「なるほどのう。攻撃魔法に同調し威力を分散させる仕組みか……良い発想じゃ。人間も中々にやるわい」
「こっちとしては、全人類をその必要に駆らせる魔法を作った、お前に敬意を抱くよ」
「死者を蘇らせる魔法というデタラメを作った、お主に言われても皮肉にしか聞こえんのう、エーヴィヒ。まあ、おかげで魔王様が永遠を手にしたがのう。儂ですら、余りの
王都を侵攻していた魔族の軍を退け、ヒンメル達と別れてから1か月。
南の勇者と共に旅立った俺達は、さっそく関所にぶち当たっていた。
原作よりも遥かに早い段階で、南下してきた腐敗の賢老クヴァールである。
「しかし、儂の
腐敗の賢老クヴァール。
原作で大活躍する
実際、原作ではものの数秒で防御魔法の弱点に気づいていた。
「じゃが、複雑な術式な故に魔力の消費がちと辛かろう」
それみろ、あっさりと防御魔法の弱点である消費魔力の問題に辿り着いた。
だが、そんなことは原作で履修済みだ。
こっちには
存分に魔力を使って――
「まあ、
「ええ、その通りよ、クヴァール。ところで、囚われた哀れな私のことは助けてくれないかしら?」
「逆に聞くが、お主は儂が封印などされていた場合、助けようとするかのう?」
「あら、残念。イメージが出来ないものが実現できないのは魔法の基本よ」
まあ、そりゃ分かるか。
魔力量が多い魔族なら、防御魔法の全面展開も難しくはない。
実際、マハトがゼーリエ相手に普通に使っていた。
いや、そもそも短時間に割り切って使えば、誰でも使用は可能だ。
「エーヴィヒよ。儂の魔法の未来を見たのなら、こんな使い方をする者はいなかったかのう」
クヴァールが腕を構える。
だが、今までと同じはずがない。と、なると。
『
フェルンがよく使っているこれしかない。
『
圧縮された
だが、それは1枚しか防御魔法を展開していない場合だ。
俺は半ば無意識の領域で、前面に7枚の防御魔法を展開する。
クヴァールの魔法は俺の防御魔法を6枚まで砕くが、最後の一枚を破り切れずに止まる。
「防御魔法で威力が分散されるなら、ゾルトラークを圧縮すればいい。シンプルな考えだ。確かに、未来の魔法使いも使っているよ」
「やはりのう。そして、防御魔法が1枚でダメなら複数用意すればいい。1枚が破れる度に威力も分散されるしのう。そちらも単純な考えじゃが……そちらは使っている者はいなかろう」
これまたピシャリとゾルトラークの未来を言い当てて来るクヴァール。
「なぜ分かる?」
「枚数が増えればその分だけ術式が複雑になり、魔力消費も大きくなるからのう。そのようなことをするよりは地面を動かして大質量の盾にするか、あるいは分厚い魔力の盾を作る方が良い。のう、ソリテール?」
「工夫が足りないって言われているわよ、旦那様」
「偉大なる腐敗の賢老と比べられると敵わんな」
俺の才能は、所詮紛い物のもらい物。
本物の天才達と比べるのは失礼だろう。
「ところで、ソリテールよ。お主はなぜ戦わんのだ?」
「あら、戦場は勇ましい殿方の舞台でしょう。か弱い乙女にはとてもとても」
「ふむ……エーヴィヒが死ねば、支配の石環の効力が切れるかもしれんので加勢しない。逆に儂が死んでもお主には何のデメリットもない。そんなところかのう」
「あら、バレた?」
クスクスと笑いながら、言外に俺に死ねと言ってくるソリテール。
因みに、俺が生まれ変わっても支配の石環の効果が続くのは分かっているので、ソリテールが戦わないのは純度100%の自己保身と嫌がらせである。
まあ、いざとなれば俺も含めて自爆させてクヴァールを葬るつもりだが。
「エーヴィヒ、お主もこんな奴と戦場に立つなど命知らずじゃのう」
「まさか、命を預けるのは信頼できる人間だけさ」
さて、これぐらい時間を稼げば射程距離ぐらいは稼げただろう。
後は、仕上げだ。
『
魔力を譲渡する霧を発生させる。
「なるほどのう、これが魔力を譲渡する魔法か。確かに、他人の魔力は時に毒となるからのう。じゃが」
クヴァールが両手に魔量を込める。
そして、拡散した魔力を一気に放出する。
「
通常のビーム状ではない、ホースから噴出する水のようなゾルトラーク。
それは、威力では通常のものよりも遥かに低い。
だが、威力は問題ではない。クヴァールが意図することは1つ。
魔力の霧を晴らすことだ。
「霧状にしたのは失敗じゃのう。先にこの霧がどういうものか分かっていれば、霧に触れる前に吹き飛ばせる」
「ありがとう。次回以降の参考にするよ、じゃあな―――
しかし、その程度のことで驚きはしない。
この霧の目的は相手の視界を一瞬でも塞ぐことだ。
俺は霧が消えるよりも早く、クヴァールへと
だが。
「……これは使い勝手のいい防御魔法だのう」
もっとも、俺には魔族は殺せない。
故に―――本命のはずもない。
「―――
俺の攻撃にクヴァールが気を取られた一瞬。
その隙が、南の勇者の魔力探知範囲外からの超長距離射撃に無防備な背中を晒すことに繋がる。
さよならだ、クヴァール。
『
何層にも編まれた防御魔法の障壁が、クヴァールを包み込み南の勇者の一撃を防ぐ。
「前言を撤回するわい。この魔法は魔力消費は大きいが、いざという時には使えるのう。土などの質量で防ぐには時間が足りん」
「……こうなる未来を回避できる、完璧なタイミングだったはずだったんだがね」
「そう、落ち込むでない。儂以外の魔族なら例え魔王様でも防御は間に合わんかったに違いない」
起きて欲しくない未来が起きたと、顔を顰める南の勇者。
そんな姿を愉快そうに見つめながら、クヴァールはつぎはぎだらけの顔を歪ませる。
「ゾルトラークは新しい魔法故に儂ら魔族は反射神経で防ぐことが出来ぬ。故に未来では、魔族に対する切り札となっているのであろう? だからこそ、他の攻撃魔法を使わずにゾルトラークを多用する」
まるで、未来を見ているかのようにズバズバと原作の展開を言い当てていくクヴァール。
彼が魔法の天才だとは知っていたが、頭の切れも同じようだ。
「その通りだよ、クヴァール殿。戦闘において、一瞬の遅れは死に直結する。そして、私達人類はその隙を狙わない程お人好しではない。だが、
魔族は長命種故に新しいものへの対応に時間がかかる。
それは紛れもない事実だ。
だが、逆に言えば古くからあるものへの反応は人間を凌駕する。
「当然よのう。儂が
クヴァールはゾルトラークの開発者だ。
今よりも、拙かった時からずっとゾルトラークを見ている。
そんな彼が、反応速度で人類に劣るわけがない。
「見当もつかないよ。私の目は未来しか見通せないのでね」
「やはりシュラハトと同じか。感謝するぞ、南の勇者よ。シュラハトは未来のことをほとんど語らんからのう」
「感謝?」
やたらと上機嫌で南の勇者に語り掛けるクヴァール。
それに対して、未来視でも分からないのか南の勇者は純粋に疑問を口にする。
「お主は
「いいや」
「ゾルトラークを極めた。そう、思い込んでいたからのう」
儂も若かった。
そう、呟きながらクヴァールは髭を撫でる。
その姿は昔を懐かしむ老人のようで、どこまでもギラつく若者のようであった。
「儂ら魔族は1つの魔法を極める。じゃが、それを極めた後は酷く空しいものじゃ。ソリテールお主にも分かろう? 人魔問わず様々な魔法を研究して行きついた果てが、魔力を操るだけという何の面白みもない魔法。さぞ、空しかったろう」
「旦那様、今ならクヴァールを倒すのを手伝ってあげるわ」
「落ち着け」
図星だったのか、いつもの作り笑いを引っ込めて怒りをあらわにするソリテール。
やはり、腐っても魔族。自分の魔法が侮辱されたとあれば、怒りを隠せないらしい。
今度から、ソリテールを煽るときに使わせてもらおう。
「ゾルトラークは完成された究極の魔法。そう、思っていたのは間違いだと、お主の未来知識が教えてくれたのだ、南の勇者よ」
まあ、人類でも真似できる美しさすら覚える魔法にそう思うのも不思議ではない。
「ゾルトラークは防がれる! 究極ではなかった! 発展の目があった! つまり――」
だが、完成とは停滞だ。
そして停滞は退屈。
長い時を生きる者にとっては、致死量には十分過ぎる程の毒だ。
「―――儂はまだまだ
そして、退屈から解き放たれた賢老は、若者が如きエネルギーに満ち溢れていた。
「……南の勇者」
「分かっている。彼はここで倒さねばならない。人類の未来のために」
ダメだ。クヴァールはここで始末しないといけない。
原作までの80年ですら、彼にとっては十分過ぎる。
人の世を変えた魔法が、今度は人の世を壊しかねない。
「それで、どうするのかしら? 言っておくけど、力押しはやめた方がいいわ」
「何故だ?」
「だって、今のクヴァールの顔は、新しい
ゾルトラークの進化系を既に編み出している。
そんなソリテールの忠告を肯定するかのように、クヴァールが口元を歪ませる。
「……南の勇者、カンニングを頼む」
「人聞きの悪いことを言わないでくれたまえ。まあ、結果だけ伝えるとだ」
クヴァールが人差し指だけをこちらに向けて来る。
超圧縮型? いや、あの構えはついこの前どこかで見たような。
「―――あれは一切の防御魔法を
『
南の勇者の忠告に従い、防がずにその場から転がることで逃げる。
すると、俺達が先程立っていた
「まさか……空間転移魔法と組み合わせているのか?」
「ほう、一目で見破るとは流石じゃのう。魔王様が一目置くだけはある」
「そうか、どこかで見た覚えがあると思ったら、王様を殺したあの魔法と同じ分類か!」
魔王が王様を殺すのに使った魔法は、王様を守ろうとしたヒンメルを透過していた。
いや、正確には魔法を転移させて王様だけを殺したのだろう。
相も変わらずとんでもない魔法をポンポンと使うものだ。
「魔王様と比べられるとは、嬉しいのう。じゃが、あのお方と同じなど余りにも恐れ多いわい」
ブルリと身震いをして、魔王とは比べないで欲しいというクヴァール。
やはり、クヴァールからしても魔王は規格外であり恐怖の象徴であるらしい。
「俺からすると、どっちも恐ろしい限りだよ」
クヴァールの魔法は素晴らしいの一言だ。しかし、疑問も残る。
「だが、妙だ……俺の体内に直接転移させればそれで勝負はついていた。何より避けようがない」
そう考えると、転移は生物の体内に直接は出来ないという可能性が高い。
まあ、魔法はイメージが全てである以上、相手の体内という見えない所への転移はかなり難しいのだろう。
だが。
「鋭いのう。お主の言う通り、現状では直接魔法を相手の体内に送ることは出来ん。じゃが」
再び、クヴァールが構える。
そして、今度は俺の真上から
まるで、こんなことも出来るぞと見せつけるように。
「儂の視界の範囲であれば、どこからでも攻撃が来るぞ?」
化け物め。
今のが俺のすぐ足元や、首元なら死んでいたぞ。
俺に真正面からこれを破る術はない。
「こんなもの、避けようがないなぁ」
「大人しくしていれば、苦しまずに殺してやるぞ?」
「ああ、避けようがない―――予めどこから来るか分からなければな」
「ふむ、次は私の足元からだね?」
「南の勇者…! やはり、未来視は厄介じゃのう」
南の勇者が双剣で斬りこんでいく。
それに対して、クヴァールは
そう、南の勇者には分かっているのだ。
どこから攻撃が来るかの未来が。
「エーヴィヒ殿、ソリテール殿、悪いが未来視をしながらの戦いではフォローに回る余裕はない。そちらの方は任せた」
「ああ、どうせどっちも死んで構わない命だ。こっちはこっちでやるさ」
「あら、私は死にたくないわよ。どこかの死にたがりさんとは違って」
南の勇者が接近戦を仕掛けて、クヴァールの動きを封じている間に今までのクヴァールとの会話を思い出す。
友達になるのに必要なのは
「やるのう、これだけこの魔法を使うのは初めてじゃ。おかげで
「……次は全方位からかね。やれやれ、これだから天才の相手は疲れる」
クヴァールの
通常のゾルトラークのように全方位からの攻撃を可能としていく。
0距離から。
「ほう、1つだけ防御の厚い所にわざと食らうことで、避けたか。おしいのう、このような所で死ななければ人類と魔族、双方の歴史に残る勇者となれただろうにのう」
「構わないさ、誰かが私の功績を覚えている必要は無い。世界が救われるのなら私はそれでいい」
遂に、南の勇者がクヴァールの魔法に捉えられ始めて来た。
まだ、確証はないがやるしかない。
南の勇者が死ぬのは、今日ではないのだから。
「なあ、クヴァール」
「なんじゃ、命乞いは聞かんぞ」
南の勇者が回避を一切思考に入れない、特攻を仕掛ける。
クヴァールもその動きを警戒しながら、一切の逃げ場を塞いだ0距離ゾルトラークを放とうとする。
頼む、
「―――
「何を――」
イメージするのは初めて魔王に会った際の、恐怖と衝撃。
神と間違う程に圧倒的なオーラ。
次元が違う。生物としての格が違う。
思わず、
そんなイメージを―――クヴァールと
『
突如として、脳内にイメージされる鮮烈な魔王のイメージ。
その強烈なイメージは、今まさに向かってくる南の勇者と重なり。
錯覚を引き起こす。
「魔王様…!? いや、違う。これは――」
「卑怯とは言わないでくれたまえよ、クヴァール殿」
クヴァールの身体に一瞬の硬直を生み出し、その隙をついた南の勇者に首をはねられた。
「偽のイメージ……か、エーヴィヒお主は……」
首が宙を舞い、魔力へと戻っていく刹那の中。
クヴァールは最後に残された時間を魔法を解析に使う。
「儂のイメージを……乗っ取ったのか」
「正確には、俺達2人が共感できる同じイメージを思い浮かべただけだ。魔王様には何があっても
相手と共感する点を見つけ、それと同じイメージを2人で抱く。
そのことによって、仲を深める。
共感するものがあれば、人は友人になれる。
共感できるものは、好きなもの、苦手なもの、恐怖、トラウマ、何でもいい。
少なくとも、
それが俺の考えだした――
「
―――友達になる魔法だ。
「ククク……
消滅の寸前、クヴァールが俺の方を見て薄く笑う。
そして、今際の言葉を吐き捨てていく。
「―――さぞ、友人が少なかろう」
人の心を殺す魔法を。