洞窟の入り口の先は雪国でした。
なんてロマンチックな事はなく、テラレイドへと踏み入れた僕の目に飛び込んで来たのは結晶で出来た色鮮やかな空間だった。
広大なその場所は結晶の一つ一つが光沢を放っており、太陽のないこの閉じられた世界を昼間の様に照らしていた。
そしてその中心部にはテラスタル化した巨大なポケモンが鎮座している。
入り口から入って来た僕の約20歩程先にいるそのポケモンは、僕の予測通りの未進化ポケモンであるナゾノクサであった。
そのナゾノクサは現在、足を前に投げ出して瞳を閉じている。規則正しく聞こえる寝息から、かのポケモンが眠り状態である事が察せられた。
僕はそれを尻目に静かに壁際まで迫り腰に付けていた折り畳み式のツルハシを取り出す。
そしてそれを極力音が出ない様、慎重に結晶化した壁に振り降ろした。
「イチ、二のサンっと。・・・うん、壁から欠けて取れたね」
僕はカンカンと結晶化した壁を叩いたツルハシにより欠けて地面に転がったそれを拾い上げる。
結晶化した壁の欠片。僕が探し求めていたテラピースである。
「思った通りだ。テラレイドになったこの空間の結晶は全てそのタイプのテラスタルに染まっている」
これが僕がテラレイドを探していた理由だ。空間を歪める程のエネルギーを秘めているのがテラレイドと言う現象だ。
ならばその中は、そのタイプの結晶で埋め尽くされているのでは無いかと僕は仮説を立てた。
これを入手出来れば大量のテラピースを一気に手に入れられると踏んで危険を顧みずにここまできたのだが・・・
今の所、僕はその賭けに勝ったと言えるだろう。
因みにではあるがテラレイドに入る前に外で結晶化した部分を同じ様に削り取ってみたのだがその採取は失敗に終わった。
正確には言うと本体から分離した結晶の欠片がその鮮やかな輝きを無くし、ただの石ころに変わってしまったのだ。
テラレイドの中と外でどのような違いがあるのか僕には分からないけれども、暫定的な判断としてテラピースが欲しければこの空間内で頑張るしかないのだ。
「テラレイドの外に出た瞬間、ガラクタになるって展開だけはやめてくれよ〜」
一抹の不安を抱えながらも僕は一心不乱にツルハシを壁に振り下ろし続けた。そしてある程度の量の
この作業を僕は何度も繰り返す。結晶の欠片は一つ一つは小さいと言えど、それは鉱石であるため量が溜まると中々に重い。
僕の背負うリュックにずっしりとした重みを感じる頃には額に玉の汗が吹き出てくる位、僕の体は熱を持ち始めた。
「ふぅ。疲れた〜。でも結構取れたんじゃないかな?」
そうして一息付く僕はふと視線を感じた。嫌な予感を感じつつその気配に向かってゆっくりと顔を向けると・・・
・・・・・ナゾノクサが起きてるね。
「ッ、やっっば!!」
「おおオォォン!!!」
僕の全身から血の気が引くのと同時にテラレイドの主であるナゾノクサが雄叫びを上げる。
眠りより目覚めたナゾノクサは己の縄張りに侵入して来た不届者に鉄槌を下すべく攻撃を始めた。
「ぬおー!777ッ特技の一つ。"
僕が即座に飛び退いたその一瞬の後に、ナゾノクサが放った"はっぱカッター"がその場所に飛来した。
テラスタルのエネルギーにより巨大化したナゾノクサのその技の威力は強力で、何と先程まで僕がツルハシで削っていた結晶の壁に突き刺さってしまう。
その威力を生身で受ければ怪我だけでは済まないだろう。
「やばいよ!やばいよ!うひっ今かすった!?危ねー!!」
"ハリウッドダイブ"から立ち上がった僕はそのまま息を付かせずこの結晶の空間を走り回る。ナゾノクサはそんな僕を仕留めようと執拗に"はっぱカッター"を乱舞した。
走り続ける事によって徐々に息が上がり始めた僕の体に、何度かその攻撃がひっかくように掠める。
このままではナゾノクサの攻撃が直撃するのも時間の問題であろう。
「ひ、ほっひぃ!?し、仕方がない。こうなったら奥の手だ!」
ナゾノクサの執拗なこの攻撃にらちが開かないと判断した僕は切り札を使う事に決めた。
こう言った絶望的に危険な状態でこそ使われて来た古の技。知性ある人類に許された最後の足掻き。
それをナゾノクサに披露するために、僕は逃げ回るのを辞めてかのポケモンに突撃する。
ナゾノクサに急接近する分、必然的に攻撃がより苛烈になるのだが僕は
そしてナゾノクサとの距離が5歩程に迫った時、僕はそれを繰り出した。
「うおおぉぉ!おじさんの777ッある特技が一つ。"ジャンピング土下座"!!」
「ナゾ!?」
僕は走った勢いをそのままに地面をジャンプして踏み切ると、空中で体を丸めながら膝を曲げて足を折り畳む。さらにその体制のまま地面に着地するとスライディングの要領でズザーっとナゾノクサの目の前まで躍り出る。
いきなりのそのパフォーマンスに驚いてしまったのか、固まったナゾノクサが正気に戻る前に僕は頭を下げながら叫んだ。
「もぅ仕訳ございませんでした!!いやね、違うんですよ!僕は貴方様の事をどうにかしようとして此処に入った訳じゃなくてですね。何か素敵な輝きを放つ場所があるじゃないかと虫が花の蜜に吸い寄せられてしまうが如くこの場に来てしまったんですよ!結果的に見ると空き巣の様な事をしてしまいましたが決して態とではないのです。もう直ぐに出ていきますので!採取したテラピースも置いていきますので!なのでどうか、どうか命だけは助けてください。お願いします!何でもしますから!!」
「ナーゾ???」
僕は恥も外聞も捨てて土下座をしながらナゾノクサへ矢継ぎ早に命乞いをした。
中には敵対したポケモンにそんなものが有効なのかと疑う人もいるかも知れない。
しかし前提としてポケモンとは賢い生物だ。自分たちで独自の言語体制を築いているにも関わらず、人の言葉を理解出来るのであるからその知能は犬猫の範疇ではない。
つまりこちらが全力でコミュニケーションを取ろうとすれば良くも悪くも通じてしまうのである。
その証拠に僕が"ジャンピング土下座"を使うまであれ程暴れていたナゾノクサが困惑した様にその行動を止めていた。
ナゾノクサからすれば自分の縄張りを侵す侵入者の事など気にせずにとっちめてしまっても構わないのだが、こうも必死に謝られると許しても良いのではないかと思えて来てしまうのだ。
ワンダーの命乞いはそれまでに真に迫る姿であった。
「いやね。本当にすみませんした。へへへ。あ、そうだ(唐突)。お詫びに木の実とか如何ですか?新鮮で美味しいですよ」
僕はナゾノクサに命乞いが通じてるのを良い事に、刺激をしない様にゆっくりと腰に装着した道具入れに手を伸ばす。
そしてその中から球体のカプセルを出すのと同時に油断しているナゾノクサの顔にそれを投げつけた。
「邪ッ!!オラァ!」
「クサー!?」
すっかりとワンダーの愁傷な姿に騙されたナゾノクサは、彼が投げつけて来たそれを避ける事が出来なかった。
ワンダーが投げたそのカプセルはナゾノクサに当たるのと同時に割れてその中身を霧散させた。
それはあっという間にテラレイドの空間を満たす煙と化した。
「ふっふっふ。僕の特性煙玉のお味は如何かな?」
「クサっクサっ」
僕が投げたカプセルの中身は刺激臭のする液体とマトマの実や唐辛子と言った激辛の食べ物を粉末状に乾燥させて混ぜ合わせたお手製の煙玉である。
これをまともに喰らえばいくらテラスタル化した強力なポケモンとて怯まざる負えない。
現に目の前のナゾノクサは僕の事などそっちのけに咳き込みながら涙を流している。
使ってから言うのも何だがこの煙玉、我ながらとてつもない威力である。
こんなものが人間に当たればとんでもない事になるだろうが、その為に僕は事前にゴーグルとマスクを装着している。お陰で煙による視界不良を除けば無傷である。
後はこのままナゾノクサが体勢を立て直す前に逃げるだけだ。しかしーー
「ちょっと煙の配合量を間違えたかな?何も見えない」
テラレイドの空間を即座に埋め尽くしたその煙の勢いは凄まじく、1メートル先の景色さえ覆い尽くす程であった。
だが僕は慌てない。こう言った不慮の状態を想定した対策は既に打っている。
テラレイドへと踏み入れる前に外に打ち込んだ杭。それにロープを巻き付けて腰に繋げていたのだ。
僕はそれを右手に掴むとぐいっと引っ張る。
ぴん、と張り詰めたロープは運良くナゾノクサの猛攻で切れたりせずに繋がったままであった。
そのロープを頼りに僕は急いでこのテラレイドの出口へと向かうのであった。
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「ふぅ。外に無事、出れたね〜」
僕は外の日の光に晒されながら汗を拭う。取り外した道具の点検をしつつ、今回は危なかったなと溜め息を吐いた。
一歩間違えれば僕はこのテラレイドの中でお陀仏になっていたかもしれないからだ。
どれだけ安全マージンを取ろうとも、ものひろいで稼ごうとすれば相応のリスクを背負わないといけない。
今回はまだテラスタルした元のポケモンがナゾノクサと言うおとなしい生物だったからああも簡単に命乞いが成功したが、仮に凶暴なポケモンであったならばこうは行かなかっただろう。
そう言う意味ではこのテラレイドチャレンジは運が良かったと言えるだろう。
「ケ、甘ちゃんが。油断しやがって。二度と調子に乗るんじゃ無いぞ。ぺっ」
何て強がりを口にしつつ僕はテラレイドから持ち帰った戦利品を確認する。
幸いな事にテラレイド内で削り取った結晶の欠片は、外に出てもその輝きを失っていなかった。
これなら十分商品として売る事が出来るだろう。
後はこの欠片の形をある程度均一にするのと別のタイプのテラピースを集める必要があるが、とりあえず僕はこのパルデア地方で稼ぐ手段を得る事が出来た。
「さあ、もうひと頑張りだ!やるぞー!」
僕はその嬉しさを言葉に乗せると、別のテラレイドを探す為に再び歩き出すのであった。