上位存在たちに愛されすぎて地球が崩壊寸前になっちゃう話 作:こんねこ
あれからどれくらい時間が経ったのか、俺には分からない。
田淵は口を閉ざしたまま、ずっと俺を見つめている。
そのじっとりと値踏みするような視線に晒されながら、俺はコヨミについてずっと考えていた。
『コヨミちゃんって、本当に人間なのかな?』
田淵の放った疑問が、俺の心を捉えて離さない。
コヨミは普通の人間じゃない。
俺は心のどこかでそんな予感を抱いていた。違和感が積み重なっていくたびに、その予感はやがて不信感へと変わっていった。
ただ、認めたくなかっただけだ。目を逸らしていたかったのだ。
近所に住んでいるのに周辺の地理を知らない。
俺と会う時以外はあまり外出しないのだろう。
24時間営業のファミレスまで一緒に行っても、何も口にしようとしない。
体質的に小食か、もしくは夜食の習慣がないのだろう。
連絡先というものを持っていないという。家にはスマホも固定電話もないらしい。
言い方は酷いが、あまり裕福な家庭ではないのだろう。スマホや電話は高価な代物だ。
子どもの頃に観ていたアニメの話をしても、そもそもアニメという概念すら知らない。
よっぽど世間に疎いか、そういった娯楽に厳しい家庭なのだろう。
そうやって半ばこじつけのような理由付けをすることで、心に芽生えた数々の疑問を封じ込んできた。
きっとそれは、あの不可思議で温かく、尊い関係を手放したくなかったからだ。
コヨミは大切な友達だ。
俺は彼女を信じていたかったのだ。心の支えでいたかったのだ。
だが、もう心に噓を吐き続けるのは……少し疲れた。
「……本当に、俺は何も知らないんだな」
そうだ。俺は平然と彼女を自分の友達だと宣いながら、その実コヨミのことは何も知らないのだ。
過去も。学校のことも。趣味も。好きな音楽も。
俺はコヨミに対して、あまりにも無知だったのだ。
「なぁ……田淵」
「なに?」
「……もしコヨミが普通の人間じゃないっていうのなら、一体あの子は何なんだ?」
「うーん……」
「まさか、妖怪とか幽霊とか、なんて言うんじゃないよな?」
「まぁ、流石にね」
「だろ?」
「正直言って、私にもあの子のことは分からないんだよね。私が分かるのは、あの子が普通じゃないってことだけ」
「……普通じゃないのは、まぁ百歩譲って認めるよ。でも、具体的には何だってんだよ。まさか人間の皮を被った化け物とかじゃあるまいしさ」
「……それはまあ、本人に直接聞かないとね」
田淵の言葉に、俺は深くいため息をついてしまった。
あんなことが起こった後に顔を合わせるのは、少々……いや、かなり気まずい。
俺はまだ平気だが、問題はコヨミだ。
あれほど錯乱し、意気消沈してしまった姿を見られた相手と再び会うのはかなり気恥ずかしいはずだ。
感覚としては、同級生と喧嘩した翌日に校門前で当の本人とバッタリ出くわしてしまった時のそれか。
胸の奥からもやもやしたものが迫り上がってくる。
「ってか、そもそもコヨミが俺に会ってくれるかすら分からないからな……」
「普段、コヨミちゃんとはいつ、どこで会ってるの?」
「バイト終わり、家に帰ってる最中にその辺の道で。多分夜の二時くらいかな」
「そっか。それじゃあ、次バイトがある日に会ってみたらどう? ちなみにいつ?」
「明日。6時から閉店までだから、いつも通りの時間帯になると思う」
「おっけー」
そう言うと、田淵は左手首に巻いた腕時計に目を落とした。
「あー……多分今日は無理だと思うから、明日に懸けてみよっか。多分一日経てば、コヨミちゃんも冷静になってるでしょ」
「まあ、な……だといいんだけど……」
俺はカップを少しだけ傾けて、表面を覆うクリームだけを飲んでみる。
なめらかな甘さと芳醇なミルクの風味が口いっぱいに広がり、疲弊した心を潤していく。
やはりここのウィンナーコーヒーは至高だ。毎日でも飲みたい。
「…………」
ふと、そんな俺をじっと見つめている田淵の視線に気付いた。
「どうしたんだよ、田淵」
「……いや、美味しそうに飲むなって思って」
その返答に、俺は思わず眉根を寄せた。
田淵が無表情になって、話し相手をじっと見つめている時――それは大体、噓を言っている時のサインだ。
「はぁ……で、本当は?」
「え?」
「とぼけんなよ。噓ついてるだろお前」
「…………」
「お前と会ってから1年くらいで、付き合い自体はあんまり長い訳じゃないけど……その辺はなんとなく分かるんだ。ほら、以心伝心とか阿吽の呼吸ってやつ? って、何言ってんだ俺……」
話していると羞恥心がこみ上げてきて、思わず田淵から視線を逸らしてしまう。
疲れからか、変なことを口走ってしまった。
これじゃあ女友達に勘違いして変な気を起こした挙句、強引なアタックに走ってしまう輩と同じだ。
脳がナニと直結しているかのような思考回路に、我ながら嫌気が差してくる。
「……あー。ごめん」
口を突いて出た謝罪。そうだ、これしかない。
多少は見苦しいかもしれないが、この関係が崩れるよりかは圧倒的にマシだ。
「変なこと言っちゃったな。今の発言は忘れて――」
苦笑いと共に視線を上げた、その先で。
田淵の身体が、カタカタと震えているのに気が付いた。
「……え?」
思わず目を丸くして、呆然としてしまう。
少し俯いたまま、小刻みに震える田淵。
寒い?
違う。店内の空調は正常に作動している。それどころかむしろ暑い。
緊張?
違う。いつも顔を付き合わせているのだから、今更緊張するようなこともないだろう。
「…………」
田淵は考え込むように少しの間黙って、ゆっくりと顔を引き上げた。
まるで海底から赤錆びた沈没船をサルベージするように、慎重に、細心の注意を払って。
「私は」
静かに答えた。
「嘘をついた」
「……だろうな」
「本当は浜九里くんの目を見てた」
「……?」
予想外の返答に思わず首を傾げてしまう。
「すごいね、浜九里くん。とっても綺麗な目をしてる」
「綺麗な目って……?」
「即物的なものじゃないよ。なんて言うか……表現するなら、『吸い込まれるような』っていうやつ」
何の話をしてるんだ?
目が綺麗、だなんて、人生で一度たりとも言われたことがない。意味不明だ。頭が混乱している。
「ねえ」
そんな俺に、田淵は口を開いた。
「浜九里くんってさ、私のこと、どう思ってる?」
「どう、って?」
「私のこと、愛してる?」
一瞬。
世界から音が消えた。
店内に流れるルーズなジャズの音色も。
脳の奥でどくどくと警鐘を鳴らす、心臓の鼓動も。
壁一枚を隔てた外世界を満たす喧騒も。
何もかもが、聞こえなくなる。
「愛、というと?」
一瞬暗転しかけた意識をなんとか持ち直して、うめくような声で訊く。
「そのままの意味だよ。浜九里くんが私に向けてるのは、一体どんな愛情なのかなって」
「……ごめん。意図が分からない」
「意図なんてどうでもいいよ」
「…………その愛っていうのは、あれか? その、一般的に愛情、ってやつか」
「うん」
毅然とした態度で頷く田淵。
「…………」
絶句している俺を、田淵は瞬き一つせずじっと見つめている。
まるで監視カメラか天体望遠鏡のレンズのような瞳だ。
どこか遠く離れた場所から、矮小で脆弱な何かを観測しているような――そういう視線。
(……あれ、これ……?)
俺は、その奇妙な視線に既視感を覚えた。
このじっとりと滲むような視線。
これはつい昨日の夕方、大学のカフェテリアで感じたあの奇妙な視線にそっくりだ。
背筋を駆け巡る悪寒も。
頬を伝う冷や汗も。
胸に迫る異様な感情も。
恐怖。後悔。諦め。焦燥。
ありとあらゆる悪感情が一斉に胸元に押し寄せてくるような、奇妙な感覚。
(……あぁ、そうか)
その時、ずっと解けずにいた謎の答えが分かった。
子どもの頃、両親に黙って裏山へ行ったことがあった。
理由は単純。ただ冒険が、退屈な日々を忘れされてくれるワクワクした非日常が欲しかったのだ。
水筒とおやつ、デジタルカメラ、そして納屋から勝手に持ち出した脇差を抱えて、自然豊かな森の中へと足を踏み入れたのだ。
俺にとって、あの山は世界で一番近い秘境――未知と不可解が詰まった、宇宙そのものだったのだ。
決して一人で山には入るな、という両親からの言いつけを破ってしまうほどに。
期待と好奇心に胸を膨らませて、雑木林の獣道を歩いていた。
その時だった。
木の陰から、巨大なツキノワグマが姿を現したのは。
幼い子どもにとっては、まさに見上げるほどの巨躯。丸太のように太く、強靭な四肢。
そして、こちらを見つめる無機質な黒瞳。
そこから放たれる、怪物の視線。
(ツキノワグマに睨まれた時……あの時感じた感覚と、同じだ)
非捕食者の――弱き者の感情。
蛇に睨まれた蛙。
猫に追い詰められた鼠。
奪う者と奪われる者。
上位存在に命を握られた、下等生物。
今際の際に立たされた彼らが抱く感情。
それは――。
「……どうしたの?」
「……」
何も、答えられない。
頭は回っている。うわ言のように言葉が、文章が形成されている。だが、声にならない。思考だけが上滑りしている。
それでも必死に、言葉を紡いでいく。
「俺は、俺は……」
「…………」
「……愛してる、んだと思う。田淵のことを、心の底から」
「っ、そっか……具体的には?」
「……多分、友愛。友達に対する、愛情」
「友愛、かぁ……ふーん……じゃあさ、もし私が何かすればそこから進展が――」
「…………」
「ねえ、さっきからどうしたの? なんか変だよ?」
熱でも計る気なのだろうか。田淵が心配したような顔で、右手を伸ばしてくる。
ゆっくり。
ゆっくりと。
爪も指先もケアが行き届いた、綺麗で華奢な手。
咲き誇る一輪の白菊のように、可憐な手のひらが目前に迫ってきて――。
「……っ」
どうしようもない感情が、心の底から沸騰するように湧き上がってきて。
気付けば、俺は弾かれるように席から立ち上がっていた。
「……どうしたの?」
空中で中途半端に腕を伸ばしたまま。心配そうに俺の顔を見上げてくる田淵。
いつもと変わらない顔。いつもと変わらない視線。
穏やかで、怜悧で、賢く、頼もしい、普段通りの田淵。
だが、何故だろう。
今日はその姿が、ひどく恐ろしい。
「ごめん、なんか今日はちょっと……体調が悪いんだ」
「あっ、そうだったんだ? ごめんね、全然気付かなかった……」
「いや、こっちこそごめん。今日はもう帰るわ。金はこれで足りるよな?」
俺は財布から千円札を取り出すと、テーブルに置いて田淵に差し出す。
体調が悪いのは本当だ。頭も痛いし、悪寒が止まらない。吐き気もだ。息も苦しい。
ただ今は、この空間から逃げ出したかった。
一度この感覚を、ぐちょぐちょになった頭が弾き出した無数の思考を咀嚼し、整理する時間が必要だと思った。
そうでもしなければ、頭がどうにかなってしまいそうだった。
まだ冷めていないウィンナーコーヒーを勢いよく飲み干す。
痛いほどの熱が喉元を過ぎていくが、どうでもよかった。
「じ、じゃあ俺はもう帰るから、後はゆっくりしていってくれよ。今日は色々とありがとな。また大学で」
捲し立てるように言い残すと、俺はろくに田淵の顔を確認しないまま足早に店を出ていった。
そこからどうやって家に帰り着いたかは覚えていない。
気が付くと俺は自室のベッドの上にいた。
そして薄闇に沈んだ天井をぼんやりと眺めながら今日起こった出来事を全て理解し、泣いた。
誰にも悟られないよう枕に顔を埋め、声を殺してただひたすら泣き続けた。
泣く理由など、俺自身にすら分からなかった。
だが、止まらない。流れ落ちる涙は、まるで決壊したダムのようで。
ただ俺は、何も分からないけれども、全てが夢であってほしいと願いながら、泥のような眠りに落ちた。
午後10時。
夜も更けてきた繫華街は活気に満ち溢れていた。
通りに面した居酒屋や料亭はほとんど満席で、街には眩いネオンの光輝と喧騒が絶え間なく漲っている。これから深夜にかけて、この賑わいはより一層増していくだろう。
いつもと同じ街並み。いつもと同じ光景。いつもと同じ雑踏。
だが、何かがおかしい。
ゆっくりなのだ。何もかもが。
酒の席で乱痴気騒ぎを楽しむ酔っ払いたちの声が。唐揚げをつまむ箸の動きが。酒を口へ運ぶ腕が。
全て遅くなっている。
スロー再生で流れる映画のワンシーンのように、時の流れ自体がスローモーションになっているのだ。
まるでそう、時間が間延び――拡張されているような。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
そんな不可思議な光景が広がる中。ただ一人だけ普通に動いている者がいた。
大きく切り裂かれたワンピースの胸元を隠すように、己の肩を抱きながら歩く少女。
緩慢な動きしか取れない雑踏の隙間を、まるで風のようにするりとすり抜けていく。
その手には大きく膨らんだビニール袋が垂れ下がっていた。
やがて少女は吸い込まれるように狭い路地へと入っていくと、壁に背中を預けて腰を下ろした。
ちょうどその場所は小高く積み上げられた段ボールの影になっていて、余程のことがない限り誰かに見つかることもないだろう。
「……念のために50倍まで出力を上げておくか」
少女がそう呟くと同時、更に時間の流れが遅くなる。その現象は彼女の種族が持つ能力によって引き起こされる、一種の超常現象だった。
これで世界にとっての50秒は少女にとっての1秒になる。つまり通常の時間感覚で生きる人間にとって、彼女の1秒は0.02秒――簡単な所作でさえ、人間の反射速度を遥かに凌駕した神速の早業になるのだ。
普通の人間には、残像すら見えない。
「よし、これでひとまずは安心だな……」
少女はどこか安心したように息を吐くと、ビニール袋をひっくり返して、その中身を全て地面にぶちまけた。
それは全て、パックに梱包された新鮮な生肉だった。
牛肉や鶏肉、豚肉、合いびき肉と種類や部位はバラバラで、統一性はない。
唯一の共通点といえば、それが先ほど少女が近場のスーパーマーケットで手当たり次第に買ってきたものということだけだ。
少女は静かに目を閉じると、やがて意を決したようにパックを破り捨て、その中身を掴み取ると一気に貪り喰らった。
「…………っ」
一瞬顔が苦悶に歪んだが、少女は黙々と食事――いや、摂取を続ける。
食べる。
食べる。
食べる。
パックから引き剥がした生肉を、ただひたすら口へと運んでいく。
まるで飢えた獣のように。
調味料も何もない、ただの肉。冷たい粘土のような質感で、決して食えたものではない。
嚙めば嚙むほど、何とも言えない風味が口の中に広がる。
「……やはり、完全に肉体と同化したことによって味覚が鋭敏になったな。いや、少し違うな。変わったのはむしろ……捉え方か。以前までは、食事など肉体を維持するための栄養補給としてしか考えていなかったが……これからは調理方法なども徹底しよう。このような、欠損部位の補充のための応急処置でも」
体内に摂取した肉の塩基配列と細胞を最適化。拒絶反応が出ないよう『改造』を施す。
分解し、ペースト状になった肉塊を傷口に移動。表皮の質感を改変。人皮を再現する。
痛みが消える訳ではないが、これで出血と感染症の心配はなくなる。外見もある程度は取り繕える。
胸元とは視線を集めやすい部位だ。特にこのように大きく肥大化しているなら、尚更だ。
人間の視線は敏感で、油断ならない。
用心するに越したことはないだろう。
その後も買い込んだ肉を全て喰らい尽くす。
摂取した肉を材料とすることで、筋肉や脂肪、神経や毛細血管に至るまで、その全てを完璧に復元する。
同時に、失った分と同じ量の血液を補充すれば完璧だ。
これで治療は完了。
「さて、行くか」
少女は空になったパックをビニール袋に突っ込むと、大通りの方を向いた。
やがて時間の流れが元に戻った頃、少女の姿は煙のように消えていた。
「……まさか、彼に上位存在が付き従っているとは」
私は繫華街の外れ、人通りの少ない裏路地を歩いていた。
不夜の喧騒も光り輝く摩天楼も、どこか遠く離れているように思える。
青白い街灯が浮かび上がる路地の雰囲気はどこか艶めかしくて、とても好きだ。
いつもなら鼻歌を歌っているところだが、生憎そんな気分にはなれなかった。
「治療こそできたが、あの想像を絶する痛みは……二度とごめんだ」
私の脳内は、あの上位存在のことでいっぱいになっていた。
浜九里颯太を守護するために、私に立ち向かってきた地球の土着生命体ーー神。コヨミ。
数千年前、我々の先祖が初めてこの地球に降り立った時、調査隊を壊滅に追い込み撃退するに至った上位存在。
アレ自身には特別な能力はない。
我々の種族に備わった、時間を圧縮、拡張させる力のように、三次元領域に影響をおよぼす能力などない。
ただ、強い。とてつもなく。
人類に似た姿でありながら、その身体能力や膂力は彼らの数百倍。時間圧縮による瞬間移動にも対応できる、優れた動体視力も有している。肉弾戦ならまず勝ち目はない。
なるほど、手強い。
おそらく私程度の若輩者では太刀打ちすることすら叶わないだろう。
だが。
「未熟だな。精神が」
あれほどの力を有しておきながら、心が弱い。弱すぎる。
あの程度の弁論にも翻弄され、動揺し、私に対し逃走する隙を与えてしまった。
本当にあれが、地球の特記戦力なのか?
そんな疑問が止めどなく湧き上がってくる。
衰えか?
いや、違う。コヨミは私たちと同類。思念体を核として肉を纏ったに過ぎない。寿命や加齢による能力の劣化など起こるはずがない。
つまり、導き出される結論はただ一つ。
「浜九里颯太か」
コヨミは彼にかなり執着しているようだった。
先ほどの戦闘。その直前でも、アレは私たちが地球に再訪した理由よりも、私が何故彼に接近したのか――その理由を先に問うてきた。
かつて地球に降り立った私たちから、発展途上の人類と地球を守り抜いた英雄が私情を優先したのだ。
地球よりも、他の人類よりも、他の何よりも。
心を奪われているのだ。
ただの人間――浜九里颯太に。
「彼の前では、上位存在ですらあそこまで脆弱になってしまうのか」
思わず笑みがこぼれてしまう。
「コヨミも私も、まさしく首ったけ、か」
やはり、浜九里颯太は面白い。
彼から放たれる『ニオイ』。あれは甘露だ。
一度鼻腔に流れ込んで、脳髄に届いてきたのなら、脳が蕩けそうなほど甘美な痺れが全身を駆け巡るのだ。
残り香を嗅いだだけで四肢が疼き、彼の身体が接近してきた時には肉体が絶頂を迎えそうになる。
それほどまでに彼の『ニオイ』は蠱惑的なのだ。
正直言って、コヨミが執着するのも分かる。
上位存在にとって、あの『ニオイ』は劇物だ。ある意味、麻薬に近いだろう。
一度その甘美な芳香に触れてしまえば最後、もう二度と抜け出せなくなる。
彼を、永遠に手元に置いておきたくなってしまう。
他の上位存在に目を付けられているのなら、尚更だ。
「……うん、決めた」
私は胸元をさすりながら、夜空を仰いだ。
都会の夜空に見える星は少ない。
街を覆い尽くす眩い輝きが、地表に星の光が届くのを阻害するからだ。
だが、私には――その星が見える。
一千光年先。
遥か遠くに見える、我が故郷を。
隨ャ�暦シ假シ厄シ醍分繧ウ繝ュ繝九�。
外宇宙から三次元世界の解明と研究のために降り立った、上位存在が開拓した前線基地。
遠く離れた、地球という惑星に派遣された私の生まれ故郷。
「浜九里颯太を連れて帰ろう」
人間は異世界や異星といった、まったく根本から異なる環境に興味を持つという。
きっと彼も喜んでくれるはずだ。目をキラキラ輝かせて、私の誘いに乗ってくれるに違いない。
「向こうでバーを作ろう。彼にはそこで店員として働いてもらおう」
仲間たちもみな、彼を気に入ってくれるはずだ。
私たちの威信に懸けて、遠い惑星から遥々来てくれる彼を盛大に歓迎してくれるだろう。
文句や不満を口にする者だなんて、誰一人いない。
そんな確信がある。
「しかし、問題は酒だな。私が弱いんだ。きっと皆もアルコールは苦手なはずだ。そうするとどうしたものか……シーシャバーのように、
だって。
「ああ、楽しみだ。同胞たちに彼を知ってもらうのが」
私たちは皆、『私』なのだから。
生肉食べちゃう系ヒロイン、爆誕