上位存在たちに愛されすぎて地球が崩壊寸前になっちゃう話   作:こんねこ

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声?

 

 

 

「ありがとね、付き合ってくれて」

「ん、別にいいってことよ。快復祝いってことでな」

 

 今は午後七時。すっかり日も暮れた夜の片隅にある、小さな喫茶店。

 個人経営で夜遅くまで営業している店は、学生たちのたまり場としてちょっとした名所になっている。

 俺と田淵は窓際の、二人掛けのテーブルに陣取っていた。

 

 俺たち以外の客は誰もいない。ちょうど客が途切れる時間帯なのだろう。

 この席に案内してくれた店員も、店の奥に引っ込んでしまった。

 がらんとした店内には、聞き慣れないジャズが穏やかに流れている。

 

「注文はどうする?」

「アイスミルクティーで」

「じゃあ俺は、ウィンナーコーヒーで」

「……浜九里くんって、本当にウィンナーコーヒー好きだよね」

「まあな。俺の魂のガソリンなんだ。これを飲まなきゃ喫茶店に来た意味がない」

 

 その直後、お冷を持ってきた店員にそのまま注文内容を伝える。

 店員は無愛想な顔のまま頭を下げると、踵を返してテーブルから離れていった。

 店員が、俺たちの声が届かないのを確認してから。

 

「なぁ、田淵」

 

 俺は思い切って尋ねてみることにした。

 

「……あれで本当によかったのか?」

「なんのこと?」

「コヨミだよ。あんなことを直接言うだなんて……やっぱり大人げないだろ?」

「あー……でも、後悔はしてないよ」

「でもさ……」

「私は、コヨミちゃんにアドバイスをしてあげただよ。『このままじゃ駄目だって』ね。実際、厳しい言葉にはなっちゃったけど、私は後悔してないよ」

 

 あっけらかんとした口調に、俺は面を喰らってしまった。

 確かに、田淵がコヨミに送ったアドバイスは的確だったのだろう。

 

『コヨミちゃんも誰かに愛してほしいなら……どんな相手だろうと怖がらず、対等に、一人の個人として尊重することを忘れずに、ね?』

 

 要するに人見知りをしない、ということ……でいいのだろうか。

 俺にはあまり田淵の意図は分からなかったが、恐らく的確なアドバイスだったのだろう。

 あの後の、動揺したコヨミの様子を見ればすぐに理解できた。

 

 田淵は俺なんかよりも圧倒的に賢いし、優れた洞察力もある。

 コヨミと出会い、少し会話を交えただけで彼女の本質を突き止めてしまったに違いない。

 

「コヨミはあれで変わってくれると思うか?」

「んー、分かんないな。三割三割四割って感じ」

「……え? どういうことだよ?」

「改善されるのが三割。何も変わらないのが三割。そして、逆に悪化するのが四割」

「悪化?」

「うん」

 

 田淵は口の前で手を組むと、俺の顔をじっと見つめる。綺麗な濡羽色の瞳だ。

 

「コヨミちゃんみたいなタイプの存在はね、どこまでも自分勝手なの。自分が愛しているものが、それと同程度の愛を返してくれることを期待しちゃうんだ。本人が自覚しているかどうかは関係なくね」

「……」

「つまりね、傲慢なんだよ。自分が愛されて然る者だと信じて疑わない。そして、一方的な愛を相手に押し付けて、相手がそれに報いることを強制する。もし相手がそれを拒否したら、それこそ烈火のごとく怒り出す……心当たり、あるでしょ?」

「あ、あぁ」

 

 俺の脳裏には、先ほどコヨミが見せた表情が過ぎった。

 確かにあれは怒りで我を忘れた人間の顔だった。

 歯を食い縛り。目を血走らせ。今にも牙を剝きそうな獣のような。

 

「じゃあ、コヨミは俺を……その、愛してるのか?」

「うん、そうだよ」

「……はは、マジかぁ?」

 

 田淵の返答に、俺は顔がかあっと熱くなったのを実感した。

 

「じ、じゃあさじゃあさ、あの子は俺のことが……その、好きっていうことなのか?」

「んー……まぁ、多分」

「っ、そっかぁ……!」

 

 誰かに好かれている――なんだか変な気持ちだったが。無性に嬉しい。

 この19年、ついぞ恋人に恵まれない人生だった。一生縁のない存在だと思っていた。

 中学時代、高校時代と気になる人はいたものの、告白するほどでもないとスルーしていた。

 当時の俺は恋愛関係というものをどこか神聖視していて、古臭いロマンス映画でしかお目に掛かれないような、ドラマチックで温かな関係でなければならないと思い込んでいた。

 

 だが上京して大学に入ると、そんな固定観念も遠く彼方へと消し飛んだ。

 愛のない逢引、一夜限りの肉体関係、そんな爛れた関係だけを目的とした友人関係……。

 それを是とする風潮があった。大学時代は人生の夏休み、そういう遊びに浸るべきだという空気があった。

 もう、うんざりだった。

 

 だから、そうした仄暗い欲望を絡ませないでいられる田淵やコヨミとの関係は、ある意味気楽だったのだ。

 

 遊びとは少し違う。純粋で、清らかで、健全な関係性。

 都会の大学生活で疲弊し切っていた俺にとって、彼女たちとの時間は何よりも貴重な時間だった。

 

 ……正直言って、コヨミが俺に対して『そういう感情』を抱いているという予感はあった。

 年頃の少女が、年上の青年においそれと頭を預けたり、抱き付いたりするのは、まぁ特別な意味があるのだろう。

 

 年上として、大人として、友人として。

 いくら建前で本音を塗り潰そうと思っても、限度がある。

 

 異性に好かれるというのは、やはりとても嬉しいものだ。

 

 薄々気付いていた、コヨミから向けられる特別な感情。

 改めて指摘されると、どうしても心が躍ってしまう。

 思わず有頂天になっていた時――。

 

「あ、でも多分、恋愛的な意味ではないと思うよ?」

 

 田淵の声で、俺は一瞬で冷静さを取り戻した。

 

「……え?」

「これは私の推測なんだけど、コヨミちゃんのは恋愛感情とは少し違うと思うんだ」

「少し、違う?」

「うん。恋愛感情とは違う……かといって兄弟愛でも、即物愛でもない……一番適当なのは……『所有愛』かな?」

「……しょ、ゆうあい?」

 

 俺は田淵の言っていることが一瞬理解できなかった。

 呆然とする俺に、田淵は「うん」と頷いて。

 

「少し難しい話になるんだけどね、まぁ、ここでは人間と人形の事例を挙げながら話そっか。人間は自分が愛するために、そして自分を愛してくれる都合のいい道具として、人形を作った。だから人形は創造主である人形を心の底から愛するようになる。それが存在意義だからね。人間に奉仕し、付き従い、彼らにとって便利な道具であることに徹しようとする。……ここまでは分かる?」

「あ、あぁ。なんとなく」

「よし。……そんな風に作られた人形は必然的に人間を愛する。でも、果たして人間の方はどうだろう? 人間――特に幼い少女は、人形に対して色々と世話をするかもね。毎日綺麗に髪を整えて、衣装を替えて、話しかけたり、一緒におままごとをする。家族のように接するんだよ。心の底から『愛する』んだよ。でも、それも長くは続かない」

 

 ふと、田淵は窓の外に目を向けた。

 その綺麗な瞳に、遠くに望むネオンの輝きを映している。

 

「幼女から少女、少女から思春期を経て女性へと成長していく。その中で魔法少女に憧れなくなる。チューペットを食べなくなる。ごっこ遊びをしなくなる。そして――かつて愛した大切なお友達のことも、忘れちゃう。タンスや戸棚の中に、思い出と共にしまい込んでね」

「……つまり、人形への愛を忘れてしまう、ってことか?」

「うん。人形が自分を愛してくれている――そんなことも忘れちゃってね」

 

 奇妙な静寂が訪れた。

 

「……それで、どうなるんだよ? その、人形は?」

「さあ、どうなるんだろうね?」

「っ、ちゃんと教えろよ。折角ここまで聞いたんだからさ、結末も気になるだろ」

「……ごめん。実は私にも分からないんだ」

「え?」

「人間からの愛を失った人形が、一体どうなるか私にも見当が付かないんだよ。怒るか、悲しむか、怯えるか、それとも健気に、人間を愛し続けるか……私には何も分からない」

 

 ひどく曖昧な話に、俺は思わず首を傾げていた。

 

「でも、逆なら分かるよ」

「……というと?」

「人間はそれでも、『人形は自分を愛してくれている』と信じて疑わない。どんな酷い仕打ちを与えても、邪険に扱っても、人形は人間に対して、愛を向けるべきだと思い続けるんだよ。まったく、ひどい話だと思わない?」

「……」

「要するにね、創造主にとって、被造物がどう思ってるかなんてどうでもいいんだよ。だって、彼らにとってソレは、自分が愛を向けるために創り出した存在だからね」

 

 その時、店員が注文の品を持ってきた。一端会話が中断される。

 田淵にはアイスティーが、そして俺の手前にウィンナーコーヒーが静かに置かれる。

 小さなカップを覆う、純白の生クリーム。慣れ親しんだ好物。

 

 だが、今それを口に運ぶ気にはなれなかった。

 

「……コヨミも、そうだっていうのかよ?」

「うん。私はそう考えてるよ」

「でも、あの子は……あの子は……」

 

 そんな人間じゃない。

 そう言いたいのに、声を大にして否定したいのに、上手く言葉が出ない。

 頭の中がとっ散らかっている。

 

 そんな俺を見かねたのか、田淵はアイスティーのコップの持ち手を指でなぞりながら言い放つ。

 

「コヨミちゃんはね、多分普通じゃない」

「っ!」

「そんな顔しないで、まずはちゃんと話を聞いて。……ここで言う普通じゃない、っていうのは精神的なものじゃなくて、もっと根本的な……思考回路そのもの、のような気がする」

「思考回路、そのもの?」

「ちょっと話してみて思ったけど、なんか変なんだよね。こう、根元の部分で考え方が違うみたいな?」

 

 どぐん。

 

 心臓が、跳ね上がった。

 

 その時、それまで胸の奥底で渦巻いていた違和感が、突然くっきりと胸に迫ってきた。

 今まで霧の向こうでぼんやりと見えるだけに過ぎなかった影が、徐々にはっきりと輪郭を持って見えてくるように。

 

 疑問が予想に、予想が確信に変わっていく。

 

「確か、コヨミちゃんってこの辺に住む、不登校の中学生なんだっけ? それならさ、どこの中学校に通ってるかとか、どうして不登校になったかとか、色々話してるんじゃない? あんな道のど真ん中で抱き締め合うくらいなら、普通そういうことも打ち明けると思うんだけど?」

 

 やめろ。

 

「なーんか、色々と隠してるよね」

 

 俺は、コヨミを疑いたくないんだ。

 

「そこでさ、ふと思ったんだけど」

 

 やめてくれ。頼むから。

 

「コヨミちゃんって、本当に人間なのかな?」

 

 

 ――――――――――。

 

 

 

 

 

 

(……ああ、本当に可愛い人間だ)

 

 テーブルを挟んだ向こう側。

 青ざめた顔をカップに向け、言葉を失った男――浜九里颯太を見ながら思う。

 

(それにしても……この口調で合っていただろうか。宿主たるこの女の記憶を読み取って再現してみたが、いかんせん不安だ)

 

 宿主の記憶を、感情を、精神を読み取り、模倣する。

 それは地底から発掘された古代遺跡を、現代の技術で復元するという行為に似ている。

 当時の記録や文献を紐解きながら、かつての姿を緻密に再現する。

 

 言うなればトレース――いや、擬態と呼ぶべきか。

 

 言葉のチョイス、口調、声色、表情、挙動、視線の動かし方。

 無意識に取っていたであろう行動ですら、完璧に履行してみせる。

 

 人間への寄生。そして肉体の簒奪。

 今まで何度か経験しているが、やはり楽しいものだ【楽しい?】。

 ああ、そうだ。これが楽しい。楽しいという感情だ。

 

 眼球で物を見て、肺臓で呼吸し、五本の指で把持し、二本の足で地面に立つ。

 これは以前寄生し、宿主とした男の記憶から読み取った『アニメ』に登場した、巨大な人型の機械を動かす感覚に近いのだろう。

 

 肉体、あるいはそれに準する物体への、感覚の拡張。

 自分の肉体ではないはずのものが、訓練や練習を重ねることによって自分の意志で動かせるようになる。

 

 人間で言うところの、車に乗った時のそれに近いだろう。

 かつてはハンドルやギア、ブレーキ、アクセルといった内部機構を操作するので精一杯だったのに、いつの間にか、そういった操作をほぼ無意識で行えるようになる。

 まるで、車が自分の肉体の一部になったかのように。

 

 この感覚は、多分それだ。

 私という存在と、田淵怜という存在は一つとなった。

 

 私は田淵怜だ。

 誰が何と言おうと、既になってしま【違う】ったのだ。

 

(さて……)

 

 改めて浜九里颯太に目を向けてみる。

 彼は未だに思い悩んでいるらしい。多分、あの桃色の髪の女――コヨミの正体について、気持ちの整理が付いていないのだろう。

 

(コヨミ……あれは多分、私と同類の生命体だな)

 

 一目見ただけで分かった。あのコヨミという存在は、人間の理を超えた上位存在だ。

 

 人間の見た目。人間の声。人間の人格。

 だが、あれは全て擬態だ。人間社会に溶け込むための、単なる隠れ蓑に過ぎない。

 本性はきっと、あんなものではない。

 

 傲慢で、偏屈で、自分勝手。自由奔放。自己中心的。

 多分、この惑星に存在する生物は全て自分の思い通りになるとでも信じているのだろう。

 

 人類は例外なく自身の配下で、自身に永遠の愛と忠誠を誓う『道具』か何かだと。

 

 ひどい思い上がりだ。

 きっと、浜九里颯太にも同じような感情を抱いているに違いない。

 

 本人は否定するだろうが、私には分かる。

 上位存在としての力が、プライドが、無意識が――ほぼ自動的にそうさせるのだろう。

 

 どれだけ願っても、祈っても、求めても、渇望しても。

 

 

 

 コヨミは、歪んだ愛しか得られない。

 

 

 

(……尊くない、な)

 

 一方的な偏愛など、醜く汚いだけだ。

 歪な形の愛は人間同士の絆を発展させることはなく、むしろ悪化させてしまう。

 愛の押し付け――それは多分、逆に人間社会を崩壊へと導いてしまうに違いない。

 

 

 私の求める愛の形には、程遠い。

 

 

 私にとってコヨミの価値はほぼゼロ。あんな哀れな上位存在を調べるのは、時間の無駄だ。

 だが厄介なのは、コヨミが浜九里颯太に執着しているということ【浜九里くん】だ。

 

 コヨミには私のような上位存在の接近を知覚する能力がある。

 先ほど、コヨミに対して『処置』を施そうと接近してみたが、その寸前で勘付かれてしまった。

 この惑星に住む生命体の眼球と脳機能では、私のような高次元存在の姿を知覚することはできないにも関わらずだ。

 

 目には見えないはずの私を、コヨミは『ニオイ』だと称した。

 だが、おそらく即物的なものではない。

 上位存在としての特異な感覚が、私の存在を感知したのだ。

 

 あの後、咄嗟に本体を引っ込めたことで事なきを得たが、かなり危なかった。

 コヨミがどれほどの戦闘能力を持っているのかは分からない。

 だが、私に詰問してきた時の姿勢は、まさに歴戦の猛者のそれだった。

 

 私の肉体は田淵怜のもの。身体能力は、全て宿主である彼女のそれに準拠している。

 

 肉弾戦となれば、確実に私はこの肉体を破壊されていただろう。

 別に死ぬ訳ではないが、浜九里颯太との関係を観測できなくなってしまうのはかなり困る。

 

 今一番優先するべきなのは、浜九里颯太の身辺からコヨミを引き離すことである。

 

 

 ……そういえば、昔何かの本で読んだことがある。

 

 

『例えばかぐわしい香りを放つ料理を密室に置いて、その後撤去してみる。部屋には何も残らない。

 だが、その後部屋に入った人間はすぐさま、その部屋に料理があったことを認識するだろう。

 それだけではない。中には、そこに置かれていた料理の種類、それに使われた食材まで正確に言い当てることができる者もいるだろう。

 こうした芸当はなぜ可能なのか?

 匂いだ。匂いによって、過去の情報を読み取ることができるのだ――』

 

 

(『――臭いは時空間を超える、唯一の感覚なのだ』…………か)

 

 確かあの本は、コンビニの本売り場の片隅で売られていた、取るに足らないゴシップ雑誌だった。

 ああいうのを粕取り雑誌、と言うのだろう。

 

 だが、コヨミの一件の後だと、途端に信憑性が湧いてくる。

 

 これからは図書館にあるような学術雑誌や書籍だけではなく、ああした書籍も読んでみるのもいいかもしれない。

 そんなことを頭の片隅で考えながら、じっと浜九里颯太を観察してみる。

 

(……田淵怜なら、こういう時なんと言うのだろうか)

 

 コヨミが上位存在だということをほのめかしてみたが、きっと彼はそれを認めはしないだろう。

 しかし、思い当たる節もあるから完全に否定することもできない。

 

 彼の頭の中は、今やぐちゃぐちゃだ。

 混乱と恐怖で満ちている。

 

 ここだ。

 

 ここでどんな言葉を与えるか【お願い】が肝要だ。

 

 

 浜九里颯太との関係性を進展させられるかどうかは、これからの数分で決まる。

 

 

 だから、選択を間違えてはいけ【なんでもするから】ない。

 

 

 

 私は、私の愛を見つけるのだ【誰か助けて】――!!

 

 

 

【ここから出して】

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