死んで生まれ変わる魔法   作:トマトルテ

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14話:忘却

 

「旦那様、人間はどうしてこんな銅像を作るの? 骨格標本なら私も嗜みがあるのだけど」

 

 真新しく作られた南の勇者の銅像を見ながら、ソリテールが問いかけて来る。

 完成に沸き立つ村人達に気づかれていないからいいが、何とも空気の読めていない発言だ。

 まあ、人間を完全に理解されるのも危険なので、こいつはこんな感じの方がいいか。

 

「偉人の功績を称えるためのシンボル。後は……思い出してもらうためかなぁ」

「思い出す? 人間はほんの100年もすれば死ぬんだから、南の勇者のことを覚えている人間はすぐに居なくなるわよ」

「エルフやドワーフが居るだろ」

「でも、作ってるのは人間よ?」

 

 そう言われると答えに詰まってしまう。

 昔の偉人の功績の証を残すのは、人類が昔から行ってきた行為だ。

 だが、ソリテールの言うように人間は100年もあれば死ぬ。

 自分のことを思い出せる存在など居なくなる。

 それでも、人間は自分が生きた証を残そうとする。

 

「ヒンメルなら、フリーレンのためにそうする。じゃあ、それ以外の人間は……そうか、死ぬのが怖いんだ」

「死ぬのが怖い?」

 

 ソリテールの言葉に頷いて南の勇者の銅像に触れる。

 いい出来だ。これなら、80年はもつだろう。

 

「人間は死を恐れる。同時に誰かに忘れられることも恐れる。例え生きていても、誰にも存在を知られないんじゃあ、死んでいるのと変わらないからなぁ」

「人間は集団で生きる生物だものね。集団から切り離されたら、生きていけないわね」

「だが、逆に言えば自分の死後も誰かに覚えていてもらえると思えば、死の恐怖も薄まる」

 

 後世に名を残し、語り継いでもらう。

 多くの英雄豪傑が好んで望んだことだ。

 中には生きて命を取るより、死して名を取る者も居たほどだ。

 それ程に自分が生きた証を残すということは、死の恐怖を薄めさせる。

 自分の子供や孫がいる人間の方が、死を受け入れやすいのはそういうのもあるのだろう。

 

「歴史が覚えていてくれる。そのことがある種の報酬になっているのかもな」

「ふーん……じゃあ、南の勇者もそうなのかしら?」

「いや……」

 

 南の勇者も誰かに覚えていて欲しかったのか。

 そう言って、どこか無感情に南の勇者の銅像に目をやる、ソリテール。

 そんな彼女に対して、俺は首を横に振り銅像に背を向ける。

 

「南の勇者は誰の記憶に残ることも望んでいない」

 

 自分の功績が歴史の陰に埋もれることになろうとも。

 魔王軍を倒した功績が、全てヒンメルのものとして扱われるとしても。

 

「見返りなど一切求めずに、世界のために戦う……本物の勇者だ」

 

 南の勇者は己の人生全てを世界のために()()()()()()

 

「もう、いいのかしら?」

「ああ、銅像も完成したんだ。いつまでも、この村に居る理由もない」

「そう。旦那様が満足したなら、私はいいわ。元々、旦那様が銅像を作りたいって言い出したんだから」

 

 出来上がった南の勇者の銅像を残して、俺達は村を出る。

 ここからは南の勇者の居ない二人旅だ。

 そして、未来視という羅針盤の無い航海の始まりでもある。

 

「……あら?」

「どうした?」

「指輪をつけてくれているのね。最初はあんなに嫌がっていたのに」

 

 しばらく黙って歩いていると、ソリテールが俺の左手を見てニタリと笑う。

 それに伴って、リングの中央に1つだけ輝くダイヤモンドが輝いたような気がする。

 ……特に何も細工はされていないはずだが。

 まあ、後で手入れしながら確認してみるか。

 

「悪いか?」

「いいえ、嬉しいなって思っただけよ」

 

 自分の分の指輪を撫でながら、まるで人間の花嫁のように笑うソリテール。

 傍から見ると、とても愛らしいが疑わしいことこの上ない。

 一体何を企んでいるのかが分からないが、まあ何をされても今の俺なら何とかできるだろう。

 

()()()()()以外に、お揃いのものが出来たんだもの」

「……まあ、分かるか」

「ええ、もう外せるんでしょう? 魔王様につけられた支配の石環を」

 

 確信たっぷりに語るソリテールの前で、支配の石環を外して見せる。

 

「一度死んだから外せるようになったのかしら? それとも外し方を知ったの?」

「どっちだと思う?」

「うーん……理論が分からなくても外せたのなら、それでいいわ。そっちの方が人間らしくて面白いもの」

 

 てっきり、自分の支配の石環を外すために聞いて来ているのかと思ったが、どちらでもいいと言われて面食らう。おかしい。支配の石環を外して、すぐにでも俺に復讐したいのだと思っていたんだが。

 

「それよりも、これからの旅の目的を教えてくれないかしら。私は別にこのまま新婚旅行をしても構わないけど」

「安心しろ。ちゃんとした目的はある」

 

 まあ、考えても分からないことは分からないので、思考を切り替える。

 ヒンメルが魔王城に到達するまでには、残り9年ほどの時間がある。

 原作通り進むなら、下手に手助けをしない方がいいのだが、今の魔王は不滅だ。

 

 殺した所で蘇ってくる。

 さらに厄介な所は、人間になりたがっているので逃げに徹されたら見つけられないことだ。

 魔王はヒンメル達にしか倒せない。

 

 つまり、ヒンメルが寿命で死ぬまで逃げられたらゲームセットだ。

 

「今から、あるエルフを探しに出る」

「エルフ?」

「ああ、今どこに居るかも分からないが……彼を味方に出来るなら心強い戦力になる」

 

 だから、魔王はここで確実に仕留める。

 魔王を完全に殺し切る、もしくは封印することが出来れば後は何とかなる。

 そのためには戦力が必要だ。

 そしてそれは、出来れば魔法使いにメタを張れる非魔法使いがいい。

 

「そのエルフの名前は?」

 

 だから、探し出すしかない。

 恐らくは、非魔法使いの頂点である男を。

 

 

「―――クラフト。かつて、世界を救った英雄だ」

 

 

 クラフトを。

 

 

 

 

 

【ある者の手記】

 

「生きているか? ()()()のお嬢ちゃん」

「……誰だ、お前は?」

 

 それが、その人間と初めて交わした言葉だった。

 

「村を襲った魔族は粗方殺した。もう、大丈夫だ」

「魔族…? あの()()()()()()()()()()のことか?」

 

 私の村を襲っていた言葉を話す魔物を、見たこともない魔法で排除した人間は私に近づいてくる。

 ついさっきまで、魔物と殺し合っていた私は咄嗟に身構えるが、すぐに無意味だと悟る。

 もう、魔力が底をついている。戦うことなど出来ない。

 

「そう警戒するな。怪我をしている子供を見殺しにする程、俺は人間を捨てちゃいない」

「……ほっとけ、私に生きる意味はない。村を守れなかった……私が一番強いのにな」

 

 このまま父と母や村のみんなと同じように私は死ぬのだろう。

 だが、それに後悔はない。

 あるとすれば、村を守れなかった私自身の弱さだけだ。

 

「本当に死にたいのか?」

「……ああ」

「今も必死に傷口を手で塞いでいるのにか?」

「…!」

 

 ハッとして、自分の手を見る。

 その手は人間の言うように、確かに傷口を塞ぎ、血を止めようとしていた。

 そう、心とは反対に私の身体は生きようと醜く足掻いていた。

 

「何故だ……」

「生きている限り、生物は死から逃れようとする。

 命は死を受け入れられない。決してな。

 これは女神が降りてきた天地創造の日からの唯一絶対の法則だ」

 

 人間の言葉に何も言い返せなかった。

 だから、人間が私を手当てする手を止めることが出来ない。

 

「それにだ。どうせ死ぬにしても、殺された村の奴らを弔ってやってからでもいいだろう」

「人の魂は死んだら無に帰る。そして、肉も骨も土になるだけだ」

「違うな。()()に行くのさ」

「天国だと…? なんだ、それは?」

「知りたかったら、今はまず生きるんだな」

 

 意味不明なことを言う人間だったが、不思議と興味が引かれる内容だった。

 いや、私が死なないように話しているデタラメの線もあるが。

 どちらにせよ、今の私の頭には死ぬこと以外の考えが生まれて来ていた。

 

「……お前、名前は?」

 

 目の前の人間に問いかける。

 見慣れぬ言葉に、見たこともない魔法を使う存在。

 僅かにだが、私は人間に興味を抱いていた。

 

「俺はエーヴィヒ。女神の()()使()()だよ」

 

 

 

 

 

「おい、お前。私を弟子にしろ」

「……弟子にして欲しい人間の物言いじゃないな」

 

 弟子にして欲しいと頼む私に対して、エーヴィヒは嫌そうな顔を隠さずに呟く。

 こっちが頭を下げているというのに、我儘なやつだ。

 

「我儘なのはそっちだろう、お嬢ちゃん」

「心を読む魔法まで使えるのか!?」

「いや、お嬢ちゃんの顔に書いてあっただけだが?」

 

 出来上がった料理を私に手渡しながら、エーヴィヒが溜息を吐く。

 

「取りあえず、食べながら話を聞こうか」

「そこそこの味だな。もっと精進しろ」

「……正直、お前を助けたことを若干後悔し始めてるぞ、俺は」

 

 不味くはないが、特別美味いわけでもない料理。

 だが、死にかけていたせいか栄養が体にしみわたるのを感じる。

 まあ、それを言うのも気恥ずかしいので、文句を言うことで誤魔化す。

 

「それで、何で俺なんぞに弟子入りしたいんだ?」

「お前は見たこともない魔法を使う。それにだ、私には分かるぞ。その魔法を扱う技術の高さが。人間でなければ、魔力量も私よりも遥かに多かっただろうにな」

「お前はいつも一言多いな。……で?」

「お前の師事を受ければ私はもっと強くなれる。だから、私を弟子にしろ」

 

 誠心誠意頼み込んでいるというのに、エーヴィヒは呆れた顔で私を見るだけだ。

 失礼な奴だ。一体私の何が気に入らないと言うのか。

 

「で? 理由はなんだ?」

「だから、強くなるために――」

「強くなりたい理由は何だと聞いているんだ。復讐か?」

 

 鋭い眼光に睨まれて、言葉が出なくなる。

 そこにはそれまでのエーヴィヒとは違う、有無を言わせぬ迫力があった。

 

「死人のために命を懸けて何になる? 自分が生きているならそれで十分だろう。逃げるだけでいい。強くなる必要なんてない」

「……だが、私が強ければ村のみんなは」

「罪悪感か? ……熱意もなければ、野心もない。単なる義務感しかない奴は高みにはいけない」

 

 心を見透かされるような物言いに、カチンと来るが私には言い返す言葉がなかった。

 きっと、エーヴィヒの言葉に共感を抱いてしまったからだ。

 復讐心や罪悪感が原動力の人間はそれが払拭されれば、それ以上は上を目指さない。

 道理だ。私だって、そんな奴を指導したいとは思わない。

 

「他を当たるんだな。ただ、強くなるだけなら俺以外の奴でもいい。恐らくだが、お嬢ちゃんには才能がある。そのうち人類最強の魔法使いと呼ばれるようになるさ」

「そのうちではダメだ。私は今すぐにでも強くなりたいんだ。でなければ、私は自分が許せない。きっと、自分で自分の命を絶ってしまう程にな」

「おい、何をしている?」

 

 だが、それとこれとは別だ。

 私は強くなると決めたのだ。そのためなら、命だってかけられる。

 自分の頭に手を添えて、魔力を込める。

 

「お前が私を弟子に取らないというのなら、今ここで自殺する」

「……馬鹿か、お前」

 

 エーヴィヒが呆れた目を私に向けて来る。

 まあ、今さっき助けた奴が自殺しようとしていたらそういう反応にもなるか。

 

「馬鹿は百も承知だ。それだけ私は本気だということ――」

「違う。魔法はイメージの世界だ。自分の死をイメージできない奴に自殺なんて出来ない。死ぬ気もないのに、そんな脅しが効くと思っているのか?」

「……さっきは心は読めないと言っていただろう」

「弟子になって強くなりたい。つまり、お前の目には未来の自分が映っている。そんな奴が本気で自殺するわけないだろう」

 

 図星だった。

 浅はかな脅しでは目の前の存在は騙せない。

 ならば仕方ない……奥の手を使うとしよう。

 自分でやるのは初めてだが。

 

「―――チュッ」

「…………………………………………………」

「フフフ、どうだ? お母さん直伝の投げキッスだ。母からは()()()()落とせると太鼓判付きだ」

 

 私の余りの色気に思考が停止したのか、固まって動かなくなるエーヴィヒ。

 流石はお母さん直伝の色仕掛け。これでお父さんを射止めたという話は本当だったらしい。

 流石は私のお母さんだ。

 

「どうだ? これで私を弟子に取る気になっただろう」

「……仮に俺が今ので、射止められていても、それが弟子に取る理由になると思うか?」

「思う」

「そうか……」

 

 自信満々に胸を張る私を呆れた目で見つめながらも、考える素振りを見せるエーヴィヒ。

 何をやっている。早く弟子にすると言え。

 

「なあ、お嬢ちゃん。今のはお前の母親から教わったんだな?」

「そうだ。すごいぞ、私のお母さんは。この投げキッスでお父さんを10回以上は気絶させたらしい」

「なるほど……そういった楽しい記憶もちゃんと覚えているんだなぁ」

 

 エーヴィヒが立ち上がり、私の方に近づいてくる。

 

「お嬢ちゃん。1つ約束してくれるなら、弟子にとってもいいぞ」

「本当か!? それで、何をすればいいんだ!」

 

 全く、最初からそう言えばいいものを。

 素直じゃない奴だ。きっと、恋愛経験も少ないのだろう。

 そう思っていることが顔に出ていたのか、突如として乱暴に頭を撫でられる。

 

「毎年1回は墓参りをすること。そして、死んでいった人達との楽しかった日々を思い出せ」

「1年に1回も? ちょっと多くないか? 墓参りなら10年に1回ぐらいだろう」

「エルフの感覚で語るな。第一、10年も放置していたら墓がすぐに痛む」

 

 ちょっと頻度が多くないかと言うと、撫でていた手が鷲掴みになる。

 こいつ、意外と馬鹿力だな。地味に痛い。

 なので、反論の声を上げようとするが。

 

「それにな。ある程度小まめに思い出しておかないと……()()()()

 

 エーヴィヒの寂しそうな目を見て、喉から出かかった言葉を引っ込める。

 

「まず、声を忘れる。次に顔を忘れる。そして、最後には名前を忘れて。愛した誰かが居たという記憶すら忘れてしまう。だから、墓を見て思い出すんだ。墓には名前が刻まれている。名前を思い出せれば、顔が思い出せる。顔が思い出せれば、声が思い出せる。声が思い出せれば……」

「思い出せれば…?」

「楽しかったあの日を思い出せる」

 

 私の頭から手を放し、エーヴィヒは寂しそうに笑う。

 もう、思い出せなくなった自分を自嘲するように。

 

「お前は……誰か忘れたのか?」

()()()()()家族をな。毎日を必死で生きていたら、いつの間にか思い出せなくなっていた」

 

 どこか含みのある死に別れという言葉に違和感を抱くが、流石にここで話を止める程空気が読めないわけじゃない。

 

「変な話だよなぁ……()()()知識やそれに関する記憶はそれこそ、いくらでも覚えていられるのにな。くだらなくて、楽しかった記憶は忘れたっていう自覚もないままに消えていく。そして、ある日何気なく思い出そうとして気づくんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 エーヴィヒの言葉に思わず背筋が冷たくなる。

 イメージ出来てしまったのだ。

 何もかもを忘れて、誰のために戦っているかも忘れた自分を。

 

「お前は俺みたいになるな」

 

 そのまま重い静寂が流れて行く。

 こいつが何を考えているのか、何を思い出そうとしているか分からない。

 だが、それでも。

 

「よし、じゃあこれで弟子だな」

「話聞いてたか?」

 

 私には関係ない!

 言われた通りに、毎年墓参りをすればいいだけだ。

 そうすれば、こいつのようにはならないだろう。

 それで契約は成立するのだから安いものだ。

 

「ほら、早く私にお前の知識を授けろ」

「まったく、調子のいい……それと弟子に取る以上はお前呼びはやめろ」

「じゃあ、何と呼べばいいんだ?」

「そうだな、じゃあ……」

 

 何かを思い出す様に、手を口に当てて考え込むエーヴィヒ。

 やたらと様になっていて、()()()見えるのが何故だか癪に障る。

 

 

 

「―――師匠(せんせい)と呼べ」

 

 

 

 こうして、私()()()()は―――エーヴィヒという人間の弟子になった。

 

 




次回からは過去編がメインになるかと思います。
まあ、ヒンメル達の近況とかも書くかもしれませんが。
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