女は「鋭いね」と前置きしてから、日の彼女たちを動かしていたわけを話してくれた。

 

「花火は、お母さんとの思い出なんだ。お母さん、花火が好きだったから、毎年揃って見に行ってた。お母さんがいなくなってからも、毎年揃って。私たちにとっての花火は、そういうものなんだよ」

 

 ここでようやく、彼女たちをつなぎ止めていたもの、その源流を知ることとなった。その背景は、私に罪悪感を思い起こさせるには十分だった。

 

「……ああ、やっぱり引き留めた方がよかったのかも、でも私じゃできそうも……」

 

「気にしないで。誰も悪くないんだし。私も、一花に自分の夢を諦めてほしくないと思ったから」

 

「……あんたは優しいね」

 

「ありがとう」

 

 私は自分の選択の責任を感じるかのように、一歩一歩地面を踏みしめた。

 

 ○

 

 ようやく店通りを抜け、近くで待ってくれていた四葉さんと五月さん、らいはちゃんの姿を見る。

 

「黒田さん! どうでしたか──」

 

「ごめんなさい」

 

 四葉さんらが事の顛末を根掘り葉掘り聞くより早く、私は謝罪と共に頭を下げた。

 

「三玖さんを連れてこれたのはよかったけど、一花さんを連れてくることはできなかった」

 

「え? それってどういう──」

 

「顔を上げて。ユーゲン」

 

 私がした過ちをどう説明しようかと考えていたところ、三玖さんが穏やかな声で言った。

 

「これには事情があるの」

 

 そのまま彼女は一花さんが女優になるという目標を持っていること、自分が一花さんの背中を押すためにオーディションへ見送らせたことを説明してくれた。姉妹である三玖さんの言葉だからこそ、彼女たちは事情を飲み込んでくれた。

 

「一花はすごいなー」

 

「私としても、喜ばしいです」

 

 ちゃんと姉妹間で理解してもらえるようにと、二三歩距離を置いたところで、らいはちゃんがこちらに寄って質問した。

 

「侑弦さん、お兄ちゃんは?」

 

「ああ、彼なら一花さんと一緒の、大事な用があるってさ。すぐに戻ってくるから心配しないで」

 

「そうでしたか! 全くお兄ちゃんは人騒がせなんだから……」

 

「でもその分、あいつはそういう人のために頑張っているからさ、応援してあげて?」

 

「……うん!」

 

 彼女は笑顔で頷き、心配の色をすっかり落としていた。

 けど私には、姉妹全員で花火を見せてあげられなかったことに対して、どうしても割り切りがつかなかった。彼女たちは無理して私の無力さを許しているのではないかと考えてしまう。

 

「黒田さん! そんな思い詰めた顔しなくても大丈夫ですよ!」

 

 私の思考を吹き飛ばすように四葉さんが声をかけてきた。私は表情が顔に出ないタイプかと思っていたが、意外とそうでもなかったのかと思い直す。

 

「私が思い詰めてたって、顔に出てた?」

 

「はい、なんとなくですが。当たってましたか?」

 

「まあ、かもね」

 

 私が歯切れの悪い回答をすると、なぜだか微笑みを浮かべた。

 

「それでですね、いいアイデアがあるんですよ!」




次回で花火大会編は終了です。
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