触手と粘液は使いよう 作:ぬぇへへへ……
触手って意外と便利そうな能力だよなぁ……
目が覚めれば薄暗い部屋、アルコール飲料の瓶やら缶やらが散乱した部屋、万年床で海苔みてーにうっすい敷布団。
凡そ典型的なダメ人間の一部屋が目に入る――筈だった。
目の前に広がるのは赤く乾燥した大地。遠くに見える険しい山脈に、頭上に広がるのは木目の天井ではなく、青い空。
「は?」
これがろくでなしダメ人間こと俺こと伊能翔也の最初の記憶であり、最初に訪れた生命の危機でもある。
イヤだって考えてもみろ?
六畳一間の寝室からだたっぴろい、なぁ~んもない荒野に寝間着代わりのジャージ姿でほっぽリ出されたんだ。
照りつける太陽。その熱を反射して下から焼いてくる地面。乾燥した風。刻一刻と流れる水分、つまり汗。
このままくたばってちょうどい感じのジャーキーになるのかと、彷徨った末に疲弊しきった頭の中で覚悟していたところを『イロイロ』あって拾われて、そっからまた『イロイロ』あって死にかけたところを、二度目の幸運に拾われたついでに就職先と身分の保証もして貰って今、俺は―――
「だぁぁっ、クソがよぉ!! ンで毎回毎回追っかけてきやがるんだ連中はよぉ!?」
その就職先の環境に殺されかかっております。何でさ。
背後には血走った目で追いかけてくる野郎共。恐らく俺の所属しているトコに因縁がある輩と荷物をかっぱらって銭を稼ごうとしている連中が入り交じっている。
「おい! 見失ったぞ!!」
「いやこっちだ!! この路地裏は詳しいんだ!!」
互いを蹴落とし合い、時には奇跡的な協力をしながらも俺を確実に追い詰めてくる。
「ザッケンナ!! ンなとこで協力してんじゃねえよ! Fuuuuu〇k!!」
こうなりゃアレだ。最終手段に出るしかねぇ。
荷物を抱えたまま、その場で立ち止まる。―――んで、背中から出した触手で壁に這っているパイプやら室外機やらを伝ってビルの屋上に逃げ込んだ。するとどうだ、さっきまで俺がいたとこには此方に向かって罵声を浴びせる滑稽な連中の姿。
「ヴワァァアカッ! これに懲りたら二度と追っかけてくんな!!」
ペ、と吐き捨てて配達先に向かう。これ使うと疲れるからあんまりやりたくねぇ…。
▼ ▼ ▼ ▼
「うぃ……っス戻りやしたぁ」
「おう、お疲れ」
仕事を終えて所属している組織、ペンギン急便の事務所に戻る。出迎えるのは――ペンギン。正気を疑われるようだが、何度も言おう、ペンギンだ。しかもしゃべるし何だったら俺のいる会社の社長だ。おまけに謎に偉い地位の連中と交友がある。交友と言っていいのかアレ?
「ホンッとに疲れましたよ……」
ポケットから煙草とライターを取り出して火を点ける。
加えた煙草の先端が赤くなったのを見て火を消そうとすると横から現れた手にライターを掴んだ手を引っ張られる。
「……テキサスさん、火が欲しいなら一言ください。危ないです。あと、禁煙中で煙草を捨てたと思いましたが?」
引っ張った張本人、テキサスさんに文句を言うが当の本人は意に介さず煙草に火が付くとパッと腕を離して紫煙を吐く。
いやぁ、エンペラーと言い目の前のテキサスさんと言い、此処の世界の住人はケモミミだったり輪っか(蛍光灯だっけ?)だったり、ホモ・サピエンス的な人間はいないんだよなぁ…。
「禁煙中の私の前で吸うお前が悪い」
そう言って俺のズボンのポケット、煙草を入れていた其処を指差してくる。ポケットを探ると煙草がない。
テキサスさんに目を戻すとその手には俺の煙草の箱。
「手癖の悪いことで」
「隙を見せる方が悪い」
煙草を返して貰い、事務所の窓を開けて縁に凭れ掛かる。流石にこの空間で二人も喫煙してると煙くなる。
「しっかし、ふらっとモスティマが戻ってきたと思いきや、お前をここに置いて行ったときはどうするか迷ったが…雇って正解だったな」
おかげで事務仕事が楽だ。と呟くペンギンことエンペラー。
楽になるてアータ俺に丸投げしてたでしょうに。おかげで慣れるまで時間はかかんなかったけど。
「たっだいまー! ってあー!? テキサスさんタバコ吸ってるー!?」
事務所のドアが開き、快活な声と共に少女――ソラ先輩が入ってくると同時にテキサスさんが煙草を吸っている姿に声を上げる。
「ちょっとイノーくん!! テキサスさんの前で煙草吸わないって約束だっだでしょ~?」
「…あ~……」
やっべ思い出したわ。テキサスさんが禁煙するって話になった時に俺にそんなお願いしてたっけ。
「すんません、すぐ消しますんで…」
すぐに火を消して携帯灰皿に放り込む。
「もう……」
頬を膨れさせて怒る彼女を前に、話題を反らそうと口を開く。
「そ、そういや護衛の先輩方は? まだ戻ってないようですが」
明らかに無理はあるが、目論見に乗ってくれたみたいで怒っていた顔を少しだけ緩めて答えてくれた。
「エクシアとクロワッサンは近くで出店している露店の商品を冷やかしに行くってここまで護衛した後でまた外に出たよ」
「それは……クロワッサン先輩また金欠になりそうですねぇ」
またカップ麺生活になりそうだなぁ…また目に余るみたいなら弁当作って持ってくるか。
「ああ、言い忘れてた」
俺達の騒がしい会話を余所にレコードを愛でていたエンペラーがくるりとこっちを向く。
「全員戻ったら『大地の果て』で飲みに行くんだが…イノー、遅い歓迎会だがどうだ?」
…あ~……
「すんませんエンペラー。俺、酒はちょっと苦手で…」
飲めないこともないが…ちょっと、なぁ。
それを聞いたエンペラーがニヤリと笑う。あ、嫌な予感がする。
「良い機会じゃねぇか。この際だ、カウンターをゲロ塗れにしても怒らないでやる」
いや、ゲロ塗れにするほど酔っ払うことはないが…明日厄介なことにならないと良いがなぁ………。
―とある研究者の手記―
興味深い検体が手に入った。
この大地に属するどの種族とも合致しない、体の脆い検体。
サンプルが一体だけなのがネックだが…その分『慎重』に『壊さない』ように扱かわなければ。
これからの実験が楽しみだ。
イノー君のぶらり一人放浪記要る?
-
ん、要る。一つずつ順番に情報を流すべき。
-
ん、要らない。さっさと龍門に帰るべき。