「賢者エーヴィヒ、お前を宮廷魔法使いを首にし、この王都から追放する!!」
「え?」
静まり返る王宮。
【賢者エーヴィヒの英雄譚】
大いなる力は災いを引き起こす。
そんな世迷言を信じたのか、それとも名声を高める賢者の存在を疎ましく思ったのか。
何にせよ、時の王や権力者達は賢者を追放することにした。
もちろん、それまで賢者と関わってきた民草や宮廷の人間は反対した。
貴族の中にも王の判断を批判する者も居たという。
だが、追放を決定づけたのは他ならぬ賢者だった。
賢者は争いを好まず、王の命を受けると粛々と荷物を纏めて城を去った。
恨み言1つ溢さぬ賢者に対し、賢者の弟子は当然の如く問うた。
何故、理不尽を受け入れるのかと?
それに対し、賢者はこう答えたという。
これも全て女神の御導きであると。
信仰心の厚い賢者は、これも女神の授けた試練と考えた。
そして、また、女神は決して自らを見捨てないとも告げたとされる。
女神への信仰に殉じた賢者。
不誠実な行いをし、女神の教えに背いた権力者達。
その末路の違いこそが、どちらが“善”であったかの何よりの証明となるだろう。
「
「物騒なこと言うなぁ……誰に聞かれるか分からないから大きな声で言うんじゃない」
「私の魔力探知は完璧だ。そのぐらいはもうできる」
家を引き払うために、戻ってきた我が家で文句を言う私に
相も変わらず、顔の詳細は分からないがどことなく困った顔をしているのは分かる。
まるで、駄々をこねる子供を相手するような……子供だと?
「私は子供じゃない!!」
「どうしたんだ急に?」
突如として怒鳴った私に、
そういう顔をしたんだ。私がそう思ったのだから間違いない。
と、今はその話はどうでもいい!
「
ただ、私は納得がいかないのだ。
どうして、強い奴が我慢しなければいけないのか。
強い奴が弱い奴に虐げられるなんて間違っている。
平等なんて言葉、糞食らえだ。反吐が出る。
「
そうすれば、自分が如何に愚かな行為をしたのか否応にも分かるだろう。
いや、その死をもって分からせてやればいいんだ。
「ゼーリエ……」
勢い良く言い切って、肩で息をする私を
そして、フッと微笑んで。
「ありがとうな、こんな俺のために怒ってくれて」
クシャリと柔らかく頭を撫でて来る。
「ち、違う! 私はただ強い者が弱者のために我慢するのが気に入らないだけだ!」
「まあ、いいじゃないか。争わずに平和ならそれが一番だ」
「平和だと? ただの腑抜けた理想だ、それは」
平和だか何だか知らないが、私はそんなものは認めない。
強い者が特権を得られないのは、弱肉強食の摂理に反する。
世界は強者が我を通すべきだ。
「まあまあ、落ち着けゼーリエ。考え方を変えてみると良い」
「考え方?」
「ここから出て行かないといけない。そうではなく、
「この国に居なくていい…?」
何を言ってるんだ
住む場所が無くなれば生きていけない。
そうだ。追放なんてものは自分の手を汚さない処刑にすぎない。
そんなものを食らうメリットなんて――
「―――冒険に出るぞ、ゼーリエ」
今だけは顔の見えないはずの
「冒険?」
「実はな、お前に出会うまではこの国を拠点にして俺は旅をしていたんだ。陛下の依頼をこなしつつ世界各地を回っていろんなものを見てきた」
そう言えば、
旅の途中で私を拾ってくれたのか。
「旅など下らん……」
「ああ、そうだな。
まるで勇者の冒険譚を語る少年のように、
何度も何度も、擦り切れる程に読み返した本の中身を語るかのように。
顔のない誰かは語る。
「元々、
「……まあ、
楽しそうに語る
確かに、他にやることがあるのならクソ王のことなんて考えなくていいかもしれない。
まあ、クソであることを撤回してやるつもりはないが。
「それにだ。リスクを冒してまで復讐なんてする必要は無い。何故なら」
「何故なら?」
「―――100年もすればみんな死んでるからな」
ちょっと待っていれば、勝手に死ぬんだからわざわざ殺すまでもない。
そう言って、
薄々思っていたのだが、やっぱり
「残すなら嫌な思い出よりも楽しい思い出だ。さ、早いところ荷物を纏めてここから出て行くぞ」
「……分かった。
「なあ、
「下らない旅をすることが目的……わかった、わかった。ちゃんと目的もある。そんな怖い顔をするな」
ジロリと私が睨むと少しバツが悪そうな顔をする
当てのない旅というのもありなのかもしれないが、少なくとも私は目的が欲しい。
如何にエルフと言えど、時間は有限なのだから。
「まあ、平たく言うとな。各地に伝わる女神の伝承や説話を集めているんだよ、俺は」
「それは女神の小間使いとやらに何か関係があるのか?」
「そうだな。
女神の伝承を編纂して何になるのか。
そもそも、女神の小間使いなら直接聞いた方が早いのではないか。
などなど、思うことはあるが黙っておく。
どうにも、女神関連の話は今の私には理解できない領域にある。
「まあ、私は
「……そうだな、まずは―――北部高原からだな」
【勇者一行の旅立ちから7年後】
「フリーレン、お目当ての石碑に関することは書かれているかい?」
「うん。女神の聖典の“時巡りの鳥の章”に、未来への帰還のための魔法が記されているって」
とある廃村。
人ではなく魔物が住まう地になってしまった鍛冶屋キーゼルの故郷。
その村で、かつて村長が住んでいた家。
ヒンメル達一行はその家で、ある書物を探し当てていた。
「では、その章に書かれた魔法を唱えれば、フリーレンが無事に
お目当ての書物は、女神の石碑について書かれたもの。
より正確に言えば、80年後の
その所在が書かれたものだ。
「アイゼン、残念ながら話はそう簡単にはすみませんよ」
「どういうことだ? ハイター」
「私の記憶が正しければ、女神の聖典からその類の魔法が見つかったことはありません。女神の聖典が人類に与えられた1500年前から、ただの一度も」
しかし、所在が分かったというのにハイターの表情は暗い。
それもそのはず。
女神の聖典は一見すると、神話の時代の物語と戒律をまとめたものに過ぎない。
だが、それ自体が長大かつ難解な暗号文となっており、それを解き明かせなければ魔法は使えない。
「そして、もっと酷いことに“時巡りの鳥の章”は別名、空白の章と呼ばれているんです」
「……まさか、
「察しが良いですね、アイゼン。そのまさかです」
小難しい顔で女神の聖典を撫でながらハイターは頷く。
ハイターは天才だ。いや、女神に愛されていると言っていい。
大魔族の呪いすら弾く女神の加護を持ち、人間としては破格の魔力量を持つ。
何より、誰よりも深く女神を信仰している。
「私も一度解読を試みてみましたが、手掛かりのての字も分かりませんでした」
そんなハイターですら、“時巡りの鳥の章”からは何のヒントも得られないのだ。
そこに答えがあるのは分かっているのに、それが分からない。
もどかしいとしか言えない状態が続いているのだ。
「ハイターでも欠片も分からないとなると……後、100年はかかりそうだね」
「流石にそこまでは待てないだろう。そもそも100年もしたら僕もハイターも死んでるだろうし」
「だが、フリーレン。俺達なら100年……いや、お前の時代までは80年か。待つことは出来る」
しかし、他に解決策が無いわけではない。
「80年なんて、お前からすれば大した時間じゃないはずだ、フリーレン」
人間からすれば一生と呼べる長い時間だ。
だが、エルフからすれば。
フリーレンにとってみれば、それは人生の10分の1以下でしかない。
待とうと思えば待てるのだ。
80年待って、フェルンとシュタルクと一緒に女神の石碑を探した日に行くのだ。
そして、そこで過去であり未来である自分と交代すればいい。
それだけでいいのだ。
「そうだね。でも、私は帰りたいんだよ、アイゼン」
「……そうか、未来のお前には帰るべき場所があるんだな」
だが、フリーレンはそんなアイゼンの考えを否定する。
ただ、帰りたい。それだけの理由で。
「……安心したよ、フリーレン」
そんなフリーレンに対し、ヒンメルは嬉しそうな、それでいてどこか寂しそうな笑顔を見せる。
帰りたい。
それは未来のフリーレンに帰るべき居場所があり、その場所を愛しているということ。
ああ、そうだ。彼が愛した彼女は未来でも幸せなのだ。
ヒンメルが居なくとも、フリーレンは――
「未来の君はちゃんと笑えているんだね」
笑っていられるのだと。
「よし、決めた! 魔王を倒した後に魔法は探そう」
「…? いえ、ですからフリーレンは帰りたいと……いや、そういうことですか」
「どういうこと?」
「フリーレン、未来から来た君は帰還の言葉を知っているはずだ。
そう言われて、フリーレンは思い出す。
未来で見た石碑に新しく刻まれていた言葉。
フィアラトールを。
「あ……」
「フリーレン、君の時間制限は少ない。すぐに帰らないといけないからね。でも、僕達には80年はある」
勇者ヒンメルは告げる。
これからの一生を、ただフリーレンを未来に帰すためだけに捧げると。
「でも、たった80年で大丈夫? そもそもヒンメルは……」
「何を言っているんだ、フリーレン。80年もあるんだ」
それが分かってるから、フリーレンはヒンメルを気遣う。
人の一生の短さは、他ならぬヒンメルの死で知っている。
何より、ヒンメルの寿命は80年もない。後、53年で彼は死ぬ。
だというのに、ヒンメルは微笑みを崩さない。
「僕だけじゃない。ハイターもアイゼンも手伝うし、他の人にも手を借りる。そうすれば、案外早く分かるかもしれない」
80年はエルフにとっては短い。
いや、たった一人の人間からしても長くはないのかもしれない。
だが。
「君に見せてあげるよ。手を取り合った人間の凄さをね」
手を取り合った人類からすれば十分過ぎる時間だ。
かつて、対処不能と恐れられたゾルトラークは80年で防御魔法どころか、人類の攻撃魔法の礎として刻み込まれた。魔族にしか使えなかった飛行魔法は僅か数十年で、魔法使いなら誰でも使えるようになった。
そう、人類の最大の長所とは手を取り合うことに他ならない。
「……うん、知ってる」
「それは良かった。じゃあ、さっそく呪文を唱えて――」
「あ、待ってください。この書物には女神の石碑に触れた状態じゃないと魔法は発動しないと書いてあります」
「つまり……また、あの道無き道を戻らないといけないのか」
これで問題は解決した。
そう思っていた所へ、試練のアンコールが来て体力自慢のアイゼンも流石に顔を顰める。
「まあ、いいじゃないか。同じ道でも今度は別のものが見つかるかもしれない」
「別のものが見つかったら、それは道に迷っている証拠です」
「取りあえず、町に戻って一旦休まないか?」
苦難の道が待っているというのにワイワイガヤガヤと話す、勇者一行。
そんな3人の姿を懐かしそうに眺めた後に、フリーレンは女神の石碑について書かれた書物を元あった本棚に戻す。
(女神の石碑について書かれた書物は珍しいけど、戻しておかないとヒンメルに怒られるからね)
どこを探しても無かった、女神の聖典と石碑についての情報が書かれた本。
まだまだ探せば貴重な情報が見つかるかもしれないが、ここは他人の家だった場所だ。
物を持っていけば泥棒になると、フリーレンは一度怒られたことがある。
(前は怒る理由が分からなかったけど、今なら分かる。私もヒンメルやハイターの家だった場所が荒らされたら嫌だからね)
きっと、この家もキーゼルからすれば思い出の場所なんだろう。
そう思って、何気なく綺麗に整った部屋を見渡す。
「あれ?」
そして気づく。
「どうした、フリーレン?」
何年も前に打ち捨てられた家だというのに、余りにも
「いや、ここにある本はどれも腐ってないなって」
「……普通、本は腐らないぞ」
放っておくと本は腐るのだと自分の経験則から告げるフリーレン。
それに対して、同じ長命種でもそんなことにはめったにならないと告げるアイゼン。
「……腐るかはともかく、確かに本が傷んでいませんね。“防腐魔法”がかけられているんでしょうか」
「ふーん、几帳面な人だったんだね」
「お前も大切な本には使ったらどうだ? 腐らなくなるんだろう」
「……そうだね、そうしよう」
未来に帰ったら、ヒンメルの自伝に使おう。
そう、心に決めてフリーレンは本棚に背を向けるのだった。
有史以来誰も解読していないはずの女神の石碑。
そして、“空白の章”と呼ばれる程に未解読だった“時巡りの鳥の章”。
その2つを解き明かしたかのように語られている、書物がある異常性に気づくことなく。
「声をかけなくてよかったのかしら、旦那様」
ヒンメル達が去った後、書斎に踏み入る2人の魔族の影。
「一応は、南の勇者と一緒に死んだことになっているからな」
ソリテールとエーヴィヒはフリーレンが戻した本棚の前に立つ。
「魔族相手ならともかく、仲間相手に隠す意味はあるのかしら?」
「帰る場所がない方が動きやすいからな」
「それもそうね。家の掃除って意外と大変だもの」
エーヴィヒにズレた返しをしながら、ソリテールは女神の石碑について書かれた書物を手に取る。
そして、中身をパラパラとめくった後にうっすらと笑う。
「フフフ、実際に同じ魔法を使ったことがないと書けないことばかり……よくバレなかったわね」
「ヒンメルとアイゼンは門外漢。フリーレンは他人にそこまで興味を抱かない。一番気づきそうなハイターは敬虔な僧侶だ。女神の言葉を疑うことはしない」
「まるで見て来たかのような言い方ね。一体、何百年前から仕込んでいたのかしら」
パタンと本を閉じ、そのまま持ち去ろうとするソリテール。
「おい、泥棒だぞ?」
「あら? 妻と夫が所有物を共有するのは普通の事でしょ」
泥棒だと咎めるエーヴィヒに対し、ソリテールは君のものは私のものと笑う。
そして、本の著者名が書いてある部分を艶めかしく指で撫でる。
それは何でもない普通のもの。
ただ、一点。目を引く点と言えば。
「この本の作者―――エーヴィヒさん?」
この本の作者の名前がエーヴィヒということだけだ。
エーヴィヒ「え!? 魔王に死んで生まれ変わる魔法を教えたり、魔族が誕生するきっかけを作った俺をこの国から追放するんですか!?」