免罪体質者がPSYCHO-PASSの世界を行く 作:アルトリア・ブラック(Main)
「兄が脱走して廃棄区画に籠城…雪絵以外の説得は応じない…」
雪絵の元に届いたのは常守から兄・義和が更生施設から脱走し、廃棄区画の一角を籠城、たまたま脱走した際にそばにいた看護師を拉致していると言う。
「兄の犯罪係数って最終的に計測したら280でした?」
炯に聞くと
「最終のサイコパスは280で、話によれば回復の傾向は全くなかったみたいです。幸いにも300オーバーに行かなかったから更生施設で療養を続けていましたが…」
今、雪絵が務めている施設と兄がいる施設は違う。
雪絵が就職するにあたり、兄が施設を移動した
就職してから数回しか会った事がなかったが、兄のメンタルは相変わらず事件当日のままで止まった状態だった。
両親を殺した理由は、サイコパスのことを言われ続けたこと、そして何よりストレスケア薬剤を使っても効きづらいという体質上、常に悪化していた。
「雪絵さんが説得し、身柄を拘束した後に…「300オーバーだったら執行しても良いですよ」…何故ですか?」
「更生施設にいても300オーバーなら犬のような扱いで殺処分。それぐらいならやりたいことやって死んだ方が幸せだと思うので」
淡々と言う雪絵に灼は「そうだろうけど、死んで良い人間なんていないですよ」と言って来る。
「二人を殺害、一人を強姦未遂、半世紀以上前なら普通に死刑です。法律がない以上、そんな凶悪犯を処罰するのがドミネーターの仕事じゃないんですか?」
灼を見て言うと無言になる。
「…雪絵さんは、そんな兄を見捨てると」
『雪絵は沢山本を読むんだよ』と笑顔で言う兄を思い出す。
頬杖をつきながら外を眺める。
「…どんなに優しい人間でも取り返しのつかない事をしたらそれ相応の罪を償うべきだと思いますよ、昔は正義感があっても、それは昔でしかないので」
変わってしまったモノは元には戻らない
「炯」
灼がアイコンタクトで炯を見る
男の叫び声がする。
「雪絵は連れて来たか!!!」
大声が聞こえて来る
「久しぶり、兄さん」
横に転がっている半裸の女性を見下ろす雪絵
手には爆弾が握られており、いつでも撃てるようにしていた。
「犯したの?」
「!?」
淡々と話す雪絵にはっ!?となる他の執行官たち
「もう俺のサイコパスは下がらねえ…なら!好きにやっても構わねえだろ!!」
《犯罪係数、65執行対象ではありません》
動線上にいた雪絵のサイコパスは相変わらず基準値だった。
「人間は普通、やっちゃいけないことを脳で理解し、実行に移さない。兄さんは犯罪係数が下がらないからって獣みたいに好き勝手にしたの?それで幸せ?」
家族に語りかけるような口調ではなく、患者に語りかけるような口調に灼は眉を顰める
『お前は、誰かに命綱を握って貰いなさい』
父の言葉がフラッシュバックする。
雪絵さんには、その命綱を握ってる相手がいない。
雪絵さんの身の上は常守監視官からある程度聞いた。
幼い頃に両親が殺害され、兄姉二人は更生施設送りに、叔父夫婦は犯罪係数が兄をバットで殴った時ですら下がったままだった事を気味悪がっていた。
「どうして…お前は、そんなにも…」
「私ね、人の気持ちが分からないの、兄さんは知ってるだろうけど、私のサイコパスはいつだってクリアだった。ただの一回でも悪化したことがないの、お母さんたちはそれを『良いこと』だって言ってたけど、私はそんなこと微塵も思ったことない」
色相がクリアであればあるほど世間は自分から目を逸らす、玄関の鍵を閉めればなんでそんなことをするんだと責め、怒鳴り声を聞いて怯えなければ化け物を見るような目で見てくる
「だから私は兄さんが置かれてる苦しみも分からないし、多分、理解出来ない。でもね、共感はしようと思ってた。両親を滅多刺しにして、実の姉を強姦しようとした心理。あの両親は色相が悪化して潜在犯を身内から出したくなかった。要は世間体を気にして、兄さんを見なかった」
雪絵はゆっくりと近づいていく
炯が止めようとしていたが、首を振る
多分、雪絵さんは殺さない
漠然とそれだけは分かる。
「私は今、更生施設の医師をしてるんだけど、潜在犯の家族になった人達はみんな冷たい家族。無論、回復したら迎えに来るような人達もいるけど、そんなのはごくわずか」
2000年代もそうだったが、家族としての在り方がどんどん冷え切っているように思えた。
《犯罪係数アンダー265、ノンリーサル・パラライザー》
白澤義和の犯罪係数が下降していく
「お前は…、雪絵は、俺を認めてくれるのか…?」
震えながら爆弾のスイッチを下ろしていく
「唯一の家族だもの、まぁ、バットでフルスイングしたけど、あの時は仕方なかったの、ごめんなさい」
《白澤雪絵、犯罪係数、0》
「………」
何も思っていない。感情がこもっていない雪絵
爆弾のスイッチを取り上げた雪絵は立ち上がり、執行官の一人に渡す
「でもちゃんと罪を償ってね、兄さん」
「え…?」
《犯罪係数、アンダー290、執行対象です。ノンリーサルパラライザー、落ち着いて標準を定め、対象を無力化してください》
ドミネーターが起動し、兄が失神する。
灼は先に車に戻って行った雪絵の元にいく
「お兄さんは無事に更生施設に輸送されることになりました」
「そうですか、お手数おかけします」
素っ気なくそう返す雪絵
彼女の中では兄の存在は過去のものになってしまったのだろうか、家族というのに一切の躊躇いなく見捨てた彼女の事を思い出す。
葉巻に火をつけて吸い始める。
「雪絵先生、それなんですか?」
吸い始めたモノを見て聞く
常守監視官や外務省行動課の狡噛執行官が吸っていたモノよりだいぶ大きめのタバコだなぁと思っていると
「葉巻です。闇市で買ったんですよ」
「や、闇市で?」
廃棄区画街はシビュラシステム始まって以来、必要であるとされて残されている区画であり、ヤクザなどがいまだにいる場所だった。
時々、逃亡した潜在犯が逃げ込む危険地帯で知られており、普通の市民だったら近寄らない場所だ。
その中で闇市はクリアなモノからアウトのものまでで回っている。
「薬物じゃないから安心してください。葉巻はタバコの原点というべきか、紙のタバコが流行る前にメキシコで誕生したタバコなんですよ、確か19世紀初頭だったかな?肺に入れない香りを楽しむタバコっていう話で、吸ってみます?」
銀のケースから一本出して来る
「え?いいんですか?じゃあ…」
そう言って火をつけるモノを探していると
「慎導さん。タバコ吸ったことないんですね、葉巻は火をつけるだけじゃないですよ」
そう言って微笑み専用器具で先を斬る
「で、肺に入れないで吸って見てください」
ライターで火をつけてくれる
「…うぇ!ゴホッ!ゲホッ!!けむい!」
初っ端吸えなかった灼に「あはは、やっぱり初めはむせますよね」と笑って来る雪絵
「…っ、雪絵先生は、むせなかったんですか?ゲホッ」
雪絵は微笑みながら煙を吐き出し
「闇市のおじいさんに教えてもらってから吸ったのもありますけど、むせなかったですね、私」
「すごいなぁ…」
火をつけて煙の匂いを嗅ぎながら雪絵の隣に移動する。
(…近くでみると凄い美人だよなぁ、雪絵先生)
そう思っていると
「凄い真面目な話しますけど、ドミネーターって、その場で執行する武器ですよね」
「えぇまぁ…」
雪絵は少し微笑みながら見つめてくる。
「慎導監視官はどんな存在であれ、死んで良い人間なんていないって言いましたよね」
葉巻を吸う
「いじめとか性行為に及んだ人間の色相ってそんな悪くないんですよ、いじめの方がよりクリアに近い、何でか分かります?」
「えっと…あ、欲望に忠実だからですか?」
「そう言うものです。本人がそれを『異常』だと思わないんですよ、むしろ、いじめている人間は楽しくて仕方ない、自分の色相がクリアになるからこそいじめはシビュラに公認されてるって思ってるんですよ」
葉巻を吸い終わると、専用のモノに入れる
「殺人を犯す人間の色相は300オーバーが多い、でも、性行為に発展する人間は190から、たまに思うんですよね」
そう言って寄り掛かる雪絵
「シビュラがあるから隠れた犯罪も多い、過剰な世界だって、兄は二人殺害、一人強姦未遂、一人強姦致傷して犯罪係数290」
車に乗り込むためにドアを開ける
「生きてる価値なんてあるんですかね、そんな人に」
そう言って乗り込もうとする
「…なら、もう同じ過ちを繰り返さないように治療を…」
そう言うと苦笑いを浮かべた雪絵さんは
「さっき強姦されてた人、きっと許さないと思いますけどね、ドミネーターで裁かれるか更生施設の医師が犬のように殺すかしかないんですよ」
そう言って車を発進させる。
自動運転にした車内。雪絵にとって、この世界は過ごしやすい世界だった。
確かに違和感のある世界ではあるが、それでも前世の世界に比べれば天と地ほどの差だろう。
(…法律が無くなって無法地帯になるかと思ったけど…人の精神を丸裸にしたらそりゃあストーカーとか幼女趣味の人間は居なくなるよな…)
警察に訴えたのに後手に回ったせいで命を落としたストーカー殺人も少年少女を狙った殺人事件も発生確率がうんと下がったように
この社会を築くための過程で何かしらの犠牲が生まれたとしても、過去の人間からしてみれば夢のような世界であろう。
悲しむ人間が一人また一人と減っていくように、シビュラシステムの誕生は過去の被害者家族からしても嬉しかっただろう。殺人事件に時効が無くなったように叶えたかった未来だろう。
子供の頃、家の近所の近くで一家殺人が起こりました。結構有名な事件でまだ解決してないけど、あの現場はまだ空気感が変わらない。
シビュラシステムがあれば減る犯罪も多いと思いませんか?