「
そう言って、ゼーリエが笑う。
まるで玉座のような石の椅子の上で胡坐をかく彼女は一見すれば、ただの童女だ。
だが、
目の前にいるのは人の形をしただけの化け物だと。
「魔法は自分の世界のイメージだ。イメージできないものは実現できない。一体この世の誰が自分の死を完璧にイメージできる? 誰が死を完璧に受け入れられる? 誰が死んだ後に生まれ変われると一切の疑念を抱かずに受け入れられる?」
目視するだけで、魔族の本能が首を垂れろと促してくる膨大な魔力量。
それだけでも目の前の金色のエルフは怪物だというのに、俺はその先を知っている。
あれは偽装され、
前世で漫画、『葬送のフリーレン』を読んで得た知識だ。間違いがない。
「死後の世界を信じる狂信者ならば可能かと考えて観察したこともあるが、むしろ奴らは正反対だった。奴らは死を恐れるからこそ、死後の世界や生まれ変わりを信じる。それにだ。仮に心の底から死を受け入れることは出来ても体は別だ」
ゼーリエが重い腰を上げ、階段から降りて来る。
殺される。逃げろ。
たったそれだけの行為で、俺の魂と肉体は悲鳴を上げるが動くことは出来ない。
既にゼーリエの魔法によって縛られているからだ。
「私は人生に絶望し、自殺した人間を何人か見たことがあるが、どいつもこいつも自らの意思で心臓の鼓動を止められた奴はいなかったし、血液は傷口を塞ごうと必死に凝血していた。ああ、そうだ。体は自らの死が分かっていても哀れな程に生きようと足掻いていたよ」
一歩、また一歩とゼーリエが俺に近づいてくる。
「生きている限り、生物は死から逃れようとする。私とて例外じゃない。
命は死を受け入れられない。決してな。
これは女神が降りてきた天地創造の日からの唯一絶対の法則だ」
何も殺されることを恐れているわけじゃない。
俺は死ぬことには
「だから生物に自分の死を完璧にイメージすることなんて出来ない。そして、死がイメージできない以上は、その先に存在する生まれ変わりも、不死も不滅もイメージできない。故に死から逃れる魔法は存在しない、出来ない。魔族の呪いも含めてな」
何なら、今この状況で自殺が可能ならすぐにでも自殺している。
目の前のゼーリエから逃れるために。
だが、全身を拘束されているのでそれすら出来ない。
「永遠など夢物語にすぎん。ただ…もし…仮に、それが可能な存在が居るとすれば」
俺が恐れていることはただ1つ。
「この世界を創った神だけ。つまり、お前は――」
ゼーリエが小さな手で俺の頭を鷲掴みにする。
もう、詰みだ。
隠し通すことは出来ない。ゼーリエは俺の記憶を読む。
そして、知ることになるだろう。
俺が転生者であることを。そして何より。
「―――神に会ったことがあるな?」
ここが漫画、『葬送のフリーレン』の世界だと。
「“漫画”に“アニメ”、それに数えるのも嫌になる程の娯楽。これだけ溢れていれば、エルフでも退屈せずに人生を過ごせそうだな。どうやらお前の世界の人間は随分と暇人らしい」
「………普通の反応だなぁ」
俺の記憶を読み終わったゼーリエが気楽そうに話しかけて来る。
いや、こちらとしてはそちらの方が嬉しいんだが。
「なんだ? この世界が作りものだと言われて発狂すると思ったか? いや、実際に危惧していたな、記憶の中のお前は。まあ、お前の危惧は当然のものだな。私ぐらい生きて世界に何の希望も抱いていなければ、おかしくなる奴もいるだろう。だが、私は別だ」
どうやら時間が腐る程に生きてきたエルフにとっては、世界が作り物と言われてもそんなものか程度のことらしい。
「そもそもの話、お前の世界でも世界は神が作ったと言われているのだろう? 神が漫画家とやらに変わっただけだ。しかも、お前の知識ではまだ作品は完結していない。穴だらけの知識だ、これで何に絶望しろというんだ? お前の知る情報なんぞ私の人生の十分の一にも満たない時間だぞ」
「そう言われると返す言葉がないなぁ……」
ゼーリエのあっけからんとした物言いに、それもそうかと頷く。
どうやら俺は考え過ぎていたらしい。
必要以上にゼーリエを恐れる必要はなかったようだ。
後は、ゼーリエにこの秘密を墓場まで持って行ってもらえば、問題は解決だ。
「なあ、ゼーリエ。俺の記憶は他の人間には言いふらさないでくれるよな?」
「お前は私がそうも口の軽い女に見えるか? どちらかと言えば、簡単に捕まる脆弱な自分の方の心配をするべきだろう」
「……こう見えて、もう結構長く生きてる魔族なんだがなぁ」
「お前の人生なんぞ、私からしたら
この世界に転生してきて魔族として長い時を過ごしたが、どうやらまだまだ若造なようだ。
「お前は魔族のくせに、人間の頃の感覚が抜けていないな。気味が悪くて、実に良い」
「魔族とは距離を置いて隠れて過ごして来たからなぁ。元人間として人間は殺さない」
「ふん、ただの魔族が言っていたら聞く耳も持たなかったが、一応信じてやろう。お前の短いなりの人生に免じてな」
小ばかにしたように小さく鼻を鳴らすゼーリエだが、拘束は解いてくれる。
やっぱり、ゼーリエはツンデレおばあちゃんだなぁ。
「おい、お前何か失礼なこと考えてないか?」
「いや、なにも」
ジトッとした目で睨んでくるが、直接危害は与えてこない。
やっぱり、この人ツンデレだよ。
そう、思った所でゼーリエがニヤリと笑う。
それはもう、あくどく。
「どうだかな。私の沐浴を覗いたスケベの言うことだからな」
「あれは事故だ! 俺の記憶を見ただろう!?」
ゼーリエの言葉に対し、必死に弁明を行う。
そもそもの話、何故俺がゼーリエに捕まっていたのかと言うと、ゼーリエの沐浴を覗いてしまったからだ。
「
「
原作でフォル爺が言っていたように、人も魔物も油断というものが一番効く。
油断していたので蘇生できませんでしたじゃ話にならないので、この魔法はオートで発動するようにしている。そして、リスキルを避けるために出現地点を完全ランダムにもしている。
これで俺は油断も隙もない存在になったのだ。
「なるほどな、やはり自動発動でなおかつ完全ランダムか。もし、お前を殺すことになったら参考にさせてもらおう」
「……俺の記憶を見て知っていたんじゃないのか?」
「ああ、だが確認は必要だろう? 魔法の条件とお前の迂闊さのな」
簡単に自分の魔法の詳細を喋ってしまった俺に、呆れた目を向けて来るゼーリエ。
「いや、でも……もう知ってると思ってたし」
「だいたい、死んだ理由も“フランメを見つけて、原作キャラをもっとよく見たいと思って近づいたら不意打ちされた”とはなんだ? お前はあの子が卑怯上等なのを知っていただろう?」
「……はい」
「神の視点を持っていても、所詮お前は今を生きる命にすぎん。長生きしたいなら、もっと慎重に生きろ」
「おっしゃる通りです……」
こんこんとお説教を受ける俺。
ゼーリエが未来で多くの弟子を取ることは知っているが、説教好きだとは知らなかった。
いや、俺がダメダメなだけか?
「魔法にしても、呪いどころか奇跡と呼べる代物を持っているのに、まるで研鑽していない。殺せないだけの相手なぞ、いくらでも対処の仕方がある。現にお前は私に捕まって逃げることすら出来なかったからな」
「ごめんなさい……」
繰り出されるド正論の暴力にちょっと涙が出てくる。
やめてよ、体は魔族でも心は人間だから辛いんだよ。
「まったく……それだけの才を
「………しょうがないだろ、気分が乗らないんだ」
声のトーンを変え、この話は打ち切りだと暗に告げる。
だが、そんな俺の感情など知りもしないのか、敢えて無視しているのかゼーリエは話を続ける。
「なあ、
「記憶を見たんだろ?」
「ああ、お前が僅か1年で完成させたところも見た」
「だったら……その先も見たんだろ」
自分が転生者であることを活かして、何か新しい魔法が出来ないか考えて思いついたものだ。
つまり何が言いたいかというとだ。
「ああ、お前が
俺が神にもらった転生特典は魔法の才能だ。
「まったく、若く愚かな行動だな。自分で望んで手に入れたくせにな」
「……俺如きが持っていい能力じゃないと自覚したんだよ」
俺は魔法の才能を神に望んだ。
葬送のフリーレンの世界に転生するのだから、魔法を使える方が良いな程度の考えで。
この女神が創造した世界で、神に才を与えられるということがどういうことかを考えもせずに。
「……1000年だ」
「ん?」
「それが
人類が死者蘇生を成し遂げられなかった最大の理由。
それは完成までの間に寿命を迎えてしまうからだ。
だというのに、俺は神から魔法の才能を貰ったというだけで1000分の1まで縮めてしまった。
そのことに気づいた時から、俺は魔法を一切鍛えていない。
この才能は危険すぎる。
そして何より。
「自分で言うのも何だが……卑怯だろ、これ」
現実になって初めて、転生特典というものの恐ろしさが分かった。
努力という積み重ねを容赦なく踏みにじる力を、俺は卑怯だと感じてしまった。
「努力は尊いものだ。頑張っている人が報われるべきであって、ズルした人間は報われるべきじゃない。だから、
前世の俺は大した才能なんてなかった。だから、努力をした。そしてそのことが楽しかった。
でも、今は違う。生まれ持ったわけでもなく、ただ転生したというだけで才を得た。
ズルだ、これは。リュグナーの言葉を借りるなら美しくない、だ。
「はぁ……」
そんな俺の言葉を受けて、ゼーリエは大きく溜息を吐く。
「馬鹿だな、お前は。才能なんてものは持たざる者から見れば、全てズルだろうに」
「そいつらは俺と違って望んで得たわけじゃないだろう?」
「利用できるものは全て利用すればいい、私の弟子を見ろ。あれ程の才を持った上で卑怯上等、勝てば正義な性格だ」
だから、与えられたものであろうと存分に利用すればいい。
そう告げるゼーリエの考えの方が正しいのだろう。
実際、彼女は1000年後に一級魔法使いに特権として、人の身では習得不可能な自らの魔法を与えている。
その結果、デンケンがマハトに対抗することが可能になりヴァイゼの民が救われることになった。
そうだ。所詮、才や力など使い方次第だ。
そう、頭では理解できるのだが。
「……そう、割り切れたらいいんだがなぁ」
「ふん。潔癖症か、完璧主義者か、それともただ
心が納得してくれないのだ。
ゼーリエはそんな俺を心底呆れた視線で一瞥する。
そして、もう用が無くなったとばかりに、手に膨大な魔力を込め始める。
「もういい、飽きた。どこへなりとも失せろ。まったく、もっと野心があれば弟子にでも取ってやったものの」
「そいつは光栄だなぁ」
俺の与えられた才能とゼーリエの指導力があれば、凄まじく成長できただろう。
まあ、あり得ない仮定だが。
「……貴重な記憶を見せてもらった礼だ、1つ警告してやる」
俺を消し飛ばす直前、ゼーリエがそんなことを告げる。
嫌な予感がする。
「警告?」
「お前は将来、今まで魔法を鍛えていなかったことを必ず後悔する」
まるで未来予知でもしたかのような断言。
普通なら、なぜそうも言い切れるのかと言いたくなるが俺は知っている。
「……それは直感か?」
「ああ、私の直感はいつも正しい。私の孫弟子の言葉は知っているだろう?」
ゼーリエの直感はいつも正しい。
フリーレンの言葉だ。そして、それを示すエピソードも知っている。
無視など出来ない言葉だ。
「肝に銘じるよ」
「そうしておけ。じゃあな―――■■■■■」
俺が頷くと同時に、ゼーリエの手の平から眩い閃光が放たれる。
そして。
『
魔法が発動し、俺は死んだ。
「……なるほどな。実際に見て見ると、確かに
『
空気に漂う魔力から自分を体を生み出し、転生を果たす。
魔族の身体は魔力で出来ているので、こういう時に便利だ。
地面に足をつき、ゆっくりと辺りを見渡す。
ゼーリエの沐浴中に出現してしまった前回の失敗を繰り返さないためだ。
「……人は居ないな」
辺りを見渡し、人が居ないことを確認する。
そして、大きなため息をつく。
「まあ……魔族はいるが」
「
一難去ってまた一難と言うべきか。
それとも、この状況が絶体絶命になる自分の弱さを嘆けばいいのか。
いや、ここはゼーリエの言葉を借りよう。
「お前は
「なるほど、確かにゼーリエの直感はいつも正しいなぁ」
“お前は将来、今まで魔法を鍛えていなかったことを必ず後悔する”。
悪い将来ほど、すぐに来るものなんだなぁ。
「魔王様がお呼びだ―――魔族エーヴィヒ」
魔王の腹心、1000年先の未来を見通すシュラハトの登場に俺は、深いため息を吐くのだった。
次回は明日投稿します。