「一応聞いておこうか、シュラハト。俺に拒否権はあるのか?」
「私がお前を拘束せずに、こうして悠長に会話をしている。それが答えだ」
「なるほどなぁ……今からどう足掻いても俺は魔王様に謁見する未来にあるという訳か」
俺を拘束していないのはシュラハトの優しさではない。
抵抗しようが、従おうが同じ未来になるからだ。
試しに自害するために手に魔力を込めるが、すぐにシュラハトの黒い目で牽制されて諦める。
「魔王様の命に逆らうということは死と同義だ。私に命を無為にする趣味はない」
「俺もだよ、シュラハト」
魔王が俺を連れて来いと命令した。
ならば、シュラハトは全霊をかけてそれを実行しなければならない。
個人主義である魔族を纏めるには、力と恐怖で縛り上げるしかない。
そして、自らの腹心であるシュラハトを始末することは、それを高めるのにまたとない機会だ。
「それで? 俺はどうすればいい」
「魔王城について来い」
「魔王城というと……“
大陸北部エンデにあるとされる“
そこは原作のフリーレンの旅の目的地。
勇者ヒンメルと語らうために天国を目指す旅。
そのゴールに今から行くのかと思うと、少しワクワクしてくる。
「……やはりな。どういう訳か、お前にも未来が見えるらしいな」
「ん? どういうことだ」
シュラハトの言葉に首を傾げる。
ゼーリエに迂闊だと忠告されたばかりなので、原作知識の漏洩には注意はしていたはずなんだが。
「現在の魔王城は“
「…………」
“今は魔王城がある場所だ。”
フリーレンがエンデとはどこかと聞かれて答えた言葉を思い出す。
そう、
今はそこにあるということは、少なくともフランメが“
「未来の情報というものは、それを知る者が自分しかいないからこそ価値があるものだ。もしも、自分以外に未来を見れる者が居ればお互いに相手の未来を読み合い、千日手にしかならん。もう少し、発言には気をつけるんだな」
そう言ってシュラハトはローブをなびかせて、ついて来いと歩き出す。
その背についていきながら、俺は心に誓うのだった。
これからは情報を漏らさないように、無口キャラで通そうと。
「
魔王城、最奥部、王の間。
そこで俺は魔王様と対面していた。
もっとも、対面と言ってもカーテンのようなもので仕切られているので、俺に魔王様の姿は見えない。
「さ、左様にございます」
だが、そんな仕切り程度では魔王様の魔力は隠せない。
ゼーリエを見た時も化け物だと思ったが、魔王様はそんな生易しいものではない。
―――神だ。
圧倒的な魔力が放つオーラは、もはや神々しさまで覚える。
作中に出て来た化け物ぞろいの大魔族ですら、全員が様付けをして呼び。
大魔法使いフランメが、その師であるゼーリエでも殺せないと断言するわけだ。
次元が違う。生物としての格が違う。
もしも、この世界の人類が女神に会う前に魔王と会っていれば、間違いなく魔王様を信仰していたと言い切れる程の圧倒的な存在感。
それが俺の目の前にいる。
「卿に少し聞きたいことがある」
「私如きでお答えできる内容であれば……」
「そう固くなるな。楽に話すがいい」
そう、まるで人間の王が器の広さを見せつけるかのように俺に姿勢を崩すよう告げる魔王様。
その言葉にどうするべきか迷った俺は、傍に控えているシュラハトにちらりと視線を送る。
すると、シュラハトは無言で頷きを返す。
「魔王様の寛大な御心に感謝を」
姿勢を楽にし、今一度魔王様が居るカーテンの先を見つめる。
逃げることは恐らく不可能。
油断しているように見えて、その実一切の隙は窺えない。
それに隣のシュラハトが俺の指の一本の動きまで監視している。
大人しく話す以外に、ここから抜け出る道はないだろう。
「それで、俺に聞きたいこととは?」
「卿は魔族だというのに、
魔王様の言葉にどう答えるべきか悩む。
原作知識や転生のことは黙っておくべきかとも思うが、隣にはシュラハトがいる。
多分既にバレているし、何より隠し通すのも無理だろう。
ならばと覚悟を決め、恐怖で舌を噛まないようにゆっくりと口を開く。
「人間を殺したくないからです」
「
「信じてもらえるか分からないですが、俺は元々人間だったのです。だから、元同族は殺したくない」
ほう、と面白そうな声が聞こえる。
やはり、魔王様であっても、人間から魔族に生まれ変わったという話は聞いたことがないのだろう。
そう、思っていたのだが。
「
「なぜ…?」
魔王様が面白がった部分はそこではなかった。
同族を殺したくない。その感覚を面白がったのだ。
「群れの仲間を殺せば自らに不利益が出る。自然界において数は力。すなわち、生存率に直結する。自らの生存率を好き好んで落とす生物は存在しない。そこまでは分かる。我ら魔族とて数が減れば、人間やエルフに負けかねない。だが、余には分からないのだ。
魔族には悪意や罪悪感といった感情がない。
原作にあったその言葉を思い出す。
そうだ、魔族は個人主義の生物。徒党を組むことはあるが、要らなくなれば即切り捨てる。
自分の盾に使っても罪悪感の1つも抱けはしない。
「教えてくれ、エーヴィヒ。
魔王様の言葉に思わず唸る。
生きるために殺す。同じ行動だというのに、人間は罪悪感を抱き、魔族は何も感じない。
俺が人間の頃は知能が高いから、罪悪感を抱くと思っていたのだが、魔族は下手をすると人間よりも知能が高い。
なのに、罪悪感を抱けない。これは中々に難問かもしれない。
「魔王様。これは俺の考えであり、答えとは言えないものですがそれでもいいでしょうか?」
「構わん、余に卿の考えを述べてみよ」
「では」
少し、深呼吸をして自らの考えを述べる。
「―――怖いからです」
「怖い…?」
魔王様だけでなく、隣のシュラハトからも興味深そうな視線を受ける。
「はい。人間は寿命が短いが故に死に近い存在です。だというのに、死後の世界がどんなものかを知らない。だから、自分にとって都合の良い死後の世界を妄想してきた。天国や地獄などがその最たる例です」
「天国か……確かに最近の人間は、死ねば女神の居る天国で贅沢三昧が出来るなどと言っているな。しかし、天国は分かるが地獄は
魔王様の言葉に同意するようにシュラハトも、こちらの見つめる視線の力を強める。
仕方ない、ここからは原作知識も交えて説明するとしよう。
「逆だなぁ。むしろ地獄程都合の良い存在もない」
「
思い出すのはリュグナーの最後の言葉。
魔力量を隠蔽するフェルンとフリーレンへ、魔法使いの風上にも置けないと彼は言った。
「魔王様。魔族は魔力を隠蔽する者を毛嫌いしますね?」
「そうだな」
「その魔力を隠蔽する者が死んだ時に、天国になど行って欲しいですか?」
「なるほど……そういうことか」
魔王様が理解したと深く頷く。
罪悪感や悪意を抱けない魔族でも、復讐や怒りという感情は分かる。
だからこそ、これは簡単に理解できるだろう。
「嫌いな奴には苦しんで欲しい」
嫌いなやつが楽するなんて気に入らない。
地獄があるのは、ただそれだけの理由だ。
「自分にとって許せぬ行動をした存在が楽していいはずがない。必ず報いを受けるべきだ。人間の大半は、大なり小なりそういった怒りの感情を抱きます。ですが、現実は厳しい。嫌いなやつであろうと、人類という群れの仲間が居なくなると自分の生存率が下がることになる。何より、人間にとっての同族殺しは魔族にとっての魔力隠蔽以上のタブー。だから、殺せない。復讐が出来ない。故に、地獄を妄想する。自らの嫌いな存在が死後には必ず報いを受けるのだと」
自慰行為のようなものだ。
地獄で相手は苦しむのだからと、相手を殺せない自分を慰める。
何も生み出さない行為だと分かっているというのに。
「そうして、あるかどうかも分からない地獄を妄信しているうちに、自分も相手と同じ罪を犯してしまう。生きるためには仕方がなかった。やっているのは自分だけではない。そう、自分を擁護しても自分が妄信する地獄の恐怖に怯え続ける。罪を犯してしまった以上は必ず地獄に落ちてしまうと」
「なるほど、それが」
クククと心底楽しそうな声がカーテン越しに聞こえてくる。
どうやら、俺の回答は魔王様に気に入ってもらえそうだ。
これで、この場を安全に離脱できるはずだ。
「はい、そうして抱いた恐怖を消すために。つまり、地獄から逃れるために人間は赦しを、償うための罰を求める。それが罪悪感の正体だと俺は考えています」
何ということはない。
魔族も人間も、恐怖から逃れようとしているだけの生物に過ぎない。
相手に報いを与えようと考えるが故に、自分に跳ね返ってきているだけの哀れな存在。
人を呪わば穴二つとはよく言ったものだ。
「感謝するぞ、エーヴィヒ。余は今まで罪を犯したと言って、女神に仕えるだの、多くの人間を救うだの、魔王を討つだのと言ってきた人間を見てきたが常々疑問だったのだ。そのようなことをしても、貴様らが犯したという罪が無くなることなどないだろうと。そんなことをする時間があるのなら、時間逆行の魔法でも探した方が良いと思っていたが……なるほど、奴らはただ恐怖から逃れようとしていただけなのだな」
大変満足したという声で話す魔王様にホッと胸を撫で下ろす。
これならば、処刑するだの封印するだのといったことはなさそうだ。
そう、呑気に思っていたのだが。
「して、エーヴィヒ。本題に入るのだが」
「本題…?」
どうやら、話は未だに本題にも入っていなかったらしい。
「余はな、人間を理解したい。そして、人間と共存したいと考えている」
「………それはどうやって?」
頭に過るのはソリテールが言った、共存のための戦争。
人間だったころの俺には、その理由が全くもって理解できなかったが魔族となった今ならば理解できるかもしれない。
「先程、卿と話したように人間と魔族には考えや常識に違いがあり、お互いの考えをなかなか理解できない。地を這う獣に、空を飛ぶ鳥の苦労が分からぬように、人間と魔族は別の種族故に理解し合えない」
「それは仕方のないことでは?」
「確かにな。余も今のままでは不可能と諦めていた。だが」
俺としては共存なんて出来ないと思っているし、する必要もないと思っている。
別に人間を喰わずに生きていけるのだから、ひっそりとお互いが関わらずに生きて行けばいい。
魔族を完全に理解できる人間も、人間を完全に理解できる魔族も出てくるはずがない。
そう、思っていた。
「―――
まるで心臓を鷲掴みにされた様な感覚を覚える。
指の一本どころか、呼吸するための口すら動かせない。
攻撃を受けた? 呪いを受けた? 違う!
魔王はただ、俺を
「卿は人間の魂を持ち、魔族の身体を持つ。故にどちらの感情も理解できる稀有な存在だ。つまり、皆が卿のようになれば共存が出来る」
カーテンの向こう側で魔王が立ち上がった気配がする。
不味い。何とかして逃げなくては、そう思うが俺には魔王どころかシュラハトを倒す力もない。
自害して逃げようにも、魔力の動きですぐにシュラハトに止められるのが落ちだ。
そもそも、魔王に睨まれてからは体の自由が一切利かない。
ゼーリエの言うようにちゃんと修行をしておけばと、後悔するが後の祭りだ。
「
全力で頭を回転させる、とにかくここから脱出する方法を。
俺の魔法を魔王に理解されてはいけない。
一度死んだ存在でなければ使えないという常識は、きっと目の前の存在には通用しない。
俺の記憶を覗くだけで魔王なら、間違いなく使えるようになる。
そして、それを他者に転用することも。
「卿はどちらが良いと思う? 人間を魔族に転生させるか、魔族を人間に転生させるか? いや、それともいっそのこと人も魔族も一度皆殺しにして、同じ種族にするのが正解か?」
カーテンの隙間から魔王の手が見える。
全身が出て来た時がきっと世界の終わりの瞬間だ。
共存のための戦争。
“
そして、俺の
その全てが繋がった。
間違いない、魔王は。
「余としては―――人間になってみたいのだがな」
全ての人間と魔族を転生させるために―――
俺が生み出した魔法を利用して。
俺と同じ人間を理解できる魔族という矛盾を生み出すために。
俺というイレギュラーがこの世界に生まれたばかりに。
魔王は。
「感謝するぞ、エーヴィヒ。
卿という存在が、卿の生み出した魔法が、卿の人間を殺したくないという意思が
余に魔族と人間の共存の道筋を示してくれたのだ」
人類と魔族の
「さあ、エーヴィヒ。余に卿の記憶を見せてくれ。そうすれば、余にも卿の魔法が使えるようになる」
後悔、恐怖、怒り。
己の罪を自覚し、余りの罪悪感から思わず俺は死にたいと強く願った。
そして、かつて死んだ時のイメージを今までにない程に鮮烈に思い出し――
『
―――死んだ。
この小説の主題は魔王を止めることになります。
次回は明日投稿します。