免罪体質者がPSYCHO-PASSの世界を行く 作:アルトリア・ブラック(Main)
箸休め回です
『先日の色相検査悪化してたんです』
『今の会社で、営業の時に失敗して…』
『挨拶、私だけ無視されたんです。嫌われてるんですかね』
「………ハァ」
雪絵は一人診察室でため息をつく
あのロボトミー事件から半年、雪絵にとっては退屈な日々が続いていた。
どいつもこいつも悩みが大したことではなく、そんなことで色相が悪化する精神の弱さに雪絵自身が辟易していた。
(…あの事件の後だからより一層程度が低いとか思っちゃうんだろうけど、この世界であの程度の悩みはささやかなんだろうけど)
色相悪化、サイコパスの上昇なんてものと無縁だった雪絵にとって彼らの見ている世界はイマイチわからない物がある。
この世界はあらゆる意味で自由がない。
自分の心の中をシステムに曝け出されて『ストレスを感じています』なんてある意味プライバシーの欠片もない。
(…なおのこと、あんな脳味噌軍団に脳みそ見られてると思うと吐き気がする)
シビュラシステムの根幹を知った今、あんな物に認められてシステムの一員になる資格があるなんて言われたって嬉しくない。
そもそも…
(…免罪体質者の尊厳は一体どこにあるのやら)
あそこに取り込まれないという選択肢は今のところ存在していない。
「…まぁ、どうでも良いか…」
タバコを吸いながら空を仰ぐ
確かにこの世界は退屈で、張り合いのない世界
でも、それは誰かが望んだ世界で、誰かが願った世界
過去の人間がより良い未来のために必死に争った世界。
(少なくともディストピアの物語で一番良いストーリーなのは間違いないだろうけど)
心理カウンセラーの仕事はこの世界ではかなり難易度の高い職種だ。
公安局の刑事に続いて離職率あるいは人手不足に悩まされている。
「……確かに色相は悪くなって来てますけど…私は特に問題ないんです。薬さえ飲んでれば…雪絵先生の日を予約しなくても…」
ある日の診察、やって来た一人の女性の余りにも暗い表情にん?となる。
ある程度診察が終わり、カルテを見る
(…んー、この経歴どっかで…)
「あ」
画面に映っている女性の経歴を見て思い出す
清水沙也加
自分と同じ学校出身のクラスメートで、現在は一般企業に勤めているという。
「……あー…なるほどなぁ」
最近の色相悪化の原因は多くは語らないが、その会社の人間と上手く行っていないというのをボソッと呟いているのを耳にした。
(…変わらないなぁ、あの女も)
諏訪美郷、雪絵の同級生でクラスの中心人物
そして、常に誰かをいじめていないと安心できない可哀想な女の人
(なるほどー、この女がいたらまぁ、色相は悪化するわな)
学生だった時のことを思い出してスンッとした気持ちになる。
学生の頃、由美と出会う前に散々洗礼を受けたなぁと思い出す。
サイコパスが上昇しないのを良いことに人をサンドバックのようにいじめて来たのを思い出す
「……嫌なことを思い出してしまった」
サイコパスが上昇しないからと言って暴力を振るわれて痛くないなんてことはない。
昔のいじめ映画にありがちなトイレで水かけられたり物を隠されたり捨てられたり、男子をけしかけて強姦されそうになったりしたのを思い出してフゥとタバコを吐く
(…まぁ、別に今はどうでも良いんだけど)
どうやら諏訪美郷は一般企業の内定しか取れず、そこに就職し細々と過ごしているらしい。
だが、他人を蹴落とすのが誰よりも上手いが、それしか出来ない女。
ストレス発散だけは他の人間にも見習って欲しいぐらい発散が上手い
(…さてさて、どうするか、こういうタイプはその内…)
下を見て暗い表情をしていた清水沙也加を思い出す
そう遠くないうちに自殺するだろう。
(…患者に自殺されるのが何より面倒だし)
「よし」
白澤雪絵という存在は学生時代異質な存在だった。
サイコパスと色相の安定さを見れば、約束された人物であるのは明白だった。
だからこそ、多くの妬みを買っていた。
そんな彼女のことを今まで忘れていたのは、自分とはあまりにも遠いところに行き、また学生時代にもそんなに関わらなかったから忘れていた。
「え…?雪絵先生…?」
学校の同窓会が開かれることになり、参加するのは嫌だったが、上司となった諏訪から『貴女も参加するわよね』と高圧的に言われれば嫌でも参加せざるをえなかった。
嫌々やって来た同窓会の会場で二、三回程度お世話になったメンタルカウンセラーの白澤雪絵がいた。
「実は同級生だったなんて驚きですよねぇ」
そう微笑む彼女は「先生」というよりただの白澤雪絵そのものだった。
「…同級生と言っても話したことはあまりなかったですよね」
そう下を見ながら言うと彼女も『確かに、適性診断が出た友人としか絡まない感じでしたからねー』と話す彼女
席に着くと各々が話をして盛り上がっている中、彼女は話しかけてくるクラスメート達に返しつつ隣にいた。
すると
「あら、清水さん、来たんですね!てっきり来ないかと思った」
嫌な声にビクリと肩が跳ねる
諏訪美郷。
学生時代からクラスの中心的な人間で現在の私の上司
他人に当たり散らかすことでストレスを発散している
仕事はそこそこ、ただ、他の上層部に胡麻をするのが上手いからクビにされずに済んでいる上、ストレスでこの上司がうまくいかなくなれば私にメチャクチャな理由をつけて当たり散らかしてくる。
(…嫌だ…)
バックの上からストレスケア薬剤を握り締める
「あらあら、またそれに頼るのかしら?沙也加さん?」
煽るように言ってくる諏訪にビクつくと
「あ、お久しぶりです。諏訪さん」
横から彼女が声をかけてくる
「…あ、あら貴女も来てたのね、白澤さん」
分かりやすく驚く諏訪
(…そう言えば先生って…)
チラリと目線だけ彼女を見る
彼女・白澤雪絵は学校時代、この諏訪にいじめられていた
シビュラの適性診断で相性の良い友人が一人もいない彼女を揶揄い続けた諏訪
その半年後、佐藤由美という友人が出来たらしいが、その彼女も先日の事件に巻き込まれて死亡していると報道を思い出す。
「…!」
「仕事もひと段落したし、誘われたので来ました」
何も気にしていないように話す彼女の表情はあまりにも『強かった』
あれほどのいじめをされていたのに、その主犯にも普通に話している彼女に沙也加はわずかばかりの嫉妬を覚えた。
本当に凄いところに行く人は過去のことなんて気にしないのだろう。
「貴女見たいな有名人が来てくれて嬉しいわ」
そう話す諏訪の声が引き攣る
それもそうだろう、かつて自分がいじめた相手が普通に同窓会に来て普通に話しかけてくる
「え?私有名人扱いされてます?ま、あんなテレビの報道されれば知るのも無理はないですよね」
そう普通に話す彼女、だけど…
「…?」
「貴女の方も楽しそうに暮らしてて良かったです。昔から変わらなくて、貴女も昔みたいに元気そうにしてて嬉しいです」
やたら昔、と連呼する彼女
「そうね、そういう貴女も昔と変わらなそうね」
イラっとしたのだろう、諏訪はターゲットを先生に変えた。
「ちょっと偉くなったからっていちいち勘に障る…」
「すみません。こういう性格なんで、良いですよ?叩いても水ぶっかけても」
そう言った先生は諏訪を見て
「今は純粋に貴女の心理を知りたいなと思ってまして、人を叩いて色相が安定しているのって貴女しかいないので純粋に気になります」
「…どういう意味よ…」
先生は優しく微笑み
「つい最近仕事してて思ったんです。ストレス発散がみんな苦手な人が多い中、貴女だけは本当にストレス発散が上手くて、他人を馬鹿にしてそれでも色相が悪化しないなんて本当に凄いと思うんですよ」
先生の瞳はまっすぐ諏訪だけを見ていた。
その瞳には恐怖なんて感じていないようだった。
「他人を蹴落としても貶めても色相が悪化しない。それって凄く才能があると思うんです。連絡先交換しません?」
「は…?はっ?」
先生はまるで自分にされたことを気にしていないように、フレンドリーに話しかける
「貴女…仕事のしすぎて疲れてるのかしら?」
「え?何故?」
「白澤さん…」
そう呟くと先生の口調に少し違和感を感じる
「あぁ、別に気にしてないですよ、学生の頃にトイレに入ってた時に水をかけて来たり私の物を盗んで捨てたり、私を窃盗犯にしようとしたことも、子供の頃の過ちでしょうし、私はそれ以上の物見て来ましたし」
淡々と話す先生に諏訪は後ずさる
先生はまるで親しい友人に接するように距離を縮める
雪絵は一人タバコを吸うために外に出る
あの諏訪美郷の表情はなかなか忘れられない
いじめをする人間は可哀想な人間だ
だってそれだけしか生きる理由がないからだ
他人を蹴落として貶めて悦に浸る
(まぁ実際…心理傾向を知りたいと思ったのは間違いじゃないんだけどね…)
いじめっ子は果たして自殺することはあるのだろうか?
案外、精神が脆いかもしれない
言葉で責め抜いて更生施設送りにして近くに置いて観察したいなぁと一瞬思ったが…
『雪絵』
由美の声を思い出し立ち止まる
私には歳の離れた妹がいた。
幼い頃から常に色相が真っ白な妹
色相悪化なんて言葉とは無縁の妹
サプリなんて飲んだことない妹
両親から常に期待されて育つ妹の存在に家族が生存の頃は羨ましかった。
シビュラシステムから人生を約束されたも同然の妹、その点自分はどうだ
何もかも上手くいかなかった、血の繋がった兄から強姦されサイコパスは上昇してしまった。
更生施設での生活はまるで実験動物にでもなったような気分だった。
毎日、機械のような言葉を並べてやってくる看護師からサプリを渡された
必要最低限の人との関わり、私の両隣にいる潜在犯達は無菌室な部屋に閉じ込められ、人と話さない環境下で色相が悪化したのか、ついに狂って行った。
でも、私は一人が幸せだった。
誰もいない真っ白な環境、常に色相がレッドゾーンに行きかねなかった私には羨ましい色
『江美さん。今月の13日に妹さんとの面会がありますが、受けますか?』
機械音声より機械のような看護師の声に「面会はしないで良いです」と返す
『そうですか』
そう言われて切れる音声。
妹と会うのは勇気のいる行為だった。
一度妹とガラス越しだが、会ったことがあった。
『お姉ちゃん。久しぶり』
そう話す妹の目を見て初めて恐怖した。
妹はこんなにも人を食うような目をしていただろうか?
外界とは一切遮断されたこの世界で外の世界の事はニュースでしか知らない。
雪絵が公安局の臨時調査官として事件解決に携わったのはニュースで知った。
でも内容までは報道されない。雪絵の関わった事件は大まかにしか報道されず、内容は報道規制が掛かっているレベルである。
「…雪絵…?」
『?うん、何?』
「…な、なんでもない」
雪絵への世間のイメージは穏やかで話して心が休まる存在と言われていたが、自分からしてみれば妹は、恐ろしい存在になっていた。
子供の時から雪絵は何を考えているか分からない少女だった。
常に色相は真っ白な代わりに表情は子供らしくない。
両親の喧嘩も兄の怒号もまるで他人事のように俯瞰して見ている雪絵が怖くて仕方なかった時期がある。
でも雪絵は両親から期待されて育っている妹で、自分とは違ってエリートの道に進むのが確定している存在。
「雪絵って…人を殺したこと…あるの…?」
何を思ってそんな言葉が口から出たのか分からない、でも、聞かずにはいられなかった。
『…何でそんなこと気にするの?お姉ちゃん』
否定しない雪絵にヒュッとなる
『"生まれてから"殺したことないよ』
雪絵は、時々、怖い眼差しになる。
雪絵のまっすぐとした目は時々漆黒に見えるぐらい恐ろしくなる時があった。
『最近仕事でいろいろ鬱々してたからさ、ちょっと目がヤバくなっちゃったかもしれない。ごめんねお姉ちゃん、また来月会いに来るね』
そう言って雪絵は営業スマイルのような表情で去って行く
降りしきる雨の中、傘を差し更生施設から出て車に向かう。
車に乗り込み、自動運転がしっかりかかるように確認してから発車する。
この世界では自動運転が主流になり、手で運転する必要は無くなっている。
勿論、資格を取る時には緊急時の対応も求められるので一般知識として手動運転の訓練はする。
とはいえ、自動運転にしていれば寝ていられるし、気がついたら自宅の車庫に入っていることもある。
しかし、雪絵からしてみれば自動運転で安心して眠れるほど肝っ玉も坐ってはいない。
いつ何時事故に巻き込まれるか分からない。
(…警戒癖は無くならないなぁ)
前世とカウントしたらそこそこの年齢だというのにいまだに警戒してしまう自分に苦笑いを浮かべる
『雪絵は人を殺したことあるの…?』
そう姉に言われたのを思い出す
「本読むか」
あまり集中できないが助手席から本を取り、読み始める
「うーん…難しいな」
ドストエフスキーの【罪と罰】は難しく、今は読む気分になれず本を置く
「今はラノベ読もうと」
【私が大好きな小説家を殺すまで】を手に取る
小雨程度だった雨が途端に強くなり、嵐のように車の窓を打ちつける。
その煩さに集中力が切れる
「…急にうるさいなぁ」
雨にキレても仕方ないので、自動運転から手動運転に切り替えてハンドルを握る
雪絵は法律(刑事罰)のことはあまり好きではない