「そうか、死ね」
会話など無用とばかりに、
と、同時に私を抱えたまま高速移動を行い、逃げ場を無くすように全方位から絶え間なく光の矢を放つ。
おかげで私の首からグキリと嫌な音がするが文句を言う暇もない。
「くッ! 随分と手荒だな。余は卿と話がしたいのだが」
絶え間ない光の矢を分厚い魔力で防ぎながら語り掛けて来るゲーテ。
確かに、ここまでされても話をしたいというのならその気持ちは本当なのだろう。
だが、
「お前は危険だ。時間が経てば経つほどに強くなる。だが、今なら届く。今なら殺せる」
まるで確定した未来を語るように、
目の前の存在は、今ここで殺さなければならない巨悪だと。
『
『
高速の貫通魔法を放つ
それを自らを覆う闇で丸呑みにしようとするゲーテ。
だが、
「何ッ!?」
「貫けたのは肩だけか。一撃で決めるつもりだったんだが」
まるで全てを貫く矛のように、容赦なくゲーテを魔法を貫通し、その肩を貫いていた。
「何だこの魔法は…? 人類の魔法の威力では…いや、魔族でもこれほどの魔法はないぞ」
「人間と魔族の研鑽の果てにある魔法だ。そう簡単に防げると思わないことだ」
だが、今のように強敵を相手をするときは使う。
まあ、私から見ても相手の魔法を紙切れのように貫くこの魔法は、やり過ぎに見える。
正直これだけあれば9割がたの相手には勝てるだろう。
「魔族の? それは一体どういう――」
「答えるつもりはない」
これで、
つまり。
『
これから始まるのは蹂躙劇だ。
360度。全方位、上空からもお構いなし。
直線的な攻撃だけではない。
一度通り過ぎたと思った所から急旋回し背中を狙う一撃。
不規則に動きながら相手に的を絞らせない一撃。
そんな殺意の塊が容赦なくゲーテを襲う。
ひょっとしてこの魔法だけで人類を滅ぼせるんじゃないだろうか?
「グッ!? まさか、卿がこれほどの力を…!」
「死ね」
防ぐ術の無い殺意の嵐に巻き込まれゲーテは成す術を無くす。
そして、苦し紛れに自らの魔法で全身を覆って守ろうとする。
だが、
何度も何度も何度も。
「せ、
もはや、魔力の欠片さえ残っていないのではないか。
そう思う程に徹底的にゲーテが
魔族嫌いを公言する私ですらドン引きする程の殺意だ。
「いや、まだ足りない。この程度で魔王が死ぬわけがない。何故なら奴は――」
不意に
驚き慌ててしゃがみ込む私。
その上を先生の魔法が通過していき。
「―――勇者にしか殺されないのだから」
闇の中から私の背後に現れたゲーテを再び吹き飛ばしていた。
「生きていたのか!? まさか、さっき自分を魔法で覆ったのは闇の中を移動するためか?」
どこにでも出せる闇の中を移動できるのなら、先程の攻撃から逃げれるのも分かる。
いや、だがそれだと傷が治っているのはおかしくはないか?
それとも、回復する効果もあるのかあの魔法には。
「いや、違うな。奴は……自分を喰らったんだろう」
「自分を喰った……だと?」
そう思っていた所で、
何を馬鹿なと思うが、先程
なるほど、さっきの闇の口のような魔法がお前の固有の魔法か。
ああ、余は自らが食べたものを全て自分のものとすることが出来る。記憶も魔力もな。
「まさか自分を食べることで、新しい自分を生み出したのか…?」
「ご名答。流石は賢者の弟子だ。余の魔法は食べた対象の全てを自らのものに……己そのものと出来る。もちろん、余自身も例外ではない」
再び闇の名から這い出て来たゲーテがそのようなことを宣う。
「まるで不滅だな。だが、1つおかしい所があるぞ」
「ほう、何かね?」
「自分を喰らうまではいい。だが、その後に誰がお前を出しているんだ? 魔法ならば使い手が必ずいるはずだ」
死人の情報から生き返らせるのは分かる。
だが、その死人を生き返らせる存在。つまりは魔法の使い手がいなければ復活など出来ない。
要するにだ。
「本体がどこかにいるな? それを叩けばお前は死ぬ」
魔法を使う本体を見つけて始末する。
それが出来れば、こいつは死ぬということだ。
「
だが、問題はそこだ。
魔力探知には目の前の存在しか引っかからない。
魔法を使っているにもかかわらず、存在が分からない。
つまり、それだけ隠蔽に特化している魔法使い。
もしくは、魔力探知が届かない遠距離から操っている存在。
どちらにせよ、見つけるのは一筋縄ではいかなそうだ。
「……そういうことか」
「
ようやく合点がいったと溜息を吐きながら
相も変わらず、その顔は分からない。
ただ、
「ほう、賢者殿は余の正体が分かったのかね?」
「ああ、お前は俺と似た存在だ。いや、魔族そのものが俺と似ているというべきか」
心底忌々しそうにゲーテを睨みつける
一体、
「ご教授頂いても?」
「お前の本体は、“
魔法そのもの。
おおよそ、生物に対して告げるべきではない言葉。
だというのに、告げられたゲーテは心底感心したように手を叩く。
「正解だ。卿の言う通り、私は“
ドロリとゲーテの顔が溶けて、全く別の顔に変わる。
だが、私の頭は変わることなくそれをゲーテと、魔王と認識していた。
まるで、
「そもそもの話。おかしいとは思わないかね? 我ら魔族が死体を残さず魔力の塵となることが」
「……土は土に、灰は灰に、塵は塵に、魔力は魔力に」
「女神の教えの一節かね? 面白い。土から生まれたものは土に還り、灰から生まれたものは灰に還る。つまり、魔力に還るものは魔力から生まれたものに過ぎない。そして、魔力を持って何かを生み出す行為を人間はこう呼ぶのだろう?」
土から作られた人間は土に還る。
ならば魔力で作られたものも魔力に返るのは当然。
つまり、死ぬときに土ではなく魔力に還る魔物は。
「―――魔法と」
魔法そのものだと言えるだろう。
「……お前達魔族が魔法だと? だとしたら、やはりおかしい」
「何か気になるかね。賢者の弟子よ」
「魔法は魔法だ。誰かがそれを使おうとしない限り、本体が居ない限り発生しない」
「ふむ、道理だな」
「だから、“魔族という魔法”を唱えた存在がどこかにいる」
自動的に増える存在を作る魔法だとしても、最初の一回は必ず唱えなければならない。
それが魔法と言うものだ。
仮に、自然発生的に起こるのならばそれは魔法ではなく、奇跡だ。
だから、必ず存在する。“魔族という魔法”を生み出した存在が。
「そいつをどうにかすれば、お前も死ぬ」
「素晴らしい洞察力だ。だが、そう簡単にはいかぬぞ」
クツクツと何がおかしいのか、笑いながらゲーテは語る。
そして、心底意地悪気に唇を広げて嗤う。
「分からぬかね? 我ら魔物を生み出しているのは紛れもなく―――」
『
ゲーテの身体を闇が覆い隠す。
だが、それは自らの防御ではなく、他者からの攻撃だった。
「これは…! 余の魔法を模倣したのか!?」
「記憶も魔力も食べて自分のものに出来るというのなら、魔法も例外じゃないだろう?」
本体など探す意味はない。
魔法ごと喰らってしまえばそれまでだ。
そう語るように、
「お前は知り過ぎた。楽園にいつまでも留まれると思わないことだ」
「人間の脳では余の魔法は再現できないはず……一体どうやって?」
「どうやって? 違うな。再現できないという前提がまず間違っている」
ゆっくりと蛇が獲物を丸呑みしていくように、闇の中に引きずり込まれていくゲーテ。
その姿を絶対零度の瞳で見下ろしながら、
「俺は賢者エーヴィヒ。永劫の時を生きる女神の小間使いだ。お前程度の魔法を再現できないわけがないだろう?」
貴様とは
そう告げるように、
これではどちらが悪役か分からない。
「そうか……卿もまた、女神の魔―――」
「これ以上知る必要は無い」
最後の言葉を聞く耳も無いとばかりに切り捨て、
「……まるで一寸法師だな」
「は? 何を言ってるんだ。というか、大丈夫なのか
意味不明な単語を使う
それよりも、相手の魔法を使って
「今のところは大丈夫だ……今のところはな」
「……何か問題があるのか?」
「なに、ちょっと胃もたれしているだけさ」
少し寂しそうに笑いながら
「だから、頭を撫でるな! もう、子どもじゃないと何度言えば分かる!」
「そうか…そうだなぁ。もう、子供じゃないよなぁ」
私の頭から手を放し、
「
何かがおかしい。
そう思い、
「ゼーリエ、次の町に着いたらそこでしばらく滞在しよう」
「……何をするんだ?」
そして理解した。
「お前には封印魔法を覚えてもらう。1000年は保つ特級の奴をな」
私の傍にはいられないのだと。
「これでお前に教えることはもう何もない。免許皆伝だ」
「私にしては遅かったぐらいだな」
「十分早いさ。何せ、賢者の弟子なんだからな、お前は」
随分と老いぼれてしまった自分と、初めて拾った時から体はほとんど変わらないゼーリエを見比べる。外面は流石はエルフと言うべきだが、内面は別だ。しっかりとした大人に成長している。これなら、どこに行っても1人でやっていけるだろう。
「後は自分で魔法を磨いていくといい。なに、時間は腐るほどある。焦ることはない」
「心配するな。出会った時のままの子供じゃないんだ」
「ああ……そうだな。じゃあ、後は頼んだぞ」
しわくちゃの手を見る。
もう、1人でベッドから起き上がるのも難しい。
この体はもう限界だ。
だが、いつもと違ってこの体を簡単に捨てるわけにはいかない。
「任せろ。
「そうだ。俺の腹の中にいる奴を外に出すわけにはいかない」
魔王は生きている。
俺の腹の中で消化されることなくしぶとく生きている。
まあ、魔族なんだ。消化から逃れれば、人間の一生分ぐらい生きるのは訳がない。
「……なあ、
「いや、魔王は俺達には殺せない」
シュラハトは言った。
勇者ヒンメル以外が魔王を打ち倒す未来は存在しないと。
女神が決めたのか。それとも、この世界が葬送のフリーレンだからか。
それは分からないが、確かなのはあの日俺は本気で魔王を殺そうとしたということだ。
そして、殺すだけの力もあった。
だというのに、魔王は未だに俺の腹の中に居座り続けている。
これが答えだ。
「いつか現れる、魔王を討つ存在。それが生まれるまでは、俺達に出来ることは時間稼ぎだけだ」
「いつか現れる……つまり、私じゃないんだな」
「ああ、残念ながらな」
正直のところ、何故ゼーリエが魔王に勝てないのかは分からない。
だが、楽観視して挑んで死亡なんて事態にはできない。
ゼーリエが居ないと大魔法使いフランメが存在しなくなる。
そして、フランメが消えればフリーレンが死にかねない。
ゼーリエを絶対に死なせるわけにはいかないのだ。
だから、出来るだけ魔王の強化を食い止める。
自分諸共封印して。
「お前にはお前の役目がある。心配するな。必ずその時は来る」
「フン、何も心配などしていない」
そう言って、ゼーリエはプイッとそっぽを向く。
こういう、素直じゃない所は成長していないなぁ。
まあ、そこが可愛いんだが。
「ゼーリエ、俺を封印する前に1つだけ頼まれてくれないか」
「なんだ?」
俺はしわくちゃになった手で、2冊の本をゼーリエに渡す。
「これは?」
「一冊は
1冊はゼーリエと旅をしながら、女神の教えをまとめた本。
すなわち、女神の聖典だ。
これがないと僧侶が生まれないので、必ず世界に広める必要がある。
「今すぐじゃなくていいのか?」
「俺と関係がない方がいい。その方が女神にもたらされたという信憑性が増す」
女神の聖典は、女神にもたらされたとされているが、女神は天地創造の時以外地上に降りていない。
要するに、原作の1500年前に
「分かった。その時になったら適当に増やしてバラ撒こう」
「ああ、それでいい」
「それで、もう一冊の方はなんだ?」
ゼーリエはもう一冊の本をパラパラとめくりながら覗き込む。
「絵を使った暗号……私でも5,6年ぐらいは解読にかかりそうだな。何を書いているんだ? 秘伝の魔法か? それとも私にも教えていない禁術か?」
「“家の鍵を閉めたかどうか分かる魔法”。“爪を切るときに爪が遠くに飛んでいかない魔法”。“靴の紐が解けなくなる魔法”。などなどが詰まっているな」
「……5,6年かけて解読してそんな魔法が出てきたら私はキレるぞ」
「なに、ちょっとしたご褒美だ。これを俺の墓に入れてくれ」
「嫌がらせ以外の何物でもないだろ」
ゼーリエがうわぁという顔をするが気にしない。
これはクリア特典だ。魔王討伐という偉業を成し遂げたフリーレンへの御褒美だ。
ちゃんと、5、6年は解読にかかるので魔法を追い求めている判定もクリアできるだろう。
「まあ、
さて、これでもうやり残したことはない。
支配の石環についての資料も、旅の最中に仕込んだ。
後は勝手に未来の俺が見つけるだろう。
「じゃあ……後は頼んだぞ、ゼーリエ」
「分かってる、
「ああ、お休み」
さよならとは言わない。
遠い未来、必ず魔王は人類の前に姿を現す。
つまり、封印を解き俺の腹を食い破って出てくるということだ。
そうなれば
そしてその時が、俺の精神が未来へ帰還するときだ。
これが最後ではない。
『―――
【賢者エーヴィヒの英雄譚】
賢者は眠りにつく。
数々の伝説と、魔法、平穏を残して。
そんな賢者の墓は決して荒らされぬように、賢者の弟子自らが封じたと伝わる。
墓の入り口にとある文を残して。
私の墓を暴いた者は、私でも抑えきれぬ厄災を解き放つだろう。と
そして、嘘か真か。
賢者の墓が開けられた日を境に魔王が人類の前に姿を現したと伝わる。
過去編は一旦終了。
次回から、現代に戻ります。