「ねえ、どうして人間は人間を食べないの?」
それはいつのことだったか、ソリテールから受けた質問だった。
「あのなぁ……お前は魔族にどうして魔族を食べないのかと聞くのか?」
「魔族は死んだら魔力の塵になるから、お腹にたまらないのよ」
「……食べたのか」
「興味本位でね。でも、人間と違って何も満たされなかったわ」
虫も殺せないような幼げな笑顔で、物騒なことを告げるソリテール。
そんな姿に、魔族と人間は決して相容れない存在だと再確認する。
根本的な常識が違い過ぎる。
「人間が人間を食べないのは、人間だからだよ。同族を殺すだけでもストレスなのに、その上で食べるなんて獣でもやらない」
「そうかしら? 人間も飢餓状態になれば人間を食べるでしょう。それに、死んだ家族の死体を食べる人間も見たことがあるわ。なのに普段は食べない。それはどうしてか教えてくれない?」
極めて常識的に考えて、同族は食べないだろうと答えるとコテンと小首を傾げられる。
ソリテールのことなので、実験と称して人間を飢餓状態に追いやったのではないかと思うが、怖いので聞かないことにしておく。
「同族殺しを忌避するのは集団生活をする生物の本能だ。まあ、弱い奴を見殺しにしたりは動物の中でも結構あるが……少なくとも自分が同族と思っている存在は殺さない。殺さないから食べることもほぼない」
「でも、人間は人間同士でも戦争をするわ。魔族だって邪魔なら魔族を殺すし」
「それは相手を人間だと思っていないから出来ることだ。奴らはブタだ。鬼だ。悪魔だ。そんな風に自分に言い聞かせないと、大抵の人間は人間を殺すことは出来ない」
中には好き好んで人を殺す存在もいるが、個人的には人間と認めたくはない。
まあ、そうした嫌悪の感情こそが人が人を殺せる原因なのかもしれないが。
「なるほどね……同族が減ったら生存率が下がるものね。でも、殺さないだけなら自然死した死体は食べても問題ないわよね? それなら争いなんて起きようがないもの」
殺さない理由には納得したものの、今度は食べない理由を聞きたがるソリテール。
まあ、魔族からすると墓を作る意味が分からないし、死体を土に返すなんて
「……人間が人間を食べると病気が発生する場合がある」
「あら、病気? それは初めて聞いたわ。もしかして魔族もなるのかしら」
「魔族はないだろう。魔族は人間を食べることで進化してきた生物だ。仮に発生するとしてもとっくの昔に淘汰されてるだろう」
基本的に人間の身体は同族を食べるように設定されていない。
だから、人間を食べた時に病気が発症することがある。
そのことを本能的に分かっているから、食人は避けられているのかもしれない。
「なるほど……でも、そうなると今度は別の疑問が出てくるわ?」
「別の?」
「ええ、食べない理由が病気になるからだとしたら、逆に食べる理由は何かしら? 大半の人間はしないのに、特定の人種や人間は行う。その理由は何かしら」
「それは……」
言われて考える。
人間は馬鹿ではない。
科学が無くとも、経験から危険なものを避けて来た。
それこそソリテールが原作で語ったように、人間は分からないものを分からないままに利用する。
そんな人間が食人のデメリットを察しながらも、食べ続ける理由。
「……宗教観だな」
「宗教? 女神の教えでは人を食べることを推奨しているの?」
「女神の教えにそんなものはない! ただ、他の宗教なら……死後もその人と一緒に生きたいと願って人間を食べることもある」
亡くなった愛する人と、共に生き続けること。
そんなどこまでも純粋で、狂おしい愛の慟哭が人を食人へと導くのだ。
「亡くなった人と共に生きるために食べる……ごめんなさい、ちょっと理解できないわ」
そう説明するのだが、ソリテールはまるで理解できないと呟く。
「だって生き物は死んだら何も残らないでしょ? いえ、女神の教えでは天国に行くのかしら。どっちにしろ、死んだらそこで終わりでしょ。一緒に生きるなんて出来ない」
所詮、魔族は知性ある獣に過ぎない。
そう思ってしまう程に、魔族には人間の情動が理解できないのだ。
死は死でしかなく何も残らないと、ある意味で現実的な考えをしている。
「人間の身体は魔族と違って肉で出来ている。そして、肉は食物を食べることでしか維持できない。つまり、この体は数多の命の集合体とも言える。だから、死人を食べれば自分の体の一部にすることが出来ると考える。愛情ゆえにそうした行動に出るのも、おかしな行動じゃない」
だが、人間は魔族と違ってそこまでドライに割り切れない。
死を恐れ。別離に悲しみ。愛ゆえに苦しむ。
だからこそ、愛する者の肉を食べることでその苦しみを払拭しようとするのだろう。
「食べることで自分の一部にする……愛ゆえにね」
何かを思い出す様に瞳を閉じるソリテール。
そして、再び目を開いた時。
彼女の瞳は。
「―――素敵」
狂気の笑みを宿していた。
「……何を企んでる」
明らかに危険だと分かる瞳の色。
それに警戒して、睨みつけるがソリテールは楽しそうな表情を崩さない。
「別に何も? それに、今の話を聞いて思い出したわ」
「思い出した?」
「ええ、食べて自分の一部にする。その考えは一度だけ聞いたことがあるわ」
「誰に?」
訝しむ俺に対して、ソリテールは邪悪な微笑みを浮かべたまま答える。
「魔王様に」
この世で最も忌み嫌われる名前を。
【賢者エーヴィヒの英雄譚】
王都を追放され、弟子と共に放浪の旅へと出た賢者。
その先々で賢者は数々の武功。数多の功績。
そして何より、数え切れない程の民草を救っていった。
その輝かしい栄光を1つずつ綴っていくには、本のページが少なすぎるためこちらは割愛させていただく。
賢者とその弟子。いつまでも続くかと思われた栄光の旅路。
だが、そんな栄光に影を差すかのようにとある魔物が現れる。
その魔物は、人のような姿をしていた。
その魔物は、他の魔物とは一線画す魔法を使った。
その魔物は、都の全ての人間を喰らったと伝わる。
名前を呼ぶも悍ましき魔物。
魔物達の王とも呼べる強さ。
そのような魔物の前に、賢者は恐るることなく立ちはだかるのだった。
「
修行を行いながら、各地を旅してあっという間に10年。
エルフの私でも色々とあったなと思えるほどに時間が経ったとき。
私達はとある街で異常に出会った。
「魔力反応が1つも感じられない……この街には
「ああ。みんな仲良くお出かけ。もしくは……全員死んでいるかどちらかだな」
「前者だと良いな。まあ、後者の可能性の方があるだろうがな」
「それは勘か?」
「ああ、私の直感だ」
どこかに出かけるというのなら、家の戸締りはするし火は消していく。
だというのに、家の煙突からは煙が上り、窓が開いている家も珍しくない。
まるで、ついさっきまで居たはずの人間が忽然と消えたかのように。
「なるほど。なら、全員死んでいるな。ゼーリエ、街の外に出るぞ」
「あくまで勘だぞ? 生き残りや街の中を調べなくていいのか?」
「……ゼーリエの直感はいつも正しい」
まるで、他の人間から伝え聞いたような言い方で私の直感を信じると告げる
信頼してくれているのは嬉しいが、単なる勘に信頼を置き過ぎじゃないか。
「
「助けてッ!!」
流石に原因ぐらい調べて行こうと告げている所に、甲高い子供の声が聞こえて来る。
慌てて振り返ると、まだ年齢が二桁にも満たないだろう女の子がこちらに向かって走って来ていた。
「化け物が居るの!? 化け物がみんなを食べちゃったの!!」
「なんだと!? それは本当か? 取りあえずお前はこっちに来て隠れていろ」
生存者がいたことに安堵を。
そして、この街の人間を殺した存在が居ることに警戒を抱く。
信じたくない悲劇だが、まずはこの子供をどうにかしないと。
そう思い、
『
「………せ、
何が起きたか理解できずに呆然と
「呆けるな、ゼーリエ。魔族だ」
「え……あ、体が魔力の塵になってる」
呆然とする私に
すると、首のない死体が魔力の塵となって消えていっているのが見えた。
そうか、今のは人間に擬態した魔族だったのか。
「お、驚いた。私はてっきり
「俺とお前の魔力探知に引っかからないレベルの子どもなんぞ、まず存在しない。十中八九罠だ」
そう言われて、自分の迂闊さを恥じる。
いや、でも魔力探知に引っかからないだけなら、魔力を使い切れば起こり得るし、いきなり殺すのは流石に判断が早すぎないか?
「確かに私が迂闊だったが……それはそれとして拘束じゃダメだったのか? 万が一間違いだった場合は不味いだろう」
「安心しろ。その時は生き返らせるさ」
「……
それが出来るのなら苦労しない。
そう思うが、
まあ、私なら例え生き返ってもいきなり頭を消し飛ばされるのはトラウマになるだろうが。
「そんなことよりも、警戒を怠るな」
「待ってくれ。今ので魔族は殺したんじゃないのか?」
まだ安心するなと言う
敵は先程倒したじゃないかと。
「撒き餌だよ。幻覚魔法で人間をおびき寄せるための幻覚を作っていたにすぎない」
「あの精度でか?」
撒き餌。その言葉に思わず背筋が冷たくなる。
そうだ。言われてみれば、本体が出てくる理由などない。
無防備な子供として近づいてくるのだから、本体で行くのは危ない。
その点、幻覚なら魔族バレしても簡単に逃げられる。
また、子供を殺すと大抵の人間の思考は乱される。
故に魔族は狡猾に、か弱い子供の幻覚を寄越したのだ。
私達を喰らうための布石として。
「初めてだな。ここまで悪趣味な魔族は」
人間を理解していなければこのような手は使えない。
相手は人間の心を理解している魔物だ。
「……だが、かくれんぼはこれで終わりだ」
私は空に向けて適当な攻撃魔法を放つ。
これは宣戦布告だ。
「今のが見えただろう? 卑怯者の畜生風情め! 私は魔法使いだ。出てきて尋常に勝負しろ!!」
魔族は魔法使い相手には決して不意打ちしない。
真正面から立ち向かうか、相手が強ければ戦う前に逃亡する。
何ともふざけた自分ルールを持っている奴らだと、
だから、こうすれば否応にも姿を現さなければならない。
『
だが、予想は外れた。
「うわッ!?」
「ゼーリエ!!」
突如として足元から噴出してきた闇。
その闇に丸呑みされそうになり、咄嗟に伸ばされた
「どうなってる? 奴ら魔族は魔法を正々堂々使うんじゃなかったのか!?」
「さあな。知性がないのか、こっちを魔法使いとして認識していないのか、はたまた」
「呑気に考えている場合じゃないぞ、
魔族としては不可解な行動に、思考を巡らせる
その気持ちは良く分かるが、今は地面から湧き出て来る闇に囚われないのが先決だ。
まるで巨大な化け物の口のように見えるそれは、執拗に私達を追い立てる。
「クソ! 攻撃してもまたすぐに復活する。何だこの魔法は?」
「遠隔操作の魔法。もしくは、巨大な何かの触覚かもしれないが……分からないなら、分からないで良い。全ての魔法に言えることだが魔法への最大の抵抗手段は2つ」
必死で逃げる私と反対に
その落ち着きっぷりに私も安堵を覚えて足を止める。
そんな私を
「1つ目は魔法が届かない場所まで逃げること」
空へと飛び立った。
「飛行魔法!? 何で今まで教えてくれなかったんだ、
人類が未だに到達できていないはずの飛行魔法。
それを事も無げに使いながら、
「そして2つ目は―――本体を叩くことだ」
そして、空中からこれまで見せて来たどんな魔法よりも速い魔法を放ち、この街で最も高い塔を吹き飛ばした。
「どんな熟練の魔法使いも魔法を使う瞬間だけは魔力を隠しきれない。さあ、かくれんぼの時間は終わりだ。姿を現せ」
建物が崩れ落ち、土煙がもうもうと舞う中。
ゆっくりと、緩慢でいて優雅な仕草で1人の魔族が現れる。
「見事。流石は賢者と呼ばれるだけのことはある」
地の底から這い出して来るような、低い声。
「俺のことを知っているのか?」
視線そのものに、人の命を奪う力があると錯覚する眼光。
「無論。この街の人間の大半が卿のことを知っていたからな」
「……街の人間と話したのか? それにしては、街の人間が抵抗した様子が見られないが」
嘔吐してしまいそうになる程に美しく、妖艶で、醜悪な顔。
「ああ、話してはいない。だが、私の魔法なら彼らの全てを余すことなく自分のものに出来る」
「なるほど、さっきの闇の口のような魔法がお前の固有の魔法か」
そして何より、光を焼き尽くす漆黒の太陽のような存在感。
「ああ、余は自らが食べたものを全て自分のものとすることが出来る。記憶も魔力もな」
「どうりで、他の魔族とは知識も魔力も一線を画すわけだ」
一目で分かる。
あれは王だ。
魔物達の頂点。
名付けるなら。
「魔族? そうか、人間はそう呼ぶのか。ならば、人間を見習い自己紹介をしよう。
―――余の名前はゲーテ。魔族ゲーテだ」
「賢者よ。良ければ余に更なる
「悪いが、俺は蛇になる気も無ければ、堕ちた天使になる気もない」
軽蔑した目を隠すことなく向ける
そして、どこか気品を漂わせながら微笑を浮かべるゲーテ。
対照的な2人だ。
決して相容れる存在だとは思えない。
「そうか……では、無理に話せとは言わない」
だというのに、どうしてだろうか。
「教えてくれとも請わない。ただ単純に、その
この2人が。
「その
どことなく近しい存在だと思ってしまうのは。
偽エーヴィヒを食べた魔物は今どこに居るんだろうなぁ(鼻ホジ)