死んで生まれ変わる魔法   作:トマトルテ

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16話:進化

 

「なあ、師匠(せんせい)はどうして、魔族という呼び方をするんだ?」

 

 自分の複製体と、来る日も来る日も修行をしていたある日。

 私は師匠(せんせい)に前から思っていた疑問をぶつける。

 

「どうしたんだ、藪から棒に?」

「私もだが、師匠(せんせい)以外の人はみんな魔物は魔物としか呼ばない。それなのに、師匠(せんせい)は人の言葉を話す魔物をしっかり魔族と分類している。それには何か意味があるんじゃないのか?」

 

 師匠(せんせい)はどういうわけか、出会った時から魔物と魔族という言葉を使い分けていた。

 初めは私が知らないだけかと思っていたが、師匠(せんせい)以外はその言葉を使わない。

 つまり、師匠(せんせい)が自分で2つの魔物を分類分けした可能性が高い。

 私はその理由が知りたいんだ。

 

「そうだなぁ……ゼーリエは“自然(しぜん)淘汰(とうた)(せつ)”という言葉を知っているか?」

「知らん、なんだそれは?」

「平たく言うと淘汰による種族の進化のことだ」

 

 師匠(せんせい)焚火(たきび)に寄ってきた蛾を魔法で捕まえて、私に見えるように掌に載せる。

 

「この世界の生物を始めに作ったのは女神だが、その後の進化に()()手を出しているわけじゃない。この蛾が岩と同じような色合いをしているのは、自然界の淘汰により進化してきたからだ」

 

 まじまじと蛾を見てみる。

 確かに岩と同じような色合いをしている。

 こういうのを保護色というんだったか?

 

「偶然か、それとも自分達で寄せたのかは分からないが、初めに隠れやすい色をした蛾が生まれる。そして、当然その蛾は他の蛾よりも子孫を残しやすくなる。他の奴らよりも捕食者から隠れやすいからなぁ」

「他の奴らは見つかって食べられていくわけか」

「そうだ。そして、隠れやすい奴だけが子孫を残していき、結果としてより隠れやすい模様の蛾が種族全体の特徴となっていく。これが淘汰による種族の進化で基本の進化の形だな。まあ、中には()()()()()()()()()()()もあるかもしれないが」

 

 自然淘汰説。要するに、弱肉強食だな。

 弱い奴が死んで、強い奴だけが命を繋いでいける。

 その繰り返しで種族全体が強くなっていくというわけだ。

 

「これは人も魔物も同じだ。ある日、魔物の中から『たすけて』と人間の声真似をする奴が現れた。それが魔族の始まりだ」

人間(エサ)を効率的におびき寄せるためにか? 獣畜生に意図的に声真似をする知能があるとは信じられんが、偶然と言うには出来過ぎているな」

「偶然なんてそんなものだ。あるいは偶然を女神と呼ぶのかもしれないがなぁ。女神には()()()()()()()()()()がある」

「なんだ、女神が魔族を作ったとでも言うのか? 女神は人類の味方だろう」

「………()()()

 

 肩をすくめてそっと目を伏せる師匠(せんせい)

 まるで、何かを隠しているような仕草が気にはなったが、何も聞かないことにする。

 今は魔族の成り立ちの方が気になるのだから、後回しで良い。

 

「とにかく、人間の声真似をした魔物が他の魔物よりも生き残りやすいのは分かるだろう?」

「人間という天敵を効率よく狩れるのだから、当然だな」

「だが、人間も馬鹿じゃない。声真似だけなら簡単に対処できる。姿を見れば人かそれ以外なんて一目瞭然だからなぁ」

 

 なるほど……話が読めて来たぞ。

 魔族という獣畜生が不相応にも2本の足で立っている理由が。

 

「声真似だけではダメになった魔物から、今度は人間の姿を真似た奴が現れた。それに対応されたら、今度は声真似だけでなく人間と会話が出来る奴が現れた。それもダメになれば、心を真似るものが現れた。つまり――」

「魔族は人間を上手く真似できる魔物が自然淘汰によって進化した存在……というわけだな?」

「ああ、奴らは魔物と祖先を共にしていた存在。だから俺は魔族と呼んでいるんだ」

 

 魔物の一族のうちの1つ。

 故に魔族。

 実に捻りのないネーミングだが、所詮は獣畜生と同じという意味だと思うと素晴らしい名前に感じられる。

 

「人の猿真似しか出来ない化け物か。いっそ哀れにすら思えてくるな」

「ゼーリエ……()()()()()()()()()()()()

 

 どこかムッとした声でたしなめられてしまう。

 まあ、奴らの在り方の空しさはともかく、その力は警戒しなくてはいけないものだ。

 私は人の猿真似をする化け物に全てを奪われたのだから。

 

「分かってる。奴らの力の恐ろしさは身をもって知っているつもりだ」

「違う。魔族の真の恐ろしさは、人間を理解しようとする本能だ」

「理解だと? そんなものが何になるんだ?」

 

 人間を理解して何になるのだと、鼻で笑う。

 そんなものが脅威になるなんて―――

 

 

 

()()()()()完璧に人間に擬態できるようになる」

 

 

 

 突如として師匠(せんせい)の頭から角が生えて来る。

 訳が分からずにポカンと口を開けてその姿をまじまじと見つめる。

 ……は?

 

「と、こんな風に人間に近づけば近づくほど簡単に、狩りのチャンスが増えるわけだ」

 

 トンと私の肩に手を置いてから、幻影で出来た角を消す師匠(せんせい)

 

「今の魔族は姿を見れば、それが人で無いかが簡単に分かる。だが、未来では角以外は人間と同じ姿へとなる。そして、角を帽子か何かで隠されれば人と魔族の判別は不可能になる。そうなれば人間はなすすべなく狩られるだろうな。今のお前のように」

 

 もし、師匠(せんせい)が本当に魔族だったら、きっと私は既に死んでいるだろう。

 それを理解して、私はゴクリと唾を飲みこむ。

 人間と同じ姿、人間と同じ言葉を話す獣の厄介さ。

 私はそれを甘く見ていた。

 

「……じゃあ、どうすればいいんだ? 魔族相手に私達は何も出来ないのか?」

「いいや、奴らに尻尾を出させる手段はある。人間を理解するという本能と同じく、奴らの本能を利用するんだ」

 

 そう言って、魔法で捕らえていた蛾を解放する師匠(せんせい)

 私は蛾はすぐに逃げて、ここから離れるだろうと思っていた。

 だが、違った。蛾は逃げることなく私達の傍を、焚火の傍を飛び始めた。

 

「昆虫は明かりを背中にして飛ぶことで、平衡感覚を保つ。本来なら太陽や月がその役目を担うから真っすぐ飛べるが、人間が作り出した火を前にすれば御覧の通りだ」

 

 蛾は焚火の近くを飛び回る。

 一度、燃え移ってしまえばその卑小な身など簡単に消えるというのに。

 その危険性に気づくことすら出来ずに、蛾は炎の周りを飛び続ける。

 

「魔族も同じだ。奴らは魔法使いを前にしたら、正体を現して正面から魔法を競い合おうとする本能がある」

「何故だ?」

「種族の中での優劣を決めるためだ。魔力の多いものが強い。強い者に弱者は従う。そうすることで魔物は種族間での無駄な争いを避ける。獣と一緒だ」

 

 魔法で生きている奴らにとって、魔力の量はそのまま生命力の証になる。

 魔力量が低いものは、多いものより弱い。

 それが奴らにとっての常識だ。

 

「魔族は魔法使いを前にすれば無防備に姿を現す。もっとも、勝算がなければ逃げ出す程度の知能はあるから、姿を現す奴は大概、人間よりも強い」

「だったら、どうするんだ? 黙って殺されろと言うのか」

「いいや、相手にこちらの強さを()()()()()()()

 

 師匠(せんせい)が焚火の中に木を投げ入れる。

 一瞬だけ燃え広がる炎。遠くから見る私からすれば何の意味もない行為。

 だが、無防備に焚火の傍を飛んでいた蛾にとって、それは。

 

 

「どんなに強い奴も油断している所に攻撃を受ければ―――死ぬ」

 

 

 無慈悲な死刑宣告だった。

 

「いいか、ゼーリエ。お前は普段は自分の魔力()を抑えるんだ。そして、魔族が下らない慢心で近づいて来た時に、一気に焼き殺せ」

 

 爆ぜた火の粉に焼かれて、地面に落ちて死ぬ蛾を見つめながら師匠(せんせい)が話す。

 ああ、そうか。

 師匠(せんせい)が、私に魔力を抑えて戦えと言った理由がやっと分かった。

 

「魔力を抑えて魔族の油断を誘う。そして、油断した相手の隙を突いて殺す……なんだ、師匠(せんせい)は魔族を殺す手段は教えないんじゃなかったのか?」

「……殺す手段じゃない。生きるための手段だ」

 

 フイッと顔を背けて、素直じゃない台詞を吐く師匠(せんせい)

 なんだ、()()()のツンデレなんて誰にも需要はないぞ。

 

「お前……何か失礼なことを考えているだろ?」

「いや、なにも」

 

 相も変わらず、こちらの心を読んでいるかのような鋭さに内心で舌を巻く。

 まあ、それはそれとして、私にとって都合が悪いので話を逸らさせてもらうが。

 

「そういえば、どうして魔族は人間の魔法使い相手でも、姿を現すんだ? 獣を相手に罠を使うことを卑怯と言う猟師はいないだろう」

「そうだな。同じ人間を罠にはめると言えば、卑怯と感じる人間は多いだろう。それは同族という認識があるからだ。そして、それは魔族も同じ認識だ」

「? だったら、尚更わからんな。人間と魔族が同じわけがない」

 

 私の話題逸らしに気づいてか気づかずか、それは分からないが師匠(せんせい)が乗って来てくれる。

 

「……言っただろう。魔族は人間に近づくことで進化してきた種族だと」

「だから、魔族は別の……いや、そうか」

 

 反論しようとして気づく。

 魔族は人間の言葉を、姿を、心を真似した生物だ。

 人間が自分達と似ている魔族を殺すのを戸惑うように。

 

「魔族は人間を、魔法使いを()()()()()()()()()()

 

 魔族も自分達と似ている人間を騙すのを戸惑っているのだ。

 

「そうだ。魔族は無意識下で魔法を使う人間を同族と思っている。常識が違うから殺すことには戸惑いはないが、逆に魔族間での常識を破ることはしない」

「魔法使いを同族と判断するから、隠れることなく正面から戦いに来るのか……気色悪い」

 

 勝手にこっちを真似ておいて、勝手に自分達のルールを押し付ける。

 反吐が出る。やはり、魔族はこの世に存在するべき命ではないな。

 

「魔族は人間の真似をする本能から逃れられない。そして、真似をするがゆえに同族意識を捨てられない。人間に伝わる言葉を使い、人間に見える姿にならなければ、奴らは生き残れないのだからなぁ」

 

 そこに魔族という種族のオリジナリティなどない。

 そう言って師匠(せんせい)は皮肉気に笑う。

 

「魔族という言葉は魔族が決めた名前ではない」

「まあ、師匠(せんせい)以外からは聞いたことがないしな」

「だが、この魔族(なまえ)が人間の間で広まれば奴らは、自分達を魔族と自称するようになる」

「……それ以外の呼称で呼んだら、自分で魔族と言っているようなものだからか」

「そうだ。魔族はな、どこまで行っても人間の真似ものに過ぎないんだ。いっそ、哀れな程になぁ」

 

 師匠(せんせい)はどこか同情的な言葉を溢す。

 魔族は自分達では、名前1つ決められないのだと。

 必ず人間に伝わる言葉と名前でなければならない。

 

 同族でのコミュニケーションをとることにすら、人間の言葉を使わなければならない。

 奴らは栄えれば栄える程に、オリジナリティを失う(人間に近づいていく)

 そんな、哀れな存在なのだと。

 

「魔族を魔族足らしめているのは人間だ。皮肉なことになぁ」

「じゃあ、もし人間が絶滅したら魔族も滅ぶのか?」

 

 あり得ない仮定だが、どうなるかが少し気になったので聞いてみる。

 すると、師匠(せんせい)は何かに気づいたように、ハッとした表情を見せた後に誰かの言葉を呟く。

 

「……()()()()()……そういうことか」

「シュラハト? 誰だ?」

「俺の知り合いだよ。まあ、それはともかく人間が滅んだら……少なくとも()()()()()()()()()は居なくなるだろうな」

 

 滅びか、進化のどちらかは分からないがな。

 そう、最後に付け加えて師匠(せんせい)(たきぎ)を火の中に投げ込む。

 

 パチリと炎がはぜる。

 そのままお互い無言のまま時間が流れて行く。

 エルフの私でも長いと感じる時間が流れた後に、師匠(せんせい)が口を開く。

 

「さあ、もう寝る時間だ。しっかり休まないといつまで経っても複製体に勝てないぞ」

「フン、私を甘く見るな。明日にでも倒してみせる」

 

「……まあ、100%自分と同じ存在に勝てるわけがないがな」

 

「何か言ったか?」

「いや、何でもない」

 

 何か小声で言われたような気がしたが、気のせいだろう。

 まあ、何はともあれ明日に備えよう。

 待っていろ、私の複製体!

 

 明日がお前の命日だ!!

 

 

 

 

 

「どうだ見たか! 師匠(せんせい)勝ったぞ!! 私が私に勝ったんだッ!!」

「………嘘だろ」

 

 翌日、遂に複製体を倒した私が見たのは、信じられないという顔の師匠(せんせい)だった。

 ハハハ、どうやら私の目覚ましい成長に度肝を抜かれたようだ。

 実に胸がすく思いだ。

 

「よし、これでこの陰鬱な洞窟からはおさらばだ! 久しぶりに家に帰れる!!」

「……理論上はおかしくないが、同じ思考回路の同じ実力の相手に、外的要因も無しに勝てるものか?」

「何をブツブツ言っている。師匠(せんせい)も私が複製体を吹き飛ばす瞬間を見ていただろう」

「あ、ああ」

「なら、話はそれで終わりだ。じゃあ帰ろう!」

「分かった、分かった。水鏡の悪魔(シュピーゲル)を封印して持ち運べるようにしたらな」

 

 未だに首を傾げているが、無理やり自分を納得させたのか帰る支度を始める師匠(せんせい)

 まったく、師匠(せんせい)は私のことを子ども扱いし過ぎている。

 師匠(せんせい)に頼らなくても、私にはこのぐらいの魔物は倒せるんだ。

 

「そう言えば、師匠(せんせい)と言えば……」

 

 水鏡の悪魔(シュピーゲル)を捕らえに行った師匠(せんせい)の後姿を見ながらふと思い出す。

 ここに来た初日には確かに居たはずの存在。

 

 

 

「なんで師匠(せんせい)の複製体は()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 エーヴィヒの複製体を。

 

 ―――そんな私の思考は、突如として響き渡った爆発音と師匠(せんせい)の声にかき消されるのだった。

 

「冗談だろ……()()()()…!」

 

 

 

 

 

水鏡の悪魔(シュピーゲル)

 

 ■■■■■の記憶を見た。

 魔族の記憶を見た。

 人間の記憶を見た。

 エルフの記憶を見た。

 ドワーフの記憶を見た。

 男の記憶を見た。

 女の記憶を見た。

 どちらでもない記憶を見た。

 

 どの記憶をもとに複製体を作ればいい?

 全ての記憶を矛盾なく表せる姿はなんだ?

 

 分からない。

 分からない。

 分からない。

 

 だから今日も洞窟に侵入してきた女の記憶を読み取る。

 何度も、何度も、何度も、正解のない迷宮に囚われ続ける。

 そうして、■■■■■という存在の記憶に読み取り続けるうちにある1つの記憶に辿り着く。

 

 触れてはならない記憶に。

 自己を塗りつぶす程の過去に。

 己の存在を書き換える出会いに。

 

 

 美しい、白い翼が見える。

 神秘的な銀色の髪が見える。

 自意識を保つことすら許さない美しい貌を見た。

 そうして理解する。目の前に居るのは()()()

 

 女神がこちらを見る。

 それに対して、()()自然と跪き女神の言葉を待った。

 女神様はおっしゃられた。

 

 

 

 今日からお前は―――永遠(エーヴィヒ)だと。

 

 

 

 そうして、俺は■■■■■からエーヴィヒとなったのだった。

 

 




水鏡の悪魔「俺自身がエーヴィヒになることだ」
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