「ほぉ……まさか一切の魔法を使わずに自害するとはな」
魔王城、王の間にて魔王は小さく感嘆の声を漏らす。
「自分の死をイメージすることで自殺したか。そう言えば聞いたことがあるな。人間は自分が死んだと思い込むだけで死ぬのだとな」
「魔族も同じなのでしょうか?」
「さてな、どちらでもあるイレギュラーには常識は通用せんだろう」
目当ての存在が消えたことで、興が冷めたのか再び玉座に座り込む魔王。
そんな魔王にも、自分が連れて来たエーヴィヒが死んだことに、何も感じていないような表情でシュラハトは頭を下げる。
「申し訳ございません。逃がしてしまいました」
「未来視が出来る卿が逃がしたということは、そういう運命なのだろう。……それとも、ワザと逃がしたとでも言うかね?」
「
ジロリとシュラハトを睨む魔王だったが、シュラハトはやはり表情を変えない。
「ククク、まあどちらでもいい。必要なのは
目撃した魔法を思い出す様に、ゆっくりと瞳を閉じる魔王。
魔法とは即ち“魔を統べる法則”。
ただの一度の視認であろうと、魔の王たる者が。
「恐ろしく複雑かつ、見たこともない術式だったが……なに1000年もあれば実現可能だろう」
理解できぬ道理などどこにもない。
「1000年後……」
「ああ、卿が余に見せてくれた未来の勇者達が訪れる年だ」
魔王は知っている。
1000年後の未来に、自らを討つ勇者が訪れることを。
何より。
「……魔王様、私の魔法があれば勇者ヒンメルを生まれる前に消すことも可能です」
「シュラハト、次に同じことを言えば、卿の口は永久に閉ざされることになるぞ」
「出過ぎた真似を……」
魔王は望んでいる。
「よいか、シュラハト。人間という脆く儚い身でこの余を、1000年後に更に力を増した魔王を討つ男だぞ? そのような奇跡のような存在と会う機会を永遠に失するなど……あり得ないことだ」
勇者ヒンメルが自らの夢の前に立ち塞がることを。
「余は敬意を……いや、羨望を抱いているのだ。偽物の勇者の剣を携え、本物の強さを持った勇者ヒンメルに。人間とはかくも素晴らしいのだと示してくれる勇気に。ああ、今なら分かるぞ。
そして。
「―――勇者ヒンメルなら、そうするだろう」
勇者に魔王が打ち倒される未来が来ることを望んでいるのだ。
「弟子にしてください!! ゼーリエ様」
「………お前、ふざけるなよ。自分で弟子入りを断っておいて……いや確かに断りはそっちからは入れてないが、こう……二度と会わない空気だっただろう」
魔王城から脱出してしばらくして、俺はゼーリエに土下座していた。
「状況が変わったんだ。魔王を止めないと魔族と人間が不味い」
「……はぁ、記憶を見せてみろ。一先ず考えるのはそれからだ」
「ゼーリエ
「誰が弟子に取ると言った!? いいから、記憶を見せろ!!」
ゼーリエと別れてから何があったかの記憶を見せる。
そうして、しばらく経った後にゼーリエがポツリと零す。
「……イカれているな。つまり、魔王は人間や魔族を別の種族に転生させるために、殺し合わせているということか? 共存という悍ましい夢のために」
「そうだ」
共存するために双方皆殺しにする。
その意味の分からなさに、さしものゼーリエもドン引きした表情を見せる。
「それで、お前はそのきっかけが自分と
そして、俺には心底呆れた視線を送る。
「……そうだ」
ゼーリエの言葉に俯くことしか出来ない。
魔王に対して偉そうに罪悪感の講釈を垂れてきたが、それがそっくりそのまま跳ね返ってきている。
怖いのだ。
自分のせいで葬送のフリーレンの原作が壊れることが。
助かった人が助からなくなる可能性があることが。
怖いのだ。
「話にならん。熱意もなければ、野心もない。単なる義務感しかない奴は高みにはいけん」
「そうか……邪魔をしたな」
とはいえ、そんな理由でゼーリエが弟子に取ってくれるわけもない。
ある程度は分かっていたことなので、俺はそそくさと頭を下げてゼーリエから背を向ける。
「……随分あっさりと引くな」
「まあ、元々断られると思っていたからな」
「だとしたら、何故私の下に来た?」
不可解なものを見るように、ゼーリエが声をかけて来る。
「情報を伝えるためだ」
「先程見たお前の記憶か? 私が魔王の動機を知ったところで動くと思うか? お前の知る原作知識でも、私が表舞台に出るのはフリーレンが魔王を討伐してから……いや、そうか」
俺の意図に気づいたのか、ゼーリエが苦虫を嚙み潰したような表情になる。
内心で申し訳ないと思いながらも、俺は肩をすくめてみせる。
保険は多い方がいいからなぁ。
「
「魔王は人間になりたいと言っていた。いや、人間でなくとも魔族でも同じだ。仮に奴が
「……魔王が私の邪魔をしてくればな」
ゼーリエは情に厚い女性だ。
弟子達のことは何年経っても忘れないし、フランメの遺言を破り捨てておきながら1000年後に大陸魔法協会を樹立し後進を育てるという、フランメの願いを聞いている。
まあ、これはフリーレンが魔王を討伐するという、自身が不可能と断じた偉業をこなしたのも大きいだろうが。
何にせよ、彼女は弟子達が成し遂げた平和な時代が乱されることを良しとはしない。
故に、魔王という本来死んだはずの遺物が表舞台に出てくるのなら、対処してくれるはずだ。
「じゃあ、またいつか」
「ふん、お前が生きていればな」
「ああ、生きてたらな」
笑いながらそう言った言葉を最後に、俺は自害することで
ゼーリエと別れてから100年ほど経った。
その間俺がしていたことと言えば、魔法で角を隠して人間に変装をしながらの旅。
そして魔法の訓練だ。
もちろん、道中で魔族が村や町を襲っていれば容赦なく始末しているが、基本は魔法の研鑽だ。
魔王に怖気づいたのかと言われると、胸を張ってまでは言えないが、違うと答えられる。
俺にはある目的があった。
それは――
「最近の活躍は、朕の耳にも届いておるぞエーヴィヒ。民草の間では神話時代に生きた賢者エーヴィヒが蘇った姿が貴様だ、などと噂をされておる」
「まさか。俺の名前は賢者エーヴィヒの名にあやかっただけですよ、皇帝陛下」
「分かっておる。死人が蘇るなどそれこそ天地がひっくり返るようなものだ」
「それで、皇帝陛下。“
“
ひいては、その作成だ。
「ふむ、賢者エーヴィヒが作ったとされる魔族の心を操る魔道具か……確かにそれがあれば人類と魔族の戦いの為に大いに役立つだろう」
「では」
「資金は出そう。だが、“
「いえ、資金をお恵み下さるだけでも十分過ぎるご援助です。皇帝陛下の慈悲深さに感謝を」
統一帝国を支配する今代の皇帝に深々と頭を下げる。
この100年で俺は旅をしながら、“
原作ではヴァイゼルの貴族が持っていたので、そこら辺にあるかと思って探してきたが、残念ながら、その旅で“
だが、見つからないのなら作ればいい。幸いにも俺には
旅をする中で高まった名声を利用し、まずは宮廷魔法使いになった。
そして、次に他の魔法使いなどを鍛えて人類を強化することと平行して皇帝の信頼を得ることで、“
それに、どういう訳か文献や資料の場所などは、自分ならここに隠すだろうなと思った所で良く見つかるので、見つけるのにそこまで苦労していない。
「ふーむ、しかし“
「簡単なことですよ、陛下。魔王を操ってしまえばいいのです。そうすれば、魔族の全てに号令をかけられます」
「ふ、はっはっはっ! 魔王を操るか? それは実に痛快だのう。まるで真の魔王のようだ」
そして、俺が“
皇帝陛下は爆笑しているが、俺は本気だ。
魔王さえ操ってしまえば、人類との大規模な戦争はすぐになくせる。
何せ、俺達魔族は個人主義の集まりだ。力による統率が無くなればすぐに散らばる。
後はそこを各個撃破してしまえば良い。
何より、魔王の言う悍ましい共存を諦めさせられる。
そのために俺は“
「しかし、これで“
「この身には過ぎたる光栄ですなぁ」
因みに俺の名前であるエーヴィヒは、原作でも度々登場した賢者エーヴィヒと同じだが、普通に考えたら同一人物のはずがない。少なくとも今の俺には賢者エーヴィヒだった記憶はないのだから。元々、エーヴィヒはドイツ語で永遠という意味なので俺の魔法ともピッタリなので、そう自分で名前を付けただけ。
「では、期待しておるぞ。エーヴィヒ」
「必ずや皇帝陛下のご期待に応えてみせましょう」
おっと、そんなことよりも帰って“
「“
あれから10年が経ち、転生特典をフルに活用して遂に“
いや、まあ、理由は明白なんだが。
「人間に扮し、皇帝陛下を騙すとは……地獄の業火で何度焼かれても、その罪は償えんぞ!!」
「大方、その“
俺が魔族だってバレた。それだけの話。
「大人しく“
「まて、捕まえて製造方法を吐き出させるぞ」
ついでに何故このタイミングかと言うと、前からバレていたが自分達も“
「……1つ聞いてもいいか? なぜ俺が魔族だと?」
しかし、解せない。
こいつら程度では感知できない魔法で、上手いこと角は隠していたはずなのだが、どうやって気づいたのか。
「フン、
「なるほどなぁ……」
魔族の心を操るには当然、魔族の心を理解している必要がある。
そして、それは人間には絶対に出来ないことだ。逆もまた同じように。
「しかし、その理屈だと賢者エーヴィヒも魔族ということにならないか?」
「貴様ら魔族と違って賢者エーヴィヒには墓がある」
「ああ、確かに。魔族は死んだら塵になるからなぁ」
だとしたら、賢者エーヴィヒは相当なイカれ野郎に違いない。
人間にして魔族の心を理解できたのだから。
「無駄話は終わりだ。抵抗をしなければ、痛みも感じさせずに殺してやる」
剣が、杖が、弓が俺の身体の急所の全てに狙いを定めている。
ここから言葉で切り抜けるのはもう不可能だろう。
仕方がない。魔族とバレた以上はいつものようにあれをやろう。
「エー! ヴィッ! ヒッ! ヒッ! バレた以上はしょうがないヴィヒ。ここでお前らを皆殺しにしてやるエー! 今まで人間を食えなかった分、思う存分食ってやるッヒ!!」
「ふざけた口調を…! 皆の者かかれ!!」
エアプエーヴィヒだ。
相手をおちょくって怒らせるのと同時に、お前達を騙していたのだと宣言する。
俺は魔族バレした時は必ず相手に襲い掛かるようにしている。
何故かというと。
「そんな……魔族でもあなただけは違うって信じていたのに」
「私達に魔法を教えてくれたのも、騙すための準備だったのですか!?」
魔族でも良い奴はいると思わせないためだ。
俺はイレギュラー、この世界のバグだ。
俺のような奴が他にも居ると思って、魔族を殺す手を鈍らせてはいけない。
魔族はみんな人を騙して食うだけの存在。
そう、思われなければならない。
でなければ、より多くの人が他の魔族に殺されることになるだろうから。
「エーヴィヒッヒッ! 下等な人間如きにこの魔族エーヴィヒ様がぁ!?」
「邪悪なる魔族め! 皇帝陛下の神威をその身に刻め!!」
そうして、適当に良い勝負を演じた後に、俺は心臓に剣を突き刺されて。
『
死ぬ。
いつものようにランダムで飛んだ別の場所で転生する俺。
そして、大きくため息をつく。
「“
数年程度とは言え、時間がかかった作品だ。
しかも、まだ一回も使っていない。
正直、ちょっとショックだ。
「それは災難だったな、とでも言った方が良いか?」
不意に背後から声が聞こえてくる。
聞き覚えのある声だ。最後に聞いたのは110年前。
場所は。
「100年ぶりだな、エーヴィヒ」
「110年ぶりだよ、シュラハト」
魔王城。
「細かいな。それが人間の感覚か?」
「若者の感覚だよ。人間でも年を取れば、10年前がちょっと前に感じるようになる」
「そうか」
全身の神経を集中させ、警戒する。
実力で言えば、あの頃からはかなり上がったがまだシュラハトには届かない。
だが、逃げることだけに集中すれば可能性はある。
「因みにだが、お前がこのまま逃げた未来では100の未来のうち3つは逃亡に成功している」
「……俺が死ぬ未来は?」
「0に決まっているだろう。お前の魔法から考えても、私の目的から考えても。もっとも、封印されるという未来も3つは観測したがな」
話しぶり的には、どうやら始末しに来たわけではなさそうだ。
そう判断しつつも、封印されては敵わないといつでも自害できるように気は緩めない。
「じゃあ、何をしに来たんだ?」
「エーヴィヒ、お前と交渉をしに来た」
「交渉? 何のだ?」
魔王が呼んでいるから、その見返りとして何かをやるからついて来いとかそういう交渉か?
そう考えていたのだが、シュラハトの次の言葉で俺は目を見開くことになる。
「―――
「それは…何の…ためにだ…?」
衝撃のあまりに逃げることを忘れて、思わず尋ねる俺にシュラハトはハッキリとした口調で答えるのだった。
「これは魔族の存亡を懸けた戦いであり、敗戦処理であり、千年後の魔族のためだ」
次回は明日投稿します。